【ラブライブ μ's物語 Vol.1】Can't stop lovin'you! ~花陽ちゃんへの愛が止まらない~ 作:スターダイヤモンド
希と花陽は、書店で小1時間あまりを費やし、それぞれ好きな本を2、3冊買った。
「たまには、こういう落ち着いた時間もいいですね」
「μ's始めてから、毎日慌ただしかったもんね。少しはリフレッシュ出来たんやない?」
「はい、何もかもが新鮮で、色々楽しかったです」
「おっと、まだ終わりやないんよ?」
「はい!まだ焼き肉が残ってます!」
「その通りやね!じゃあ、秋葉原に戻ろうか?」
「はい!」
どうやら、今日のラストイベントは焼き肉のようである。
むしろ、花陽にとってはこれが「メインイベント」なのかも知れない。
新宿は眠らない街である。
土曜の夕方であっても、行き交う人の数が減ることはない。
2人は、再び人込みを掻き分けながら、帰りの電車に乗る。
幸いにも、うまく座ることが出来た。
適度にエアコンが利いている車内。
「初デート」という緊張感。
地元に戻る安心感。
そして花陽を包み込んだ満腹感…。
そんなこんながあったのだろう、希も花陽も、すぐに睡魔に襲われてしまった。
《次は船橋…船橋に停まります…》
その車内アナウンスを、先に気付いたのは希だった。
…ん?…ふなばし…船橋…千葉?…
「花陽ちゃん!!花陽ちゃん!!起きて!起きて!」
「ひゃい、なんでひょう?焼き肉屋さんに着きましたか?」
「寝惚けてる場合やないよ!ウチら、乗り過ごてる!」
「ん?…ん?…」
「このままだったら幕張まで行っちゃうやん」
「ん…起きました…」
「大変やって!次の駅で降りるよ!」
「なんでですか?」
「だから、乗り過ごしたんやって」
「乗り過ごした?…今、どこですか?…」
「次、船橋!」
「船橋?千葉じゃないですか!」
「だから、そう言ってるやん!」
2人は、そんな漫才を繰り広げたあと次駅で降り、再び、秋葉原を目指した。
時間にして、およそ往復60分あまりのロス。
2人が秋葉原に戻って来たのは、間もなく19時になろうかとしていた。
「ごめんなぁ、ウチがしっかりしていれば…」
「いえ、希ちゃんが、起こしてくれなければ、本当に千葉(終点)まで、行ってるとこでしたから…」
「なんにしても、遅くなってしまったね…どうする?帰る?」
「あ…今日は食べてくる…と言ってあるので、帰ってもご飯はありません。なので、一緒に…」
「そうなん?ありがとう」
「では、早速行きましょう!お腹が空きました!」
花陽が足早に歩き始める。
「どこに行くか、知ってるん?」
「…そうでした…」
…ふふふ…だから好きなんよ…
希は花陽を連れて、目的の焼き肉屋へ目指した。
その焼き肉屋は食べ放題ではなかったが、ご飯のお代わりは自由だった。
どうして『焼き肉のタレ』と『ご飯』はこんなに相性がいいんでしょう!!…と、花陽は何度も店員を呼ぶ。
お代わりのコールが5回目を過ぎる頃には、周りの客がざわつき始め、10回目には拍手が起きた。
…花陽ちゃんはμ'sより先に、違うことで売れてしまうんやないやろか?…
希はその食べっぷりに感嘆した。
2人が店を出る頃には、20時半を回っていた。
「満足した?」
「はい、お腹いっぱいです」
「結局、奢ってもらってしまったね」
「世の中には、あんなに優しい人もいるんですね」
「稀(まれ)やと思うよ。花陽ちゃんは人がいいから、騙されんようにせんと…」
「はい」
会計を済ます5分前…2人の(というより花陽の)食べっぷりに感動した客のひとりが「オレが彼女たちの分を支払う」と名乗りを挙げたのだ。
希も花陽も当然断ったのだが、その客に他の客も同調し、最終的には数名の客で2人の食事代を『割り勘』にすることで落ち着いた。
店員から、サインを求められたが、それも丁重に断った。
「大食いタレントと間違えられてますよね…私たち」
いや、それは花陽ちゃんだけやん!と希は心の中でツッコミを入れた。
そして希も花陽も、ただただ恐縮し、店を出たのだった。
「それにしても…すっかり遅くなってしまったね」
「そうですね」
「今日はありがとう」
「いえいえ、こちらこそ…。すごく楽しかったです。また時間があったら遊びましょう。今度は花陽がエスコートしますよ」
「グルメツアーになりそうやね。ウチ、ついていけるかな?」
「お腹を空かせて来て下さいね…。あ、では、花陽はここで…」
「そやね…じゃあ、明日…」
「明日は10時からでしたよね?寝過ごしちゃダメですよ!」
「花陽ちゃんもね…」
「では、おやすみなさい」
「おやすみ…」
花陽は小路(こみち)を右に曲がって、帰路についた。
しかし数歩進んだところで、希に呼び止められた。
忘れ物でもしたかな?…花陽が再び、希に歩み寄る。
「はい?」
「思ったんやけど…花陽ちゃん、今日、ウチのとこに泊まっていかへん?」
「えっ!?…」
想定外の言葉に、花陽はしばし絶句した…。
「さすがに、この時間、ひとりで帰す訳にはいかんやん」
「大丈夫ですよ」
「この街は決して治安のいいとこではないんよ。花陽ちゃんみたいな娘がひとりで歩いてることを考えたら、それは危な過ぎるやん」
「それは、希ちゃんも」
「だから、一緒にウチんとこに泊まろうって。こっちの方が近いやろ」
「まぁ、そうですが…」
「家にはウチから電話してあげるから」
「は、はぁ…」
「花陽ちゃん、家に電話して」
「本当にですか?」
「冗談言ってるように見える?」
確かに、わざわざ帰宅を引き留めて話すことではない…と花陽も思った。
「…でも、ご迷惑では?」
「迷惑な訳…ないやん…」
希は少し照れたように花陽を見たあと、視線を足元に落とした。
いつもと違う希の雰囲気に…何故かこれは断っちゃいけない気がする…と花陽が折れた。
「…はい、わかりました。ちょっと待って下さいね…」
花陽はスマホを取り出すと、自宅に電話した。
「もしもし、あ、お母さん?花陽だけど、うん、ごめんなさい、遅くなっちゃって、あ、今、先輩に代わるね…」
「お電話代わりました。花陽さんと同じ部活の東條希と申します。いえ、こちらこそ…はい、すみません、私が付き合わせてしまって遅くなりました。…それで、今日はもう、この時間ですので、ウチに泊まってもらおうと思いまして…いえいえ、ご心配なく。はい、明日は練習がありますので、朝には…はい、では、失礼します」
交渉成立…と、希は軽くVサインをして、花陽にスマホを返した。
「じゃあ、行こうか?」
「はい…お世話になります」
緩やかに風が吹いてきた。
さすがにこの時間になると、秋の気配を感じる。
満腹状態の花陽には心地良かったが、希は少し肌寒かったようだ。
「花陽ちゃん、少し寒くない?」
「そうですか?これ、羽織ります?」
と、持ち歩いていたサマーカーディガンを手渡す。
「ありがとう…。ついでに…腕、組んでもいい?」
「大丈夫ですか?具合悪いんですか?」
「うん、大丈夫やけど…たまには甘える側になってみようかと」
「酔っぱらってます?お酒…飲んでないですよね?」
「知らないうちに飲んだかも…」
「また花陽はからかうんですね…」
希は…バレたか…と舌を出した。
…でも、甘えたいのは本心なんよ…
~つづく~