IS 不浄の箒   作:仮登録

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1.姉の失踪

 篠ノ之箒には自慢の姉が居た。その姉は目を輝かせながら、宇宙の話をよく箒に語ってくれた。箒は色んな質問を姉にした。姉は箒のどんな質問にも答え、箒は姉が世界で一番に頭が良いと考えるようになった。

  そしてそれは真実だった。箒の姉、篠ノ之束はIS(インフィニット・ストラトス)と呼ばれるどんな状況でも動作可能なマルチプラットフォームスーツを開発 し、全世界へ発表した。一人で資材を集め、一人でハードウェアを作り、一人でソフトウェアを構築し、安全に動作する物を作り上げたと言うのだ。いったいど んな苦労が有ったのか、箒には想像もつかなかった。

 そのISはなぜか女性以外に使用できないという問題を抱えていた。しかし致命的欠陥とも言えるその問題を凌駕する性能が、ISにはあった。

 

 通称、白騎士事件。弾道ミサイル約二千発を一機のISが無力化した。世界各国の弾道ミサイルはハッキングにより制御不能に陥いっており、なぜか、その全てが日本のある一点を狙っていた。しかし、唐突に現れた白銀のISによってミサイルは無力化される。その後も、各国がなぜか送り出した約二百機の戦闘機といくつかの巡洋艦・空母・監視衛星を、一人の人命も奪うことなくISはそれらを破壊、又は無力化した。

 ISは今までの兵器を無力化する「究極の機動兵器」として一夜にして世界中の人々が知るところになった。この時になって初めて世界は篠ノ之束とIS操縦者を探し始めた。しかし、白騎士事件から数年経った今でも、未だに捜索中である。

 そして、篠ノ之束が目指したISによる宇宙進出は一向に進まず、ISは兵器へと転用が模索された。しかし兵器としての信頼性や不明な点が多いことから、各国の思惑によりアラスカ条約が締結され、表向きには、IS操縦がスポーツ競技となっている。

 

 箒はアラスカ条約によってできたIS学園へと向かう電車に乗りこんだ。外の風景を見ながら、もしかしたら姉に会えるかも知れないという期待と、成績が悪く失望されないかという不安が頭を支配している。いくら悩んでも、答えは出ない。箒は昔のことを何度も思い返していた。

 

 

 箒が何も考えていない小さい頃。箒の隣には、必ずウサ耳のカチューシャを付けた女の子がいた。篠ノ之束。箒の姉である彼女は、十四歳と言う若さでISを発表し、白騎士事件により全世界から最も注目される科学者になる。しかしウサギの耳の動きを手で真似る仕草からは、威厳や凄さがちっとも伝わらない。

 箒が物心ついたときから、その姉は天才だった。分からないことを箒が尋ねると、必ず答えてくれた。姉は宇宙の話を良く箒に聞かせている。箒は話に付いていけないが、好きなことの話をしている姉の輝く笑顔を見るのが、とても好きだった。いつも姉の後を付いていくほどだった。

 

「箒ちゃん、見ていて面白い?」

 

 箒は姉に尋ねられ、頷く。姉が何をしているのかは分からないが、姉の部屋で一緒にいることが嬉しかった。

 

「そっか」

 

 姉はそう言うと、再び何かの作業へ戻る。忙しなく動いているが、その横顔は笑顔で満ちていて、見ている箒も嬉しくなるものだった。

 

「箒ちゃんは宇宙に行ったら、何がしたい?」

 姉は箒を見ず、作業を続けている。こんな雑談も箒は好きだった。

 

「うさぎとお餅つきがしたい」

 

「うんうん、私もしたいな。ウサギさんはどんなお餅を食べるのかな?」

 

「……うさぎしか居ないから、うさぎのお餅じゃないの?」

 

「大変だね。ウサギさんも」

 

 こんな日常がずっと続くと箒は思っていた。

 箒は姉が大好きで、姉の隣に居られればそれで良かった。箒はいつも周りに姉のことを自慢していた。姉は箒に笑顔を向けてくれて、箒も一緒に笑い返した。姉 はなにやら研究で忙しいが、時間を見つけては箒にかまってくれている。姉と一緒にいることが、箒はとても大好きだった。

 

 いつものように、姉が居なくなった。姉がISを発表してからこういうことが多くなった気がする。

 箒は誰もいない姉の部屋を見渡す。この物にあふれた空っぽの部屋を、箒は好きではなかった。訳の分からない物だらけで、姉の考えが分からないと認めることになると思ったからだ。

 箒は部屋を離れ、道場へと向かう。姉が居ない間は、父親に言われた剣道をすることにしている。父は有段者で、強く、剣道道場を開いている。その父の娘が剣道をするのは当たり前だった。

 

 道場では最近、箒と同い年の男の子である一夏が入ってきた。姉の友達である千冬の弟らしい。この千冬と一夏の家はゴタゴタしていて、一緒に御飯を食べることが多い。姉も両親もこの二人を気に入っている。箒は姉の隣に座る千冬が嫌いだが、一夏のことは弟が増えたみたいで世話を良く焼いた。

 姉は連絡もなくふらりと帰ってくる。帰ってくるなり、「会いたかったよ、箒ちゃん!」と言いながら抱きついてくるのが、箒は嬉しかった。

 今日もまた、姉が帰ってきた。箒は愛されていると実感できた。その事に勇気づけられ、箒は今まで我慢していた事を束にお願いすることができた。

 

「姉さん、次に出かけるときは、私も付いて行って良いかな?」

「えっ、箒ちゃんと?」

 

 尋ねなければ良かった、と箒は思った。姉が眉をひそめる仕草なんて、見たくなかった。

 

(私のお願いが、はじめて拒否された)

 

「う〜ん、ごめんね。ちょっと難しいかな」

 不可能なことは何も無い姉が、断るなんて、箒は信じられなかった。

 

「うん、分かった」

 箒は何も言えなかった。いつも褒めてくれる、尋ねれば何でも答えてくれる、理由の有るお願いなら叶えてくれる姉に対して、納得するしか出来なかった。

 

(姉さんは、私と離れたい時もある。でも、私に会いたいと言っている)

 

「姉さん、今は一緒に居ていい?」

「うん、勿論だよ!」

 次の日、姉は行方をくらませた。そして、帰って来なかった。

 

 その日は、いつもと同じだった。箒が起きたときには姉はおらず、書き置きもない。またか、と家族の誰もがそう思っていた。箒は小学校へ行き、クラスメイトに姉の自慢をする。周りも、また言ってる、といった慣れた扱いだった。学校から帰ると、箒は姉がいるかどうかを真っ先に確認する。玄関の靴を調べ、姉の部屋を調べ、風呂場やトイレのドアも開けるのだった。

 姉が帰って来ていないのを確認すると、剣道の練習をすることにしている。友達と遊ぶ約束はしない。姉が帰ってきている時に、姉と遊ぶためだ。

 練習の汗を流し、夕食の手伝いを始める。自分の食器を並べ、その隣りに姉の分を並べる。姉は何処にいるのだろうか。ご飯をちゃんと食べているのだろうか。そんなことを心配してしまう。

 千冬なら知っているだろうか。千冬の方が姉に近く、悔しいと箒は感じる。姉と千冬が話しているのを見ると、知らない姉の一面が見えて、姉が盗られたと感じてしまうのだ。

 

 チャイムが鳴った。

 箒は食事中にもかかわらず、玄関に向かって駆け出した。廊下を音を立てて走り、勢い良く玄関を開ける。

 

「こんばんは、ちょっと失礼させてもらうよ」

 スーツ姿の男が何人も、ずかずかと家に上がる。

 姉に”おかえり”と言おうとした口は悲鳴を上げ、体は固まる。彼らは土足のまま上がり、辺りの物を手当たり次第、ダンボール箱に入れている。何をしているのか箒には検討もつかなかった。

 

「何をしておる!」

 

 父が声を張り上げ、居間から早足で来た。スーツの人が懐から紙を取り出し、それを父に見せた。箒からは何を書いているのか分からなかった。紙を持った父の手は震え、破り捨てた。あの厳格な父がとても怒っている。箒はそれがとても怖かった。

 箒はその場に座り込み、目を瞑り、耳を塞ぎ、ただ過ぎるのを待った。何が起こっているのか分からず、どうしたら良いかも分からなかった。大勢の足音が、廊下に響く。父が怒号を発し、箒は涙が溢れてきた。

 

 いきなり手を引っ張られた。

 

「来なさい」

 

 スーツの男が無表情でそう言い、箒の右手を引っ張りあげた。

 

「痛い!痛い!」

 

 箒はその手を振りほどこうと暴れ、全力で殴り、蹴った。男の手を振りほどき、居間に向かって走る。しかし、再び捕まえられた。

 

「やだ、離せ!」

 

 男は気にせず箒を引っ張り、家から連れだす。箒はそのまま車に乗せられ、どこかへと連れて行かれた。

 

 

 

「篠ノ之束さんと、取引をしました」

 

 それを聞いたとき、箒は気を失いかけた。横を見ると、父の震える手に、母が両手を重ねる。

 箒は怖かった。此処が何処なのか分からなかった。目の前の男が何者なのか分からなかった。

 他人の家だ。家具は配置されている。しかし、誰も住んでいないと分かる家だった。玄関に靴は一足もなく、雨傘は袋に閉じられていた。

 入って直ぐの居間に、箒たちは集められた。父を真ん中に、それぞれが座っている。

 スーツ姿の男が、束の名前を出したので、箒は姉の事を尋ねたいと思った。しかし、その男が怖かった。サングラスを掛け、一切の表情が伺えない。話ができない相手だと感じられた。

 話は箒がおどおどしている間に終わってしまった。いったい何が有ったのかわからない。スーツの男は、すぐに出て行った。

 

「ここどこ? 家に帰らないの?」

 箒は両親に尋ねるように言った。期待していた答えは帰って来なかった。

 

「……箒、束のことは、忘れなさい」

 

 父が何を言っているのか分からなかった。箒は目の前の人が本当に父なのか疑った。母を見ると、顔を伏せ涙を堪えている。もう一度、父を見て箒は口を開いた。

 

「やだ」

「箒! 聞け! もう、あの子とは会えない!」

「やだ!」

 

 そんなはずない。姉さんと会えなくなる筈がない。きっと、いつものようにふらっと帰ってきて、私を抱きしめてくれる。笑顔で「箒ちゃんは可愛い」って言ってくれる。姉さんはすぐに帰ってくるんだ。

 

「無理、なんだ。箒」

「会える! 姉さんはきっと、あの家に居る! 私達がここに居ることを知らないんだ!」

「箒、これは束が望んだことなんだ」

「いやだ!」

 

 箒は他人の家を飛び出し、前に居た家へ向かって走りはじめた。

 もしかしたら姉さんは困っているかも知れない。「箒ちゃん、どこ〜」なんて言っているかもしれない。行かなければ。そしてもう一度、一緒に暮らすんだ。その一心で箒は走った。

 

「姉さん、姉さん!」

 

 箒は街を走る。だがゆっくりとペースを落とし、歩きはじめ、止まった。此処がどこなのか全く分からなかった。

 涙が止まらなかった。「箒ちゃんの居場所はどこでも分かる」と言っていたあの姉さんが、私の場所を知らないはずない。姉さんに不可能は無い。姉さんに会えない理由は、姉さんが会おうとしないからだ。

 

「そっか、私は、姉さんにとって、必要ないんだ」

 

 私は捨てられたんだ。箒はやっと納得できた。姉さんは天才なんだ。私が邪魔になったんだ。姉さんの隣にいるのは、あの千冬なんだ。憎いけれど、選ぶのは姉さんだ。私は何も言えない。

 

「ここ、どこ。姉さん、会いたい……」

 

 暗闇の中、どうしたら良いか分からず、箒は泣き続けた。

 

 

 箒はより一層、剣道に力を入れた。父の教えがあの千冬の強さだと考え、無我夢中で稽古に励んだ。政府の方針で両親と離れ離れになってからも、それは変わらなかった。日本各地を点々と、政府の言われた通りに移り歩く。

 姉の手ではなく木刀を握り、鬱積した思いと共に振るう。テレビの向こうの千冬は、第二回モントグロッソに出場していた。なぜ私は姉さんに会えないのだろうか。あそこにはきっと姉さんがいる。そう思いながら、箒はテレビを見ていた。

 

 姉の隣にはあの千冬がいる。世界で一番の天才の隣には、世界最強がよく似合う。それが分かるからこそ、暴れ回りたくなる。なぜ、自分は弱いのか。なんで自分は千冬ではないのか。その思いを相手にぶつける。今日の剣道の試合も、相手の防具の場所をわざと外して、力任せに小手を決めた。審判はこれを有効とは認めないが、どうでも良い。相手はしばらく物を持てないだろう。箒は暗い笑みを浮かべた。自分は強いんだと周りに言いたかった。

 

 そんな八つ当たりをしても、箒の鬱憤は晴れなかった。少しの間は反省する。しかし、後悔しても物にあたってしまう。苛々が体の中で渦巻き、壊したくなる。どうしようもなかった。

 試合ではいつも、相手を壊すことを目標にしていた。試合前は、相手の体が壊れるのを想像した。後で後悔すると分かっているのに、どうしようもなく楽しかった。こんなことをしていても、千冬には届かないと分かっているのに、止められなかった。

 

 剣道大会の帰り道を箒は一人で歩く。クラスメイトも誰も応援に来てくれないから、一人ぼっちだ。

 下を向きながら歩く箒は正気を疑った。国から持たされた携帯電話が震え、ありえない表示がされていたのだ。

 

 篠ノ之束 着信

 

 箒は恐る恐る、電話を壊さないようにゆっくりと、その電話に出た。

 

「やっほー。箒ちゃん、元気?」

「ね、姉さん?」

 

 箒は震える体を抑え、声を出した。大好きな姉から初めて電話がかかってきたのだ。昔と変わらない声、ほぼ六年振りなのに、姉の姿が箒の頭に浮かんだ。声を上手く出せず、動揺しながらも、箒は姉に問いただす。

 

「ね、姉さん! 今、どこ。いるんですか!」

 

 会いたい。電話越しではなく、会って話をしたい。抱きしめて貰いたい。昔のように、「可愛い」って言って貰いたい。

 

「いやー、空の上で移動中だから、どこかって言っている間に別の場所にいることになっちゃうよ。そんなことより、箒ちゃん。お姉さんからプレゼントがあります。わー、パチパチ」

 

 プレゼント。その言葉だけで箒は笑顔になった。姉さんが私のためだけに、プレゼントを用意してくれる。私を見ていてくれている。そう感じることが出来る言葉だった。

 

「プレゼント?」

「な、なんとIS学園へ入学出来ます!」

 

 なんだそれは。いらない、どうでも良い。そんなことより、今、何処にいるんだ。私は会いたいんだ。

 箒は姉に会いたかった。「会いたい」と口に出したかった。しかし、拒否されるのが怖くて、言えなかった。「発明で忙しい」や、「会う必要がない」と言われたくなかった。

 姉さんは天才だ。姉さんに必要のない物と言われたくなかった。姉さんの邪魔をして、要らない物になりたくなかった。

 

「……姉さん。ありがとう」

「あったりまえだよ〜。箒ちゃんのこと大好きなんだから」

 

 大好き。顔がだらしなくなるのが分かる。嬉しくなる。今までのことが、どうでも良くなる気持ち。

 

「私も……姉さんの事が好き」

 

 言った。言ってしまった。声にした途端、恐ろしくなった。嫌われないだろうか。姉さんはこんな私をどう思うのだろうか。姉さんに会いたい。姉さんの表情を見て、確かめたい。

 

「わ〜い、箒ちゃんが私のこと好きって言った〜」

 

 姉の喜ぶ姿を想像する。今、姉がどんな動作をしているかは分からない。だから、都合の良いように、箒は喜んでいる姿を想像した。

 

「姉さん、次、いつ会える?」

 

 高鳴る鼓動を抑え、箒は勇気を振り絞った。今なら、姉が喜んでいる今なら、尋ねることが出来た。

 

「う〜ん、いつになるうんだろう。分かんないな〜」

 

 姉の言葉に箒は急激に冷めていった。姉なら会いたかったら会えるはずだ。箒は泣き出しそうになるのを堪え、次の言葉を出す。

 

「姉さん、暇な時で良いから、電話して」

「ほんと!良いの!」

 

 涙が頬を流れ落ちる。まだ、暇つぶしの相手と認識して貰えている。それでも良いと思うしか無かった。

 

「うん」

 

 姉ともっと話がしたい。しかし、箒には話せる内容が無いと思っていた。何を話したら良いのか分からなかった。剣道の話は姉が喜ぶとは思えない。天気の話をしても、「それが何?」と言われるかもしれない。自分には何も無い。

 

「じゃあ、また掛けるね〜」

「あっ」

 

 何を話すべきか考えていたら、電話が切れていた。自分が情けなくなる。姉さんの行動に一喜一憂し、辺りに苛々をぶつける。それなのに、姉さんと向き合えない。どうしようもない人間だと、箒は自嘲した。

 

 きっとこれから毎日、携帯電話を睨む日々が続くのだろう。姉さん以外から掛ってきたら、罵倒してしまうかも知れない。そうなると箒は予想できた。

 

「姉さん、早く掛けてきて」

 

 たった今、切れたばかりの携帯電話を見ながら、箒は呟いた。

 


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