次の日、モモンガの頼みでンフィーレアの馬車の荷台で眠るニニャの姿があった。
結局、朝方までモモンガと話し込んで居たのだ。他のメンバーが起きたときにはフラフラで、モモンガがンフィーレアにお願いして、ニニャを、まだ何も積まれていない荷台に寝かせてもらう事になったのだ。
ペテルが「すみません……何かニニャが御迷惑を掛けたみたいで。」と恐縮したが、モモンガは「いえいえ、竜の話とか魔法の話、この国の社会体制についてなど本当に多くのことを話してくれたのです。それに2人での夜警になったので心強くて有り難かったですよ」と答えた。
……いや、あなたが何のモンスターを恐れるというのですか‥‥と『漆黒の剣』のメンバーは虚ろな表情を浮かべたが、ニニャや自分たちへの気遣いが有り難かったので「モモン」という人物への好感度をググッと上げるに至った。
……おかしい。
ンフィーレア・バレアレは膨らみ続ける疑問と戸惑いに寡黙に為っている自分に気づく。
実は、実家のある『エ・ランテル』から『カルネ村』への道のりというのは通い慣れた道であり、今回のように護衛などを付けないまま運搬することも割とあるのだ。
祖母からは「そんなに頻繁に行かなくても良いのに。」と言われているが、カルネ村に行くのは商売だけが目的では無い。もっと こう 純粋な目的で‥‥純粋‥‥純粋なのか?むしろ不純なのではないだろうか……。
しかし、問題はそこじゃない。
この辺りは危険地帯ではあるものの「森の賢王」のお陰で余りモンスターは会わないハズだったのに‥‥すでに4回もモンスターに襲われている。しかも毎回、なかなかの多数による襲撃で「漆黒の剣」の皆さんも訝しがっている。モモンさんのチームは事情を知らないので「こんな物なのかな?」とでも考えているのか気にしてない様ではあるが、これは絶対におかしい。こうなってくると、この先に在り今回の「行き先」でもある『カルネ村』の状況が心配になってくる。
エンリは森に入ってモンスターに襲われたりしていないだろうか‥‥‥。
と想い人の事を考える。エンリの家は薬草の採取が主な仕事だから、あの森に異変があったのなら、その影響を受けやすい。
そしてもう一つ。モモンさんの問題だ。
これだけのモンスターに襲われているので2つのチームに着いて来てもらって良かった……という話ではない。
そもそも、事の始まりは「エ・ランテル」屈指の薬師である祖母「リィジー・バレアレ」の元に持ち込まれた一本のポーションであった。
そのポーションは赤かった。
リィジーはそれを見て「神の血の色だ!?」と目を潤ませながら喚いた。ンフィーレアは心の中で「いや、人の血の色も赤いのでは?」と思ったが祖母想いの良い子なので黙った。
作る過程で青くなるはずのポーションが赤い。そしてどうやらこれは「完成されたポーション」という薬師にとっては究極の行き着く先の物であると言うことらしい。祖母の求める物がそこに在り、ポーションを持ち込んだ「ブリタ」さんと云う女戦士を宥めたり脅したりして入手経路を聞き出したところ「宿屋で3人組冒険者の一人である白髪白髭の老人」からもらったという事だった。
その後、3人組の冒険者で登録されているチームを探してもそれらしいチームは見当たらず途方にくれたが顔見知りである冒険者組合の受け付けをされている「イシュペン」さんに尋ねた所、最近登録された4人チームで、カッパーながらゴブリン、オーク、オーガなどを凄いスピードで退治している話題のチームだとアッサリと教えてくれた。白髪のお爺さんがナイスミドルで女の子2人も美人過ぎる謎のチームなの!とも言っていた。冒険者組合の個人情報だだ漏れだった。あと、今考えるとモモンさんだけ美男美女の中に敢えて入れておらず、何とも言えない気持ちになる。
とりあえず、そのチームとの繋がりを持ちつつ「赤のポーション」について色々と聞けたら……と探るために仕組まれた依頼だったのだが、余りにも「謎が多いチーム」という事でイシュペンさんに相談して、「人間的に信頼できるチーム」を紹介して頂き、ポーションの件で揉めたら庇ってもらう予定だったのだがこの有り様である。「漆黒の剣」はモモンさん達に懐き、自分も、またモモンさん達の伝説に残るであろうチームに魅せられている。赤いポーションの事を探りだすという行為が、この英雄級の人に対して失礼で恥ずべき行為であると思うと気が滅入る。
少なくとも、もうすぐ到着する村に居る自分の好きな人に逢うのに、こんな恥ずかしい自分では胸を張って逢えない。
----よし
決心した少年は荷馬車をダインにお願いして、「モモンさん!」と声を掛けながら小走りでモモンガの隣に並ぶ。
「モモンさん。すみません。モモンさんに謝らなければならない事があります!」
・・・・・・・・・・
うーむ ああいう純真そうな少年に真っ直ぐに謝られてしまうと胸が痛む‥‥‥。
途中から何故かカルネ村に居る女の子への恋話になってニニャやルクルットに囃し立てられて照れまくって終わったから良い物の。
まあ 話を纏めると、「すいません 赤色ポーションの秘密が知りたいという下心で近づきました。ごめんなさい」という事だったので「全然構いません。これは自分の国の高位神官によって作られているポーションであり、自分では作れないため、作り方もお教えする事もできないです。ただ、こちらの国のポーションは効果が薄くて不安でもあるのでバレアレ商店と協力して赤いポーションを作るというのもアリですね。」
と云う提案をすると大喜びしていた。まあ‥‥出処は秘密にしてもらう事、前提ではあるが。
それ以上に気になる事がある。好きな子がカルネ村に居るとの事だが、どうやらこの少年は先日あった「カルネ村騒動」を知らない様なのだ。
好きな女の子が、あの騒動で亡くなっていなければ良いのだが……。セバスやユリも同じ気持なようで、恋話の辺りからソワソワと心配そうな顔になっていた。
村に行けば、我々が騒動を収めた事は直ぐにバレるだろうし、ここはちゃんと言っておいた方が良いな……。
「すいません。カルネ村に想い人がおられると云う事ですので一応お聞きしますが‥‥先日のカルネ村での騒動は御存知でしょうか?」
「え?」騒動という物騒な言葉を聞いたンフィーレアと漆黒の剣の面々は緊張した面持ちに成った。
「はい。我々が遠方の国より飛ばされて、この国に来たというお話は御存知のとおりですが、その時に襲われている村を助けに入り、同じく助けに来た「リ・エスティーゼ王国」戦士長のガゼフ・ストロノーフ殿と知己を得た事が冒険者になる切っ掛けだったのですが、その襲われていた村と云うのが『カルネ村』だったのです。」
「え‥‥‥」とペテルが呟き、ンフィーレア少年は青ざめた顔で無言で口をパクパクさせていた。
さっきまで「祖母の夢である赤いポーションに大きく前進出来た!」と有頂天になっていたところへ急転落下である。流石に痛ましくなったのか、ユリ・アルファがンフィーレア少年を後ろから、そっと抱きしめて「私達が救うことの出来た人たちの中に君の想い人が入っていれば良いのですけれど……」と申し訳無さそうに告げる。やまいこさんの娘さんだけあって子供には弱いみたいだ。
「今回、私どもがンフィーレア様の依頼をお受けしたのも、その後のカルネ村が気になっていたためでした。」とセバスが重々しく一礼する。
「そんな……そんな……」と俯きながら呟くンフィーレアを再び荷馬車に乗せて、
「……ともかく進みましょう」とペテルが静かに告げて何とか一行は動き出した。
沈痛の中で重い足取りではあったが、一行が歩みを進めて行くと小高い丘を下り1つの集落が見える。カルネ村だ。低い丘からでも村の全貌が一望出来るくらいの小さな村であり、その村の回りを土塀と木によって作られた物々しい塀に囲まれている。
ンフィーレアは戸惑っていた。「……おかしいです」
ペテルが「どうしたんですか?」と尋ねると「あの村は前回来た時は、こんな塀に囲まれてたりしていなかったんです……」
ルクルットが「やっぱり、襲われたりしたから防衛のために建てたんじゃないのか?」と心配そうに口にする。
ダインが「モモン殿達が居なくなった後に帝国が攻め取ってしまったとかで無ければ良いのであるが」と懸念する。
カルネ村は「リ・エスティーゼ王国」と「バハルス帝国」の間にある村であるが、ここまで帝国軍が攻め入るという事はカッツェ平野を横断しなくてはならない。普通は有り得ない話であった。
「帝国が関係しているのであればシッカリした警戒網などに、すでにボク達が引っかかって衛兵等が出てきていると思います。自警的な物ではないでしょうか?」とニニャが冷静に分析する。
「ただ私は村の出身ですから、こういう村の生活は良く覚えています。それで疑問が2つあります。1つはこんな時間なのに誰も畑に出ていない。もう1つは一部の麦が不自然に刈り取られていること」
「確かに……何かあったのか?」とペテルが渋い顔をする。
ふむ……モモンガはメッセージでアルベドに『アルベドよ。今、私達の事を見ているか?』と送ってみる。
すると直ぐ様『はい!しっかりとモモンガ様の御姿をミラーで監……見守っております。』とメッセージで返事が来る。
なんだろう……もしかしてストーカーに偵察衛星(ミラーオブリモート・ビューイング)を委ねるという取り返しのつかないミスを犯したんじゃないか……と恐怖に背筋が凍り、久々にちょっと光った。
それにより平常心を取り戻し『よし カルネ村に入っても問題ないか様子を見てくれ』とメッセージを飛ばす。
体感で数分後にアルベドから連絡があり、村の中はノンビリしており、モモン達が居る逆の畑では働く村人が居る。ただその門の周囲にゴブリンが武器を装備して、モモンガ一行を待ち構えている状態であるという。
怒れるアルベドを宥めて、みんなに注意を促す。
「みなさん、お待ち下さい。待ち伏せの様ですね」
荷馬車はカルネ村の門まで100mという所でストップする。
「セバス、どう思う?」
「はっ あまり威圧感が無いために解りにくいのですが、複数の敵意の様な視線をあちらこちらから感じます」
「なんだあ?!本当に敵が居るのか?!」とルクルットが叫ぶ
「ヘタに突破しようとして村人を人質に捕られたり、危害を加えられるのはやっかいですね」とニニャが思案気に会話に入ってくる。
「ナーベラルちゃんの範囲魔法で一瞬で片づけたとしても村の中の仲間に村人を襲われたら意味ねーしなあ」とルクルットが頭を抱える。
「……待ち伏せを諦めて動き出した様ですね。」とモモンがみんなに伝える。
もちろんアルベド衛星からの天気予報があったから解ったのだが、待ち伏せしていたゴブリンが門から外に出て、麦畑を利用して我々を包み込もうとしているらしい。
「すみません 皆さん。スキルを使いますので、なるべく離れて目を瞑り、耳を抑えてうずくまって下さい。あ、セバスはそのままでも大丈夫だから、皆のフォローを頼む。」
「ハッ」
漆黒の剣とンフィーレアが荷馬車の後ろや下に潜り込み、目を閉じて耳を抑えて蹲る。ある程度、方向は指定出来るが余り距離が離れていないので安全のためにはそうして居てくれた方が良い。
そして無造作にゴブリン達が居るであろう方向に向かって歩いていく。
実はモモンガは、数多くのスキルを持っており、その中で今、発動する特殊能力が〈絶望のオーラ〉である。
これをモモンガは〈絶望のオーラ・Ⅴ(即死)〉まで使いこなせる。これはレベルが低い生命体をその体から発生する禍々しいオーラで死に至らしめるという正に『魔王』というスキルであるが、当然ユグドラシルでは使い処もない死にスキルであった。
それをレベルⅡに弱めて使用したのは事情が未だ不明なので降伏してもらい話を聞くためだ。
モモンガがゴブリンが潜んでいる辺りであろう方向に剣を向けて〈絶望のオーラ・Ⅱ〉を浴びせると彼方此方から「プギャー!?」「うぎゃぁあ!」「げぶぼぁ!」という悲鳴が聞こえてくる。今、彼らは全身を襲う怖気と心臓が氷るほどの恐怖と幻覚を見るほどの絶望により、身も心もビクンビクンと痙攣させながら地面をのたうち回っている。息をする事も出来ないのか自分の喉を掻きむしるゴブリンや目と鼻と口から体液を垂れ流しながら白目を向いている者も居る。
……あれ? やりすぎた?
絶望のオーラの使用を止めるが、のたうち回り瀕死のゴブリンにモモンガは違和感を覚える。
……何か、ここまでの道中に出逢ったゴブリンとは違う様な?
すると門から見たことのある女の子が飛び出してきて「ど、どうしたのみんな!?」と悲鳴をあげてコブリンのもとに駆けだして来た。
ん?あの子は確か……。
「エンリ!?」というンフィーレアの叫びが聞こえる。
そうそう エンリ・エモットだ。彼女の教科書をもらってナザリックのみんながこの国の文字を勉強中である事を思えば彼女にはそれなりに恩があると言える。
モモンの奥義使用という事で荷馬車の下へ隠れていたンフィーレアは掻き出すように荷馬車から這い出ると、駆けだしてエンリ・エモットの元へ向かう。
--そうか、想い人はこの娘で、生きていたんだな……と漆黒の剣の一同が互いの目を合わせて微笑む
必死に「エンリ、エンリ!」と溢れる涙を拭おうとせずに走り続けて、エンリの元に辿り着いたンフィーレアはエンリの右手を両手で握り、泣きながら「良かった!良かった!エンリ、無事だったんだね」と繰り返す。
「もう どうしたの?ンフィーレアったら」と、エンリは微笑みながら左手でンフィーレアの頭を撫でる。
----とても微笑ましい光景だ。
「青春映画のようだな」と普段のモモンガなら思ったかも知れない
エンリの背後で、目と耳から血を流し、口から血泡を吐き出しながら転げ回るという、ゴブリン達による命がけのパフォーマンス・ショーが無ければ、だが
おまけ
「あっ 黒騎士様!セバス様にユリ様にナーベラル様も!」
「元気そうで良かったわ。」
「ところでエンリ、このゴブリン達は‥‥‥。」
「はい!あの後、村がモンスターに襲われたときに黒騎士様に頂いた角笛を吹いたら出てきたんです。」
「姐御ぉぉぉぉぐるじぃーー!」
「モンスターを追い払ってくれて、村に柵まで作ってくれて」
「エンリ姐ざぁんだずげでぇぐだせぇー!」
「本当に助かってるんですよ」
「‥‥‥あ゛ねご?」
「有難う御座います。モモン様!」
「あ はい」
やだこの子 怖い!