ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版- 作:鈴神
薄暗い洞窟の中、三つの人影が立ち尽くしていた。辺り一面に夥しい破壊の爪痕を刻む空間の中、青白い鱗に全身を包んだ眼鏡をかけた男に、黒い服に身を包んだ男が触れる。すると、眼鏡をかけた男は両手で印を結び始める。忍者の世界でそれは、子・丑・申・寅・辰・亥を示す。すると、黒い服の男の身体が光に包まれ始めた。溢れだす光と共に身体が軽くなっていく感覚の中、男は隣に立つ自身に似た面立ちの少年に向き直る。
「お前は俺のことをずっと許さなくていい。」
薄れゆく意識の中、男は言葉を紡ぐ。再びの旅立ちが近づく中、最初の別れの時には伝えられなかった本当の思いを口にするために…
「お前がこれからどうなろうと、俺はお前をずっと愛している。」
たった一人残される肉親たる弟へ告げた言葉。その深い愛情が、同じだけの憎悪を生みだしたと知ってもなお、絶対に変わることのない気持ち。例え誤った道に踏み込んだとしても、自分の守りたかったもの全てが壊されたとしても、揺るぎない思いを胸に、青年は光と共に昇天した。
青年――うちはイタチは、再び冥府へと旅立った。
視界が白く染まると共に、体重がゼロになったかのような浮遊感が全身を包み込む。自らの魂を現世に縛り付ける呪いが解けたことを五感全てで感じる。眩しい光の中、眠るように意識を手放す。今度こそ、仲間や家族が待つ場所へ行けると信じて…
冥府へ旅立ってからどれだけの時間が経ったのか…長かったのか、短かったのかも分からない、時間感覚が麻痺した状態の中で、イタチは意識を取り戻した。以前に一度、冥府へ旅立った時には意識などというものはなかった。ならばここは、死後の世界ではないのか。そんな疑問が胸をよぎる。
(なん……だ…?)
視界には前にはもう昇天した時の白い光はなく、暗闇が広がっている。そこで初めて、自分が目を瞑っていることに気付いた。ゆっくりと瞼を開く。そこにあったのは、蛍光灯の光。そこではじめて、自分がベッドの上に寝かされていることを認識する。未だに意識が朦朧とする中、周囲の状況を把握するために首を左右に動かして周囲を見渡す。
(ここは………病院?)
個室と思しきあまり広くない空間の中、複雑な機械に囲まれる形で置かれた白いベッドの上、自分は横たわっていた。部屋の中は消毒液の匂いに満ちており、ほこりっぽさが全くない、清潔感に満ちている。自分の右腕から伸びる点滴と、ベッド脇に置かれて規則正しい電子音を発する医療機器が、この場所を何らかの医療施設であることを示唆していた。
(一体…何が…!?)
自分の置かれた境遇が理解できずに若干混乱するイタチ。だが、さらに驚くべきことに気付く。左目が見えるのだ。自分は二度目の死を迎える直前、禁術を使った代償として、左目の視力を失った筈だ。それが今、部屋の中を見渡す中で戻っていることに気付く。しかも視力は、自身のかつての全盛期に等しい。右目も同様である。ますます分からない状況の中、今度は自分の身体の異変に気付く。
(………これは…俺、なのか?)
自身の手を顔の前に持ってきてそれを見る。そこにあったのは、無骨な男性の手の平とは程遠い、真っ白な艶のあるふっくらした手。それはまるで、幼い子供の手のひら―――
明らかに自分のものではない身体である。普段冷静な筈のイタチも混乱を隠せない。目を見開いた状態で、必死に自分が今置かれている状況を頭の中で整理しようとする。
すると、部屋の中へ入ってくる人影が現れた。スライド式のドアを開いた先、廊下から部屋へと入ってきたのは、二十代後半くらいの女性。
「目が覚めたのね!」
女性は自分が目覚めていることに気付くと、ベッドに寝かされたイタチのもとへ駆け寄り、顔を覗きこむ。その表情には、安堵と慈愛に満ちた笑みが浮かんでいる。優しい手つきでイタチの頬に触れながら口を開く。
「私が今日から、あなたのお母さんよ。あなたはきっと、私が守るから…ね、“和人”。」
かつて血に塗れた人生の果てに、愛する者のために命を落とした一人の忍者。自身が逝った後の世で巻き起こった大戦の最中、時を弄ぶ者の操り人形として冥府より現世に戻され、そして再び昇天したその光の先にあったのは、死後の世界とはかけ離れた場所。
その魂は運命の悪戯に翻弄され、新たなる世界、新たなる命として「転生」した。
「うちはイタチ」改め、「桐ヶ谷和人」…新しい命のもと、新しい物語が始まった―――
プロローグは、以前に投稿したものと同一です。次話以降において、加筆修正が加えられた話になります。