「この宇宙は幾つもの平行世界が重なって出来ているのよ」
「……ふ~ん そうなんだ……」
「平行世界とアタシ達の住んでるこの世界とは、ほんの少しずつ違いがあるんだって」
「………へ~……」
「実際に平行世界に行った人も少なくないのよ」
「……………」
「平行世界への入り口は至るところに存在するみたいなのよ」
「……………」
「ねぇ ちゃんと聞いてる?」
「聞きたくないわよ! 貴女のせいよ! 誰も私達がここに閉じ込められてるなんて知らないのに! どうするの!? もうお家に帰りたい!」
ヤンヤンの余りの能天気ぶりに、温厚なミントの感情も遂に爆発する
きっかけは今日も今日とてヤンヤン
『異世界に行ってこの世のしがらみから解放されたい! 』
ネットで知ったという異世界への扉の開け方…
夜中に無人のエレベーターに乗り、指定された階を順番に押す…
ミントには嫌な予感しかしなかった
エレベーターがガタンとなって停止した時には、まさかホントに異世界に到着したのかとも思った
直ぐにそれがエレベーターの故障だと分かった
郊外のパチンコ店の立体駐車場 そこに併設されたエレベーター
4階と5階の間にカーゴが停止している事はなんとか分かった
だが緊急連絡電話は反応なく、当然夜中に利用者もいない
朝までこのまま閉じ込められているしかなかった
だが、ミントにはそれを受け入れならざる理由があった
『ピ~ ゴロゴロ…… 』
(あぁ お腹が痛い…… )
「ねぇ 大丈夫? 暑い? 凄い汗だけど…?」
「し、心配される筋合いは無いわよ…!」
なんとかこの腹痛を治めなければ…
今は何時頃だろうか…? 朝まで何とかこらえなければ…
「ね… ねぇ? 今、何時頃かしら? 5時位になったかしら…?」
「え? まだ30分もたってないじゃない 多分、1時頃よ」
「ウ、ウソ!? まだそんなもの?」
時間は待つ者には長く感じられる物である
そしてそれはミントの心をへし折るには十分な絶望だった
『……グググゥゥゥゥゥッ…… プスッ』
「えっ? 何? 今何か聞こえなかった?」
「…………… 」
俯くミントの額からポツポツと玉の様な汗が床に落ち、そこに暗い斑点を描いていく
『グググキュ~~~…… ブブッ』
「な、なんなの? 怖い……… ん? ……何か臭い…?」
「……………さま」
「ん? アンタ何か言った?」
「……神様………」
ミントは必死に神に祈った
お爺様との日曜礼拝でもこんなに必死に祈った事はなかった
熱い氾流がミントの腹の中を疾走する
それは怒涛を打って、最後の防波堤に激しく幾度も押し寄せる
既にそこには亀裂が入り、飛沫がその隙間から吹き上がる
『ブブッブブッ…… ブリブリ……ブバッ! 』
祈り虚しく、防波堤は大きな音を立てて決壊を始めた
『ブブ~! プスッ! ブババババッ!』
「えっ!? キャァ! ちょっとアンタ!? 大丈夫!?」
ミントの座る床の回りに茶色い染みが急速に広がっていく
「ぐわっ!? ちょっと…! 臭い! ウゥッ!」
狭いエレベーター内はたちまち強烈なメタンとアンモニア臭で満たされる
「うぅぅぅっ…… うぅ…… 」
ミントの啜り泣きが聞こえ始めた
自分でも可愛い女の子だと思っていた
周りからもそう言われていたし、所謂お嬢様としての自覚もあった
それが今、狭いエレベーターの中で、それも人前で、糞便を垂れ流すに及ぶとは……
「うわぁぁぁ…… 臭いぃ! ちょっとアンタ! 勘弁してよ!」
元凶の分際でデリカシーのないヤンヤンを無視し、ミントは床を這う
ビチャビチャと汚物を掻き分ける音がカーゴの中に響く
エレベーターの反対の壁際までたどり着くと、ミントは階数ボタンに手を伸ばす
「何やってんのよ! 動かないわよ! ゲホッ…! ゲホッ!」
ミントは虚ろな表情で必死にボタンを押し捲った
(何もかも捨てて、異世界に行きたい… どうか次にこの扉が開いた時、そこが誰も居ない異世界でありますように…… )
ミントの悲しい行動とヤンヤンの悶絶は、翌朝、パチンコ屋の店員とエレベーター管理会社の社員が来るまで続くのであった