ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版-   作:鈴神

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第百話 連携×攻略×ボスラッシュ

壁と床、天井と、周囲を囲む全てが氷でできたダンジョンの中。イタチ等エクスキャリバー獲得クエストに挑むパーティーは、次の階層へと通じる階段を守るボスを相手に、戦闘を開始していた。

 

「ラン、敵の懐に強力な一撃を叩き込んで体勢を崩せ!」

 

「分かった!」

 

「アスナさん、スイッチの準備を!」

 

「了解!」

 

『ハーッハッハッハ!この世界で一番美しいのは、アタシだよ!』

 

イタチ等の行く手を塞ぐのは、無数の棘の付いた金棒で武装した、醜悪に太った女オーガである。凄まじい勢いで振り回される金棒は、一撃でHPを全損させる可能性すらある。だが、ランは現実世界の空手で培った動体視力でその攻撃を見切り、踏み込みの勢いを殺さないまま懐に飛び込み、正拳突きを模した強烈な体術系ソードスキル『轟月』を繰り出した。

 

『ぐげぇええっ……!?』

 

「せぇぇええい!!」

 

ランの一撃で体勢を崩したてから間髪を入れず、今度はアスナが放った細剣系上位ソードスキル『フラッシング・ペネトレイター』が炸裂する。そして、HPがさらに削られたこの瞬間を勝機と見たイタチが、一気に畳み掛ける。

 

「ユウキ、一気に決めるぞ!アスナさんに続け!!」

 

「オーケー!任せてよ!」

 

次いで、ランの攻撃によって体勢を崩した女オーガの隙を見逃さず、イタチとユウキが揃って突撃を敢行する。発動するソードスキルは、片手剣垂直四連撃の『バーチカル・スクエア』。しかも、交互にではなく、同時に繰り出す。通常、二人以上のメンバーが同時に同じソードスキルを、しかも連撃で発動しようとすれば互いに交錯・衝突して失敗に終わり、ダメージを負うことも少なくない。だが、イタチとユウキは見事な連携で剣戟を繰り出し、四連撃全てを見事に決めた。

 

『ぐっ!……がぁぁぁあ!!』

 

イタチとユウキという、黒い影二つが交錯する八連撃を受けた女オーガは、反撃の間も無くHPを全損し、ポリゴン片と化して消滅した。

 

「やすんでいる暇は無い。次の階層へ行くぞ」

 

だが、勝利の余韻に浸っている時間は全く無い。目指す先のエクスキャリバーに至るまでの道のりは、まだまだ先であり、戦いもまだまだ続くのだから……

 

 

 

ウルズからの依頼を経て、アルヴヘイムに起こっている異変についての情報を得たイタチ等一行は、氷のダンジョン改めスリュムヘイムへと突入していた。

スリュムヘイムには、以前にもエクスキャリバーを求めて突入したことはあったが、ハイレベルの邪神による厳重な警備故に、最深部どころか第一階層すら突破することは敵わず、撤退を余儀なくされた。しかし現在、スリュムヘイムの守りを固めていた邪神の数は非常に少なくなっていた。恐らく、ウルズの眷属を殲滅する策略の実行に伴い、ヨツンヘイムへ出払っているのだろう。

格段に下がった警備レベル故に、以前のように上層部で手も足も出ない状況に追いやられることは無かった。しかし、数は少なくなったとはいえ、相手はいずれも邪神級モンスターである。一々相手をしていては、消耗してエクスキャリバーには辿り着けない。故に一行は、リーダーであるイタチの指示の下で、トラップと戦闘を極力回避して深層を目指す、隠密行動を取っていた。しかし、グランド・クエストに匹敵する難易度のダンジョンにおける戦闘を、皆無にできる筈は無い。目的地へ辿り着くためには外せないエリアは、どうしても存在するのだ。そういった場合には、最小限のダメージとアイテム消費のもと、迅速にこれを片付けて進むこととなった。

第一層は金棒を装備した女オーガ、第二層は斧を手に装備したトロール、第三層は手足が分離する道化魔人と、戦闘は階段を守護するボスモンスターに限定し、イタチ等は最小限のダメージでこれを切りぬけた。しかし、順調に思われたイタチ等の快進撃は、第四層の俊足の黒猫型モンスターを倒し、次の階層へ降り立った直後に、急激なスピードダウンを迎えるのだった――――

 

 

 

 

 

『ルォォオオオ!!』

 

「パパ、範囲攻撃が来ます!」

 

イタチと仲間達の目の前に広がるのは、奥行きおよそ数十メートルに及ぶ広大な空洞。その空間を埋め尽くすのは、百体は下らない小型のコボルドの軍勢。その最奥部にある次の階層へ通じる階段前には、金色の鎧と巨大な槍で武装した、この群れのボスであろう巨体のコボルドが陣取っている。

そして今、金色鎧のコボルドは、その手に持つ巨大な槍を振り下ろそうとしていた。

 

「皆、散開して回避しろ!」

 

ユイがナビゲーション・ピクシーとしての能力で予見した攻撃に対し、イタチはパーティーメンバー全員に回避を呼び掛ける。対する一同は、刃を交えていた前衛のコボルド達を振り払い、回避に動く。

 

「来るぞ!」

 

そして、群れの奥に居るコボルドの王が振るった槍が、地面を直撃する。そして次の瞬間、槍の着弾点から十本は下らない数の閃光が迸り、猛烈な勢いで前衛コボルドの群れを蹴散らしながら、イタチ達へと襲い掛かった。イタチ等は回避行動が早かったお陰で直撃は免れたものの、数名が僅かに掠めたのか、HPを何割か削り取られていた。

 

「皆、無事なようだな」

 

「けど、こんな攻撃、避け続けるのは限界があるよ!」

 

「しかも、数が多過ぎる……イタチ君、どうするの!?」

 

「分かっている。少し待て」

 

ユウキやランの悲鳴にも似た問い掛けに対し、パーティーリーダーたるイタチは、現状を冷静に分析する。

 

(コボルドの子分は、減る気配が無い。正面戦闘で数を減らすのは、愚策か……)

 

前衛のコボルドは、最奥部に控えるボスの攻撃を受けても、消滅した傍からリポップしているのだ。正攻法で相手するわけにはいかない。リーファの持っているメダリオンも、既に七割が侵食されており、死に戻りする時間も無い。

かなり厳しいこの状況を突破する策は一つ。司令塔と思しき金色鎧の巨体コボルドを倒して、先へ進む以外にない。

 

(問題は、前衛の百体……)

 

迫りくるコボルドの攻撃を、無駄の無い動きで捌きながら、イタチはリーダーとして思考を走らせる。現在のパーティーメンバーの力で、最小限の消耗でこの状況を打破すべきか。パーティーメンバーの能力、敵の戦力、その他この戦いにおけるあらゆる情報を頭の中で整理し、打開策を導き出す。

 

「このままコボルドの大群を相手にしていては埒が明かん。一点突破で敵の大将を倒す他に手は無い。良いな?」

 

「お兄ちゃん、分かった!」

 

「イタチ君、作戦を教えて!」

 

イタチの指揮の下、現状の危機を突破するために結束する意志を示したパーティーメンバー達。イタチはそれに対して迅速かつ的確な指示を与えていく。

 

「アスナさんとユウキは、俺と一緒に打って出る。前衛の群れを突破して、コボルドの親玉を討つ」

 

「分かったわ!」

 

「オッケー!」

 

「コナンとシノン、お前達は後方支援だ。遠隔型で、効果範囲の広い攻撃で敵を攪乱しろ」

 

「ああ、任せとけ!」

 

「了解したわ!」

 

「ランとリーファは後方支援の二人を守れ。親玉を倒すまでは、二人の支援は不可欠だ」

 

「任せて、お兄ちゃん!」

 

「シルフ五傑って呼ばれている私達の実力、見せてあげる!」

 

各々、イタチに指定されたポジションに付き、得物を構える。作戦開始の準備を確認したイタチは、まずはすぐ後ろにいるアスナへ、次いで手始めに最も後ろに控えているコナンに指示を出した。

 

「アスナさん、状態異常耐性のバフをお願いします」

 

「任せて!」

 

「コナンとシノン。交互に敵前衛に対して広範囲攻撃を頼む」

 

「ああ、分かった!それじゃあ、まずは俺から!」

 

アスナが詠唱を開始すると同時に、コナンは手に持つ武器を、撃槍『ガングニール』からバイオリンへと持ち替える。このバイオリンは、音楽妖精族『プーカ』の専用装備である。プーカはバイオリンのような楽器系アイテムを用いれば、より強力なスキルを発動できる。尤も、楽器系アイテムは武器と同じ扱いであるため、武器を持ち替える必要があるという欠点がある。故に、武器を装備した状態でも、歌声でスキルを発動することができる『歌唱スキル』を上げるプーカが大多数である。しかしコナンの場合は、重度の音痴故にスキル発動に支障を来たすため、スキル発動には、現実世界でも経験のあるバイオリンを用いているのだった。

 

「そおら、よっと!」

 

コナンがバイオリンを奏でるとともに、魔法陣を描くかのように五線譜と音符で構成された光芒が展開される。そして、中心に立つコナンの持つバイオリンから、音符を載せた五線譜が、ライトエフェクトを伴って新たに放たれ、コボルドの前衛を直撃する。放たれた五線譜は、コボルドの軍勢に直撃すると共に音符を放射状に拡散させ、数十体をその影響圏へと巻き込んだ。

 

『グ、ゴゴガァァアッッ……!?』

 

コナンの放ったスキルがコボルドに命中した途端、コボルド達は狂ったかのように同士討ちを始めた。コナンが発動した音楽系デバフスキルによって、混乱状態に陥ったのだ。そして、その効果発動を確認すると同時に、今度はイタチとユウキ、アスナが突撃を敢行する。

 

「今です、アスナさん!」

 

「分かった!……せぇぇぇえええい!!」

 

イタチの指示のもと、アスナが先頭を切って混乱状態の敵のもとへ突撃する。発動するスキルは細剣上位ソードスキルの『フラッシング・ペネトレイター』。SAOでは『閃光』の二つ名を冠するに至った速度に裏付けられた、強力な貫通力を有する。その突撃をもって、敵陣そのものに“穴”を穿つ。

 

「次だ、シノン!」

 

アスナによって開かれた道を、イタチとユウキが揃って斬り込んでいく。その合間に、コナンにスイッチする形で今度はシノンが前へ出て、出立の際にララから受け取った特殊矢を番え、詠唱を開始する。狙うはイタチとユウキが目指す先、アスナが至った敵陣中央より少し先の位置である。

 

(目標位置確認……そこ!)

 

ケットシーの卓越した視力で着弾点を定めたシノンは必中を期して、詠唱によって魔法効果が付加された矢を射る。オヤマダ武具店の店主であるマンタが、生産職プレイヤーとして持てる力の全てを尽くして生み出した強化弓から放たれた矢は、シノンが意図した通りの軌道を描いて、奥の敵陣目掛けて飛来する。イタチとユウキ、そしてアスナの頭上を通過したそれは、敵陣の中央における、地上二メートル程度の位置で“弾けた”。

 

『グゥッ……ガガ、ガァッ……!』

 

空中で矢が弾けた箇所から周囲一体へと広がり、地上へと降り注ぐのは、黄色く煌めく幾多の粉。それを浴びたコボルド達は、状態異常の『麻痺』を起こしてその動作を停止させた。

これこそ、ララが開発した特殊矢の一つ、『パラライズアロー』である。魔法効果が付加できる特殊な矢を使い、先端には鏃の代わりに強力な麻痺毒を有する粉末を仕込んだ袋を備え付ける。そして、射出前に時限発動型の下級炸裂魔法を付加した状態で射る。すると、敵の上空にてこれが炸裂し、広範囲の敵に麻痺毒が降り注ぐという仕組みである。効果範囲は広いものの、それ故に味方を巻き込みやすい欠点を持つ。そもそも、弓使い自体の需要が少ないことから、こういった弓矢に類する特殊アイテムは中々作られる機会が少なく、扱っているのはララくらいのものだった。使い手についても、シノンクラスの弓使いでなければ使いこなせず、専らシノンの専用武器となっている程だった。

ともあれ、そんなマイナーながら、多勢を相手取る際に非常に強力な性能を発揮する武器のお陰で、新たな道を開く機会を、最前線に赴いているイタチとアスナ、ユウキは得るに至った。

 

「アスナさん、もう一度お願いします」

 

「オーケー!これで……行くよ!!」

 

アスナによる、再度の『フラッシング・ペネトレイター』。コボルドの包囲網そのものに風穴を開ける強烈な刺突に対し、麻痺状態に陥ったコボルド達は為す術も無く、ポリゴン片を撒き散らして爆散していく。

 

『ルォォオオッ!!』

 

そして至った、最奥部の黄金鎧の巨体コボルドの眼前。細剣上位スキル発動による技後硬直で動けないアスナに対し、コボルドのボスは、その手に持つ槍を容赦なく振り下ろそうとしていた。

 

「させないよ!」

 

だが、後続のユウキがそれを許さない。アスナが開けた突破口を駆け抜けた勢いのまま、片手剣上位スキル『ヴォーパル・ストライク』を、槍を振り下ろすべく反らせた胸板目掛けて叩き込んだ。

 

『ルガァアッッ……!』

 

ユウキが放った渾身の一撃により、スキル発動をキャンセルされた黄金の鎧のコボルドは、バランスを崩してその場でよろめくこととなる。だが、相当な防御力を持っているのだろう。上位ソードスキルの直撃を受けても、一本目のHPバーが一割減った程度だった。

SAOと同様、ALOにおけるボスモンスターのHPバーは、五本から六本とされている。しかしこの黄金鎧のボスコボルドの頭上に浮かぶHPバーは、三本だけだった。百体近い前衛部隊を有していることによる難易度調整が為された結果とされるが……それでも、難易度が下手なボスより高いことに変わりない。百体近い軍勢のど真ん中で、一際強力なボスと戦わなければならないのだ。しかも、少人数で特攻を仕掛けており、難易度はますます高まっている。

 

『ルォォオオ!!』

 

「させん!」

 

だからこそ、イタチは動くことを止めず、攻勢を緩めない。

技後硬直で動けないアスナとユウキに攻撃を仕掛ける黄金鎧のコボルドの背後へと、忍としての前世の経験をフル活用して鍛えた隠蔽スキルを用いて回り込み、死角からの攻撃を仕掛ける。その左手には、先程までは無かった、もう一振りの剣が握られていた。しかしそれは、右手に握る片手剣ではない。独特な反りを備えた片刃の剣――“刀”である。

 

(一撃目――――サベージ・フルクラム)

 

両手に異なる剣を握るイタチは、黄金鎧のボスコボルドの背中目掛けてソードスキルを打ち放つ。初撃は、右手に握る片手剣――『ライオンハート』を振るって放つ、大型モンスター相手に有効とされる三連撃ソードスキル『サベージ・フルクラム』。

強力なソードスキルであると同時に、攻撃力と防御力をダウンさせる効果も持つ。多大なダメージを与えることはもとより、特殊効果によるデバフを与えることができればと考えていたイタチだったが……果たしてその狙い通り、ボスコボルドの頭上にはデバフアイコンが灯っていた。

 

(二撃目――――羅刹)

 

『サベージ・フルクラム』の発動後にアバターを襲う硬直を、左手に握る刀――『正宗』による刀系ソードスキル発動で上書きする。スキル硬直を、両手に握る武器のソードスキルを交互に発動させて上書きして連撃を繋ぐシステム外スキル『スキルコネクト』である。

そして、ボスに対してデバフが有効であることを確認したイタチが、次に選択したのは、斬撃と拳撃を組み合わせたソードスキル『羅刹』。防御力の低下に加え、ダメージが継続的に与えられる『出血』というデバフを敵に与える効果を持つ。ボスコボルドは元々の防御力が高くとも、デバフ効果が有効と判明した故のスキル選択だった。

そして、イタチの攻撃によって、デバフアイコンがさらに追加され、先程より多くHPが削られた。

 

(三撃目――――メテオ・ブレイク)

 

ソードスキル『羅刹』が終了すると同時に、イタチはさらに技を繋ぐ。今度は右手に握る『ライオンハート』によって発動する、重攻撃ソードスキル『メテオ・ブレイク』である。片手剣系ソードスキルの中でも強力な、打撃属性を持つ技である。

先の『羅刹』発動の中、ボスコボルドのHP減少は、拳撃を受けた時が一番大きかった。つまり、ボスコボルドの弱点は、打撃系ソードスキルなのだ。『メテオ・ブレイク』を使ったのは、そんな弱点を見抜いた故の選択だった。

 

『ル、ルゥゥァァアアッ!!』

 

『サベージ・フルクラム』と『羅刹』による防御力減少を経ての、弱点たる『メテオ・ブレイク』による打撃ダメージ。それら一連の攻撃は、ボスコボルドに多大なるダメージを与え……初段のHPバーを、八割以上を削り取った。イタチの発動したスキルコネクトは、単純にソードスキルを繋いだだけではない。デバフアイコンの点滅から敵の状態異常耐性を見切り、発動したソードスキルの属性ごとに与えたダメージ量から弱点の属性を看破した上で繋いだ、戦術性を持った連撃なのだ。並はずれた動体視力と反応速度、判断能力があってこそできる芸当である。身体能力だけではない、忍としての前世を持つからこそ可能となる、文字通りの離れ業だった。

だが、流石にボス系モンスターだけのことはあり、イタチの超絶的な連撃でも中々倒れず……イタチの攻撃を受けっ放しというわけではない。イタチのスキルコネクトが終了すると同時に後ろを振り向いてイタチを認識するや、槍を振り上げた。遠距離からの衝撃波でも、かなりのダメージを受ける槍である。至近距離で直撃を食らえば、即死も免れない。技後硬直状態にあるイタチには、これを防ぐ術が無い。だが、イタチはそんな状況下に置かれても、全く動じない。何故ならば――――

 

「はぁぁぁああ!!」

 

『ルァァァアッッ……!?』

 

イタチとは反対側から、ボスコボルドの背中に迫る、三条の白い閃光。細剣系ソードスキル『アクセル・スタブ』である。先程正面から突破口を開いたアスナによる、援護攻撃だった。先程の打撃系ソードスキル程ではないが、こちらも重攻撃技に分類されるスキルである。三発連続で放たれた刺突は、ボスコボルドの初段のHPバーを削り切るに至った。

 

「せぇぇえええい!」

 

アスナの攻撃が決まった後には、ユウキの追撃が待ち受けていた。ボスコボルドがアスナの方へ振り向こうとしたところで、ソードスキル『ホリゾンタル・スクエア』を発動。四方を囲むように放たれた斬撃によってタグは乱され、ボスコボルドは大いに攪乱された。

 

『グォォォォオオッッ!!』

 

だが、敵は黄金鎧のボスコボルド一体ではない。ボスを囲んでいた、手下のコボルド部隊が反転し、イタチ達へと襲い掛かろうとしていたのだ。

 

「おっと、させねえよ!」

 

「雑魚は近付けさせないわよ!」

 

空間の奥部に控えていたコボルド部隊の動きを察知したコナンとシノンが、援護射撃を開始する。いずれも先程と同じく、広範囲の敵を対象に、動きを阻害するタイプのデバフを付加するスキルとアイテムである。距離が遠いため、手下のコボルドの軍勢は勿論、奥部でボスコボルドと戦う味方三人すら巻き込みかねない状態だが、二人は加減抜きで援護を続ける。

 

(コナン君としののんの援護のお陰で、手下のコボルド達は、足止めされてこっちには来ない。しかも、状態異常のバフのお陰で、影響がこっちに飛び火するのも気にならない……イタチ君は、この状況まで、全部計算していたってことね)

 

多勢が控える場所へと攻め込むのだから、広範囲スキルを使えば味方を巻き込むリスクは避け得ない。だからこそイタチは、ボスコボルドの控える最奥部へ突撃する前に、アスナに状態異常耐性のバフを掛けるよう依頼したのだ。高威力の突撃系ソードスキルと広範囲対象型のアイテムとスキルを行使した軍勢の強行突破に始まり、現状のボスコボルドとの戦闘に至るまで、イタチは全て想定していたのだ。先程見せた、卓越した戦闘技術に加え、抜け目の無い戦略眼を持つイタチに対し、アスナは内心で舌を巻いていた。

 

「アスナさん、ユウキ!予定通り、重攻撃と攪乱を繰り返してHPを削る作戦を!」

 

「了解したわ!」

 

「任せてよ!」

 

その後も、イタチの指示のもと、三人による重攻撃技の連撃がボスコボルドへと放たれ続けた。常に死角を狙い、反撃の隙を与えず、キャンセル不可能な攻撃系スキルが繰り出されれば、必ず回避する。味方へのダメージは微々たるものに止め、ボスコボルドを翻弄し続けることしばらく、削られ続けたボスコボルドのHPは、遂に三段目のイエローゾーンへ突入した。

 

『ルォォオオ!!』

 

HPが一定以上削られたことでスイッチが入ったのか、ボスコボルドは、これまでに無かった行動へ移った。それまで垂直に振り下ろすのみだった大槍を水平に構えたのだ。そのモーションから、イタチはボスコボルドの次の行動を看破した。

 

「横薙ぎの範囲攻撃だ!打ち合わせ通り、一気に仕掛けるぞ!」

 

イタチの言葉に、アスナとユウキが視線を合わせて頷き合う。互いに取るべき行動を確認した三人は、散開して攻撃の回避――――――――に動くことはせず、その場で詠唱を開始した。

通常、範囲攻撃が放たれることが予測されれば、回避すべく距離を取るものである。だが、イタチ等が取った行動は、逃げるのではなく、その場から動かず魔法を発動しようとするというもの。

 

「ルゥゥォォオオオ!!」

 

三人の詠唱が完了したのは、ボスコボルドの大槍が横薙ぎに振り払われる直前のことだった。ボスコボルドが構えた大槍は、その周りを囲むように展開していた三人をその範囲にしっかり捉えていた。そして、壮絶な勢いをもって、三人の立つ場所に向けて振り払われた。

 

「とぉっ!」

 

「はぁっ!」

 

「やぁっ!」

 

だが、刃が三人を直撃することは無かった。刃が振るわれた後に残っていたのは、真っ二つになった氷塊、黒い靄となって消えた黒服の下半身のみだった。消えた筈の三人の姿は、空中にあった。

アスナは氷の盾を作る『アイシクル・シールド』、イタチは自分と等身大の人型の黒い分身を作り出す『ブラック・デコイ』、ユウキは跳躍力を強化する『ハイジャンプ』を発動していた。前者二人はこれを身代わりにして、斬り飛ばされた勢いを利用して空中へ身を投げ出し、ユウキは強化された跳躍力をもって空中へ跳び上がったのだった。

 

「行くわよ!」

 

空中に飛び上がった三人の内、まず動き出したのは、アスナだった。氷を掴みながら空中で体勢を整えた上、氷を蹴ってボスコボルドへと突撃。細剣系ソードスキル『スター・スプラッシュ』を見舞った。

 

「次は俺だ……!」

 

アスナのソードスキルが決まるのとほぼ同時に、今度はイタチが分身を蹴って接近する。発動するソードスキルは、先程もユウキが使用していた片手剣ソードスキル『ヴォーパル・ストライク』を叩き込む。

 

「最後はボクだね!そりゃあっ!」

 

アスナ、イタチに続き、最後の締め括りとして攻撃を仕掛けたのは、ユウキだった。空中に跳躍の足場とする物を持たないユウキが突撃に使用したのは、自らの“翅”だった。太陽もしくは月が出ていないダンジョンの中では、ALOの醍醐味である飛行ができない。だが、闇妖精族『インプ』だけは、ごく短い時間ながら飛行が可能なのだ。無論、それでも地上のように飛翔することは不可能である。だが、空中で加速して突撃する分には、十分利用できる。

 

「やぁぁぁあああ!!」

 

ボスコボルドの懐へと入り込んだユウキが発動したソードスキルは、片手剣系。だがその技は、ただの片手剣ソードスキルではない。

ユウキが発動したソードスキルは、“十連撃”の刺突を繰り出して、ボスコボルドの胸に巨大な十字架を作った。しかも、技はこれで終わらない。

 

「これで、終わりだぁぁああ!!」

 

『ルォォオッ……ォォオオオオオッッ!!』

 

先の刺突十発が描いた十字架の中央を穿つように、一際強力な刺突を放ったのだ。ユウキが発動したソードスキルは、ボスコボルドが残していたHPを全てを削り取るに至った。それと同時に、黄金鎧を纏ったボスコボルドは、その巨体をポリゴン片へと変えて爆散した。同時に、手下のコボルド部隊もまた、それに倣う様にしてポリゴン片へと帰っていった。

 

「十一連撃ソードスキル……そんなもの、ある筈が……!」

 

「まさか、あれって……!」

 

ユウキが発動したソードスキルに、誰もが驚愕に目を剥いた。ユウキが発動したのは、十一連撃の刺突によるソードスキル……だが、現在実装化されている片手剣ソードスキルに、そのような強力なものは存在しない。例外があるとすれば、イタチがSAO時代使った『二刀流』と、先程発動した『スキルコネクト』だろうが、先程のユウキが発動したそれは、一つの技として完成していた。

公式のスキルとして実装化されていないながらも、確かに存在するソードスキル。そんな矛盾した存在は、しかしこのALOには数少ない例外として存在していた。SAOには存在していなかった、このALOにおいて新たに実装化されたシステムによって――――

 

(そう。これが、ユウキの『OSS(オリジナル・ソード・スキル)』――――)

 

パーティーメンバーの皆が皆、驚愕する中、イタチは一人その雄姿へと冷静な眼差しを向けていた。ユウキをパーティーメンバーとして誘ったイタチのみが知る、彼女が秘めた武器――――

 

 

 

「これがボクのOSS、『マザーズ・ロザリオ』だよ!」

 

 

 

その名前を、満面の笑みで、誇りを胸に口にしたのは、ユウキ自身だった。コボルド達が残したポリゴン片が、雪の様に光を放って舞い散る中、彼女は皆にVサインを送っていた。

その純真無垢な陽だまりのような笑みを浮かべながら勝ち誇る姿に、パーティーメンバー達は、誰もがこの上ない力強さ、心強さを感じていた。

 

(ユウキ…………)

 

そんな中、イタチだけは、それ以外のものも感じていた。その技は、その姿は、

 

 

 

 

 

力強くも、儚く、美しいと――――

 


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