ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版-   作:鈴神

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第九十八話 THE WEASEL AND THE PARTY

 

VRMMO『アルヴヘイム・オンライン』の舞台、アルヴヘイムの中央都市、アルンの中央に聳える世界樹。その頂上に存在する、『イグドラシル・シティ』の大通りには、数々のプレイヤーショップが軒を連ねている。武具やポーションをはじめ、NPCが経営する店とは一線を画す性能を持つアイテムは、この世界を冒険するプレイヤー達から重宝されていた。

そんな店の一つ――『オヤマダ武具店』が、今回和人ことイタチがパーティーメンバーを集めるために指定した集合場所だった。店内の一角にある商談用のソファーには、ポニーテールの髪型をした風妖精族(シルフ)の剣士、リーファが座っており、向かい側に座っている同じく風妖精族の拳士、ランへとのお喋りに興じていた。

 

「ランさんは、冬休みは何か予定あるんですか?」

 

「ううん。私のところは特に無いね。ああ、そうだ。お父さんとお母さんに、年末のディナーをセッティングしようと思ってるんだけどね」

 

「そ、そうなんですか……」

 

冬休みの予定という他愛もない会話の中で出たランの言葉に、顔を引き攣らせるリーファ。感情が表に出やすいアバターなだけに、現実世界の顔よりも微妙な表情を浮かべていた。

 

「うん?どうしたの、リーファちゃん」

 

「い、いやぁ……ランさんのお父さんとお母さんって、仲が悪いようで良いですし……無理にセッティングしなくても良いんじゃ……」

 

というより、無理にセッティングすれば、仲が拗れるような仲なのだ。『喧嘩する程仲が良い』を地で行く夫婦なので、放っておいた方が良いのでは、というのが直葉の考えだった。

 

「う~ん……そうかなぁ……」

 

「ま、まあ、この話はこのくらいで。それより、今日皆で挑むエクスキャリバー獲得クエストですけどね。上手くいったら、またお兄ちゃんに手伝ってもらって、全員分の伝説級武器を揃えるっていうのはどうでしょうか?」

 

「あ、それいいかも!私もそろそろ、伝説級の武器が欲しいかなって思ってたのよね」

 

「ってことで、よろしくね、お兄ちゃん!」

 

今回のクエストの成功を前提に話を進めるリーファとラン。二人が顔を向けた先にいたのは、そこの壁に寄りかかりながら聞いていた、黒衣に身を包んだ、黒髪に赤い瞳の猫妖精族『ケットシー』の少年――イタチである。その額には、前世から身に付け続けている、木の葉を模した紋章に横一文字の傷が入った額当てが装着されていた。相変わらずの無表情を二人の方へと向けて口を開いた。

 

「高難易度の伝説級武器獲得クエストに付き合うのは別に構わんが……籠手の伝説級武器は無かった筈だぞ」

 

「むぅ~……そんなの不公平じゃない」

 

「俺に言われても困るのだがな」

 

イタチの言うように、現在存在が公表されている伝説級武器の中に、『籠手』は存在しない。剣や槍、弓等の神話においてオーソドックスな武器は、北欧神話やアーサー王伝説に由来する武器は実装化されている。しかし、『籠手』に関しては、そもそもの問題として神話における存在が皆無に等しく、ALO事件前の運営開始から今現在に至るまで実装化されていない。

 

「せめて、コナン君の持ってる『ガングニール』が、槍じゃなくて籠手なら良かったのになぁ……」

 

「ですよね~」

 

「オイオイ、俺に当て付けるのは止めてくれよな」

 

理不尽な擦り付けを受け、呆れた様子でランとリーファを見やるのは、銀髪の音楽妖精族『プーカ』の槍騎士、コナンである。その手には、身の丈以上のリーチのオレンジ色の槍が握られている。

彼が持っているこの槍こそが、ALOにおいて数少ないエクスキャリバーと並ぶ伝説級武器の一つ、撃槍『ガングニール』である。

 

「ホント、コナン君って運が良かったよね~……あんな凄い武器を、簡単に手に入れちゃったんだから」

 

「流石、名探偵はやることが違うっていうか、お兄ちゃんと似ているっていうか……」

 

「あのなぁ……コレが手に入ったのは、本当に偶然なんだぞ。俺だって、意図して手に入れたわけじゃねえんだよ」

 

不満たらたらのランとリーファに対し、弁明を図るコナン。だが、当の二人はコナンの言い訳には納得がいかない様子で、理不尽な不満を言い募るのだった。

 

 

 

コナンがガングニールを入手するきっかけとなったのは、当時コナンが行っていた、アルヴヘイムの探索活動だった。その日、コナンが探索対象として目を着けたのは、ALOの世界の中心にある『世界樹』だった。旧ALOにおけるグランド・クエストの舞台とされていた世界樹の大空洞は、現在は何の変哲も無い、ただ広大な空間が広がっているのみだった。そんな、誰からも注目されない場所を来訪したコナンは、あるクエスト――――『ヴァーラスキャールヴへ至る道』に出会った。

『ヴァーラスキャールヴ』とは、北欧神話の主神、オーディンの暮らす宮殿の名前である。その内容は、アルヴヘイム全土を舞台とした、神話をテーマにした『謎解き』というもの。高校生探偵・工藤新一として現実世界で名を馳せたコナンは、俄然やる気を出してこのクエストを受諾した。

クエストの難易度は、鬼畜そのもので、常人にはまず絶対に解けないような凄まじく難解なことに加え、極端に短い時間制限まで付いてくるのだ。知識に対して貪欲なことで知られるオーディンの性格をそのまま表したような内容だった。だが、そんなクエスト故に、逆にコナンは探偵魂に火が着き、繰り出される謎を怒涛の勢いで解いていった。結果、少なく見積もっても一カ月は軽くかかると思われたこのクエストは、一週間足らずで陥落した。

クエストの最後、オーディンの住まいであるヴァーラスキャールヴの場所を突き止め、そこへ辿り着いたコナンを待っていたのは、宮殿の中心に鎮座する一振りの槍――――即ち、このクエストの報酬たる伝説級武器が一つ、激槍『ガングニール』だったのだ。

 

 

 

SAOのアバターを引き継いでいたコナンは、細剣以外のソードスキルを習得していなかった。しかし、ガングニール入手を境に新たに槍スキルを追加で習得することにした。

システムアシストに必要以上に頼らず、自身の腕前と頭脳を駆使して困難を突破するのが、SAO時代から変わらないコナンのプレイスタイルである。取得するスキルの数も最小限に止めていた故に、スロットには新たな武器スキルの追加するには十分な空きもあった。

ともあれ、こうしてコナンはALOにおける、ユージーンに次ぐ新たな伝説級武器使いとして名を馳せるに至るのだった。

 

「それにしても……何で戦闘能力がそんなに高くない筈のプーカのコナン君が、そんなものを手に入れられたのか、不思議で仕方がないわよ」

 

「私もそれ思ってましたよ。しかもコナン君って絶対音感は持ってるのに、何故か音痴なんですよね」

 

「バーロー、余計な御世話だ。というか、俺がプーカを選んだ理由も、俺が音痴なのも、ガングニールとは何も関係無いだろ」

 

本人の目の前で言いたい放題なリーファと蘭をジト目で睨みつけるコナン。

音楽妖精族ことプーカとは、味方にバフをかける、敵に状態異常を起こすデバフ効果を持つサポート系のスキルと魔法を得意とする種族であり、その名前が示す通り『音楽』を媒介にその能力を発動する。

しかし、このALOにおいて選択する種族の中で、プーカほどコナンに似合わないものはない。頭脳明晰で運動神経に優れ、現実世界では数々の難事件を解決してきたコナンだが、ただ一つ……音楽だけが、苦手な分野だった。そんなコナンがこの種族を選択した理由。それは、本人曰く。あらゆる動作にシステムアシストを得られる仮想世界で音楽を武器に戦うことで、音痴を克服できるのではという見立てがあったからだという。

確かにコナンの言う通り、プーカの種族がスキルとして奏でる音楽には、ある程度のシステム的な調整が為される。そのため、仮想世界で音楽系スキルを行使し続けることで音痴を克服できるという考え方は、理屈としては間違ってはいない。

間違ってはいない、のだが…………

 

「音痴を克服するために、わざわざプーカを選んだのに、全然治らないんだもんね」

 

「成功する望みの薄い高望みなんてしないで、無難にシルフを選んでいれば良かったのに。種族の選択を完全に間違っちゃってますよね、コナン君」

 

「ほっとけ、バーロー」

 

ALOのプーカに施されるシステムアシストをもってしても、コナンの音痴は全く改善しないというのが現実だった。プーカという種族は、身体能力のスペックが他の種族より劣る傾向にあり、スプリガン以上に人気の無い種族である。故に、リーファの言う様に、現状を鑑みれば、種族選択のミスとしか評価できないのが実情だった。

そんな否定できない事実故に、シルフの女子二人にこき下ろされていたコナンは、不機嫌な表情を浮かべるしかできなかった。だが、一連の話を黙って聞いていただけだったイタチが、ここでコナンを擁護する発言を始めた。

 

「リーファとラン、その辺にしておけ。コナンのスキルは、これまでかなりの戦果を挙げてきた。今回のクエストにコナンを呼んだのも、その能力が役に立つ可能性が高いと判断したからだ」

 

決してただ頭数を揃えるために誘ったわけではなく、強力な戦力となる確信したからこそパーティーに誘った。それは、イタチの偽り無き本心だった。だからこそ、その能力を貶める言動は、パーティー内の不和を招く要因となることも含め、冗談でもあまり許容できることではなかった。

そんなイタチの内心が伝わったのか。ランとリーファは、先程までのおふざけ口調はどこへやら。イタチに窘められたことで、調子に乗り過ぎたと反省した様子だった。

 

「……確かに、コナン君のスキルは、悪いところばかりじゃなかったよね」

 

「そうね。ちょっと、悪乗りし過ぎてたわ。ごめんね、コナン君」

 

「いや、俺は別に良いけどよ」

 

イタチの仲裁によって、三人のパーティーメンバーの間に発生しかけた不和の種は取り除かれたのだった。そんな和やかな空気が戻る中、それまで傍観するだけだったもう一人のパーティーメンバーが、話題を最初のものへと立ち戻らせた。

 

「ランの伝説級武器はまだ当分無理みたいだけど……リーファの片手剣と私の弓は大丈夫よね。私の方は、光弓『シェキナー』希望なんで、よろしく」

 

「協力するのに否は無いが……ALO開始から一カ月経たない内から伝説武器を所望するのか?」

 

壁際に立ち、右手を挙げて、弓の伝説級武器たる光弓『シェキナー』を要求したのは、青い髪をしたイタチと同じく猫妖精族『ケットシー』の少女――シノンだった。

 

「贅沢だと思われるかもしれないけど、射程がもっと欲しいのよね。そうなると、リズやマンタの作る武器じゃちょっと無理があるのよ」

 

「……ここはALOだ。この世界の弓を、GGOのヘカートと一緒にするな」

 

シノンがALOの弓に要求する余りにも高いクオリティに、イタチは呆れたような声を漏らす。

二週間前にALOを始めたシノンは、ALOで気難しい部類に入る弓という武器の使い方を僅か一日で習得し、翌日からイタチとパーティーを組んで実戦を開始。モンスターがプレイヤーを認知する一般的な距離の倍以上の地点から次々と矢を撃ち込み、標的のモンスターを次々とハリネズミの如き姿に変えた。最初は陸上、次は空中と、経験を積むごとに戦場と射程を共に拡大していき、二週間後の現在に至っては、新生アインクラッドの攻略最前線で戦えるレベルにまで至っていた。

 

「シノンさんも無茶言ってくれるよねぇ……僕もリズベットさんも、結構頑張って作っているんだけど」

 

「マンタも困っているぞ。あまり無茶な要求はするな」

 

「むぅ……分かってるわよ」

 

シノンの無理難題な要求に対し、イタチと同様に呆れた様子でぼやきながら姿を現したのは、このオヤマダ武具店の店主である、鍛冶妖精族『レプラコーン』のマンタである。イタチ等クエスト参加メンバーと共にこの場に居る彼だが、ここに居るのは今回のクエストに参加するためではない。イタチをはじめとした、クエスト参加メンバーの武器のメンテナンスを行うためである。

 

「魔法が届かないような遠い距離からの狙撃に弓を使うプレイヤーなんて、シノンさんくらいしか居ないと思うよ。いや、射程距離自体なら、ALOのプレイヤーやモンスターで右に出る人はいないかも……」

 

「それには俺も同意する」

 

マンタが苦笑交じりに誰にでもなく呟いた評価に対し、それを聞いていたイタチは肯定の意を示す。

本来、ALOにおける弓の適性距離は、近接武器以上・魔法以下である。指定された距離の範囲内ならば、システムアシストによる狙撃補正が利く。しかし、それ以上の距離からとなれば、風や重力が作用し、精密な狙撃は儘ならない。だが、シノンのホームグラウンドのGGOにおける主力武器は、遠距離の敵を攻撃する銃器である。中でも、長距離の敵を標的とする狙撃銃は、特に風や重力の影響を受ける武器である。狙撃手たるシノンは、それらを計算に入れての自力補正による射撃技術を磨き上げてきたのだ。ALOといえども要領は変わらず、シノンにとって弓矢による長距離狙撃は、然程難しいものではなかった。

 

「そんなに伝説級武器が欲しいなら、リズベット武具店から『イチイバル』を借りてくればよかったんじゃない?」

 

「生憎と、パーティーに誘ってはみたんだが、店主は年末の旅行で不在だ」

 

「魔弓『イチイバル』は射程がイマイチなのよね。私にはやっぱり、光弓『シェキナー』みたいな有効射程の長い弓が好みなのよね」

 

イタチとシノン、マンタの会話に出てきた魔弓『イチイバル』、光弓『シェキナー』とは、いずれもALOにおいて名の知れた伝説武器であり、遠距離攻撃を行う『弓』に分類される武器である。ちなみに、前者のイチイバルについては、現在ここには居ないイタチ等の仲間である、マンタと同じくレプラコーンのリズベットが所有している。所有に至った経緯は、コナンのガングニール同様、偶然が重なった結果であり、その全てを説明すると長くなるので割愛する。閑話休題。ともあれ、同じ弓でもこれら二つの伝説武器は、形状と性能が大きく異なることで知られているのだった。

まず、魔弓『イチイバル』の形状は、クロスボウである。その効果は、矢の威力増強と追尾機能の付加である。着弾点は下位の火属性魔法に匹敵する爆発を引き起こす上、一度に五発の矢を射出することができる点から、非常に高い制圧力を有することで知られる。機能上の欠点は、射程が短いことと連射できないことである。

次に、光弓『シェキナー』。こちらは和弓に近い形状の弓である。こちらの長所は、射程の長さと矢の速度倍増、そして速度に比例した一点突破の貫通力にある。連射が容易い形状とはいえ、命中率は使い手次第とされるので、使い勝手の面ではイチイバルの方に軍配が上がる。しかし射程について言えば、ほぼ無制限であり……矢の進行方向に障害物でも無ければ、どこまでも飛んでいくとされる。故に、シノンのように視力に長けたケットシーという種族で、弓の扱いに長けた能力ビルドのプレイヤーが手にしようものならば、とんでもない脅威になることは想像に難くない。接近戦に持ち込む暇など与えられず、瞬く間に敵を蜂の巣にする光景が容易に想像できる。

 

「光弓『シェキナー』の入手には、智天使ケルビムを倒す必要があったな。難攻不落のクエストな上、入手できる武器が弓なだけに、挑むパーティーは少ないと聞く。まあ、今年中に手に入るかもしれんな」

 

「ありがとう、イタチ」

 

「まあ、それまではシステム的に矢の飛距離を伸ばせるように、僕たちの方で工夫してみるよ」

 

シノンによる光弓『シェキナー』入手クエストへの協力依頼を承諾したイタチ。マンタの方も、伝説級武器には及ばないものの、一般に流通しているアイテムでシノンの腕を満足させるために協力してくれると言う。

そんな三人……正確には、イタチとシノンの二人が和やかにしている様子を、リーファはむくれた顔で見つめていた。

 

「むむぅ~……それじゃあ、あたしは灼剣『カマエル』がいい!」

 

「……あれはどちらかというと、サラマンダー向けの武器だろう。シルフなら、嵐剣『ラファエル』にしておけ。でなければ、刀に持ち替えて絶刀『アメノハバキリ』だ」

 

シノンに次いで、欲しい伝説級武器について語るリーファに、イタチは呆れた様子で突っ込みを入れる。ちなみに、灼剣『カマエル』と嵐剣『ラファエル』は、『セフィロトの十剣』と呼ばれるシリーズの伝説級武器であり、絶刀『アメノハバキリ』とは刀の伝説級武器である。属性的には、カマエルが火、ラファエルが風を司る。

 

「う~ん……なんて言うのかなぁ……なんか、自分の中の“声”が、あたしに手に入れろって訴えかけてきているように思うんだよね」

 

「…………妙なことを言ってないで、きちんと自分に合った武器を選べ」

 

尤もらしいことを言っているように聞こえるものの、イタチもリーファのことは言えない。ケットシーという種族を選んだ理由として、“前世の声”というよく分からないものに導かれたという経緯を持つのだから……

 

「たっだいまー!」

 

「お待たせ!」

 

そんな、伝説級武器を巡る他愛の無い話を、迷走しながら続けることしばらく。オヤマダ武具店の扉を開き、揃って同じ様な声を持つ二人のプレイヤーが店内へと入ってきた。今回のパーティーメンバーの一人である、水妖精族『ウンディーネ』のアスナと、アイテムの提供を依頼した鍛冶妖精族『レプラコーン』のララだった。二人とも、手には大きめのバスケットを持っており、中には大量のアイテムが詰め込まれていた。

 

「パパ、ただいまです」

 

「おかえり、ユイ」

 

アスナが店内に入るとともに、その肩から静かな羽音とともに、小さな妖精――ナビゲーション・ピクシーのユイが飛び立った。そのままイタチのもとへと飛んでくると、ユイはその頭上から降り立ち、ケットシー特有のネコミミが立つ、柔らかな黒髪の上に座るのだった。

 

「やっぱり、パパの髪はサラサラで気持ちいいです。耳も温かいですし」

 

「あまり触るな」

 

「ママも触ってみてはどうでしょうか?」

 

「勧めるんじゃない。下ろすぞ」

 

イタチの頭の座り心地と、その両側に立つ耳の触り心地を確かめながら、心地よさそうにするユイ。当のイタチは表情こそ変えないが、若干不機嫌そうな様子で……しかし、注意するだけで本気で下ろすつもりは無いようだった。

SAOにおいて、プレイヤーの精神状態を管理するMHPCだった彼女は、今現在は主にイタチの保護下に置かれていた。SAOでイタチとアスナに助けられた彼女は、相変わらず二人を『パパ』、『ママ』と呼んでいた。その呼称から分かるように、彼女はイタチのパートナーとしてアスナを推しており……しかし、その純粋で愛くるしい姿故に、イタチを巡るアスナの宿敵であるリーファとシノンは、黙認しているのだった。

 

「そういえば、買い物ついでに情報収集をしてきたんですが、あの空中ダンジョンについては、到達したパーティーはいないみたいです」

 

「……どういうことだ?エクスキャリバーが封印されているのは、ヨツンヘイムにあるダンジョンの中だ。場所が分かったとなれば、あのダンジョンに挑戦しているプレイヤーが既に居てもおかしくない筈だが……それとも、トンキーのようなモンスターに頼る以外の、あのダンジョンへ到達する方法があって、その条件を満たしている最中なのか?」

 

「詳しいことは、分かりません。ですが、私達が出会ったトンキーさんを助けたのとは、別口のクエストで、あのダンジョンとは無関係のようです。そのクエストの報酬として、NPCが提示したアイテムが、エクスキャリバーだったそうなのです」

 

「NPCが、エクスキャリバーを……?」

 

ユイが齎した情報に、イタチは怪訝な表情を浮かべる。ダンジョンに封印されている筈のエクスキャリバーが、何故NPCから報酬として提供されるのか。その疑問について思考を走らせる前に、今度はアスナがクエストに関する情報を付け足す。

 

「しかもそのクエスト、『スローター系』なんだって。クエストの場所は、あのダンジョンがあるヨツンヘイムで間違いないみたいなんだけど……」

 

虐殺(スローター)系クエストとは、指定されたモンスターを指定された数撃破する、または撃破することで手に入るドロップアイテムを指定数集めるといった内容のクエストを指す。それを聞いたイタチは、エクスキャリバー獲得クエストの裏に隠れた秘密を突き止めるは、狩る対象のモンスターにあると考えた。

 

「ターゲットのモンスターについては、何か分かりませんでしたか?」

 

「ううん。そこまでは分からなかったわ」

 

アスナもユイも、そこまでは分からなかったらしく、二人とも首を横に振った。しかし、ヨツンヘイムに生息するモンスターといえば、ALOの中でも強力な力を持つ邪神級しかいない。となれば問題は、ヨツンヘイムに生息するどのタイプの邪神かということになってくる。

 

(エクスキャリバーが絡むスローター系クエストで狩られるのは、邪神。エクスキャリバーが封印されているダンジョンへ連れて来てくれるトンキーもまた、邪神…………)

 

イタチの中で、情報が次々に繋がっていくのを感じていた。だが、エクスキャリバーを巡る一連の出来ごとの裏側にある真実に辿り着くには、確証と情報がまだまだ足りない。

 

「やはり、何か起こっていることは間違いないな。確かめるには、実際に行くほかない、か……」

 

「元々そのつもりだったじゃない。それより、パーティーの方が問題よ。あとの一人はどうするのよ?」

 

「そうそう、それよ。パーティーメンバーには、私とラン、コナン君が加わっても、六人よ。あと一人はどうするつもりなの?」

 

シノンとアスナが揃って指摘する、パーティーメンバーの問題。エクスキャリバー獲得クエストは、グランド・クエストに匹敵する超高難易度クエストである。強力なメンバーを揃えることはもとより、フルメンバーで挑むのは当然である。

故に、イタチは交友のある強力なプレイヤー達に声を掛けて誘いを掛けたのだった。SAO生還者の知り合いが多く、人望も厚いイタチならば、四人程度すぐに集まると考えていたのだが……現実では、そう上手くはいかなかった。

 

「まさか、誰も彼もが、帰省や旅行だなんてね」

 

「時期が時期だからな。まあ、仕方のないことだ」

 

イタチが声を掛けた面子には、用事を抱えた面子が多く、必要数のメンバーが揃うことはなかった。イタチの言うように、時期が年の瀬である以上、帰省や旅行で家を空ける人間が多いことは仕方のないことであり、イタチも予想していたことでもある。アスナ、コナン、ランの三人が集まってくれたことは、僥倖としか言えなかった。

 

「ごめんね。僕たちも何かと忙しいから、クエストへの同行はちょっと……」

 

「私なんか、パパと一緒に一度本国に帰らなきゃならないんだよ。しばらくALOはお預けで、皆とも会えないよ」

 

イタチの要請により、武器のメンテナンスとアイテムの補充を支援するために来てくれたマンタとララだが、彼等の立場は財閥の御曹司に一国の王女である。立場上多忙故にクエスト参加は不可能でも、アイテム関連の支援はできると考え、この場に集まったのだった。

 

「十分だ。アイテムを揃えてくれるだけでもかなり助かるからな。その上、忙しい中で来てくれたのだから、感謝しかない」

 

「リズベット武具店も閉まっていたからね。武器の性能を最大限に発揮できるようにメンテナンスしてくれるんだから、本当にありがたいです」

 

「ララの作ってくれる特殊矢も、かなり強力だからね。今回も頼りにしているわ」

 

イタチとリーファ、シノンの感謝と称賛の言葉に、レプラコーン二人の顔が照れた顔をする。SAOにおいては鍛冶をはじめとした生産系スキルを完全習得していた二人の実力は折紙付であり、イタチをはじめとしたSAO生還者達に加えて数多のALOプレイヤーの常連客を獲得していた。

 

「けど、せめてサチさんかメダカさんは欲しかったですよね。ALOのメイジの仲でも、あの二人の魔法スキルは、かなり強力でしたから」

 

「メダカさんはしょうがないよ。あの家は僕のところより忙しいだろうし」

 

「それより話を戻すけど、あと一人のパーティーメンバーをどうするかを決める必要があるわ。本当にどうするの?六人でクエストに挑むの?」

 

パーティーメンバーをはじめ、この場に居る全員が抱いている懸念について、再度触れるシノン。それに対し、問いを投げられた、実質リーダーであるイタチは静かに答えた。

 

「問題無い。先程心当たりのあるプレイヤーにメールで声を掛けたが、すぐに来てくれるそうだ」

 

「リアルの知り合いじゃないの?」

 

「ゲーム内で知り合った間柄だ。出会って日は浅いが、かなり腕が立つ剣士だ。エクスキャリバーが封印されているダンジョンの攻略にも、十分役に立つ筈だ」

 

イタチの言葉に、その場に居た誰もが驚きを露にする。冗談をあまり言う性格ではなく、辛口とまではいかないものの、他者の実力を認める発言を滅多にしないイタチが、エクスキャリバー獲得クエストへ同行させるに値すると認める実力者だと言ったのだ。

 

「へぇ……イタチがそこまで言うなんて、相当に強いんじゃねえか?」

 

「そんなプレイヤーがいるなんて話、聞いたこと無いよ?」

 

伝説級武器所持者であるコナンをはじめ、この場に居る全員は、ALOにおいて勇名を馳せる実力者達である。そんな彼等ですら知らない、イタチが推す新たな実力者と歯、一体どのような人物なのか。一同は非常に興味深いといった表情をしていた。

 

「向こうも、ALOを始めてから目立った活躍をしていたプレイヤーではないらしいからな。リアルが忙しいのか、都合が付かないのか知らんが、新生アインクラッドのフロアボス攻略に参加したことも無かったようだ」

 

「けど、それって矛盾してないかい?いくらALOがドスキル制のVRMMOで、リアルの運動能力に依存するといっても、プレイ時間が短いんじゃ、スキルを磨くのは大変だと思うけど」

 

「う~ん……少なくとも、アインクラッド攻略ぐらいは出ていてもおかしくないんじゃないかな?」

 

マンタとララの指摘は尤もなことだった。確かにALOの特性は、リアルの運動能力に優れ、フルダイブ環境への適応力が高い人間ならば、平均的な装備であっても高位プレイヤーと遜色ない実力を発揮できることにある。だが、プレイ時間に実力が左右される面が皆無というわけではない。ましてや、イタチが認める程の実力者ともなれば、相当なプレイ時間を費やしていてもおかしくない。にも関わらず、そのプレイヤーは目立った活動をしておらず、その名前も知られていないという。この矛盾は、どういうわけなのか。イタチ以外の全員が首を捻った。

 

「まあ、リアル事情は人それぞれだ。詮索するのはネチケット違反というものだろう」

 

「それもそうね。足を引っ張らない腕利きのプレイヤーなら、私も文句は無いわ。それで、まさかとは思うけど…………そのプレイヤーって、“女性”じゃないわよね?」

 

「………………」

 

シノンが口にした鋭い指摘に、それを聞いた一同に緊張が走り、一部のメンバー――主にアスナとリーファ――が、剣呑な雰囲気を纏い始める。対するイタチは、シノンの指摘に対して沈黙するばかり。この状況下、シノンの言葉が見当違いならば、即座に否定の言葉を発する筈。だが、イタチはそれをせず、貝のように口を閉ざしている。それが意味するところは、つまり――――

 

 

 

「やっほー、イタチ!お待たせ!」

 

 

 

その場を満たす、痛々しい程の沈黙を破る、陽気な声。一同が視線を向けた、店の出入り口。そこに立っていたのは、一人の女性プレイヤー。

肌は、闇妖精族『インプ』と特徴である、影の部分が、紫がかった乳白色。髪型は、腰のあたりまで長く伸びたパープルブラックの長髪。小造りで、大きなアメジスト思わせる輝きを放つ瞳の、可愛らしい顔立ち。腰には片手剣を差しており、剣士であることが分かる。

元気で明るい声で、しかし到着が遅れたことについて若干申し訳なさそうな雰囲気を纏って現れたこの少女こそが、果たしてイタチが呼んだ七人目のパーティーメンバーだった。

 

「ユウキ……来たか」

 

「うん!たまたまALOにダイブしていたお陰で来れたんだけど、ちょっと遅れちゃったかな?」

 

「……いや、問題無い。アイテムの買い出しもちょうどさっき終わったところだ」

 

「そっか、なら良かった!それで、ここに居る人達が、例のクエストに参加するパーティーメンバーなの?」

 

「ああ。そこに居るレプラコーンのマンタとララ以外、俺を含めてエクスキャリバー獲得クエストに挑むパーティーメンバーだ」

 

イタチにこの場に集まった面子について確かめると、ユウキと呼ばれたインプの少女は、自身に視線を向けるその場の全員に向き直り、自己紹介を始めた。

 

「はじめまして、僕はユウキ。見ての通り、インプの片手剣使いで、イタチとはちょっと前に知り合った友達なんだ。皆、よろしくね!」

 

屈託の無い、眩しいまでに純粋な笑顔で挨拶するユウキの挨拶。それに対し、その場にいたパーティーメンバー達――特に、イタチと親しい女性プレイヤー三人の反応は……

 

「私はアスナ。イタチ君とは、長い付き合いなの。よろしくね、ユウキ」

 

「あたしはリーファ。イタチ君とは、リアルでは義理の兄妹なの。今日はお願いね、ユウキ」

 

「私はシノン。イタチとは、古い幼馴染なの。見ての通り、後方支援担当だから背中は任せてね、ユウキ」

 

こちらも満面の笑みで、自己紹介をした。ユウキに負けず、ニコニコと……それはもう、普段見せることの無いような、笑顔で…………

 

「むむぅ~~……パパ、またなんですか?」

 

そしてもう一人、イタチの頭上に乗るユイが、イタチの耳を引き千切らんばかりの力で掴みながら、むくれた様子でそう呟いていた。

そして、それを傍観していた他の四人は……

 

「あはは!また新しい友達ができて、なんだか楽しそうだね!」

 

「いや、ララさん。どう考えても、そんな空気じゃないでしょ。イタチ君……今日のクエスト、大丈夫かなぁ……」

 

「イタチの奴、また女連れてきたのかよ……マンタの言う通り、今日は荒れるかもれねえなぁ……」

 

「う~ん……流石に節操無いんじゃないかな?ちなみに私は、リーファちゃんを応援するけど」

 

新たな友達の登場に対する歓喜、パーティーメンバーの関係の雲行きの怪しさに対する懸念、強敵の出現に際した友達への応援と、四者三様の反応を示していた。

 

 

 

こうして、ALOにおいてグランド・クエスト相当の難易度とされるエクスキャリバー獲得クエストは、前途多難なパーティーメンバーの集結と共に、幕を開けるのだった――――

 


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