時代はどんなに進んでも、人間が娯楽を嗜む文化は終わらない。むしろ未来になればなるほど娯楽の種類は増えていくし、昔からある娯楽も進化していく。特に顕著なのはゲームだった。
バーチャルリアリティ……人工現実感、あるいは仮想現実とも訳されるこの技術は、コンピュータを利用して、三次元の空間を仮想して作り出す科学だ。二十一世紀頃には初代プレステ程度のグラフィックを投影できる程度が限界だったが、それより遥か未来にもなると、現実と区別するのも難しくなるほど鮮明な景色を作るのも容易になる。シミュレーテッドリアリティの誕生だった。
この技術を使って様々な分野が活躍の幅を広げたが、特に脚光を浴びたのがゲーム業界だった。
シューティングにアクション、RPG等々。仮想空間にフルダイブし、キャラクターに成り切ることも出来る技術は、世界中のゲーマーから称賛を持って迎えられる。
自称プチゲーマーの俺が最近やってるゲームも、大体が仮想空間にダイブするといったゲームを好んで遊んでいた。とはいえSR主流のシューティング系は苦手だからやってないし、アクション系は好き嫌いが分かれるからあまりのめり込むほどする事は少ない。ガッツリ遊ぶ方ではないが、面白ければ何でも遊ぶ。これが俺のスタイルだ。
そんな俺が最近ハマったのが『ファイアーエムブレム』というゲームの、フルダイブタイプだった。
『ファイアーエムブレム』というゲームは、シミュレーションRPGと呼ばれるゲームカテゴリの中でも、かなりの長い歴史がある。一九九〇年に一作目が発売されてから根強い人気を誇っていたゲームだったんだが、開発自体は随分前に終了していて、新しいタイトルは今まで出て来てない。それでも流石と言うべきか、復刻版の要望なんかが数多く来て、古参や新規IPを巻き込みながら今日まで生き長らえていた。
ただシミュレーションRPGというのは、基本将棋のようなマス目にキャラクターを移動させて、隣り合う敵に攻撃を加えたり加えられたり……といったゲームだから、はっきりいってフルダイブタイプのゲームとは相性が悪い。仮想空間を自由自在に動き回れるのがフルダイブの強みなのに、それを制限してしまうゲームなんて、わざわざやる必要がない。そんな理由で、この手のゲームはTVゲームか携帯ゲーム機ぐらいしか需要がなかった。
だがしかし、俺がハマった『ファイアーエムブレム』のフルダイブタイプはシミュレーションRPGではなく、アクションRPGとして作り直されたものだ。つまり、マス目を移動していくタイプではなく、オープンワールドを自由自在に移動し、行動することが出来るゲームとなって生まれ変わったのだ。
発売前にコマーシャルを見て興味を持った俺は、とりあえずやってみるかという気持ちで予約して、ソフトが届いた日にさっそく遊んでみた。コマーシャルを見てからそれまで、それなりに遊べればいいや、という俺の期待はすぐに打ち砕かれた。
暇な日は十時間以上プレイする、今の俺の姿がその答えだ。
「そろそろか」
壁に掛けた時計を見る。十二時五十九分……大型アップデートが終わるまで、あと一分といったところだった。
わくわくとする感情を持て余して、時計の秒針をじっと見つめてしまう。それだけ今日という日を待ち望んでいた。というのも、今日の大型アップデートは今まで開発が滞っていた、とあるシステムを新規実装するためのものだ。
“乱入”。これが新しく実装されるシステムの名前だ。その名の通り、これはオンラインで戦っているプレイヤーたちの間に突然現れて、乱入したプレイヤーは第三勢力として行動する。いわば、ちょっとした荒らしのような行為をするためのシステムだ。これだけ聞くと必要なさそうな、というか迷惑そうなものに聞こえるが、そんな悪い話ばかりではない。その場に乱入出来るプレイヤーは一人だけと制限されているし、乱入したプレイヤーは第三勢力……つまり片方に手を貸すことも、貸さないことも自由。つまり
そして、それに沿ったロールプレイをすることも、このシステムの実装で可能となった。
「ようやく、これが活躍出来る……!」
乱入システム実装を聞いてからというもの、それの為だけに。
そう、この乱入のためだけに、長い時間を掛けて集めた、至玉の武具を装備したマイユニット。
その名も“漆黒の騎士”。
悪名高い『しっこくハウス』の管理人である。
シリーズ『蒼炎の軌跡』と『暁の女神』に登場する、強制リセットの達人。こいつ以上に乱入が似合うキャラクターもいないだろう。古参も新規も、こいつの登場には悲鳴をあげたものだ。二十一世紀のご先祖様も、こいつを見て悲鳴を上げたんだろうか……。
そんなことを考えている内に、時間はメンテナンス終了時刻の十三時になった。
さっそくフルダイブ用のカプセルに入って、目を閉じる。体が持って行かれる感覚もつかの間、目の前にはいつもの待機場所に来ていた。ここでコンソール画面を開いてマイユニットを選べば、体がマイユニットに切り替わる。俺が選ぶのは当然、ネーム“漆黒の騎士”だ!
最後に、装備とスキルの確認をする。それなりにロールプレイに則りたいから、武具もスキルも原作に沿って装備している。ステータスはいじれないのでちょっと違うけど、エタルドに漆黒の鎧、スキルは月光にして準備完了!
後は、新しいコマンド“乱入”を選べば、バトル中のところに勝手に飛ばしてくれる。
『システム“乱入”の選択を確認しました。バトルの検索……完了。多人数用ストーリーモードを確認しました。準備はよろしいですか?』
人工音声が今の状況を伝えてくれた。
というか、おや? ストーリーモードでも“乱入”出来るのか……。
ストーリーモードというのはかつて発売されたタイトル、例えば『暗黒竜と光の剣』や『烈火の剣』のストーリーをフルダイブタイプで遊ぶことが出来る。多人数用というのは、友人たちと仲間を組んで戦えるオンラインプレイ用のやつだ。主人公側の主要なキャラクターは大体プレイヤーになる。わざと姿を元になったキャラクターにして、皆でロールプレイして遊んだり、歴代主人公たちになりきって一つのストーリーをクリアしたり、様々な遊び方が出来る。
しかしストーリーモードに乱入出来る仕様になっているのか。これはもしかしたらわざとストーリーの進行を妨害するような意地クソの悪いプレイヤーが出るかもしれない。ちゃんと弾けれるように設定出来るのか後で確認しないと。
とりあえず、今回は様子見で行こう。どうせ敵はNPCだし、手伝う事も出来るかもしれないし……いや、経験値取るなって怒られるかな……。まぁ、その時はその時か。
『移動します。しばらくお待ちください』
さて、ようやくだ。
期待に胸を膨らませたまま、俺の体は別の場所へと飛ばされていく。
さて、どのシリーズの場面に飛ばされるんだろう。できれば蒼炎の第十一章あたりがいいんだけどなー。
なんて思ってたら、俺が飛ばされたのはボロッちい小屋の中だった。
「……」
やるじゃない。
ニコッと笑いながら、運営の神対応に称賛を送る。こういう細かい所まで凝った造りは、俺のようにロールプレイを楽しむプレイヤーにはありがたかった。
既に外では戦闘が始まってるようで、怒声や悲鳴のような声が小屋の中に届いた。いよいよもって場が整っているじゃないか。俺はのっそりと立ち上がって、古臭い木の扉に手を掛けた。
さあ、まだ見ぬFEプレイヤーよ。ようこそ、しっこくハウスへ!
——と思って扉開けたら辺り一面盗賊だらけで村が襲われてました まる
うぇ、ちょっ、おまwwwここドコだよwww
叫び声とかクッソ鬱陶しいんで、取りあえず倒しますね^^
第一章 運命の息吹(は口臭くさい)
大陸エレブはリキア同盟の東部。フェレと呼ばれる土地周辺を治めるフェレ候エリウッドは、家臣であるマリナスの悲鳴のような叫び声を聞いた瞬間、最悪の予想が脳裏をかすめた。かつて仲間たちと共に立ち向かった苦境の中で鍛えた勘が、全身を冷たい何かで包んだからである。
反射的に手に取った剣を握る手に力が籠る。が、それも一瞬だった。リキア一の騎士と謳われ畏怖されてきた剣の冴えと、それを支える強靭な肉体は、その肉体が病に侵され脆弱となり、同時に剣の冴えすら失ってしまったという事実がエリウッドにはあった。
「エリウッド様、大変です! ボルム山の賊どもが、すぐそこまで……」
「そうか……くっ、私がこのような体でなかったら好きにさせぬものを……」
力が抜けた手元から意識を外すと、エリウッドはあらためて周囲を見渡した。城の中にある広大な玉座の間は静かな喧騒に満たされて、混乱の支配下におかれていた。動き回る人の群れ、届く怒号、轟音と共にやってくる微かな城の震え、武器を持った兵士たちがその中を駆けて、どこかへと向かっている。それらの動きや反応が昔よりも遅く感じて、兵士の質も鈍っているのではないかと思わせた。
エリウッドの傍を通り過ぎる人間は、皆が怯えを含んだ目を向けた。エリウッドを恐れているのではなく、彼が居てくれれば大丈夫だ、という安心にも似た感情が、戦場の中にあってそのような目を向けさせる。長らく実戦を経験していないから、突然襲ってきた命の危機に皆不安になったのだ。
エリウッドは病気の体を押して歩き出した。旅をしていた頃と比べて弱くなっていても、弱者を襲う脳しかない盗賊相手に負ける気などなかった。旅を共にした仲間たちがもしここにいたら、何を弱気になっていると背中や頭を叩かれて、最後に笑い飛ばされるだろう。それを思えば、こんなところで立ち止まって歯噛みすることは、なかなか出来なかった。
オスティア候であり父であるヘクトルの名代としてエリウッドの見舞いに訪れていたリリーナは、エリウッドの傍らに寄り添い、エリウッドとマリナスのやりとりを神妙な顔で見ていた。城の中の空気が一変したとき、剣を取ったエリウッドの雰囲気が、がらりと変わったのをリリーナは感じた。戦が始まるのだ。エリウッドを中心にして放たれる不可視の圧力は、勇猛で知られるヘクトルにも引けを取らない。
「おじさま……」
病弱の身を案じるリリーナの声に、立ち止まったエリウッドは視線を転じ、先ほどとは違う、いつもの穏やかな人の笑みを浮かべた。
自然と気持ちを落ち着かせてしまうような笑みだった。それを見て、リリーナもいつもの調子をいくらか取り戻した。
「リリーナ、お前は隠れていなさい。もうすぐ、ここも戦場になる」
「いえ、私も……私も戦います!」
リリーナは美しい娘だった。愛くるしい美貌を母親から余さず受け継いでいる。性格も父親から受け継いでお転婆だった。父親も母親も知っているエリウッドは、その顔に二人の仲間を映していた。昔の癖で肯定しそうになるも、すぐに気を取り直して、ばかを言ってはいけない、と諭した。
「お前にもしものことがあったら、私はヘクトルに顔向けができん」
「お父様に? で、ですが……」
改めて心配するような響きが、リリーナの口から出る。エリウッドははにかむように笑った。仲間の娘に心配されている、というのが、そのような笑みを浮かべさせたのかもしれない。二十年前までは、リリーナの親たちがその立場だったのである。仲間の子供に心配されるとは思いもよらなかった。時代の流れというものを、エリウッドがはっきり感じた瞬間だった。
「大丈夫だ。ロイも近くまで戻ってきているはず。それまで持ちこたえれば何とかなるだろう――マリナス!」
リリーナが頷くのをみて、エリウッドはマリナスを呼びつけた。一人で勝手に慌てていたマリナスは、頬を叩かれたように飛び上がった。いつも通り小心者なマリナスの姿を見て、エリウッドは思わず苦笑を浮かべる。この小心者は二十年前の、あの旅を共に経験していても少しも変わっていない。少しは自信を持っていいだろうに、気の小ささだけは治らなかった。それがいかにもおかしくて、エリウッドの気を少しだけ和らげた。
「ロイたちの元に使者をやり、急を知らせろ!」
「は、は、はいっ」
慌てて出ていくマリナスの背中を見て、ロイたちが無事に戻ってきている事を祈る。その数分後、マリナスと入れ違いになる形で、慌てた様子の兵士がエリウッドの元に転がり込んだ。
「エリウッド様、大変です」
「どうした」
まさか、という最悪の事態を想像して顔が強張る。しかし兵士の様子はそういった危機を知らせる様な慌てぶりを見せず、何が何だか分からないという様な表情を浮かべていた。
「何があった。賊が入り込みでもしたのか」
「いえ、それが……城を囲っていた賊は居なくなりまして」
要領を得ない兵士の言葉に、エリウッドも顔をしかめた。
「城を包囲できる数の賊がいなくなっただと?」
「はっ、それが、真っ黒な鎧を着た騎士に全て倒されまして……」
「なんだと!?」
城一つを囲んでいた賊が、全て倒される。有り得ないことだった。真っ黒い鎧を着た騎士が、それを成したのだという。
鎧の騎士。昔の仲間が来てくれたのだろうか、と思うも黒い鎧に該当しそうなのは二人しか居らず、ヘクトルはベルン王国への対処で動けない。ヒースはそのベルン王国のドラゴンマスターである。フェレまで来るのは難しい。
では、誰が?
確かめるべく、急いで外の様子を見に行ったエリウッドに、リリーナたちは急いで着いていった。
ボルム山に拠を構えた山賊一味を率いたダマスは、学がない賊の中でも、小賢しい男だった。下っ端の時から彼は腕ではなく頭を働かせて、下っ端の子分から成り上がったのだ。
「ちょっとココを使えば誰でも分かるってもんよ」
と、こめかみの部分をとんとんと叩いて、子分から向けられる称賛を表面上、何ごとも無いかのように受け取っていたが、内心では歓喜の嵐が渦巻いていた。詰まる所、ダマスは運が良かった。リキア同盟がベルンに攻め込まれて諸侯の目がそちらに向きっきりになったのも、ボルム山から近かったフェレを治めているエリウッドが病で弱っていたのも。順風満帆と言って良いほどだった。
「ボス! 連中、城に籠ったようですぜ」
「フン。かつてはリキア一の騎士と謳われたフェレ候エリウッドも、さすがに病にゃ勝てねえってか?」
「へへへ、ベルンが攻めて来たから、この辺りは手薄になっているってボスの読みはズバリっすね!」
「当たり前じゃねえか」
またも送られる賛辞に鼻を高くしたダマスは、まだ取ってもいない城の中にある財宝の皮算用を、頭の中で計算していた。貯めこまれてる財宝の量、子分たちへの配分。決めなければいけない事はたくさんある。しかし、そこで思考にふけるのをさっさと止めると、目の前の城に意識を戻した。子分たちからの惜しみない称賛の声に酔って、勝った気でいるのを自覚したからだった。
城に籠る騎士とは今だに戦闘中であり、一瞬の気の緩みが死に直結することを、長い山賊生活で幾度も経験して知っている。相手はあのフェレ候エリウッド、病に犯されていてもリキア一の騎士と名高い実力者である。そんな存在が、このまま手を
このような頭の回転が出来るからこそ、ダマスはここ一帯で山賊として生き残ることが出来たのだった。
「だが、いつ助けが来るとも限らねぇ。野郎ども! その前にさっさと城の連中を片付けちまえ! そうすりゃ、城にあるお宝は取りたい放題だぜ」
ダマスの発破に、子分たちの戦意は目に見えて上がった。誰もが欲望に目をぎらつかせて、我先にと城壁に取り付いていく。満足に鍛えていない子分は城壁にいる騎士たちになぎ倒されていくが、その分一人当たりの取り分は増えていくので、ある程度は許容範囲として認めていた。馬鹿は馬鹿なりに使いやすい、と再確認して、そろそろダマス自身も戦闘に紛れ込もうとしたときだった。
「ぼ、ボス……」
子分の震え声に、何事かとダマスは振り返る。
「あん? なんだ――」
そこから先の言葉を、子分の方へ振り向いたダマスは、続けることが出来なかった。
黒いフルアーマーを纏った、アーマーナイトと思える存在がそこにいたからである。黒い。本当に黒い鎧だった。見慣れたリキアの夜空を、一つの所へ押し込んだかのような闇の色。だがリキアの夜空には美しい星々が煌めいて、夜を儚く照らしている。それに比べて、このアーマーナイトと思わしき存在が纏う鎧は、どんな光も飲み込んでしまいそうな漆黒の色をしていた。
「何だ、お前……」
ダマスの口からようやく絞り出せたのは、それだけだった。敵か、味方か、それすら問う言葉も漆黒の鎧の存在に飲み込まれてしまったのだ。
「……どけ。貴様如きに、私は止められん」
鋭く切り込むような言葉が放たれた時、ダマスたちは一瞬でその場から逃げる事を選択した。対峙しただけで、彼らの間にある差が手に取る様に分かってしまったからだった。情けない声を上げながら、持っていた武器も放り投げて走る。少しでも早く遠くに逃げれるように、と本能が促した結果だった。直後、ダマスは背後から全身を押しのけるような圧力を感じた。漆黒の鎧が追いかけて来たのだ。いつの間にか一緒に逃げていた子分たちはどこかへ消え失せて、ダマスだけが逃げていた。一体どこに行ってしまったのか、という疑問は浮かばなかった。皆飲み込まれてしまったのだ。あの漆黒の鎧の手によって。自身もそうなる様を想像してしまい、ぞわりと肌が粟立ったダマスは一心不乱に「死にたくない!」と声を上げた。
返事は、聞いた事もないほど鋭い風切り音だった。
自身の故郷を目指して進んでいたエリウッドの息子ロイは、ランスからもたらされた山賊襲来の報にショックをうけた。
マーカスたちを伴って帰路を急げば、襲い掛かってくる賊の数も多くなってくる。城の皆は大丈夫なのだろうか。父上は、リリーナは、オスティアに留学する時に笑顔で送り出してくれた城の皆は……? 込み上げる焦燥は、口の中を干上がらせるには十分だった。
「賊の数も少なくなったな……」
「まさか、ほとんど倒してしまったのでしょうか?」
始めは城に向かうほど数を増していった賊は、ロイたちが城の目の前まで来た頃には一人も見かけなくなっていた。その事に疑問を浮かべたアレンやウォルトが、奇妙な質問だと分かっていても口にしたのは、最悪の想像を思い浮かばせたくないからだった。急を知らせに来たランスによれば、城を十分に包囲できる数の賊がいたという。それは明らかなはずであったが、外で城攻めを行っているはずの賊の姿が、まるっきり見えないのだ。もしや……という事を想像してしまっても、無理からぬことである。
「しかし妙ですな。城の外に敵がいないとなれば、城内で戦闘が起こっている筈ですが、そんな様子も見受けられません。何より、外に一人もいないのが既におかしい」
「つまり、敵は撤退したというのかい?」
「はっきりとは分かりませぬが……」
歴戦の騎士であるマーカスも、この奇妙な光景には戸惑いを隠せない。予想では、包囲された城の前で激戦が繰り広げられているはずだった。それが蓋を開けてみれば、剣戟どころか風の音すらない、いつもの長閑な風景しか映らないのだ。この静けさが、今のロイたちにとってみれば、逆に不気味だった。
「とにかく、城にまで行かねば分かりません。急ぎましょう」
「そうだね。まずは皆の無事を確認しないと」
一向に姿を見せない賊たちに訝しむも、それに悩んでる暇はない。ランスの言葉に頷いたロイたちは、城壁まで一気に近付くと、城の入り口である城門の方へ向かう。さすがに城の周辺はいつもの風景とは言い難く、戦いの後がくっきりと残っていた。血の臭いが濃く、空気は生温かい。つい先ほどまで、ここで激しい戦闘が行われていたのは確かだろう。
「これは……」
ロイは目の前の惨状に思わず呻いた。ほとんどの賊が
剣魔カレル――かつての旅の仲間であり、欲望のままに人を斬り殺す、
カレルがここに来たのだろうか、とも思ったが、そんな都合のいい話があるはずもない。そして、彼はリキアへ立ち寄る事はないともマーカスは思っている。
剣聖などと呼ばれるような人物に成ったのなら、剣魔であった時代を恥と考えているだろうと感じたからだ。向かう場所が違っていたとはいえ、武を研鑽し、共に戦った仲間である。ある程度の考えを予想するのは造作もない。今のカレルは、剣魔を思い出させるような場所には近付かないだろう。
では、誰が?
内心だけで思案しても答えが出なかったマーカスは、とりあえず急ぐロイと足並みを合わせ、城門へと向かった。
その答えは、直ぐに皆が知ることになる。
エリウッドやロイが、奇しくも城門前を望める場所へ同時に辿り着いた時、そこはすでに賊と呼べるような存在はいなくなっていた。立ち向かった賊は切られている。逃げ出した賊も切られている。死体が積み重なり、地面を血で濡らし、漆黒の鎧を着た騎士一人がその中で立っているだけとなっていた。
剣についた血を払い、城門の近くまで歩いてきた漆黒の騎士は、城壁に人がいると分かると、鎧の中からでもよく透る声で語り掛けた。
「ここはもう安全だ。街や城を襲っていた賊は、全て切った。安心してほしい」
あれほどの数の賊を一人で倒したとは思えないような、若い男の声だった。エリウッドは、漆黒の騎士の声に敵意が無いと分かると、張っていた気を少しだけ消して笑顔を浮かべ、青い目に感謝の表情を浮かべた。
「ありがとう。街や城の皆を守ってもらい、感謝の念が堪えん」
「目の前で罪なき人々に暴力を振るわれて見過ごすほど、私は愚かではない。当然の事をしたまでだ」
漆黒の騎士のほうは平然としていた。一地方の城とはいえ、それを包囲できるだけの数の山賊の殆どを一人で斬ったというのに、その声色や立ち振る舞いに一点の曇りも見えない。
隔絶した力を持った孤高の騎士の姿に、エリウッドやロイ達は静かに息を呑んだ。
(っべーよプレイヤー達が来る前に全部倒しちまったよどうしよー!? 思いっきし経験値泥棒しちゃったじゃねーか! こりゃブラックリスト入り確定ですねこのアンポンタン! どどどどどどうしよう? こうなりゃロールプレイを貫くか……? いや、でもなぁ……あーー! どうしよー!?)
後に封印の剣と神将器をもってして世界の平和を救う英雄たちと、漆黒の騎士の、これが初めての邂逅であった。