如何にして隊長を尊敬している戦車道に対して真面目な黒森峰女学園機甲科生徒達は副隊長の下着を盗むようになったか   作:てきとうあき

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【ちょきり ちょきり】

 

 -1-

 

「西住殿、髪が少し伸びましたね」

 

私がそう言うと西住殿はそうかなぁと言いながら肩口からふわりと垂れ下がった髪の毛を弄り、朱色が混じった光をちらちらと跳ね返して輝かせた。

私の目に飛び込むその朱色は果たして西住殿の髪の色なのか、それとも秋だということを感じさせる早目の夕暮れの色なのかと考えると、夏までの記憶が自然と甦り、反芻し、そしてそれが夢ではないかと不安にさせる。

しかし、その不安も目の前に西住殿がおり、そして私と言葉を交わしているという現実の前では軽く吹き飛ぶのだ。

そして初めて出会った時……いや、私が始めて西住殿の姿を一方的に見た時の肩口にかかる髪の毛が、肩甲骨にかかる程度に延びているという時の流れによって更に私は西住殿と過ごせたこの半年を実感させるのだ。

 

「……その、もしよろしければ私が切りましょうか?」

 

そう告げると西住殿は驚いた様に口を丸くし、ふぇ?と可愛らしい声を上げながら私に優花理さん散髪なんてできるの!?と聞いてきた。

可愛らしい…これもまた自分が西住殿と出会うまでは知らない要素であり、そして出会った後に意外と感じながらもまた新しく知れた一面であった。

 

「はい、新しいヘアスタイルに変えるとかそういった事はできませんが、伸びた髪を短く切りそろえる事ぐらいならできます!」

 

これでも床屋の娘である。

もちろん、専門的な訓練は受けている訳ではないのである程度以上の技量を求められる事はとてもではないができない。

だが、素人の家庭でも子供の髪を整える程度なら行う場合もあるし、父から初歩とはいえ手ほどきを受けている私にとってそのぐらいなら問題は無かった。

それじゃあ…お願いするね優花里さんと言われると私は飛び上がらんばかりの気持ちを何とか押さえつけ、何とかはい!とだけ答えたのだ。

 

 

-2-

 

秋山優花里にとって西住みほという人物はアイドルである。

現代メディアにおける若い女性の職業の一つである「アイドル」という意味合いも多少は含んでいるだろうが、どちらかというと"Idol"の元々の意味合い、即ち偶像に対する崇拝に近かった。

昔から戦車、ひいては戦車道に対する憧れは強かったので、当然ながら西住みほという人物は前から知っていたし憧れてもいた。

しかし、当初は数ある有名選手の一人という認識でしかなく、強いて言えば高校選手の中ではあの名高い西住流の直系のお嬢様なのだから他よりは多少は強く印象に残っていたが、言ってみればその程度であった。

その存在が色濃く優花里の脳に印象深く刻まれたのは件の高校戦車道全国大会決勝戦からであっただろう。

その時、唯一全国中継される試合とあって当然ながら優花里はTVでかぶりつく様に決勝戦を見ていた。

悪天候の中、両校の間で繰り広げられる戦いに興奮していたが、そんなものが消し飛ぶくらい優花里にとって衝撃的なことが起こった。

足場が崩れ川に転落した味方戦車を副隊長でフラッグ車の車長であった西住みほが単身で救いに行ったのだ。

後に一般人から評論家や雑誌のコラミストからネットの片隅で様々な意見や憶測が好き放題流されたが、優花里は多少は…いや、かなり高校戦車道の世界に詳しかった。

だから解ってしまったのだ。

黒森峰の十連覇がかかった試合に西住流の次女が助けに行った事に。

その行為において彼女が何を捨てて何を背負ってしまったのか。

だからこそ魅入られてしまった。

 

フィクションの世界でも歴史上の事実でも、立場が上の者が下の者の為にその身や立場を捨てて助けに行くという話は数多くあり些か古典的で陳腐な物でもある。

しかし、逆に言えば陳腐化されるぐらい効果的に人の心を打つ物とも言える。

故に優花里も液晶モニターの向こう側で肉体的にも社会的にも吾身を省みずに救助に向かう西住みほにまるで歴史上の救世主の様に自己犠牲と救済に身を投じる仏陀やイエスキリスト等や、部下の為に命を張る将といった如く姿に、強くセンセーショナルに何かを感じたのだ。

 

この人の下で戦いたい。この人と一緒に戦いたい。この人の支えになりたい。

 

それができるのであればどんなに素晴らしい事だっただろうか。

優花里は他の者が漫画や小説を読んだ時にそこに"自分"を登場させて架空の展開を想像する様に、自分が黒森峰生であの西住みほの戦車に乗り、様々な場面でその活躍の一助となる事を想像した。

自分の豊富な戦車の知識で助け、準備していた様々な用具で助け、信頼されて命令されれば偵察にも赴き、私生活でも支える。

"優花里さん"と呼ばれ、そして"ありがとう"と礼を言われる。

そう想像している間は夢の様であった。

しかし、妄想である以上、現実ではなく正に"夢"であった。

それまでの妄想が快然たればたる程、はっと気づき現実に回帰した時の陰鬱さは激しかったのだ。

それは自己嫌悪と虚しさに起因するものだけで無い。

優花里は高校の進路の第一希望は黒森峰女学園であったのだ。

第一希望といっても教師はおろか親にも打ち明けていないので、提出した進路志望の紙の第一志望にはそのまま同じ艦にある大洗女子学園と書いてあった。

黒森峰女学園を諦めた理由は二つある。

一つは学力である。

規模も歴史もそして生徒の質すらも高水準にある黒森峰女学園は一般入試における必要な偏差値はかなり高い。

勿論、発祥の点から戦車道に非常に力を入れている学校なのでスポーツ推薦の枠や待遇はかなり充実しているが、中学で何かの実績どころか戦車道すら行っていない優花里には縁のない話であった。

優花里自身の成績はさほど高くないので、仮に第一志望に黒森峰を書いて提出しても教師にやんわりとそれとなく無理だと諦める様に薦められただろう。

しかし、実際にはこれはそれほど無理な障害では無かった。

というのも優花里は決して馬鹿ではなく、むしろ頭の回転や記憶力は非常に長けていると言っても良い。

ただ、自分が興味のある事にしか真価を発揮しない傾向にあり、学業の勉強についても本人はそれほど気にしていなかったのだ。

故に黒森峰へ進学し、思う存分戦車道をするという目的の為ならば尋常ならざる熱意と意欲を持って励み、そして恐らくは目的を達していただろう。

両親も学業に関しては特にうるさく言うことは無く、良い点を取れば褒めてくれたし、稀に余りにも悪い点を取ってしまった時も頭ごなしに叱る事無く頭をくしゃりと撫でては次は頑張ろうと優しく言ってくれるのだ。

そんな心優しい愛する両親を持つからこそ、学力に関しては乗り越えられても、もう一つの理由が致命的なまでの問題を孕んでいたのだ。

財力である。

優花里の家は決して貧乏という訳ではないが、裕福というわけでもなかった。

同じ学園艦に住居があり公立でもある大洗はさほど家に負担をかけずにすむ。

しかし、黒森峰は西住流が興した私立学校である。

規模も施設も充実しており、スポーツ推薦、特待生等に対する費用免除や特典も豊富だ。

質実剛健を旨にしているので傍目には質素に見えるが、その実必要な機能性は必要な分だけ揃えるという事に手抜かりや節制は存在しなかった。

それ故に殆どの一般生徒達の学費はかなりの高額となっている。

そんな負担を親にかけさせるわけには行かなかった。

もし仮に優花里が黒森峰に進学したいと親に言えば、母も父も少しの愚痴も陰りも見せずににこりと笑って優花里のしたいようにすれば良いとだけ告げて応援してくれただろう。

それが優花里自身にも確信できていた、

できていたからこそこの愛する親に告げる事ができなかったのだ。

しかし、黒森峰の戦車道一員として西住みほと一緒に駆る想像をすればする程、"もしかしたら現実のものになっていたかもしれない"という思いが強くなり、凄まじい未練を感じさせては惨めな思いになるのだ。

 

優花里が黒森峰に憧れる理由には、純粋に戦車が好きだからと言う事以外に間接的な理由が存在する。

戦車と戦車道について語れる相手……そう、友人が欲しかったのだ。

小学校低学年の頃はまだ周囲も優花里が熱く戦車について語っても耳を傾けてくれたし中には一緒に盛り上がってくれる者もいた。

ところが小学校高学年になると、皆戦車に対する興味など無くなっていた。

どんなに熱意を持って語っても直ぐに飽きてしまい、優花里を置いてその時の流行の話を繰り広げるのだ。

中学生に進学しても諦めきれずに同調してくれる者を求めて優花里はやはり熱く戦車について語った。

ところがこれがいけなかった。

小学校までは単純に興味が無いという反応ですんだが、中学になると精神年齢も知性面も上昇した周囲は集団として自然的に被差別対象を作り上げようという動きが働いた。

結果的に苛めこそ起きなかったものの、優花里は孤立してしまい、戦車についての話題はおろか一緒に帰ろうと誘ってくれる友人も"そうそう秋山さんはどう思う?"と話を振ってくれる友人もいない中学三年間を送る事となった。

だからこそ日本高校界で最も戦車道が盛んである黒森峰に進学し、戦車道について語れて同調してくれる……友人が欲しかったのだ。

ある意味では優花里にとって手段と目的が逆転してしまったのかもしれない。

尤も今となってはどちらが先だったのかも判別つかないが。

 

高校に進学してからは中学の時の様な失敗を繰り返さない為に優花里は可能な限り戦車の話をしないように努めた。

しかしながら、これまで同年代とはろくに雑談をせず、一人でいるが故に結局は戦車に関する事にしか時間を割かなかった為、戦車の話をしない様にしてもそれ以外の話題など一切する事ができなかった。

結果的に当たり障りの無い対応しかできず、排斥されている訳ではないものの、特別親しい友人を作る事もできなかった。

高校の一年間、一人で学校に通い、昼は一人で母のお弁当を食べ、放課後は一人で寄り道をして、一人で帰った。

そんな毎日だからこそ空想の中で黒森峰隊員として戦車に乗り、西住みほと共に戦うのは楽しかったし、そんな毎日だからこそ空想から醒めると陰鬱になった。

これが後二年も続くのか。

いや、高校を卒業して大学へ行くにしても家業を継ぐにしても変わらないだろう。

自分の人生はずっとこのまま一人なのだろう。

そういう思いが既に諦観となって優花里を支配していた。

 

 

  ―――ところが、高校二年に進級した春

     奇跡が起こった

 

 

この大洗女学院に戦車道が復活した。

そこまでだったら、嬉しいがまだ優花里の考える現実的に有り得る範囲内だっただろう。

しかし、奇跡が―――あの西住みほがこの大洗に転校してきたのだ!

憧れの……いや、信仰の対象と言っても良い人物が、絶対に叶わないと思いながら空想の中で話していた相手が目の前の同じ地面の上に立っていたのだ。

外タレや運動屋などメじゃない真のアイドルだ。

優花里は狂喜乱舞し、あまりの幸福感に現実味を感じなかった程である。

しかしながら…その当の本人に話しかける事ができなかった。

話しかけたいとは思っていたが、話しかけたらまた拒絶されてしまうのではないかと言う恐怖がトラウマとして残っていたので行動できなかったのだ。

もし西住みほに嫌われたら…拒絶されたら…。

そう思ってしまうだけで自分から行動する事などできなかった。

しかし、折角の好機を見逃すことなどできず、少し離れた所から恐る恐ると様子を見る事しかできなかった。

こうして姿を拝見しているだけで幸せだと自分に言い聞かせながら…。

ひょっとしたら自分から動く事無く、相手の方から声をかけてくれるのではないのだろうか。

まるで自分から動く事無く都合の良い未来を信じている彼女無しの男性の様な事を思っていた。

ところが、そうしていると当の本人……西住みほに声をかけられたのだ。

それだけで心臓が破裂しそうな程であった。

だが次の言葉を聴いた瞬間、本当に天国へ行ってしまうのではないかという幸福を感じたのだ。

 

 

『よかったら一緒に探さない?』 

 

 

この救世主からの神託を授かって以降、優花里の人生は激変した。

着ている制服こそ黒森峰の黒い其れではなく大洗のではあったが、戦車道ができ、西住みほの指揮の下で戦えた。

それだけでも満足だったのにこの少女はあろう事か全国大会決勝まで自分を引っ張り上げ、あの西住まほの駆るティーガーを撃破する砲弾の装填をさせてくれて、優勝するという空想の中でも思い描かなかった事を体験させてくれた。

『偵察をお願いします』『優花里さん装填時間をさらに短縮可能ですか』『…ありがとう』

自分を信頼して様々な役目に使ってくれたし、感謝もしてもらえた。

自分の話に付き合ってくれる……なんてものですらなく、心の底から好きだと表明でき、そして相手からも自分の事を好きだと思っているだろうと確信して断言できる一緒に相手の為に泣け、相手の幸せを心から喜べる様な素晴らしい親友ができた。

放課後に寄り道に付き合ってくれて、家に遊びに来てくれた。

自分が何も言わずに偵察に言った時など、自分を心配して家に来てくれた時すらあった。

空想し、妄想し、憧れ、欲しかった物が全て…いや、それ以上の物が手に入ったのだ。

何か誇れる様な事を成し遂げた事があるか?……今なら胸を張って是と答えられる。

自分が本当に困っている時に打算なく助けてくれると確信を持って言える友人がいるか?……今なら疑う事無く頷きながら是と答えられる。

どちらか片方だけであっても大多数の人間が心の底からそう信じて"そうだ"と言える物ではない。

秋山優花里もついこの間まではそうであった。

しかし、今では己の人生やその価値等を胸を張って誇れる。

 

 

"Wem der grose Wurf gelungen,

Eines Freundes Freund zu sein,

Wer ein holdes Weib errungen,

Mische seinen Jubel ein!

 

Ja, wer auch nur eine Seele

Sein nennt auf dem Erdenrund!

Und wer's nie gekonnt, der stehle

Weinend sich aus diesem Bund!"

 

ベートーヴェンの交響曲第9番第4楽章の歓喜の歌の一節にこうある。

 

"一人の信じる友を得れた者、大きな成功を勝ち得た者、心優しき妻を得た者は彼の歓声に合わせて声を上げよ。

そうだ、この世にただ一人だけでも心を分かち合える魂があると断言できる者も歓呼せよ。

そして其れができなかった者はこの輪から泣く泣く立ち去るがよい"

 

今の優花里はこの輪にいる資格がある。

全ては西住みほという一人の少女が切欠だった。

だから秋山優花里は西住みほに好きだとか憧れだとかそういったものを全て包括した上で更に上位の感情を向けているのだ。

…仮に一言で表現するとしたらそれは"信仰"となるのだろう……。

 

 

 -3-

 

 

「はい、それじゃあ斬りますね」

 

そう言いながら私は軽く霧吹きで西住殿の髪を濡らし、櫛で何度か梳いた後に鋏を小刻みに動かした。

西住殿の髪の毛は予想通り綺麗で櫛を通せばさらりと小気味良く流れた。

 

「うわぁ…凄いね優花里さん!プロみたい」

 

西住殿の屈託の無い褒め言葉を聞いて自然と頬が緩み、何時もの癖で頭を掻き乱しそうになるが、右手に持っているものを思い出して寸での所で止めた。

今こうしてあの西住殿の髪を斬ってあげれるなんてまるで夢のようだ。

いや、この時だけではない。

私は彼女に出会ってからずっと夢心地だったんだ。

西住殿と一緒に戦車に乗っている時も、話している時も、一緒に歩いているときもずっと夢の様だった。

だからこんな風に私を信じきって無防備に頭を差し出している状況だけでも正に夢心地であった。

西住殿の後ろで私は鋏をちょきりちょきりと動かし、軽快に髪先を刈っていく。

勿論、西住殿はこの伸びた髪の状態でも可愛い事この上ないのだが、自分の手でまた別の可愛さに仕立て上げていくのはそれはそれで快感であった。

 

ちょきりちょきり

 

鋏を動かすという簡単な行為の中に私はいちいち幸せを感じていた。

西住みほの髪を自分が斬る。

半年ほどの前の自分では想像もしなかった事である。

視線を鏡の方に向ければふわりとしたリラックスしている事が見て取れる西住殿が写っている。

しばし、手を止めてそれに見惚れていると、どうしたのかと西住殿が視線をあげ、私の其れをぶつかるとしばし時を置いてにこりと笑ってくれた。

それだけで私は天に昇るような気持ちになる正しく天使の笑顔であった。

 

ちょきりちょきり

 

私は再び手を動かし斬っていく。

髪を伸ばした西住殿もそれはそれで可愛いのは間違いないのだが、やはりこの出会った頃の髪型が一番好きだ。

色んな髪型の西住殿を見てみたいと思う反面、この思い入れのある髪型でいて欲しいと思うのはやはり我侭なのだろうか。

 

ちょきりちょきり

 

心地良い無言の静寂の中で鋏を動かす音だけがテンポ良く響く。

リズミカルに一定の間隔で響く音がまるでメトロノームの様に感じられ、この時間が何時までも続くのだという錯覚が…いや、願望が私を包み込んだ。

もしそうであるのならどれだけ良かったのだろう……。

 

「……ねぇ、優花里さん」

 

「はい、なんでしょうか?どこか痒かったですか?」

 

そういう訳じゃないよと何処か照れた様な笑い方をした後、西住殿は言った。

 

「……優花里さんは高校を卒業したらどうするの?」

 

私の心臓がどくりと鳴った。

高校卒業後の進路……考えていなかった訳ではない。

むしろこれしかないと決めている。

しかし進路をどうするかは決めてはいるものの、どう進むかは未確定なのだ。

何故なら、私の進路は西住殿の歩む道の先と決めているからである。

自分にとって西住殿がいない人生は考えられなかった。

何故なら西住殿と出会ったからこそ私の人生に色彩がついたのだ。

であるならば彼女と離れれば、私はまたあの頃の一人ぼっちでただただ空想の中で西住殿と過ごすだけの無味乾燥の人生に逆戻りしてしまう。

昔はそれでも諦めがついたかもしれないが、今この喜びを知ってしまえばそんな人生に戻る事など耐えれない。耐えれる訳が無い。

故に、私はこの人と人生を歩むしかないのだ。

この人の傍にいるしかないのだ。

私が西住殿への奉仕貢献をする事を幸せだと感じているのは、ひょっとしたらそうする事によって西住殿からの繋がりを強固にできていると思えているからなのかもしれない。

 

「……決まっていないですねぇ」

 

私は西住殿に嘘はつけない。

しかし、進路先が決まっていないのだからこれは嘘ではないだろう。

西住殿が大学に進むのならその大学へ。

プロ入りするならそのチームに。

勿論、それが黒森峰へ入学する事よりも遥かに難しい道だという事も解っている。

何せまず彼女は西住流の次女である。

その血統の良さは伝統ある競技であるが故に支援者や関係者から非常に受けが良い。

勿論、それ以上に実績を示している。

戦車道を経験した事も無い初心者を率いて、数も質も低い戦車で並み居る強豪を打ち倒し、ついには半数以下の台数で黒森峰女学園を下して優勝したのだ。

当然ながら多くのプロチームや大学から凄まじいラブコールを受けるだろう事は想像に難くない。

いや、実際に卒業は来年なのにもう幾つかの勧誘を受けているらしい。

即ち、西住殿は選ばれる立場ではなく選ぶ立場にいるのだ。

一方で私はというと優勝チームの隊長車の乗員といえども、結局は戦車道経験僅か数日の初心者に過ぎない。

私の活躍もむしろ西住殿の手腕に拠る物と思われており、それは実際に正しいだろう。

決勝戦最後のドリフトを含めてその実力が解りやすい操縦手の冷泉殿や多くの砲撃を成功させている砲撃手の五十鈴殿ならまた話は別なのかもしれないが、私はその実力が目に映り難い装填手である。

腐っても優勝の実績があるので全くの無意味ではないだろうが、彼女の様な試験免除や学費免除等の厚遇は得られないだろう。

故にもし西住殿が大学に進む場合、その大学への受験を考えて日頃から勉強をする等準備はしているのだ。

……もしかすると戦車道とは全く関係の無い道へ進むのかもしれない。

それはそれで良いのかもしれない……。

元々、西住殿は戦車道を辞めるつもりでこの学校に来たのだから。

どちらにしろ西住殿がどんな道を選んでも付いていくつもりなのだから……。

 

「私はね……戦車道を続けようと思うの」

 

私の心の中を感じ取ったかのように西住殿は独白した。

 

「ここに来た時、最初は確かに戦車道をするのが嫌だった。

 でも私はここで初めて戦車道をするのが楽しいって事が解ったの。

 だからね、皆で楽しくできるなら……ううん、そういう戦車道が私はやりたい」

 

だからねと続けて西住殿は鏡越しに私の目を見てこういった。

 

「あんこうの皆と一緒に続けて行きたい。

 だから優花里さんにも私と一緒に戦車道をして欲しい。

 これは私の我侭だけど……だけどそうしたい。それが一番私のやりたい事なの。

 …優花里さん、私と一緒に来てくれる?」

 

ああ…まただ……。

私が自分から言い出せず、声をかけれなくて困ったいた事をこの人は…。

多分、私はこの人についていったらダメになるだろう。

自分から行動を起こさず、決断しなくともそれを解ってくれて甘やかしてくれるのだから。

でもそれで良い…。それが良い…。

何もかも任せてただ支えていればいいのだから。

私はただ一緒にいられればそれで良いのだから。

 

「……はい!何処でも!何処までもお供します!どんな所でも!」

 

そう私が元気よく答えると、西住殿はまたもや可憐な、しかし先程とは違う笑みをを浮かべた。

 

「うん!優花里さんならそう言ってくれると思った!

 大丈夫!私たちは何時までも一緒だよ!」

 

私にはそれが"大丈夫、私は優花里さんを捨てないよ"と言っている様に聞こえた。

そしてそれこそが私が一番求めている言葉でもあった。

だから私は喜びを顕にし、奉仕する様に鋏を動かしたのだ。

 

ちょきり……ちょきり……。

 

 

   -了-

 

 

 




 
 
本文中の歓喜の歌の訳は自作です(他の翻訳を参考にしている点はあります)。
完全に一致している訳文は恐らくは無いと思います。
 
 

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