如何にして隊長を尊敬している戦車道に対して真面目な黒森峰女学園機甲科生徒達は副隊長の下着を盗むようになったか   作:てきとうあき

31 / 43
第十七話【大荒れするからシートベルト着用よ】

 

-1-

 

 

西住まほは呆然と廃校の入り口を……そこに並ぶ三台の戦車を見ていた。

そして同時にみほの……戦車道において珍しく浮かべている驚愕の表情を見てまほはたまらなくおかしくなった。

 

「ははは……

 ははははははは!

 あーっははははははは!!」

 

たまらず笑い声を上げるまほに車内の人員も釣られるように笑い声を上げた。

そしてそんなまほをみほは楽しそうに見ていた。

 

「私の勝ちだな!

 みほ!」

 

「……そうだね。

 最後の最後でしてやられちゃったね」

 

それはもし第三者が聞けば疑問を呈する言葉であっただろう。

開始時点から戦車の数も質も大きく差があり、言ってみればハンデ戦の様であった。

にも関わらず黒森峰は……まほは試合開始からずっと裏を引き続けていい様にやられていた。

そんな中の最後にやっと一発だけやり返しただけに過ぎない。

しかも、それもまほ本人の行動というよりはエリカの機転による物だ。

そもそも、まだ一対一の五分五分の状況になっただけに過ぎず、それも時間的な制限で言えば援軍が期待できる分、大洗側が有利な状況であった。

 

だが、二人の間に共通する勝利の価値観は違った。

あらゆる行動が裏目に出て、もはや敗北が必至という何もかもが詰んだ筈の状況でただ行われた一手が五分に状況を戻した。

それを為したのはエリカであったが、エリカがそれが出来るように導いたのもまほであったのだ。

例えそれが完全に意図通りであった訳でなく、偶然に拠るものが大きいとしても、その偶然を手繰り寄せたのはまほが積み重ねてきた行動と発言による物である事は間違いなかった。

これを許した時点で戦車道の試合の勝敗とは別に二人の中での勝負という物において、完全に試合を思い通りに運べなかったみほは敗北を、一方でみほの予想を覆したまほは勝利を感じていた。

 

「……ふふふ、どうだうちの副隊長は。

 頼もしいだろう」

 

「うん、本当にエリカさんは頼りになるよね。

 無いものねだりはちょっとみっともないかも知れないけど、欲しかったなぁ」

 

それはエリカ自身が何よりも望んでいた言葉であった。

もし、本人が聞いていれば一筋の涙を流していただろう。

 

「だけど、次の勝負は負けないよ!お姉ちゃん!」

 

「ふふふ、そうは行かないな。

 次の勝負も勝たせてもらう!

 ……行くぞ、斑鳩!」

 

「……はい!」

 

 

最後の決着をつけるために二台の戦車が火花を散らしながら履帯を回転させて動き出した……!

 

 

 

 

-2-

 

 

中央広場とそれを囲うように建っている校舎を挟んだ周囲の通路。

この空間を二台の戦車が奔り回っていた。

なるほど、やはり妹様の戦車の動きは素晴らしいの一言に尽きる。

動きながらの砲撃精度も凄いが停止してから発射までのタイムラグや曲がり角での接敵してからの砲撃時間等も良い反応だ。

これほど複雑に動き回る中での装填間隔も素晴らしい。

本当につい数ヶ月前に戦車道を始めたとは思えない力量だ。

その中でも特に刮目するべきなのはやはり操縦手だ!

観戦している時もその技量に感心せざるを得なかったが、こうして実際にタンクジョストを通して見ているとより実感できる。

こいつは……冷泉麻子は間違いなく天才だ!

私の知る限り、高校戦車道界において彼女を超える才の持ち主はいないだろう。

一方で私は少なくとも一流と自負はしている。

高校戦車道の最強豪校のフラッグ車でもあり隊長車の操縦手を任されているのだ。

高校野球に例えれば優勝常連校の4番か主戦投手を任されているような物だろう。

故に私は高校戦車道においてはトップクラスの操縦手に十分位置されると言っても良いだろう。

しかし、冷泉麻子は才覚においてはトップ()()()ではなく間違いなくピラミッドの頂点に存在している。

私が所詮は凡人の範疇で一流止まりだとすれば、彼女は天才で超一流になれる存在だろう。

……そう、"なれる"だ。

今、この時はまだ私の方が上だ。

天才だとしても悲しいかな彼女には経験が足りなかった。

いや、別の言い方をすれば数少ない経験でよくぞここまで仕上げられたと言うべきだろう。

もし、来年に当たれば彼女は間違いなく一年の経験を持って、私を技量で凌駕していただろう。

……いや、そんなに経験は要らないのかもしれない。

あと数試合も経験すればそれで十分だろう。

追う側となって操縦席から狭い窓越しに逃げるⅣ号の後姿を見ながら私はそう実感していた。

 

中央広場を囲う□の形状の外周をぐるぐると回りながら追いかけっこをしているのが現状だ。

このまま行けば操縦技術に勝る此方が追いつく形となる。

勿論、そうなる前に向こうは何らかの対処を取るだろうが、先に向こうにアクションを起こさせる事を強要できるという点が大きい。

そう思っていた時だった。

 

「……?」

 

曲がり角を曲がるⅣ号が今までとは違った動きを取る。

減速が今までより遥かに遅い。

それに対して車体の向きがコーナーへの進入に対して僅かに傾いたまま横滑りの形で移動し……

 

「……なっ!?」

 

Ⅳ号がコーナーへ侵入すると()()()で車体の向きを変えて左に曲がったのが見えた。

 

「た、多角形コーナリング!?

 戦車で!?

 アホかあいつは!」

 

多角形コーナリングとはバイク等のレースで使用される高等技術で、通常はタイヤを動かし曲線を描くようにコーナーを曲がる所を、コーナーの奥まで直線的に突っ込み、その後に車体のテールを流して一気に向きを変えてフルスロットルで立ち上がるというコーナーリングテクニックである。

通常、"多角形"とある様にタイヤを使うバイクや車はこれを複数回行うことでコーナーを直線状に描いた角を幾つも描くような機動を取る。

しかし、タイヤで動くそれらと違い、戦車は左右の履帯を逆方向に動かす事を利用してその場での方向転換、つまりいわゆる超信地旋回ができる。

つまり、戦車は一回の方向転換でまるで直角を描くようにコーナーを回る事ができるという事になる。

あくまで理屈の上で……だが。

 

静止してからの方向転換ならいざしらず、実際には高速で直進しているのだからどうしてもコーナーを曲がろうとすると慣性がかかる。

速度の調整と通常なら左右どちらの履帯も等速で回転させる所をあえて速度に差をつけることによって可能としているのだろう。

口で言うのは簡単だが、それには超人的な調整感覚が必要だろう。

今まで冷泉麻子がそんなテクニックを行う所は見たことが無かった。

温存していたのだろうか?

いや、違う!

今このタイミングでできるようになったんだ!

百の練習より一の実戦とは言うが、正にその言葉通りこのタンクジョストの身と心を削るような接戦で彼女は急速的に経験を詰み成長している!

今この時も宇宙が膨張し続けているように!

 

「ええい!やってやらぁ!!!」

 

負けられない!

ここで普通に曲がっては折角つめた距離が離れてしまうという事もあるが、それ以前に冷泉麻子が目の前でやってのけたテクニックをリスクを考えて避けるなんて賢い判断は私にできない!

大体、正に今目の前で手本を見せられたばかりじゃないか!

それで出来ないなんて事があるか!

やってみせろ!ティーガー!

お前に命を吹き込んでやる!

 

「……ぐぅ!」

 

頭の中でつい先程目に焼き付けたⅣ号の動きを思い出す。

確かに、これぐらい傾けさせて進入させていた筈だ。

あとは車輌の差を考慮して履帯の回転速度を調整させるのは己を感覚を信じてやらなければ!

Ⅳ号と同じ様に……いや、コーナーの内側に近い様に進入したⅣ号と違い、私は外側からコーナーに進入した!

 

「……いっけぇ!」

 

僅かに車体左側がコーナー内側の壁を擦り、コンクリートの破片が飛び散る。

コーナーのギリギリのラインを描くように曲がった。

 

……上手くいった!

しかも、あの冷泉麻子よりも!

 

足回りの信頼性に不安が残るティーガーⅡでⅣ号がやった様に直角で曲がることは大きな危険を孕む。

故に、私はコーナーの外側から進入し、斜め45度に向きを瞬時に変えて出口へと向かい、そして出口で再び45度傾けてフルスロットルでコーナーを抜けた。

つまりⅣ号が一回の方向転換によってインベタでコーナーを曲がったのに対して、私は方向転換を二度に分けて、アウトインアウトの形でコーナーを曲がったのだ。

これはティーガーの足回りの不安定さを危惧したからだ。

Ⅳ号に比べてティーガーはその重量等によって履帯は外れやすく、壊れやすい。

故にその負荷を分割する為に方向転換を二度に分けたのだった。

 

これによって離された距離をまた詰める事に成功した。

……しかし、なんて奴だ。

何て女なんだあいつは!

これが戦車を動かして数ヶ月の初心者がやる事だろうか!?

 

あと数試合も経験すれば……なんて所ではない。

……恐らく、この試合を終えた後の冷泉麻子は確実に私より上の選手になっているだろう。

皮肉にも高校戦車道界の中でもトップに位置するだろう私とギリギリの接戦を繰り広げているという状況が彼女を急速に成長させているのだ。

ふざけた奴だ……!ジャンプのバトル漫画の主人公か!あいつは!

 

……だが、何はともあれ少なくともこの試合中では確実に私の方が上だ!

紙一重ではあるがこの勝負だけは私の勝ちだ。

そして私はその一回だけでいい!

一回だけお前に……お前が操縦する妹様に勝てればそれでいいんだ!

 

 

 

 

-3-

 

 

その後、幾度も砲弾を打ち合い、車体を掠らせ、凌ぎあった。

正面から近づきあい、砲塔同士を突き合わせて絡ませて交差させて、打ち合った砲弾が互いの側面間近を通過しあう事もあった。

そして、その後に二台ともこの戦いが始まった時の様に中央の広場で再び睨み合った。

広場の真ん中に置かれた大きなモニュメントを挟んでいるので、互いに姿が見えているが砲弾を直撃させるのは難しい。

恐らくは互いに回りこみつつのベタ足インファイトの如く近接戦になるだろう。

正しくドッグファイトだ。

絶対に引かない気迫で挑みつつも、体が沸点を超えた武者震いを起こすのが解る。

 

「隊長……あれを使います!」

 

「……ああ、いいぞ!」

 

私は気迫の声をあげながら思いっきりペダルを踏み抜いた。

今から私が行うのはとっておきの技だ。

……かつて、そうまだ私達五人が毎日の様に一緒に訓練したあの頃。

妹様がふと提案したタンクジョストにおける戦車の機動。

それは敵戦車に対して真正面から突っ込むと見せかけて、途中で戦車を横に傾けたまま横滑りさせ、敵戦車に近づいたところで一気にドリフトさせて側面にから後方に回り込むというものだ。

不意を打った急激な進路変更によって相手の視界外にまるで煙の様に消え、そして此方は相手の最も脆弱な後方に回避不可能な砲撃を零距離から撃ち込む攻防一体の機動。

当然、それは生半にできる事ではなかった。

その軌道を描くように戦車を操縦するだけでも難易度が高く、其れに加えて仮にできたとしても戦車の履帯が切れる事が殆どであったからだ。

更に言えばこれを成立させるには操縦手の腕だけではなく、急激な方向転換の後の静止で即座に発射・命中させる砲手とそんな動作の中で装填する装填手にも技量が求められる。

その上で腕だけではなく連携も必要なのだ。

去年、五人で練習をしている日々の中でもこの技を練習していたが、形にはできなかった。

……だが、妹様。

貴女がいなくなった後も私たちはその技を決して忘れる事は無く練習していました。

其処には私達の複雑な感情がありました。

形のない貴女の置き土産として、その残滓に縋ったのかもしれません。

又は、何時か貴女が戻ってくるのではないかと淡い期待を抱いていて、その時の為に備えていたのかもしれません。

……又は、単に貴女に褒めて貰いたかっただけなのかも知れません。

 

兎も角、その甲斐もあって私はこれを完璧に習得しました。

あの時の五人ではありませんが、隊長はもちろん砲手も装填手も黒森峰の誇る精鋭です。

この技の為にこの車輌とメンバーで練習もしてきました。

……さぁ、よく見てください。

私は貴女が残してくれたこれを完全に私の物にしました!

 

さぁ、行くぞ!ティーガー!

お前に生命を吹き込んでやる!

 

ペダルを踏む足に自然と力が入り、虎が大きな腹の音を鳴らし、全力で妹様の戦車に走る。

そして僅かに車体を横に傾けたまま横滑りをさせ、回り込みの準備動作に移った。

……何だかこの感覚に既視感を覚える。

それもつい先程経験したばかりの様な……。

……そうか!これは先程やった多角形コーナリングと同じ感覚なのだ!

あれも言ってしまえばコーナーを曲がる為に速度を乗せたまま最小半径で曲がる機動である。

だから今からする機動と同様に、動作の前段階で車体を僅かに傾けて横滑りさせるのだ。

なるほど、だから私は一発で成功できたのだ。

見本を目の前で見ていたにしろ、あれは冷静に考えれば一発勝負でいきなり成功させれるようなものではない。

ましてや、あれほどギリギリを攻める様に完璧に行くなどほぼ不可能だっただろう。

私はこの妹様の置き土産を習得するために必至に努力して修練していた。

故に、共通する部分が多い多角形コーナリングも容易にできたのだ。

それも、あの冷泉麻子よりも高い精度で。

 

 

 

……待てよ?

……じゃあ、ひょっとして…?

 

 

 

 

私はその可能性に辿り着いた時、背筋がゾクりとしたのが自分でも解った。

あいつはこの試合中に急成長していた。

だから土壇場で多角形コーナリングができるようになった。

それは間違っていはいない。

だが、それだけじゃない筈だ。

先程述べた様に技量があっても土壇場で一発で成功するようなテクニックではない。

基礎ができていたんだ。練習していたんだ。

何の?多角形コーナリングの?

勿論、そんな訳がない!

 

操縦席の前に空いている狭い視界確保用の小窓。

そこから、Ⅳ号がティーガーとは逆の向きに僅かに傾き、唸りを上げて横滑りをしながら此方に向かっているのを私は見た!

 

 

 

------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

『Fasten you seatbelts. It's going to be a bumpy night.』

 (訳「大荒れするからシートベルト着用よ」)

 

    映画「All About Eve(邦題:イヴの総て)」(1950)より

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。