如何にして隊長を尊敬している戦車道に対して真面目な黒森峰女学園機甲科生徒達は副隊長の下着を盗むようになったか   作:てきとうあき

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第三話 【MAYHEM】

-1-

 

練習試合当日。

私の前には4人の少女が整列して並んでいた。

砲手に逸見エリカ。車長に妹様。他にも装填手に浅見と通信手に赤星という一年生。

 

「えー、それでは私たちは今から5分後に出発するぞー。あ、いやします。

 予定では25分後には予定地点で待機。30分後に開始という予定になっている、なってます」

 

勢い良くはい!と返事をするのは良いのだが大丈夫かって視線で見ないで欲しいものである。

私だって今戸惑っているのだ。

何度も言うが黒森峰において西住家と言うのは尊い立場である。

当然ながら下級生だろうと西住のお嬢様である妹様単体なら敬語を使うのが当然なのだが、妹様を含む下級生のグループに対しては如何するべきなのだろうか。

敬語を使うのはおかしい気もするが、かといって含まれているのだから妹様に無礼な口調を投げかける事にもなる。

去年の西住隊長に対する上級生を参考にすればよいかと思ったが、それこそ電撃的な速さで隊長になられたからすぐさま全体に声をかける立場に移行したので全く参考にならない。

・・・面倒になったので全て敬語で統一する事にした。後輩に敬語を使って悪いという事はないし、それはそれで格好良い先輩といった印象を抱かなくも無い。

 

「よ、よろしくお願いします!」

 

やはりというかなんというか、おどつきながら挨拶をする妹様である。

私は一抹の不安を覚えた。

内向的で人見知りが激しく自分に自信が持てない・・・典型的な虐待を受けた子供の症例みたいで不安が残るのだが大丈夫なのだろうか。

親から低い評価の言葉しか投げかけられなかったり兄弟と比較され続ける等が積み重なるとこうなり得るらしいのだが・・・。

戦車道に限らず何かの名門であったり、何らかの分野で一流の親だと子供に過剰な期待と出来て当然という義務感によって珍しくない程度で起こり得るようだが。

とりあえず外野が他所の家庭の事情に深く突っ込んでいても仕方が無いので余り考えないようにする。

 

まず考えるべき事はこの妹様を車長として失態を起こさせないようにしなければならない。

本来ならばこの練習試合において上級生が余り役職の枠分を超えて助言したりするのは極めて不味いのだが、大事の前の小事と判断するべきだろう。

例えるならば封建時代の所謂軍内において、武官の地位と身分等の出生が密接な関係であった頃の騎士階級の坊ちゃんのお目付け役といった所だろうか。

まるでレオポルド・シューマッハの様な立場だが、幸いにして此方は少なくとも人間的魅力という観点から言えば好意的に取れるのが救いである。

流石に妹様とあの無能が尊大と言う名の服を着て傲慢と言う香水を身に纏っている様な人物と比較するのは不敬極まりがないだろうが。

何が言いたいかと言うと妹様の能力には確かに不安が残るが、進言を斬って捨てる真似はしないだろうという事だ。

勿論此方も言い回しに気を使い、決して強制したり否定するような感は出さない。

あくまでプランBを進めるという体で行くのだ。

最も否定処か代案提示まで行くかどうかも怪しい所ではあるのだが。

恐らく開始して直ぐに周章狼狽するのではないだろうか。

そうなれば此方が何か提示すれば「それでいきましょう」と同意してくれるだろう。

 

-2-

 

開始地点には滞りなく辿り着いた。勿論、操縦手は私であるから基本的には問題等起こる筈も無いのだが。

「それでは全体の方針についてですが・・・」

操縦席に座り、正面を向いたまま問いかける。

無論、この時点で既にプランは出来ているので問いかけるというより確認のつもりだったのだが。

 

「はい、まずこの練習試合のルールでは遭遇戦が主となると思います。

 よって敵戦車を相手より先に発見する事が最重要となってきます。

 セオリー的には移動機会が多いと思われる要所を視界に納められる地点でハルダウンし潜伏し、アンブッシュするのが良いと思われますが私たちはこの方法を採りません」

 

私は思わず操縦席から振り返って妹様の顔を見た。

そこには昨日の自己紹介のところにいた、いや、つい先ほど戦車に乗る前までいた気弱で内向的な少女は存在していなかった。

視線が泳ぎ落ち着きなさを感じさせていた大きな目は、恒星の如き輝きをもって強い意志を秘めて遠くを見つめており、

その口元はプロミネンスの様に仄かに昇る熱さと銀天の夜の静かな寒さを込めて、その決意を表すかのように引き締まっていた。

そして何より語る言葉には万軍を前に訓示を垂れる覇王の如き確固たる自信に満ち溢れていた。

私たちはしばしの間―――恐らく時間にすれば一瞬であったのだろうが間違いなくそこにいた私たちは間を感じる程度には時の流れを知覚していた―――呆然としていたが、

真っ先に戻った逸見が疑問を投げかけた。

 

「で、でもそれがセオリーなのよね?

 私達・・・がそんなセオリーを無視していいの?」

 

私には解る。

"私達"の後には恐らく"の様な者"と続いていたのだろう。

勿論、逸見が自分を過小評価したり卑下したりそういった性格ではないのも解る。

何故ならそんな人物が黒森峰に入学しようとは思うはずが無いからだ。

自分の能力に自信があり、自分こそが最も戦車を上手く扱えるのだと。

今はそうではないとしても将来は必ずそうなるという強い意志を持つ者こそがこの王者黒森峰に入学する資格があるのだ。

しかしながら最初の練習試合の組み分けにおいて、眼中に無い、相手にもされない、自分が忌憚される弱者なのだという事を実感してしまうと、

例えプロメテウスが齎した神の焔の如き熱く燃える精神を持っていても、ポセイドンの洪水を受けたかの様に萎えても致し方が無いことであった。

 

「確かにこのセオリーならば1輌、運がよければ2輌撃破出来るかもしれません。

 個人単位の乱戦という事は1輌撃破できれば平均標準より上という事になるので、成績を残すならこのセオリーが安定でしょう」

 

其の通りだ。故に私も其の方法を薦めようとしたのだ。

特に重要なのはこれが「セオリー」である点だ。

もし運悪く1輌も撃破できずに見つかって撃破されたとしても、採用した戦術自体は問題は無いので運の要素とも採られるやもしれぬし、大きな失態とはならず妹様の名誉もさほど傷つかないだろうと思われたからだ。

そして1輌でも撃破できれば其の時点で成績分布内では上位に配置されるのだ。

 

「ですが、この方法では・・・餌を待つだけのこの方法ではそれ以上の戦果が望めません。

 3輌、4輌と撃破していくには此方から索敵に出る必要があります」

 

より一層の戦果を求める!

直接的ではないがどう考えてもそうとしか取れない発言をした妹様に私を含む全員が驚いた。

 

「え、えっとー 何でより戦果を求めるの?

 いや、別に駄目って訳じゃないよ?ただ・・・なんていうか何となく西住さんっぽくないと思って」

 

確かに赤星の言う通りである。

とてもではないが今でも好戦的な性格には見えないし、また実績も名誉も求めているようには見えない。

もしそうなら・・・あの組み分けの時にもっと積極性を見せていた筈だ。

その質問に対して妹様はしばし押し黙った。

言うのは憚れる。しかし、己の心情を本気を信念を隠す者の言葉に誰が従うというのか。

そう自分で思い立ったのか、僅かに首を動かし空を見上げながらぽつりぽつりと述懐した。

 

「私・・・嬉しくて・・・。

 昔からああいう組み分けの時って自分から言い出せなくて誰からも声をかけられなくて何時も最後に余った人と組まされていた・・・。

 それで高校に入ってから何とかしないとって思ってて。

 だから自己紹介の時に助けてもらった逸見さんに声をかけようと思ってた。

 だけれど結局は私は臆病だから・・・声もかけれなかった。

 周りがどんどん自分から声をかけていって組んでいくのをみて焦ったし、正直なところ胸が苦しくて呼吸もできなくなっていった。

 ああ、また私はひとりぼっちになるんだなって悲しくなった。

 でも・・・でも!逸見さんはそんな私に声をかけてくれた!それが物凄く嬉しかった!

 逸見さんだけじゃないよ。浅見さんも赤星さんも私と組んでくれて嬉しかった!

 だから、折角組んでくれたのに私の我侭でお座なりな事は出来ない。其れだけは絶対に出来ない。

 皆が笑われるような事だけはさせない。胸を張ってこの練習試合を終わらせるようにしようと思った」

 

だから―――と一拍置いてから妹様は宣言した。

 

 

「この試合で皆で一番になろうと思ったの」

 

 

 

再び静けさが戦車内を支配した。

誰も音を発しないというだけの静けさではなく、まるで妹様を除いた全員の呼吸が止まり心臓も鼓動を停止させ、思考すらも中断されたかのような静けさであった。

今度は私達の錯覚ではなく、実際にこの静寂はしばしの間続いたのだろう。

しかし、同時に確信している。

私は私達は全く同じ感想を抱き、その心情を共有しているのだと。

即ちこの娘はこの車長はこの西住流の末裔は本気で言っているのだと。

その口がその目がその覇気が私達にそう思わせたのだ。

そしてそれが単なる自信過剰による妄言ではないという事も何となくではあるが私達は理解していた。

 

「・・・解ったわよ!いいわよ!どうせならトップをとってやろうじゃないの!」

 

そこには先ほどまで自分を卑下した表現を寸前で飲み込んでいた逸見はいなかった。

自信という石炭を意欲という名の炉にくべて、心の中で興奮という火を燃やしている一人の戦車乗りがいた。

 

「やりましょう!」「ここまで言われてやらなきゃ女が廃る!でっかく生きろよ女なら!」

 

訂正しよう、一人ではなく三人であった。

若くて眩しい。そこには一人の少女が吐露した心の呟きに引っ張られ、英気に溢れた少女達の姿があった。

・・・いや、何のことは無い。自分も興奮していたのだ。

妹様の願いには私は含まれていないのは解る。

この子達の願いが叶うのか、それとも非情な現実に押しつぶされるのか其れは解らない。

だが、その一端の助けとなれる事が今は嬉しくも楽しかった。

 

-3-

 

私は妹様が指定したルート上を沿う様に戦車を動かしていた。

多少走り難いが通常の移動をしている車輌から発見し辛く、戦車が潜伏するのに良好なポジションからの視界に入らないという絶妙なルートであった。

無論、地図を読み地形を把握してこのルートを指定したというだけで妹様がお飾りの姫ちゃんではない事が良く解った。

しばらく木々の影の中を走行していると、草原の中を方角的に此方の方へ直進している戦車を発見した事を砲手の逸見が妹様に伝えた。

妹様は双眼鏡を使って敵戦車を視認してこう言い放った。

 

「12号車ですね。あの車輌は此方と同じく操縦手を上級生の方が担当してましたね。

 装填手でも砲手でもないのならやれますね」

 

ちょっと待って欲しい。確かに全車輌の構成は事前に全員に配られている。

配られてはいるが、それを全部覚えているというのだろうか。

無論、本試合となると敵の構成は頭に叩き込むように指導されるが、たった一日足らずで全てを覚えるというのは流石に要求されない。

知彼知己、百戰不殆とは確かに言うがそれを実践するのが西住流なのだろうか。

 

「簡単に作戦を伝えます。

 まず敵車輌の進行方向に対して斜め30度ほどの角度で時速40kmで等速直線運動のまま横切ります。

 この時、主砲は正面を向いたままで敵車輌の前に姿を現して3秒ほどしてから回転させてください。

 敵は此方が不意に遭遇したと思い、停止して偏差射撃をしてくる筈です。

 等速直線運動をしている以上、敵主砲の方向は私達の戦車自体ではなく進行方向先へと向けられる筈です。

 即ち、敵主砲の回転が止まるまで撃たれる事はありません。

 斑鳩先輩。私が合図したら急停止してください。逸見さん此方が急停止した後に砲撃をお願いします。

 この時には敵主砲は発射されていると思いますので次弾がくるまで余裕がありますので落ち着いて撃ってください」

 

非常に理にかなっている戦法である。

停止している戦車は動体目標に対して命中させる事は十分に可能である。

一方で移動している戦車が静止目標に命中させるのはFCS(Fire control system 射撃管制装置)が組み込まれていない二次大戦の戦車では非常に困難となる。

必然的に移動している戦車からはほぼ砲撃の恐れは無い。

逆に言えば静止している戦車というのは最も被弾確率が高い状態である。

故に戦車は射撃しては移動し、静止して射撃しては移動を繰り返すのだ。

つまりこれは等速直線運動という静止状態の次に狙いやすい状態になる事で相手の射撃を誘い、回避した後に瞬刻も置かずに刺すという戦法なのだろう。

了の旨が全員から帰ってくる。

誰一人実行に不安を抱いていないのを確認すると車長がパンツァー・フォーと合図をだし作戦が決行された。

木陰から飛び出した此方を見て敵戦車が静止し、砲塔を回転させる。

逸見も「3、2、1、・・・」とカウントダウンして同じように砲塔を回転させる。

余談だが何となく逸見のカウントダウンは熱が入ってて何故か「上手」と感じた事も付け加えておこう。

私達は敵の左手方向から僅かに斜めに横切る形となる。

つまり敵の砲塔は反時計回りに回転し、此方は時計回りとなる。

角度の問題で相手の砲塔の回転の方が速く終わる事になるが、当然其れも織り込み済みである。

 

「今です!斑鳩先輩!」

 

キューポラから顔を出し、敵戦車の砲塔の動きと向きを見ていた妹様が合図を出す。

私は応と叫び戦車の無限軌道を逆回転させ停止させた。

足元から地面が履帯によって削れる音が金属を通して車内に木霊し、決して軽くない衝撃が体全体を襲う。

その僅か一瞬の後に敵戦車から主砲が発射された重低音が空間を振るわせた。

 

操縦士である私には自戦車のおよそ3m程前を敵砲弾が通過していくのが見えた。

「撃て!」

 

妹様の砲撃命令に合わせて逸見が発射する。

此方の砲弾は見事に此方を向いていた砲塔と車体との隙間に潜り込み、ショットトラップを引き起こした。

爆発音が鳴り響き、煙が巻き起こる中で・・・敵戦車から音を立てて白旗が飛び出てきたのだった。

 

 

 

 

 

 




次回予告!

そこでは上座も下座もなく条件は皆同じ 中学の実績も家柄も関係ない ただ己の戦車道を競って向き合う場所
生き残りが唯一の交戦規定となる領域で一人の鬼神の躰に染みついた硝煙の臭いに惹かれて、危険な奴らが集まってくる。

次回「ACE」
副隊長の下着がまた一枚・・・

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