この第六階層には広大な土地と、ある巨大建造物がある。
それは円形闘技場〈コロッセウム〉。
188メートル×156メートルの楕円形であり、高さは48メートルだ。ローマ帝政期に造られたそのものである。無数の客席に座った、無数のゴーレムに動く気配は無い。
あらゆる箇所に「コンティニュアル・ライト」の魔法が掛けてあり、白い光を周囲に放っていた。ちょうど野球のナイターの様に真昼のごとく闘技場内が見渡せる。
ちなみに正確に云うと「円形劇場アンフィテアトルム」という名前が付けられている。
そしてこの第六階層を守るのは双子のダークエルフの姉弟だ。
ぶくぶく茶釜さんによって作られたアウラとマーレは非常に可愛い姉弟で、男の子の格好をしているのが姉のアウラでテイマー。女の子の格好をしているのが弟のマーレでドルイドだったかな? ぶくぶく茶釜さん、やまいこさん、餡ころもっちもちさんの三人娘?が良くこの第六階層にある大木の中に作られた部屋でお茶会を開いていたため、御呼ばれすることもあったモモンガにとっても、実は来慣れた階層であり、そのお茶会などで着せ替え人形にされていたダークエルフの姉弟との面識もかなりの回数を数えることを考えると、友好的に話が進みやすいのでは無いか?との考えもあって第六階層を最初の攻略ステージに選んだと云える。
第六階層のゲートを潜り、コロッセウムに向かって歩いていると隣から「くふふ デートみたいですわね」と云う独り言にしては大きい声が隣のサキュバスから聞こえて来たが、聞こえないフリをしながらコロッセウムに入った。
そこには重厚な質感に伴った壁と床が有り、仄かに香る石と土の匂いから伝わる情報は、間違いなくこの世界が実在しているということをモモンガに再認識させていく。
通路を抜けコロッセウムの闘技場広場へと辿り着く。
(あれ? 2人は何処に配置されているんだったっけ?)
そんなふうにNPCの位置を思い起こそうとしていると、突然、空からくるくると宙返りをしながら目の前に褐色の少女が着地する。
モモンガは、ビクゥッとなりながら、それがダークエルフのアウラであることを確認して、アンデッドでありながら少なめではあるが動揺を繰り返す自分の体に疑念を抱く。
「いらっしゃいませモモンガ様ーー!!」と快活に挨拶をしたあと「げっ アルベド……」と小声で呟くと サッと傅(かしず)いて俯きになり、真剣な表情と声で
「ようこそモモンガ様 第六階層へ 第六階層守護者アウラ・ベラ・フィオーラと」
とてとてとてとマーレが可愛く走ってきて滑り込みで跪(ひざまず)き
「マ、マーレ・ベロ・フィオーレ、お、御身の前に!」と臣下の礼を取った。
良かった……2人とも恭順の姿勢を取ってくれている。NPC達は今はもう会えない仲間達の子供のような物であり、決して戦ったり傷つけたりしたくないのが本音だ。
「うむ 2人とも元気そうで何よりだ」
アルベドやセバスの時はあまりの出来事に遭遇したせいで思考停止してしまい、余裕がなかったが、『ユグドラシル』で何度も会っていた双子の息づきや声の生々しさに驚きと感動を味わうモモンガは、ホンノリと輝いて少し落ち着きを取り戻すことが出来た。
「ええ 2人とも元気そうで何よりです。ただ、今モモンガ様はギルド武器であるスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを手にナザリックの支配者として御身をお運びになられたの。臣下としての礼儀は弁えないとね?」と優しくアルベドが子供達を諭す。その姿は慈愛の女神にすら見える。
「「はい!」」
「いくら普段、モモンガ様に良くしてもらっているからって、ハメの外しすぎは駄目よ?」
ええっ オマエがそれを言うの!?
と思わず高速で頭をブン回してアルベドを凝視すると「なにか?」と言わんばかりに首を傾けながら女神の微笑みで返される。
わあ 怖い……あっ 一瞬、体が緑色に光った。
部下の笑顔が怖くて精神作用無効化が発動する支配者……か、なんか泣けてきた。
「さて 2人に聞きたいのだが、最近変わったことは無かったか?」とモモンガは気を取り直して双子に問いかけてみる。
「何もなさ過ぎて、このごろ暇でしょうがないんですよね~。侵入者でも久々に来てくれても良いのに」
とアウラがつまらなそうに答えた。
「ふむ、そうか……ところで、ここで色々と魔法やスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの試験運転をしたいのだが、構わないか?」
「構わないも何も! このナザリックの全てはモモンガ様の物ですよ? どうぞどうぞ」
「そ、そうです。どうぞ何でも仰って下さいモモンガ様」
と双子にすんなりと許可をもらう。間違いなく2人ともギルドマスターである自分に忠誠を誓ってくれているようだ。
「よし ではアチラを借りるぞ」とモモンガは双子に言い放つと50メートルほど離れてコロッセウムの中央に向かって立つ、さてユグドラシルと違ってアイコンは無い。魔法はどうやって発動させるのかな?と考える。すると使える魔法、効果範囲、威力、発動の掛け声などが頭の中に自動的に浮かんでくる。
なるほど……便利なシステムだ。
「魔法を試すので何か的になる物を置いてくれないか?」と遠くにいる双子に告げると、「は、はい!ただちに!」という声と共にマーレの従属モンスターであるドラゴンキンが、のっしのっしと大きな藁人形を抱えてコロシアムの真ん中に「どすん」と置いた。
ふう……ではまず初歩魔法から……遠くにある藁人形を見ると「ググググッ」と何か
「力」の様なモノが自分の体を駆けめぐり、藁人形をロックオンした感覚が芽生えた。
スーっと意味もなく息を吸い込んで「ファイヤーボール!」と叫ぶと自分の魔術力の高さ故か予想外に50㎝以上の大きな火の玉が指先から射出され藁人形にぶつかると大爆発を起こし炎上した。一軒家くらいなら一撃で爆発崩壊させられそうな威力に少したじろぐ。
攻撃魔法は問題ないようだ。次は得意な召還魔法をスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの力で試してみよう。
スタッフに集中し、《サモン・プライマル・ファイヤーエレメンタル/根源の火精霊召喚》を発動させると、巨大な光球が生まれ炎の渦が巻き起こり高さ15メートルもの炎で出来た半身の巨人が現れた。
プライマル・ファイヤーエレメンタルはレベル80の強さを誇り、召還モンスターの中では上位レベルだ。
凄まじい熱波が広がる。そばに居るだけでチリチリと肌(骨)が焼けるようだ。
よく考えたらコイツ火属性で俺の天敵じゃないか!
自分で召喚したんだけど、ちょっと怖いな……デカイし熱いし、もう消すか?
ふと遠くに居るアウラを、見ると「わあーー!すっごおーーい!!」と叫んで目をキラキラさせてはしゃいでいる。テイマーとしては魔物に対して興味が湧くのかも知れない。ふふふ 可愛いなあ
そうだ 先程「暇だ」と言っていたな--
「アルベド。アウラが体がなまっているみたいだし、このエレメンタルと闘わせてやろうと思うのだがどうだ?」と傍に居た守護者統括に聞いてみる。
「よろしいかと。あの子も喜ぶと思います」
「うむ」
「では……アウラ、マーレ。 プライマル・ファイヤー・エレメンタルを倒していいわよ。モモンガ様の御前であらせられるのだから無様な真似はダメよ?」
と子供に優しく諭す母の様に指示を出す。 ええ…オマエ誰だ…。
「え! 良いのお!? やったあー!」
「さて、アルベドよ。では私が2人の戦いを見守っている間に第七階層に行き、第七階層守護者のデミウルゴスを連れてきてくれないか?」
「はい……コキュートスとシャルティアは、よろしいのですか?」
「うむ……そうだな……ではコキュートスも呼んできてくれて良い。デミウルゴスと時間をずらして到着する様に調節してくれ。シャルティアは後にしよう」
「かしこまりました。では失礼致します」と一礼したアルベドがコロッセウムから出て行く。
デミウルゴスは階層守護者の中では弱い部類に入るので突然襲われたとしても何とかなるだろう。コキュートスも撤退を前提にした戦いをすれば危険はまず無い。しかしシャルティアはダメだ。
シャルティアを創造したペロロンチーノさん自身がガチビルドだった流れを汲んで、シャルティアもガチビルドで守護者最強の能力を誇る。しかもオーバーロードであるモモンガと、聖魔法も使い前衛であるシャルティアとの相性は最悪だ。それ故シャルティアばかりは、私に対する感情がハッキリしない限りは、他の守護者に守られた状態で、謁見をした方が良いだろう。
ふふ…友人と言って良いペロさんの娘を疑い、恐れるとは…何とも情けない支配者じゃないか……。
「さあ行くよ!マーレ!」とアウラが楽しそうに弟に声を掛けるとマーレは「ひいぃ」と云う顔を隠しもせず「ボク…用事を思い出し……」と言って逃げようとした。その瞬間に強引な姉にキャプチュードされてコロッセウムの中央へと引っ張られていく。 うん ぶくぶく茶釜さんとペロロンチーノさんの姉弟そのままの関係だなあ……そう思うと感慨深い。しかし茶釜さんはアウラとマーレを理想の妹&弟として創造したんだったよなあ。そう考えると女の子でも無く、男の娘でもないペロさんは2人のエルフを見てどんな気持ちだったのだろう……あの人、なに気に「お姉ちゃん子」だったしな。本人は頑なに否定していたけど。
まあ むしろ、弟の性癖と趣味の総決算である「変態ロリ吸血鬼」を見せつけられた姉の茶釜さんの方がメンタル的には修羅場だった気もするが。
そんな風に自分とも仲が良かった茶釜&ペロ姉弟に思いを馳せていると、すでに大勢は決しつつあった。
戦いは終始ダークエルフの姉弟が圧倒している。
アウラは守護者の中では個人の戦闘力が高いわけではないが、軽やかなステップでエレメンタルの攻撃をかわしながら有効打を与え続け、マーレは敵の足の食い止めや、アウラのピンチでの補助魔法など完璧なチームワークを見せる。……もしこの世界でもプレイヤー同士のPvPが行われていたら仲間の居ない今の俺では何の連携プレーも出来ずに殺されてしまうだろう……殺される……死、か。
その場合もユグドラシルと一緒で蘇生出来るのならば良いのだが、こればかりは自分で試して見るわけにも行かないからなあ。
さて、戦いは終了した。マーレの魔法でエレメンタルの炎ダメージを無効化したり、アウラを回復させながら戦った結果、アウラはほぼ無傷で勝利した。
エレメンタルの炎攻撃による熱さのためか汗だくになったアウラと後方支援のため遠くに居たマーレが、とてとてとモモンガのもとに走り寄ってくる。
うむ、やはり2人とも可愛いな。 現実世界において特に子供が好きという訳でもなかったが、こんな姉弟なら欲しいものだ。
「「ええっ そんな~ カワイイとか欲しいとか照れちゃいますよう~」」とハモった姉弟が顔を真赤にしながら頬に手を当てて、羞恥に身をくねらせる。
……しまった。また声に出していた様だ。
長い独りぼっちでのユグドラシル生活で身についた癖がなかなかとれてくれない。
羞恥に身をくねらせたいのは、むしろ俺の方だ……。
恥ずかしさを隠すかのようにアイテムボックスに手を伸ばすとマジックアイテム「ピッチャー・オブ・エンドレス・ウォーター」という、いくら注いでも水が無くならない水差しを取り出す。ついでにグラスも。あと当たり前のようにアイテムボックスが使えた事にモモンガは、ちょっと驚く。
そして火の精霊と前衛として戦った結果、汗まみれのアウラにグラスを差し出して冷たい水を注ぐ。
「アウラ。熱かったろう、飲みなさい」
「え? そんな悪いです、モモンガ様に……」
申し訳無さそうに手を顔の前で振るアウラに、モモンガは苦笑を浮かべてグラスを押し付ける。
「気にするな。いつも頑張ってくれているオマエへのささやかな感謝の表れだ」
「ふわー」
照れたように顔を赤らめるアウラは恥ずかしそうに「ありがとうございます、モモンガ様」と小声で言うと一気にグラスの水を飲み干した。
「マーレもどうだ?」と大人しく後ろに立っていたマーレにも声をかける。
「い、いえボクは後衛で熱くなかったですし、だ、大丈夫です!」と恐れ多いと言わんばかりに両手で押しとどめられてしまった。好意を素直に受け入れて無邪気に喜ぶアウラも、照れて恐縮し、もじもじするマーレもどちらとも可愛い。やるなあ茶釜さん。「えへっ」という茶釜さんの仕事用の声(ロリボイス)が脳裏に浮かんだ。
アウラが飲み干したので、グラスとピッチャーをそのままアイテムボックスに戻す。
「……モモンガ様ってもっと怖いのかと思ってました」
「ボ、ボクもです」と双子に言われる。
「そうか? そっちの方が良いならそうするが……」
「え? 今のほうが良いです! 絶対いいです!」
「なら、このままだな」
ハハハハハ、とモモンガは笑う。こんな風に笑ったのは久しぶりかも知れない。アインズ・ウール・ゴウンの長として、支配者として振る舞いNPC達に見限られないように、裏切られないようにと思っていたのに……やはり子供は偉大だな。子持ちである「たっちさん」も良くそんなことを言っていたが、ようやくモモンガにも理解できた気がする。
「も、もしかして私にだけ優しいとかー」
ぼそぼそとカワイイことを呟くアウラに何と返して良いのかわからず、モモンガはアウラの頭を「コイツめー」と言わんばかりに、わしゃわしゃと撫でる。
「えへへへ」
子犬の様な雰囲気を撒き散らすアウラに癒されながら撫で続けていると、突如背後ろから バッサバッサと羽の荒ぶる音がして周囲に黒い羽根が散乱する。
周辺の温度が少し下がった気がする。アンデッドによる状態無効化が働いていない気もする。怖い。奴が、奴が帰ってきている。
背後から強烈なプレッシャーが……いや! 背後からだけじゃない! と思って正体不明(アルベド以外)のプレッシャーを発している方向を見ると、いつの間にかアウラの隣にマーレが瞬間移動して頭を出していた。……おかしい ちゃんと時間停止対策はしていたハズだが……。
まあ マーレも頑張ったしな…… まったく仕方のないやつだ。やはり子供だから頭を撫でられたいのかな?と思いマーレの顔を見ると、虚ろな表情でモモンガを見ている。その暗く深淵な瞳の奥に一体どんな感情が沈んでいるのだろうか……気づいた時にはマーレの頭を優しく撫でている自分が居た。決してナニかに負けた訳じゃない。そう自分に言い聞かせながら。
撫でられているマーレは子供とは思えないほどの恍惚とした表情を浮かべていた。
しばらくマーレを撫でていると にゅっ と、再び隣に頭が差し出される。
ふふ まったく仕方のない子どもたちだ。まあ 減るものでもなし……と差し出された隣の頭を撫で……違う! これアルベドだ! ツノ生えてる!
「えい」 てしっ と脳天にチョップを落とす 「うきゅ」 とアルベドはミッフィーのような
「ひどい! モモンガ様ひどい!」
「うるさい!」
「あー 痛いです。モモンガ様に叩かれたところ痛いです。これは粘膜同士の接触などで直接魔力を送り込んでもらわないと治らないかもです」
いや オマエ、超防御特化型NPCだろ ダメージ1も食らってないだろ。むしろ、こちらの手にダメージ判定が出た気がするんだが。 いえ別に「なんて堅い石頭なんだ このアマ」だなんて思ってませんよ?
「はいはい」 あと子ども達の前で粘膜とか言うな。
「流したー! モモンガ様流したー!」と拗ねるアルベド 双子への対抗意識だろうか、駄々っ子の様にムキになっている。
「……あのさあ アルベド」と突然ジト目のアウラが間に入ってくる
「? なあに アウラ?」
「「モモンガ様に良くしてもらっているからって、ハメの外しすぎは駄目よ?」って言ったの誰だった?」
むう という顔をしたアルベドが、こちらを向くと しゅんとして「申し訳ありませんモモンガ様」と頭を下げる。
「いや 謝ってもらう程のことではないアルベドよ。お前たちと、こういう風に戯れ合うのは決して不快ではないのだ」
「そうなの……ですか?」
「ああ 本当だとも」
本当に本当だとも。得体の知れない状況の中で、自分にすら恐怖と不安を抱くこの世界の中で、私と共に、みんなに置いていかれてしまった守護者達が、今 あの時の41人の様に私に寄り添い笑っていてくれているのだ。
ああ 彼らは素晴らしい置き土産をしていてくれたのだな……。それに気づいていない俺はなんという愚か者だったのだろう。俺は名前だけ残されたメンバー達をも含めて、大切な思い出ごと捨てられた様に感じて、ただ寂しくてイジケてヤサグレていただけの日々だった。タブラさんが残したアルベドだって、終了間際にしか設定を覗いてなかったし、ただただ皆の帰りだけを待ち侘びている毎日だった。でもそうじゃなかった。それだけじゃなかった。この世界で初めて気づくことが出来た事が多すぎて人として一皮も二皮も
ゆっくりしていきやがれ様、kubiwatuki様、誤字脱字修正有り難う御座います