如何にして隊長を尊敬している戦車道に対して真面目な黒森峰女学園機甲科生徒達は副隊長の下着を盗むようになったか   作:てきとうあき

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最終話【I Found My Way】

 

-1-

 

「馬鹿な!」

 

私は自然と現実を否定する叫び声をあげていた。

Ⅳ号の足回りを考えればあそこはむしろ減速し体勢を立て直すべきだ。

あの操縦技術でⅣ号の履帯を加速させ、車体を傾けるなど自殺行為でしかない!

見ろ!視界から消えようとしてるⅣ号の車体の履帯を!

金属とアスファルトが擦れて、赤い火花を散らし、金属音が悲鳴となって鳴り響いているのが解る。

 

……ついには片側の履帯が弾け飛んでしまった。

これで終わりだ……いや、何故減速しない!?何故更に片側の履帯を動かしているんだ!?

 

……ああっ!!そうか!!!

 

「砲塔回転!急げ!」

 

気づいた隊長が指示を飛ばす。

私も慌てて車体の安定を取る事を捨てて、全力で履帯を左右それぞれ逆方向に加速させて車体を超信地旋回させる。

 

簡単な事だったんだ・・・・・・

履帯を切らさずに高速度かつ急角度なドリフトをする。

その為には高度な技術と膨大な経験がいる。

ならば、逆に考えれば・・・・・・そう、常識など鼻で笑うような異質な天才の発想からすれば最初から履帯など気にしなければいい。

全く持って簡単なロジックだったのだ・・・・・・。

 

……馬鹿な!

あり得ない!

後先を考えず、履帯が切れる事も覚悟の上で、この一回で決着をつけようとするなんて!

何て……何てとんでもない事を考える人なんだ!

勝負の土壇場で行き成り全てのチップをオールインをするなんて!

……数回目、これを繰り返した後に……いや妹様ならば二度目にならばまだ解る。

普通にしていてもジリ貧なのだから一回に賭けようという思考になってもおかしくはない。

だが、何故最初の一回でそれができる!?

だって、こっちが同じ事をしてくるとは解らない筈じゃないか!

あの状況で捨て身となって履帯を壊してでも一回でけりをつけようとするなんて、最初から此方も同じ技をしてくると解っていなければ……

 

 

……っ!!

 

 

……そうか!解っていたんだ!

私なら……斑鳩拓海なら妹様がいなくなった後もあの置き土産をモノにするだろうと……。

 

 

 

 

 

……解っていてくれていたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-2-

 

 

 

戦車下部の車体と上部の砲塔が同方向に回転することによって、主砲が素早く右側へと回り込んだⅣ号を射線に捉えようとする。

私の前方視界には既にⅣ号は存在しない。

砲塔と一緒に回転する席にいる砲手の視界内に存在する事を祈るしかない!

 

……間に合うか!?

 

限界まで車体を動かした後、経験と勘に基づいて車体を一気に静止させる。

一瞬にも満たない間であったが、なんとなくⅣ号も全く同じタイミングで停止した事が解った。

 

「撃て!」

 

静止から隊長の発射命令。

発射命令から発射。

どれも一拍の間も置く事無く流れるようにほぼ同時に行われた。

この点だけでも私達の錬度とチームワークが卓越している事が解る。

……だが。

 

二重に聞こえる轟音。

大きく揺れる車体。

相手の砲弾が命中したのが解った。

どの箇所に?

此方の砲撃はどうなった?

……ティーガーならこの距離でも箇所によっては一撃で走行不能にならない事は十分にありえる。

一方で此方の砲撃は当たれば十分に大破せしめる事が出来る筈だ!

 

……祈るような心境だ。

いや、私だけではない。

車内の全てが……いや、恐らくこの会場にいる全員が耳に痛い程の静寂の中で固唾を飲み込んで判定を待っている筈だ。

小窓からは着弾時の煙によって何も見えない。

 

果たして結果は……!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……黒森峰フラッグ車、走行不能!

 よって……大洗女子学園の勝利!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……嗚呼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 -3-

 

 

 

ずるりと背もたれに体重をかけて体を弛緩させる。

 

「終わった……か」

 

終わった。

終わってしまった。

 

現実感がなくどこかふわふわと心が浮いていたが、口にすると途端に強く認識できてしまう。

 

終わった……。

……終わった?何がだろう?

試合が?

いや……そうではない。

何となくだが……私はもっと長いスパンでの何かが終わったように感じていた。

目を瞑れば瞼の裏に色々な事を思い出していく。

最初に妹様を見た時は……あのおろおろとまるで小動物の様に身を縮こまらせる様子に大丈夫か?と心配したものだ。

その後に逸見に声をかけられて……思えばアレが最初に見た妹様の笑顔だったか。

月並みな表現だがまるで花が咲いたかの様な可愛らしい笑顔だったな……。

その後の練習試合は……度肝を抜かれたものだ。

あの可愛らしいだけのお姫様を何とか支えようと意気込んでいたのも今考えると赤面ものだが。

兎も角もあの時から私の戦車道は変わった。

最初に戦車に乗った時は楽しかった筈なのに、何時しか何の為に歩んでいるのか解らなくなった戦車道が。

……いや、変わったと言うよりは戻った……と言うべきなのかもしれない。

幼い頃に始めて戦車に乗って興奮と楽しさを感じていた頃に……。

そして……あの練習試合で強烈に刻み込まれた白金の光景。

それを思い出しながら私は右胸ポケットに手をやった。

あの時が最も楽しかった……いや、そうでもないか。

その後の時間も同じくらい楽しかった。

妹様と一緒に……逸見や赤星と浅見と戦車に乗っていた時も楽しかった……。

そして決勝戦。

妹様が荒れ狂う川の中に飛び込み、意識不明の重体となったと聞いて私は血の気が引き、足元が覚束無くなり、上手く呼吸ができないような状態になった。

命の心配はなくなったが、障害が残るかもしれないと聞いて後悔と妹様を守れなかった自分の情けなさに吐いたりもした。

あの日から何処か螺子が狂っていったのだろう。

……いや、私が気づかなかっただけでもっと前から歪みは起きていたのだろう。

妹様が転校し、戦車道をやめると聞いて……私は何処かほっとした。

多分、それがあの人にとって一番幸せなのだろうと思ったからだ。

戦車道に関わらずに普通の女の子として暮らす方が幸せなのだろうと。

だから、大洗で戦車道を再開したと聞いた時……私は嬉しいという気持ちを自覚しながらも不安に思った。

あれだけ戦車道を忌諱していたのに何故再開したのか?

無理やりさせられているのではないか?

そうでなくとも、妹様は戦車道を歩んでいて幸せなのだろうか?

……その疑問に対する答えはいまだに出ていない。

出ていないが、これで終わりなのだ。

 

 

 

 

「……すまないな、斑鳩。

 負けてしまった」

 

そう思念していると車長席から隊長が私に謝罪してきた。

 

「……っ、隊長が謝る事はありませんよ!」

 

「だが、お前は冷泉麻子に負けてしまった。

 私の所為でな」

 

「そんな……隊長の所為だなんて……

 私がもっと上手くできていれば…」

 

それに対して隊長はふっと笑った。

 

「自分で欠片も思っていない事を言うのは止めろ。

 少なくとも、この試合中に限って……いや、最後のあの瞬間までで言えばお前は間違いなく冷泉麻子より一枚上手の操縦手だった。

 負けたのは車長の差だ。

 それも技量だとかそういう話ではなく、もっと根幹の部分のだ」

 

「……」

 

実を言えばそれは私にも解っていた。

いや、それが解らない様な節穴の目の持ち主はこの場にいる訳がなかった。

この勝負の差を分けたのはたった一つの要因。

隊長はその後の事も考えていた。

妹様は後先を考えなかった。

それだけの差だった。

それは言ってみれば西住と縁がある古流剣術である示現流の『一の太刀を疑わず』の様なものかもしれない。

妹様は全てを初太刀に賭け、振り下ろした。

隊長は逃げ足を残していた。

……しかし、妹様がそれができたのも、隊長がそれを出来なかったのも全ては妹様の入念な下準備の末だったのだろう。

この大会が始まった時から全ての策略は・・・・・・遥か昔から気づかれない様に膨大に積み上げられた積み木の山は、この頂上に一個だけ積み上げられた一瞬の接合の為にあったのだ。

 

「……そうだとしても、やっぱり隊長は謝らなくていいですよ」

 

「……ほう?」

 

「何故なら私はこの結果に満足しているんです。

 何て言えばいいか解りませんけど……全力で挑んで妹様の足である冷泉麻子に負けたと言うのは結構スッキリしているんです」

 

「……その割には色々考えているような様子だったが?」

 

「……試合の結果に関して不満が無いと言うのは嘘じゃないですよ。

 そういう隊長だって……負けたって言うのに嬉しそうじゃないですか」

 

「解るか?」

 

「それだけ嬉しそうにしていれば」

 

普段から仏頂面とも言える様な表情しか浮かべない癖に、にっこりと何とまぁ嬉しそうな事だ。

……だが、それも無理もない。

隊長のずっと夢だった妹様との試合だ。

それも西住流の枠に収められた妹様ではなく、枠などと言う枷を取り外した本来の妹様との。

……でも、良かった。

途中までは折角の機会なのに惨めな結果になるかもしれないと恐れていたのだが、最後の最後で全力をぶつけ合う事ができた。

……本当に逸見はこの姉妹の良い縁の下の力持ちだよ。

 

「さぁ、大会も終わりだ。

 撤収の準備を急がなければ優勝旗の授与が始まってしまう。

 見に行くんだろ?」

 

「……そうですね」

 

そうだ、妹様の晴れ姿を見に行かなくては。

 

 

 

 

-4-

 

 

『優勝!大洗女子学園!』

 

 

夕焼けによって橙色に染められた空の下で大洗の優勝が称えられた。

大洗の戦車道の隊員達の中央で優勝旗が大洗の代表……妹様に手渡される。

その優勝旗の重みにあわや体制を崩しかけるが横にいた子がそっと手を添えて支えた。

……あれは、確かサンダース戦の時に冷泉麻子と一緒にヘリに乗った武部沙織といったか。

支えられた妹様が笑顔を浮かべる。

困ったような笑顔でもなく、切なそうな笑顔でもなく、自嘲を含んだ笑顔でもなく、

心の底から嬉しそうな、感謝を含んだような……幸せそうな笑顔を。

それを周囲の大洗生徒達も同じ様に笑顔を浮かべる。

その笑顔のまま、妹様は誇る様に優勝旗を掲げた。

 

 

「……あっ」

 

 

私はそれを見て思わず声を漏らした。

何かがストンと心から落ちた。

まるで今まで抱えていた重みが無くなる様に、霧がかった物が晴れる様に。

 

私は理解した。

してしまった。

 

妹様は今、幸せなのだ。

大洗で戦車道をしているのが幸せなのだ。

戦車道をしているからこそ幸せなのだ。

心から信用できて、信頼できて、大好きな友人達と戦車道をしているのが幸せなのだ。

 

……そうかぁ、幸せなんだ。

 

「……良かった」

 

私は一筋の涙を流していた。

それが嬉しいからなのか、安心したからなのか、それとも寂しいからなのか。

解らないがこれだけは言える。

 

 

 

 

 

妹様が幸せで、私も幸せだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-4-

 

 

授与式が終わり、大会が閉会となった。

両校の撤収の準備は終了していたが、まだまだ現地にいる人の数は多かった。

何故なら授与式の後に黒森峰の生徒たちが押しかけ、次々と西住みほに別れの挨拶をしていたからだ。

それも致し方ないのかもしれない。

彼女達からすれば突如と自分達の前から姿を消した敬愛すべき元副隊長と話せる唯一の機会であったのだから。

……尤も、何故か全く関係の無い他校の生徒もその場にいたのだが。

 

そんな中で逸見エリカはみほをじっと見ていた。

今は挨拶に来て会話している内に泣き出した浅見をみほがそっと抱きしめて頭を撫でている所だ。

傍には一緒に会話に加わっていた赤星がそれをニコニコと何時もの笑顔で見守っている。

この場にエリカがいるのは当然ながら周囲と同じ理由であった。

しかし、どのように声をかけたものか解らなかったのだ。

普段は強気と言っていいほどアグレッシブなのにことみほの事に関しては見ている側がもどかしい気持ちになると言うのは赤星の談である。

そうこうしている内に別れの挨拶を済ませたその浅見が此方に向かってくるのがエリカには見えた。

 

「エリカは何をしているの?」

 

「……いや、その……みほに会いに来ているのよ」

 

そういうと浅見がこれ見よがしにはぁ~と溜息をついた。

 

「会いに来た人がこんな所で何をしているの!?」

 

「……人が多いから順番待ちしてるのよ」

 

「はいはい、じゃあ私の次はエリカだよね。

 もう貴方以外に挨拶していない人は二人しかいませんよ~だ」

 

「ちょ、ちょっと!押さないでよ!」

 

「はいはい、諦めていきましょうね」

 

浅見に片手を握られ、もう片方の手で背中を押されながらもエリカは本気で抵抗はしなかった。

結局の所、本人も切欠が欲しかったのだ。

それを自分自身で見つけられなかった所がエリカがエリカたる所以でもあり、その切欠を作ってやれるのも浅見が浅見たる所以であった。

そして、その光景をニコニコと赤星が見ているのが何時もの事であった。

 

解ったから!一人で行けるわよ!と浅見の手を振りほどきエリカはみほの元へと歩みを進めた。

足を動かしている間になんと声をかけようかと考えていた。

まずは優勝おめでとうと健闘を称えるのがベターだろう。

その後は……来年は負けないわよとでも続けるのがいいだろう。

それから元気にしているのか?とか大洗はどうなのか?とか他愛の無い雑談でもすれば……。

そう、大洗はどうなんだろうか?

そう思いながらみほの顔が近くなっていく。

懐かしい顔。

……そう、懐かしいだ。

毎日見ていた筈なのに”懐かしい”なのだ。

何故?

何故懐かしさを?

みほがいなくなったからだ。

黒森峰から。

自分の元から。

今は何処にいる?

大洗だ。

その、大洗ではみほはどうなんだ?

先ほどの授与式の光景が思い浮かぶ。

大洗の生徒達に囲まれて嬉しそうな笑顔を浮かべたみほ。

 

そこまで思考が進んだ所で先ほどのどう声をかけるかなんて考えはとっくに頭から抜け落ちていた。

ずんずんと歩く速度が速くなる。

此方を微笑を浮かべて見つめるみほの元にたどり着くと

 

エリカはその顔を

思いっきり平手で打った。

 

鋭い音が当たり一面に響く。

赤くなったみほの頬に大洗も黒森峰も、その場にいた他校の生徒も騒然とした。

みほの友人達が反射的に駆け寄ろうとしたが、それをみほ自身が無言で片手を伸ばして止めた。

 

そんな事も知った事ではないと言わんばかりにエリカはみほの胸倉を掴んだ。

 

「なんで……何で貴女が勝つのよっ!!」

 

搾り出す様に何とか声を出した後、堰を切ったようにエリカは叫んだ。

 

「何で貴女が黒森峰に勝つのよ!?

 何で貴女はソコで楽しそうに戦車道をしているの!?

 何でそんな笑顔を見せるの!?

 ……そんなに黒森峰はつまらなかった?

 私達はそんなに頼りなかった?

 私達じゃ……私じゃ駄目だったの!?」

 

叫びながらエリカは泣いていた。

みほが転校してから誰よりも早く立ち直った様に見えたエリカが。

戦車道喫茶ではみほの為にあえて大洗生徒の前で口汚く罵って敵となる事でみほを助けようとしたエリカが。

今この瞬間になって蓋をしていた心から溢れる本音をみほにぶつけていた。

 

「約束したじゃない!

 貴女が隊長になったら私が副隊長になって貴女を支えるって!

 ……その為に私は頑張ったわ!

 貴女の為に移動手段になれる様にヘリや飛行輸送船やホバーの免許だって取った!

 雑事をこなす為に書類の処理や申請方法についても勉強した!

 貴女の指揮を手助けするために車長としても副隊長としてもこなせる様に努力もした!

 ……なのに、なのに何で貴女はソコで笑っているのよ……。

 ……なんで、ソコにいるのが私じゃないのよぉ」

 

そこまで言い切った後にエリカはみほの胸倉から手を離し、崩れるように膝をついて童の様に泣いた。

その様子に最初はみほが殴られた事に怒りすら感じていた大洗生徒達は、すっかり怒気を失っていた。

 

「……エリカさん」

 

みほは膝をついて低くなったエリカの頭をそっと胸の部分に治めるように抱きしめた。

 

「……ごめんね、エリカさん」

 

「……あ、謝るぐらいなら……か、かえってぎてよぉ……」

 

「ごめんね、それはできないんだ」

 

「……やっぱりこっちよりソッチの方がいいんでしょう……」

 

「ううん、違うよ。

 そうじゃないんだよ、エリカさん」

 

みほはそう言いながらエリカの頭を胸から離し、自分も片膝をついてエリカと視線の高さを合わせた。

 

「私は、来年もエリカさんと戦いたいんだ。

 エリカさんが率いる黒森峰と」

 

そして真っ直ぐとエリカの目を見つめながら言った。

 

「……わたしと?」

 

「うん、エリカさんと」

 

「……適当な事言わないでよ!

 私が……私が貴方と戦ってどうなるのよ!

 勝負にすらなりはしないわ!」

 

「それは違うよ、エリカさん。

 私は今まで出会った人の中で一番エリカさんが手強くなると思ったよ。

 ……お姉ちゃんよりもね」

 

「……嘘よ、嘘に決まっているわ」

 

「ううん、嘘じゃないよ。

 さっきの試合の事を覚えている?

 エリカさんは廃学校の入り口を塞いで皆の侵入を防いだよね?」

 

「……たったそれだけの事で」

 

「たった、じゃ無いんだよエリカさん。

 あれは完全に私の想定外の行動だった。

 あの行動は私にも読めなかった。

 あの一手だけは間違いなくエリカさんは私の上を行っていたの。

 今までそんな事をした人はいなかった。

 エリカさんは私の考えが解る。

 エリカさんは私の事を一番理解してくれているんだって私には解ったの」

 

「……あ」

 

 

 

『私が一番みほの事を理解しているんだから!!!』

 

 

 

それはエリカが最も欲しがっていた言葉だった。

あの時、目の前の少女も自分ももっと小さかった時。

一緒に夕焼けを見たあの日からずっと欲しかった言葉だった。

そんな言葉を投げかけながら、みほが自分を欲している。

その事実がエリカの心を波打たせた。

 

「……でも、私はみほと一緒に……」

 

「だからね、エリカさん。

 高校の間は敵同士だけど……」

 

みほはエリカの耳元に口を近づけるとぼそりと言った。

そうして顔を離して「ね?」と笑顔を浮かべた。

それをぼーっと見ていたエリカだったが、はっと意識を取り戻すと顔の涙を指先で振り払った。

其処には先ほどまで泣き腫らしていたエリカではなく、昔の……そうみほと一緒だった頃のエリカがいた。

 

「……解ったわ、しょうがないわね。

 じゃあ来年を楽しみにしていなさい!」

 

そう言うとすっと立ち上がり、きびすを返した。

 

「……来年は負けないわよ!」

 

そうしてそれだけ言うとエリカは振り返る事無く去っていった。

 

「……はい!」

 

その背にみほは嬉しそうに答えた。

 

 

 

 

-5-

 

 

「逸見……お前、本当に普段は優等生の癖に時々無茶するよな……」

 

「その言葉、斑鳩先輩にだけは言われたくないですね」

 

そう言い返してくる逸見はすっかり何時もの様子に……いや、前にもましてすっきりした様な感じであった。

 

「……お前、何だかこう……いい女になったな」

 

そう言ってから私は何を変な事を言っているのだろうと慌てた。

しかし、逸見は軽く笑うと

 

「知らなかったんですか?

 恋する女性は良い女なんですよ?」

 

と恥ずかしげも無く言った。

 

「……そうか、良かったな逸見」

 

「……ありがとうございます」

 

妹様を叩いて泣き出した時は心配したが、どうやら吹っ切れたようだ。

ここ最近何となく感じていた暗さが無くなっている。

 

「先輩こそみほと会わなくていいんですか?」

 

「いいんだよ、私はもうその必要は無いんだ」

 

「……先輩、戦車道辞めるつもりなんでしょう?」

 

私は驚いたようにエリカを見た。

 

「……良く解ったな」

 

「何となく……ですけどね。

 でも何故だか確信できました。

 でも理由までは解りませんでした。

 負けて挫折しましたか?」

 

挑発の色を混ぜて問うて来る逸見に私は苦笑した。

エリカとて本気でそう思っている訳ではないだろう。

 

「いや、満足したんだ。

 私の戦車道はここがピークだったんだ。

 技量とかそういう意味ではなく……多分、この試合が私の戦車道という物語の終わりだったんだ。

 この後ずるずると終わった物語を続けても意味は無いんだ。

 だからここですぱっと止めてしまった方がいいんだ」

 

「……そうですか」

 

「おいおい、素っ気無いな。

 もっと引止めに来ると思ったのに」

 

「いえね、みほから先輩に伝言を預かっていたんですが、戦車道を辞める先輩に意味無いものだと思いましてね」

 

「……なんだ、その伝言って」

 

「いやいや、戦車道を辞めるなら関係ない事ですから」

 

「いいから言え!こら!」

 

 

 

 

 

-6-

 

 

 

 

傍で二人が仲良くじゃれあっているのを尻目に、みほの元へ最後の一人が赴いた。

 

「……みほ」

 

「お姉ちゃん!」

 

「……完敗だったかな」

 

「……そんな事は無いよ。

 最後はしてやられたもん。

 お姉ちゃんも言っていたでしょう?

 私の勝ちだって」

 

「……そうだな、紛れも無くあれは私の勝ちだ。

 なのに私が勝ちを誇らなければエリカに申し訳が無いな。

 そうか……私はみほに勝てたのか」

 

「その後は私の勝ちだけどね!」

 

「……ふふふ、そうだな。

 一勝一敗で引き分けだな。

 ……みほ、ありがとう。

 私の夢はこれ以上に無いくらい素晴らしい形で叶ったよ」

 

そう言いながらまほはみほの背に手を回してそっと抱きしめた。

 

「ありがとう……本当にありがとう、みほ」

 

それ受けてみほは緩やかに微笑むとまほの腰に手を回し、もう片方の手で優しくまほの頭を包み込みながら撫でた。

 

「……楽しかった?」

 

「ああ、本当に……本当に楽しかったよ。

 私は……こんなに姉思いの妹を持てて幸せだ」

 

まほはこの大会を思い返す。

この大会のみほの行動は全て入念な準備の下で黒森峰と戦う為に行われていた。

即ち、まほと戦う為の行動であった。

無論、まほ自信の願いとして妹が自分の戦車道を見つけ出し、その戦車道と戦うという事が叶えられた事が嬉しいのは違いない。

だが、それとは別に愛すべき妹が自分の為にここまでしてくれたという事実自体がまほを更なる幸福へと導いていた。

 

本当に……なんて姉思いの良い妹なのだろうか……。

こんな妹がいて・・・私がこの妹の姉で本当に良かった……。

 

そう思いながら名残惜しそうにまほはゆっくりと抱擁をといてみほと向かい合った。

 

「……あのね、お姉ちゃん。

 小さい頃にⅡ号戦車に……"薔薇の蕾"に乗っていたのまだ覚えているかな?」

 

「当然だ、忘れる筈が無い」

 

まほにとってそれは当然の事だった。

幼少の頃に山へ川へ原っぱへと二人で遊びに行くのに何時も薔薇の蕾と名づけたⅡ号戦車に乗っていたのだから。

そんなまほにとって貴重な思い出を忘れる訳が無かった。

 

「何時も薔薇の蕾に置いてあったお父さんのCDラジカセから流れていた曲も覚えている?」

 

「もちろん、フランク・シナトラの『My Way』だな」

 

フランク・シナトラの『My Way』。

最も多くカバーされた曲とも言われている名曲である。

死の予感を覚えた男が友人に自分の人生を"I did it my way"『俺は自分の道を生きてきた』と語る歌だ。

苦難もあった、後悔もあった、痛い目にあった事も悲しい事もあった。

だが全てを受け入れて自信をもって立ち向かい、"Yes, it was my way"『そう!この生涯こそ俺の道なんだ!』と締めくくられる。

 

古く英語の歌という事もあって当時の彼女達にとって歌詞の内容は解らなかった。

だが他のCDも持っていなかったし、父の物だからと勝手にCDを交換する事は無かった。

何より意味が解らなくともその歌が良い歌だという事は子供であった彼女達にも理解できたので、Ⅱ号戦車で移動する時は何時もその曲を流していたのだ。

そしてその歌詞の意味を父に聞いた時、この歌が自分達に実に合っているとまほは思った。

この歌のように"My Way"『自分の道』 即ち戦車道に誇りを持って妹と生きていきたかった。

 

 

 

"I did it my way" 『心の赴くままに自分の道を歩んできた』

きっと私達も私達の戦車道を歩む事ができるだろう。

 

 

"Yes, it was my way" 『そう、それが私の道なんだ』

きっと私達も最後にはそう納得できている。

 

 

 

……その時はまほはそう信じていたし、またそうであって欲しいと願っていた。

しかし、姉妹の道はみほが己の道を見失う事で絶たれてしまった。

 

「あのね、お姉ちゃん」

 

……だが、それももはや過去のものである。

 

「I Found My Way!」

 

何故ならば……

 

「見つけたよ!私だけの戦車道!」

 

 

 

 

   -完-

 

 

 

 

 

 

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『I Found My Way』

  西住みほ(CV.渕上舞)「わたしたちも音楽道、はじめました!」(2017)より

 

 




これにて完結です。
思い返すと長い処女作となりました。
最初に第一話を書いて某所に投稿した時はこんなに反響があるとは思わなく、長く続くとも思っていませんでした。
これだけ長く続いたのも皆さんがくださる感想と評価による応援のおかげです。
高評価を下さった方も感想を下さった方も本当にありがとうございました。
今後は第一部の最終話のあとがきで述べたような西住みほ転生者やこの作品のIFや外伝みたいなのをちょこちょこ書いていこうと思います。

本当にありがとうございました。

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