IS 不浄の箒   作:仮登録

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5.憧れの友人

 クラス中を熱狂させた試合から夜が明けた。

 生徒達は専用機が魅せる機動の素晴らしさや、武器の戦術性を朝から語り合っている。もしも〜したら一夏が勝ったであろう、と一夏の健闘を讃えている。

 

 一夏はあの代表候補生に、あと一歩の所まで迫った。ISの機動経験がほとんど無い素人が、だ。それがどういった偉業なのかは、この学園の生徒ならば、はっきりと理解できた。

 

 一夏が教室に入ってきた。クラスの至る所から、「織斑君、おはよう」の声が響く。すぐに一夏は女生徒に囲まれ、昨日の試合を褒められている。

 

 箒はそれを羨ましそうに見ていた。箒がクラスに入っても、「おはよう」などと声がかかることはない。もちろん、箒から挨拶することは絶対にない。朝の挨拶一つでも箒は緊張してしまうので、口を開いても、どもってしまうのだった。

 

 箒は一夏を横目で見ながら、ため息を付いた。今も一夏達は談笑している。これは試合前からの習慣だが、いつもより騒いでいる。きっと教師が入ってくるまで続けられるのだ。

 なぜ自分はあの中に入っていけないのだろうか。このまま三年間過ごすんだろうか。もし一夏があの中の人物と恋人になり、昼御飯を誘ってくれ無くなったらどうするのだろうか。トイレの個室で隠れる様にご飯を食べるのだろうか。

 

 それでは駄目だ。今、あの輪に入っていくべきだ!

 箒は立ち上がり、一夏の方へ近づく。ゆっくりと大きな足音を立てて。一夏と話している女生徒が、不審な目で箒を見てくる。肩で息をする箒。そして、口を大きく開いた。

 

「ほら、さっさと席につけ」

 

 千冬が教室に入ってきた。周りの学生は、すぐさま席についた。箒は千冬をおもわず睨んでしまう。

 

「なんだ? 篠ノ之。さっさと席につかんか」

 千冬の叱責に箒は怯む。箒が気後れして口ごもっていると、出席簿で頭を軽く叩かれた。

 

 

 生徒が全員揃い、グラウンドに隊列が組まれたところで、千冬は声を出した。

 

「ではこれより、ISの基本的な飛行操縦を実践してもらう。織斑、オルコット。試しに飛んでみろ」

 

 セシリアと一夏は隊列の外に出る。そして、自らのISを量子展開させた。一夏の方はなにやら戸惑っており、千冬の叱責が飛ぶ。

 

「早くしろ。熟練したIS操縦者は、展開まで一秒と掛からないぞ」

 

 一夏はその叱責に焦ること無く、集中しISを展開する。千冬の叱責を受けても直ぐに集中できるのは一夏の強みだな、と箒は見ていた。

 二人の準備が整ったところを見て、千冬が号令をかける。

 

 オルコットが発射された。そう思ってしまうぐらい、一瞬で空に揚がっていったのだ。

 一夏もそれを見て、呆けたように口を開いている。そして一夏は屈伸し、その足の勢いで飛ぼうとした。

 

 ISはイメージだ。跳ぶと飛ぶは似ているようで違う。一夏は飛ぶイメージをするべき場面なのに、箒から見ると、一夏の体は跳ぶ動作をしていた。

 おそらく地を蹴る反動とイメージのズレが起こったのだろう。一夏のISである白式がふらつきながら、低空飛行をする。しかし、どこにもぶつからずに空へと昇った。すでに一夏は、ISの機動を自分の物にし始めている。まだISの起動回数が、五回に満たないにもかかわらず。

 セシリアのブルーティアーズは、そんな一夏を導くように、白式の先を行く。何度も振り返り、まるで親鳥が雛鳥を心配するかのようだった。

 

 生徒達はそれを地上から見上げる。空を泳ぐ二つの機体。昨日とは全く違う機動。昨日行われたのが力を競う試合なら、今、行われているものは、美しさを競うコンテストだ。

 

「織斑、オルコット。急降下と完全停止をやってみせろ」

 千冬の号令が再び出される。

 

 青い砲弾が、こちらに降ってくる。落下音がだんだんと大きくなり、箒は身震いした。

 ぶつかる! その次の瞬間、ブルーティアーズは体勢を起こし、足の部分にあるスラスターを地面に向かって噴射する。一気にスピードが落ち、その場で停止した。

 

 学生の誰かが息を呑んだ。「凄い」と思わず口から漏れた者もいる。セシリアはそれを当然だと言うかのように微笑んでいる。これが代表候補生。箒はその技と姿勢に憧れた。

 

 再び音が聞こえ、箒は空を見上げる。白式の方を向いた顔は、そのまま地面へと動いた。

 

 立っていられない程の地響きが起き、粉塵が十数メートルも上がる。

 箒は最悪を想像した。一夏の身の安全を確かめに、直ぐに駆け寄る。

 あまりにも綺麗なクレーターができていた。深さ三メートル以上、直径十メートル以上の大きな穴だ。その中心に白式はあった。どれほどのエネルギーが発生したのか分からない。箒が呆然とみていると、白式の展開が解かれる。すぐに一夏が動き、箒は胸を撫で下ろした。

 

 そうこうしていると、セシリアが箒を追い抜いた。セシリアはクレーターを滑り降り、一夏に詰め寄る。箒もそれを見て、滑り降りた。

 

「大丈夫ですか、一夏さん。お怪我はなくて?」

 セシリアが一夏に対して、そんな言葉をかける。箒はその会話に耳を傾ける。

「大丈夫でなによりですわ。ああ、でも一応、保健室で診てもらったほうが良いですわね。良ければ私がご一緒に付いていきますわ」

 

 箒は再び呆然と見た。一夏とセシリアが良い関係を築いていたからだ。昨日、クラス代表を懸け、試合をしたばかりだというのに。

 まさか、「やるな、お前」「へっ、お前こそ」みたいな展開が二人に有ったのだろうか。「俺以外の攻撃で落ちるな!」「ああ、もちろんだ!」みたいな熱い展開が有ったのだろうか。

 

 いけない。そんな羨ましい事があったのなら、友達ポイントはきっと高いだろう。今までは幼馴染として一夏の側にいたが、それが通用しなくなるのではないのだろうか。一夏は簡単に友達を作るが、私は違うのだ、と箒は思い、二人の間に割り込んだ。

 

「一夏は私が連れて行こう」

「あら、篠ノ之さん。横から話に入るのは、無粋ですわよ」

 セシリアは立ち上がり、箒の前に立つ。箒は怯むが、セシリアに立ち向かった。友達が取られる恐怖が、箒の緊張を上回ったのだ。

 

「無粋かもしれないが、一夏も気が知れた者が一緒のほうが良いだろう」

「それより、IS操縦時間が長い私の方が宜しいかと。一夏さんがISで不安に思っていることを解消できましてよ」

 

 セシリアは箒の痛いところを突いてくる。箒は言い返すことが出来ない。一夏は墜落したのだ。不安に思っていることがあるかもしれない。それを解消するには、経験者に聞くのが良いだろう。箒は悩み、一夏に判断を委ねた。ボッチ飯は嫌だという思いを隠しながら。

 

「一夏! どっちに連れて行って欲しい?」

「一夏さん! 私ですわよね」

 

 箒は一夏を睨む。セシリアは屈み、一夏に詰め寄り目線を合している。一夏は二人の顔を交互に見て、立ち上がった。

 

「だ、大丈夫だから! 俺は元気だから!」

 一夏はそう言うと、千冬がいる方へ走っていった。箒とセシリアはそれを見送る。

 

「篠ノ之さん。これから、あなたをライバルとして扱いますわ」

 セシリアが箒に言った。

「ライバル?」

 思わず聞き返す。もし本当なら箒は嬉しかった。一夏とライバルな関係だったセシリアが、箒ともその関係を結んでくれると言ってくれたことに。

 

「もちろん、あなたは越えるべき壁の一つですわ」

「ああ、分かった」

 箒にはなぜライバルとして扱ってくれるか分からなかったが、受け入れた。そういう切磋琢磨できる関係に憧れていたからだ。

 

 

 すでに日は暮れていて、外は電灯が道を照らしている。自由時間で学生はのんびり過ごしているだろう。そんな時間帯に、一年一組は食堂に集まっていた。

 

 一夏は壁際のテーブル席に座っており、箒もその隣に陣取った。席に座れない生徒は、テーブルの周りに立っている。

 

「織斑君、クラス代表決定おめでとう!」

 その言葉と共に、クラッカーが鳴らされる。紙吹雪が舞い落ちる中、一夏が口を開いた。

 

「なんで俺がクラス代表なんだよ。勝ったのは、セシリアだろ?」

 

 その言葉を聞き、一夏のもう片方の隣に座っていたセシリアが立ち上がる。

「それは私が辞退したからですわ。まあ、勝負はあなたの負けでしたが、それは仕方のない事。なにせ私が相手だったのですから」

 

 何を思ったのか知らないが、セシリアはクラス代表を辞退した。どんな思惑が有るにせよ、セシリアは一夏をライバルとして認めている。それが箒には分かった。

 

「いや〜、セシリア、分かっている」

「そうだよね。せっかく男子がいるんだから、持ちあげないとね」

 クラスの女生徒が口々にそんな事を言う。

 

「人気者だな、一夏」

 箒はそう思った。一夏はまるでパンダのように人気を博している。

「そう思うか?」

 一夏はうんざりしながら、箒に言い返した。まるで、望んでいないという態度だった。箒はそれに嫉妬してしまう。

 

「なんでそんなに機嫌が悪いんだよ」

 箒が不貞腐れている顔をしていると、フラッシュが焚かれた。

 慌てて目を開けると、カメラは一夏の方を向いており、箒は不貞腐れた顔を撮られた訳ではないと安堵した。

 

「新聞部で〜す! はい、こっち向いて!」

 新聞部の学生がカメラを持っている。制服の首元のリボンを見れば黄色で、二年生であることが分かる。

 

「今、IS学園中の話題になっている織村一夏君に、取材を申し込みます! あっ、セシリアさんも写真良い?」

 新聞部は一夏の特集を組むらしい。また、注目されている専用機持ちであるセシリアに対して、写真を撮っても良いか尋ねている。

 セシリアはそれに快く頷き、立ち上がる。一夏もそれに続いた。セシリアは一夏の手を握り、綺麗な笑顔をしている。

 さすが代表候補生。国家公認アイドルという立場は伊達じゃない。笑顔を瞬時に作るのを見て、箒は唸った。

 

 写真を撮る瞬間に、クラスメイトが何人か駆け寄ってきた。箒は危ないと思い止めようとするが、逆に押され、真ん中に移動してしまう。

 写真撮影は何度か続くが、箒が入ったのは初めの一回だけだった。しかしそれでも、クラスメイトと一緒に撮った初めての写真だった。にやける顔を抑えつつ、箒は食事を開始した。

 

 クラス全員で食事をし、そのまま食堂で解散した。寮の部屋に戻るころには時間も遅くなっていた。箒は歯を磨き終え、一夏と洗面台を交代する。

 

 箒は暫く窓の外を眺めていた。クラス行事に参加したことなど、あまり無かったのだ。嬉しさを実感していると、一夏がベッドで横になっていた。すでに一夏はラフな格好になっている。箒は窓のブラインドを閉めた。

 

「今日は楽しかっただろう。良かったな」

 箒がそう言うと、一夏はいつものことだという顔をしていた。

「疲れただけだ。お前は逆の立場なら嬉しいのかよ」

 箒は少しむかついた。

 

「ああ、そうだな。嬉しいかもしれないな!」

 枕を一夏に投げつける。顔に当たり、一夏は抗議した。

「なんだよ!」

 

「私だって……何でもない。今から着替える」

「なんだよ、着替えくらい、俺が歯を磨いている間に済ませろよ」

 

 箒は無言で間仕切りを動かす。箒は衝立を背にし、制服を脱いだ。

 寝間着を着ながら、箒は考える。クラスメイト全員と食事など、一夏にとっては日常茶飯事だったのだと。だから、疲れたなんて言えるのだ。

 

  それにどちらかと言えば、一夏は見世物のような扱いであった。和歌山アドベンチャーワールドのパンダバックヤードツアーではなく、上野動物園の赤ちゃんパ ンダを柵の外から見ようといった扱いだった。遠くまで行ってまで真剣に触れ合うほどではないが、近くにいるのなら、ちやほやしようという考えが一夏に伝 わったのかも知れない。

 

 それでも一夏は笑顔で応対していた。だから先程も「楽しかっただろう」と箒は聞いたのだ。箒としては初めてのイベントであり、その雰囲気だけでも楽しかったのだ。その気持ちを共有できると思って一夏に尋ねたのだ。一夏は愛想が良かっただけだったが。

 

 そこまで考えて、箒はあることに思い至った。一夏から友達作りを学べば良いのだ。

 箒は着替えが終わり、間仕切りをしまう。一夏は律儀に反対方向を向いていた。

 

「終わったぞ」

 箒がそう言い、一夏が箒の方を向いた。

「あれ、帯が新しいやつだな」

 

 箒は驚く。これを言うには、相手に注目していて、かつ、口に出さないといけない。箒は気付いたとしても、口には出さないだろう。そんなところにまで一夏の友達力は及ぶのか。これが友達を作る秘訣かと箒は思った。

 

「良く見ているな」

「そりゃ、気付くだろう。箒を毎日、見ているからな」

 

 友にそう言われると嬉しい。箒はそう感じた。今、箒の中で関係を持っているのは、友達である一夏と、ライバルのセシリアだけだ。その関係性によって、自分は一人では無いと思うことが出来る。

 

「一夏。……先程は枕を投げて、済まなかった。一夏がちやほやされていて、嫉妬してしまったんだ」

 箒はベッドに座り、床を見ながら謝った。顔を一夏に向けることが出来ず、謝る姿勢ではないと思いながら、謝った。

「気にしてない」

 一夏はそれをなんてことの無いように言う。

 

 これだ。この懐の深さだ。箒は決心する。

 

「一夏、その、あの」

「なんだよ、はっきり言えって」

「は、恥ずかしいのだが、教えて、くれないか」

「……恥ずかしい、ことを、教える?」

「ああ、私には一夏しかいないし、その一夏が初めてなんだ」

「お、おい、箒。落ち着けって」

「一夏の笑顔、視線、話題、心の在り方、その全部を私のモノにしたいんだ」

 箒はゆっくりと一夏に詰め寄る。

「だ、駄目だ。まだ俺たちは若いんだから。それに此処は寮だ」

「何を言っている。若い時しかできない。そして、学校だからやるんだ」

「学校だから、やる? そんな、ことが許されるのだろうか」

「それとも一夏は、私じゃ駄目か?」

「いや、箒が駄目ってわけじゃ」

「なら、教えてくれ」

 一夏の両肩に箒は手を起き、揺さぶりながら尋ねた。

 

「一夏! どうやったら友達が出来る! いや、友達作りの師匠になってくれ!」

 一夏は顔を口をだらしなく開けながら、頷いた。

 


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