鈴木悟分30%増量中   作:官兵衛

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第六章一編 ラナーの暴走と巻き込み事故に遭う蒼薔薇

 

 

 

 

 

運命は、志ある者を導き、志なき者をひきずってゆく

 

                    ルキウス=A=セネカ

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこは明るい部屋であるのに何故か暗さを感じさせる空気があった。

 

 そのナザリックに新設された20坪程の一室では、回転する中華料理屋の様な円卓と、一つの豪華な椅子。そして回転するテーブルの上には大量の羊皮紙の山が積まれており、それを吟味しては整理された棚に分けられる様になっていた。

 その男は円卓の一席に座り、実に嬉しそうな顔をして報告書を読んでいた。

 他人が見れば人懐っこくて幸せすら感じただろうし、違う人が見れば、その笑顔の向こうに何を企んでいるのか?と不審を抱いたかも知れない。

 

 その男……デミウルゴスは幸せに包まれていた。

 

「デミウルゴス卿‥‥‥その報告書には、とても嬉しい事が書かれてある様ですね?」

 軍服を着込んだ埴輪が無表情ながら微笑ましそうに、そう尋ねてくる。

 

「それはもう‥‥素晴らしいですよ! パンドラズアクター! 全てが、モモンガ様の読まれた通りに世界が動いて行くことに喜びと興奮が収まりません」

 この部屋「情報局室」の主であり、造物主を誉められた埴輪‥‥パンドラズ・アクターはテンションを二段階上げて追随する。

 

「まさしく!知謀の王なる我が君は「読まれている」と云うよりも「動かしている」のです!この世界を!デミウルゴス卿!」

 

「まさしくその通りです。モモンガ様の手の上で踊るのは人間達だけではありません。この世界そのものが至高の御方の思いのままです」

 

「その報告書は……ああ、リ・エスティーゼ王国のラナー姫の物ですね」

 

「はい 本当に面白い方ですね。あの方は」

 

「全くです。本当ならその頭脳で人間を纏めてもらいたいものですが……欲望に忠実な方ですね」

パンドラズ・アクターは芝居役者の様に首を左右に振りながら言う。

 

「ええ。先手を打ったつもりでしょうが、残念ながらその先手こそがモモンガ様の狙い通りだとは気づかないでしょう」

 

「はい。彼女が居れば人間は「楽」を出来ましたが、その後の展開の意味が損なわれましたしね」

 

「まあ、その流れも結局は無意味なのですけれどね。大きな潮流の中で藻掻き苦しむ人々が見えるようです」

 

「ふふふ それは最上位悪魔(アーチデヴィル)であるデミウルゴス殿の大好物ですな?」

そう振られたデミウルゴスは眼鏡の奥の宝石をキラリと輝かせて嗤う。

 

「まさしく人間の醍醐味にして愉悦なる佳味で御座います」

 

 

 

 

 

 ・・・‥‥‥‥‥

 

 

 

 『竜王国』

 

 

 面倒くさそうな顔をして「だーるいな」と幼女形態の女王ドラウディロン・オーリウクルスは玉座で足を投げ出した。お世辞にも行儀が良いとは言えない格好で、もはや天敵と言っても差し支えない宰相から羊皮紙を受け取る。ちなみに閣僚の半数からは、このいけ好かない宰相が自分の愛人だと思われていることを女王は知らない。知らない方が良いことは世の中には沢山ある。

 

「はあ? リ・エスティーゼ王国のラナー姫が出奔じゃと?」

 

「はい、その様です」

 

「……いや、これ、そんなに重要な案件か? 美しい姫とは聞いておるが不思議ちゃんだと云う噂もある人物じゃろ? 兵も権力も無い姫が家出したからと云って宰相がワシにわざわざ挙げてくる話なのか?」

 

「……女王様の『愛しのセバス』殿が最後に仰られていた言葉を覚えておられますか?」

 

「い、愛しくねーし!?」

 

「はいはい、そういうの良いですから」

 

「流すな! 女王の言葉を流すなよっ! うわあん!」

 

「セバス殿はこう仰られたのです。これから王国は色々あって『漆黒』の事に構っていられなくなると」

 

「……まさかこの事か?」

 

「王国の第三王女ですからな。しかも国民の人気抜群の『黄金』の姫ですからね。王国では大騒ぎでしょうな」

 

「知ってた……のか?セバス殿は」

 

「もしくは仕掛けた……という可能性もありますが、まあ無関係では無さそうですよね」

 

「……一体何をする気なんじゃろうのう? 『漆黒』、いや『アインズ・ウール・ゴウン』は……」

 

「正直わかりかねます」

 

「ふむ…… で、ラナー姫は何処へ亡命する気なんじゃ? そんなもん受け入れたら、リ・エスティーゼと戦争が起こる可能性もあるぞ。」

 

「まったくです」

 

「それを考えたら敵国であり大国である『法国』か『帝国』か……正義大好きな『聖王国』か『評議国』という可能性もあるな」

 

「いえ、王国です」

 

「は? 王国だと?」

 

「ええ ウチ(竜王国)です」

 

「ブーーーーーーーーッ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 ---数日前---

 

 

 

 

 

 

 草原の中を走る二台の馬車がある。

 若い騎士が馬を操る『ランドー(Landau)』という貴族用のシンプルながら高価な黒い鉄の馬車と、男か女か解らないモノが馬を操る『ヤークト(Jagd)』という中型の木造の馬車に幌を付けて軽量化と積載量を確保した馬車の2台だ。

 

「魔法かなんかで、もう少し速く馬車を走らせられねえのか!?」

 

「黙れガガーラン!もうやっている!」

 

「鬼リーダー、早くキリネイラム使って」

 

「yes 鬼リーダーかイビルアイ、追っ手を攻撃して」

 

「ムチャ言わないでよ!?あれはリ・エスティーゼの兵よ!?戦闘行為に及んだら完全に私たち重罪人だわ」

 

「もう遅い気もするがな!ヘタしたら私達は王女の拉致犯という扱いだからな」

 

「そ、そうなの?」

 

「……少なくとも捕まったら、そう自供しないとラナー姫に罪が及ぶだろうが」

 

「くあーー、そうかぁ……そもそも巻き込まれて手伝ってるだけなのに成り行きで王族誘拐犯かあ……ふふふ、国のお父様が発狂するわね」

 

泣きたくなってきたわ……とラキュースは小声で呟く。

 

「それを回避するためにはちゃんとラナー姫を亡命させて亡命先で声明を出してもらわんとな!「蒼の薔薇」は王女命令で無理矢理言うこと聞かせました。とかな」

 

「まあ ラナーの事だから上手くやってくれるでしょ……多分」

 

「すいません!!みなさん!巻き込んでしまって!」

 

「気にするな少年」

 

「そうリーダーは脇が甘い。でもそこが良いところ」

 

「そうだ!おめぇは良いから馬車を走らせろ!」

 

「はいっ!!」

 

 ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフの馬車を走らせる青年と少年の間という年頃の白銀の鎧の騎士クライムは必死の形相で馬にムチを入れる。

 この少年は何も知らないのであろう。その背後のワゴンに乗せている貴人が何故こんな事をしているか。今その理由を知ったら彼はどんな顔をするのだろうか。

 そもそもの始まりは数週間前のラナーとの会食だった。

 その時、ラナーは突然告白したのだ。「ボウロロープ侯の息子との縁談が進んでいる」と。

 

 ボウロロープ侯は『リ・エスティーゼ王国』の中で最大の勢力を持つ貴族だ。本来、王にとっては味方の中の敵と言って良い貴族派の首魁であり、降嫁などしたい相手では無い。しかし、『魔王ヤルダバオト』の首都襲撃事件は余りにも深い爪痕をランポッサ三世に残すこととなった。これにより大きく貴族派へと傾いた王国の勢力争いは、もう争いと言える状態ではなくなり、ボウロロープ侯はいつでもクーデターを起こすことが可能だと言って良い。そこで苦渋の選択ながら国民的人気のラナー王女をボウロロープ侯へと降嫁するという融和策の犠牲になるというのだ。すでにボウロロープ侯の娘をランポッサ3世の長男に嫁がせており、今度はボウロロープ侯の長男とラナーが婚姻するという強靭な姻戚関係を築く訳である。これでボウロロープ侯が乱を起こすようなら不忠不義の徒としての誹りは免れず人心を失いかねない。王国派としては臍を噛む思いではあるが、その様な流れになったとしても不自然で無かった。

 

 しかし、それを聞かされた友人のラキュースとしては堪ったものでは無い。ラナーはお飾りとして生きるにはもったいないほどの聡明な友人である。そしてラキュース自身が貴族の娘としてのそういう生き方を許せなかったため冒険者として家を出たのだ。

 

 自分の敬愛すべき友人が自分の最も嫌いな事で苦しんでいる。彼女は「仕方ないわよね‥‥」と諦めた様に苦笑した。王女故の立場も憚れる。それは解る。しかし「出来ることは何でもするから!」と彼女の両手を包んで力説した結果……まさかこんな事になるとは……。

 

 ラナーが「最後に自由を楽しみたいの……ラキュース、正式な依頼として冒険者組合に出すので護衛として着いてきてね?」と可愛く微笑んだあの笑顔の奥に、こんなカタストロフィー(破滅的)なモノが隠されていたなんて! 

 ラナーは、城塞都市を巡幸しリ・エスティーゼ王国民の意気を高揚させたいとの申し出を国王に申請して、「蒼の薔薇」+200人の警護兵を連れていくならばと条件付きで承認された。

 エ・ペスペルからエ・ランテル、そしてエ・レエブルと下から反時計周りで始めた巡幸。エ・ペスペルでは市民の歓待を受けて、本当に何もなく終わった。ここを治めるぺスペア侯爵へはランポッサ3世の長女であり、ラナー姫の姉が嫁いでいる。彼ら貴族を集めたパーティでの簡単なスピーチや、教会への表敬慰問など、いつも通りに恙無く終了し2泊3日でエ・ペスペルを出る。次はバハルス帝国への最前線であるエ・ランテルだ。

 ただ、ラキュースは「エ・ランテル」で妙な空気が流れている事に気づいた。

 門から入場し、いつもの様に市民からの歓待があったのだが、女子供が目立ち、成人男性がやや少ない気がしたのだ。どちらかと言うと『黄金』を一目見ようと、男性の方が熱心に声援を挙げてくれるハズなのに?

 ちらほらと建物の窓から見える顔も、やや興ざめした様な冷ややかな表情をしている者も見受けられる。

 

 元々 エ・ランテルは王都から一番遠いところにあり、なおかつ敵国である「バハルス帝国」「スレイン法国」に隣接しているという地勢のため、王国の威光が届きにくい土地柄ではある。しかもカッツェ平野やトブの森など自然との戦いも頻繁にあり、自ら武器を取らねば生きていけない場所だ。それがゆえ、この城塞都市は王の直轄地であり、代官として腕利きのパナソレイ・グルーゼ・デイ・レッテンマイアを市長として送り込んである。それだけこの城塞都市の気風が治めるに難しいことへの現れである。

 なのに例年の行事になりつつある帝国との会戦では、「帝国に近くて兵站の手間が省ける」という理由で、エ・ランテル周辺から多くの兵が徴兵されるのであるから堪ったものでは無い。彼らは自分たちを苦しめる貴族というものへの不満をこの時すでに、ジワリジワリと溜めつつ有ったと云える。

 不穏な空気のエ・ランテルでも2泊3日の予定だ。エ・ランテルにはイビルアイがご執心のアダマンタイト級冒険者チーム『漆黒』のモモンが居る。ラキュースとしてもヤルダバオトのことなど聞きたいことは山ほどあったが、依頼中で出かけており会えなかった。

 

 エ・ペスペルと違ったのは2日目の晩餐会での出来事だった。その日、参加者の貴族の中で幼なじみで初恋同士で結婚したという羨ましい若い貴族の夫婦と馴れ初めなどを聞き及んだ後、静かに涙を流し「わたくしも本当に好きな人と結ばれたかった‥‥‥」とさめざめと泣いたのである。そして訝しげに心配する人々の前で政略結婚でボウロロープ侯の息子と結婚するという話をしたのだ。ラナーは非常に同情を買うことに成る。ボウロロープ侯の息子が愚鈍であり、見た目も麗しくなかったために「酷い!」「あんまりだ!」という声で会場は一杯に成った。

 また、この事実は本来なら参加出来ない地位なのに何故か招待状が送られて参加した「おしゃべり」で「下世話」な事で有名な人達によって、瞬く間に貴族内だけでなく、街中に知れ渡ることに成る。

 そして、3日目の昼にエ・ランテルを出発する時に事件は起こった。初めは護衛の騎兵の馬が尽く体調不良だったことから始まった。

 なぜか異常に興奮して人を乗せない馬、ぐったりしてフラフラの馬、眠ったまま起きない馬など、明らかに何者かに依る飼葉への薬物の混入が原因と見られた。そしてラナーは何故か現れない本来の御者の代わりにクライムを御者として馬車に乗り、「蒼の薔薇に護衛してもらうから大丈夫です。次の予定もありますし我々だけでも出立致します。」と、とっとと出発をしてしまったのである。ちなみにラナーの馬車の本来の御者は泥酔によるものか宿泊部屋で変死していたことが後に判明する。

 

 もちろん護衛隊がラナーの勝手を許す訳は無く、何とか動ける馬と、エ・ランテルで急いで購入した馬で30人以上がラナーの馬車を追いかけた。

 そしてその頃、ラナーはクライムに『竜王国』への道を指示し、ラキュースに『どうしても好きでもない人の元にお嫁に行きたくありません。『死』も考えましたが、クライムと共に亡命します。』と云った内容の手紙を帯同する『蒼の薔薇』の馬車へ投げ入れて走り出したのである。

 

 驚いたのは『蒼の薔薇』の面々である。必死に馬車に追いすがりながら王族の亡命は重罪であること。特に幇助罪は重く、クライムが死刑になること。ここで見逃せば自分たち『蒼の薔薇』も重罪人に成ることなどを、馬車の中のラナー姫に向かって叫ぶが窓口から見えるラナーは悲しそうに微笑むばかりで、応答してくれなかった。仕方なく馬車を操るクライムに止めるように訴えるが「私はラナー様の仰る通りに全力を尽すだけです」と悲壮な顔で叫ぶ。思えば食事会でラナーの婚姻話が出た時からクライムは少しおかしかった。思いつめたような顔をしている事が多くなり、いつもの鍛錬も身が入っていなかった。ここへ来ての無謀にも思えるラナーの行動はむしろ、自暴自棄になりゆくクライムにとっては『ラナーと命運を共にする』チャンスであり、覚悟であり、一縷の望みであった事は確かであると言える。

 

 そんな2人に護衛隊隊長が追いつき「小僧!止めろ!馬車を停めぬか!」と声高に叫び、そして「貴様!?反乱のつもりか!姫を何処へ連れて行くのだ!」と剣を抜いてクライムに斬りかかろうとした瞬間、護衛隊隊長の横っ面にガガーランの投げつけたトランクケースが当たり、隊長は吹っ飛んで大地を転がることに成る。

 もちろんこれは可愛い弟子であり自分が狙っている童貞(獲物)の持ち主の少年を助ける行動ではあるが、この「ラナー姫誘拐事件」を助ける行為にもなり、自然と「蒼の薔薇がラナー姫の従者とグルになり姫様を攫ったぞ!?捕まえろ!急げ!これは誘拐だ!」という叫び声が大地に転がる隊長から発せられる事になり、冒頭へと至る訳である。

 

 

 

 

 

 

 







代理石様、おとり先生、244様 ゆっくりしていきやがれ様、デンスケ様 いつも本当にすみません 助かっております。誤字脱字の修正有難うございます。

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