アリーナには、学年を問わず生徒が見に来ている。観客席はほとんど埋まっており、満員に近い。そこかしこで、学生が雑談している。誰もが、一夏の事を話していた。
「うわー、すごい人」
「ほんと、いっぱいだね。やっぱり、注目されてるね」
誰もが、人の多さに驚いている。
「うわ、三年生まで見に来ているよ」
「一年生のクラス対抗戦(クラスリーグマッチ)なんて、三年生から見ればヒヨコ同然なのに」
「だよね〜。IS実習まだ始まってないもんね〜」
「今の実力を計るのと、クラス交流やクラス団結のための行事が、こんな注目されるなんて」
「織斑くんは、やっぱり注目されてるね」
「なんたって堂々と見られる初めての機会だからね。他のクラスからすると、見逃せないでしょ」
「やっぱり、母国から指令が下ったりするのかな。男性操縦者の実力を調査せよ! みたいな」
「あるんじゃない? 男性がどれだけやれるかってより、そっちのほうが面白そうじゃん」
「にしても、専用機持ち同士の対決か〜。私も専用機、欲しいな~」
「みんな、そうだって」
◇
一夏は専用機持ちだ。一夏が勝とうが負けようが、一夏はISコアを得ていて、失うことはないだろう。学生から見れば、すでに勝者なのだ。
一夏はそれを知りながらも、今日まで特訓をした。鈴に勝つ。そして、約束を説明してもらう。その思いで頑張ってきている。相手に負けたくないという気持ちと、小さい頃の約束を果たそうとする意思。箒はそれを感じていた。
箒は見ていて気持ちが良かった。頑張って欲しいと、心から応援した。一夏と友であることが、誇らしかった。箒も毎日とは行かなかったが、出来る限り一夏に付き合った。白式を見ることができるし、友達といるのは楽しかった。
箒の練習機申請許可率はすごい高いものだった。しかし、その練習機の申請が必ず通るとは行かなかったのだ。
そんな申請が通らない日は、箒は剣道部に行く。なぜ毎日欠かさず参加しないのかと言うと、剣道部で会話が無いからだ。真面目に部活動へ取り組まないから、会話が無くて当然だと、箒は考えている。
箒が中学の時の剣道部も、会話は無かった。このときは、真面目に参加していた。しかし、荒々しい試合をしていたし、嫌われている事も箒は自覚していた。
今は、一夏がいる。ライバルのセシリアもいる。放課後に彼らと会話ができるのだ。真面目に参加してもしなくても、会話が無い部活動なら、一夏の方を優先したいと思うようになった。一緒にいると、居心地が良いと箒は感じるのだ。
良きライバルである友のセシリアも、一夏の特訓を手伝った。代表候補生の名は伊達ではなく、白式を良くブルー・ティアーズで撃ち落としていた。
機体の名の由来となった第三世代型である自立機動兵器ブルー・ティアーズ。ビットと呼ばれる動力炉と推進器を備えた遠隔操作型のレーザー砲台を四機と、弾道型ミサイル砲台二機の総称だ。
遠隔操作のレーザービットを動かしている間は、セシリアの自機が移動できない。レーザーは白式のバリア無効化攻撃の特性によって切り裂かれる。セシリア本人も、この武器を使いこなせていないと言っている。
それでも、ブルー・ティアーズが勝つのだ。一対一だとしても。
白式の武器は、雪片弐型という近接ブレードしかない。よって、取りうる行動が限られてくる。白式のスピードを活かし相手を撹乱、接近戦に持ち込んで切る。白式の戦術はそれくらいしかない。
一夏は、箒の打鉄とは接近戦の練習をし、セシリアのブルー・ティアーズとは回避機動の練習をした。二対一の試合も偶に行い、箒の打鉄が専用機二機相手にす ることもあった。その場合、すぐにシールドエネルギーが無くなる。一夏はやっても意味ないんじゃないか、とセシリアに問うたが、「様々な状況に対応するべきです。パートナーになることも経験です」と志が高いことを言った。
セシリアに専用機を二機相手できるように期待されている。ライバルにそう思われている。箒は常に真剣だった。
一夏の姉を守りたい、姉を守れる強さが欲しいという思いも知っている。二人に失望されないように、箒は必死に食らいついた。
打鉄が白式に勝つと、一夏はすごく悔しがる。しかし、すぐに立ち上がり、次の訓練を行う。次は勝つぞ、と一夏を見ているとその意気込みを感じることが出来た。
一夏はセシリアに負け越しても、周りに当たり散らすことは無かった。自分の悪いところをセシリアに聞き、それを改善しようとしている。ISはイメージ制御なので、なかなか改善はできないが。
私なら気まずくなっている、と箒は思う。同じ学年の負けた相手に尋ねる。それはとても大事だが、なかなか出来る事ではない。
箒は一夏に勝ちたいので、「自分で考えろ」と言う。訓練の相手には相応しく無い行為だ。教えるべきなのだ。友がクラスを代表して戦うのだがら、気がついたことを全て言うべきだ。
もし一夏に勝てなくなったら、この楽しい空間に誘われなくなるのではないか。その不安が箒にはあった。一夏とセシリアに見向きもされ無くなったら、怖いと思う。放課後は無言で、同じ部活の生徒から悪口を言われるのではないか、と思いながら過ごさなくてはならない。
一夏の優しさに甘えていると、箒は自覚している。自覚しながら、甘えているのだ。
日常生活で、箒の手がでることがある。一夏は文句を言うが、箒を無視したり、避けたりしない。何もなかったように「飯、行こうぜ」と誘ってくれる。
箒は特訓で、一夏に対して助言をしていない。何かを言われたら、「姉を守るんだろう!」と言う。箒がそれを言っても、一夏はへこたれない。無理だ、止めた、辞めたい等と、諦めの言葉を出さない。
一夏は強い。箒ははっきりと思う。
しかし、それでも鈴には勝てないだろうと、箒は思っていた。
たった一年で中国の代表候補生にまで登り詰めた者。IS稼働時間は他の代表候補生に比べれば少ないが、それを補う才能を持っているからこそ、専用機を与えられたのだろう。
対して一夏のIS稼働時間はもっと少ない。白式の機動の速度は速いが、武装は近接ブレードしかなく戦術が限られ、燃費が悪い。
一夏が勝つイメージが、箒には浮かばなかった。
◇
鈴はすでに競技場に立っている。
まっすぐに前を見つめ、観客のざわめきを全く気にしていない。
箒は競技場を写したディスプレイから顔を上げ、一夏を見た。鈴と戦うことに緊張しているのか、不安げな表情をしている。
そこに山田先生の通信が入る。一組にはまだ通信担当員がいないために、山田先生が代わりを努めてくれている。
「あちらのISは甲龍(シェンロン)。織斑君の白式と同じ近接格闘型です」
「私のときとは勝手が違いましてよ。油断は禁物ですわ」
セシリアが一夏にアドバイスする。良いライバル関係を感じることができる。箒もそれに習い、一夏に言う。
「硬くなるな、練習した事を信じれば、勝てる」
一夏はそれに頷き、前を見据える。白式のハイパーセンサーが甲龍を捉えているのだろう。
「あれで殴られたら、すげー痛そうだよな」
箒は一夏の発言を聞き、笑う。どうやら一夏は緊張はしていなかったらしい。ISに大事な”勝てる! ”というイメージを一夏は持っている様だ。一夏は勝てないだろうと箒は思うが、だからこそ勝って欲しいと思っている。
「それでは両者、規定の位置まで移動して下さい」
中継室にいる審判の声が、アリーナに響く。アリーナの天井が開かれ、綺麗な青空が広がる。
白式がカタパルトに接続した。箒は管制室に退避する。セシリアは一夏の方を一度振り向く。しかし声はかけず、箒と一緒に退避した。
カタパルトの進路上に何も無いことが自動的に確認される。
射出。
音と共に、蒸気がピットに広がる。
アリーナに響く歓声が聞こえ、箒とセシリアは急いで管制室を目指した。
箒が管制室についたときには、すでに試合が始まっていた。
白式と甲龍の鍔迫り合い。
白式の雪片弐型と甲龍の大型の青龍刀が火花を散らす。
どちらも距離をとる。
「初撃を防ぐなんて、やるじゃない」
鈴の音声が管制室に響く。
鈴は言いながら、青龍刀をもう一つ展開した。
甲龍のスラスターが火を噴く。
一気に詰め寄る。
叩き斬る。そう表現するのが一番しっくりくる。甲龍は両手の青龍刀を何度も白式にぶつける。
鍔迫り合いをするも、白式が不利に見える。
白式が相手の後ろを取ろうとして、甲龍はその上をいく。
「あ〜もう、私が教えた三次元躍動旋回(クロス・グリッド・ターン)をお使いなさい!」
セシリアはディスプレイに向かって叫ぶ。
一夏は実力を発揮できていない、発揮させてもらえていないのだ。試合は鈴のペース。一夏の白式は翻弄されている。
鈴は両手の青龍刀を一つに繋げた。
先程よりも大振りになるが、重量が増え、威力は上がっているだろう。
白式は不恰好に逃げ回っている。一つの青龍刀で鍔迫り合いが負けそうになっていたのだ。重量が上がったあの形態を受ければ、恐らく打ち負けるかもしれない。
白式は逃げ惑うが、甲龍は決して逃がしてくれない。何度もループを行うが、甲龍は離れない。
爆発。
何かが、白式に当たった。
「今のは、ジャブだからね」
鈴が言う。
白式は棒立ちになっている。
再び爆発。
白式は落ち、地に転がった。
起き上がるのに、時間がかかっている。鈴は笑っていた。
箒はいったい何が起こったのか、分からなかった。
白式がよろめきながら立った。
白式が何かを避けた。後ろで爆発が起こる。
地を這いずり回りながら、白式は避ける。
鈴は何かを撃つのを止め、一夏に話しかけた。
「よく躱すじゃない。この龍砲は、砲身も砲弾も目に見えないのに」
透明の武器だと! 知らなければ、必ず不意打ちになる。接近戦を避けると、人には不可視の攻撃が来る。勝ち目が無い。遊ばれている。箒は「なんだそれは」と思わず言ってしまう。
「衝撃砲ですね」
山田先生が答える。
「空間自体に圧力をかけて砲身を生成し、余剰で生じる衝撃を砲弾化して撃ち出す、形を持たない武器です。一夏さん、ISのセンサーで、かろうじて避けていますね」
「私のブルー・ティアーズと同じ、第三世代兵器ですわね」
セシリアが目を見張る。
「両肩の非固定浮遊部位(アンロックユニット)にある棘付き装甲(スパイク・アーマー)。そこのスライドした中に衝撃砲を装備しています。砲身の形がないため、砲身の射角に制限無しで打てるようです」
(なんで、山田先生はそれを試合前に言ってくれなかったのだろうか。教師だからか? 対戦相手の情報を事前に得るのは、教師経由は無理なのか?)
「つまり、死角が無いということですわね」
セシリアの言葉に、箒はなるほどと思ってしまう。ISは360度を視認できるハイパーセンサーを持っている。死角は上下の視野角の外にしかない。しかし、どれだけ視認性が良く、後ろも確認できるとしても、武器が追いつかなければ意味が無い。
甲龍は、操縦者が視認したところをそのまま攻撃できるのだ。一夏が勝つには、甲龍のハイパーセンサーから外れないといけない。
白式は再び地を駆け回っている。
甲龍の衝撃砲をなんとか避けながら、どうにかして攻撃しようと機を伺っている。
甲龍は追い回すのに飽きたのか、動きを止めた。
白式もそれに合わせて動きを止める。
空中に漂う二つの機体。
一夏は口を開いた。
「鈴、本気で行くからな」
今までは本気では無かった、という物の言い方。
「何よ! そんなの、当たり前じゃない! 格の違いってものを見せてあげるわ!」
一夏の挑発は成功した。
甲龍は組み合わせた青龍刀を、振り回して攻撃する。
一夏が何かを仕掛ける。箒は理解した。
白式は相変わらず逃げ惑っている。
「織斑君、何かするつもりですね」
山田先生の疑問に、千冬がすぐに答えた。
「瞬時加速(イグニッション・ブースト)だろう。私が教えた」
箒は千冬を見る。まさか織斑千冬が個別に教えるとは思わなかった。
一夏が頭を下げたに違いない。そして千冬が教師の仕事の合間を縫って、時間を作ったのだろう。
姉を守る力を手に入れるために、姉を頼る。姉の邪魔をする。一夏はそれを選んだ。どんな葛藤が有ったのだろうか。どんなに自分が不甲斐ないと思っただろうか。
千冬の説明は続く。
「後部スラスター翼にエネルギーを圧縮し、放出する。これにより瞬間的に最高速度まで加速できる。上手くいけば、攻撃は通る。だが、軌道を変えることができず、真っ直ぐにしか動けん。失敗したら、二度目は無い」
千冬はずっとディスプレイを睨んでいる。千冬が一夏を応援しているのかどうか、箒には分からない。表情を伺うのを諦め、箒は視線をディスプレイへと移した。
たった一度きりの切り札。ISのハイパーセンサーによって、瞬時加速の徴候が記録されるのだろう。一夏が甲龍の衝撃砲の発射を感じ、避けられるように。
白式は動きまわり、甲龍の衝撃砲を避けているようだ。急上昇、急降下、蛇行、ターンをして、とにかく相手の照準から逃げ続けている。
アリーナの遮断シールドが爆発することで、その弾の回避に成功していることが、分かる。
白式が追いつかれる。
白式は甲龍を切り、離れた。
甲龍は衝撃砲を連射し、遮断シールドで爆発が響く。
甲龍の動きが止まった。
つまり、ハイパーセンサーの範囲外に白式はいる。
白式が後ろをとった。
いけ!
箒が画面を見ながら、そう思った。
次の瞬間、空から、光が降ってきた。
爆発。黒煙が上がる。
目の前のことに、頭が追いつかなかった。
管制室にアラームが鳴り響いている。
「システム破損! 何かがアリーナの遮断シールドを貫通してきたみたいです!」
山田先生がすぐさま現状を把握する。
「試合中止! 織斑、凰! 直ちに退避しろ!」
千冬が命令を出す。
箒はディスプレイを注視する。山田先生が操作をし、爆発の中心部分を映し出す。
何かがいる。