如何にして隊長を尊敬している戦車道に対して真面目な黒森峰女学園機甲科生徒達は副隊長の下着を盗むようになったか 作:てきとうあき
-1-
切欠はただの偶然であった。
夏が終わり、それでもまだ陽射しが強く、アスファルトを照り付けて茹だる様な夏の残滓と言うには過剰な程の暑さを残していた日である。
「これは・・・ちょっと辛い・・・」
暦の上ではもはや秋の筈なのだが、まるでそれは気の迷いであり、実はまだ夏至なのではないかと錯覚する程であった、
暑い日々は終わった筈であるのに。
そう、澤梓の人生において最も熱かった日々はつい先日に終わったばかりである。
終わった後に振り返ってみれば、今まで生きていた15年間と比較すれば非常に短い期間なのは間違いない。
しかし、密度という点においても比較してみればやはり圧倒的な比であった・・・最も此方の場合は大小が入れ替わるのだが。
忘れがたく、しかも圧倒的な輝きを誇っていた日々。
しかしながら・・・いや、だからこそ過ぎ去ってしまえばあれは邯鄲の夢だったのではないかと錯覚してしまい、未だに自分はこの暑い夏の真っ只中にいるのではないのかと思ってしまうのだ。
そんな考えを澤梓は首を勢い良く振り、陽射しにきらきらと反射して輝く汗と一緒に振り払った。
あの出来事が夢であったなど皆に―――西住隊長に失礼ではないか――――――。
暑くて頭がぼぅっとするから余計な事を考えるのだと結論付けた澤梓は、過剰放熱を起した頭を冷却する為に目に付いた喫茶店へと足を運んだ。
自動ドアがすっと開き、中から流れ出た涼しげな風を全身で浴びるとそれだけで心地が良かった。
店員の案内を受けて席に座り、素早く出された冷水が注がれたコップを手に取り、勢い良く飲み干すとふぅっと一息をつく。
そして、店員にアイスコーヒーをブラックで注文すると、背もたれに体を預けて脱力した。
アイスコーヒーか…―――。
澤梓にとってコーヒーとは馴染み深い物ではなかった。
いや、過去形で表現するのは些かおかしいだろう。
今でもそれほど味を好んでいる訳ではないのだ。
どちらかというココアといった甘い物の方が好みであるし、先程も其れと注文を迷っていた。
ましてやブラック等は好みの対極にあるといっても良い。
そんな彼女がコーヒーを飲む様になったのは非常に些細な・・・しかし当人にとっては決して忘れられない事が切欠であった。
同じチームの同僚である一年生達と町に出ていた時に同じ様に喫茶店に入った時の事である。
何の他愛も無い話題が二転三転する雑談の流れで大人の女性という漠然としたテーマに移り変わったのだ。
この題材はそれまで物よりも白熱し、彼女達なりの熱意と真剣さをもって語られた。
15~16歳である彼女達は肉体的にはとうの昔に第二次性徴を経てはいるが、社会的には婚姻ができるようになったり等、正に少女から女性へと羽化する頃である。
また彼女達が履修している戦車道においても上級生の割合が高く、数少ない一年生を見てもアヒルさんチームの面々等は背も高くとても一年生には見えない。
そんな事もあって彼女達は戦車道履修者からは一年生チームと称され、マスコットの様な扱いを受けて可愛がられている。
その扱いに不満を覚えている訳ではない。
むしろ、そういった可愛がられるという状況は彼女達自身も満更ではないのだ。
しかし、それはそれとしてやはり成熟した存在、即ち「大人の女性」と言うのにも憬れるのは矛盾しているかもしれないが、そうだからこそ感じざるを得ないものであったのだ。
尤も、熱意がある事と現実的で有意義な提案がされるかどうかとは全くの別問題であった。
幾つかの取るに足らない―――しかしながら、彼女達自身にとっては真面目でかつ楽しい提案の応酬の中で「大人の女性はブラックコーヒーが飲める」という主張がなされた。
この主張を誰がしたかは失念したが、幾ばくかの感心と納得をもって他の五人からは迎えられた。
確かに大人っぽい女性を想像し、そこにブラックコーヒーを付加してみると全く違和感はなく、むしろよりイメージが強化されたのだ。
そこで丁度喫茶店である事からブラックコーヒーを飲むという提案が議会に提出され、それは全会一致で認可された。
しかしながら議案が可決されは良いものの、一つ重大な問題が浮上したのだ。
即ち、誰がこれを飲むかという事だ。
彼女達は全員が賛同したが、同時に自分が飲む気は欠片も存在していなかった。
まだまだ彼女達の味覚は苦味を心地よく感じるには若すぎたのだ。
そこで白羽の矢が立ったのが澤梓であった。
無論、最初は辞退したのだが、戦車長であるという理由で他から強く推薦されたのだ。
下に恐ろしきは場の空気と言うべきか、傍から聞いている分には全く理の通らない主張ではあるが、その時の当人を含む彼女達の間に流れる空気がそれをまるで確固たる物理法則の様に当然の如く関連付けられていたのだ。
こうして注文されたブラックのアイスコーヒーに澤梓は口をつけて一口飲んでみたが、苦味ばかりで全く美味しさを感じなかった。
眉間に皺がより、口元は歪んで、うえぇという声が小さく漏れる。
そうして「こんなの無理!」という主張をしようとした時、
「あれ・・・!?梓さん?」
彼女が最も尊敬し敬愛する人物の声が聞こえたのだ。
最初は幻聴かと思ったが、振り返ると確かにそこに西住隊長があんこうチームと一緒にいた。
「に、西住隊長!」
「わぁ!偶然だね!
うさぎさんチームの皆も!」
そうして口々に交わされる挨拶と一緒に簡単に互いの事情が説明される。
と言っても何のことは無い、それぞれのチームが遊びに来た所、偶然この喫茶店で出会っただけだ。
尤も、あんこうチームは今から会計を済ませる所だったので、席を一緒にする事ができなく、それが澤梓にとって少しばかり残念であった。
別れの挨拶をしている時に、西住隊長が何かに気づいた様で、澤梓の前を覗き込む様に体を動かすと、
「・・・わぁ!アイスコーヒーなんて梓さん飲むんだね!
それもブラックなんて凄いね!」
と心底から感嘆した様な声で言った。
その後も「私は苦い物が苦手だから飲めない」だとか、「ブラックが飲めるなんて格好いいね!」だとか興奮したかの様に続けるのであった。
その時の事は今でも一字一句覚えている。
それ以来、何かと澤梓はブラックコーヒーを飲むように習慣付ける様になった。
つまるところ、それだけ澤梓にとって西住みほという人物は心の大部分を占める人物であったのだ。
-2-
澤梓の人生が始まったのは何時だろうか?
無論、現実的な回答をするのであればこの世に生を受けた瞬間からであろう。
しかし、本人にこの問を投げかければ「それは高校一年生の穀雨からだ」と答えるだろう。
それ以前の澤梓の人生を表現するなら「平凡」に尽きる。
そこそこ真面目でそこそこ頑張って生きて、友達も普通におり、何も不安や不満を抱える事無く鬱屈とせずに平穏に生きてきた。
無論、平凡である事は最も難しいと言われる通り、これが恵まれていた事は間違いない。
実際に当時の彼女に仮に「お前の人生はつまらない」とでも言えば彼女は立腹したであろう。
しかし、今の彼女に「あの時のお前の人生はつまらない」と言えば、確かにそうであったと納得するに違いない。
彼女の人生が大きくその舵を回し、そして膨大な熱を帯びたのは一人の人物に由来する。
切欠は高校の選択授業で戦車道を受講した事であった。
この時はそれほど大層な理由もなく戦車道自体に対する興味は他の香道や華道等と大して変わりはせず、選んだ理由も特典等で優遇されるからといった具合であった。
また、ある程度の活動を経ても、西住みほに対する印象も認識もただの先輩達の一人と言う認識に過ぎなかった。
練習試合の時に「にしずみりゅう」という大層な流派の娘だと聞きもしたが、それの凄さが実感できるほど戦車道に詳しくもなく、興味も無い音楽のジャンルの有名なアーティストだと聞かされた時と遜色の無い程度の反応でしかなかった。
その認識が一変したのは聖グロリアーナ女学院との練習試合が切欠である。
この時、彼女達一年生のチームは始めての試合で緊張しており、密閉された金属で構成された狭い空間にあって非常に大きなストレスに晒されていた。
そこに追い討ちをかけるように唸るような大きな爆音と衝撃が立て続けに襲ってきたのだ。
理屈の上ではカーボンによって大丈夫であると理解していても、近くに着弾する度に衝撃で金属が軋む音が内部に響くとその"理屈"は"恐怖"によって上書きされていった。
砲撃が車体を掠めて甲高い金属音が車内に響くと、その恐怖とストレスは最高潮に達し、パニックになった彼女達は安全を求めて戦車を放棄し、外部へと逃げ出したのだ…砲撃の中で……。
その後、彼女達は離れた所から試合の全体を見届けていた。
元々、素人ばかりで戦車も満足に揃えられていない自分達が全国大会優勝候補ともいえる強豪校相手に太刀打ちできるとは思っていなかった。
故に自分達が早々に諦めても致し方がない事なのだ。
先輩達も程なくしてやられるだろう。
そう自分達に思いきかせていたのだ。
ところがバレー部も歴女の先輩達も敵車輌撃破して見せたのだ。
彼女達はそれを羨望と嫉妬と恐怖の目で見ていた。
練習ではなく初めての実戦で、自分達の車輌から放たれた自分達の砲弾が敵を撃破する。
それはどんなに気持ちが良く、どんなに胸が張れる事なのだろう。
この試合に負けても彼女等はその胸に誇らしげな達成感を抱き、一片の畏まりも無いのだろう。
その一方で自分達は?
彼女達は別に罪悪感を感じなかった訳ではなく、ましてや無責任でもないし戦車道活動に対して不真面目であった訳でもない。
試合を放り出して戦車から逃走したのも恐怖からの衝動的なものであるし、
その後ろめたさをどうせまともな試合にならないのだから自分達がいても然程変わらないだろうという、
全体を俯瞰視すれば自分達の過失割合もそれほど大した事がないのだという言い訳によって薄めて自分達を納得させているだけなのだ。
ところが眼前によって繰り広げられている光景はそんな言い訳を一切許さなかったのだ。
彼女達は自分達をも騙せる言い訳を無意識の内に探したが、そんな物は存在しなかった。
理不尽で道理の通らない理由を掲げるには彼女達は無責任でも思慮浅い訳でもなかった。
そしてそれはあんこうチームのⅣ号が4対1から3輌を立て続けに撃破した事からピークに達した。
正面から力技で一輌を撃破し、その後に地形と読みで一輌を奇襲し、そして逃げると見せかけた動きで一輌を撃破して見せたのだ。
俯瞰して見ていたからこそ解るその全体の動きに彼女達は呆気に取られた。
そして、相手のフラッグ車との一騎打ちで紙一重で負けたのだ。
…そう、紙一重でだ。
もし、自分達があそこで逃げ出さずに戦場に留まっていれば、その紙切れ一枚分の高さぐらいは押し上げられたのではないか?
他の車輌の様に相手を引き分けでもいいから一輌撃破できていれば…
いや、それどころか此方に数秒でも注意を引きつけていたのならば?
一発でも無駄弾を打たせていたのならば?
そういった仮定が現実味を帯びるほど、西住みほの率いるⅣ号はギリギリの負けを引いてしまったのだ。
彼女達は6人揃って西住みほに謝りに行った。
そうでもしなければ彼女達は罪悪感と責任感で押し潰されそうだったからだ。
今まで何かをして親や教師に謝りに行くという事は何度かあった。
そういった場合、恐れた部分は拳骨・説教・罰則などの自分達に降りかかる叱責の部分にあった。
しかし、今回の場合は彼女達の足取りを重くしている足枷は申し訳無さという罪悪感と失望される事への恐怖であった。
それ故に、今までの人生で最も恐れる謝罪であると同時に真摯な謝罪でもあった。
同じ乗員の先輩方と一緒に相手の隊長―――確か、ダージリンといったか―――と談笑している西住みほが彼女達に気づくと、彼女達の方へと静かに歩き出した。
目の前で立ち止まり、此方を見ている西住みほは明らかに怒っているという体であった。
怒っているといっても顔を紅潮させ、目じりを上げ、行動が荒々しくなるといった風ではなく、
むしろ、その動作には静けさすら感じさせ、その目は此方を深く真っ直ぐに見据えていた。
一年生の面々は人は怒るという時に火山の噴火の様な動的エネルギーを爆発させるのではなく、大津波が来る直前の潮が引いた一見穏やかで静かな夜の海の様な静的エネルギーとも表現できる怒り方があるのだと身を持って理解した。
そして、普段は温厚で心優しく"怒り"とは無縁としか思えない様な人物の"其れ"は一番恐ろしい物だという事も理解した。
事実、後にも先にもあの西住みほが怒るというのを彼女達が見たのはこの時だけであったのだ。
「皆さん…何をしたか解っているんですか?」
「あ、あの!ごめんなさい!私達のせいで試合に勝てなくて…」
「そんな事はどうでもいいんです!」
それは実際の声量としては大した事のないものであっただろう。
しかし、普段から"温厚"という表現の代表格ともいえる西住みほの怒声に、彼女達現実以上のモノを感じてびくりと体を震わせた。
それ以上に彼女達を驚かせたのは「勝利などどうでも良い」と言い切った事だ。
彼女達は自身達の過ちと無責任さで勝利を逃した事を悔やみ多大な責任を感じていたのだ。
その勝利に対して一番手を伸ばしていたであろう人物に断言されて彼女達は狼狽した。
ふと、視界の端に此方を興味深そうに、そして面白そうに見ている聖グロの隊長が見えた。
最初は自分達を愉快そうに見ている様に澤梓には思えたが、どうやらその視線は自分達など眼中にはなく、一貫して西住みほを見ている様だった。
「試合中に戦車を放棄して抜け出すなんて……何かあったらどうするんですか!
試合場では砲弾が飛び交っているんですよ!?
それだけじゃなく石や岩といった飛散物もありますし、何よりも数十トンの重さの戦車が走り回っているんです!
……本当に…、戦車道は本当に危ないんですよ……」
それだけ言い切ると西住みほは堪えきれない様に涙を溢れさせた。
その後、彼女達は秋山優花里から西住みほの過去を聞いた。
曰く、味方の戦車が氾濫する川に落ち、それを彼女が助けに行ったのだと。
何とか乗員達は助け出せたが、当の本人はそのまま流され危うく命を落とす所だったそうだ。
そしてそれが原因で黒森峰は優勝を逃し、その責から西住みほは転校したのだと。
「そんな!西住隊長は何も悪い事してないじゃないですか!」
澤梓はそんな事はおかしい!と優花里に詰め寄った。
「私もそう思います。
西住殿は人に誇れる立派な事をしたのだと。
何も間違っていないのだと。
……ですが、そうとは納得できない人達も大勢いたんです。
それだけ黒森峰にとって十連覇というのは大きかったんですね……。
兎も角、そういう過去もあって西住殿は戦車道で誰かが怪我をするというのが怖かったんでしょうね」
だから西住殿に怒鳴られた事は許してあげてほしい。
そう優花里は締めくくった。
当然、許すも何もない。悪いのは自分達だ!と彼女達は口を揃えて言った。
考えてみれば当たり前である。
スポーツや武道では怪我をしないように、安全に行うというのは基礎中の基礎だ。
ましてや戦車道はそれらの中でも最も危険な競技の一つと言っても良い。
よくよく考えれば自分達が怪我一つもないのは運が良かったからに他ならない。
もし偶然に車外に出た瞬間にそこに砲弾が飛んできていたら、戦車が突っ込んでいたら。
自分達はこの場に立っていなかっただろう。
そういった基本かつ重要な事を本当の意味で理解できていなかった。
そして、それが西住みほにはどう見えていただろうか。
そんな悲しい過去を持った彼女に…。
それを僅かにでも想像するだけで自分達が如何に軽薄であったか十分に思い知らされたのだ……。
一時を置いて、彼女達は再び西住みほの元に謝りに言った。
拙い言葉であった。
語彙も乏しかった。
それでも彼女達は自分達が可能な限りでその謝意を伝えようとした。
「……うん」
それが伝わったのか西住みほは、ポンと澤梓の頭の上に手を置いた。
「解ってくれればいいの。
次からは気をつけて、楽しく戦車道をやろうね」
そう言いながら笑った彼女は怒鳴ってごめんねと付け足した。
自分の頭を撫でながら、にこやかに、まるでお日様の様に優しく笑う彼女に澤梓は心に表現できない暖かさを感じた。
そして、同時に決意した。
もうこの人を悲しませない。
失望させない。
自分が仮に惨めな思いをしたとしても、この人にだけは恥をかかせたくはない。
だから少しだけでもいい。
この人の役に立とう……と。
-3-
当時の決意を振り返っていた澤梓はアイスコーヒーを飲みながらは感慨に耽っていた。
そして自問自答する。
自分は果たしてあの時の誓いを果たせているだろうか……と。
失望は……させていないと思いたい。
役には立っていると思う。
決勝戦でも大学選抜との対決でも自分の車両はスコアを稼いだ。
初めて数ヶ月の初心者達で会った事を考えると快挙であっただろう。
……だが、それが本当に彼女の役に立てているだろうか?
別の観点から考えてみる。
自分達の戦果が彼女の勝利にとって必要不可欠であっただろうか?
……いや、どう考えてもそうは思えない。
あの人の事だ。
仮に自分達がいなくともいないなりに戦術を組み立てて勝利するだろう。
つまり自分はいてもいなくともいいのだ。
……そう結論した時、澤梓は飲んでいたコーヒーの苦味が増したような気がした。
「……あんこうの先輩たちが羨ましいなぁ…」
澤梓から見て、少なくとも西住みほの乗員であるあんこうの四人は彼女から頼りにされているように思える。
それも公私共にだ。
日常会話においても彼女達の会話に耳を傾けて聞いていると、まるで熟年夫婦の様な相互理解なのだ。
また、会長である角谷杏にも強い信頼を寄せているようだ。
二度目の廃校騒ぎの時に杏の姿が見えない事に不安がる皆の姿を尻目に、西住みほは平然と構えていた。
「会長が何とかしてくれますよ。
私は私の役目が来るまで待つだけです」
そう言い切る彼女には角谷杏への疑いや不安は一切見られなかった。
羨ましかった。
自分もそんな風に彼女に信頼されたかった。
その為にはどうすればいいか。
乗員としては絶対にあんこうの先輩達には及ばない。
政治力では会長には及ばない。
……では自分の役目は?
そう考えながら大洗に不足している事を検証した。
そして澤梓は結論付けた。
大洗には隊長の指揮を下に伝達させ、隊長の負荷を軽減させる存在、つまり副隊長の存在が欠けている……と。
そう結論付けてから梓は副隊長としての役目をこなせる様に心がけ、努力した。
しかし、それは雲をつかむ様な行為であった。
何故なら肝心のみほの意図が全く掴めなかったからだ。
副隊長として役目をこなすには隊長の指示を受け、それを理解した上で、下にその命令を伝達しなくてはならない。
その指示の意図が理解できなければ、指示の簡略化、または詳細化といった事はできず、隊長の指示をそのまま下に伝えるしかない。
それは全車両と隊長のマイクが通信でつながっている戦車道においては全くの無意味だ。
隊長から大まかな作戦目的だけを伝えられ、それを実行する為の方法を指示するのが副隊長の役目であるからだ。
だが、その意図が理解できない。
地を這う蜥蜴に大空を羽ばたく鷲の気持ちが理解できないように……。
完全な袋小路であった。
一体、どのような存在であればあの人の副隊長が務まるのだろうか……。
それほどまでに彼女を理解できる人がいるのだろうか?
……実姉である黒森峰の隊長ならばできるのかもしれない。
羨ましい事にずっと一緒に生きてきたのだ。
一番彼女を理解しているとも言えるからだ。
……あんこうの先輩たちも多分できるかもしれない。
だがもはや彼女達は西住みほの乗員として不可欠であり、替わりの効かない部品だ。
……つまり、西住みほの戦車道を理解できる存在。
初めて乗った戦車が彼女の戦車で、彼女とある程度生活を共にしていて、その上で彼女の事を強く長く考えていたという様な人。
そんな存在がいれば何かアドバイスやノウハウを聞けたかもしれない。
……だが、そんな人がそうそういる訳が……。
「すいません、相席いいでしょうか?」
「あ、はい!大丈夫です!」
気づけば店内は何時の間にか混雑していたようだ。
反射的に返事をしてから、アイスコーヒー一杯で粘りすぎた事を梓は少し恥ずかしく思った。
そして目の前に座った女性に目をやる。
綺麗な銀髪の、少しだけ日本人離れしたこれまた綺麗な顔の女性。
何処かで見た事があるような……
-了-
次回 謎の女性視点で続く予定です