ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版-   作:鈴神

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キャリバー編、始まります。
しかし、更新ペースは以前より落ちる可能性が高いです。
温かく見守っていただけると幸いです。


キャリバー
プロローグ ROMANCE DAWN for the legendary sword~伝説の聖剣への冒険の夜明け~


2025年12月28日

 

埼玉県南部の、昔ながらの古い街並みを残す住宅街。その中に、桐ヶ谷家はある。そして、年末近くで、企業の多くや学校が冬休みに入った今日この頃の朝。自室で一人眠る和人のもとへ、近付く影が一つ。そろりそろりと、物音を立てずにドアを開き、ベッドへ近付いた影は、眠ったまま微動だにしない和人の様子を、床に膝を突きながら確認する。ベッドに横になった和人は、無防備であどけない、中性的な寝顔を晒したまま、静かに寝息を立てて眠っていた。起こる気配が全く無いと確信した影は、その無防備な寝顔へゆっくりと接近し――――――

 

「直葉、何をしている?」

 

その進行は、その唇と唇が触れるあと一歩のところで、パチリと目を見開いた和人自身の手によって阻まれた。額を押さえられた影――直葉は、心底残念そうな表情を浮かべながらも、和人に近付けていた顔を渋々離し、膝を突いた状態から立ち上がった。それを横になった状態で確認した和人は、そのまま自らも体をベッドから起こした。

義妹である直葉が自室に現れたにも関わらず、全く動じた様子もなく、何でもないことのように起床した和人の姿を見た直葉は、不満に頬を膨らませていた。

 

「あ~あ、残念だったなぁ。もう少しでお兄ちゃんと………」

 

「阿呆なことを言ってないで、自分の部屋に戻ったらどうだ?朝稽古までは……まだ三十分もあるのか」

 

枕元に置いた時計の指し示す時刻を確認した和人が、呆れた表情を浮かべる。桐ヶ谷家では、朝稽古が休日も実施されるので、母親である翠以外の起床時間は、かなり早い。しかし今、直葉が和人の部屋へ来たこの時間帯は、朝稽古が始まるおよそ三十分前である。

 

「全く……こんなことのために、無駄に早起きするのはいい加減やめたらどうだ?」

 

「う~ん……いくらお兄ちゃんでも、寝込みだったら望みはあったんだけどなぁ…………」

 

「…………」

 

「あ、でもお兄ちゃんの方からしてくれた方が嬉しいかも。そしたら、やめてあげるよ?」

 

「……………………ハァ」

 

義妹である直葉の、頬をほんのり赤く染めながらの発言に、和人は心労ばかりが増して、思わず溜息を吐いてしまった。ここ一カ月、直葉は兄である和人の部屋へ隙を見て朝早くに侵入し、寝ている和人の唇を狙うようになっていた。きっかけとなったのは、つい最近発生したVRゲーム絡みの殺人事件、通称『死銃事件』を解決して以降――正確には、事件の被害者であり、昔馴染みでもある少女、朝田詩乃が下宿を始めてからだった。

件の事件の終盤、詩乃はゲーム内にて、和人を許す条件と称して、和人も思いもしなかった、ある行為に及んだ。それは、譬えアバターといえども、和人に想いを寄せる一人としては、このような行為は許せるような行為ではなく……明日奈共々、激怒していた。つまり、直葉が和人に仕掛けるこの行為は、詩乃に対する対抗意識の表れでもあったのだ。

 

「今更だが、改めて言っておく。詩乃がGGOでやったあの行為に関しては、完全な不意打ちだ。俺はあいつをそういう意味で受け入れたつもりは無い」

 

「ふ~ん……どうだかなぁ……」

 

「あのな……」

 

詩乃に対しては特別な想いは無いと言う和人だが、直葉は聞き入れる様子は無い。これまでも、同じようなことが起こる度に同じようなことを言って説得してきたのだが、反応は同じ。詰まるところ、この件については何をどう言ったところで、直葉が納得することなど無いのだと、認識させられる和人だった。

 

「……もう良い。少し早いが、朝稽古を始めるぞ」

 

「あ、誤魔化した」

 

まだ話は終わっていないと不満げな直葉を無視して、和人は黙々と準備を始める。直葉の言う通り、その場を逃れる誤魔化しの一手に過ぎないが、これ以上の問答をするつもりは無かった。直葉の方も、やがて自室へと戻り、朝稽古の準備に向けて着替え等の準備を開始するのだった。

 

 

 

 

 

「よし。今日の稽古はこれまでだ」

 

「や、やっと……終わった」

 

「はぁ……はぁ……相変わらず、容赦、ない、わね……」

 

息も絶え絶えで膝を突き、防具を外す、直葉と詩乃。一方の和人は、若干の汗は流しているものの、相変わらずの涼しげな表情で片付けを行っていた。

朝の一騒動を経た和人と直葉は、途中から起きてきた詩乃も加えて、朝稽古を行った。うちはイタチという凄腕の忍の前世を持つ和人が監修する稽古の厳しさは、祖父が存命の頃から同じ……否、高校生へ成長したことに伴い、さらに増していた。しかし、そんな和人の実戦染みた稽古を続けてきたお陰で、直葉は帝丹高校剣道部において、一年目にしてレギュラーの座を獲得している。さらには、次期主将としても有力視されているのだ。

 

「二人とも、先にシャワーを浴びておけ。俺は朝食の支度にとりかかる」

 

「分かったわ。直葉、先に入ってて良いわ。私は後から入るから」

 

「ありがとうございます、詩乃さん」

 

和人の呼び掛けに応じ、直葉と詩乃は、竹刀や防具、道着等の片付けを行っていく。和人の方は、一足先に母屋へ戻り、台所へ入って調理を開始するのだった。

やがて、和人が朝食を作り終える頃には、シャワーを浴びた直葉がジャージ姿で現れる。その後は、直葉と入れ替わりでシャワーを浴びに入った詩乃を待ちながら、和人は直葉と共に用意した朝食をテーブルの上に並べていくこととなった。そして、詩乃を待つその間、直葉はすぐ傍に置いてあったタブレット端末を操作し……ある記事を見つけた。

 

「……お兄ちゃん、これ見て!」

 

「どうした?」

 

興奮した様子でタブレット端末を差し出した直葉の様子に、和人は何事かと思いつつもそれを受け取り、内容を確認した。

 

「ヨツンヘイムのエクスキャリバーが、遂に発見されたか……」

 

「結構時間経ってたからねぇ……まあ、仕方ないっちゃ仕方ないね」

 

最強の伝説級武器『エクスキャリバー』、ついに発見される!――――それが、記事の見出しだった。道理で直葉が騒ぐ筈だと、和人は得心していた。

 

 

 

『伝説級武器(レジェンダリーウエポン)』とは、ALOというゲームにおける最高位の武器群である。「伝説」という言葉が意味するように、いずれも神話に登場する武器や神の名前と、それに見合った性能を有していた。事実、ALOに初めてダイブした頃の和人ことイタチ――当時のプレイヤーネームはサスケ――は、この伝説級武器を持つトップクラスのプレイヤー、ユージーンに追い詰められたことがある。ユージーンが操る魔剣『グラム』の、一時防御を無効化する『エセリアルシフト』と呼ばれるスキルは、ユージーン自身の剣技と相俟って、空中戦に不慣れだったサスケにとって大いに脅威だった。使い手次第では、忍の前世を持つサスケをも脅かす程の性能を秘めた武器、それが伝説級武器なのだ。

現在確認されているものとしては、前述のユージーンが持つ魔剣『グラム』の他に、霊刀『カグツチ』、撃槍『ガングニール』、魔弓『イチイバル』等が有名である。その中でも聖剣『エクスキャリバー』は、他の追随を許さない、突出して高いスペックを持つ武器として知られていた。故に、手に入れることができれば、ALO最強の座を手に入れられるかもしれないと言われている程の性能故に、全プレイヤーは血眼になってこれを探しているのだ。

しかし、その入手情報はおろか、手掛かりさえ手に入れたプレイヤーは、ALO運営開始以来、誰一人としていなかった。情報を手に入れたとしても、それらはいずれもガセネタであり、その存在は公式ページの武器紹介ページ最下部の写真でしか確認できなかった。故に、この記事を読んだプレイヤー達は、直葉と同等か、それ以上の興奮に見舞われていることは想像に難くなかった。

 

 

 

そのように、長らくその入手方法を秘匿されていたエクスキャリバーだが、和人と直葉、そしてここには居ないもう一人の友人、蘭の三人は、実はその所在を知っていた。きっかけとなったのは、ALO事件解決のために央都アルンを目指す道中、ヨツンヘイムへ落ちた際に助けた、象と水母を掛け合わせたような邪神型モンスターだった。

後に上記三人のパーティーによって、トンキーと名付けられたこの邪神型モンスターは、三人を背に乗せて移動後、ヨツンヘイムの一角で蛹のように蹲った後、羽化とも呼べる現象を経て、翅を有するモンスターへ変貌したのだ。翅を手に入れたトンキーは、三人を背中に乗せてヨツンヘイムの空を飛び、そのまま央都アルンへと送り届けた。

そしてその途中、ヨツンヘイムの天蓋から根に絡め取られた状態でぶら下がっていた、四角錐型の巨大ダンジョンを見つけると同時に、その最下層のクリスタルに封印された、光り輝く何かを発見した。それこそが、聖剣『エクスキャリバー』だったのだ。

 

「記事を見る限りだと、発見しただけで、まだ入手はできていないみたいだね。けど、エクスカリバーを見つけたってことは、私達みたいに邪神型モンスターを助けたプレイヤーがいたってことなのかな?」

 

「まさに俺もそれを考えていた。だからこそ、腑に落ちないことがある」

 

後に幾度かヨツンヘイムを訪れた結果、エクスキャリバーが封印されているダンジョンは、ヨツンヘイム地表からの距離が遠いことに加え、どの角度からも認識できない位置にあることが分かった。それは、遠視の魔法を使用しても同じであり、地表からではやはり確認することはできなかった。

故に、ダンジョンと、その最下層に位置するエクスキャリバーの存在を知る手段はただ一つ。トンキーのような飛行能力を持つ邪神型モンスターの背に乗る以外に方法は無いのだ。そして、だからこそ和人の中で疑問は増していった。

 

「ヨツンヘイムで邪神型モンスター二体が争っている場面に遭遇したなら、互いに消耗した隙を見計らって乱入し、両方討ち取る漁夫の利を狙うのが通常のプレイヤーの行動だろう。お前のように、虐げられている方を助けようと思うプレイヤーは、まずいない筈だ」

 

「むぅ……確かにそうだろうけどさぁ……」

 

和人の物言いに対し、あんまりだと言わんばかりに不満そうな表情を浮かべる直葉。確かに和人の言う通り、倒せば大量の経験値とレアアイテムが手に入る可能性の高い邪神モンスター二体の争いを前にして、これを美味しい獲物以外と見なすプレイヤーが大多数だろう。だが、自分を変わりもの扱いした上、トンキーと名付けた愛着ある邪神型モンスターを美味しい獲物呼ばわりする発言は、許し難いものがある。そんな風にむくれる直葉を前に、和人はこれ以上刺激するべきでないと判断し、話題をエクスキャリバー獲得クエストへと戻すことにした。

 

「この記事では、エクスキャリバーの在処がヨツンヘイムであることに言及されているが、トンキーのような邪神を助けるクエストはおろか、あのダンジョンについての情報は載っていない。もしかしたら、この記事に載っているエクスキャリバー獲得クエストは、あのダンジョンの攻略とは別の内容なのかもしれないな」

 

「別の内容って?」

 

「それは分からん。だが、情報がほとんど掲載されていない点が、かなりきな臭い。もしかしたら、今ヨツンヘイムには……いや、ALOには何か異変が起こっているのかもしれないな」

 

「それって…………」

 

和人の言葉に、不安を覚える直葉。和人が忍としての前世を経て培った勘は、的中率が非常に高い。長年一緒に暮らしてきた直葉は、それをよく知っていた。しかし、エクスキャリバーという伝説級武器の入手クエストの裏側には、ALOを揺るがす何かがあると和人は推測するが、それは一体何なのか。直葉には見当も付かない。和人に至っても、現状では核心に迫る予測はできない様子だった。そう、“現状”では…………

 

「何が起こっているかは、実際に向こうに行ってみれば分かることだ。ついでに、エクスキャリバーが本当に入手できるかどうかもな」

 

故に和人は、異変の渦中と思しきALOのヨツンヘイムへ向かうことに決めた。憶測や人伝だけでなく、自身が動く事で正確な情報を得る。それは、忍者としての前世から現在に至るまで引き継いでいる、和人の心得だった。

 

「直葉はどうする?件のダンジョンに突入することも予想される以上、同行してくれるのなら心強いが」

 

「勿論!部活はもう休みだし、あたしは全然オッケーだよ」

 

「あら。なら私も、一緒に行かせてもらおうかしら?」

 

和人と直葉がヨツンヘイムのエクスキャリバーが封印されているダンジョン行きについて話し合っていたところへ、新たな志願者が現れた。直葉の後にシャワーを浴びていた詩乃が、リビングへ入って来たのだ。

 

「ちょっ!……詩乃さん、何て格好してるんですか!?」

 

「あら?何のことかしら」

 

「…………」

 

リビングに姿を現した詩乃の格好を見た直葉は、思わずテーブルから立ち上がって声を上げた。その顔は、赤く染まっている。直葉の向かいに座っていた和人は、沈黙して呆れの視線を向けていた。

シャワーを浴びた詩乃が纏っていたのは、薄手のタンクトップとスパッツ。タンクトップはブラジャーの機能を持たせているものなのだろう。服の上からでも、詩乃のスレンダーながら均整のとれたラインがよく分かるものだった。さらに、頬に貼り付いた乾き切っていない髪と、シャワー後の温められた身体から上がる湯気が、何とも言えない色気を放っていた。家族や同姓の人間の前ならばだしも、同じ屋根の下で暮らしているとはいえ、他人に違いない異性の和人に見せるような格好では無いことは間違いない。直葉が顔を赤くして指摘するのも、当然だった。

 

「ふ、服ですよ!ちゃんと服着てください!」

 

「別に、見られて困るような人もいないんだし、良いじゃない。ねえ、和人もそう思わない?」

 

「……ここで俺に話を振るのか?」

 

妖艶な笑みを浮かべた詩乃の問い掛けを聞いた和人は、軽い頭痛を感じていた。詩乃がこのような格好をしている理由は、見られて困る人間がいるからではなく、和人に見せたいがためである。誘惑対象の和人に感想を聞くのは、ある意味では当然と言えた。

シャワー後の薄着で色香を醸し出す詩乃と、それを顔を真っ赤にして非難する直葉。早朝の自宅のリビングに剣呑な空気が満ちる中、和人はやがて口を開いた。

 

「この季節にその薄着はやめておけ。いくら暖房が入っているとはいえ、風邪引くぞ」

 

「あら、残念。折角女の子がこんな格好してあげているのに、もっと気の利いた感想は出ないのかしら?」

 

「詩乃さん……パーティーとかデートのファッションチェックじゃないんですから、そんな格好でそんな台詞を言うのはやめてください!」

 

和人の素っ気ないコメントに、しかし詩乃は、言っている程矜持を傷付けられた様子は無かった。そんな相変わらずの詩乃の反応に、直葉は再度声を荒げるのだった。たいする詩乃は、直葉の怒鳴り声を背に部屋へ戻り、重ね着をして戻ってくるのだった。

そうして三人揃ったところでテーブルの椅子に座り、朝食が始まるのだった。

 

「そんなことよりだ。確認するが、詩乃もエクスキャリバー獲得クエストには参加するということで良いんだな?」

 

「ええ、勿論。それで、他のパーティーメンバーはどうするの?ヨツンヘイムのあのダンジョンに挑むなら、それなりに強力な面子じゃないと難しいんじゃない?」

 

「そうだな。トンキーに乗れるプレイヤーの限界人数は七人。俺達以外の人選は、どうしたものか……」

 

詩乃の言葉に、腕組みしながら考え込む和人。エクスキャリバーが封印されているダンジョンにおける戦闘の難易度は、かつてALO事件時解決のために挑んだ世界樹攻略クエストにも匹敵するというのが、和人の見識だった。しかも、ダンジョン内のクエストだけに翅を使った飛行ができず、ALOにおいて主流である空中戦ができないのだから、総合的な難易度はグランドクエストを凌駕している可能性が高い。

エクスキャリバーを守護する邪神型モンスター達の防衛線を突破するには、エンシェント・ウエポン級以上の武装と、それに見合うだけの実力を持ったパーティーメンバー、そしてそれらをまとめる優秀な司令塔が必要になる。この場にいる三人は、エクスキャリバー獲得クエストに挑めるだけの実力は有している。和人ことイタチも、前世から引き継いでいる指揮官適性があるお陰で、リーダーは十分に務まる。問題は、残りのメンバーをどうするかである。幸い、和人の知り合いにはSAO生還者の……それも、攻略の最前線で共闘してきた実力者が山ほどいる。

 

「まあ、まずはパーティーメンバーとして有力そうな面子に連絡を取ってからだな。前衛は俺と直葉、後衛はシノンとして……前衛として戦えるパワーファイターがあと一人か二人。それから、魔法に特化したメイジが欲しいところだが……思うようには、いきそうもないだろうな」

 

ヨツンヘイムのダンジョンは、奥部がどうなっているかが全く分からない。欲を言うならば、どのような状況にも対処できる布陣で挑みたいところだが、時期が年の瀬である。帰省している人間も多い以上は、望み通りのパーティーメンバーを集めるのは、流石に無理だろう。集まれる面子の戦闘能力を確認し、現地の戦況に合わせて、随時ポジション調整を行う必要があると、和人は考えていた。

 

「う~ん……社会人でこの時期で予定が空いていそうなメンバーとなると、職場が休みだって言ってたクラインさんとシバトラさん。それから、無職のケンシンさんとかかな?」

 

「……直葉、“無職の”は余計だろう。間違っても本人の前では言ってやるな」

 

「あはは……そうだね」

 

直葉が口にする容赦の無い言葉を、和人は溜息を吐きながら窘める。SAOとALOにおいて、凄腕の侍として知られていたケンシンだが、リアルの職業は『専業主夫』である。道場を経営する妻に経済的に依存し、尻に敷かれている駄目な夫としても、彼を知るSAO以来のプレイヤー達に広く知られているのだった。

 

「まあいい。だが、二人とも奥さんがいる身だ。あまり無理強いはするなよ」

 

「うん、分かった。それじゃあ、蘭さんと新一さんにも声を掛けてみるね」

 

「それから、アスナとリズ、シリカとかは?それから、サチも結構頼りになると思うけど」

 

「後者の三人はともかく、アスナさんは難しいだろうな。年の瀬には、実家に帰ると言っていたからな。準備に追われている可能性もある」

 

「どうかしら。和人が参加するなら、多少の無理を押してでも、参加しに来ると思うけど」

 

「そんなことは…………ある、のか」

 

エクスキャリバー獲得クエストへの参加要請と、家の用事のどちらを優先するか。通常、余程の事情が無ければ、後者を選択するだろう。だが、明日奈の和人に対する感情を考えれば、今回の事情は明日奈にとっての「余程」の事情に相当する可能性が高い。というより、直葉と詩乃が参加するとなれば、詩乃の言う通り、無理を押してでも参加しようとするだろう。

 

「それじゃあ、明日奈さんには俺から連絡しよう。エギルは店があるから無理として……あとは、メダカやゼンキチ、カズゴ、アレン、ヨウあたりに声を掛けてみるか」

 

「ま、これだけ知り合いがいるんだから、残り四人なんてすぐに集まるでしょう。流石はALOでも有名な『黒の忍』……いえ、『黒猫の忍』といったところかしら?」

 

「…………そう、なのかもな」

 

詩乃が口にした、からかい半分の言葉。いつもの和人ならば、これに対しては、「そんなことはない」と返すのが常だった。しかし今、和人が出した答えは、そんな詩乃の予想に反する、肯定の意を示す言葉だった。

その言葉の中には、持ち上げられることに対する思い上がり等は無かった。詩乃の言葉をそのまま、事実として受け止めている様子だった。そんな和人の態度に、詩乃と直葉は驚きに目を丸くしていた。

 

「二人とも、どうしたんだ?」

 

「う、うん。お兄ちゃんが、そんなこと言うなんて、思わなかったから……」

 

「そうよね……いつもの和人なら、『俺の力じゃない』とかって言うと思ったから……」

 

驚いた表情を浮かべながら、その理由を話す直葉と詩乃に対し、和人は成程と得心する。そして、今度は自身の真意について話しだすのだった。

 

「否定するのは確かに簡単だが……それをすれば、俺と共に戦ってきてくれた皆とのこれまでと、その意志を否定するように思えてな……」

 

 

 

奢りでなければ、自分は皆から信頼を得ている筈――――

 

 

 

和人が話した理由の裏には、そんな真意があると、直葉と詩乃には感じられた。

これまで、他者との繋がりや触れ合いを忌避してきた和人が、それを肯定する意志を示したのだ。この世界に転生してから十年以上の月日が経過しているのだから、考え方に変化があってもおかしくはない。しかし、うちはイタチとしての前世は余りにも凄惨過ぎるものであり、そのトラウマはこの世界に転生した今も尚、和人の心に影を落としている。

そんな和人に起こった、心境の変化。それは、本来簡単には起こり得ない事象であり……しかし、直葉や詩乃といった、和人を知る者達が何より望んでいたことでもあった。

 

「……そうだよ。皆、お兄ちゃんの仲間だもん。喜んで力を貸してくれる筈だよ!」

 

だからこそ、直葉は満面の笑みを浮かべながら、和人が内心で思っているであろうことを、肯定した。詩乃もまた、声には出さず静かに、しかし微笑みを浮かべながら、首肯した。

 

「……そうか。なら、後片付けが終わり次第、早速皆に声を掛けてみよう」

 

当の和人は、直葉と詩乃の反応に対してふっと笑みを浮かべるのみだった。その後の朝食を取る和人が纏う雰囲気は、いつもと然程変わらなかった。しかし、ほんの少し、常の冷たい印象が強い和人の態度には無い、温かさのようなものを、直葉と詩乃は感じていた。

 

 

 

その後、朝食を終え、食器を片づけた和人達は、仲間達へと連絡を取り、冒険の準備を進めるのだった。

前世では忍者として里や世界の命運を賭けた戦いに身を投じ続けたうちはイタチの前世を持つ和人。転生後の現在においてもそれは変わらず、他者や自分の命を懸けた戦いに幾度となく身を投じてきた。そんな死闘尽くしの日々を送ってきた和人に訪れた、純粋なゲームとしての冒険。振り返ってみれば、『純粋に楽しむ』という目的ために挑む冒険は今回が初めてかもしれない。

勿論、先程話題に出た通り、単純な超高難易度クエストというだけではなく、何らかの“裏”がある可能性は否めない。だが、これまでの和人にとって、仮想世界は前世の忍世界の延長線上にある“戦場”と同義であり、失敗が許されない戦いが常だった。しかし、ゲームをゲームとしてプレイできるという点では、やはり心の持ち様は違ってくる。何より今回は、前世に無かった、自身が信頼し、自身を信頼してくれる仲間達が一緒なのだ。

こうして和人は、ある意味では現世において初めてとなる、新たな“挑戦”に向かって、この世界で出会った仲間達とともに旅立とうとしていたのだった――――

 


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