鈴木悟分30%増量中   作:官兵衛

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第五章一編 終りと始まりの硝煙

 

 

 

 

 

 

「明日は、明日こそは」と、人はそれをなだめる

この「明日」が、彼を墓場に送り込むその日まで

 

                                                     ツルゲーネフ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月明かりの中、145cmの小さな体に似つかわしくない長大な得物を両手で大事そうに抱えて、精神集中をするために彼女は目を閉じて深呼吸をする。

 小さな口で、小さな声で、流れるように淀みなく、つらつらと呪文か祈りの文言を重ねていく。やがて体の全てが「そのため」の一個の兵器となった事を確信すると「CZ2128・Δ(シーゼットニイチニハチ・デルタ)」はスナイピングポイントに服が汚れるのも気にせず寝そべり、自分に用意されている中で、最も長距離狙撃に特化されたスナイパーライフルの二脚を出して地面に差す様に押しつける。

 

「準備オーケーですか? スーパー狙撃兵シズ殿?」

 とすぐ近くに立つ鳥人間とでも言おうか、二対四本の羽を持つ「バードマン」が問う。

 

「問題ない。 あと『スーパー』とか勝手に付けないで欲しい」

 と普段、感情を感じさせない彼女の平坦な声から、彼女を知る者なら珍しい彼女の苛立ちの発露を感じたであろうが、残念ながらココにいるのは「空気を読めないこと山のごとし」で有名なペロロンチーノ‥‥に変身したパンドラズアクターである。彼がペロロンチーノに変身しているのはシズの観測手(スポッター)として名射手として《ホークアイ/鷹の目》などの能力を持つ彼がピッタリだったからだ。

 もちろん変身後に「ふひっ、ペロロンチーノさまぁ~」とシャルティアに抱きつかれる儀式を経ている。その時に肋骨にヒビが入ったが、領域守護者の意地で我慢している。

 

『デミウルゴス殿。スナイパーは準備okです』とパンドラズアクターは今回の作戦指揮官にメッセージを送る。

 

『解りました。そのまま待機して下さい』と返したデミウルゴスは最前線に居るシャルティアにメッセージを送る。

 

『こちら準備出来ました。予定通り、彼女による「X地点」まで誘き寄せの方、宜しくお願いします』

 

 メッセージを受け取ったシャルティアは数百メートル離れた眷属に意識を合わせる。すると眷属の見ている物が自分の脳に浮かび、話しかけずとも自由自在に命令が送れるようになる。

 

 眷属は見晴らしの良い草原に独り立つ。

 左手には白銀の装飾品の様なモノをプラプラさせて指で玩びつつ赤目を光らせて、森へと繋がる道の先を胡乱な顔で見続ける。よく見ると吸血鬼の眷属の証である小さなキバも確認出来たであろう。

 眷属の見ている方向からソナーの様な波動が飛んでくる。探知魔法だ。これで眷属の場所は探知魔法を使用した何者かには解ったであろうが、眷属はノンビリと余裕綽々でアクビをする。

 

 眷属が一人であることに安心したのか先程までかすかに聞こえていただけの足音が雑に歩き出して大きな足音になる。

 そして、森の中より現れた団体はシャルティアの眷属「クレマンティーヌ」の姿を視認すると驚いた様な、呆れたような顔で声をかける。

 

「本当に居るとは、な……クレマンティーヌ」

 

「……。」

クレマンティーヌは久々に聞く『漆黒聖典』隊長の声を、強く口を結びながら目をそっと閉じて無視する。

 

「ズーラーノーンに入って他国へ逃げたはずのオマエが何故、法国の秘宝『叡者の額冠』を手にこんな所に居るんだ? しかも我が国の諜報網に引っかかる位置までワザワザ来てだ?」

 

「……。」

 

「その『叡者の額冠』を返し反省すれば無期牢獄は免れないだろうが、死刑にはならぬかも知れぬ……。投降と考えて良いのだな?」

 

 するとクレマンティーヌは無造作に歩き進めて、元々自分の立っていた位置から20mほど彼ら『漆黒聖典』に近づくと道ばたの50㎝四方のほどある岩の上に『叡者の額冠』をそっと置いて、また元の居た位置に戻る。そして、まるで「本物かどうか確かめなさい」と言わんばかりに手を差し向ける。

 二本の槍を持って警戒を続ける『隊長』は後ろの老人である男性マジックキャスターに「鑑定してくれ」と依頼し、次いで「セドラン!彼を守れ!」と第八席次「巨盾万壁」の異名を持つ二枚の盾の使い手である「セドラン」にクレマンティーヌから鑑定中で無防備になる老マジックキャスターの護衛を命令する。彼は歴戦のマジックキャスターであり、生ける法国の伝説とも云える存在なのである。

 

 慎重な隊長は更にもう一度、今度は時間を掛けて高位探索魔法を掛ける。200メートルに渡る広範囲の生命体をサーチ……小さな獣と見られる生命体が無数にあるが、大きな生命体は居なさそうだ。もし、この範囲外から襲おうと思えば襲撃者が到達する前に悠々と逃げられるだろう。そもそも自分が居る限り逃亡の必要など無いのではあるが。

 

 セドランは先程まで国の重鎮であるカイレの護衛をしていたが、マジックキャスターと共に『叡者の額冠』へと近づく。もしクレマンティーヌが何か悪巧みをしているならば、鑑定魔法を使っている瞬間が一番危ない。

 自らの盾役が居なくなったカイレは身を守るために自分が目視されにくい様に片膝をついて、しゃがみ込む。その時にカイレは自分が居る場所の足下に小さく石灰で「×-C」という不思議な記号の様な物が書かれていることに気づいた。猜疑心が生まれたカイレは隊長に声を掛けて判断を仰ごうとした。

 

 隊長は先程の位置に戻ろうと歩いていくクレマンティーヌが、先程の立ち位置を過ぎても歩みを止めずに進み続けるのに戸惑っていた。「なんだ?『叡者の額冠』だけを返却したかったのか?」と思ったが、風花聖典が謎の巫女の爆発に巻き込まれて機能しない今、本来は『カタストロフ・ドラゴンロード』の調査がチームの使命ではあるが、こうしてクレマンティーヌに接触した自分たちが、この機会を逃す訳には行かない。

 

「待て!クレマンティーヌ!逃げようとしても無駄だ!」と叫んだ。

 その瞬間クレマンティーヌが振り向いて笑った。いつも見ていたあの耳まで裂けている様な「にんまり」顔だった。ただいつもと違うのは大きな口には不自然なキバが見え、こちらを嘲るように笑う彼女の瞳は血の様に真っ赤な色をしていた。

「吸血鬼!? バケモノに身を落としたか!クレマンティーヌ! カイレ!使え!」と叫びながら振り返って老婆を見た。

 

 

「狙撃対象位置、ポイントAからポイントCに移動」と、いつになくパンドラズアクターが短く必要な言葉だけでシズに指示を出す。

 妙な服に身を包んだ老婆がスコープのレティクルの真ん中に収まる。狙うは心臓ではなく頭だ。装備している妙な服は最低でもゴッズアイテム、もしかしたらワールドアイテムで防御障壁が働くかも知れない。とシズは聞いていた。

「ユグドラシルとは勝手が違うかも知れないので、十分に練習をしておくように」と至高の御方直々の命令通り、毎日5時間の訓練をしたが、物理法則はユグドラシルのままだった。問題ない。

 

 まるで時計の秒針が12時を示した瞬間の分針のように「カタン」と自然に指が落ちる

 

 サプレッサーを付けているとき独特の「ブシュアッ」という低音を発して弾丸は発射される。

 スポットマンのパンドラズアクターも単眼鏡を覗きながらイーグルアイを使用し行方を見守る。実に発射後、タップリ3秒程かかった後に単眼鏡には凶弾が老婆の額を撃ち抜くシーンが映った。シズは「目標クリアー 次、」と呟いて次の目標へと照準を合わせる

 

 

 

 漆黒聖典隊長は考える。自分は六大神の血を呼び起こした『神人』と呼ばれる特別な人間である。その自分ではまったく感知出来ない攻撃を国の重鎮カイレが受けた。すでに額に大きな穴が穿たれており絶命は必至だが、彼女の遺体と彼女の着ている国宝「傾城傾国(ケイ・セケ・コゥク)」は法国に持って帰る必要がある。決してここで失う訳には行かない。

 

 隊長は後ろの仲間たちに向かって「撤退!撤退!」と叫ぶ‥‥‥‥が遅かった。

 

 

 シズは2発目を撃ち、それが盾の男の額を撃ち抜いた事を確認すると三発目を撃つために老婆の遺体と周囲の人間の間の地面に照準を合わせる。

 1発目2発目は普通の弾丸である。ある程度の対魔法障壁の呪法が掛けられてはいるが、スナイピングに適した高精度狙撃用の弾丸でしかない。そして3発目以降は炸裂弾だ。それは相手の守備対象であり、こちらの強襲対象である老婆に、周囲の人間が近づけない様にするための爆裂を続けざまに起こす。老婆に近づこうとした若い隊員の2人が爆裂に巻き込まれて体が千切れながら吹き飛ぶ。それをみた他の漆黒聖典メンバーは動きが取れずに草むらに伏せることしか出来ない。セドランであれば盾と自身の硬度を活かして、カイレの死体の回収は容易だっただろう。だが、すでにセドランは額に穴を開けて倒れている。

 

 隊長は再び考える。敵は高速の矢か魔法により知覚出来ない攻撃をしてくる。地面の抉れ具合やセドランの傷を見た限りは敵の攻撃方向はアチラだが‥‥‥あちらには見晴らしの良い平原が広がっているだけで敵の姿は無い。数キロ先まで進めば丘があるが‥‥‥まさか‥な。

 一瞬、六大神の伝承にある「時間停止」による攻撃かとも考えたが、自分の指を確認すると、漆黒聖典隊長と番外席次にだけ与えられる国宝「時間停止対策の指輪」が填まっていることに気づき頭を振る。

 

「撤退用の煙幕を張れ!」とメンバーに指示を出す。同時に魔法障壁を展開する。これで正確な攻撃はし辛いハズだ。敵の矢か魔法攻撃の途切れ目に脱出する、という合図をハンドサインで後方の隊員に伝える。カイレの遺体は大丈夫だが……大柄なセドランの遺体を連れて帰るのは厳しいか……と歴戦の戦士らしく冷静に状況を判断する。

 

 

 シズはスキルのサーモグラフィーを使うが流石に距離があり過ぎて、サーモグラフに映る温熱も感知しづらく煙の中では正確な射撃は出来なくなったが、すでに目的はスナイピングでは無く妨害であり何の問題もなかった。

 ここから狙撃対象の距離まで3000メートル、人間のスナイピング記録が2500メートルである事を考えれば破格の『超長距離狙撃』ではあるが、シズに取っての3000mは「確実に失敗しない距離」であった。この作戦「傾城傾国(ケイ・セケ・コゥク)奪取作戦」はシズを基盤にして立てられた作戦である。

 傾城傾国(ケイ・セケ・コゥク)の能力「耐性スキルを持つ敵をも強制チャーム出来る」という物は至高の御方に仕えることが生き甲斐というナザリックの下僕にとっては脅威中の脅威と云えるアイテムだ。もし自分がそれを使われて『至高の御方』に弓引く立場になれば、無事、魅了から解除された後に迷わず「死」を選ぶであろう。つまり傾城傾国(ケイ・セケ・コゥク)を使われることは自分の死を示している上に御身に危険を及ぼすものであり、しかもナザリックの情報を相手に与えてしまうなどしてモモンガ様や仲間の皆を危険にさらす可能性もあるのだ。

 だからこそデミウルゴス達はクレマンティーヌより、そのアイテムの存在を知った時から慎重に慎重を重ねて、傾城傾国(ケイ・セケ・コゥク)の奪取、もしくは破壊のための作戦を主達と共に練り、準備してきた。繰り返しモンスターの囮をスレイン法国周辺地に放ち敵の防衛ラインを見極め、敵に与える情報の種類によって、どんな人員で出撃するかを見極めたのだ。そして「強者」であるクレマンティーヌを用意する。それは彼女が強者であると同時に「絶対確保」せねばならない相手であるからであり、そして「国宝」叡者の額冠を用意する。もちろん叡者の額冠は偽物だが、もともとちょっとしたマジックアイテムを加工して作られた偽物であるため魔力を感知し、パッと見で判断がつくシロモノではない。本物はマジックアイテムマニアのモモンガが「壊すの勿体ないよう……」と愚図りながら泣く泣くンフィーレアを救うために破壊している。

 

 有効射程距離が解らぬ敵のアイテムに対して、常識を超えた超ロングレンジスナイピングによる暗殺。それによりアイテムの使用不能状態に陥らせてから敵を逃さない様に時間稼ぎするのがシズの役目である。そしてパンドラズアクターから「あと15秒です」という言葉を聞いたシズはマガジンに残った4発の弾を3秒毎ずつ撃ち、最後の炸裂弾を3秒残して撃ち尽くしたシズは「任務完了です」と短く呟く。それを聞き逃さなかったパンドラズアクターが「ミッションコンプリート!お見事で御座います!」と仰々しく一礼したのを横目に見たシズは「うへあ……」と呟きつつ至高の御方からの、そしてナザリックにとって重要な任務をやり遂げたことへの充足感で一杯であった。

 

 ……大丈夫 あとはワタシたちの『最強』が頑張ってくれるはずだから。

 

 

 

 

 煙幕と炸裂弾の煙の中で伏せていた漆黒聖典隊長は味方を見回す。自分も爆発による被害を受けているが軽傷だ。しかしチームは甚大な被害を受けており動けるのは自分を含めて4名ほどだ。いくら漆黒聖典が選り抜きの精鋭ぞろいと言っても、その精鋭相手に一方的にここまで被害を与える敵相手に、蘇生のための遺体回収など出来るだろうか? かといって敵前で老婆の遺体から衣服を剥ぐなどという隙を見せるなど愚の骨頂である。今しかない。敵の攻撃の止まった今の瞬間しか撤退、カイレの遺体回収のチャンスは無い。そう考えた隊長は「今だ!散開しつつ森に逃げ込め!撤退だ!」と叫んで自分はカイレの死体を掴むためにカイレが吹き飛ばされている道端へ向かおうとした。その瞬間、どこからか向けられる圧倒的な感覚に包まれて、まるで全身を氷柱が貫いた様な吐き気を催す怖気に鳥肌が立ち思わず立ち止まる。それは他の者もそうだった。立て続けにくる異常事態に恐怖心を必死に押さえ込みながら這いずりまわってきたのに、ここへ来ての圧倒的なオーラの様な何物かに心が折れて立ち尽くす隊員が続出した。

 

 前方からクレマンティーヌが姿を現すと同時に後ろや左右からも吸血鬼と思われる白い服の女達が漆黒聖典を取り囲む。

 こいつらがこの原因か? と考えたがクレマンティーヌは英雄級ではあったがレベルで言うと自分はその倍のレベルであり、多少「吸血鬼化」による能力向上があったとしても恐ろしい相手では無いハズだ。ただ自分の2本の槍が何の魔力も聖なる力も持たない普通の槍であることからやっかいな敵で有ることは確かだが…… どちらにせよ こいつらが俺たちの恐怖の原因では無い。では 何処からだ?この吐き気を催すプレッシャーは?

 

 

 

 

 それは自分たちの頭上に立っていた。

 

 

 恐ろしく美しい顔をしていた。 

 

 

 血と見紛うような赤い目と口から覗く牙がヴァンパイアで有ることを予想させた。

 血の様な色の鎧と、妙な形のランスを片手に空中に立ち、圧倒的な暴力を感じさせる「それ」は 我々を睥睨すると透き通った声で「降伏しなんし」と死刑宣告を告げる。

 

 ……そんなことが出来るはずがない。我々漆黒聖典が降伏するということは人類の敗北であるのと一緒だ。我々は大陸最強のチームなのだ。

 

「ふざけるな! この化け物が! 人類の最後の砦たる我々が化け物相手に降伏してなるものかっ!」

 

 魂魄を込めた隊長の言葉を受け流すかのように涼しい顔をしてヴァンパイアは子供に笑いかけるかの様にニコリとして語りかける。

 

 

「そうでありんす。わたしは残酷で冷酷で非道で――そいで可憐な化け物でありんす」

 

「各自、目の前の敵だけを蹴散らせ!おのが生きる道を拓け!だれでも良い!生きて法国へ帰り、この事を伝えよ!」

 そう叫んだ隊長は全身全霊を込めて槍をシャルティアに投擲する。至近距離での攻撃であったのに関わらず、まるで小石でも当たったかの様に「コツッ」とだけ小さな音を立てて、槍は血の色の鎧に傷一つつけることなく穂先を不自然に歪ませながら地面にカランカランと音を立てて落ちる。

その音を合図にするかの様に空に漂う鮮血の戦乙女は、ただ宣言する。

 

「……蹂躙を開始しんす」

 

 その瞬間、月が作り出す彼女の影から無数の魔物が飛び出してくる。

 シャルティアのスキルの1つ『眷属招来』である。数えきれないほどの「古種吸血蝙蝠(エルダー・ヴァンパイア・バット)」「吸血蝙蝠の群れ(ヴァンパイア・バット・スウォーム)」「吸血鬼の狼(ヴァンパイアウルフ)」が影から現れて漆黒聖典を二重にも三重にも取り囲む。

 

 逃げ道は ない

 

 呆然として血の匂いと共に空に漂い続ける美少女の形をした『死』そのものを隊員の全員が見やる。

 

 シャルティアはその「死」を受け入れまいとする頭と「生」を諦めた心が綯い交ぜになったニンゲンの顔に少しだけ嗜虐心を満足させて、ランスを持っていない左手を天にかざすと「‥‥清浄投擲槍」と呟き、神聖属性を持つ3mもの白く輝く長大な戦神槍を生み出す。

 

 アレは危険なモノだ。そう隊員の誰もが頭で考えたが、折れた心が体を動かしてくれなかった。

その中で隊長だけが必死に心を殴りつけて横っ飛びにそこから飛び退く。

 しかし 振り下ろされた手から放たれた白い槍は不思議な軌道を描いて漆黒聖典隊長の体の真ん中を貫いた。清浄投擲槍は魔力を付与することで「必中」の効果を付与出来る。そんな事を知るはずのない隊長にとっては不可思議で突然な「死」がやってきた。

 歴戦の勇士であり、神人である漆黒聖典隊長は、まるで人形のように歪に関節をクタッとさせながら地面に倒れた。まるで子供が投げ捨てたヌイグルミの様に。

 

「隊長!? う、うあぁぁぁぁぁぁぁあ!」という悲鳴に似た叫びと共に眼鏡を掛けた第七席次の鞄からゴーレムが爆発するかのように飛び出してシャルティアに襲いかかる。シャルティアはそれに無造作に横殴りでランスを叩きつけると、ゴーレムの胴体の2/3が一気に崩れて砂と土の固まりが土砂となり草原にバラ撒かれる。それを呆然と見た第七席次の心臓を正確にスポイトランスが貫く。スポイトランスが起動して血というか生命力の様なモノを「ドクンドクン」と吸い上げる。第七席次が着ていたセーラー服から覗く腕が干からびていき、彼女の体重が急激なダイエットにより元の半分になった頃、彼女は隊長の後を追った。

 

「あらあら結構可愛かったのに勿体ない事をしたでありんすねえ。眼鏡がユリみたいで可愛い娘だったのに……後で蘇生してペットにしようかしら?」

 

 まるで、もらった御菓子をこぼした子供の様に無邪気に、いや邪気丸出しの大きな独り言を呟く。

それを聞いた第二席次「時間乱流」が「殺されるだけでは終わりじゃないというの!?」と心を乱す。

 

 第三席次の老マジックキャスターは第二席次の肩を叩くと「儂に任せて若い者は逃げなさい」と彼女の耳元で小声で話しかける。驚いた第二席次「時間乱流」が自分が生まれる前から漆黒聖典で活躍しており、国の生きる英雄の老いた顔を見る。その顔はすでに決断を終えた後の清々しい顔をしていた。

 《遅延効果魔法》《アンデッド作成》《アンデッド支配》と次々と魔法を自分に掛けていくと最後に手にしたアイテム《スイサイダルエクスプロージョン》を握りしめて、奥歯に仕込んである自害用の即効性毒を噛んで飲み込み口から盛大に血を吐き出す。

 

「なんだぇ?絶望の末に我が身を儚んで自決でありんすか?」

 

 そうでは無かった。ここからが彼の最期の輝きだ。彼は即死した自分の死体に遅延魔法で自身のアンデッド化、そして死体支配により、ある命令を与えている。

血を吐き生命力が消えたはずの死体がむくりと起きあがり、よたよたと確実にシャルティアに向かって歩き出す。

「ん?死んでなかったでありんすか?」と不思議に思いながらもシャルティアは向かってくる老人にスポイトランスを突き刺す。スポイトランスはアンデッドからでも生命力を奪うことが出来る。それが故、シャルティアの判断は少しだけ遅れた。彼の死体は突き刺さったランスを無視して穿った穴を大きくしながらシャルティアの体に少しでも近づこうと突き進む。

「アンデッド!?」とようやく気づいたシャルティアは空いた左手の爪を一閃し第三席次だったものの首を切り落とす。その瞬間、彼が生前行った魔法執行が起動する。右手に強く握られたアイテムに封じ込められた《スイサイダルエクスプロージョン/自爆魔法》が彼の全ての魔力をエネルギーにして起動する。

 

 

「あっ」

 それは第二席次も、そして恐らく第三席次も見たことがなかったであろう「大爆発」である。

眩しい閃光と一瞬遅れて「ズドォォオオオオオオンッッ!!!」という爆発音が辺り一面を包む 範囲は実に直径20mに渡る。全てを灰燼に帰す大爆発が起こった。

 

 第二席次も5mほど吹き飛んだあと、更に8mほどゴロゴロゴロゴローと草原を転がる。今の爆発で自分たちを囲んでいた吸血鬼の眷属達も散り散りバラバラになって混乱している。逃げるなら今しかない事に気づいた。

頭を切ったのであろう、出血で血まみれになった顔面をそのままによたよたと爆発の煙に紛れて森に向かって走り出す。

 

 突然「あら勿体ない」という声が耳元で聞こえたと思ったら自分の血まみれの頬をペロリと可愛く舐められる。

 

 振り向かなくても誰だか解った。

 解った事が怖かった。あの爆発を至近距離で受けたモノがココに存在している事が怖かった。

 

「ひぃいあ」と、か細い声を上げてへたり込んだ彼女は傷一つない鮮血の鎧と肌が爆発の煤で少し汚れただけの美しい容姿を見上げる。両手に持つスプライトのレイピアを使い何度も何度も練習してきた武技を発動させてマシンガンの様に突きを繰り出す。しかし血の色の戦乙女は一つ一つの突きに小指の爪一本で対処して受け流すと

 

「あなたは緑の服があのチビスケみたいで可愛くないわねえ」と言い捨てると、そのまま人差し指の爪で額に「トスッ」と指一本分の深さの穴を開ける。

「ふひぇ」と変な声を出した第二席次に興味を無くしたのか、そのまま指を股下まで一気に下ろした。

 

「さてと お仕事お仕事♪」とシャルティアは楽しそうに言うと爆発で少し混乱していた眷属達に「いい加減にシャンとして手伝いなんし」と命令を出して自らの出したゲートにポイポイと漆黒聖典の死体を放り投げて行く。

 そして草むらに転がっている老婆の死体から傾城傾国(ケイ・セケ・コゥク)を剥ぎ取ろうと思ったが、なんだか凄く気持ち悪かったので死体ごとゲートに投げ込む。

 眷属のクレマンティーヌが近づいてきて「シャルティア様あ。えへへ 上手くやれたでしょう?後で御褒美下さいねぇ」とシャルティアの足にしなだれかかり、膝にキスをして甘えてくる。コイツ、作戦前は「敵のチームに糞兄貴がいないんですけどお?」とか生意気にも不機嫌だったくせに……よし、あとでお仕置きだ。悦ばれてしまうけど。

 

 デミウルゴスから『作戦完了です。皆さん後始末の後、各自ナザリックに帰還して下さい』とメッセージがチームリーダーに入る。狙撃班のパンドラズアクター、強襲班のシャルティア、見張り役のアルベド班、そして逃がした時のために森に潜んで潜伏していたエイトエッジアサシンを率いるマーレ班である。

 

 これだけの守護者達を使っての慎重で綿密な作戦を、この世界でも屈指の頭脳を持つ3人が集まって立案し実行したのである。漆黒聖典は不幸だったと言わざるを得ない。

 

 もし彼らが傾城傾国(ケイ・セケ・コゥク)というナザリックにとって厭忌すべきアイテムを持っていなければ

 

 クレマンティーヌというスレイン法国の情報を持つ人間が捕らえられていなければ

 

 モモンガと少し仲良くなった「漆黒の剣」が彼女に襲われていなければ

 

 まさに運命は糾える縄のごとし 様々な因果の結果 この世界で最強のチーム漆黒聖典は半壊した。しかも死体は全て回収されて蘇生も出来ない状態であり、法国最高クラスの秘宝 『傾城傾国(ケイ・セケ・コゥク)』をも奪われた。

もし、不意打ちでナザリックの守護者に使う事が出来れば、守護者を愛するモモンガに取って大きな障害になったかも知れない。

 

 幸いだったのは 彼らは漆黒聖典として人類の敵と戦って敗死したとある意味、満足の中で死ぬことが出来たことであろう。

 本当のことは誰も知るよしは無かった。それだけが、たったそれだけが彼らの幸福だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









5837様、244様、モーリェ様、大理石様、誤字脱字の修正有り難う御座います。

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