──は……嵌められた……!?
骸骨姿の彼は豪奢なローブを身にまとい玉座から腰を浮かせる。
出るわけはないが汗のような何かが全身を垂れ落ちていくのを感じた。
近傍には彼が信頼する部下たちが居る。 その全てが自分の敵のようにすら思えてくる。
ここにいる全員が伏せた顔に禍々しく残忍な笑みを浮かべている様な気さえする。
始まりは2ndナザリックで行われた100周年記念祝賀祭だった。
その翌日に祝賀祭に参列し、そのまま宿泊していた竜王国のドラウディロン女王による『陳情の旨があり御目通り願いたい』との知らせが執務室にいるモモンガへと届いたのだ。
竜王国はギルド・アインズ・ウール・ゴウンの第一盟約国としてと言うことで宣伝の意味を兼ねて、かなり融通してきたつもりである。また何か困っているのかな?と思いつつ、他国の女王を私室である執務室に通すわけにも行かない。「玉座の間にお越し頂くように」と今日のモモンガ番のフィースに
「歩いて行っても良いんだがな……」と独り言を呟く。ただ歩いて行くとメイドやエイトエッジアサシンなどがバタバタと付き従うので煩わしくもあり、申し訳もないので玉座へと向かうため瞬間移動の魔法を起動させる。
玉座の間に移転した瞬間に感じたのは、すでに守護者が玉座に対して全員綺麗に右と左に分かれて整列をしていた事だ。
いや、それ事態は普通の光景なのだが、何か、こう妙な空気を感じる。
いつもならアルベドが後ろに付き従うのだが、ガルガンチュアとヴィクティム以外の全員が揃っての謁見者の対面ということだからか、モモンガの背後には執事のセバスが付き従い、謁見者から見て右側にアルベド、コキュートス、シャルティア。左側にデミウルゴス、アウラ、マーレが起立している状況である。
(なんだろう……? ピリリとした妙な緊張感を感じる?)
モモンガはその違和感から振り返りセバスを見ると、セバスも違和感を感じているのか
しばらくすると「竜王国女王陛下ドラウディロン・オーリウクルス様の御成です」との声と共に玉座の間の大扉がメイドによって開けられて、ドラウディロン女王が厳かに入場する。
「── すまぬのう。モモンガ殿」
「いやいや、昨日は祝賀祭に来て下さり有難うございます。今日は改まってどうされたのかな?」
昨日もそうだったがドラウディロンはいつもの幼女形態では無い。かと言って完全成体のぼんっきゅぼーんの肢体でもない……リアルの世界で言う所の中学生か高校生くらい? といった風貌に変身している様だ。理由はモモンガには分からない。
「……実は今回は恥を忍んでお願いしたいことがあってこの場を用意して頂いたのじゃ」
「ふむ?」
「それはのう……そこなセバス殿をワシは好いておる。 ワシにセバス殿をくれ!」
男らしく言い放ったドラウディロンはセバスを指差して堂々と宣言した。
「 ──はあっ!? 」
モモンガは目を白黒させて驚く。実際に眼孔の赤い光源が白黒したら凄いイリュージョンであるが残念ながら比喩である。
「くれい!」
ドラウディロンは更に一歩踏み出して正面突破でもう一度宣言する。
「いや ちょっと待って頂きたい。セバスは大切な部下であり何者にも代えがたい存在である。すまないがその申し出は却下させてもらおう」
「モモンガ様……」
セバスは主の言葉に静かに感動する。
「やはり無理か……」
「うむ すまぬな」
「ではレンタルならどうか?」
「レンタル? セバスには今までに何度も助勢に遣わせていたと思うのだが」
「いや 我が夫としてレンタルして欲しい」
「……それは性的な意味も込みでかな?」
「むろんじゃ!!」
そう強く言い切ったドラウは垂れかかったヨダレをジュルリと舐めとった。
「ちょっとウチはそういうサービスはやってないんで……」困りますね お客さん……とモモンガはドン引きした。
モモンガはセバスの方を振り返って彼に発言を促す。
「非常に光栄な話しなれど、申し訳ありませんが不肖の身は未だに亡き妻への想いが残っており、新しい妻を娶ろうと考えることは出来かねます」
「そこを何とか頼む! 100年以上前、初めて逢った時からの一目惚れなのだ! その後、ツアレ殿と結婚されても忘れることが出来ず今に至るのじゃ!」
「それほどの想いでありましたか……」
モモンガが少女(350才)の真摯な想いに少し絆(ほだ)される。
ドラウは時を逃さず綺麗に土下座をする。
「頼む! モモンガ殿! セバス殿! 私の生は永く、一生などとは言わぬ! 竜王国の王と成って欲しいなどとも言わぬ! ただ一時(ひととき)の情けを頂きたいのだ。そして子を授かる事が出来れば竜王国の将来も立つのだ! 何卒何卒お願い致します!」
そう懇願するドラウの姿にモモンガは心を痛める。今日のドラウディロンは中学生か高校生くらいの形態をしており、涙ながらに土下座をする姿が元々女性に弱いモモンガの心の柔らかい所を打たないハズがないのだ。
「ツアレが亡くなって5、60年ほど経つか……」モモンガが遠くを見るように語り出す
「はい」
「もうそろそろ踏ん切りをつけても良い頃合いかも知れぬぞ? セバス」
「モモンガ様!?」
あっさりと裏切った主にセバスが驚く
「いや だって……」
「確かに私を想って下さるドラウディロン陛下には過ぎたる御厚情に感謝の念もありますし、同じ竜族ということもあり親愛の情も在りますが……それとこれとは……勿論、モモンガ様の命とあらばお受け致しますが」
「命令などでドラウディロン女王に情けを与えよなどと私が言うわけがないだろう? オマエにも女王陛下にも失礼じゃないか」
「私は一向に構わん!」
何故か男前の顔でドヤ顔の竜王国女王がそこに居た。
「……こう言っておられるが……どうだセバス。ここまで言われるのは男冥利に尽きるのでは無いか?」
セバスは目を伏せて汗を流す。
(なんでしょうか? この話しの流れは……決してドラウ陛下のことは嫌いではありませんが……)
「確かに陛下とは身分違いでありながらも身に余るお言葉は心に染み入ります……しかし……」
「セバス殿……いくら竜族は長命とはいえ1/8しか竜でない妾にとって350才というのはなかなかに良い年ではあるのだ。断じて、ちゅ、中年ではないが、『けっこんてきれいき』という奴じゃ……セバス殿以外は考えられぬ! 我が国の将来のためにも伏してお願いいたす……」
泣きながら、そして何より「350才は竜だとしても結婚適齢期を過ぎつつあるっぽい」事を伺わせるドラウディロンの発言に、リアル魔法使いだった鈴木悟に何か思うことがあったのか
「セバスよ……私はオマエに誰かと結婚することを強いるつもりは無い。命じたりもしない。ただツアレニーニャが亡くなって久しく、それでオマエが未だにツアレへの恋情が残るというならば、ここまで慕って下さっている事だし、オマエの心の隙間を埋める誰かに女王陛下になって頂くのも悪いことではないと思うのだ」
「モモンガ様……」
「モモンガ殿……」
今まで黙っていた守護者の一人デミウルゴスが手を挙げて切り出す。
「恐れながら発言をしても宜しいでしょうか?」
「うむ かまわぬ」
「ハッ」
デミウルゴスはセバスを見据えて口を開く
「100年もの間、セバスを想って頂き続けたとは同僚として光栄の至りにして感謝の極みであります。100年……それはとても長い時間でございます。その間、ハッキリした答えも出さずに陛下をお待たせした責任というのもあるのではないでしょうか? このままではドラウディロン陛下が余りにも不憫で御座います」
「そ、それは分かっておりますが……というかハッキリとしないも何も私は結婚していたのですが……」
「うむ 女王陛下は100年もの間、ただオマエだけを慕ってくれていたという……100年もの恋心を疑うなかれ。それに100年も待たせた責任も無いとは言えない。無碍に断ることは礼節、仁愛を愛するオマエの正義に反する事にはならぬのかな」
セバスは吹き出す汗にまみれながら苦しむ
(……なぜ自分が責められるかの様な状況に……100年というのは確かに長う御座いますが……ん……100年の恋……ですか)
ふと、セバスは途中参戦をしたデミウルゴスの顔を見る。そしてその目線の先に在るものに気づいた。
……なるほど……そういう事ですかデミウルゴス。
昔、どこかで発言した事がある様な台詞を小声で呟くと、恐らく初めて『悪い顔』をしたセバスが汗に沈んだ虚ろな眼が怪しく光らせて主に目を向ける。
「……なるほど……確かに100年の恋……女心と秋の空などと言うように移り変わりが激しいのが女性というのが世の習いの中で、これほど男にとって冥利に尽きるものは御座いません」
「う、うむ 私もそう思うぞ」 モモンガはセバスが突如放ち始めた妙な迫力に圧倒される。
「……100年の恋……おや? 愚臣にもその様な素晴らしい恋をしておられる方々と、彼女たちの愛を一身にお受けになられている御方に覚えが御座いますような?」
!? モモンガはセバスの裏切りに気づいた……が、遅かった。 あと、初めに裏切ったのは自分である。
モモンガは慌てたように、今までシーンとした状態でデミウルゴスの一言しか発言が無かった守護者たちを見回す。
彼、彼女達は顔を伏せたまま ジッとしている。顔は下に向けられており、表情はモモンガからは見えない
しかし モモンガには分かる。 アルベド、アウラ、シャルティアの口が三日月型に大きく歪んで獲物を仕留める時の様な大きな笑みを浮かべていることを
「セ、セバス……さん?」
思わず敬語になったモモンガはセバスが見たことのない顔……鈴木悟が20世紀アニメに詳しければ「第10使徒に特攻する綾波レイ」みたいな顔だと思っただろうし、レトロゲームに詳しければ「震えだした爆弾岩」みたいだと思ったかも知れない。問題は爆破対象が自分(モモンガ)であることだった。 ようするにセバスはグレて「死なばもろとも」とも自棄とも言える行動に出たことにモモンガは今、気づいたのだ。
「どうかモモンガ様には蒙昧なる愚臣への手本として、彼女たちの100年の愛に応える姿を見せて頂きたいものでございます。それを持って私もドラウ陛下への想いにお応えしとう御座います」
クッ セバスさん……怒ってらっしゃる
遅れ馳せながらセバスの悪い顔に気づいたモモンガが焦る。
そんな主を追い詰めるようにデミウルゴスが言葉を重ねる。
「ふう これは仕方有りませんね。 モモンガ様。ここはどうか主としてセバスに女性からの愛に応えるという手本をお見せしてあげて下さいませ。おや?そういえばモモンガ様が彼女たちと約束した時期が来ておりますな……これぞ天佑。一石二鳥という奴で御座いますな」
デ、デミウルゴス!? おまえもか!
思わずユリウス・カエサルの様な心境でモモンガの心が悲鳴を上げる。
モモンガは玉座から居並ぶ守護者たちを見る。
そこには見慣れた光景、見慣れた者達が見えていた。
しかし確かに感じられる違和感と静かに溢れだしている彼女たちの感情と熱量……。
アルベド、アウラ、シャルティアの三人は顔を床に伏せたまま、小刻みに震えながら小さくガッツポーズをしている。
マーレとコキュートスは始め不思議そうな顔で女性陣を見ていたが、何かに得心いったように何度も頷いている。
ドラウディロンは右手に、いつかアルベドが使っていたアイ・ポーション(目薬)を握りしめて悪い顔で舌なめずりをしながらセバスを見ている。
──は……嵌められた……!?
驚愕と恐怖と衝撃で思わず玉座から腰を浮かせたモモンガは、女性陣は諦めて男性守護者に助けを求める。
「コ、コキュートス……」
「私ハ日頃カラ、若ニ爺ト呼バレタイト願ッテオリマシタ……マサカ叶ウトハ……!」
いや まだ若とか存在もしていなのだが……
「マ、マーレは良い子だもんな?」
「は、はい モモンガ様! お姉ちゃんはモモンガ様との約束を守って100年間も我慢していました。お姉ちゃんをどうか宜しくお願いいたします!」
「マーレ……」とアウラがいじらしい弟の言葉にウンウンと頷く
はっ いかん……麗しい姉弟愛に流されそうになる。
「デミウルゴスよ……」
「申し訳ありませんモモンガ様。……天下泰平の世の中で、やはり人間、欲が出てくると申しましょうか」
この悪魔なに言ってんだ。
「そ、そうだパンドラズアクターにも聞いて……」
『うんうん そうだね。私も君と同じ意見だよ』
「デミウルゴス?」
「パンドラズアクターが『ちょうど兄弟が欲しかったところです。父上』とのことで御座います」
これは……四面楚歌だ……すいゆかずすいゆかずしてぐやぐやなんじをいかにせん
「……なんだ……みんなして……」
思春期の子供のように
対魔法力のある者に掴まれると瞬間移動は効果を掻き消されてしまうのだ。
モモンガは額から流れるはずのない滂沱の汗を感じ目を見開きつつ「ハァハァ……」と必要のないハズの呼吸を荒げて、無いはずの鼓動が大きくなるのを感じた。
「おや? モモンガ様……御存知ありませんでした?」
遠くの暗闇の中でデミウルゴスの眼鏡がキラリと輝いた。
「デ、デミウルゴス……?」 モモンガは信頼の開ける腹心の悪い顔に顔を歪ませる。
「大魔王も逃げることは出来ないのですよ?」といつもの優しい笑みを浮かべたデミウルゴスの言葉にモモンガは強く目を閉じ頭を振る。
……気づけばアルベドだけでなく、アウラ、シャルティア、デミウルゴス、マーレ、そして何故かドラウディロンにまで囲まれていた。
ここに日本人が居れば「かごめかごめ」をされている「いじめられっ子」を連想したかも知れないが、彼は紛れもないこの世界の支配者である。
モモンガは恐怖で光り輝く我が身を見て、「これが目眩ましとなり、何とかこの場から逃げられないものか」と真剣に考えた。
もう一度言うが、彼はこの世界の
黒帽子様、まりも7007様、誤字報告有り難う御座います。