【ラブライブ μ's物語 Vol.1】Can't stop lovin'you! ~花陽ちゃんへの愛が止まらない~ 作:スターダイヤモンド
「あれ!?なんでみんな『そっち』にいるの!?」
事件は突然起きる。
「穂乃果ちゃん、逆だよ!」
「そっちじゃないにゃ!」
「相変わらず、バカね!」
「にこ、いくらなんでも、その言い方はストレート過ぎます!」
「私たちが降りて待つしか…」
「絵里ちゃん!もう間に合わないですぅ…」
「ちょっと、遅かったみたいやね…。電車、動き出してる…」
「どうしてそうなるの?意味わかんない…」
「はぁ…」
離ればなれになっていく車両を見ながら、8人はため息をついた。
それは、ひとり反対方向へと連れていかれる穂乃果も、同じだった。
食事を終えてホテルへ戻る際、地下鉄の改札で、なんらかの原因により、うまく入場できなかった穂乃果。
やっとの思いで、構内に入り、電車に飛び乗ったものの、それは目的地とは反対に向かう電車だった。
それに気付いた彼女だったが、時、すでに遅く…前述のような状態となったわけである。
「次の駅で降りて、穂乃果が折り返してくるのを待つ?」
「普通に考えれば、絵里の考えが一番なんやけど…」
「次の駅で降りて、タクシーでホテルに向かうということも考えられますから…」
「そうやね。帰るところは決まってるんやし、中途半端に待ってても…」
「えぇ…ホテルに戻った方が良いかと」
「わかったわ。そうしましょ」
こうして一行は、途中下車することなく、宿泊先へと戻った。
μ'sにとって、これくらいの『事件』は日常茶飯事だ。
思えば、2度目の合宿の時だって、穂乃果は乗っていた電車に置き去りにされて、ひとり折り返し戻ってきたことがある。
しかし…今回ばかりは、笑ってはいられない。
深刻さが違う。
言葉の通じない、異国の地。
メンバーの不安は高まる。
「遅いですね…。もう、私たちが戻って来てから、30分が経過しました」
ホテルのロビーで穂乃果を待つ8人。
そんな中、海未は明らかに苛立っていた。
言葉も表情も、極力平静を保とうとしているようだが、身体全体から漂う負のオーラは隠しきれない。
その領界に少しでも踏み入れようものなら、バンッ!と吹っ飛ばされそうである。
もちろん、他のメンバーが、安穏として穂乃果の帰りを待っている訳ではない。
数分置きに交代で外に出ては、左右を見渡し、待ち人の姿を探した。
心配する気持ちは同じだが、海未だけは、怒りの感情が他の7人より、何%か多く占めているのである。
そして、それがただの『怒』でないことは、全員が理解していた。
「大丈夫やって。穂乃果ちゃんは、コミュニケーション能力が高いから、言葉がわからないなりに、なんとかして戻ってくるよん」
希がみんなの気持ちを代弁する。
ネガティブな気持ちを持ったら『負け』…そう思っていた。
「そうね。大丈夫!信じましょ」
「まぁ、能天気に『やぁ!みんな待った』とか言って帰ってくるわよ」
絵里もにこも、希同様、ここは年長者らしく、努めて明るく振る舞う。
だが、無情にも時間だけが経過する。
さらに待つこと30分…。
ついに、その人物が現れた。
「あ…穂乃果?」
「穂乃果ちゃん?」
「穂乃果!!」
「穂乃果ちゃん!!」
外で待ち受けていたの海未、ことり、絵里、凛の顔がパッと綻ぶ。
「みんな!!」
その姿を見つけた穂乃果は、横断歩道の信号が変わるのを待って、走り出した。
ラブライブの最終予選当日。
大雪の中、会場に向かって走ったときと同じように。
仲間の元へ。
違うのは、その時一緒にいた海未とことりが、迎える側にいること。
そう思っていた。
両手を拡げ、抱きつこうとする穂乃果。
しかし…
その時、海未の表情が一瞬にして変わった。
右腕を大きく振りかぶる。
飛び込んでくる穂乃果に顔を目掛けて、平手打ち。
カウンターの一撃…。
すんでのところで、ことりがその腕にしがみついた。
「こと…り…」
「ダメ…」
ことりは海未の顔を見て、二度三度と首を横に振った。
「…えぇ…わかっています…わかっていますが…」
海未は両の拳を握りこむと、感情を抑えるように、静かに言った。
「…穂乃果…今まで何をやっていたんですか…」
「あぁ…いゃあ…これには、ちゃんと訳があって…」
「聴きたくないです!!」
「海未ちゃん…」
「…どれだけ探したと思っているのですか!…みんなが、どれだけ心配したと…うぅ…ぐすっ…うっ…」
「…ごめん…」
その様子を見た穂乃果は、うなだれて、そう言うしかなかった。
「まあいいわ、早く中に入って、明日に備えましょ」
絵里が穂乃果の肩を抱いて、歩き出す。
ことりと凛も、ワナワナと身体を震わせている海未を、支えるようにして、ゆっくりとホテルの中に戻った。
「穂乃果が帰ってきたわ!」
絵里が中で待機してた、希、にこ、花陽、真姫に声を掛けると、4人は『仕事から帰ってきたよ父親を出迎える、幼き娘のように』彼女へと走り寄った。
「穂乃果ちゃん、お帰り。寒かったやろ…」
「よかった!無事だったんですね!」
「遅いわよ~!」
「ほ~んと、いつまで待たせる気?」
にこと真姫の、いつもと変わらない言葉。
今の穂乃果にとって、これはとてつもなく嬉しかった。
できれば、全員『穂乃果らしいね…』と笑い飛ばして欲しかった。
だが、海未のそれを見ていると、そんなに簡単には済まされないことが良くわかった。
「ねぇ、みんな…ごめんなさい。私、また、みんなに心配かけちゃった…」
穂乃果はその場に正座をすると、深々と頭を下げた。
「穂乃…」
その姿になにか言おうとした海未だったが、真姫が後ろから、その口を塞いだ。
「もういいじゃない…」
「真姫…」
「それより、穂乃果ちゃん。手に持ってるのは、なんやろか?」
「手?あ、これ、マイクスタンドのケースだよ。穂乃果、弾き語りしていた日本人のお姉さんに助けてもらって…うわっ!!返すの忘れちゃったよ!」
「助けられた?」
「うん。みんなとはぐれちゃったら、降りる駅もホテルの名前もわからなくなっちゃって…困って街をさまよっていたら、きれいな声で歌うお姉さんにがいて…見たら日本人っぽかったから、話し掛けて…そうしたらその人が優しい人で『多分ここじゃないか』…って、穂乃果をホテルまで連れてきてくれたんだ」
「ホテルまで…」
「連れてきた?」
ことりと凛は、顔を見合わせた。
そして、その言葉に険しい表情をしたのは、絵里と海未。
「えっ?どうしたの?横断歩道のところまで、一緒にいたんだけどなぁ…みんなの顔をみたら嬉しくて、走り出しちゃったから、お礼を言いそびれた…って、なんでそんな顔をしてるの?」
「誰もいなかったにゃ…」
「えっ?」
「穂乃果ちゃんしかいなかったにゃ…」
「いたよぅ!穂乃果の横に!」
「穂乃果ちゃんだけだった…」
「ま~たまた、ことりちゃんまで…」
「いえ、確かに穂乃果だけでした」
「えぇ、穂乃果だけだったわ…」
「海未ちゃん?絵里ちゃん?見えなかっただけじゃ…」
「周りは暗いとはいえ、歩道はお店の明かりがありましたので」
「だから、結構向こうにいても、あなただってわかったの…」
「穂乃果ちゃん、ひょっとして、ひょっとするんやない?」
「の、希ちゃん…まさか…だって、ほら証拠の品…」
と穂乃果は手にしたマイクスタンドのケースを見せる。
「でも、それなら、急いで取りに来るんやない?それが来ないってことは…」
「見ちゃいけないものを見ちゃった!?」
「花陽!やめてよ!なんでここまで来てそんな話を聴かされなきゃいけないのよ!眠れなくなるじゃない!」
「大丈夫!なにかあったらウチが守ってあげるから!おんなじ部屋やし」
「お、お願いするわ」
「まぁ、常識的に考えれば、その人は『ここまで来ればわかるだろう』って、近くまで来て引き返したんじゃない?」
「きっと『礼はいらないよ!』『せめてお名前だけでも』『通りすがりのシンガーさ』みたいな感じだったんだにゃ」
「そ、そうですね。私たちが見えなかったのは、きっと死角みたいなところがあったのでしょう。荷物を取りに来ないのは、まだ、それに気付いていないのです。きっと、穂乃果みたいに、お人好しだけど、おっちょこちょいなのです!だいたい、そのような霊的な話など、非科学的です!」
「真姫ちゃんも、海未ちゃんも夢がないねぇ?世の中にはスピリチュアルな事象も存在するやから」
「もう、おしまいにしましょ!その話は…。その代わり、みんなに迷惑を掛けたというなら、明日はあなたが引っ張って、最高のパフォーマンスにしてね!」
「絵里ちゃん…」
絵里が強引に話を断ち切ったのを見て、思わずみんなが吹き出した。
「なにかおかしい?」
「いやいや…。そうやね…ウチらの最後のステージなんだから、よろしく」
「ちょっとでも手抜いたら、承知しないよ!」
「うん!希ちゃん、にこちゃん!もちろんだよ!」
「じゃあ、明日に向けて、気合い入れて寝るにゃ~!」
「寝るのに気合い入れてどうするのよ!?」
「にゃ?真姫ちゃん…」
あはははは…
~つづく~