如何にして隊長を尊敬している戦車道に対して真面目な黒森峰女学園機甲科生徒達は副隊長の下着を盗むようになったか 作:てきとうあき
原作時間軸最後の全国大会優勝時の話です
【私が最初の友人】
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「西住ちゃーん!」
西住まほとの壮絶なタンク・ジョストを制し、念願の優勝を勝ち取ったあんこうチームが力の入らぬ西住みほを支えながら降りると、その彼女に大洗会長の角谷杏が飛びついた。
その光景を見て武部沙織は苦い様な、それでいて切ない感情をその胸に感じた。
(…私が最初に声をかけて、そしてずっと一緒にいたのに……
会長にあんな酷い事をされてきたのに笑って抱きしめ返すなんて…)
勿論、そういう点が彼女の魅力である事は重々承知しているし、だからこそ沙織はみほを好きになったのだ。
そしてそれは恐らく大洗戦車道の全員が感じている事であり、それ故にこの少女を信じて全員でその小さな背中を支えて共にここまで歩んできたのだ。
それでも自分が一番彼女と付き合いが長いのだという事は強い優越感を沙織に感じさせていた。
-2-
最初に沙織がみほを見た時は、後に本人に言った様に「あわあわしているのが面白いから」という理由から興味を持ったというのは間違いでは無い。
しかし、みほに声をかけた理由の主成分を述べるのならば、それは心優しい彼女の「同情」や「憐憫」であったり「正義感」でもあった。
2年から転校してきたその新しいクラスメイトは最初こそ転入生の特権としてクラスの皆から興味を持たれていたが、明らかにそういったコミュニケーションに慣れていない様子から徐々に人が離れていき、ついに孤独になってしまったのだ。
別に虐めだとか排斥されている訳ではなく、単に自然とそうなってしまったのだ。
最初の機会を喪失し、明らかに暗くなっている彼女を見ていられなかった。
勿論、沙織とて人間なのだからこれが性格に難があり、できれば避けたい人物であったのなら話は別であったかもしれない。
しかし、見ていると寧ろ「良い子」という印象が強く、落とした物を拾おうとして机に頭をぶつける様などはとてもではないが「悪い子」には見えなかったのだ。
そうして話してみるとその印象は正に正鵠を射ていた。
いや、むしろそれ以上で、可愛く、優しく、健気でもあった。
少し会話するだけで沙織と一緒に話していた五十鈴華はたちまち彼女を好きになってしまった。
特に彼女の恐ろしい所は普通なら恥ずかしがったりする様な褒め言葉を、一切の打算を感じさせずに本当に心の底から思っているのだと言わんばかりに投げかけてくるのだ。
「武部さん明るくて親しみやすいもんね。
だから皆友達になりたくなるんじゃないかな。
誰とでも仲良くなれるなんて凄いと思うよ。
……私、今日ね武部さんが声かけてきてくれてね、本当に嬉しかった!
素敵な友達ができたなぁって!」
こんな事を言われれば普通は世辞や社交辞令を感じる筈であるが、みほに限れば何の衒いも無い本心だと解ってしまうのだ。
これを言われた時の沙織は最初は少し呆気に取られ、そして照れるように少し顔を背け、目を泳がせて口先を窄めて頬を染めてしまったのだ。
思えばこの時から既に沙織はみほに人間として惚れていたのだろう。
そして、その後も華に向けられた言葉によって華も同じ心境になった事が同じ立場になった人間だからこそ理解できた。
親友でもある華を沙織はみほの其れとは別性質ではある物の同じ様に大好きであった。
だから二人で仲良くみほの親友であり続け、そしてこの可愛らしくも繊細な少女を守り続けようと思ったのだ。
二人が姫を守る騎士としての役割を果たさんとする機会は予想よりも遥かに早く訪れた。
生徒会から戦車道受講の強要という横暴な要求を突きつけられたみほは大きく落ち込んでいた。
保健室に行く彼女を心配して二人で仮病を使って同行し(普段から素行が良く教師から信頼されていたから疑われる事は一切無かった)、
事情を聞くと戦車道について思い出したくない過去があるというのだ。
二人は義憤を燃やし、次に生徒会から呼び出した時はそれぞれ手を握ってついていってやり、彼女を守る為にこの邪智暴虐の王に立ち向かったのだが、結局はみほは戦車道をやるという意思を示してしまった。
無論、沙織にも華にも会長からの「お友達も学校にいられなくしちゃうよ」という脅しもあって、みほが二人に配慮したからだと理解できてしまった。
だからこそ、戦車道において今度こそ何かあった時に二人で守ってあげようと心に誓ったのだ。
-3-
そして、その会長とみほが目の前で抱き合っている。
結局、ああいった脅迫行為等は会長自身にしても不本意であっただろう事は理解している。
学校が廃艦になり、華やみほや皆と離れ離れになるなどと、沙織本人も絶対に避けたい事態であった。
故に理屈の上では会長の行いも仕方がない事であるし、むしろ結果的に廃艦を阻止できたのだから沙織は彼女に感謝しなくてはならないのも理解しているのだ。
それでも感情としてはみほにアレだけ酷い事をしておきながらも彼女に馴れ馴れしくする会長が……そしていつの間にか知らない所でどういう交流があったのか受け入れているみほに心穏やかではいられなかったのだ。
それを自覚した時、沙織は自分がみほの事が好きなのだという事も自覚したのだ。
親友としても、仲間としても大好きであったが、其れよりも恋愛感情として好きだったのだ。
その自身の心に向き合い知覚した時、沙織の胸の痛みはより大きく感じられてしまったのだ。
いや、その兆候は今目の前で行われている光景より遥か前からあったのだ。
同じように大好きな仲間で親友と秋山優花里や冷泉麻子が彼女に惹かれて親しくしている時、可愛い守るべき後輩が西住隊長と弾んだ声で呼んではみほが優しい笑顔で迎える時。
歴女さんチームやバレー部の皆が尊敬と敬愛を示しては照れた様に彼女が笑い返す時、自動車部の整備能力に感嘆の声を上げ、心の底から褒めちぎって感謝を示した時。
大洗だけではない、対戦した各校の隊長も皆みほが好きになっていった。
サンダースやアンツィオの隊長がみほとハグを交わした時も心穏やかでは無かった。
戦車喫茶で絡んできた黒森峰の副隊長も実はみほの事が好きだったのも簡単に解ったし、それでみほが見たことも無いような視線と表情を送っているのも・・・・・そう嫉妬したのだ。
そう、嫉妬。
嫉妬。
嫉妬なのだこれは。
大好きな筈の友達に嫉妬しているのだ。
華はまだ良かった。
声をかけたタイミングも期間も一緒だったからまだ許せた。
でも、後から来た子とみほが仲良くしているのはどうしても感情では納得できなかった。
理不尽である事も醜い事も沙織には良く解っていた。
でも…それでもどうしようもないくらいに沙織はみほが好きだったのだ。
それでもこの感情はどう向ければ良いのか解らない。
女の子同士でなどと異常ではないのだろうか、それをみほに伝えた時軽蔑されないだろうか。
もはやその可能性を考慮した時点で彼女にはその意思をみほに伝える意思は無かった。
この関係を崩したくない。親友のままでいたい。
でも……この気持ちを抱えたままでは……。
沙織は「胸が張り裂けそうだ」という表現を考え付いた人はきっと同じ様な心境だったのだろうと益も無い事を考えていた。
何故なら沙織自信が本当に抱えて封じ込めた気持ちが今にも胸を内側から破っては爆発する様であったからだ。
……今はまだ良い。
皆まだ同じ様にみほの友達だからだ。
だけども……皆が自分と同じ感情を持っている事が今では沙織には解ってしまうのだ。
もし、みほに告白する子が出てきてしまったら、そして其れが受け入れられてしまったら……。
自分はどうなってしまうのだろうか……。
沙織には其れすらも全く想像がつかなかった。
-4-
「優勝!大洗女子学園!」
祝福の声が響く。
みぽりんが大きな優勝旗を掲げようとして体勢を崩し、咄嗟に私はそれを支えた。
その時、私の手にかかるみぽりんと優勝旗の重さを感じた時、私は無性に泣きたくなった。
そう、幻想だと理解はしていても、今だけはこのみぽりんが大洗に来てからこれまでの集大成を二人だけで支えている様に感じられたからだ。
皆が並ぶ中、その中央でみぽりんと二人だけでくっついて、手を差し伸ばして……
まるで、初めて出会ったときの様に……。
そう、苦しく、重く、醜い感情を抱えながらも私はみぽりんの傍に笑っていたかった。
だから私は優勝旗を少し危うげに掲げるみぽりんの傍にいる。
誰よりも一番近いこの場所にいられるだけで、今は満足なのだから。
了