【ラブライブ μ's物語 Vol.1】Can't stop lovin'you! ~花陽ちゃんへの愛が止まらない~   作:スターダイヤモンド

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新しいわたし その9 ~希の家~

 

 

 

 

 

「『それ以外のもの』は、みんなあるから」と希に言われ、花陽はコンビニで『歯ブラシだけ』を買った。

 

歩くこと数分…。

 

「ここがウチの住まいなんよ」

と希が案内したのは、小さな公園の前にあるマンションだった。

エントランスを抜けると、エレベーターで最寄りの階へと上がり、希が歩を進める。

そして、とあるドアの前で立ち止まった。

希がバッグから鍵を出した瞬間、花陽は思わず「えっ!?」と声を出した。

 

「ひょっとして…家、誰もいないんですか?」

「だから、迷惑やないよ…って言ったやん」

「確かに、そう聴きましたけど…。今日はご家族の方、お出掛けですか?」

「ん?まぁ、ここじゃなんやから…中に入って」

「あ、はい…お邪魔します…」

希は履いていたミュールを脱ぎ捨て、先に中に入っていった。

「ごめん、鍵閉めといて」

と奥から希の声。

花陽は振り返り、鍵を閉めるとドアチェーンを掛けた。

そうしてから、履いてきたスニーカーを脱ぎ、希のと一緒に揃え直して、中に入った。

 

…あれ、2足…だけ?…

 

花陽に芽生えた僅かな疑念…。

だが、希の声にそれはすぐに掻き消された。

 

「待ってね、今、お茶沸かすから」

「あの、どうぞお構い無く…」

「そんな訳にはいかないやん?大事なお客様やもん。あぁ、そこに座って…」

ダイニングテーブルにはイスが2脚あり、花陽は入り口に近い方に腰を掛けた。

「何か手伝いましょうか?」

「いいから、いいから、座ってて」

「はぁ…」

 

その間に花陽は部屋を眺める。

全体的に清潔感に溢れており、非常にスッキリとしている。

希の性格なのか、テーブルの上にも、キッチンの上にも、気持ち良いほど何も置かれていない。

整理整頓が行き届いているということなのだろう。

 

しかし、花陽には玄関を入った時から少なからず『不自然さ』を感じていた。

居室自体は、特に豪華な作りでもなく、逆に変わったとこがあるわけでもない。

おそらく、一般的なマンションの間取り。

それでも拭えない違和感…。

 

「あの…」

「お待たせ…」

花陽が言いかけたのと同時に、希が戻ってきた。

「ん?」

「あ、いや…なんでもないです」

その話題には触れちゃいけないのかも知れない…花陽は頭に浮かんだ疑問を胸にしまいこんだ。

 

希が食器棚から湯飲みを出す。

その棚もきちんと整理されていた。

 

希は再沸騰させたポットから急須にお湯を注ぎ、湯飲みにお茶を入れた。

「はい、どうぞ」

「ありがとうござます…あ~あったかいです」

「外、結構涼しかったからね。暖まるやろ」

「はい!それにすごく美味しいです!これは抹茶入りですね?」

「さすが花陽ちゃんやね」

「いやぁ…これくらいは、誰でもわかりますよ…あははは…」

花陽の過剰なくらいなリアクション。

 

それが、災いしたのか、そのあと不意に訪れた、しばしの沈黙。

静寂な時間。

 

…えっ…どうしよう、変なこと言っちゃったかな…

 

花陽の顔から笑みが消えた。

 

 

 

「…気になる?」

「えっ!?…」

「ウチの家族のこと」

「あっ!…い、いえ…その…」

どう答えるのが正解なのか、花陽にはわからなかった。

ただ、今日、ここに呼ばれた理由はそこにあるのではないかと思い、正直に訊いてみることにした。

 

「気にならないと言えば…ウソになります…希ちゃんからご家族のこと含めて、プライベートな話はあまり聴いたことがないですし…」

「隠すつもりは無かったんやけど、変に心配されるのもアレやから、黙ってたんよ」

 

「…ひとり暮らし…なんですね?…」

 

「実はね…」

 

花陽がここに来てから抱いていた違和感。

それはこれだった。

部屋全体の空間に対して『物』が少なすぎるのだ。

スカスカしてる…という表現が妥当なのだろうか。

玄関の靴、テーブルやキッチンの上、食器棚…何もかもが綺麗に整理され過ぎていた。

どうやらそれは『余計な物がない』というのが、理由だったようだ。

 

「あ、誤解せんでね。両親は亡くなった訳でもないし、ウチが捨てられた訳でもないんよ」

「あ、違うんですか…」

「ふふふ…父が転勤族でね…ウチもあっちこっち転校したけど、さすがに引っ越すのにも疲れちゃって。…で、高校に入ってからは無理言って、ひとりで住まわせてもらってる…っわけ」

「それは…本当の話ですか?」

「疑っとるん?」

「色々からかわれてますから」

「安心して…これは本当。だから、本人の意思でひとり暮らしをしてるんやから、変な心配とか同情とか要らいらんのよ」

「少し、安心しました」

花陽に笑顔が戻った。

「だとすると、逆にスゴいですね」

「なにが?」

「いや、高校に入ってからですよね?大人というか、自立してるというか…」

花陽は、希が年齢以上に成熟して見える理由の一端を知った気がした。

「それが、そうでもないんやけどね」

希はそう言ってお茶を啜(すす)る。

 

お茶を飲み終えた希は

「そろそろやと思うんやけど…」

と呟いた。

それと同時に部屋の向こうから聞こえてくる、電子音のメロディと耳馴染みのある女性の声。

 

オフロガワキマシタ

 

ほら、ピッタリ!…と希は独り言。

 

「花陽ちゃん、お風呂が沸いたから、先に入ってきぃ」

「はい、わかりました!行ってきま~す!!…って、ええっ!?お風呂ですかぁ!?」

「見事なノリツッコミやねぇ…」

「今、お風呂って言いました?」

「そんなに驚くことじゃないやん?」

「凛ちゃんち以外のお風呂なんて、入ったことないです…」

「なら、また花陽ちゃんの歴史に新しい1ページが刻まれる…ってことやん」

希はとても嬉しそうに、そう言った。

 

 

 

 

 

~つづく~


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