【ラブライブ μ's物語 Vol.1】Can't stop lovin'you! ~花陽ちゃんへの愛が止まらない~ 作:スターダイヤモンド
「『それ以外のもの』は、みんなあるから」と希に言われ、花陽はコンビニで『歯ブラシだけ』を買った。
歩くこと数分…。
「ここがウチの住まいなんよ」
と希が案内したのは、小さな公園の前にあるマンションだった。
エントランスを抜けると、エレベーターで最寄りの階へと上がり、希が歩を進める。
そして、とあるドアの前で立ち止まった。
希がバッグから鍵を出した瞬間、花陽は思わず「えっ!?」と声を出した。
「ひょっとして…家、誰もいないんですか?」
「だから、迷惑やないよ…って言ったやん」
「確かに、そう聴きましたけど…。今日はご家族の方、お出掛けですか?」
「ん?まぁ、ここじゃなんやから…中に入って」
「あ、はい…お邪魔します…」
希は履いていたミュールを脱ぎ捨て、先に中に入っていった。
「ごめん、鍵閉めといて」
と奥から希の声。
花陽は振り返り、鍵を閉めるとドアチェーンを掛けた。
そうしてから、履いてきたスニーカーを脱ぎ、希のと一緒に揃え直して、中に入った。
…あれ、2足…だけ?…
花陽に芽生えた僅かな疑念…。
だが、希の声にそれはすぐに掻き消された。
「待ってね、今、お茶沸かすから」
「あの、どうぞお構い無く…」
「そんな訳にはいかないやん?大事なお客様やもん。あぁ、そこに座って…」
ダイニングテーブルにはイスが2脚あり、花陽は入り口に近い方に腰を掛けた。
「何か手伝いましょうか?」
「いいから、いいから、座ってて」
「はぁ…」
その間に花陽は部屋を眺める。
全体的に清潔感に溢れており、非常にスッキリとしている。
希の性格なのか、テーブルの上にも、キッチンの上にも、気持ち良いほど何も置かれていない。
整理整頓が行き届いているということなのだろう。
しかし、花陽には玄関を入った時から少なからず『不自然さ』を感じていた。
居室自体は、特に豪華な作りでもなく、逆に変わったとこがあるわけでもない。
おそらく、一般的なマンションの間取り。
それでも拭えない違和感…。
「あの…」
「お待たせ…」
花陽が言いかけたのと同時に、希が戻ってきた。
「ん?」
「あ、いや…なんでもないです」
その話題には触れちゃいけないのかも知れない…花陽は頭に浮かんだ疑問を胸にしまいこんだ。
希が食器棚から湯飲みを出す。
その棚もきちんと整理されていた。
希は再沸騰させたポットから急須にお湯を注ぎ、湯飲みにお茶を入れた。
「はい、どうぞ」
「ありがとうござます…あ~あったかいです」
「外、結構涼しかったからね。暖まるやろ」
「はい!それにすごく美味しいです!これは抹茶入りですね?」
「さすが花陽ちゃんやね」
「いやぁ…これくらいは、誰でもわかりますよ…あははは…」
花陽の過剰なくらいなリアクション。
それが、災いしたのか、そのあと不意に訪れた、しばしの沈黙。
静寂な時間。
…えっ…どうしよう、変なこと言っちゃったかな…
花陽の顔から笑みが消えた。
「…気になる?」
「えっ!?…」
「ウチの家族のこと」
「あっ!…い、いえ…その…」
どう答えるのが正解なのか、花陽にはわからなかった。
ただ、今日、ここに呼ばれた理由はそこにあるのではないかと思い、正直に訊いてみることにした。
「気にならないと言えば…ウソになります…希ちゃんからご家族のこと含めて、プライベートな話はあまり聴いたことがないですし…」
「隠すつもりは無かったんやけど、変に心配されるのもアレやから、黙ってたんよ」
「…ひとり暮らし…なんですね?…」
「実はね…」
花陽がここに来てから抱いていた違和感。
それはこれだった。
部屋全体の空間に対して『物』が少なすぎるのだ。
スカスカしてる…という表現が妥当なのだろうか。
玄関の靴、テーブルやキッチンの上、食器棚…何もかもが綺麗に整理され過ぎていた。
どうやらそれは『余計な物がない』というのが、理由だったようだ。
「あ、誤解せんでね。両親は亡くなった訳でもないし、ウチが捨てられた訳でもないんよ」
「あ、違うんですか…」
「ふふふ…父が転勤族でね…ウチもあっちこっち転校したけど、さすがに引っ越すのにも疲れちゃって。…で、高校に入ってからは無理言って、ひとりで住まわせてもらってる…っわけ」
「それは…本当の話ですか?」
「疑っとるん?」
「色々からかわれてますから」
「安心して…これは本当。だから、本人の意思でひとり暮らしをしてるんやから、変な心配とか同情とか要らいらんのよ」
「少し、安心しました」
花陽に笑顔が戻った。
「だとすると、逆にスゴいですね」
「なにが?」
「いや、高校に入ってからですよね?大人というか、自立してるというか…」
花陽は、希が年齢以上に成熟して見える理由の一端を知った気がした。
「それが、そうでもないんやけどね」
希はそう言ってお茶を啜(すす)る。
お茶を飲み終えた希は
「そろそろやと思うんやけど…」
と呟いた。
それと同時に部屋の向こうから聞こえてくる、電子音のメロディと耳馴染みのある女性の声。
オフロガワキマシタ
ほら、ピッタリ!…と希は独り言。
「花陽ちゃん、お風呂が沸いたから、先に入ってきぃ」
「はい、わかりました!行ってきま~す!!…って、ええっ!?お風呂ですかぁ!?」
「見事なノリツッコミやねぇ…」
「今、お風呂って言いました?」
「そんなに驚くことじゃないやん?」
「凛ちゃんち以外のお風呂なんて、入ったことないです…」
「なら、また花陽ちゃんの歴史に新しい1ページが刻まれる…ってことやん」
希はとても嬉しそうに、そう言った。
~つづく~