如何にして隊長を尊敬している戦車道に対して真面目な黒森峰女学園機甲科生徒達は副隊長の下着を盗むようになったか   作:てきとうあき

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大学生編IF【天才画伯みぽりん ー後ー】

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後に調べたところそのコンテンストとやらは市が行うちょっとしたアマチュア向けの小規模のコンテスト……ではなく全国的に行われるかなり規模の大きい物のようだ。

参加者も芸大生だとかいわゆるその道を進んでいる人達であり、プロだっているそうだ。

不味い。はっきり言ってこれは不味い。

みほ自身は自分が絵が上手いと思っている。

それも根幹は「お姉ちゃんが言ってくれたから!」というまほさんへの信頼だ。

このコンテストでも入賞ぐらいはすると思っているようだ。

そんなコンテストで落選という結果と絵が大して上手くないという事実を突きつけられたら。

当然、落ち込むだろうし悲しむだろう。

そんな様子を見たくはないのも確かだが、それ以上にみほがまほさんの言った事に不信感を持ってしまうかもしれないのが不味い。

現実的に考えれば姉のいう事を無根拠に信じないほうがいいのかもしれない。

だが理屈抜きで私はあの姉妹間にそういった無粋な不純物が入り込むのが何と無く嫌なのだ。

みほには「お姉ちゃんは凄い!お姉ちゃんは頼りになる!」と思っていてほしいし、まほさんには「みほの方が凄い。みほのやる事は何でも一番だ」と思っていてほしいのだ。

……だがいったいどうしたらいいのだろうか?

どう考えてもみほのあの摩訶不思議なこの世の物ならざらぬ絵が入賞するとは思えない。

苦肉の策として描いている絵にアドバイスしようかと思った。

素人の私が何を意見するのだろうかとも思ったが、藁にも縋る思いで実行しようとしたのだが

 

「完成したらエリカさんに一番に見せてあげるね!

 ……でも恥ずかしいし描いている途中のはごめんね」

 

渾身の自信作を自分に一番に見せてくれるとちょっと恥ずかしそうに言うみほの可愛らしさに私はそれ以上何も言えなかった……。

 

 

 

 

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「できたよ!エリカさん!」

 

とうとう何の手も打てないままみほの絵が完成してしまった。

最後の手段としてみほの妨害、そして絵の消失を考えたが、毎日楽しそうに鼻歌を歌いながら絵の完成を心待ちにし、「エリカさん楽しみにしていてね!」と私に笑いかけてくるみほを思うと実行できなかった……。

 

「……そ、そう、良かったわね!」

 

「うん!じゃあ約束どおりエリカさんに一番最初に見せてあげるね!」

 

そう言われて私はみほに手をひかれてあの部屋に連れて行かれる。

自分で歩けるのに流行る気持ち抑えられない様子でお気に入りのボコのテーマを鼻歌を歌いながら私の引く様子は非常に可愛いらしいのに、私はまるである晴れた昼さがりに市場に連れて行かれる子牛の心境であった……。

 

「……うっ」

 

部屋に入るとやはり壁に大量のみほの絵が並べられており、それを見て無意識に一歩下がってしまう。

それでも二度目である事と覚悟していた事もあって前回の様にいくつかの症状が出るようなことは無かった。

気を取り直して見ると部屋の中央に一枚の布が被されたキャンパスがある。

布で隠されていて絵は見えない筈なのに、何故かその布一枚の下から何だか形容しがたい雰囲気というかオーラが漂っているのを肌で感じてしまう。

 

「ふふふ!それじゃあお披露目です!」

 

「……ええ、いいわよ」

 

ごくりと唾を飲み込む私に構わず、みほがぱんぱかぱーん!と可愛らしい効果音を出しながら布を捲った。

 

「……ひっ!」

 

それは一見すると夜空に浮かぶ満月が草原を照らす幻想的な絵に見えた。

だが、それも正常な色使いと描写がされていたらだ。

青が混じった黒あたりで塗られるべき夜空は紫で塗られており、その中を薄い赤色や青色等が幾つも彩られている。

ぱっと見では群雲の様に見えるが、その割りにはどこか数学的な規則性を持った幾何学的配置に不自然さと違和感を感じさせる。

それらがある意味では見事に調和されてゴシック的な夜空を演出している。

月の色も黄とも言えるかも知れないが、黄色と言われて真っ先に想像する物ではない。

何処か薄い肌色のような物が混じったような……そう、黄色人種の肌の色が近いかもしれない。

そこから地表に向けて鋭角な長方形にデザインされた月光が降り注いでいる。

ただし、その色は何処かドロドロした物を感じさせる重い緑色だ。

その直線的な月光が黄銅色の草原に到達した途端、何故か粘性の重みを持った物質の様にべちゃりと草原に広がる。

そしてその月光の周囲の草原は、まるでそれが月光の反射光の様に紫色のクリスタルの様に変化していた。

そして極め付けなのが草原にいる無数の二足で立つ熊達だ。

それらは他の異様な風景と違い、至って普通なまるでテディベアの様な可愛らしさで描写されており、その普通さがむしろ一層不安感を煽らせていた。

そのテディベア達は降り注ぐ月光を囲み、それを歓迎するように手足を大きく広げて喜んでいる。

しかし、月光に当たったテディベアは当たった箇所が紫色に変質しながら……いや、侵食されながらまるで助けを求めるように手を伸ばしている。

そんな仲間を一切気にする事無く、我冠せずとばかりに月光をまるで神の後光の様に崇めるテディベア達は不気味であった。

 

「えへへ、どうかな?

 結構自信作なんだけど」

 

「……こ、このクマのヌイグルミ達は何かしら?」

 

「あ!流石エリカさん!お目が高い!

 本当はボコを描きたかったんだけど流石に公募しているコンテストに商業キャラクターは不味いかなと思って普通のくまさんにしたの」

 

そういう事を聞いているんじゃない!と叫びたい気持ちを私は何とか飲み込んだ。

リチャード・アプトン・ピックマンの様にグールが描かれていないだけマシだろうか?

……いや、むしろその方がマッチしている分まだ良かったかもしれない。

 

「……これをコンテストに出すのよね?」

 

「うん!」

 

やめておきなさい。

その一言がどうしても言えなかった。

どうしてこの笑顔にそんな事が言えようか。

……ある意味ではみほが認識を改めるいい機会なのかもしれない。

落ち込んだみほを慰める方法でも考えておこう。

仕方が無いからまた二人っきりでボコミュージアムに付き合っても良い。

または二人で何処か旅行に行っても良い。

 

……だけども、これを契機にみほが絵を描くのを止めてしまうのは寂しいものだ。

私はみほの絵は苦手だが、楽しそうに絵を描くみほの表情は好きだったのだから……。

 

 

 

 

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「……はぁ!!!????

 金賞を取ったですって!?」

 

「うん!みてみて!

 私の絵が載ってる!」

 

みほから差し出された絵画専門雑誌をみると確かにそこにはみほの絵が載っている。

ページを読むと何処其処の芸大の名誉教授だとか何処其処の画家だとか、つまりは大層偉そうな肩書きを持った人達のコメントが載っている。

色々な事が描いてあるが、要約すると『常人にはない感性 異端のセンス』といった事が共通して述べられている。

そういえば……とあの絵についてあの後交わした会話を思い出す。

 

「……えーと、これは月夜がモチーフでいいのかしら?」

 

「うん!私が前に見た夜空が凄く綺麗だったからそれを思い出しながら描いたの!」

 

つまり、この絵はその時にみほが見た夜空そのものだという事になる。

というよりみほは他の絵も"見たまま"描いているらしい。

それを聞いた時、みほの視界では私を含めて世界は全てこのように歪んでいる様に見えているのではないかと思ってしまった。

そう、もうタイトルは忘れてしまったが、昔に読んだ古い漫画で事故か何かの後遺症で人や風景が正常に見えなくなってしまった主人公を思い出した。

もしやあの時の水没した戦車を助けに行った事故の後遺症なのではと心臓が止まる思いであったが、どうやらそうではない様だ。

あくまで視界に映る光景は私達のそれとは何の遜色も無く、あくまでイメージとして捉えているらしい。

ただ、私達常人が目に見た風景とそれからイメージする物が全く別のものであるのに対して、みほからするとそれらは全く一緒の物であり、表裏一体で同一の物を別視点から見ているに過ぎないのだという。

絵の知識が乏しい私でも絵には"写実的"と"抽象的"の二種類がある事は解っているが、それでもこのみほの認識は……理屈では納得しなくも無いが感情では一切理解できなかった。

それでもどちらにせよみほの捉えるイメージは私達常人の見ている風景とはかけ離れすぎている。

間違いなく異常だ。

……いや、どうしてそう断言できるのだろうか?

みほ一人が異常で私達が正常だとどうして言えるのだろうか?

何を持って私達の正常さを証明するのだろうか?

……むしろみほの認識こそが正常で、世界を正確に捉えており、私達が異常で世界を正しく認識できていないのかもしれない。

 

そうだ、本当に下手な絵というのは見た者に何も抱かせないような絵の筈だ。

しかし、みほの絵は見た者に強烈な不安感や違和感や感じさせる。

そもそも、見た者に動悸や息切れを起こさせる絵が平凡であるだろうか?

歌劇にしろ、小説にしろ、音楽にしろ、本当の名作はそれを受け止めた物に強い感情の揺さぶりを与えるという。

であるならば間違いなくみほの絵は傑作だ。

大体、創作の分野は異端の思考と感性があるからこそ常人には決して生み出せないのだから。

 

私は横でえへへ~と可愛らしく喜んでいる化け物をちらりと見る。

全く……昔から可愛いなりして中身はとんでもないと思っていたが。

しかし、よくよく考えると昔からその兆候はあったのかもしれない。

完成された戦術はまるで芸術の様だと言うが、確かにみほの執る作戦案や指揮は常人の発想ではなかった。

そしてみほの執る作戦は確かに芸術的であった……味方どころか敵ですら魅了されるぐらいに……。

 

「ね!やったね!エリカさん!

 えへへ!」

 

「……はぁ、良かったわね」

 

私はなんとなくみほの頭を撫でながら溜息をついた。

結局のところ、私一人で無用の心配をして空回りしていただけか。

思い返せばそんな事は今まで何回もあったし、これからも私はこの子に振り回されるんでしょうね。

まぁ振り回される事もできなかったあの頃に比べれば……それも悪くはないか。

 

 

 

 

 

-9-

 

……しかし、私はこの後、すぐにその思いを撤回する。

一つはみほに対する取材が殺到したことだ。

元々戦車道関係で非常に有名であったのに、ここでその有名人が決して生半可な格調ではないコンテストで金賞を取ってしまったのだ。

天は二物を与えた!だとかでマスコミの格好の話題の種になってしまった。

小説界でよくある芸能人に文学賞を与えて話題にした様に、有名人であるみほに賞を与えたのではないかという意見も当初は存在していたが、明らかに普通ではない何かを感じさせるみほの絵の前には直ぐに霧散していった。

おかげで私はみほのプライベートを守る為に四苦八苦したのだ。

まったく、あいつらは此方の事情なんてお構い無しに無遠慮に来るのだから、みほが傷つかない様に立ち回るのに苦労した物だ。

 

……そしてもうひとつは……

 

「はい!エリカさんまた描けたよ」

 

「え、ええ、ありがとうね」

 

「またエリカさんの部屋に飾っておくね!」

 

「……ええ」

 

絵にますます自信を持ったみほがあれから頻繁に私の為に絵を描いてくれる様になった事だ。

しかも、それを私の部屋に飾ってくるのだ。

おかげで寝ている時もみほの絵に取り囲まれているせいで何度も何度も夢の中でみほの絵の世界に紛れ込むのだ。

……だから、最近では何かと理由をつけてみほの部屋で一緒に寝ているのだが。

できればやめてもらいたいのだが「どう?どう?嬉しい?エリカさん嬉しい?」とまるで尻尾を振る柴犬の様に此方を仰ぎ見るみほに対して私は無力だった……。

……まぁこの子が楽しそうだからいいか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今度、エリカさんを描いて上げるね!」

 

「……えっ!?」

 

みほに描いてもらうという事だけを見れば嬉しい。

だが、私も化け物の様に描かれるのだろうか?

……いや、それとももしかして普通に私として描かれたとしたら…………

 

 

 

        -了-

 

 

 

 




この短編はこれで完結です
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いや、本当に

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