如何にして隊長を尊敬している戦車道に対して真面目な黒森峰女学園機甲科生徒達は副隊長の下着を盗むようになったか   作:てきとうあき

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第六話 【IS APPROACHING FAST】

 

-1-

 

 

「それで話って何かな斑鳩ちゃん」

 

私は新海先輩―――元副隊長―――と先輩の自室で対峙していた。

部屋は綺麗に整頓され、清潔感のある白を基調とした色彩で統一されており、その中に様々な色を持った小物が配置されていて、部屋の主の人格を反映されているかの様だった。

その当人も私と机を挟んだ向かい側で、優雅に紅茶を飲んでいる。

腰ほどまでにある長く美しい深い黒の髪に知性を感じさせる眼鏡が良く似合っている。

戦車乗りというより夕暮れの紅い日差しが入る教室で純文学の本などを読んでいるのが様になっているような人だった。

 

「そんなに睨まないで欲しいなぁ。何時もは私をもっとキラキラした目で見ていてくれたのに」

 

そうだ。私はこの人を尊敬していたし慕ってもいた。

回りが全て僅かな席を奪い合うライバルという黒森峰に置いて希少な、人を手助けできる人だった。

私自身も技術面でも精神面でも大変お世話になった。

だが、今はそんな人を私は睨みつけているのだ。

 

「副隊長の事ですが・・・」

 

私は自分にも出されている紅茶にも茶菓子にも手を付けずに本題を切り出した。

以前は喜んで手を出していたが、今じゃそんなに紅茶が好きなら聖グロにでも行けよという思いしか浮かんでこない。

新海先輩はふぅと一息吐くと、そっと紅茶を受け皿に置いて言った。

 

「あの人には確かに思う所もあったけど、一回あの人の戦車乗ってみて確かに見方を変える事もあったわ。

 もう何度か乗ってみればあの人についてちゃんと知れるかもしれない・・・」

 

「そういうのはいいんですよ!」

 

目上の人の発言を途中で切るなど無礼なのは承知の上ではあったが、今はそんな欠片も心に思っていない事を聞いている心境ではない。

些かも気分を害したように見えない新海先輩はニコリとだけ笑って、また紅茶をとって一口だけ飲んだ。

 

「ふふふ、斑鳩ちゃんは真っ先に知っていたんだものね。

 ずるいなぁ。あんなの知ってて黙っていたなんて。

 でも感謝しているのよ?斑鳩ちゃんが隊長に提案してくれたおかげで知れたんですもの」

 

「・・・じゃあ隊長にあんな風に言わないで納得しましたでいいんじゃないですか?」

 

「それこそ『そういうのはいいんですよ』じゃないかしら?

 解ってるんでしょう?」

 

私は何も言えずに黙りこくってしまった。

新海先輩はまた少しだけ笑うと、紅茶を置いて窓の外に視線を語った。

 

「あの人と一緒に乗った戦車はもう忘れられない。

 私はね、懐かしさを感じていたの。

 昔に初めて戦車を見たときのときめき。

 初めて操縦した時の嬉しさ。

 初めて主砲を打った時の興奮。

 初めてキューポラから見た景色・・・。

 あの時はただ戦車に触れて動かしているだけで楽しかった。

 もう戦車に乗りたくて乗りたくて仕方が無かった。

 でも、何時しか勝つ事を考え、負けない様に必死に努力し、苦しさを感じながら腕を磨いていく内に義務感すら感じるようになってきた。

 苦しい、辛い、もう辞めたいと思った事も何度かあった。

 それでも辞めなかったのは戦車道が好きという事も確かにあったけど、それよりは家の事や今まで積み上げてきた物をなかった事にする事への恐怖が大きかったわ。

 でもあの人と一緒に戦車に乗ってると、まるであの頃の初めての感動が蘇ってきたようだった。

 あの人の指示で主砲を撃って命中させた時なんか、口を大きく開けて笑っていた事に自分でびっくりしてたわ。

 ・・・・・・戦車道で最後に笑えた事なんて何時だったか思い出せないくらいだったわ」

 

それだけ言うと新海先輩は再び此方を見た。

先程まであったからかいを含んだ視線ではなく、私の目を静かにじっと見つめていた。

それを受けて少しだけ首を動かし頷いた。

私にもそれは痛いほど解るからだ。

妹様の戦車に搭乗すれば、少なくともその瞬間の心境は共有されると確信したからこそ隊長にあの方法を提示したのだ

 

「貴女には感謝しているの。本当に・・・本当に感謝しているの。

 でもそれはあの人の戦車に乗せてくれる機会を作ってくれた事じゃない。

 "今"その機会を作ってくれた事を感謝しているの。

 時が経てば私達上級生もあの人と一緒に戦車を駆る機会も多くなっていくわ。

 そうすれば自然と私も気づいていた。

 だけどその時には私も衆多の中の一に過ぎない。

 でも・・・"今"なら・・・今なら機会を多く掴める。占有できる!」

 

最後の方は少し興奮していた様で、それだけ言い切るとふぅと一息吐き、机越しに私の手を両手で包み込む様に握った。

 

「貴女には幾ら感謝しても足りないし、私は貴女を後輩としても好きだったわ。

 だから忠告しておいてあげる」

 

そっと新海先輩は上体を近づけ、私の耳元で囁いた。

 

 

 

  "今"を逃すと後悔するわよ・・・

 

 

 

それは薄々と感じていた事だった。

いや、違う。

タイムリミットの様な物は感じてはいたが、それは妹様に惹かれる人物が増える事に対する機会の損失ではなく、単純に自分の我慢の限界が近づいていた事を感じていただけの事だ。

だから行動を起こそうとは考えていても、起こす勇気がなかった。

限界が来るのを自分で待っていたのだ。

新海先輩は顔を離すと此方をニコニコと何時もの笑みを浮かべて見ていた。

・・・多分それもこの人には見通されていたのだろう。

だからうじうじ悩んで、やりたい事も決まっている癖に優柔不断なこの出来の悪い後輩の背中を押してくれたのだろう。

 

・・・・・やはり、この人には敵わないなぁ。

 

私は負けを認めたかのように胸に溜まった息を大きく吐き出すと、手を付けていなかった紅茶の入ったティーカップを持ち上げて口に付けた。

少しだけ冷めていたが、やはりこの人の紅茶は美味しい。

それですら少しだけ悔しかったので、何とかこの意地悪な先輩を一泡吹かせられないかと私は少しだけ反撃を試みることにした。

 

「さっきの科白。まるで仲の良い同性の友人に恋人の共有を持ちかけているようでしたね」

 

私がティーカップをことりと置きながら言うと、先輩は困惑する処かより一層の笑顔を浮かべてこう言った。

 

「私はそのつもりだったわよ」

 

ぐっ・・・

やっぱりきたねぇぞこのアマ・・・・・・。

 

私は頬が赤くなるのを感じていた。

それを先輩はコロコロと笑っていた。

 

 

 

 

-2-

 

 

 

 

私は戦車道活動後に妹様の下へ赴いた。

戦車庫から着衣室に向かう途中の廊下で妹様の姿をみつけると、その周囲には彼女を慕う新入生の姿が多く見られた。

少しだけ観察するとその中心部に逸見や赤星と浅見の姿も見える。

他の者と比べて物理的にも精神的にもより一層近い様であり、妹様も特別気を許している様だ。

特に逸見など妹様の手を引いて先導している。

・・・・・まるで姫様を護る親衛隊の様相だ。

私が妹様に話しかけようとすると新入生達が此方に警戒してる様な眼つきを向けてきた。中には敵意すら含んでいる者もいる。

なるほど、無理からぬ事である。

確かに上級生の間では"今は"妹に対しての心象はそれほど良くない。

最もそれも大部分は妹様の実戦時と日常時との大きな剥離によって生じさせている困惑も大きいのだが・・・。

ともかく、どうやら私の事を妹様に文句でも付けに来たとでも思っているのだろう。

さて、どうしたものか・・・。

 

「斑鳩先輩じゃないですか!」

 

どう声をかけようかと悩んでいると、浅見が此方に気がついた様で声を張り上げた。

それに釣られて赤星と逸見も気づいた様で名前を呼んでくれる。

そして一歩遅れて妹様も此方を向き笑顔を向けてくれた。

周囲の新入生達も妹様を含む中心人物たちが歓迎を含んだ声色をあげたので、敵対心や警戒心を消し、変わって困惑を表情に浮かべている。

一人の生徒が代表として逸見に聞いているようだ。

逸見が練習試合で私達と一緒に戦った先輩よと教えるとあぁと納得の声が波紋していった。

 

「先輩久々ですね!」

 

「うん、久しぶりだな。浅見はどうだ。装填手として腕を上げたかな」

 

会話の糸口としてとりあえず調子を聞いたら、右腕を肩口まで上げ、その右の二の腕を左手で叩きながら「絶好調です!」と答えた。

相変わらず元気のいい奴だ。嫌いじゃない。

 

「逸見はどうだ?」

 

「はい!砲手としては勿論の事ですが、戦車長としても修練中です!」

 

戦車長を視野に入れているとは驚いた。

が、何となくではあるが逸見には確かに指揮する者としての特性を感じる。

 

「そうか・・・・・・将来、副隊長が隊長になった時に逸見が副隊長として支えてやれると良いかもな」

 

私がそう言って励ますと、逸見は一瞬だけ驚いた様な表情を浮かべたが直ぐに顔を引き締めてはい!と頷いた。

そして・・・と赤星を見ると何故かこっちをじいっと見つめていた。

 

「・・・どうしたんだ赤星?」

 

「・・・・・・今日は敬語じゃないんですね」

 

・・・うるせぇ。

 

 

 

 

-3-

 

 

 

「えっとそれで今日はどうしたんですか斑鳩先輩?」

 

妹様が少しだけ首をかしげながら聞いてきた。可愛い。

 

「実は副隊長にお願いがありまして・・・ちょっといいでしょうか?」

 

「え、私にお願いですか?」

 

少し驚いたよう様子を見せたが妹様は快く頷いてくれた。

 

「えっと、私達もご一緒しても構わないでしょうか?」

 

逸見が確認を取ってくる。

此れは私と妹様を二人っきりにさせるのは不安がある・・・・・・という訳ではなく、恐らく私を余り知らない周囲の新入生がそう不安を抱きそうなので、安心させるために同席を求めたのだろう。

こういう気配りと配慮ができるのは戦車長として、そしてその先には副隊長として重要な事だ。

・・・・・・多分、少し嫉妬というのもあるのだろうが。

勿論、構わないと私は頷いた。

浅見が新入生達に「ごめんね!先に行っておいてー!」と声をかけた後に、6人で移動して場を離れる。

 

 

「それでお願いとはなんでしょうか?」

 

少し離れた人気のない廊下の隅に行くと妹様が早速と言わんばかりに切り出してきた。

私はゴクリと唾を飲み込み、少し逡巡するが今こそ心から勇気を振り絞るしかないのだ。

でなければここまで来た意味もないし、ここで引けばまたあの意地悪な先輩にからかわれるだけである。

 

「副隊長・・・私に戦車道を教えてください!」

 

頭を思いっきり下げると同時に勢い良く叫んだ。

下げた頭の上で妹様がええぇ!って驚く声がした。

くそ!見たかった・・・。きっとまたあわあわとしているのだろう。

しかし、妹様が驚くのも無理はないだろう。

非常識極まりない願いなのは間違いない。

黒森峰女学院は日本戦車道を体現した象徴である!

となればその練習も苛烈を極めている。

しかしながらそれでも人と同じ事をしていては人を出し抜けないのも事実である。

激務である練習を終えてもなお自己練習に時間を割くのが黒森峰機甲科生徒だ。

特に黒森峰では僅かな席を争い、鎬を削っている。

同輩は仲間である前にライバルであるという傾向が強く、他人の戦車道に時間を割くなど一部の余裕がある強者にしか出来ない事だ。

勿論、妹様がその強者に属しているのは間違いない。

しかしそれならそれで練習が終わった後の少ない自由時間を減らす行為などしたくないだろう。

 

「え、ええっとそんな斑鳩先輩!顔を上げてください!」

 

言われて顔を上げると妹様は困った様な表情をしていたが、私と視線が合うと花が咲いたような満面の笑みを浮かべてくれた。

決して社交辞令だとかそんなものではなく、妹様自身も嬉しくてたまらないという笑顔だ。

正直、姑息な事を言えば妹様ならきっと断らないだろうとは思っていた。

しかし、こんな妹様にとって負担にしかならないと罪悪感すら感じていた事を喜ぶとは思ってもいなかった。

私が余りの事に呆けて―――そしてその笑顔に見惚れて―――いると妹様はなんと私の手を取ってくださった。

 

「嬉しい!またこのメンバーで戦車に乗れるんですね!」

 

私がえ?え?と思いながら周りを見渡すと、浅見が腕を頭の後ろに回しながら 逸見は両腕を胸の前で組みながら「しょうがねーなぁ」「やれやれ」と言った言葉を溢していた。赤星は何か訳知り顔で納得しているようだった。。

まさか、こいつ等!

 

「実は私達も前から練習していたんです!

 だから斑鳩先輩が入ってくれて、あの時の構成でまた戦車に乗れるなんて・・・本当に嬉しいです!」

 

そんなに輝く笑顔で本当に嬉しそうに私の手を握られると、もう私の精神が持たない。

恐ろしい。何て恐ろしいんだ妹様。

イエス・キリストはマルコの福音書によると40日悪魔に引き回され、その後に世界の全ての国を授けるという誘惑に打ち勝ったそうだが、その神の子だってこの誘惑には勝てまい!

まるで天使の様な悪魔の笑顔である!

しかも、その笑顔の中に溺れていくのが心地良いのだから性質が悪い!

そうやってもはや地上の楽園を味わい、呆然自失していると何と!何と!妹様が感極まったように抱きついてこう言った!

 

「また一緒に頑張りましょう!」

 

嗚呼、斑鳩が逝く・・・・・・

 

 

 

 

 





次回予告!

副隊長に対して明らかに態度が変わった元副隊長から流れる噂。
徐々に戦車の編成で他学年が混じっていき、部全般に浸透していく副隊長の魅力。
一方で斑鳩達は唯でさえ日常生活に不安の残る副隊長の時間を貰っている事からせめてものお返しにと家事等を担当する事になる。
最初こそ遠慮していた副隊長ではあるが徐々に任せて行く様になり、朝一人で起きれなくなるほど堕落していく。
そんな中、洗濯を担当する事になった斑鳩が洗濯籠で見つけた物は・・・


次回「我、生きずして死すこと無し、理想の器、 満つらざるとも屈せず」

副隊長の下着がまた一枚・・・


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