如何にして隊長を尊敬している戦車道に対して真面目な黒森峰女学園機甲科生徒達は副隊長の下着を盗むようになったか   作:てきとうあき

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第七話 【記憶の深淵に刻まれた起源の意識】

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エデンで禁断の果実を食すように唆す蛇の如くの誘惑に、危うく崖っ縁でギリギリの所で何とか土俵際で耐え切れなかったあの日から既に一週間近くが経った。

妹様に教導を頼んだその次の日から早速5人で練習が行われたのだが、二度ある事は三度あるというが私は更に妹様の底を見誤っていた事に更なる驚愕を隠せなかったのだ。

思えば最初は凡人と思われていた妹様だったが、その実は卓越した戦車長である事が天性であったのだ。だが、それは単なる付属に過ぎなかったのだ。

 

項羽は剣を習っては同じ様に其れに天性の才がありながら、剣は一人の敵学ぶに足らずと申し、万人を相手に取る兵法を学ぶ事を伯父に要求した。

その通りだ。妹様にとって個として相手にする戦車長としての技量は、凡人の視点としてみれば垂涎であるだろうが、妹様にとってはただの芸でしかないのだ。

妹様の真の賦性は個を纏め団と為し、集め操りて群と成って自らの四肢とする事であった。

 

それはさながらかの有名なトマト・ホッブズの「リヴァイアサン」の様であると言える。

人員は指揮者である妹様に試合における自然権を全譲渡し、それこそが自らの最大公約数的幸福、即ち求めうる範囲内での理想的な勝利に繋がると信じて、それぞれの行動・意思の行使を妹様に委託するのだ。

その指揮下の人員それぞれ一人ひとりが、妹様の部隊という一個の生物の一部として構成されていく様は正しくの口絵に描かれたリヴァイアサンであった。

そう妹様に指揮された時、我々は、大勢となるのだ。

職に貴賎なしと言うが、これをそのまま展開するならば、どのような技能に繋がる才もその多寡によって判別されるべきであって、その種別によって差は無いということになる。

しかし、現実的に見ると人類が遥か原始に「集団」という最初期の社会を構築してから現代に至るまで、常に最も偉大で尊く価値のある才はその規模に関わらず統治・指揮・統率であったと言っても良い。

それは国家という最大規模から数人といった少数のグループまで共通される価値観であった。

つまり、固有の技能者よりもそれらを監督する者がそのグループにおいて最大の地位に置かれるという事だ。

そしてそれこそが西住が王者である証とも言えよう。

戦車道というカテゴリーの中で西住の血を汲む者が、最も偉大で尊く価値のある才を受け継いでいるのはある種の必然なのだろう。

 

ところが、妹様にはそれらの才よりもまた別種の驚くべき才を持っていたのだ。

それは教導である。

 

毎日3時間も練習していた事になるが、体感的に言えば光陰矢の如しという表現が最も適切であるだろう。

このたった一日3時間の内で4人は明らかに自身の成長を感じ取っていた。

練習の内容は基本的に妹様はそれぞれの乗員に同時に之を行えと指示をする。

その内容はそれぞれが独立したものではなく、連携された一個の流れにて行う物であった。

例えば単純な例を出すと、ある練習では戦車の走行コースとタイムが指定され、同時に砲撃目標が複数用意される。

操縦士は砲撃の為に戦車を停止させなければならないのだが、その停止させる時間は短ければ短ければ良いのは当然の理なので、そのタイミングを砲撃手と間に共有しなければならない。

停止時間を短くしようとすればするほど、砲撃手の猶予が狭まるので、両者の息が合わなければ停止前に撃つ事も有り得るし、

 

また操縦手も砲撃を確認してから前進するなどという迂遠な事はできないのだから、タイミングが後にずれれば発進してから撃つなんていう事もありえる。

更にこれだけではなく、無論だが砲手は照準を停止してる間に全てをあわせる訳ではなく、予め走行している間に殆どの照準を合わせておかなければならない。

これも振動が大きければ大きいほど難易度が上昇する為に、操縦手は可能な限り車体の振動を抑えて走行しなければならない。

しかし、全体のタイムが設定されている為、速度を上げれば上げるほど全体の猶予に余裕が出来るという二律背反となっているのだ。

操縦主と砲撃手の間だけでもこれほどの関連性があるが、当然ながら装填手もそれぞれとの関係性があった。

幾つか挙げるとするならば、先程の練習内容で言えば的は一つではないので一度発射すれば装填が必要になる。

やはり走行しながらとなるので砲撃手の照準合わせと同様に振動が大きければ大きいほど作業の難易度が上がり、速度を出せば出すほど次の発射までの時間的猶予が少なくなっていく。

これらに対する猶予を少しでも稼ぐためには、砲撃手が発射を行えば即座に排出しなければならない。

その為には発射を耳や目で確認してから行動に移してからでは遅く、戦車の停止から感覚的にタイミングを計り、体で覚えて発射とほぼ同時に行動に移さなければならないのだ。

そうする為には当然だが砲撃手の発射タイミングがぶれる様だと不可能なので、砲撃手と操縦手には停止から発射を経て発進までの動作をリズミカルにしてもらわないといけない。

 

この様にそれぞれの連携が必要である上に、一方を立てると一方が立たないという要素が多々有り、一人が全力を出すと他がついて来れないという練習である。

必然的に搭乗者の中で他の乗員の呼吸までも合わせて動くように意識されていったのだ。

 

また、妹様の指示は練習試合の時と違い、実行不可能な物であった。

之について聞いてみると実戦時は各々が確実に出来る事、または失敗する確率と失敗した時の損害が成功時のリターンに比べて軽微な指示しか出さないが、

練習時は其々が実行不可能ではある物の、練習を重ねる毎に成功に近づいていき、幾らかすれば絶対に実行可能な指示を出しているのだという。

文面だけ見れば当たり前の事ではあるのだが、練習試合の時に実証した様にその人が何が出来て何が出来ないのかを見極める能力が神懸っている妹様にかかれば、どちらの点でも最高率の行動と練習内容の指示がだせるという事になる。

 

一つの練習をこなすと、更に難易度の高い指示が出される。

例えば先ほどの例の練習内容であれば、的はより遠くより小さくなって間隔も狭まり、

指定された走行コースは複雑かつ車体がガタつく不整地へとなっていった。

しかし、それでいても一回行うごとに確実に前進しているという実感が全ての面で全員のモチベーションを保っていた。

特に一回終わる毎に妹様から出されるアドバイスはその時不足していたものにピタリと当てはまり、

また単なる発破であっても妹様にかけられれば心の底から様々なものが湧き出るのだ。

最終的には複数の人間で動作させているにも関わらず、各動作にラグが生じなくなり、

その練習内容に限るとはいえ戦車が其一個の生物の様な動きをさせる事が出来るようになったのだ。

 

この練習に置いても意外に一番大変だったのは赤星であり、次いで浅見であった。

装填手は単純な肉体労働であるし技術面では一番シンプルで、

通信手も通信を車長の代理として発信と受信を行うだけというのはよくされる大きな勘違いである。

イラク戦争にて活躍したハーバード・マクマスター大尉はインタビューにおいてそういった質問に対して次のように語っている。

「装填手は必ずしも簡単な役職だとは限らない。装填手は各役割の中で最初のキャリアであるから確かに見習い的なポジションではある。

 しかし、それが故に全てのポジションから専門的な知識と技術を学べるので、優秀な装填手は全ての面に精通できる最高の役割である」

之に従ってか赤星と浅見は全ての役割について学ばされる事になる。

練習の時にたびたびポジションを入れ替えて、それぞれの役割を行わされたのだ。

実際に、予備と言っては聞こえが悪いが装填手(と通信機器に人員が必要な戦車では通信手)は重要なサブであった。

実戦時は例えカーボンに守られていても着弾等の衝撃は防ぎきれない。

となると実戦中に誰かが失神してしまったり行動不能になる事は十分にありえる。

そういった時に操縦士や砲撃手がいなくなったので戦闘不能となるのは当然避けたい事態である訳なので、そういった時に装填手や通信手が代行するのだ。

特に赤星は逸見と同様に戦車長の素質があるという事で、

コマンダーとしての練習も行われたし、練習後の軽い座学も逸見と一緒に妹様から受けていた。

また当然ながら通信手としての伝え方もレクチャーされていた。

例えば一見同じ様な文章に見えても、単語の使い方や文章の構成によって別の意味に誤認してしまうという例を提示され、それを避ける為に報告における注意点を教えられたり、

BとD等を受け手が間違わない様に滑舌を良くするために訓練も受けていたのだ

(フォネティックコードについては当然ながら基礎なので赤星も承知していたが、緊急時の座標報告等やその手間すら惜しい場合の為である)。

 

この様に練習内容はある意味では過酷ではあったが、欠片も辛さを感じさせなかった。

孔子曰く、知之者不如好之者、好之者不如樂之者だそうだ。

即ち其れを知る者は其れを好む者に及ばず、其れを好む者は其れを楽しむ者に及ばずである。

振り返れば黒森峰機甲科で戦車道を好まない者はいないだろう。

しかし、楽しんでいる者はどうだろうか?

練習は楽しい物であったろうか、友人達と少ない席を争っている時はどうだったであろうか。

勿論、楽しい事が無い訳ではない。試合に赴き敵を打ち倒すのも、勝利するのも楽しい。

例え練習試合で負けたとしても至らなさが合っても、自身の力を発揮できたのならば悔しくもあり嬉しくもあった。

しかし、それらは戦車道に費やしている時間の内のどれくらいであっただろうか。

恐らく1割にも満たないだろう。そしてその「楽しさ」も密度と言う点で論じる隙もあった。

しかしながら妹様との練習で過ごす時間は、それらを煩雑な時間と評しても良いほどであった。

当初は願い出ながらも、決して甘くは無い黒森峰の戦車道活動の後の個人練習であるからには、肉体面と精神面の両者について疲労の程を覚悟していた。

ところが、いざ始まってみると上達の実感と仲間との一体感、そして妹様の応援と白金の輝きによってその様な疲れは彼方へと吹き飛んでしまった。

楽しい。楽しくて楽しくて仕方が無かった。

元副隊長の新海先輩の表現を思い出す。

あの練習試合での充実感を思い出す。

そして、遥か昔に始めて戦車に乗った頃を、あの日が暮れるまでただひたむきに戦車を動かし続けていた頃を…。

楽しめるという事は最大の学習効率の手段であると言うが、全くその通りであった。

中学の時から行っていた4年間よりも、たった6日間に過ごした計18時間の方が戦車道の密度という点において凌駕しているとすら感じていたのだ。

 

 

 

-2-

 

 

そうして実りある日々を過ごしている内に、休日である日曜日となり、一つの変化が訪れた。

この日は朝練習をしようということになっていたので、妹様(と同室の逸見)の部屋に浅見と赤星と向かった時の事である。

私が代表してノックをすると、特に確認も無くドアが開いて逸見が顔を出し入室を促した。

そこに座って待っていてと言われたので、私達は床に敷かれたカーペットの上に置かれた座用テーブルの周りに銘々に座った。

妹様はどうしたのだろうと思っていると、逸見が部屋の両側に置かれたベッドの内の片方に近づいた。

みると布団がこんもりと盛り上がっている。妹様はまだ寝ていたのだろうか?

しかし、妹様は毎朝ジョギングをするほど朝に強かった筈なのだが、やはり毎日の練習が妹様にとって大変な負担になっていたのだろうか…。

 

「みほ ほら、みほ起きて。朝よ」

 

逸見が布団をゆするともぞりと動いて妹様が顔だけ覗かせた。

どうやらまだ眠い様で寝ぼけ眼の半眼でぼぅっとしている。可愛い。

首を動かすのも億劫なのか、その目だけを逸見の方に動かして妹様は言った。

 

「・・・あっ  え、ぃあしゃん」

 

「はいはい、ほら起きて。先輩達も来てるわよ」

 

呂律が回っていない妹様が可愛いのはとりあえず置いておくとして、その後に肩でも揺すって起こすのかという予想を何となくしていたのだが、それは驚くべき形で裏切られた。

妹様が「えへへーえぃあしゃーん」と布団から両手を逸見の方に伸ばすと、逸見ははいはいと腰を下ろした。

 

「ぎゅー!」

 

驚いてみていると妹様が何と逸見の首に両手を回し、逸見が妹様の体を支える形で抱き上げ、そのまま妹様を洗面所の方へと連れて行ったのだ。

それを見届けると、私たち三人は目を大きく見開いたまま互いに視線を交わし、

無言で示し合わせたように立ち上がると開いたままのドアから仲良く縦に首だけを突き出して洗面所の中を観察することにした。

妹様が顔を洗うと逸見はその顔をまるで赤子の顔を拭くように優しくタオルで拭き取ってやり、

妹様が歯を磨くとそれを「いっー」と見せ、逸見はそれを「まだ磨き足りないてないわよ。ほらちゃんとする」と言って歯ブラシを妹様の手から奪い取ると床に正座したのだ。

何をするのかと思うと妹様が膝の先に体が来るように膝枕をされ口をあーんと大きく開け、

逸見がそこに上から歯ブラシを歯に当ててしゃかしゃかくちゅくちゅと動かしてやるのだ。

なんだこれは。仕上げはお母さんとでも言いたいのだろうか?

歯磨きが終わると逸見は「ほらっ終わったわよ」と妹様の頭を撫でてやり、妹様が立ち上がって口を濯ぐのを見守り、「着替えを用意しておくからシャワー浴びてきなさい。目が覚めるわよ」といった。

そうして妹様のパジャマのボタンを外してやり、「はい、ばんざーい」と両手を挙げさせて服を脱がし、妹様が浴槽に向かったのを見ると此方に戻ってきた。

私たち三人が口と目を大きく開けているのを見て「どうしたの?ハニワ三姉妹かしら」とだけ笑って言うとタンスを開いて妹様の着替えを用意しだしたのだ。

 

この間、私達はずっと言葉を失っており、再度顔を見合わせると何処と無く意思が統一されたようで、揃ってうんと首を動かして頷くと私は笑って逸見に問いただした。

 

「逸見は何時もこんな風にみほさんを起こしているのか?」

「そうですね、最初の頃はむしろ私があの子に起こされるぐらいだったんですけど、段々朝に弱くなってきたみたいで」

 

あの子。一つ情報が増えたな。前まではフルネームか苗字にさん付けで呼んでいたのに。

続いて浅見も笑いながら質問をする。

 

「へーじゃあ、ああやって抱っこして歯を磨いてやるのも何時もの事なんだー」

「そうなのよ!あの子ったらああして持ち上げてやら無いと布団から出てこないのよ!歯磨きだって寝ぼけて何時もちゃんとやらないし」

 

最後に赤星が普段どおりの表情で聞いた。

 

「という事は何時もみほさんを自分で脱がして裸を視姦してる訳ですね」

「……あんたは相変わらずね。あの子、寝起きはボタンを外すのもモタモタしているんだから仕方が無いでしょう」

 

私は逸見の肩に優しく手を置いて労ってやった。

 

「うんうん、解るぞ逸見。何時も何時も大変だな」

 

そうすると逸見は解ってくれますかという安心した顔を浮かべ、体を横に向けて腕を組むと得々と語った。

 

「本当ですよ!最初の頃はまだしっかりしてたんですけどね。それでも歩けば転んで、下を良く見なさいと注意すれば頭をぶつける。

 ちょっと目を離すと直ぐに他に注意を惹かれて、気づけば迷子になって困ってるんですからね。

 信じられますか?高校生にもなって迷子になって涙目になるなんて。

 掃除と整理整頓は躾けられていたのかできるみたいですけど、家事全般は本当に駄目だったんですよ。

 西住家のお嬢様だったから女中とか使用人さんとかがやってくれていたんでしょうけど。

 食事も放っておくとコンビニ弁当とかそんなのばっかり!私が作ってあげないとまともな「じゃあ代わってあげよう」

興奮しながら言葉の洪水をワッと浴びせていた逸見が私の一言でピタリと止まった。

 

「実に大変そうだ。今まで苦労したんだな、うんうん。

 これからは私がお前の代わりに動こう」

 

「じゃあ私は朝に強いから朝起こす役目をしよう!」

 

「では私はみほさんの着替えと入浴のお手伝いをしましょう」

 

逸見は顔に笑顔を浮かべてゆっくりと此方を向いた。

 

「いえ、大丈夫です。御好意には感謝しますが先輩方にそんな手間を取らせる訳には行きません」

「いやいや、遠慮なんてするな私達は一緒に死闘を潜り抜けた戦友じゃないか。

 先輩だからといって遠慮するな。苦難は分かち合い助け合うべきだろう」

「いやいやいや、親しき仲にも礼儀ありと申しますし、特にここ黒森峰ではそういった礼儀はしっかりとしないといけませんし」

「いやいやいやいや、私達も妹様には大変お世話になっているからな。ここらで恩を返さないとな」

「結構です」

「いいからやらせろ」

「何ですか卑猥ですね。間に合っています」

「へぇ~何が間に合ってるのかなぁ?ふぅ~ん?

 嬉しい事は二人分、悲しい事は半分って言うだろ?」

「アンタ年は幾つなんですか!お断りです!」

「っせぇ!上級生命令だぞ!」

「先輩後輩の前に戦友なんでしょう!?せ・ん・ゆ・う!」

「親しき仲にも礼儀ありって言葉をしらねぇのか!?ここ黒森峰でそんなの通じるか!」

 

そうやって私達が二人で言い争っているのを尻目に、赤星が何かを浅見に耳打ちをし、浅見はそれに対して頷いているのが見えた。

また何か企んでいるのかこいつ。

だがしかしこの状況ならば赤星は此方の味方だろうから安心してもいいだろう。

むしろ頼もしさすら感じる。

そうしていると浴室から水温が流れる音が止まり、ガチャりとドアが開いた音が聞こえた。

どうやら妹様がシャワーを終えて洗面所に出てきたようだ。

それに逸見も気づくと、私との舌戦を中断して洗面所の方へ歩を向けた。

私たち3人は其れを見て、再び無言で互いの意思を確認すると先程と同じ様に洗面所のドアから顔を突き出してハニワ三姉妹とやらになった。

 

「ほら、またあなたは!ちゃんと髪と背中を拭けてないじゃない!風邪引くでしょう!」

 

そう言いながら逸見は口の勢いとは真逆に妹様の髪を優しくタオルで拭いてあげた。

 

「えへへ、エリカさんなんだか菊代さんみたい…」

 

「誰よそれ。こういう時言うならお母さんみたいとかじゃないの?」

 

「……ああ、そっか。そうだよね、こういうのはお母さんだよね…」

 

「…ほら、履かせるから足上げて」

 

そう言うと逸見が手に取ったものは・・・あの日に目に焼き付けられた白い下着だった。

片方が片方に裸身を晒しているというのに両者の間には羞恥の感情は一切見られなかった。

此方は覗いてみるまで意識をしてなかったにも関わらず、気づけば妹様の水滴が伝う肌に心臓が破裂しそうだというのに!

 

ともあれ私達はなんとなし気まずくなって無言でリビングのテーブルの前に戻って座った。

開け放しになったままの洗面所からは「ほら!袖を通すから万歳して!」だとか「もう!またボタン掛け間違えている!だから私がやるって言ってるでしょう!」だの聞こえて来るのを私達は俯きながら聞いていた。

俯いているとは言っても私達のその心の中は暗く沈んでいた訳ではない。

むしろ、逆に沸々と湧き上がる何かが支配していた。

その"何か"が表に出ない様に、炸裂しないよう様に、しかもその上で決して沈めないように息を潜めて唯ひたすら鍵の開いたパンドラの箱から噴き出るものに力ずくで蓋を押さえていたのだ。

まだだ、まだ噴出すんじゃない。まだその時じゃない。

それはさながら津波が来る前に潮が引いて静寂だけを感じさせる大海であった。

そうして各自が静かに瞑想していると示し合わせる事もなく同時に顔をゆっくりとあげた。

私は赤星のその強い意思を秘めた眼差しを見つめた。

 

『任せたぞ』

 

声無き声は赤星にしっかりと届いたようで、赤星も此方も見つめながら静かに頷いた。

 

『任されました』

 

そうした後に赤星は浅見の熱く滾る様な島本和彦が描きそうな目を見つめながら、互いに首を動かした。

 

『援護、頼みます』

『合点承知!』

 

どうやら着替えも終わったようで二人が洗面所からでてきた。

私達はまたしても息が合ったように同時に立ち上がった。

完全にあの妹様による練習の成果が出ているのだ。

私達は心までもシンクロさせて、一個のチームとして完全に機能しているのだ。

振り返って妹様の方へ向き直ると、私達の顔は普段のにこやかな表情を浮かべていた。

それを見て逸見はどこなく警戒しているようだが、もはや関係ない。

お前は赤星をその気にさせた時点で既に敗北が確定している。

まずはそれぞれから早朝の挨拶をしていく。

妹様も「おはようございます」と笑顔で挨拶をしてくれた。

どうやらシャワーを浴びて完全に目が覚めたようだ。

 

「ところでみほさん。実はですね、皆で話し合ったんですけど」

 

早速赤星が切り出した。

話し合ったと言っているが嘘ではない。人とのコミュニケーションは声でやり取りする事だけではないのだから。

 

「みほさんって普段の食事はどうしてます?

 コンビニ弁当とか菓子パンとかで済ませていませんか?」

 

「…え? えーっと…」

 

「私が普段から作ってあげているから大丈夫よ!」

 

案の定、逸見が焦ったように横入りした。

しかし、その程度を赤星が想定しない訳が無い。

 

「でもエリカさんってハンバーグ以外にまともに作れましたっけ?」

 

「ぐっ……作れるわよ…」

 

「ソーセージとザワークラウト以外で?」

 

「・・・・・・」

 

「はい、という訳で実は日頃からお世話になっているみほさんへのお礼も兼ねて、皆で順番に料理を作ろうとおもっているんです!」

 

「え!そんな・・・迷惑なんじゃ・・・」

 

「迷惑なんてとんでもありません!

 それに"お友達同士"で一緒に部屋で食事取るなんて楽しそうじゃありませんか?」

 

それを聞いて妹様と逸見はハッとした。

最も妹様は「何それ!楽しそう!」という表情であるが、逸見の方は「しまった!」という体である。

 

「だって私達は一緒に戦車に乗っているチームで仲間ですから、互いに親睦を深めるのは当然ですよ。

 ね、浅見さん」

 

そういって赤星は浅見に水を向けた。

 

「そうだよ!みほさんに私の得意なソテーやそれの残り汁を使ったソースを使った肉料理とか食べてくれると嬉しいな!」

 

「浅見さんは意外にもフランス料理が得意で凄く美味しいんですよ!

 私も同室なので何度か頂いてます」

 

「赤星もなんていうかこう和風?って感じの料理が上手じゃない!

 あの何ていうか解らないけど良く解らない焼き魚美味しかったし、赤だしも凄かった!」

 

二人が流れるように会話を繋げていく。

実に息のあったコンビネーションだ。流石にあの練習の時に二人で操縦と砲撃に関して勉強していただけはある。

 

「わぁ!同級生の部屋で作ってもらったお料理を食べるなんて・・・・・・楽しそう!お友達みたい!」

 

「みほさん酷いなー。私はもう友達だと思ってたのに・・・」

 

「・・・あっ!ごめんなさい!そういう訳じゃないの!本当だよ!」

 

「うそうそ!からかっただけだよ。ごめんごめん」

 

「ふふふ、私もみほさんの事は当然友達と思ってますよ。

 さて、みほさんも大変喜んでくれているみたいだし・・・・・・

 ・・・逸見さんも来てくれますよね?」

 

赤星が逸見のほうを見ていった。

妹様に向けていた笑顔はそのままであったが、その目は笑っていなかったのが私には解った。

 

「・・・・・・行くわ」

 

ここに逸見は敗北をしたのだ。

 

 

 

 

その日の夜、赤星の部屋で最初の5人での食事会が開かれた。

最初という事で皆でつつける鍋をしようという事で、赤星が貧乏鍋を作ったのだが、確かに浅見の言う通りでこれが非常に美味しかったのだ。

そうして食事が終わり、5人で取り留めも無いを話を楽しんでいた。

特に喜んでいた妹様が疲れたのか、徐々に瞼が下りてきて、こくりこくりと首を動かし始めた。

やはり、日頃から疲れていたのだろう。そう考えると少しだけ申し訳ないという気持ちを抱いてしまった。

それじゃあ・・・と逸見が立ち上がろうとしたその瞬間を隙と見て、赤星は攻勢に出たのだ。

 

「おや、みほさん眠くなったんですね。あっそうだ!

 良かったら泊まっていきませんか?いいですよね、"お友達同士"で泊まったりするのって」

 

勿論だが、逸見は抗弁したがそんな物は弁舌鮮やかな赤星と眠そうながらも顔をぱぁっと輝かせた妹様の前には無力であった。

そして朝になると当然だが赤星と浅見が世話をしてやり、そしてなし崩し的に妹様の家事をそれぞれで分担してしてあげるという事になった。

 

ちなみにだが、最初にどちらのベッドで一緒に寝るかという事を密かに赤星と浅見が争っていた。

相互同盟が維持されるのは仇敵を打ち倒すその時までという悲しくも人類の歴史の事実だという事をここでも証明する事になったのだ。

しかしながらその対立も

 

「これからも機会がある訳ですし順番にしましょう。

 それなら公平ですね。あ、でもこの作戦を企画立案して主導したのは私ですし、最初は譲ってもらっても罰が当たりませんよね?」

 

という赤星の発言の前では直ぐに決着がついたのだが。

 

 

 

更に更に付け加えると、間もなくしてそれぞれの部屋に来客用の敷布団が3組用意される事になるのであった。

 

 

 

-3-

 

 

 

変化といえばもう一つあった。

あの日から元副隊長の新海先輩の妹様に対する態度が激変したのだ。

それまでは表面上は何事も無く極普通に接していた。

いや、むしろ副隊長としての妹様の指示を聞いて素直に行動に移すし、決して反抗的な態度は取らないのだから、他の上級生と比較すれば良好ともいえる。

しかし、どこか一歩引いたような言ってしまえばある意味で慇懃無礼と評する事ができる接し方だった。

新海先輩は頭もよく誇りのある人だったので、その感情の根源が嫉妬からくる八つ当たり染みた物だと自分で理解していたので、そんな子供染みたものを表に出すなど耐えれなかったのだろう。

最もそれすらも周囲に悟られている事は当人も承知の上であったのだろう。

それを受けて周囲は新海先輩に同情的であった。

と言っても確かに新海先輩自体は誰からも好かれる人ではあったが、この場合は単に妹様を攻撃できる材料として歓迎されただけに過ぎなかったのだが。

ところがそれもあの新海先輩が妹様の戦車に乗った日から一変した。

元々は去年から隊長の補佐をしていたのだが、今では戦車道活動中は妹様の補佐するようになった。

練習内容や必要な各書類の整理や纏めや、各スケジュールの記録など代行する様になった。

それはまるで補佐というよりは秘書といった方が適しているだろう。

兎も角、戦車道活動中は常に妹様の傍に、それもきっちり3歩後ろに控えているという献身振りであった。

ある時には会議中に妹様の発言が必要となった時、ざわざわと煩くし挙句の果てに「聞こえないんですけど~」と茶化す阿呆共がいたのだが、

それに対して決して大きくは無く、しかし全体に確実に染みとおるような声でポツリと

 

「五月蝿いのは貴方達の方よ・・・・・・」

 

とだけ言ったのだ。

普段温厚な人が怒ると怖いというが、新海先輩がそれを言った瞬間、会議室は空気が凍りつき一切の音を発しなくなった。

其れを確認すると新海先輩は朗らかな笑顔を浮かべながら

 

「どうやら静かになったようなので続きをどうぞ副隊長」

 

と妹様に促したのであった。

 

 

 

それ以降、上級生達の妹様に対する話題の内容は方向性を微妙に転換したのであった。

それまでは基本的に陰口に該当する物が主成分を占めていたが、徐々に私や新海先輩やそして一年生達の変化という不可思議な現象についての話題が混合されていった。

黒森峰の生徒たるもの殆どのものは頭脳面で言えば馬鹿ではない。

互いに情報を交換し、推測を出し合って検証していけばある程度の信実に辿り着くのは当然であった。

即ち、妹様の指揮下の戦車に搭乗するという事に関心を持っていったのだ。

中には直接私に聞く者もいた。

私は少しだけ逡巡したのだが、この事に関しては嘘は付きたくなかったので正直に話したのだ。

当然、その"噂"には私の証言が添えられ、益々加速していくのであった。

これから全国大会に向けていよいよ本格的な全体による練習が行われていく。

そうなれば妹様が全体を指揮する事も増えるし、妹様の戦車に2年以上が乗っていく事も増えるだろう。

先日に新海先輩の部屋で言われた事を思い出す。

妹様を見下す者が減る事は嬉しい。妹様の価値に気づく者が増える事は好ましい。

しかし・・・・・・同時に寂しさも覚えていたのだった。

これから私は4人の中の1人ではなく、大衆の1人になっていくのだろう。

妹様と触れられる時間も減っていくのだろう。

そう思うと胸の奥が少しだけ痛くなったのだ・・・。

 

 

-4-

 

 

ある日、私は寮にある洗濯室で割り振られた妹様の洗濯をしていた。

これも妹様の負担を減らす為の家事分担の一貫であり、今日は私に割り振られていた日であったのだ。

暫く経っても妹様はこの事について恐縮していたが、これも妹様に恩を返すためなのだから何の苦にもならない。

そういった奥ゆかしい所も間違いなく妹様の魅力の一つではあるのだが、私達に対してはもう少し遠慮という者をどこかに置いてきて欲しいものだ。

時間がずれているせいか、誰もいない洗濯室で洗濯籠に纏めて入れてあった妹様の衣服を掴んでは洗濯機に放り込む。

掴んでは放り込む。掴んでは放り込む。掴んでは・・・

ふと・・・洗濯籠に目を落とす。

上から何度かの作業によって削られた洗濯物の山は、埋もれていた一枚の白い布を頂上に露出させていた。

それは・・・・・・紛れも無くあの日あの時に私の目に強烈な跡を残したあの白く輝く眩い白金の下着であった。

 

辺りの雑音が消えた。

風の音もそれで揺れる葉の音も虫の声も。

心臓の音だけが聞こえる。

山を掴もうとしていた右手が動きを止め、微かに震えだす。

強烈にフラッシュバックするあの日あの時の光景。

脳裏で何度も再生され、そして大量に出る脳内物質を感じた。

人生で最大の、そして最良のあの瞬間。

気づけば私は其れを掴んで胸の内に仕舞っていた。

掴んだ左手はジャケットの右胸の中で握りこんだままだ。

 

何をするんだ 何をしているんだ

今ならまだ間に合う 戻せ

下着を・・・それも同性のを盗むなんて変態ではないか

お前は其れで一体何をするのだ。

妹様に対して申し訳ないと思わないのか。

自分をそんな矮小で汚らわしい蟲に陥れたいのか。

 

しかしながら、手に取ろうとしていた時はあれ程揺れていたのに、いざ戻そうとする行為にはピクリとも左手も気持ちも揺れなかった。

行った行為を逆に行うだけである筈なのに、それらはまるで熱力学の基本法則のように不可逆の関係にあるようだ。

そう、もう戻せない。絶対に戻せない。

今ならまだ間に合う?無理だ。冗談にもならない。

とっくに手遅れなのだ。そうあの日に妹様の戦車に乗った時に・・・。

私は素早く残りの洗濯物を放り込んで乾燥までのコースを入力した。

何時もならそこで小説でも読みながら待つのだが、今はとてもではないがそんな気分になれない。

一刻も早くこの胸に抱えた物を安全な所に運びたかったのだ。

・・・"安全"とは一体何に対する安全なのだろうか・・・・・・。

 

自室に戻るとルームメイトはいなかった。

知っている。何時もこの時間はオセロと入浴に行き、コンビニ等に寄ってくるのだ。

つまり・・・・・当分帰らない。

電気はついていなかったが付ける気にはなれなかった。

部屋の奥の窓のカーテンの隙間から、月の明かりが差し込んでいた。

私は窓に近づき、月明かりを浴びながら空を見上げた。ああ、今日は満月だったのか・・・。

再び右胸の内ポケットに手を入れて、そっと壊れないように慎重に取り出した。

それを隙間から差し込む月光の中にそっといれると、薄くながらも白く輝き、あの時の白金の眩さを私に見せた。

 

嗚呼・・・これだ。これなんだ。

私が欲しかった物は。取っておきたかった物は。

これから時間や機会が無くなっていっても、そして何時か別れる時が来てもこれさえあれば思い出せるんだ。

 

私はそっと顔に近づけて匂いを嗅いだ。

頭のどこかの冷静な部分では汗臭さと少しのアンモニア臭という現実的な要素を感じ取っていた。

しかし、大部分はまるで幻想的な感覚に変換して感じていた。

存在する筈も無いのにフローラルだとかハーブの様だとか、実際にどういう匂いかもイメージもつかない筈の癖にそういった表現を私の脳に押し付けてきたのだ。

鼻先だけでもう物足りない。

私は思いっきり顔を埋めて深呼吸をするように吸い込んだ。

そうするともう刺激されるのは嗅覚だけではなかったのだ。

あの日に体感した記憶が一瞬に凝縮され、つまりあの練習試合を通して感じていた楽しさも興奮も快楽も衝動も全てが一瞬で襲い掛かってきたのだ。

目がチカチカと瞬き、体はビクビクと痙攣をし始めた。

空いていた右手は何時の間にか自然と下腹部に向かっていた。

 

何だろうこれは。私はどうしたのだろうか。

こんな事は正常な人間のやる事ではない。

同性の下着を盗んで匂いを嗅いで興奮して自慰をするなど変態の所業ではないか。

恥を知れ。

一体、何時から私はこうなってしまったのだろう。

何でこんな事になってしまったんだろう。

善良な人間ではないとは思っていたが、それでも真っ当な人間のつもりだった。

以前の私がこんな人間を知れば確実に軽蔑していただろう。

隊長に新海先輩を妹様の戦車に勧めた時の事を思い出す。

一度、溺れてしまえば幸福ではあるだろうが、溺れてしまった後は私は私のままでいられたのだろうか・・・。

もう今ならその答えが解る。

私は変わってしまった。私は私でなくなってしまった。

暗い暗い光が一筋も届かない水の底へ沈んで溺れてしまったのだ。

手は止まらなかったが涙だけが滂沱の如く溢れてきた。

視界は滲み、月光を乱反射して視界を埋めて行った。

それでも・・・私はこの涙がどういうものか解ってしまった。

涙を流す事によって、私はこの状況を不本意であると思いたかったのだ。

決してこれは私が望んだ事ではない。だから悲しいのだ。

罪悪感も感じている。悲観もしている。だから泣くのだ。

私にとってもこれは本意ではないのだ!

この涙が証拠だ!

しかしながら頭の冷静な部分はこれを客観的に見下ろして分析していた。

結局は何も感じていないのだ。

何も悲しんでいないのだ。

大体、仮に過去に戻って選びなおせるとしたらあの妹様の戦車に乗る事を拒否したのか?

その涙には何の感情も含まれていない。欠伸をした時に流れる涙と同価値なのだ。

 

 

私は泣く事は出来ても哭く事はできなかった。

その日、生まれて初めて同性を対象にして自慰をするという経験をした。

・・・・・・そして、その経験は恐らくこれから何度もするのだろうという事も薄っすらと解ってしまったのだ・・・。

 

 

 

 

 

 




次回予告!


始まる全国大会。
広がる妹様の墓地に行かない精神隷属器。
姉であるまほの告白と隊員に対する哀れみと優越感。
そして決勝戦で起きる悲劇。
黒森峰を去る西住みほに残された黒森峰機甲科生徒達は何を想うのか


次回最終話「■■■■」

副隊長の下着もあと一枚・・・・・・
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