ミントはお花畑の中で目を覚ました
白、紫、ピンク、橙…
色とりどりの美しい小さな花弁が視界の縁を彩る
何とも言えない芳しく甘い香りが鼻腔を擽る
青く高く澄んだ空に、これまた美しい極彩色の蝶が泳ぐ様に舞っている
「……ここは………?」
ミントはゆっくりと起き上がる
見渡す限りの花の絨毯が、遥か地平の先までを埋めている
心地よいそよ風が、その絨毯に悠久の漣を織り成していく
そこは暑くもなく、寒くもなく、何もかもが只々美しい世界だった…
ミントは暫くぼんやりとその世界を眺めていた
徐々に朧気な記憶が形を取り戻していく
「そうだ… 私… 死んだのよね……」
どの位歩いただろうか…
宛があるわけでは無かった
只、シャボン玉の様に軽いミントの身体は、そよ風に押し流されて、何時の間にか寂寥とした深い渓谷の中をさ迷っていた
ふと、目の前にとてつもなく大きな白銀の門が現れた
ミントが近付くとそれは音も無く開かれ、その向こうの漆黒の世界に、道標の様な篝火の列が続いているのが見えた
ミントは門を潜り、その篝火の間を滑る様に進んで行く
やがて吹き消される様に辺りの篝火が消え、ミントは立ち止まり、闇の中に佇む
「ミント…… ミント・クラーク…」
突如、野太い声が空気を震わせた
姿は見えずとも、ミントはその声の主を知っていた
「はい、冥王様… ミントは裁きを受けに参りました」
その場に跪き、胸の前で掌を組み合わせるミント
「ミントよ… 汝が此処へ至るに及ぶ経緯を述べよ…」
「はい…… 」
ミントは現世での最後の時を回想した
親友に騙され、裏切られ、身体を押さえ付けられ、濡れたタオルを顔に被せられ…
金属バットで滅多打ちにされた気もする…
戦場で散華した時も…
無限の宇宙に放り出された時のあの絶望…
鮫の餌にされた時のあの恐怖…
北極のクレパスに置き去りにされた事もあった気が…
己の人生の余りの無慈悲の数々に、ミントは思わず落涙した
小さな嗚咽が闇の中に木霊した
「哀れなり、ミントよ… 汝は今何を願う… 」
「……?」
ミントは冥王の問いの意味が分からなかった
闇の中の一角に、ボウッと淡く輝く霞がかかり、そこにある光景が浮かび上がった
「汝を苦しめたる罪人は、この者か…」
そこにはファミマのプレミアチキンを頬張りながら、パチ屋で新台の抽選に並ぶヤンヤンの姿があった
後ろに並ぶ、ミウたん、ジャック、サクラに、
「乗り打ちね! 乗り打ちね!」
と、 油ぎった唇で語り掛けるヤンヤンの笑顔は、真夏の太陽の様に輝いていた
「ミントよ… 汝の命を奪いしこの罪女に、如何なる裁きを望むか… 汝の思うがままにしてしんぜよう…」
「……………………」
暫く霞の中のヤンヤンの姿を見詰めていたミントは、目を閉じると、再び胸の前で掌を組んで口を開いた
「冥王様… 楽しそうなヤンヤンの姿を見せて頂き、ありがとうございました ミントは… 私は… ヤンヤンに何の裁きも求めません…… 」
ミントの表情は聖母の様な慈愛に満ちていた
「彼女は私の一番の親友です… 辛い目にもあったけど、その何倍も楽しい思いをさせてくれました…」
「この罪女を許すと申すか……」
「許すも何も、憎んでなんていません… 彼女が私を憎んでいたとすれば、それは私の身から出た錆なのです… どうか彼女をお許し下さい…!」
姿も見えない冥王が小さく頷いたのが何故か分かった
「ヤンヤン、私の分まで幸せになってね… 絶対万枚ゲットだよ…」
徐々に掻き消えて行く霞の中の親友に、ミントは在りし日と同じ様に語り掛けた
「ミントよ…… 今度は汝の裁きを言い渡す…」
「……はい」
ミントは再び祈りの姿勢を取る
「自らが筆舌し難い苦痛を受けながら、その者を許し、尚も幸せを望むその姿… 冥府の主として永遠な時を刻んで参った余も、これ程まで心打たれた事はない…」
「………………」
閉じたミントの瞼の隅から、ダイアモンドの様な輝く滴が零れた
「汝の罪、許し難き…! 八大地獄、八万年行脚の刑を言い渡す!!」
「へっ!?」
突然の浮遊感、ミントは奈落の底に真っ逆さまに転落して行った
「ちょょょょっ!? いやぁぁぁっ!!」
『ドブンッ』
「あつっっっっっっっぃ!!!」
ミントが落ちたのは灼熱の熔岩の中だった
ミントの身体は一瞬で炎に包まれ、肉がドロドロと油の様に溶けていく
必死にもがき手を伸ばすミントの右手は忽ち骨になり、それすら溶けていく
「あぁぁ…… あぁぁぁ……」
次に気がついたのは再び闇の中だった
一瞬の浮遊感、直後に熱い何かが全身を貫く
「ギヤァァァァァァッッッ!!!」
針の山の頂にミントの身体は浮かんでいた
鋭い無数の針がミントの自重によって、ゆっくりとその身体の中を蹂躙していく
何かを叫ぼうとしたミントの喉仏を一際太い一本が貫き、その悲鳴を遮った
次に気がついたのは産婦人科の診察台の上だった
全裸でそこに拘束され、関節が外れる程開脚させられたミント
そのアナルに極太の浣腸が突き刺さる
「ほげぇゃゃゃゃゃゃっ!!」
バケツ三杯分もの大量のワセリンを一気に注入され、ミントの下腹部は風船の様に膨れ上がる
そこにグローブアームがヘビーボクサー級の衝撃を叩き込む
「ぶほえらっ!!」
『ブバババババッッッ!!』
ワセリンが排泄物を巻き込んで、噴水の様にミントのアナルを突き破る
次に気がついたのは狭いアクリルボックスの中だった
「!?」
突如、頭上から大きな塊が落下し、直後に頭上の蓋が閉じられた
不気味で大きな羽音が響き、塊の中から黒い煙が吹き出してくる
それは大きなスズメ蜂の巣だった
「イタッ! イタッ! 痛い痛いっ!! 痛いぃぃぃ!! ギャァァァァ!!?」
忽ち全身をスズメ蜂に蹂躙され、のたうちまわるミント
黒と橙のうねりを纏ったミントは程無く動かなくなった
次に気がついたのは冥王星の表面だった
「ひ……………………」
ミントの肉と脂肪と体液は一瞬で氷ついた
それでもミントの意識は消え無かった
氷と化した肉体の中で、ミントははっきりと極寒と渇きと酸欠に苦悶していた
そしてそれは数万年も続き、その辛さにミントが慣れる事は決してなかった
次に気がついたのは回転寿司のレーンの上だった
そこに俯せに縛り付けられたミント
レーンの上を寿司が迫ってくる
ロボットアームがミントの口を開かせ、そしてそこに寿司が流れ込む
「げぇぇぇぇぇ……!?」
この日の為に1週間レーンを周り続けた大トロは、えもいわれぬ風味を醸し出していた
続け様に鰹、秋刀魚、鯵、サーモンと一癖どころか百癖もある豊潤な味わいがミントを襲う
「ゲボォォォォ……」
リバースしたお寿司だった物も、レーンに乗って再びミントのお口にジャックインする
次に気がついたのは朝イチ確保した新台の前だった
震える右手が今日十枚目の諭吉をサンドに流し込む
「こんな糞台だったなんて……」
虚ろな瞳のミントの頭上では、データカウンターが高層ビル群を建設していた
次に気がついたのは休憩スペースにあるリクライニングチェアーの上だった
「いつまで寝てんのよ! さっさと帰るわよ!」
半泣きのヤンヤンが悔しさ紛れにミントの掛けるチェアーを蹴りあげる
無理もない
四人で乗り打ち、負債合計58万…
「そもそもアンタが麒麟柄外してから調子が悪いのよ!」
「そ、そんな…! ヤンヤンだって小役全部溢してるし……」
「うるさいわね! こんなんだったら週末に福永の複勝にぶっ込んだほうが夢あったわよ!」
その後、文無しヤンヤン一行は、ファミマのフードコートで店員に煙たがれながら、細やかな反省会を早朝まで開くのだった
なんだかんだ言いつつ、やっぱり二人は仲良しなのであった