漆黒の闇に浮かぶ青い地球 その姿が徐々に小さくなっていく
船窓からそれをじっと見詰めるミント
やはりこの宇宙船は地球を離脱するコースを辿っている様だ
零れた涙が無重力の世界で宝石の様に輝く
「……お爺様…… リオ……」
きっかけは今日もあの憎きヤンヤン…!
『国際宇宙ステーションでマクロスFごっこがしたい!』
いよいよこの娘は頭がおかしい、そう思ったミントだっだが、彼女の強引な誘いを断り切れず、やむ得ず自家用シャトルで国際宇宙ステーションへ…
ランカ役をまんざらでもなくこなしたミント
ステーションのクルーを熱狂させ、いい気分で地球への帰還の途に着いた
(何でもやってみるものね! 宇宙まで来た甲斐があったかも!)
そんな事をチラリとも思った自分が恨めしい…
直後、興奮状態のヤンヤンはミントが乗るカーゴのドッキングを待たずに地球へ降下を開始する
宇宙の迷い子になったミント
最早、地球に戻る事は出来ないだろう
まさか本当にフロンティアを目指す宇宙の旅人になろうとは…
船窓に浮かぶ地球を摘まもうと指先を動かすミント
さよならも言えないなんて…
悲しみに銀河、流れていくのだった…
「こ、こんにちは… で、いいのかな…? 私はミント… ミント・クラーク 好きな食べ物は白玉ぜんざい もしもアナタがそれを知っていたら、私に御供えしてくれると嬉しいな… 」
三日三晩を涙と悲嘆の中で過ごしたミント
現実を漸く受け入れた四日目に彼女が始めたのはビデオダイアリーだった
誰が見てくれるかなど分からない
多分、きっと誰にも見られる事は無いだろう
それでもミントはそれを続ける事にした
独りぼっちの宇宙で、それだけがミントを孤独の恐怖から解き放ってくれたのだ
このダイアリーを見つけてくれるかもしれない遠い未来の誰かと、この瞬間だけは確実に繋がっている気がしたのだ
7月15日 漂流6日目
「こんにちは… 大分無重力にも慣れてきたわ… ほら、体操選手みたいでしょ?」
ビデオの前で膝を抱き、くるくると前転を見せるミント
その表情にはあからさまな影が差しながらも、未だ余裕のある笑みが浮かんでいた
7月18日 漂流9日目
「こんにちは… 少し元気の無いミントです… 今日は大好きなお爺様との思い出話をしますね…」
カジノで戯れで1億スッた話… エルメスを店ごと買い占めた話…
懐かし日々の思い出を語る彼女の表情は、寒天に瞬くシリウスの様に透明に輝いていた
7月22日 漂流13日目
「何でよ…! 何で誰も助けに来ないのよ…! 本当に… 本当に私……!」
心の底では淡い期待を失っていなかったミント
だが、船窓から見える地球はいよいよ小さく、光の点になっていく
恐怖と絶望が再びミントの心を蝕む…
7月24日 漂流15日目
「食べ物が残り少ないの… 飲み物も後少し… お寿司が食べたい… お爺様…」
そもそもぶらっとお出掛け用シャトル 備蓄の食料は少ない
否応なしに意識させられる、最期の瞬間…
7月29日 漂流20日目
「今日はまだ何も食べていません… ふふっ ホントはさっきクッキーを一回だけ舐めちゃいました… 最後の食料です… 大事にしないと…」
ミントは窶れた
目には生気が無く頬は痩け、嘗ての美少女の面影はそこに無かった
7月31日 漂流22日目
「ヤンヤン死ね… 死ね… チャンコロ… 苦しんで死ね… あぁ 焼肉が食べたい…」
ぶつぶつと譫言の様に呪詛を繰り返すミント
能面の様にその表情に変化は無い
8月1日 漂流23日目
「宇宙にも虹が架かるのね…! これは凄い! ツイッターにアップしたから、絶対いいねしてね! きっと今年のクリスマスにはもっと大きな虹が架かるわよ! 本当に凄い…!」
ヘラヘラと幸せそうに支離滅裂な言葉を紡ぐミント
その目の焦点は定まらない
8月2日 漂流24日目
「今日は鐘の音で目が覚めました ずっと鳴っているの… カンカン… 鐘がカンカン… カンカンカンカン… カンカンカンカン…」
手で鐘を突く動作を繰り返すミント
遂に狂気の世界へと足を踏み入れ始めた
8月3日 漂流25日目
「ビッグニュース! 食料を大発見したのぉ! おトイレにお爺様のプレゼント! あぁ ありがとうお爺様! チョコレート、チョコ饅頭、お腹いっぱい!」
汚物タンクを破壊し、中の排泄物を皿に乗せ、そこに顔面を叩きつけるけるミント
自らの汚物にまみれたのその顔は恍惚に彩られていた
8月5日 漂流27日目
「ベチャベチャ… モグモグ… ベチャベチャ…」
ひたすら無言で汚物を掻き込むミント
汚物にまみれたその姿は最早、異星のクリーチャーを連想させた
8月7日 漂流29日目
「………………………………」
ビデオに映る汚れたミントは微動だにしない
瞬きすら忘れたかの様に、俯きがちに虚空を眺め続ける
背後で計器が何かのアラームを発している
8月8日 漂流30日目
「ゼェ…… ゼェ…… ゼェ…… ゼェ……」
苦しそうに大きな息を繰り返すミント
目を見開き、両手で何かを口の中に掻き込む動作を繰り返す
漂流1ヶ月… シャトルの搭載酸素が尽きた
皮肉にも死に至る酸欠の苦しみが、ミントに正気を取り戻させた
「お爺様… 助けて…… リオ… ヤンヤン… 苦ちぃ… 苦ちぃ… 死にたくない…… 苦ちぃ… 殺して… 死にたくない… もう殺ちて…」
必死にカメラにすがり着くミントが徐々に白目を剥いていく
「…………あぁ」
ミントの周りをキラキラ輝く水滴が舞う
窒息の末の失禁…
それが彼女の見せた最後の生体反応だった
3月17日 漂流2785年と169日目
ミントシャトルは太陽最近傍の恒星、ケンタウルスαに突入し灰塵に帰した
ミント・クラークの魂は人類初の恒星間旅行者となった
誰にも知られる事の無い、闇歴史の一幕として…
「夜明けの光を小鳥が見つける様に~」
お玉をマイク代わりに、髪を振り乱してご機嫌な厨房ライブを繰り広げるヤンヤン
「ヤンヤン、回鍋肉2つお願いね!」
「は~い、喜んで~!」
晏々の厨房はヤンヤンの単独ライブの舞台
「チェックメイト!」
中華鍋から飛び出す回鍋肉
客の舌を魅了する味覚の超時空ライブは、晏々の灯りが消える迄続くのだった
「そう言えば… 何か忘れている様な~…」
ヤンヤンの脳裏に浮かんだ微かなモヤモヤは、八宝菜の油の飛沫の中に消えた