『各地の海水浴場を襲う凶悪な殺人鮫を討伐し、せっかくの安近短、お手軽庶民派バカンスのお預けを食った海水浴客と、海の家の経営者を救いたい!』
我らがヤンヤンが立案した計画(と彼女が呼ぶ物)はこうだ
step1 エサで鮫を集める
step2 檻で囲って閉じ込める
step3 船上からショットガンで釣瓶撃ち
今、茅ヶ崎海岸にクラーク財団所有の大型クレーン船がやって来た
大きなクレーンの先に垂らされた麻縄、そこに縛られたミントがスルスルと海面に迫る
「ちょっ、ちょっとヤンヤン! 何で私が餌になるのよ!」
「失礼ね! 餌になんかしないわよ! 生きの良い囮が必要なのよ! 奴らが集まったら鋼鉄の檻が下から競り上がって、ショットガンでバンよ!」
豚や牛の血肉がコマセとして撒かれ、海が真紅に染まる
間を置かず、幾つもの巨大な魚影がミントの足下を過る
「ヤ… ヤンヤン… 上げて…! 来たわよ、上げて!」
「ホオジロザメね! よしっ! 今、檻を起動するわっ!」
ヤンヤンが手元のレバーを操作する
『ドボンッ!』
麻縄がシュッと走り、ミントは勢い良く海中に没した
(ぷべぽぉ… ぷぷぷぺば…!)
ミントの眼前に大きな口を開けたホオジロザメが迫る!
出刃包丁の如き無数の巨大な鮫の歯が、ミントの柔肉を確実に捉えた…
茅ヶ崎海岸から程近い、JR藤沢駅から徒歩5分…
お洒落な店舗が居並ぶ銀座通りの一角にその店はある
カリカリに炒めたガーリックとオニオンで味付けされた、ワンポンドステーキ
この店の看板、『湘南スペシャル』
茅ヶ崎の空が紅に染まる頃、この厳ついビッグウェーブ目当てに、浅黒い肌の男達が集まる
湘南のサーファー達御用達の人気洋食店『A&M』
小粋なサザンのナンバーがかかる店内は今日も満員だ
そんな湘南のサーファー達から"茅ヶ崎の母"と呼ばれているのが、この店のオーナー、ヤンヤンさん(46)である
「あんたもいつまでもプラプラしてないで、そろそろ身を固めなさいよ~」
常連の若いサーファー達は、ヤンヤンさんにとってはまさに息子、娘も同然だ
彼女の回りには常に笑顔の輪か咲く
「俺~ 会社ヤメテ、プロ(サーファー)目指そうかなって~」
「あんたがプロやってける程、湘南の波は甘く無いわよ」
煙草を燻らせながら、"子供達" の相談に乗るヤンヤンさん
"子供達" もそんなヤンヤンさんを良く慕う
実の親には相談出来ない悩みも、"湘南の母" には出来るのだという
ふと店の奥、グラススタンドの間に飾られた"それ" に目が行った
旨いステーキを食わせる洋食店には不似合いな"それ"……
「あぁ… これ~…?」
面倒くさそうに手にした煙草をくわえ、飾られた"それ"……
12GAショットガンを手に取り、彼女はお茶目に構えて見せた
「昔、アタシをゴミの様に捨てた男が居てね… いつかそいつの頭をこれでぶっ飛ばしてやろうと思ってさ…!」
常連の人生相談には乗っても、自身の過去は語りたがらないというヤンヤンさん
「ママは昔、自分のせいで親友を鮫に殺された事があるのさ…」
隣に居合わせた年配の常連が、消え入る様な小さな声でボソリと呟いた
彼の話ではヤンヤンさんは年に数度、古惚けたクルーザーで港を出て行くという
不思議と彼女が海に出る日は、海岸近くに鮫が現れる日で、古いサーファー連中は彼女のクルーザーが港に無い日は海に出るのを控えるのだという
「親友の仇を討ちに行ってるんだって… 誰かがそんな事言っていたね…」
最後にそれだけ呟くと、彼はもう何も喋らなかった
「憎っいアイツをブチ殺すまで、アタシはこの街を離れられないのさ 来る日も来る日も、ステーキを焼き続けるのよ…」
煙草のヤニで黄ばんだ前歯を見せて、ヤンヤンさんはニヤリと笑った
日焼けした肌と目尻に浮かんだシワが、恰も彼女を歴戦の勇士の如く盛んに見せた
「そんな重い十字架を背負って余生を送るのはイヤよ!」
クレーンの運転席で鮫の食事風景を青ざめて眺めるヤンヤン
道具箱から便箋を取り出すと、ミントの筆跡を真似て、彼女の遺書を偽造するのだった
ヤンヤンに財産の相続権を委譲するとの文言添えて…