ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版-   作:鈴神

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読者の皆様
お久しぶりです。鈴神です。
今後は月1回が限界になると思われます。
不定期化する可能性大ですが、今後も「暁の忍」をよろしくお願いします。


第百一話 囚われの美女に悪い奴はいない

闇と氷に包まれたヨツンヘイムには似つかわしくない、一面が砂で覆われた、砂漠を彷彿させるフィールド。それが、イタチ等パーティーメンバーが至った新たなフロアだった。足場が悪い仕様のフィールド故に、イタチを含めたパーティーメンバーは全員、思う様に動けずにいた。

 

『ゴォォオオオオ!!』

 

「皆、来るぞ!」

 

砂漠という不慣れなフィールドに翻弄されるパーティーメンバーを襲うのは、この階層を守護する唯一にして、ここに至るまでに遭遇した中でも最強のボスモンスター。それは、地震に似た振動とともに、膨大な量の砂を撒き散らしながら、砂底から浮上し、姿を現してきた。その姿は、全長二十メートル超の巨大な恐竜……否、クロコダイルだった。その見た目の通り、この巨大なクロコダイル型モンスターは、砂の中を水中のように潜行する能力を持つ。移動スピードがイタチ等より速いことは勿論、砂底へ潜られれば、攻撃は一切届かない。しかも、全身が砂で構成されているので、部位欠損ダメージを受けても、砂の中へ潜ればすぐに修復されてしまうのだ。

唯一のダメージを与えられるウィークポイントは、その巨大な口の奥、喉のあたりに存在する球体のコアである。これを狙うには、口を大きく開いた瞬間に飛び込む必要があり、一歩間違えればアバターを噛み砕かれて、瞬時にHP全損するリスクがあった。ここに至るまで、コアの付近を攻撃することで、微量なダメージを蓄積させてきたが、やはり大ダメージを与えるには、コアを直接狙う以外に方法は無い。外殻の砂を壊してコアを曝け出そうにも、頻繁に砂の中へ潜るので、すぐに傷は修復されてしまう。

まさに八方塞の状況。だが、そんな中でも、イタチは諦めずに、攻略の手段を模索し続けた。現世のVRゲームで培った経験と、前世の忍として培った経験を基に、目の前のボスモンスターを分析することしばらく。イタチは遂に、その弱点を看破するに至っていた。

 

「アスナさんは先程と同じ要領で水属性魔法を!皆はボスを足止めするぞ!」

 

「任せて!」

 

イタチの指示により、アスナは詠唱を開始し、イタチをはじめとしたそれ以外のメンバーは各々の武器を手に、クロコダイルへと攻撃を仕掛ける。ダメージを与えることを目的にはせず、軽く小突く程度の攻撃でタゲを順に取り、時間稼ぎに徹していた。そして、イタチ等の動きによって、ボスの動きを足止めしてから約一分半後、アスナの魔法の詠唱が完了した。イタチはそれを確認するや、全員に退避の指示を出す。

 

「皆、退け!」

 

イタチの指示により、クロコダイルを中心に散開するメンバー一同。それと同時に、アスナの立つ場所から竜巻の形をした激流が、大口を開けてイタチ等を襲っていたクロコダイルへ向けて放たれる。上級水属性魔法『スプラッシュ・ブラスト』である。猛烈な勢いで迫る激流は、大きく開かれた上顎に命中する。

 

『ゴォォ……ォォァァア……ッッ!』

 

上顎に命中した激流は、上顎を構成する砂に吸収された。それによって、クロコダイルの動きが目に見えて鈍化していた。

 

「一気に畳み掛けるぞ!」

 

『応!』

 

イタチの合図により、ラン、コナン、ユウキの三人が一斉にクロコダイルへ襲い掛かる。対するクロコダイルは、口の奥に備えているコアを守るべく、その大口を閉ざして防御する。

 

「はぁぁあああ!!」

 

だが、イタチ等は攻撃の手を止めない。先陣を切ったランは、クロコダイルの頭上へと跳躍し、垂直に拳を振り下ろした。

 

『ゴガァアアッ……ァァアッ!』

 

水を吸い込んだことによって脆くなった上顎は、ランの拳撃によって砕けて四散する。その攻撃の痕には、クロコダイルのコアが露出している。

 

「今だよ、二人とも!」

 

「任せとけ!」

 

「よ~し!行くよ!」

 

ランの拳によって曝け出されたボスの弱点へ、コナンの槍とユウキの剣が迫る。

 

『ゴゴォォオッ!』

 

上顎を失った状態であっても、吠えることはできるらしい。クロコダイルは、前足・後ろ足を動かし、砂へ潜ろうとする。一度撤退して、身体を修復して体勢を立て直そうとしているのだ。しかし、イタチとてボスの動きはお見通しだった。

 

「リーファ、シノン!手足を止めろ!」

 

「オッケー、お兄ちゃん!」

 

「任せなさい」

 

クロコダイルの両側に立っていたリーファが詠唱を開始し、シノンは弓に新たな特殊矢を“二本”番える。クロコダイルの体が砂底へ沈み始めようとしたところへ、狙いを定めた両サイドからの攻撃がクロコダイルを襲う。

 

『ゴガァァアッッ……!』

 

クロコダイルの前足・後ろ足に電撃が迸る。リーファの放った二点攻撃型の雷属性魔法『ツイン・ライトニング』と、シノンの放った二本の『電撃矢』が炸裂したのだ。砂で構成されたクロコダイルの肉体は、その属性の関係上、雷属性の魔法やアイテム、ソードスキルに弱い。本体がコアである以上、ダメージを与えることはできないが、一時的な部位破壊を引き起こすには十分な攻撃だった。

 

『ゴゴォオッッ!!』

 

だが、クロコダイルも往生際が悪いと言うべきか、抵抗を止めない。顎に続き、四肢を失ったクロコダイルが最後の武器は、体長の半分を占める長さの巨大な尾だった。前足と後ろ足を失っている状態では、バランスを取れず、碌な狙いを付けられないことは明らかである。しかし、丸太より太く強固な砂の塊が、勢いよく振り回されるのだ。直撃すれば、HP全損は免れず、普通ならば迂闊に近付くことはできない。

だが、パーティーメンバーは誰一人として、退避しようはしない。何故ならば、今日この場に集まったパーティーメンバーの中でも、最強のリーダーが控えているのだから。

 

「ふっ……!」

 

凄まじい勢いで振り回される尾に対し、イタチは一切恐れることなく突き進む。振り回される尾を最小限の動きだけで回避しながら接近し、その勢いのまま、右手に持つ刀――『正宗』を振り翳し、ソードスキルを発動した。

クロコダイルの尾の付け根の部分に繰り出されたのは、上下の斬り払いと、それに一拍を置いての刺突――刀系ソードスキル『緋扇』である。

 

「……そこ、だ!」

 

ソードスキルが決まると同時に、クロコダイルの身体を蹴って空中へと跳び、その身を反転させる。そして振り返り様に、左手に取り出したピックを構え、スキルコネクトによって投擲スキル『シングルシュート』を発動。先の『緋扇』によって付けられた傷口へと投擲した。その柄の部分には、一枚の“札”が結び付けられていた。

 

『ゴガァアアアアァァァッッ!!!』

 

『緋扇』の刺突によって付けられた傷口へとピックが進入した途端、クロコダイルの尾の付け根が爆発。傷口を起点に崩れ落ちた。

イタチがピックに結び付けていた“札”は、『魔法符』と呼ばれる様々な魔法効果が込められたカードである。イタチが使用したのは、火属性の爆裂魔法が込められた『魔法符』であり、イタチは傷口にこれを投げ込むことで、クロコダイルの身体を内部から爆破したのだった。

これでこの砂漠の階層を守護するクロコダイルは、上顎、四肢、尾を失い、抵抗の手段一切を失ったことになる。HP残量も、六本あったバーも既に残り一本を切っている。そこへ、止めを刺すべく、コナンとユウキが襲い掛かる。

 

『ゴ、ゴォォオオ……』

 

だが、それでもやはり、クロコダイルは抵抗を止めない。露出したコアを守るべく、残った肉体を構成する砂で防護膜を張ろうとする。

 

「させるかよ!」

 

それを見たコナンは、槍系ソードスキル『ソニック・チャージ』を発動し……それを、“投擲”した。

 

『ゴガァァアアッッ!?』

 

投擲された『ガングニール』は、砂の防御膜を突き抜けて、クロコダイルの本体たるコアを刺し貫く。その後、『ガングニール』は消え、コナンの手元へと瞬時に戻った。

これこそが、撃槍『ガングニール』の伝説級武器としての固有能力――『スヴィズニルシフト』である。ALO運営開始当初における効果は、投擲時に標的に定めた対象への必中効果と、『クイックチェンジ』のオート効果によって手元に戻るという効果のみだった。それに加えて現在は、ソードスキルを投擲した状態でも発動を維持できるという特徴まで加わっていた。

 

「ユウキ、今だ!」

 

「行っくよぉぉお!」

 

ダメージを受けたことにより、コアを包む防護膜は崩れ落ちた。抵抗する術、守るもの……その全てが無くなったのだから、この隙を狙わない手は無い。フィニッシャーとして躍り出たユウキが全身全霊をもって放つソードスキルが炸裂する。

 

「やぁぁぁああっ!!」

 

ユウキが繰り出す、片手剣による超絶的な剣技。刺突が放つ、十一条の光が描く聖なる十字架――『マザーズ・ロザリオ』が、コアへと刻み込まれる。

 

『ゴッ……ォォオッ…………ォォッ!』

 

その、力強くも美しい剣技によって、クロコダイルに残されたHPを根こそぎ奪い取られた。それと同時に、球体のコアは砕け散り、ポリゴン片を撒き散らして爆散。肉体を構成する砂は、ぼろぼろと崩れ落ちた。

 

「冷や冷やしたけど、どうにか勝つことができたわね」

 

「本当に、一時はどうなる事かと思ったけどね」

 

階層を守護するボスが倒されたことで、一息吐く一同。メダリオの侵食が九割に達している現状、休んでいる猶予は無い。だが、戦闘の激しさ故に、大部分のメンバーがすぐには動けない状態にあった。第五層で百体のコボルド部隊を率いる金色鎧の巨体コボルドを倒して以降も、現在に至るまで、強力なボスラッシュは続いていた。

 

第六層は、巨大な水槽型のフィールドに潜む巨大なノコギリザメ型モンスター。

 

第七層は、肉体が煙と化して物理攻撃を無効化する、アストラル系モンスター。

 

第八層は、フィールドオブジェクトをはじめ、放たれた魔法すら食らう巨大な顎を持つカバ型モンスター。

 

そして、先程倒した砂漠のフィールドに潜む、砂の肉体を持つクロコダイル型モンスター。

 

イタチの指示と判断の下、戦闘と消耗を最小限に止めてこの階層へと至ったが、ボス戦は神経を削る修羅場の連続だった。ここまで、誰一人欠けることなく至ることができたのは、イタチの的確な指揮能力は勿論のこと、立案した作戦を忠実に遂行するだけの実力を有するパーティーメンバー全員の能力の高さあってのものだった。そして、そんな強豪ぞろいのパーティーの中にあって、特に活躍したメンバーが居る。

 

「いや~……今回も、どうにか勝てて良かったよ!ボク、こんなにハラハラする冒険は初めてだよ!」

 

「俺達も、ここまで難易度の高い冒険は初めてだ。それを乗り切れたのは、お前が参加してくれたところが大きい」

 

「ホント、そうだよな。伝説級武器を持ってる俺が言うのもなんだけど、まさかあんな強力な切札があったなんて、思ってもみなかったぜ」

 

イタチの言葉に、ユウキ以外のメンバー一同が頷く。第五層のボスコボルドを倒して以降、ユウキはボス戦におけるフィニッシャーとして、ここに至るまで幾度もボスを屠ってきたのだ。その所以こそが、コナンが口にしたユウキの切札――十一連撃ソードスキル『マザーズ・ロザリオ』である。

 

「十一連撃のOSSだもんね~……あたしの知る限りじゃ、誰も持っていないと思うんだけど」

 

「一番多いのが……確か、ケンシンの九連撃だったかしら?」

 

「イタチ君の二刀流なら、十連撃以上のソードスキルはいくらでも発動できるだろうけど、あれは剣が二本あってのものだもんね。片手剣一本で発動するスキルなら、他に無いんじゃないかな?」

 

『OSS』――『オリジナル・ソード・スキル』とは、ALOにおいて新たに実装化された、各系統の武器による技のシステムである。SAO開発時代に使用されていた『モーションキャプチャーテスト』の原理を応用したシステムであり、指定された時間内に発動した剣技をオリジナルのソードスキルとして登録できるのだ。プレイヤー自らが編み出したスキルをシステムに登録できる、文字通りオリジナルのソードスキルを作り出せるシステムである。

魔法主体の戦闘が主流であったALOに、SAOから引き継ぐ形で導入された『ソードスキル』というシステムに、更なる大変革を齎したシステムとして知られている。だが、OSS開発は簡単なことではない。システムに『OSS』を登録させるためには、『本来システムアシストなしには実行不可能な速度の連続技を、アシストなしに実行しなくてはならない』という、矛盾に等しい制約がある。そのため、OSSを作り出せるプレイヤーは非常に少ないことでも知られている。

有名どころとしては、サラマンダーのユージーン将軍の八連撃技『ヴォルカニック・ブレイザー』や、同じくサラマンダーの侍ことケンシンの九連撃技『九頭龍閃』が知られている。この場にいる人間では、アスナの五連撃技『スターリィ・ティアー』も挙げられる。尤も、SAO開発に携わり、多くのソードスキルの製作してきたイタチについては、その限りではない。その気になれば新たなOSSを作ることはおろか、他者のOSSを模倣することすらできるのだ。忍としての、それもコピー忍術を得手とする写輪眼を持つうちは一族の前世を持つイタチだからこそできる業である。

ともあれ、十一連撃などというOSSは、今のところ知られていない。つまり、イタチの二刀流を除けば、ユウキの『マザーズ・ロザリオ』は、公に知られているOSSの中では最強ということになる。

 

「イタチも、よくこんな強力な助っ人を連れて来れたもんだよな」

 

「イタチ君のところに強力な味方が集まるのも、彼の力の一つなのかもしれないね。それにそのお陰で、あっという間にここまで辿り着けたんだしね」

 

クエストのタイムリミットの関係上、各階層のボス戦はスピード重視の戦略を取る必要がある。故に、十一連撃のソードスキルを使えるユウキが、必勝を期したフィニッシャーとなるのは必然だった。加えて、OSS持ちとしての強力な実力のみならず、周囲の味方の動きに合わせて動く協調性もしっかり持っている。お陰で、イタチがこれまで立案したボス攻略作戦は、その全てが成功に至っている。

 

「けど、よくこんな剣士と知り合いだったわね。一体、どこで知り合ったのかしら?」

 

「あ!それ、あたしも気になってたんです。お兄ちゃん、どこでユウキと出会ったの?」

 

考えてみれば、これだけ優秀な剣士とイタチが知り合いだったことを、アスナやリーファ、シノンといった面々がそれを認知していなかったのはおかしな話である。どうして今まで黙っていたのか、教えてくれなかったのか……この場に集まったイタチとユウキ以外のメンバー全員が、非常に疑問に思うところだった。

 

「え、えっと……それは……」

 

イタチと出会った経緯について尋ねられたユウキは、返答に窮した様子で言い淀んでいた。先程までの威勢の良さ、明朗快活さはどこへやら。目を泳がせて、必死に誤魔化そうとしていた。その明らかにおかしな態度に、ある者は訝るような、ある者は面白いものを見るような視線を向けていた。

 

「……その辺にしろ。ユウキが困っている」

 

だが、そんなユウキに詰め寄るような視線を向けていた一同の視線を遮るように、イタチが前へ出た。ユウキを庇ったイタチの行動に、先程までユウキの態度を訝っていた三人――アスナ、リーファ、シノンの視線が鋭くなった。

 

「どうしてそんなに隠したがるのよ?あたし達、会って間もない間柄じゃない。仲間なんだから、もっと話してくれないと……ユウキのことなんて、何も分かんないよ」

 

「そうよねぇ……イタチ君、どうしても駄目なの?」

 

「ユウキが話したくない話題を無理に振るなと言っているんだ、リーファ。それにアスナさんもですよ。本人が嫌がることを無理に詮索しないでください」

 

「どうかしら?何か、疚しいことでもあるようにも思えるんだけど」

 

「シノン……言っておくが、お前達が考えているような、疚しい事情は一切無い。俺とユウキの出会いについて言えることはこれだけだが、間違いの無い事実だ」

 

イタチとの出会いについて一切語ろうとしないユウキと、それを擁護するイタチに対し、アスナ、リーファ、シノンの疑念は積もるばかり。そんな三人の邪推する態度に対し、イタチはうんざりしながら否定の意を示す。

 

「けど、それなら……」

 

「とにかく、これ以上ユウキのことを詮索するな。いくら仲間でも、話せないことの一つや二つはあるものだ。違うか?」

 

尚も食い下がるリーファに対し、非難するような鋭い視線を向けながら、若干きつい口調で窘めるイタチ。本気とまではいかないが、少しばかり怒っているのが傍目にも分かるイタチの対応に、虎の尾を踏んでしまったと感じた三人は、気まずい表情を浮かべて黙り込んでしまった。

 

「……分かったわ。確かに、ちょっとしつこかったわね」

 

「そうね……話したくないことなら、無理に聞くべきじゃなかったわ」

 

「うぅ……でも、あんなに怒らなくても……」

 

不満は完全には消えなかったものの、ユウキに対して無理な詮索をすべきではないという意見が一致した三人。それに対し、当事者であるイタチとユウキ、そしてそれを見守っていたコナンとランはほっと安心するのだった。

 

「そういえば、ユウキのOSSもそうだけど、イタチのスキルコネクトもかなりのモンだよな。SAOの頃より、進化しているんじゃねえか?」

 

場の空気を変えるために、別な話題としてイタチの剣技についての感想を口にしたのは、コナンだった。その言葉に反応したのは、イタチとコナンと同じ、SAO生還者であるアスナだった。

 

「言われてみれば、そうよね。あの頃のイタチ君が使っていた、剣を二本使って繰り出すシステム外スキルの連続技は、片手剣だけだったけど、今は刀と体術まで使えるもんね」

 

「やっぱり、剣道をやっていると、刀の方がしっくりくるのかしらね?それにしても、片手剣と刀を同時に使いこなすなんて、流石は“ソードスキルの生みの親”ってところかしらね」

 

コナンに続き、イタチの芸達者ぶりに感心するような意見を口にするアスナとラン。対するイタチは、相変わらずの無表情で、自身の技能が称えられていることに特に関心を示した様子は無かった。しかし、スキルコネクトに片手剣と刀を使ったことには思うところがあったらしい。普段のイタチにしては珍しく、ほんの少しばかり饒舌になったように話しだした。

 

「SAOの時は、ひたすら効率重視の戦い方だったからな。片手剣以外の武器を持つことはほとんど無かったというわけだ。刀を持てるようになったのも、この世界が本当の意味でゲームであることが大きい」

 

その言葉に、イタチと付き合いの長い五人は、少々驚くと同時に、すぐに喜色を浮かべた。SAO時代のイタチを直接的に、もしくは間接的に知る一同にとって、今の発言の中に覗かせたイタチの心境の変化は、意外であると同時に、微笑ましいものだった。

SAO時代、デスゲームを完全攻略し、プレイヤーを解放することを第一に考えていたイタチは、己や攻略組の戦力の増強に心血を注いでいた。『片手剣』のスキルを選んだのは、数ある武器の中で最も汎用性が高かった故のことだった。補助的な武器スキルとして、『投剣』や『戦鞭』も習得していたが、最も多く使っていた武器は片手剣だったことは間違いない。武器やスキルの選択をはじめ、ゲームプレイに遊びや私情を一切挟まず、効率重視の冷徹な判断を下す。デスゲームプレイヤーの模範とも言える、速さと生存率の維持を重視した戦いが、イタチのプレイスタイルだった。

そんなイタチ故に、『片手剣』と『刀』の二刀流などは、SAOではまず見られなかった戦闘スタイルである。それを今、こうして実践しているのは、本人が口にした通り、ALOをゲームとして楽しめていることの証明でもあるのだ。

 

「う~ん……やっぱり、『SAO』とかの話になると、僕って蚊帳の外だよね。けど、二刀流を使っているイタチが楽しそうだっていうのは、僕にも分かるよ」

 

「……まあ、俺の武器の話はこのくらいで良いだろう。それよりそろそろ、休憩はこの辺にして、次の階層へ向かうぞ。ユイ、最下層まではあとどのくらいだ?」

 

SAO以来、付き合いの長いメンバーのみならず、新参のユウキもまた、満面の笑みでイタチが楽しそうだと口にする。微笑ましく自分を見る面々を前に、イタチはらしくない台詞を口にしてしまったと思ったらしく、居心地の悪そうな素振りを見せ、現在のクエストの状況確認を行う。尋ねられたユイは、そんなイタチの内心を知った様子で、くすりと少しばかり笑い、答え始めた。

 

「次の階層が最後です。モンスターのポップは無く、長い回廊とその先に広い空間があるのみです。恐らく、このダンジョン――スリュムヘイムのラスボスの部屋で間違いありません」

 

「そうか……ボス部屋までは、まだ距離があるな。恐らく、ボス部屋の前には扉があるはずだ。そこで最後の補給をするぞ」

 

イタチの指示に従い、パーティーメンバー達は、歩みを再開する。足場の悪い砂のフィールドを踏み越えた先にある、下層へ繋がる階段を駆け下りた。そこに広がっていた光景は、ここに来るまでに何度も見てきた、大理石でできた壁と床、天井に囲まれた、無機質な回廊。ただし、辺りを満たす空気はこれまでになく冷たく感じられるほか、魔物を模した彫像が通路の両サイドに配置されていた。明らかに今までとは違う、ラスボスがこの奥にいることを臭わせる雰囲気だった。

 

「皆……行くぞ」

 

『おう!!』

 

そんな中にあっても、イタチとそのパーティーメンバーは、歩みを止めない。ここに至るまでに倒してきたボスと同様、この先に待ち構える最後のボスを討ち果たす。そして、聖剣『エクスキャリバー』を入手し、アルヴヘイムの危機を救う。それこそが、今このダンジョンに挑戦している理由なのだから。

そして、そんな強い決意をもって回廊を歩き続けることしばらく。ボスの部屋を前に、まず現れないだろうモンスターの襲撃を警戒していたイタチ等は、その途中で予想外のものに出くわした。

 

「お願い……私を……ここから、出して…………」

 

細長い氷柱でできた檻の中に、一人の女性NPCが閉じ込められていた。背丈はアスナと同程度で、雪原を思わせる美しい白色の肌に、この場の女性プレイヤー全員を圧倒するような豊満なバストに細いくびれを、布面積の少ない衣服が包んでいる。髪はブラウン・ゴールドのロングヘア―で、非常に整った顔立ちをしている。一言で表すならば、女神のようなその女性の手足には、檻と同じく氷でできた枷が嵌められていた。その様は、お伽話に出てくる『囚われのお姫様』そのものだった。

 

「ユイ、あの女性は?」

 

「NPCです。ここに来る前に出会ったウルズさんと同じく、言語エンジンモジュールに接続しています。あと……HPゲージが、イネーブル設定になっています」

 

通常、NPCというものはHPゲージがイネーブル、即ち有効化されていることは無い。無論、クエストによっては護衛対象になっているNPCにHPが設定されている場合がある。だが、今回の場合はそれに当て嵌まらない。残る可能性として考えられるのは、何らかのトラップだろう。

 

「罠の可能性が高いな……」

 

「罠だよね」

 

「罠だと思う」

 

「罠でしょ」

 

「罠……だな」

 

「罠じゃないかな」

 

目の前の美女に関する情報からイタチが導き出した推測に、アスナ、リーファ、シノン、コナン、ランの順に同意した。檻の中に閉じ込められている美少女という、これ見よがしなシチュエーション。イタチでなくとも至るであろう結論である。檻を破壊し、枷を外した途端、この美女が恐ろしい姿のモンスターへと姿を変え、パーティーへと襲い掛かるというのが、定番とされている。

ユイの証言からも、そのような罠が待ち受けている可能性は非常に高い。メンバーのほとんどが同意した結論……だが、それを口にしたイタチと、後から同意したコナンの二人は、納得した様子ではなかった。

 

「イタチ、どう思う?」

 

「……この手のダンジョンならば、ありがちと言えばありがちな罠だ。だが、この場面で出る罠としては、少々不自然だ」

 

イタチの言葉に、コナンは頷く。やはり、同じことを考えていたのだろう。

ダンジョンへ入ってすぐの階層ならば、プレイヤーを翻弄するために多種多様な罠が仕掛けられているだろう。だが、ここはラスボスの間に通じる通路である。ここに至ったパーティーならば、こんな罠にはまず引っ掛からないし、明らかにラスボスが待ち構えているだろうこの階層ならば、余計な消耗を避けるために放置する筈。あからさま過ぎる罠故に、本当に罠なのかが疑わしい。

 

(これが罠でないとすれば、助け出せばパーティーメンバーに加わってくれるということになるか……)

 

アイテムをくれる可能性もあるが、HPが有効化されているならば、パーティーに入ると考えて間違いない。パーティーの上限は七人だが、NPCに関しては例外とされているので、人数が上限を満たしていても問題ない。

 

(ここまでの戦闘でパーティーの消耗は激しい……メンバー加入は歓迎すべきところだが、犯すリスクの対価には釣り合わん。問題なのは……)

 

イタチが懸念するのは、目の前の女性NPCが、クエストにおいて何らかの重要な役割を担っているという可能性。ここで助けないことが災いし、ラスボス攻略に失敗するような展開も、考えられないこともない。

 

「お兄ちゃん、どうしたの?」

 

「早く行くわよ。時間無いんでしょ?」

 

『罠』という結論が出ながら、考え込んだ様子でその場を動こうとしないイタチに対し、リーファとシノンが出発を促す。

 

「……分かった。行くぞ」

 

仲間に促され、囚われの女性NPCの前から踵を返し、ボス部屋へと再び足を向けることにしたイタチ。シノンの言うように、時間が無いことは間違いない以上、ここで考え込んでいる暇はない。

ここで彼女を助けなかったことで、何らかの不都合が生じる可能性もあったが、罠だった場合のリスクを考えれば、安全策に踏み切るのが一番なのは、間違いない。万一これで、ラスボス打倒が儘ならない場合は、ボス部屋から撤退して助けに行く。ボス部屋からの脱出が可能で、残り時間があることが前提の目算だが、これが最善策であると、イタチは考える。そして、歩みを再開しようとした、その時――――

 

「ていっ!」

 

ユウキの片手剣ソードスキル『ホリゾンタル』が発動した。横一閃の斬撃は、氷柱の格子を見事に両断し、なぎ倒した。その光景を、イタチをはじめとした面々は唖然とした表情で見つめているのだった。そんな仲間の視線など全く気にせず、ユウキは檻の中へと入ると、女性NPCの両手両足に嵌められていた枷も破壊した。

 

「大丈夫、お姉さん?」

 

「ありがとう、妖精の剣士様」

 

ユウキの手を取り、立ち上がる女性NPC。拘束から解放されても、襲い掛かるようなことはなかったことから、罠ではなかったことが明らかになった。だが、それはそれである。時間を置いて、ユウキの突発的な行動による思考停止から復活した一同は、一斉にユウキの勝手な行動を咎め始めた。

 

「ちょっとユウキ!何勝手なことしてるのよ!」

 

「え、えと……囚われのお姫様みたいだったから、助けた方がよかったかなぁ……って」

 

「罠の可能性が高いから、そのままにしておこうってことになったじゃない!」

 

「け、けど……罠じゃなかったし、結果オーライじゃ……」

 

「そんなのは結果論でしょ。パーティーメンバーとして、勝手過ぎるんじゃないの?」

 

「うぅ……で、でもさ!」

 

ユウキの勝手な行動を一斉に責め立てるアスナ、リーファ、シノンの三人に、涙目になり始めるユウキ。傍から見れば、三人が寄って集って一人を苛めているようにしか見えないが、実際はユウキの自業自得である。リスクを鑑みれば、「罠ではなかったから問題は無い」などの一言で済ませては良い問題ではなかった。

 

「流石に私もどうかと思うな……」

 

「イタチからも、何か言うべきじゃねえか?」

 

メインで怒っている三人から距離を置いてその様子を見守っていたコナンから、パーティーリーダーとして叱るよう進言されたイタチは、一歩前へ出る。怒声を上げる三人を手で制し、口を開いた。

 

「ユウキ。俺たちが今やっているクエストは、ゲームであっても遊びじゃないんだ。失敗すれば、アルヴヘイムにとんでもないことが起こるかもしれない。お前の行動は、皆だけでなく、この世界にも危険を及ぼす可能性のあるものだったんだぞ。分かっているのか?」

 

「……それは、僕も悪かったと思うよ。イタチやみんなも、本当にごめん」

 

イタチの言葉に、しゅんと萎れた様子のユウキ。無表情ながら、半ば本気で怒っている様子のイタチに、自分のやらかしたことの重大さを理解して、心の底から反省している様子だった。その態度に、先程までユウキを責めていた三人は怒気を収めた。

 

「けど……それでもやっぱり僕は、困っている人を放っておくことは、できないよ」

 

「ユウキ……」

 

「確かにこの人は、NPCだけど……それでも、助けてって言っている人を見て見ぬふりをするのは、違うと思うんだ。勿論、イタチや皆を危険に晒して良い理由にはならないだろうけど……放っておいたらいけないって、理屈じゃないけど、そう思ったんだ。分かってないって、皆は思うし、僕もそう思ってるけど…………」

 

「…………」

 

上手く言えないが、それはユウキなりに自分の気持ちを伝えようとして、一生懸命に紡いだ言葉だった。普通のプレイヤーが聞いたならば、「何を言っているんだ」と一蹴されてもおかしくない理屈……しかし、SAO生還者であるイタチとアスナ、コナンには、そう言って訴えかけてくるユウキの姿に、既視感を感じていた。

かつてSAO事件に巻き込まれ、望まぬデスゲームを強要されていた中、イタチを含めた攻略組の数名が口にしていた、「NPCはオブジェクトではない。生きている」という言葉。ユウキが口にした言葉に込められた思いは、あの頃の、ゲームであっても遊びではないという矛盾をはらんだ世界にあって、現実ではない世界を現実として受け止めることで、自分たちの世界を守ろうとしていた自分達の心情と似ている。ユウキはSAO生還者ではないが、彼女なりに、この仮想世界を真剣に生きている――――そんな必死さを、三人は感じていた。

 

「……あの勝手な行動には、お前なりの理由があるようだが、許されることではないことも確かだ」

 

「……うん」

 

「ユウキ……俺たちは仲間だ。冒険の中で、背中を預け合って、意見や危険を共有する関係にある。言いたいことや譲れないことがあるなら、行動に移す前に訴えかけてこい」

 

「……うん」

 

「大事なのは、『チームワーク』だ。俺以外のメンバーを説得するのに不安があるなら、俺が分かってもらえるようにフォローする。皆もお前のことを分かってくれる筈だ。俺の仲間に、お前を疎む奴はいない」

 

「…………うん」

 

ユウキを一通り叱り終え、本人も心から反省したことを確認したイタチは、ユウキの頭をポンと軽く叩くと、その様子を見守っていた五人に向き直った。

 

「ユウキはこの通り反省している。こいつが勝手な行動に走ったのは、メンバーに誘った俺が調整役を上手くこなせていなかったことも原因だ。俺からも皆に謝る。この通りだ」

 

ユウキの勝手な行動の責任は自分にもあると言ったイタチは、ユウキに次いで頭を下げる。謝意を見せるイタチに対し、メンバーの皆は戸惑いを浮かべた。

 

「イタチは何も悪くないよ!勝手に行動したのは、僕なんだし……」

 

「そ、そうだよ!イタチ君は、リーダーとしてしっかりしてくれているじゃない」

 

「それに、お兄ちゃんが悪いなら、私たちだって同罪だし……」

 

「……確かに、いきなりパーティーに入ってきたからって、ユウキにはちょっと辛く当たってたかしらね……」

 

ユウキ、イタチと次いで、アスナとリーファ、シノンもまた、自分達がユウキに対して対抗心を剥き出しにしていたことについて反省の意を示す。

 

「ま、この場合は、皆悪かったってことだろ」

 

「コナン君の言う通りね。イタチ君の言うように、チームワークは大事よ。けど、お互いに配慮が足りなかったっていう点では、全員の責任ね。けど、これで少しは仲間として、分かり合えたと思わない?」

 

皆が互いに謝意を示したこの状況について、ランはそう締め括った。苦楽を共にする仲間ならば、互いの腹の中を見せ合うもの。だが、言葉も交わさず、互いの何かを理解できる筈も無い。当たり前のことを、しかしこの場にいる全員が本当の意味で理解していなかった。それゆえに起こったトラブルだった。

 

「それじゃあ……改めてよろしくね、ユウキ!」

 

「私も、よろしく!」

 

「……よろしく頼むわ」

 

和解の印に、アスナ、リーファ、シノンの三人が、笑みを浮かべながらユウキへと手を差し伸べる。対するユウキは、一瞬驚いた様子を見せたが、すぐにはにかむと、自身もまた、三人が差し伸べた手へと自身の手を伸ばす。

 

「僕こそ、よろしくね!」

 

出会った当初は、パーティーリーダーであるイタチを巡って確執のあった四人だが、紆余曲折を経た末、ここに至ってようやく和解することができた。互いに手を握り合う四人の姿を見たイタチは、このパーティーが今、一つになれたことを実感し、同時に思う。

 

このパーティーならば、アルヴヘイムの行く末を左右するこのクエストであっても、必ずクリアできると――――――

 


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