【ラブライブ μ's物語 Vol.1】Can't stop lovin'you! ~花陽ちゃんへの愛が止まらない~   作:スターダイヤモンド

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やりたいことは その16 ~きっと、それは、彼女たちにとって一生の想い出~

 

 

 

 

 

穂乃果がA-RISEと面会していた頃、花陽と絵里はファストフード店にいた。

 

花陽は眼鏡を掛け、絵里は髪をおろしている。

『それなりに』身なりには気を使って外出してきたようだ。

 

「にこみたいにサングラスにマスクじゃ、逆に怪しまれそうだもの」

「はい。あれはやりすぎですね」

そう言って2人は笑う。

 

店内には、家族連れを含めた数組の客がいたが、幸いにして、2人には気付いていないようだった。

 

 

 

「それにしても花陽から私を誘うなんて、珍しいわね…」

「ごめんなさい…家に帰ったところ、呼び出しちゃったりして」

「別に構わないわよ。戻っても、することないし…。それより、ちょっと嬉しかったかも」

「えっ?」

「だって、私、後輩から誘われたことなんてないんだもの…」

「あ…」

「まぁ、私も誘ったことがないんだけど…。今になって、もっと気に掛けてあげれば良かったな…って後悔してるの」

「そうなんですか?」

「やっぱり、私って話し掛けづらい?」

「そ、そんなことないです。今は海未ちゃんの方がよっぽど怖い…あっ!…」

「いいのかな?そんなこと言っちゃって?」

「…うぅ…し、失言です…」

「うふふ…」

「あはは…。正直言うと、最初は少し怖かったです…。怖かったというか、何もかも完璧で…花陽なんかが喋っちゃいけない、雲の上の人…だと思ってました」

「そんなことないのにね…」

「はい。本当はすごく優しくて、お茶目な人でビックリしました」

「そう?ありがとう。でも、あなたたちが変えてくれたのよ?」

「えっ?」

「今から思うと、希に『してやられた』って感じだけど…あなたたちに出会って、私は変わった。μ'sに入らなければ、こんなに楽しく、充実した高校生活は送れなかった。本当に感謝しているわ」

「えへへ…絵里ちゃんにそう言ってもらえると嬉しいです」

「花陽は…成長したわね」

「へっ?そ、そうですか?」

「部長としての自覚も出てきたみたいだし、安心して亜里沙を任せられるわ」

「…は、はい、頑張ります!」

 

 

 

その時だった…

 

 

 

店内にいた家族連れ…母親とその娘2人…が、花陽と絵里のもとへと、やって来た。

子供は小学生くらいに見えた。

 

「あの~、絢瀬さまと小泉さまでしょうか…」

とても丁寧な口調で、母親が2人に話し掛けてきた。

「えっ!?」

「は、はい…」

やっぱりそうですわ!と、はしゃぐ子供。

静かになさい!と母親は、それを嗜めた。

「お食事中すみません。本来でしたら、こういう時にお声を掛けてはいけないのでしょうが、ご無礼をお許しください」

「はぁ…」

突然のことに、目が点になる花陽と絵里。

「実は娘ふたりがμ'sさまの大ファンでして…」

「えっ?あ、ありがとうございます」

「春休みを利用してこちらに旅行に来ていたのですが…」

と母親。

すると…姉…と思われる方が

「どうぞご覧ください」

と持っていた紙袋の中身を見せる。

 

「…ハラショー!!…」

「…私たちの…」

中には、花陽が通っているアイドルショップで入手したであろうμ'sのグッズが、ビッシリと詰まっていた。

 

「ついつい、いっぱい買ってしまいました!」

そう言うと姉は満面の笑みになった。

「そこで、大変申し訳ございませんが、差し支えなければ、サインを頂きたく…」

母親がゆっくりと頭を下げると、子供も同じように、身体を『くの字』にした。

「サインでよければ…」

「ええ、構いませんよ」

「あ、ありがとうございます!」

「どこに書きましょうか?」

「で、でしたら、こ、こちらに!」

姉と妹は紙袋の中身をゴソゴソと漁ると、それぞれ2枚づつ、写真を取り出した。

「あ、絵里ちゃんだ」

「花陽の…」

「はい、9人、全員のを買いましたので!ですが、まさか、ご本人とお会いできるとは…夢のようでございますわ」

長い黒髪の姉は、目をキラキラさせて2人を見る。

「うふふ…こんな小さい子にまで知ってもらえてるなんて、すごく嬉しいです」

「そうね」

花陽と絵里が、姉からペンを受け取る。

「じゃあ、ここに書いていいかな?」

「は、はい…お願いします!…あっ!」

「?」

「あの…ダイヤさんへ…って、書いてもらってもよろしいでしょうか?」

「はい…ダイヤさんへ…と」

「妹さんは?」

「うぅ…あ、あの…ル…」

「名前くらい、しっかり伝えなさい!」

「ル、ルビィ…です…」

「ルビィちゃんね…」

「はい、どうぞ!」

「あ、ありがとうございます!」

「いいえ、どういたしまして」

「さ、最後に握手をして頂いても、よろしいでしょうか」

「はい!」

「あ、ありがとうございます!静岡から来た甲斐がありました!こ、これからも、応援しております!!頑張ってください!」

ダイヤと名乗った少女は、そう礼を言うと、母親と妹と、何度も何度も頭を下げ、名残惜しそうに、2人の前から去っていった。

 

 

 

「…小学生…だよね?」

「たぶん10歳くらいかと…」

「話し方が海未みたいだったわ」

「すごく、しっかりしていましたね」

「逆に妹は、花陽みたいだったけど」

「えっ?そうですか?」

「少し前までの花陽って、あんな感じだったじゃない。モジモジしてて…」

「…言われてみれば…。それにしても、わざわざ静岡から…って」

「すごいわね…」

「これからも、応援してます…って言われちゃいました…」

「…」

「ちょっと、心苦しかったです…」

「…そうね…」

絵里がそう答えたあと、少し間ができた。

 

「やっぱり…無理ですか?」

「えっ?」

「スクールアイドルμ'sではなく『ただのμ's』として、活動を続けるのは?」

「…私を呼び出したのは、その話なんでしょ?」

「…はい…」

「…そうじゃないかと思ってた…」

「絵里ちゃん、なにかすごく迷ってる感じがして…」

「ハラショー…さすが部長、よく見てるわね…」

「ずっと周りの目を気にしながら生きてきたので、そういうことには、敏感になってるんだと思います…あまり嬉しくないですが」

「気配りができる…素敵なことよ」

「はぁ…」

「そうねぇ…」

絵里は、心を落ち着かせるかのように、冷めきった紅茶を口にした。

 

「迷ってるっていうのは、その通り。続けられるのであれば、続けたい。気持ちだけなら100%続行!」

「…なら…」

「でもね…身体がそれを許してくれないのよ…」

 

 

 

「!」

花陽の表情が一瞬にして蒼醒めた。

 

 

 

「あ、大丈夫よ!命に関わるようなことじゃないから」

 

 

 

「あっ…あ…本当ですか?…」

「うん」

「はぁ~…良かったです…」

力が抜けて、花陽は椅子の上でフニャフニャになった。

 

だが、すぐに気を取り直すと

「じゃあ、身体が許してくれない…って?」

と訊く。

 

 

 

 

 

「実はね…膝に爆弾を抱えているの」

 

 

 

 

 

「ヒザにバクダン!?」

 

 

 

 

 

「左脚に…ね」

「プ、プロレスラーみたいですね…」

「長い間、だましだましやってきたんだけど…」

「長い間?」

「バレエを断念した原因のひとつでもあるの…」

「えっ!?」

「正式な名前じゃないんだけど『膝内症(しつないしょう)』って言って…私の場合、膝の関節とお皿の間が狭いらしいの。それで激しい運動をすると、そこが擦れて、水が溜まって、腫れて、曲がらなくなって…」

「大事(おおごと)じゃないですか!」

「日常生活をしてる分には支障はないんだけど…激しい運動はドクターストップがかかってるの」

「じゃあ、今までは…」

「自分なりにコントールしながら、やってきたから…」

「希ちゃんとにこちゃんは…」

「伝えてあるわよ…。でも、もう活動は終わりにするつもりでいたし、改めてみんなに言わなくても…って…」

「…」

「もちろん、続けたい!って気持ちもある!だけどスクールアイドルっていうカテゴリーから外れたら、もっと高いクオリティーを求めなきゃいけない…。ハードな練習やライブに、膝が耐えられるか…自分の中で折り合いがつかなかったの」

「絵里ちゃん…」

「続けたとして、だけど、すぐ離脱して迷惑を掛けるなら、初めからいない方がいいんじゃないかって…」

「穂乃果ちゃんが倒れた時みたいに…ですか?」

「そうね…引き合いに出したら悪いけど…」

「でも、それも含めて、みんなで助け合ってきたのがμ'sじゃないですか…」

「スクールアイドルでいるうちは、いいのかもしれない。趣味で続けるなら。いいのかもしれない。…でも、私たちはラブライブで優勝したチームなの。だから、それ以下のパフォーマンスを見せることは、後輩たちに失礼だと思うの。アイドルがどういう存在なのか、花陽が一番わかってるでしょ!」

「…」

花陽は頭を抱えこんだ。

「ごめんなさい、黙ってて…」

「にこちゃんはそれを知ってて…絵里ちゃんに無理をさせたくなくて…だから、あんなことを…」

「バカよね…『私はやりたい!』って言えば…いいの…に…」

「絵里ちゃん?」

「…ご…めん…」

「えっ?」

「花陽…私は…完璧な人間なんかじゃ…ない…」

「!」

「弱くて、弱くて、弱くて…どうしようもなく弱くて…」

「絵里ちゃん…」

 

 

…涙?…

 

 

 

「私、どうしたらいいか、わからない!!」

「絵里ちゃん!」

「まだ、あなたたちと続けたい!歌いたい!」

「絵里ちゃん!」

「でも…怖いの!迷惑掛けたくないの!」

「絵里ちゃん!」

「もう、やめるつもりでいたのに…もう歌わないと決めたのに…さっきの子を見たら、わからなくなっちゃった!花陽!教えて!私はどうすればいいの!?」

「絵里ちゃん、落ち着いて!!」

周りにいた客が何事かと、2人を見ている。

すみません…大丈夫です…と花陽が頭を下げ、そのまま絵里を店の外に連れ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

絵里は、近くの公園のベンチに座っていた。

 

花陽に連れられてここまで来たのだが、絵里は「ひとりにさせて…」と彼女を家に帰したのだった。

 

 

 

公園にくる途中、花陽が自販機で買った缶の紅茶を口にすると、ベンチから立ち上がり「ふぅ~」と深呼吸する。

 

 

 

「もう大丈夫!落ち着いたわ」

周囲に人はいない。

それでも、わざと声に出して言ったのは、一種の自己暗示か。

 

…とは言え、立ち直ったわけではない。

再び、ベンチに腰を下ろすと、深いため息をついた。

 

 

 

…自己嫌悪だわ…

…あんなに取り乱すなんて…

…花陽には、恥ずかしいところを見られちゃったな…

 

…それにしても…

 

…強くなったわね…

 

 

 

絵里は静かに空を見上げた。

 

 

 

…三日月…星…

…ゆっくり眺めたことなんか、なかったな…

…私たちは、いつまで輝くことができるのかしら…

 

 

 

「えりち!」

「絵里!」

 

不意に声を掛けられて、絵里は現実世界に呼び戻された。

「希!?にこ!!…どうして?」

「決まってるやん!可愛い可愛い後輩が連絡くれたんよ」

「生意気に『あとはお願いします!』だって」

「花陽…」

「まぁ、アタシの弟子だから、それくらい当然だけどね!」

「うん…うん…」

「な、なによ!そこは突っ込んでくれないと、調子狂うじゃない!」

「希…にこ…わざわざ、ありがとう…」

 

絵里の目から光るものが流れ落ちたが、それを見られぬよう、クルッと背を向けた。

 

 

 

にこと希は、それに気付かないフリをして、そっと後ろから彼女の腕に寄り添った…。

 

 

 

 

 

~つづく~


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