竜王国女王ドラウディロン・オーリウクルスは闊歩する。
最近、あまり国内で問題が起きないためセバスを呼び出す口実が無くなったため、「アインズ・ウール・ゴウンの拠点の見学に行きたい」と宰相に駄々をこねた。宰相は「幼児形態に引っ張られているのか、最近中身まで幼児っぽくなっている気がする……」と頭を抱えた。しかしまあそんな無茶なお願いが通る訳ないだろうと、一応、アインズ・ウール・ゴウンに要請をした結果「女王陛下のご来訪光栄に御座います。ただし現時点では警備上の問題もあるので、拠点の正確な位置は機密であるためこちらからゲートで迎えに参ります。洞窟を利用して作った拠点ですので、そこまでは大きくはないため、多人数は御遠慮下さい」との返事をもらった。……まさかOKをもらえるとは思っていなかった宰相はウキウキとする女王の姿に溜め息をついた。
そして ドラウディロンは2ndナザリックの大理石で出来た通路を闊歩する。
「……長くないか」
「……長いですね」
「……だるいんじゃが」
「……二人とも体力無さ過ぎじゃないですかね」
先頭を歩く黒髪にメイド服の美女が冷たい目をして「もう少しです」と告げる。
ドラウディロンはナーベラル・ガンマに案内され、宰相とグラボウスキ将軍を引き連れて歩き続ける。マーレとアウラが創りだし、改築を続けて、すでに数年が経っており『2ndナザリック』は巨大さと豪華さが増していた。
初め、ここを訪れる際に宰相は腕利きのワーカーである『豪炎紅蓮』に護衛を依頼しようとしたが、将軍に「金の無駄です」と蹴られた。
確かにセバスたちが女王を害そうと考えるならチャンスはいくらでもあったし、また防ぐ手立てもないのだ。
ギルド:アインズ・ウール・ゴウン共栄圏は確実に広まりを見せており、すでにこの世界の1/3に達しようとしていた。自分たち「竜王国」はアインズ・ウール・ゴウンの一番目の盟約国であるためか、妙に優遇されている。
穀物は優先的に格安で売ってくれるし、彼らが竜王国で得た利益の10%は竜王国へ税として収めてくれる。実を言うと「思いやり予算」として支払う国家総収入の3%よりも、この関税でアインズ・ウール・ゴウンから支払われる金額の方が多いという、何がなんだか分からない年もあった。
それで儲けてしまった金額で、せめてアインズ・ウール・ゴウンに仕事を頼むと、ゴーレムなどを使って採掘場の坑道などを一気に素早く安く安全に作ってくれるなど、至れり尽くせり。病気が流行ったときもポーションを安く譲ってくれたり、正直アインズ・ウール・ゴウンへの依存度は毎年高まるばかりである。しかも国民は明らかに平穏であり飢えずに豊かな暮らしを享受しており、宰相が拗ねたように「毒食らわば皿までです。タカリ…頼りまくりましょう」と開き直って色々と要請してみたが、ほぼ全てが素早く援助してもらえた。「これ以上アインズ・ウール・ゴウンに依存して他力で国を立て直すのか? 名宰相として名が残るな」と言ったら「グギギッ」と悔しそうにしていたので久々に気が晴れる。
ようやく通路を抜けてホールに出ると、自分にとっての真のお目当てであるセバスがいつもの様に美しい起立の姿勢で女王を出迎える。うしろにはメイドらしき女性が控えている。
うおおおセバス殿おーーと久々の邂逅に叫びたい衝動を抑えて「出迎えご苦労」と威厳たっぷりに労をねぎらう。
「とんでもありません、ドラウディロン女王陛下」
「むっ ワシ…私のことはドラウと呼んで頂きたいと……」
セバス殿が髭の中で少し苦笑いをすると
「申し訳ありません ドラウ…ディロン女王陛下」
? 今、セバス殿がドラウと言い切ろうとした瞬間に、後ろのメイドがセバス殿のスーツの裾を「クイクイ」と引っ張ったような……?
セバス殿は後ろのメイドに振り返ると「これ、いけません」「でもぉ……」「仕方のない人ですね」と小声で窘めている。
……こやつ ただのメイドでは無いな?
「セバス殿。失礼じゃがそちらのお嬢さんは? なにやらセバス殿と親しげな雰囲気が……」
「いえ 彼女は私専属のメイドで……」
「初めましてドラウディロン女王陛下。メイドのツアレニーニャ・ベイロンと申します。いつもウチのセバス様がお世話になっております」
「!?」
(……ウチの…じゃと? こ、こやつ!)
「これ 失礼ですよ。いい加減になさい」
「申し訳ありません」
「ん、うん あー そこなメイド。ツアレニーニャと申したな? も、もしやセバス殿の……」
「はい 妻です」
「いえ 娘みたいなものです」
「どっちなんじゃ!?」
「内縁の妻です」
「悪戯っ娘で困っております」
「だから、どっちなんじゃ……」
ドラウディロンは竜のスキルを使用する。
この瞬間 髪が数本逆立つので宰相は後ろで「大人げない……」と嘆いた。
ドラウディロンは『嘘を見抜く』スキルを行使しつつ娘を見据える。
「もう一度聞くが、娘よ お主はセバス殿の奥方なのか?」
「はい!」 ツアレニーニャは凄く真っ直ぐな目で応える。同時に僅かながら残る竜の超知覚能力を全開にする! 瞳孔……揺るぎなし! 表情筋……揺るぎなし! 汗腺……変化無し! 体温……やや高揚! 人間が嘘をついたときに出るであろう嘘の反応は無い……。
「クッ 嘘ではないようだなあ! セバス殿ぉぉぉおおお!」
「ええ?! お、お待ち下さい! 決してそのようなことは!」
「竜に嘘はつけぬのじゃ。この娘は心から妻であると……」
「はい 間違い有りません!」
「違います 私は独身です」
「予約済みです」
「キャンセル致します」
「キャンセル料が発生致しますが宜しいですか?」
「はい? キャンセル料とは?」
「ではセバス様の……その御子を」
「ええい やめんか! てゆーか怖っ?! この娘、曇りなき眼(まなこ)で『妻です』と言い切りおったぞ!? 竜のスキルすら突き抜けて!」
「申し訳ありません女王陛下……みっともない姿をお見せいたしまして」
「大丈夫なんじゃな?! セバス殿、予約済みとかじゃないんじゃよな?!」
「はい なにが大丈夫か分かりませんが、独身であることも結婚の予定が無いことも誠で御座います」
「セバス様?!」 メイドが信じられないモノをみた様な顔でセバス殿の目を見る。
セバス殿はメイドから目を逸らす。
「……のう。やはりこの娘と特別な関係では?」
「いえ……その「ええ、特別で御座いますとも」
「いや そこのメイド。セバス殿の声真似しなくても良いから。あと全然似ておらぬ」
「あの、申し訳ありません色々と……ただ、そろそろ我々の主人であるアインズ・ウール・ゴウンのギルドマスターとの会談の時間が迫っております。すみませんが移動をお願い致します」
珍しく汗だくの執事がシドロモドロになる。
「イヤじゃ! ワシはこのメイドと話しをつける必要がある!」
「え?」
「陛下! 大切な盟約の主に失礼ですぞ」
「いや ここでコヤツに釘を刺しておかねば、後々後悔することになる気がするのじゃ!」
「陛下!? 宰相! そっちの腕を!」
将軍が指示すると宰相は女王の後ろに回り、慣れた手つきで「ゴインッ」と後頭部を殴った。容赦なく。むろん後頭部は腕ではない。
「あふんっ」 ガクッ
「ウチのバカが失礼致しました。ささ グラボウスキ将軍」
気絶した女王の腕を片腕ずつ部下に抱えられてズルズルと足を引きずりながら拉致される女王の姿にセバスは「おいたわしや……」と呟いた。というか犯罪臭が凄かった。
これらの寸劇を無表情で見ていたナーベラル・ガンマが「では こちらへ」と幼女を引きずる二人を案内する。
ホールにいくつもある扉の一番右を開けて進むと、しばらくして豪奢な扉と控室の様な小部屋がある。
「ではこの先はドラウディロン女王お一人でお願い致します。主は強大過ぎる魔力を持つ身ゆえに普通の人間の方が近づきますと色々と弊害が起こる場合がありますので」
「えっ ここからは、このバカ(女王陛下)独りですか? 女王の身はどうでも良いんですがバカの失言が心配ですなあ」
「宰相殿、内心が駄々漏れですぞ……」
「というか お前ら、いい加減に放せよ!?」
「おや 目が覚めましたかな?」
「とっくに覚めとるわ?! 足を引きずられて『痛い痛い痛い熱い熱い熱い!』って訴えておったじゃろうが!」
「ふむ 気づきませんでしたなあー ねえグラボウスキ将軍?」
「こっちに振るなよ……痴話喧嘩は余所でやって下さい」
「だだだだだだ誰が痴話喧嘩ですか?!」
「そそそそそそそうじゃ こんないけ好かない奴と噂を立てられるだけでも迷惑じゃ?!」
「わあ……凄く怪しい 分かった分かった。分かりましたよ。そういう事にしておきます」
「そうじゃなくって!」
「主人がお待ちで御座います」
ナーベラルの凛とした声が辺りに響く
「「あ すみません」」
突然冷たく言い放った黒髪の美人に竜王国のトップ3が思わず謝ることとなった。
無事、会談が終了しドラウディロンが二人の部下を引き連れてホールに戻る。
すると先ほどと同じようにセバスが見送りに来ていた。違いといえば、さっきは居たメイドのツアレニーニャは連れていないようだ。当たり前だ。一介のメイドでありながら女王に対しての非礼の数々。思い出すだけでも腹立たしい
「見送りご苦労であるセバス殿」
「はっ 此度はご来訪頂き有難うございます」
「で……先ほどのメイドは?」
「はい 私どもの教育不足によりドラウ陛下にあれほどの無礼。誠に申し訳ありません」
「ふむ かまわぬ……ただ少し話しをしたいのう……良いか?」
「そんな……メイド如きが陛下の僥倖に触れるなど痴がましく存じます」
「ははははは 気にせずとも良い。ちと聞いておきたいことがあってな」
「……分かりました。では連れてまいります」
「いや その辺りで一部屋貸して頂きたい。そこで会おう。 あっ セバス殿は抜きじゃぞ? これは、がーるずとーくじゃからな?」
「……かしこまりました」
セバスは額の汗を拭いながら承諾し、ツアレニーニャを呼びに行った。
「ほほう 権力をかさにメイドを詰問とは……陛下も実に偉くなったものですなあ」
「うっさいわ?!」
「宰相殿……陛下は一応、我が国の最高権力者なのだが」
「将軍……陛下も昔はこんな子じゃなかったんですがね」
「オマエ……ワシを何歳だと思っておるんじゃ……」
「やあ セバス殿。今、ちょうど陛下の御年について話していてな」
ドラウが慌てて振り返ると、ツアレを連れたセバスが困ったような顔をしていた。
「どうりゃ!」と全力のアリキックを宰相の右足に叩き込んだドラウは「はうっ」と弁慶の泣き所を蹴られて床に転がる宰相に「先ほどワシの後頭部を殴ったお返しじゃ!」と叫ぶと、ツアレの手を取り、ズカズカとセバスに指示された空き部屋へと入室する。
「さて……ようやく二人きりになれたのう」
「ごめんなさい。私にはセバス様という人が……」
「違うわっ! なんでワシ、一瞬でフラれるておるんじゃ!?」
「いえ……さきほどから私への視線が熱いなあと思いまして……さすが爬虫類のお方だと性癖もバラエティに富んでおられるのだなあ…と」
「……グッ まず、竜を爬虫類と言うとオマエの愛しいセバス殿も爬虫類ということになるし、宝物の上で寝るのが趣味の知り合いが哀しむからやめて差し上げろ」
「爬虫類最高ですよね。あとそのお知り合いは、なにか幸運のブレスレットとかの宅配販売の広告でのモデルでもやってるんですか?」
「宅配販売? ああ帝国で流行っている奴か……あと 普通に男が好きじゃからな ワシ」
「そうそう、近くにリザードマンの村があるんですよー。あそこなら選り取りみどりですよ? 女王様」
やったね!とウインクしながらサムズアップするメイドにドラウの苛立ちはマッハで有頂天だ。
「オマエ、わざとじゃろ! ワシはセバス殿を好いておるんじゃ! お主もその様じゃが、ここはワシに譲ってくれんか?」
「ご冗談を」
「即答か……」
「失礼ながら女王様のような……プックスクスー 貧弱な躰ではセバス様を満足させる事は…プッ 出来ないと愚考致します」
「2回も笑うな! 残念だったなあ…メイド。これは仮初めの躰でな? 本当のわらわは『ぼんっきゅぼーん』なのじゃ!」
「おや では……そもそも女王様は、如何ほどの閨の経験がお有りで?」
「むっ そ、そんなものは無い! 女王たるもの貞節を守るのも義務であると心得ておる」
「ふふふ……」
「な、なんじゃその不敵な笑みは? おぬしもおぼこい顔をしておるではないか! そんなに経験豊かには見えぬがのう」
「ええ 田舎の村娘とあれば腐れ貴族のバカ息子に乱暴されるなど日常茶飯事でしたし、その後、拉致されて色々な経験を積ませて頂きましたからね……」
「ひ……」
ハイライトの失くなった瞳でツアレは口撃を続ける。
「腐れ貴族に散々嬲りものにされた挙句が国の権力者と繋がりのある娼館へ売り払われ地獄の日々」
「ひい」
「女王様は知っておられますか? 殿方には色々な方がおられまして、◯ピー◯しながら◯◯する人、◯◯に◯◯を突っ込んで痛がる私の◯◯に◯◯する人、首を絞めて顔を殴りながら◯◯する人、私が◯◯している時に◯◯を◯◯しながら◯◯して◯◯が◯っとなる人など様々な性癖をお持ちなのです」
「ぴゃっ」
「私はセバス様にならどんな事をされても構いません。セバス様が与えて下さるモノなら優しさも甘さも傷も……全てが愛おしいのです」
「うわあうわあ……」
「乙女の女王様にその覚悟はおありでしょうか? セバス様が◯◯を要求されたら? ◯◯を◯◯したいと仰られたら? もちろん私は経験済みですよ?」
「ご、ごめんなさあーーーーーーい!」
涙ながらにドラウは逃げ出した。怖い怖い怖い?! 背後で「まあ セバス様の性癖など存じあげませんが」と小声で呟くメイドの声など耳に入らなかった。
部屋から飛び出してきたドラウにセバスは「どうされましたか?」と尋ねると「ひい?! セバス殿のバカ! 変態!」と涙ながらに叫んで帰った。
嘗て無いほど事態が飲み込めないまま呆然としたセバスは「私が、へんたい……」と深く傷ついていた。
少し離れた位置でナーベラルは「なるほど……セバス様は変態と」と静かに脳にインプットを終えた。
そんなセバスに追い打ちをかけるかのように、後日モモンガから執務室へ呼び出しがかかる。
「ああ セバスか」
「ハッ ナザリックの執事セバス・チャン御身の前へ……如何用で御座いましょうか?」
モモンガは後ろに控えるアルベドに顔を向けて伝えた。
「すまぬ アルベド……セバスと男同士の話がある。二人きりにしてくれないか?」
「……はい分かりました。何か御用が御座いましたらお呼びください」
「うむ」
アルベドはセバスにだけ「羨ましい」という嫉妬の表情を見せて渋々と退室する。
「さて オマエを呼んだのは他でもない」
「はい」
「こういう話は男同士だけでなければな」
「はい?」
「私にとってお前達は息子も同然であると話したことがあるよな」
「はっ 誠に勿体なきことながら、そう仰っていただきました」
「うむ……では……その……な」
セバスはモジモジとするモモンガの様子が気になり執務室の机の端っこに数冊の本が置いてあることに気づく。背表紙を見ると『思春期の子供への性教育』『伸ばす子供の叱り方』という本のようだ。
「父さん……思うんだが、幼女に変態行為をして逃げられるというのは良くある事だとは思うんだ」
どんな日常の一コマなのか。恐らく、そんなファンキーな世界は存在していない。
セバスはタップリと時間を掛けて固まり、我が主はいきなり何というカミングアウトをしてくれるのか……と一瞬ドキドキした後、先ほどの本、そして主の優しい眼差しから、それが自分へと向けられた物だと悟り、主が自分にそう思うに至った経緯に思い当たる。
「ち、違います! 違うのですモモンガ様!」
「良いのだ。セバス、我が息子よ。オマエの全てを許そう」
ここでそんな良い台詞聞きたくなかった……とセバスは思った。
「いえ 本当に違うのです」
「でもなセバス 昔からの有名な標語があるだろう? 『 YES ロリータ NO タッチ 』と」
「誤解で御座います」
「オマエがツアレの求愛に答えない理由が解ったよ 15歳以上はオバサンなんだっけ?」
「……そんなことはありません。私に幼女趣味は御座いません」
「ふむ でもツアレは充分可愛くて魅力的な娘だと思うのだが……あれだけ好意を寄せられて手を出していないと云うのは……まさかオマエ……」
モモンガは思わず剥き出しになっている自分の骨の体をマントでさり気なく隠す
「いえ!いえ! 同性愛者でも御座いませんし、そもそも年頃の女性に想いを寄せられているという意味ではモモンガ様にも言える事では?」
「オイ 何か今 恐ろしい事を言ったか?」
「いえ 言っておりません。それに私もツアレのことは憎からず思っております」
「ほう! そうなのか?」
「ですが、現在モモンガ様も100年後の来るべき日までアルベドやシャルティアたちと身を寄せることなく御自身を律しておられます。下僕たる身どもが色欲に耽るなどあってはならぬ事で御座います」
「ふうむ……ではオマエの忠誠は嬉しく思うが、その姿勢は却下させてもらおう」
「な!……何故でございましょうか?」
「私がアルベドたちに時間をもらったのは、私や彼の者の時間が永遠に近いからだ」
「あ……」
「ツアレに残された時間は有限である。今、彼女は二十過ぎであるが、この世界の人間の平均寿命は40歳ほどだぞ? もちろんナザリックで病気の治療などをすればある程度無事に年を重ねることは出来るだろうが、人間の寿命には限界がある」
「確かにそうです……」
「躊躇している時間など勿体ないぞ? 時は止まらぬ。ただ過ぎていくだけだ」
「はい」
「もしも オマエがツアレに情が移っていて愛しいと云う気持ちがあるならば、私は夫婦となるのが正しい姿ではないかと考えるのだ」
「そこまで……そこまで私たちの事をモモンガ様に考えて頂いていた事を、我が身の愚鈍さ故にようやく今、理解するに至り感激と申し訳ない思いで一杯で御座います」
「うむ デミウルゴスも心配していたしな」
「……彼の思いは別な所にある気が致しますが」
「そうか? とにかく私のことは気にせずとも良い。」
「はい、分かりました」
「では……『ユリか? 執務室にツアレを連れて来て欲しい』」
しばらくすると緊張した面持ちでツアレニーニャが「失礼致します」と執務室に入室する。
先日、自分が感情にまかせて大切な盟約国である竜王国の女王にかなり失礼なことをしてしまったのだ。譴責は当然のことであり、責任をとって死を賜れる可能性だってある。愛しのセバスもかなり緊張した面持ちであり、どう考えても良い話では無いだろう……。しかしあれは譲れない戦いだったのだ。
「さて ツアレニーニャよ。何故呼ばれたか分かるか?」
「はい、分かっております。大変申し訳のしだいも御座いません。責任は全て愚かな私にありますので、どうかセバス様に罪を問われるのだけは御容赦下さいませ」
「? いや セバスは責任を取りたいと言っておるのだが……」
「え! そんな?! セバス様なぜそのようなことをされるのですか!?」
「その……それは、いつの間にか私もあなたに愛念を抱くようになったからで御座います」
「嗚呼! 何故、こんな……こんな哀しい場面でなんと罪なことを仰るのでしょうか!?」
ツアレは遂に涙を決壊させて、ヨヨヨとセバスの厚い胸にしなだれかかる。
「哀しい? おい……まて」
「モモンガ様! 後生です! 後生ですから最後に今だけは! 今だけはセバス様の胸で泣かせて下さいませ! その後どの様な形で死を迎えようとも悔いはありませんから!」
「ツアレ……」
セバスは、か弱く健気な娘を掻き抱く。
「……。」
モモンガは静かに椅子に座り直すと「────すっごいモヤモヤする……」と頭を抱えた。
数分後、主の凄まじく生気のない顔 -アンデッドではあるが- に気づいたセバスは慌てて主人の前に膝を突く。
「ああ……もう良いのか? 続けて良いんだぞ? 邪魔者は、このままリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンで消えるから」
あと数年後に世界の支配者になった男は確実にヤサぐれていた。
「とんでも御座いません! ツアレ、勘違いをしてはいけません。モモンガ様は私に、あなたの想いに答えてあげるべきだと説いて下さったのです」
「え!? そうだったのですか!」
「そうだったのですよ……」
モモンガが疲れ切った声と、何故か敬語で答える。
「有難うございます! 本当に有難うございます! モモンガ様」
ツアレが五体投地で伏して感謝の礼を述べる。
「うむ かまわぬ。 ナザリックの皆の手本となるような良き夫婦になるが良い」
「あああっ 本当に有難うございます! モモンガ様は妹の恩人であり、私の恩人であり、そして今、まさに神様以上の御恩を賜りました」
「確かに何かとツアレとは縁深いな……そういう意味でも君の幸せを祈らせてもらうよ。ああ……ニニャにも挨拶に行きなさい」
未だ目を涙で濡らしながらツアレが再びモモンガに謝意を述べる。
「はい! なにから何まで有難うございます! 申し訳ありません。私の勝手な誤解で失礼な態度をとってしまいまして……」
「いや かまわぬ。しかし一体なにと誤解していたのだ?」
「はい。私が竜王国女王に礼を失した言動により女王陛下を怒らせてしまったことへの叱責かと」
「……ほう 私は報告により『セバスが変態紳士へと進化を遂げてドラウディロン女王を泣かせた』と聞いていたが」
「そ、それは……」
セバスが再び額にジットリと汗をかく
「ふむ……おかしいな……そんな報告はセバスから上がっていない様だが?」
「も、申し訳ありません」
「庇ったな? ツアレを」
「誠に面目次第も御座いません。私情を挟んでしまいました……」
「ふむ これは罰を与えねばなるまい」
「モモンガ様! セバス様は私を憐れに思ってのことで御座います! どうか罰は私めに!」
「ん……そうだな。では2人へと罰を与える。謹慎一ヶ月だ」
「え……モモンガ様?」
「セバスとツアレ一緒に一ヶ月ほど謹慎処分による休職を与えるから、ハネムーンとして地上に出て旅行し、故郷などを尋ねたりするが良い」
「いえ!それはなりませぬモモンガ様。ここに至った経緯もそうですが、あまりにお優しすぎる処置に御座います! ましてや一ヶ月も執事としての任務を休むなど御容赦下さいませ。創造されしこの身は至高の御方に尽くす事こそが幸せなれば」
「セバスよ オマエを創りし『たっち・みー』さんが、守るべき家族よりも仕事にのみ精を出すことを望んでいたと思うか?」
「……」
「答えは『ノー』だ。 たっちさんはリアルの世界では家族を大切にする良き夫であり、良き父親だった」
「モモンガ様……」
「同じ道を歩め」
「ハッ」
「セバス、幸せになりなさい。 ツアレ、聞いた通りだ。 セバスのことを、どうか宜しく頼む」
そう告げてナザリックの王は玉座より立ち上がると使用人であるメイドの前に歩き進めて、深く長い礼を捧げる。
その真摯な想いと姿に、ツアレと、今まで何とか我慢していたセバスは滂沱の涙を流した。
2人のその姿を見ていたモモンガは満足そうに頷くと玉座に深く腰掛けて背もたれに身を預ける。
「ふっふふふふふ」
「どうなされましたか?」
主人の突然の笑い声を、セバスが不思議に思って尋ねる。
「ああ……それにしても、ドラウディロンとセバスの2人の竜を討ち取るとは、ツアレは素晴らしい勇者であると思ってな」
ツアレは胸を張って自慢げに答える
「はい モモンガ様にお仕えさせて頂いている、誉れ在るナザリックのメイドでございますれば」
九尾様、誤字脱字修正を有り難う御座います