【ラブライブ μ's物語 Vol.1】Can't stop lovin'you! ~花陽ちゃんへの愛が止まらない~ 作:スターダイヤモンド
穂乃果がA-RISEと面会していた頃、花陽と絵里はファストフード店にいた。
花陽は眼鏡を掛け、絵里は髪をおろしている。
『それなりに』身なりには気を使って外出してきたようだ。
「にこみたいにサングラスにマスクじゃ、逆に怪しまれそうだもの」
「はい。あれはやりすぎですね」
そう言って2人は笑う。
店内には、家族連れを含めた数組の客がいたが、幸いにして、2人には気付いていないようだった。
「それにしても花陽から私を誘うなんて、珍しいわね…」
「ごめんなさい…家に帰ったところ、呼び出しちゃったりして」
「別に構わないわよ。戻っても、することないし…。それより、ちょっと嬉しかったかも」
「えっ?」
「だって、私、後輩から誘われたことなんてないんだもの…」
「あ…」
「まぁ、私も誘ったことがないんだけど…。今になって、もっと気に掛けてあげれば良かったな…って後悔してるの」
「そうなんですか?」
「やっぱり、私って話し掛けづらい?」
「そ、そんなことないです。今は海未ちゃんの方がよっぽど怖い…あっ!…」
「いいのかな?そんなこと言っちゃって?」
「…うぅ…し、失言です…」
「うふふ…」
「あはは…。正直言うと、最初は少し怖かったです…。怖かったというか、何もかも完璧で…花陽なんかが喋っちゃいけない、雲の上の人…だと思ってました」
「そんなことないのにね…」
「はい。本当はすごく優しくて、お茶目な人でビックリしました」
「そう?ありがとう。でも、あなたたちが変えてくれたのよ?」
「えっ?」
「今から思うと、希に『してやられた』って感じだけど…あなたたちに出会って、私は変わった。μ'sに入らなければ、こんなに楽しく、充実した高校生活は送れなかった。本当に感謝しているわ」
「えへへ…絵里ちゃんにそう言ってもらえると嬉しいです」
「花陽は…成長したわね」
「へっ?そ、そうですか?」
「部長としての自覚も出てきたみたいだし、安心して亜里沙を任せられるわ」
「…は、はい、頑張ります!」
その時だった…
店内にいた家族連れ…母親とその娘2人…が、花陽と絵里のもとへと、やって来た。
子供は小学生くらいに見えた。
「あの~、絢瀬さまと小泉さまでしょうか…」
とても丁寧な口調で、母親が2人に話し掛けてきた。
「えっ!?」
「は、はい…」
やっぱりそうですわ!と、はしゃぐ子供。
静かになさい!と母親は、それを嗜めた。
「お食事中すみません。本来でしたら、こういう時にお声を掛けてはいけないのでしょうが、ご無礼をお許しください」
「はぁ…」
突然のことに、目が点になる花陽と絵里。
「実は娘ふたりがμ'sさまの大ファンでして…」
「えっ?あ、ありがとうございます」
「春休みを利用してこちらに旅行に来ていたのですが…」
と母親。
すると…姉…と思われる方が
「どうぞご覧ください」
と持っていた紙袋の中身を見せる。
「…ハラショー!!…」
「…私たちの…」
中には、花陽が通っているアイドルショップで入手したであろうμ'sのグッズが、ビッシリと詰まっていた。
「ついつい、いっぱい買ってしまいました!」
そう言うと姉は満面の笑みになった。
「そこで、大変申し訳ございませんが、差し支えなければ、サインを頂きたく…」
母親がゆっくりと頭を下げると、子供も同じように、身体を『くの字』にした。
「サインでよければ…」
「ええ、構いませんよ」
「あ、ありがとうございます!」
「どこに書きましょうか?」
「で、でしたら、こ、こちらに!」
姉と妹は紙袋の中身をゴソゴソと漁ると、それぞれ2枚づつ、写真を取り出した。
「あ、絵里ちゃんだ」
「花陽の…」
「はい、9人、全員のを買いましたので!ですが、まさか、ご本人とお会いできるとは…夢のようでございますわ」
長い黒髪の姉は、目をキラキラさせて2人を見る。
「うふふ…こんな小さい子にまで知ってもらえてるなんて、すごく嬉しいです」
「そうね」
花陽と絵里が、姉からペンを受け取る。
「じゃあ、ここに書いていいかな?」
「は、はい…お願いします!…あっ!」
「?」
「あの…ダイヤさんへ…って、書いてもらってもよろしいでしょうか?」
「はい…ダイヤさんへ…と」
「妹さんは?」
「うぅ…あ、あの…ル…」
「名前くらい、しっかり伝えなさい!」
「ル、ルビィ…です…」
「ルビィちゃんね…」
「はい、どうぞ!」
「あ、ありがとうございます!」
「いいえ、どういたしまして」
「さ、最後に握手をして頂いても、よろしいでしょうか」
「はい!」
「あ、ありがとうございます!静岡から来た甲斐がありました!こ、これからも、応援しております!!頑張ってください!」
ダイヤと名乗った少女は、そう礼を言うと、母親と妹と、何度も何度も頭を下げ、名残惜しそうに、2人の前から去っていった。
「…小学生…だよね?」
「たぶん10歳くらいかと…」
「話し方が海未みたいだったわ」
「すごく、しっかりしていましたね」
「逆に妹は、花陽みたいだったけど」
「えっ?そうですか?」
「少し前までの花陽って、あんな感じだったじゃない。モジモジしてて…」
「…言われてみれば…。それにしても、わざわざ静岡から…って」
「すごいわね…」
「これからも、応援してます…って言われちゃいました…」
「…」
「ちょっと、心苦しかったです…」
「…そうね…」
絵里がそう答えたあと、少し間ができた。
「やっぱり…無理ですか?」
「えっ?」
「スクールアイドルμ'sではなく『ただのμ's』として、活動を続けるのは?」
「…私を呼び出したのは、その話なんでしょ?」
「…はい…」
「…そうじゃないかと思ってた…」
「絵里ちゃん、なにかすごく迷ってる感じがして…」
「ハラショー…さすが部長、よく見てるわね…」
「ずっと周りの目を気にしながら生きてきたので、そういうことには、敏感になってるんだと思います…あまり嬉しくないですが」
「気配りができる…素敵なことよ」
「はぁ…」
「そうねぇ…」
絵里は、心を落ち着かせるかのように、冷めきった紅茶を口にした。
「迷ってるっていうのは、その通り。続けられるのであれば、続けたい。気持ちだけなら100%続行!」
「…なら…」
「でもね…身体がそれを許してくれないのよ…」
「!」
花陽の表情が一瞬にして蒼醒めた。
「あ、大丈夫よ!命に関わるようなことじゃないから」
「あっ…あ…本当ですか?…」
「うん」
「はぁ~…良かったです…」
力が抜けて、花陽は椅子の上でフニャフニャになった。
だが、すぐに気を取り直すと
「じゃあ、身体が許してくれない…って?」
と訊く。
「実はね…膝に爆弾を抱えているの」
「ヒザにバクダン!?」
「左脚に…ね」
「プ、プロレスラーみたいですね…」
「長い間、だましだましやってきたんだけど…」
「長い間?」
「バレエを断念した原因のひとつでもあるの…」
「えっ!?」
「正式な名前じゃないんだけど『膝内症(しつないしょう)』って言って…私の場合、膝の関節とお皿の間が狭いらしいの。それで激しい運動をすると、そこが擦れて、水が溜まって、腫れて、曲がらなくなって…」
「大事(おおごと)じゃないですか!」
「日常生活をしてる分には支障はないんだけど…激しい運動はドクターストップがかかってるの」
「じゃあ、今までは…」
「自分なりにコントールしながら、やってきたから…」
「希ちゃんとにこちゃんは…」
「伝えてあるわよ…。でも、もう活動は終わりにするつもりでいたし、改めてみんなに言わなくても…って…」
「…」
「もちろん、続けたい!って気持ちもある!だけどスクールアイドルっていうカテゴリーから外れたら、もっと高いクオリティーを求めなきゃいけない…。ハードな練習やライブに、膝が耐えられるか…自分の中で折り合いがつかなかったの」
「絵里ちゃん…」
「続けたとして、だけど、すぐ離脱して迷惑を掛けるなら、初めからいない方がいいんじゃないかって…」
「穂乃果ちゃんが倒れた時みたいに…ですか?」
「そうね…引き合いに出したら悪いけど…」
「でも、それも含めて、みんなで助け合ってきたのがμ'sじゃないですか…」
「スクールアイドルでいるうちは、いいのかもしれない。趣味で続けるなら。いいのかもしれない。…でも、私たちはラブライブで優勝したチームなの。だから、それ以下のパフォーマンスを見せることは、後輩たちに失礼だと思うの。アイドルがどういう存在なのか、花陽が一番わかってるでしょ!」
「…」
花陽は頭を抱えこんだ。
「ごめんなさい、黙ってて…」
「にこちゃんはそれを知ってて…絵里ちゃんに無理をさせたくなくて…だから、あんなことを…」
「バカよね…『私はやりたい!』って言えば…いいの…に…」
「絵里ちゃん?」
「…ご…めん…」
「えっ?」
「花陽…私は…完璧な人間なんかじゃ…ない…」
「!」
「弱くて、弱くて、弱くて…どうしようもなく弱くて…」
「絵里ちゃん…」
…涙?…
「私、どうしたらいいか、わからない!!」
「絵里ちゃん!」
「まだ、あなたたちと続けたい!歌いたい!」
「絵里ちゃん!」
「でも…怖いの!迷惑掛けたくないの!」
「絵里ちゃん!」
「もう、やめるつもりでいたのに…もう歌わないと決めたのに…さっきの子を見たら、わからなくなっちゃった!花陽!教えて!私はどうすればいいの!?」
「絵里ちゃん、落ち着いて!!」
周りにいた客が何事かと、2人を見ている。
すみません…大丈夫です…と花陽が頭を下げ、そのまま絵里を店の外に連れ出した。
絵里は、近くの公園のベンチに座っていた。
花陽に連れられてここまで来たのだが、絵里は「ひとりにさせて…」と彼女を家に帰したのだった。
公園にくる途中、花陽が自販機で買った缶の紅茶を口にすると、ベンチから立ち上がり「ふぅ~」と深呼吸する。
「もう大丈夫!落ち着いたわ」
周囲に人はいない。
それでも、わざと声に出して言ったのは、一種の自己暗示か。
…とは言え、立ち直ったわけではない。
再び、ベンチに腰を下ろすと、深いため息をついた。
…自己嫌悪だわ…
…あんなに取り乱すなんて…
…花陽には、恥ずかしいところを見られちゃったな…
…それにしても…
…強くなったわね…
絵里は静かに空を見上げた。
…三日月…星…
…ゆっくり眺めたことなんか、なかったな…
…私たちは、いつまで輝くことができるのかしら…
「えりち!」
「絵里!」
不意に声を掛けられて、絵里は現実世界に呼び戻された。
「希!?にこ!!…どうして?」
「決まってるやん!可愛い可愛い後輩が連絡くれたんよ」
「生意気に『あとはお願いします!』だって」
「花陽…」
「まぁ、アタシの弟子だから、それくらい当然だけどね!」
「うん…うん…」
「な、なによ!そこは突っ込んでくれないと、調子狂うじゃない!」
「希…にこ…わざわざ、ありがとう…」
絵里の目から光るものが流れ落ちたが、それを見られぬよう、クルッと背を向けた。
にこと希は、それに気付かないフリをして、そっと後ろから彼女の腕に寄り添った…。
~つづく~