首都「リ・エスティーゼ」の広場に建つ高台の上でブロンドに緑の目をした美しい女性が、広場に集まる民衆への熱い選挙演説を終えた。
最後を「私、ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラはココに宣誓する! 亡き『漆黒の英雄』モモン氏の遺志を継ぎ、リ・エスティーゼに自由と平和な国を作ることを!」と締めくくった。
大聴衆による声援に応えながら壇上から降りるラキュースに民衆は盛大な拍手を送る。すでに大統領選の立候補は締め切られ、現在の28人の立候補者から大統領は選ばれる。「誰でも大統領になれる」という触れ込みで始めたため、供託金(選挙管理委員会に預ける保証金)の額を低めに見積もったせいか、勘違いした貴族や商人が多数登録したためだ。しかし平民としては貴族には入れたくないし、顔も知らない商人に入れるわけもない。結果として有名であり、ルックスも良く、戯曲にもなった「黒き英雄と暗き魔王の黄金の鎮魂歌(レクイエム)」の「第十二編」にて苦悩の中で愛するモモン(という風に広まっていた)をヤルダバオトと共に消滅させた悲劇のヒロイン・ラキュースの人気は凄まじく、ほぼ独走での当選が噂されていた。
彼女は控室に戻るとソファに体を投げ出すよう倒れ込むとグッタリとする。
「もー いやあああー」
「お疲れ 鬼リーダー」
「うむ お疲れ様だな。ラキュース」
「なんで貴族とか特権階級とか権力者がイヤで家を出たワタシがこんなことしてるのおおー?!」
「泣くな 鬼ボス」
「オマエが家出した理由は『ワタシはこんな狭い世界で収まる器では無いわ!広い世界でこそワタシは輝くの!』だっただろーが」
「何で覚えてるのよ?!何で覚えてるのよ?!」
「なんで2回言ったんだ……深酒するたびにニヤニヤしながら繰り返し言ってたじゃないか……」
「わあ……痛リーダー」
「痛ボス……私たちも何度も聞いたよ?」
「よし 殴るわ」
そうラキュースが宣言して立ち上がった瞬間、控室のドアが「コンコン」とノックされる。
「ガガーラン……は居ないのよね」
「……良い奴だった」
「腐ったから……」とティアとティナが哀しげに顔を伏せる。
「いや 死んでないからな……」とイビルアイが呆れ顔で突っ込む。
ガガーランは今回のヤルダバオト討伐戦で死んで蘇生されてドレインしたレベルを取り返すために武者修行と称する冒険者稼業と童貞狩りに出かけた。恐らくどこかの若いパーティに加えてもらって狩りを楽しんでいるはずだ。放し飼いにしたラキュースの罪は重い。
ティナが暗器を隠し持って立ち上がりドアに近づく。ドアの向こうの気配を確かめるために探知スキルを発動するも不思議な事にいつもなら感じられる呼吸音や心拍の音も感じない。怪しすぎる。
ティナは振り返りティアとイビルアイに目配せをした。
ティアは音もなくドアに這い寄ると暗器を片手にドアからの死角に体を潜める。
イビルアイも仮面を付けて無詠唱で放てるエレメンタルマジックの印を切る。
もう一度 「コンコン」とドアをノックする音が聞こえた。
ティナが声だけはノーテンキな感じで「はーい」と言ってドアを一気に開ける。
「は?」
「え?」
「なっ?!」
「ええーーーー?!」
「あの すみません……」
そこには何故か恥ずかし気で申し訳無さそうな『漆黒の英雄』が佇んでいた。
「ももんさまあ!」
とイビルアイがモモンの首に飛びついてクルクルと首を軸に回転する。
解りやすく言うとルチャ コルバタ(ヘッド・シザース・ホイップ)を仕掛けている。全く解りやすく無かった。
「モモンさん! 生きておられたのですね!」
ラキュースは回転するイビルアイを「はっ!」と避けながらモモンの腰回りに抱きつく。
「なぜ連絡してくれなかったんですか?!」
「そうだぞ! どれだけ眠れない夜を過ごしたと思っているのだ…ももんさまのばかばかぁ」
「イビルアイは好きな人の前だと甘えるタイプだった……」
「友情より恋愛を優先するタイプ……」
「おい 黙れ。変態シスターズ」
「みんな心配したんですよ!」とラキュースが泣きながら怒る。
「ハ、ハハハハ あの時『この体はもう持たない』と言ったではないか。修復に時間が掛かってしまったが、私の魂は死んでおらぬ」
「本当にももんさまなのだな!」
「う、む……いや、しかし あのモモンはもう死んだ! 君たちと共に恥ずか…激しい戦いをしたモモンはもう死んだと思ってくれないか? いや 思うべきだ! なっ? なっ! お願いします。ここに居るのは別の人なんです。許して下さい。」
「なんと謙虚な……奥ゆかしいところも素敵です」
「全くだ。あの激闘。あの格好いい台詞……一字一句覚えているぞ」
「ええ 過去の歴史でもあれほどの素晴らしい英雄は居ないわね」
2人はウットリとして乙女の瞳になる。
「……モモン氏 泣いてる?」
「……それに、ほんのり輝いてる?」
モモンガは自分に心臓が在ったなら《グラスプ・ハート/心臓掌握》を使いたい気分だった。残念ながら死ぬことも出来ないとは……アンデッドの体は不便だ……と八つ当たり気味に嘆いた。
「あーーっ! モモンさん! 私、大統領選に立候補してしまったじゃないですか?! もう少し早く帰ってきたらモモンさんに出ていただいたのに!」
「いや だから私は人で無い身だから……」
「それに、今の演説でも『今は亡き』って言ってしまったじゃないですか?!」
「はい……良い演説でした」
「まさか……私が選挙登録し終えて、立候補者が締め切られたから帰ってきたんじゃないでしょうね?」
モモンは静かに顔を背けた。
「ヒドイ?!」
「……君にはラナーという良い友人と相談相手が居る。きっと素晴らしい「戦う大統領」となってこの国を導けるハズだ」
「何と戦ってんですかねえ……」
ラキュースがやさぐれた様に半眼でモモンをジト見する。
「……はい すみません」
「モモンさん…知っていますか? 世間では私とモモンさんが恋仲だったと云う事になっております」
椅子に座ったモモンの膝の上で猫の様に乗っていたイビルアイから「チッ」という舌打ちが聞こえた。
「さっき知った……です」
「あんな大英雄の恋人だったなんて凄いですね! と多くの殿方が尻込みしながら逃げていくんですよね……結婚適齢期なのに適齢期の殿方に会った瞬間に自動的に振られ続けるって、どんな罰ゲームですか……」
「すみません……」
「これじゃあ私、いつまで経っても無垢なる白雪(ヴァージン・スノー)を着続けられるじゃないですか……」
無垢なる白雪(ヴァージン・スノー)は乙女、つまり処女でなければ着られない白銀の鎧である。今のラキュースには呪いの鎧にすら見えつつあった。
「その……貞節を守れる淑女というのは女性の魅力の一つでは無いだろうか?」
「へえー ……責任取って下さいよ」
「え?」
「わ、わたしをお嫁さんに……」
「ふぁ?!」
「……ちょっと待てラキュース」
「ちびっ子はお黙りなさいな」
「よし オマエは今 私にケンカを売った!」
フシャー!と毛を逆立てながらイビルアイが立ち上がる。
「あわわ や、やめるんだ!二人とも」
「ラキュースよ!すまないがモモンさまは私がすでに予約済だ!」
えっ?! とモモンがイビルアイを見る。
「すでに永久の愛を誓ってあるのだ。ずっと一緒だとな!」
一瞬の静寂が辺りを包む
その後の「ええーー!?」という全員の大絶叫で、一番大きな声をあげていたのはモモンだった。
また、護衛として着いて来ていた透明化したエイトエッジアサシンは「今日のモモンガ様、良くお光になられる……ありがたや」と何故か拝んでいた。
その後、街を散策し話しかけてくる民衆に「人違いです」「モモン様の影響で黒い鎧が流行っているだけです」の一手で乗り切って街を見学する。人々の明るい笑顔。賑やかな喧騒。そして選挙の様子を観察し、満足そうに頷いてモモンガは街を出た。
その光景をミラーで見守る二人の男がいる
デミウルゴスは策が完全に成功しつつあること、そして酔いしれ踊り続ける人間の姿にこの上もない幸せな笑みを浮かべていた。
しかし、ふと妙な違和感に捕らわれる。 これは、そもそも喜んでいい物語のはずだ。 結果は主人が望んだものであり、自分自身が望んだものであり、ナザリックが望んだものだ。
しかし この違和感はなんだ?
笑みを口元に浮かべながらデミウルゴスは沈思黙考する。結果は誰もが望んだもの。過程はパンドラズアクターが提言した効率も良く面白味のあるルートを選んだもの。 ではなんだ……この違和感は?
デミウルゴスは閉じていた瞳をゆっくりと開ける。
そうでしたか……
そう 心のなかで呟くと ゆっくりと隣の男の顔を見た。
ミラーを見守るもうひとりの男 パンドラズ・アクターはただ黙ってその光景を見ていた。
歓喜に湧く人々。 いまだ偽物の「民主主義」という言葉に酔う民衆。
そして 創造主と創造物という切っても切れない関係だからこそ伝わってくる 主人の「ホッ」としたような安堵感と達成感。
……危ない橋を渡ってしまいましたな。
そうパンドラズ・アクターは反省する。
主人は我々に成長を求めたようにこの世界の人間にも成長を求めた。それ故の民主主義でありましょう
優秀な狼に付き従うだけの子羊ではなく、自らの意思と力で歩き始める人間達に期待している……いや、したがっているのです。御自身の本質にアンデッドになりきれない部分があるが故に人間の可能性に期待しておられるのだ。
悪魔であるデミウルゴス殿は自己決定による民主主義という今の人間には早過ぎる玩具を、どう持て余し壊していくのかに期待しているからこそ『三国でバランスを取ることによる安定を』という最後の政権に民主主義を持ってきた。人間の堕落と醜悪な精神こそが彼の好物だからだ。 しかしながら慈悲深き我が君はそうではない。
過程や結果が一致していたとしても交わりきれない思惑が、想いがそこにはある。
かといってデミウルゴス殿に「主人はこう考えているのだから考えを正せ」というのは悪魔としてのデミウルゴス殿を否定するのと同じであり、またデミウルゴスが自分を押し殺して仕え続ける事を主人も望まぬであろう。あの方はそういうお方です。むしろ自分自身が中途半端な存在であるが故に部下を苦しめている事を思い悩まれるでしょう。
主人が望まぬという事はデミウルゴスは大きな矛盾と歪みを抱えたままでナザリックで過ごさねばならなくなる。 そしてそんな不幸な環境に自らの在り方が追いやった事を主人は許せぬだろう。
それでは今の素晴らしい主人が、いつか変わってしまうかも知れない。
パンドラズ・アクターは今のモモンガを心底、敬愛していた。
創りだしてくれて。
宝物庫から救い出してくれて。
至高の御方のために沢山の仕事を与えて下さり働かせてくれた。
気軽に接してくれた。信頼してくれた。
そして子供としての特権……愚痴ってくだされた。
モモンガのためなら全てを敵にしても恐れることは無い。しかしモモンガが望んでいるのは守護者の幸せであり、無意識に残るリアルの世界の住人の残滓が安らぎを得るための偽善かも知れない人間への慈悲とも言える行為である。
それはナザリックの王としての矛盾であり、また守護者、特に人間の不幸こそが愉悦であるデミウルゴス殿との決定的な違い。
だからこそ 今回は敢えて、強引ではあるが「効率がいいフリ」をして、ここに主人の思いを具現化したのだ。
私以上に賢いデミウルゴス殿なら、その真意に気づいてくれるはずで御座いましょう。
デミウルゴスがゆっくりと隣の埴輪顔を見る。
「どうも……今回はお気遣い頂いたようですね」
「いえ それほどでも」
「やはり、深謀がお有りになられたのですね」
「いえ デミウルゴス殿の智謀に甘えてしまいました」
「私とモモンガ様の間を回り道をしながら結んでくれたのですね」
「……」
「しかし、私の趣味嗜好とかそんなものは至高の御方のお考えに比べ……」
「デミウルゴス殿」
「なんでしょう?」
「実は回りくどい言い方は好きでは無いのです」
「ええ!?」
嘘っ!?と云う驚きにデミウルゴスが宝石の目を落としかける。
「この会話の4歩先の返事をさせて頂きます。 ……それでも、デミウルゴス卿がデミウルゴス卿であることを誰よりもモモンガ様が望んでおられます」
「……」
「……」
「……」
「Gut! その沈黙こォそォお!アナタの答えと致します。これからァもよろしくお願い致します。ナザリック防衛指揮官殿」
そういつも通りの口調で告げるとパンドラズ・アクターは大仰に手を胸に当てて深く頭を下げる。
「あなたのそういう部分などは実に…実にモモンガ様に似ておられます」
そう言うとデミウルゴスもパンドラズアクターに倣って胸に手を当てて深く礼をする。
「……最高の褒め言葉で御座います」
埴輪の顔に変化はないが、今、まさしくパンドラズ・アクターが眩しく笑っている顔がデミウルゴスには見えた。
おまけ
「モモンさん」
「なにかなラキュース?」
「いつもの『殿』付きよりも、呼び捨てのほうが距離が近い感じで良いです!」
「え…あ はい」
「ガゼフ殿がモモンさんに会いたいと言っておられましたよ?」
「ほう?なにかな?」
「あの ゴッドフィンガーという技を伝授して欲しいと」
「わ、わかった……訪ねるとしよう」
よし パンドラズアクターを行かそう!
……というかそもそもアイツが原因じゃないか?!アイツ、間接的にまでオレの心を削って来るとは……パンドラズ・アクター……恐ろしい子!?
おとり先生、代理石様 まりも7007様、いつも誤字脱字の修正を有り難う御座います