ハアハアハアハア
誰か来る誰か来る誰か来る誰か来る誰か来る!
誰か来る誰か来る誰か来る誰か来る誰か来る!
我が子の入った揺り籠をゆらし続ける動作を止めて入り口に意識をやる。
今から今からあそこから私の赤ちゃんを攫いに誰かが現れるはずだ!
誰かが扉を開ける。
一斉に部屋中から私の赤ちゃん。何百という
それらを無視して強奪者がズカズカと私の部屋に入ってくる
その瞬間、私は揺り籠の中の子供が私の子でない事に気づく。
「ちがうちがうちがうちがう」
揺り籠の中から人形を取り出して壁に投げつける。
「わたしのこわたしのこわたしのこわたしのこわたしのこわたしのこわたしのこぉお!」
騙された騙された騙された?!
あいつがあいつがわたしのこどもを?!
鋏を握りしめて侵入者に向かって走りだす。
「おまえおまえおまえこどもこどもこどもをさらったなあああぁあ!」
「……そんなに似てるかしら?」
そう妖艶に首を傾げた
まるで『10cmの爆弾』でも放つかのようにピタリと身を寄せると、ニグレドの手元に
「はい。これ姉さんいつもの。ほら早く探査魔法を使ってちょうだい」と伝える。
「わあたあしぃの赤ちゃん!……可愛い方の妹ご機嫌よう」
「ご機嫌よう。姉さん」
「……あのね。姉さんの扱いが、ちょっとぞんざいな感じを受けるのだけれども」
「タブラ・スマラグディナ様にそうあれと創られたのは分かるのだけれど……わたしがこの部屋に来るの1000回を超えているのよ」
実は1000回所ではない。この世界の国々をアインズ・ウール・ゴウンの盟約国で繋ぐために、毎日の様に主であり愛しい人に与えられた情報収集の一環で、この部屋に訪れて姉であり情報系魔法の第一人者であるニグレドの元に10年間近く身を寄せ続けているのである。
「毎回毎回恒例の儀式に少し飽き……マンネ……姉さんも大変だなあと思って。簡略化してもいいのではなくて?」
「いや 完全に飽きたとかマンネリだとか言ったけどね アナタ」
「気のせいよ?」
「アナタねえ いくらモモンガ様に惚れ惚れだからと言って造物主様であるタブラ様に設定していただいた様式を疎かにすることを提案するのは頂けませんよ」
「でも考えてみてくれる? 姉さん。 タブラ様は入ってくる方々を驚かせようとして、この
「……あんまり人を『オバケ屋敷』の飛び出る妖怪みたいな扱いにしないでほしいのだけれども」
「でね もう1000回を越えた私が今更驚いたり恐怖を覚える訳ないのよ? 私の事は
『オバケ屋敷』の店員さんだとでも思ってヤメても良いんじゃないかしら」
「いや 趣味でやってるわけでは……というか『オバケ屋敷』の件は否定どころか被せる方向なのね……」
「てへ」
「うん可愛い。 あの儀式はやらないと不安になってくるのよね……いや 儀式じゃなくて! 誰か来た瞬間に揺り籠の子供が自分の子供じゃないことに気づかされるというか!」
「うんうん じゃ 今日の探索地域なんだけどね」
「面倒くさくなったのね……」
「そういえば姉さんはパンドラズアクターを知ってるわよね?」
「あたりまえじゃない。私の仕事がらアナタとモモンガ様とパンドラズアクター様くらいしか接点がないのだもの」
「はいはい でね? パンドラズアクターって、中身はモモンガ様とタブラ・スマラグディナ様の共同作業で創造されたらしくて、これって私達の半姉弟という事になるのかしら?」
「え……そうだったの? いえ でもそれは違うわよアルベド」
「そうなの?」
「ええ 私、アナタ、
「そうよね……良かった」
「……嫌だったのね」
「あっ! でもパンドラズアクターと半姉弟という事は、モモンガ様は義理の父ということに……禁じられた恋……悪くないわね」
「まずは禁じられてない恋を成就なさいな……」
「……あれ? 姉さん、この机の上にあった水晶はどうしたの?」
「アナタがモモンガ様を覗いていて、イビルアイという吸血鬼との距離が近いと叫びながら握りつぶしたんでしょうが!」
「えへ」
「くっ 可愛い」
「うふふ」
「なのにどうしてモモンガ様は手を出してくれないのかしら……」
「はうっ」
「外見は良いと云う事は、やはり性格に問題があるのかしら……」
「……。」
アルベドの目は輝きを失った。
その姿に少し可哀想になったニグレドはアルベドが、この部屋に来る度に羽織っている赤いマントに目をやる
「……まあ 良いじゃない。そのマントもモモンガ様の私物を頂いたものなのでしょう?」
「そうなの! 初めて姉さんの部屋に訪れる時に『寒いだろう?』と気遣って頂いて賜ったの!」
本当は貸してくれただけなのだが、アルベドの喜びようから「返して……」と言えない支配者が居ただけであるが
愛しい人に包まれるかのように幸せな顔でモモンガ様にもらったという赤いマントに頬ずりをする可愛い妹の姿に、ニグレドも力になってやりたいとは思うが、妹の事をお願いするなどとは不敬が過ぎる行為である。しかし、それで最悪幽閉されようとも、死を賜わろうとも、最後にアルベドとモモンガ様の御子をこの手に一度だけでも抱かせてもらえるのであれば何を恐れることなどあろうか? しかもアインズ・ウール・ゴウンは順調に世界への干渉を進めており、自分がお役に立てることが出来るのも、あと少しだろう。ならば命を賭してでも妹と自分の大願のためにモモンガ様に願い出る覚悟がニグレドにはあった。
そして年月は流れる
誰か来る……
誰か来る誰か来る誰か来る誰か来る誰か来る!
誰か来る誰か来る誰か来る誰か来る誰か来る!
我が子の入った揺り籠をゆらし続ける動作を止めて入り口に意識をやる。
今から今からあそこから誰かが来る?!
なにものなにものなにもの
誰かが扉を開ける 一斉に部屋中から私の赤ちゃん 何百という愛子の泣き声が一つとなって響き渡る。
それらに少し怯えながら誰かが「たしたしたし」と私の部屋に入ってくる。
「ちがうちがうちがうちがう」
あああ この揺り籠の人形は何?!騙された!この子は私の子ではない?! 揺り籠の中から人形を取り出して壁に投げつける。人形は砕け散って落ちていく。
「わたしのこわたしのこわたしのこわたしのこわたしのこわたしのこわたしのこお!」
騙された騙された騙された?! あいつがあいつがわたしのこどもを?!
鋏を握りしめて侵入者に向かって走りだす。鋏をかざして叫ぶ。
「おまえおまえおまえがこどもこどもこどもをさらったなああぁあ!」
「大丈夫よ。落ち着いてニグレド ほらあなたの赤ちゃんはここに居るわ………ん」
そう言うと侵入者はニグレドに、抱きかかえていた
「はあはあはあはあ 私の赤ちゃん!私の赤ちゃん!……あら、御機嫌よう。ペストーニャ」
「ええ ご機嫌よう。ニグレド」
ペスだった。
犬の頭を持つ異形のメイド長『ペストーニャ・ショートケーキ・ワンコ』は最近、仕事が非番になるとここを訪れる。
そして、私の仕事に付き合ってくれる。私は
今の私の仕事とは「世界各国の生活の様子を覗く」という物であり、モモンガ様からの直々の命令によるものだ。
アインズ・ウール・ゴウンによる世界の国々への裏からの支配が終えた後、私が覚悟を決めてアルベドのことを直訴しに赴こうとした時にモモンガ様より賜った命令であり、そして私の喜びであった。
モモンガ様には「世界の国々の暮らしを市民からの目線で観察し、その国の支配者が良く社会を保てているかどうかを監査し、気になる国があったらパンドラズアクターに報告して精査せよ」との命令を頂いている。更に「国の雰囲気を知りたい時は子どもたちの表情に注視すると良い。そこから色々なものが見えてくるからな」とモモンガ様に言われている……世界中の子供の笑顔を見守る……最高のお仕事です。
ペスには私が世界の地図を作成中に探索魔法の使いすぎで倒れた時に良くお世話になっており、ナザリックでも一、二位を争う子供好きという事もあって接点が多く、自然と仲良くなった。私はタブラ様にココを居場所として創られているために外出し難いので、彼女が休みの時に訪れてくれるのだ。
モモンガ様がお作りになられた休日制度は、初めこそ「至高の御方のために働かせて欲しい!」という要望が多く、決して好評ではなかったが、今ではその有り難みを享受する者が多く、ナザリック内での違う部署で友人を作ったり、解放されたBARなどの娯楽施設を利用する者も増えた。
そしてペスは御機嫌で私の出した
ああ……確かに子供の幸せそうな顔は素晴らしい……ペスなんて先回などは「私、ミヒャトリカのお母さんに回復魔法を掛けに行ってきます!」と立ち上がったので慌てて止めた。我が友人ながら子供の事となると見境がなさすぎる……。
まあ、私も気になっていたので魔法でバハルス帝国のミヒャトリカ(仮名)の家を映してみる。 あ……先回は曇っていたミヒャトリカの顔が笑っている。元気になったお母さんの手に抱きついて甘えている……家族の幸せなシーンだ。私は体の奥がジーンとして目を細める。少しウルっときたかも知れない。隣のペスがそんな私を見てニヤニヤしている。そうだ。我が友人は意外と意地悪なのだ。
ペスは水晶の画面の隅に映ったある物に気づくと、それを見て不機嫌そうに話しかける。
「ねえ ニグレド……これはなあに?」
そう言って水晶の画面に映るミヒャトリカの家の机に置いてある空瓶を器用に指差す
「……ナザリック謹製の赤いポーションが入っていた瓶に見えるわね」
「……バレアレ薬品店のポーションですら高価なのに、最下級とは言えナザリックのポーションなんて高価なものがどうして下層階級の家にあるのかしら?」
「親切な蜘蛛さんが置いていった……とか……」
「なるほど。モモンガ様に頼んでエイトエッジアサシンにコソッと置いてきてもらったのね……わん」
「仕方ないじゃない!? お母さんのことが心配でミヒャトリカの素敵な笑顔が最近見られなかったのですもの! あの笑顔がないと私、頑張れないわ! 決して私情じゃないわん!」
「私情でしか無いわよ! 私が行こうとしたら止めたくせに! あと私よりスムーズに『わん』を使いこなさないで!……わん」
「あなたが行くと……その……色々大変なことになるじゃない……
「わふーん……」
「いえ 急に犬ぶられても」 ……触手……見えてるわよ?
ペスと二人で
そんな幸せで平凡な毎日 もしかしてナザリックで一番幸せなのは私ではないだろうか?とすら考えてしまう。
セバス様がメイドのツアレと結婚をした時はナザリックに遂に子供が産まれるのだと期待したが、残念ながら子供には恵まれなかった。
外界の子供も素晴らしい だがナザリックの子供、ナザリックベイビーをこそ求めているのだ。
いつか、アルベドの子供をこの胸に抱ける日が来るのかしら?
何故か『自分の子供』という想いには到らずに過ごす中で、ペスから2ndナザリックにて『ギルド:アインズ・ウール・ゴウン世界制覇100周年記念祝賀祭』と云う物が近々あると聞いた。現地の協力者なども招いてのお祝いとなるらしい……しかしタブラ様によって与えられた場所と役目を持つ私は基本的にここより動く事はできない……いや、正確に言うと出来ない訳ではない『したくない』のだ。造物主様の意に反する行為を取ることを創造物としての本能が拒絶するのだ。
「2ndナザリックでの催しは統括殿が考案されたそうよ?」
「アルベドが? そういえば先日 竜王国の女王と何か企んでるとか悪い顔で言ってたわ」
「統括殿も……いや、むしろモモンガ様も大変よね……」
「誰に似たのかしら?」
「……。」
ペストーニャは無言でニグレドを見つめた。
ある日、モモンガはニグレドの部屋へと一人で足を運んだ。
ニグレドは何時も通りに揺り籠の中の人形を叩きつけて鋏を片手に侵入者の元へ走る。
モモンガは「世界の国々の様子はどうだ?」と問いかけると「はい 素晴らしいですね子供達の笑顔というものは」と満足そうにニグレドが答える。
モモンガは(……まさか子供の様子だけ見ているんじゃないよな?)と不安に思いながらも鷹揚に「うむ なにより」と応える。
そしてここに来た本題を告げる。
「ニグレドよ。もうすぐ 『ギルド:アインズ・ウール・ゴウン世界制覇100周年記念祝賀祭』 という催しがあるのを知っているな?」
「はい ペストーニャから聞き及びまして御座います」
「うむ これは前夜祭を2ndナザリック、本祭をこのナザリックで行われ本当なら両方ともオマエにも来て欲しいのだが……」
「モモンガ様が御要望されるのでしたら例え何処だろうと馳せ参じさせて頂きます」
「タブラさんに位置固定されているからココから出られないのではないのか?」
「確かに出ることに対して違和感とか不快感の様なものを感じないわけでは無いのですが……恐らくタブラ様の上司として認識されているモモンガ様の命であればタガが外れて問題なく出ることは可能だと思われます」
「そうか……では2ndナザリックでの催しは良いがナザリックで行われる祝賀祭には出て欲しい。いや出席するのだ。アインズ・ウール・ゴウンギルドマスターとして命じる」
「有難うございます。必ずや出席させていただきます」
「うむ。2ndナザリックのはアルベド主導での物だがナザリックでの催しは今まで頑張ってくれたナザリックのみんなのための慰労祭として私が考えたものだ。ニグレドには是非とも出て欲しい」
「もったいなきお言葉を有難うございます」
「いろいろあった……が、私は世界をアインズ・ウール・ゴウンで繋げるにあたっての最功労者はニグレド、デミウルゴス、パンドラズアクターだと考えている。何か望みはないか? 感謝の印として褒美を送りたいのだ」
「そんなっ?! デミウルゴス様やパンドラズアクター様はともかく、端女などがその様な勿体無い評価を受けるなど……あまりのことに言葉に詰まります」
「何を言っているんだ? オマエは沢山の重要な役割を果たし、それらを完璧にこなしてみせたのだぞ? もちろんアルベドやアウラ達の働きも素晴らしかったが、かの者達、ひいては私を含むナザリックのみんなを縁の下の力持ちで支えてくれたのはニグレド……オマエなのだ。部下を正当に評価出来ない上司は身を滅ぼすと書かれていたしな。どうだ? 何か欲しいものなどないのか?」
ニグレドは感動のあまりに涙を流す。
「もったいないお言葉です! もったいない……もったいない……」と言いながら首を左右に振り続ける。
モモンガは困ったように立ち続けると壁に叩きつけられて砕け散った赤子の人形に目を止める。
(ふむう 子供が好きなら孤児院の経営でもさせてあげるとか……)
「ニグレドよ……」
「モモンガ様 一つ欲しいものが御座いました……」
「う、うむ なんだ? 言ってみろ」
「私 アルベドの子供をこの手に抱きしめとう御座います」
「ほう。なるほど、アルベドの……子供っ?!」
「もちろん アルベドはモモンガ様を強く強く慕っております。当然その子はモモンガ様との子であるべきでしょう」
(だからどうやって作るんだよ……)とモモンガは悩むがニグレドの真剣な懇願に誤魔化すのは失礼であると考える。
「ううむ……そうか……アルベドの子か」
「はい 是非、生まれた暁には、私に御子のお世話をさせて頂きたいのです」
……世界一生々しい『いないいないバア』が誕生するな……とモモンガは思った。
「もしアルベドとの御子が生まれし時は是非私に乳母をお命じ下さい」
「我々が部屋に入る度に、揺り籠で眠る赤ちゃんを壁に叩きつけられるのはちょっと」
結構です。とモモンガは両手を付き出して拒否した。
「ひいいいいいいい 改善しますから?! 治しますから!」
とニグレドは泣き喚く。
まったくタブラさんの設定のせいで娘さんが泣いてるじゃないか……
「タブラさんに与えられた設定を歪める必要はない」
「で、でも……」
「アインズ・ウール・ゴウンギルドマスターとしてニグレドに命じる。 もしもアルベドに子が出来る様なことがあれば、第五層氷結牢獄『ニグレドの部屋』より出向し、アルベドの部屋で子供の世話をせよ。良いな?」
「有難うございます! これで快く、この部屋を離れ、アルベドの部屋にて赤ちゃんの世話が出来ます! これ以上の望みはございません!」
「ん……そうか?」
「はい! ではアルベドとの赤ちゃんを、ナザリックベイビーを心よりお待ちしております!」
「え? あれ? なにかアルベドと子作りするみたいな流れになってないか!?」
ニグレドは浮き浮きと揺り籠を磨きだした。
「おい! 作るとか言ってないからな!?」
ニグレドは出しっぱなしの水晶の画面に目をやる。
世界の子どもたちの笑顔が見える。
世界の全ての子供達は私の子供。
そして いつかアルベドがモモンガ様との間に御子を成し、この腕で抱きしめられたら
……ああ やはり私は世界で一番の幸せものだわ!
「聞いて聞いて! ニグレドさん!? 聞いて下さい!」
モモンガの悲鳴がニグレドの部屋の主の耳以外の全てに響き渡る。
ronjin様 誤字の修正有り難う御座います 言い回しを直してみました。