ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版-   作:鈴神

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第百九話 叫んだ声はきっと届くから

2026年1月8日

 

イタチがユウキ率いるギルド『スリーピング・ナイツ』からフロアボス攻略の依頼を受けてから二日後の日中の時間帯。イタチを含めたパーティーメンバー姿は、二十七層主街区『ロンバール』に再び集まっていた。

 

「以上が、二十七階層フロアボス『ヨルル・ザ・ツートンジャイアント』の攻略作戦だ。攻略開始時は所定のフォーメーションで攻めるが、途中からは適宜状況に応じた変更を指示する。異論のある者はいるか?」

 

昨日行ったパーティーメンバーの実力確認の結果に基づいて調整した攻略作戦に関する一通りの説明を終えたイタチは、全員に確認するように問い掛ける。それに対し、ユウキをはじめとした面々は、一様に首を横に振った。イタチを見つめ返すその目には、初対面の時のような不信の色は無く、パーティーメンバーの一人として深く信頼を置いていることが見て取れた。

 

「それでは、十分後に出発だ。各々、装備やアイテムの確認を徹底しておくように」

 

その一言と共に、その場は一時解散となった。パーティーメンバーは全員、イタチの言うように装備を見直し、ストレージ内のアイテムを確認していた。そんな中、指揮を預かるイタチはというと、既に準備を終えているためか、手持無沙汰の様子だった。背もたれに寄りかかり、ふう、と溜息を吐いた。

 

「イタチ、どうしたの?」

 

「む、ユウキ……」

 

若干疲れた様子で椅子に座るイタチに話し掛けてきたのは、スリーピン・ナイツのリーダーであるユウキだった。どうやら装備の準備は既に済ませているらしく、イタチの顔を心配そうに覗き込んでいた。

イタチとしては、正直今は話し掛けないでおいて欲しいと思っていたが、不安そうなユウキの表情を見て無碍にはできないと感じた。

 

「いや、何でもない。つい先日から、複雑な事情を抱えることになって、その対処に追われて疲れていただけだ」

 

「それって……リアルの事情なの?」

 

「まあな。だが、依頼の遂行に支障を来すような真似はしないから、安心しろ。受けた依頼は、必ず完遂する」

 

「そうなんだ……なら、簡単には話せないよね。けど、何か悩みごとがあるなら、ボクで良ければいつでも相談に乗るよ。まあ、ボクにできることなんて、限られているだろうけどね……」

 

笑顔でそう言いながら気遣いを見せてくれるユウキに対し、イタチは申し訳無い気持ちになった。どうやら、ここ最近抱えている自身の精神的な疲労が表に出てしまったことで、ユウキに余計な心配を掛けてしまったらしい。

 

「いや、気遣いはありがたく受け取っておく。ありがとう」

 

「どういたしまして!っていうか、ボク達はもう仲間なんだから、そんな水臭いのはナシだよ、ナシ!」

 

 ニカッと太陽の様な笑みを浮かべるユウキに対し、イタチは苦笑しながら頷くのだった。その後、ユウキはイタチに対して追及は一切せず、傍を離れていった。流石にリアル事情に踏み込むことには躊躇いがあったのだろう。しかし、それでも力になりたいと言ってくれた優しさは、素直に嬉しいとイタチは感じていた。

 

(だが、これはあくまで俺の問題だ…………)

 

瞑目しながら、心の中で自分に言い聞かせるように呟いたイタチ。思い出すのは、今現在イタチが抱えている個人的なリアルの問題――――即ち、二日前の出来事だった。

夜中に家出をした明日奈を家へ帰すためにデビルーク領事館へ迎えに行った和人だったが、結局その目的は果たせなかった。酒に酔った勢いで本音と怒りを爆発させ、そのまま泣き崩れた明日奈には、和人の言葉は一切届かなかった。無理に動かそうとすれば、酒瓶を振り回しながら大声を上げて暴れる程で、梃子でもその場を動こうとはしなかった。この状況には流石の和人もお手上げで、その夜は止むを得ず、明日奈をデビルーク領事館に残して帰らざるを得なかった。

明日奈の母親である京子には、明日奈が飲酒したことは伏せた上で、本人が帰宅を拒否している旨を電話で伝えた。夜中に家出した娘の逗留先が、デビルーク王国の領事館であることを聞かされた京子は、電話口でも分かる程に激しく動揺した様子だった。これが一般の家庭ならば、桐ケ谷家に行ったように問答無用で押しかけ、明日奈を無理矢理に引き摺ってでも連れて帰るのだろうが、デビルーク領事館が相手ではそうはいかない。下手に手出しをすれば、レクト・プログレスにさらなる影響が降り注ぐどころか、国際問題に発展する恐れすらあるのだ。結局、京子もその夜は和人の「一晩経てば落ち着くだろう」という提案を呑み、大人しく引き下がったのだった。

 

(だが、あれから一日経っても音沙汰無しとは…………)

 

明日奈の家で騒動から一夜明けた昼頃に、再度本人に対して連絡を試みた和人だったが、明日奈からは通話拒否という反応が返ってきた。そしてさらにその翌日、つまり今日に至っても、音信不通な状況が続いていた。

ララの話によれば、明日奈本人はデビルーク領事館の中にいるらしいのだが、宿泊用の部屋からは一歩も出て来ようとはしないらしい。確認はしていないものの、この様子では、京子にも連絡を取っていそうにない。

 

(少し時間を置けば落ち着くだろうと考えていたが……甘かったということか)

 

先日の夜に見せた明日奈の感情の爆発は、飲酒によって誘発された部分が大きく、時間を置けばその熱も冷めて、落ち着いて話し合いができるというのが、当初の和人の見立てだった。

しかし今回、明日奈は想像以上に怒り心頭であり、普段の彼女からは想像できない程に意固地になっている。その強硬な姿勢からは、かつてSAO事件において幾度も目にした、攻略の鬼として知られた『閃光のアスナ』の片鱗が垣間見えていた。恐らく今の明日奈は、自分の意見に対して理解を示さない人間との繋がり一切を遮断するつもりなのだろう。

話し合いすら儘ならないこの状況下では、和解など見込める筈も無い。明日奈の家庭事情に端を発した今回の問題は、今まで直面してきたどの問題より――――それこそ、今回の一パーティーによるフロアボス攻略よりも難解なように思えて仕方が無かった。

 

「イタチ、そろそろ行くよ!」

 

「っ!……すまない。すぐに行く」

 

リアルにおける明日奈の問題について、どう解決すべきかと考えを巡らせるあまり、出発の時間が訪れたことに気付かなかったらしい。準備については、攻略作戦の打ち合わせを始める前にほとんど終えていた。ユウキの呼び掛けに応じて準備を手早く終えると、スリーピング・ナイツの一同と共に宿屋を出るのだった。

 

 

 

二十七層の宿屋を出て迷宮区最上階にあるボス部屋を目指す道中。イタチ率いるパーティーは隣に並ぶメンバー同士の間では、作戦を再度確認したり、不安を口にし合ったりと、フロアボス戦に向けて様々なやりとりが行われていた。そんな中、イタチは何一つ言葉を発することなく、ただ黙々と目的地を目指していた。

 

「……イタチ、本当に大丈夫?」

 

「先程は注意が散漫だったことは否定できないが、今は問題ない。依頼は必ず遂行してみせる」

 

「イタチ…………」

 

本人が問題は無いと語っているにも関わらず、ユウキは尚も不安そうな表情をしていた。どうやら、胸中に止めていた筈の私的な事情に対する懸念が、いつの間にか表情に出てしまっていたらしい。

 

(いかんな……これでは忍失格だ……)

 

『忍者』とは、『忍び耐える者』。その心得を胸に、うちはイタチとしての前世を生きてきた。そしてそれは、桐ケ谷和人としての現世においても同様である。無論、前世の失敗を繰り返さないように、ここ最近は何もかもを一人で背負い、解決しようとする悪癖は抑えているつもりなのだが。

ともあれ、今は超高難易度の任務の真っ最中。私情を挟んで依頼主たるユウキ達の不安を煽り、危険に晒すわけにはいかない。このままではいけないと感じたイタチは、自分自身を叱咤し、緩みがちだった気を引き締め直す。いつも以上に感情を表に出さないよう、ポーカーフェイスを心掛ける。

 

「イタチさん、モンスターです!」

 

イタチが内心で決意を新たにしたその直後、パーティーの前方を塞ぐように複数のモンスターが現れる。コボルドにゴブリンと、ありふれたラインナップだが、ソードスキルを行使できるモンスターだけに、全て相手するのはかなりの手間。しかし、通路を塞ぐように現れた以上、衝突は不可避である。

 

「どうする!戦うのか!?」

 

「そのまま直進だ。当初の予定通り、俺が前に出る。他のメンバーは、雑魚には構わず、上の階をそのまま目指せ。ユウキ、指示を頼むぞ!」

 

「任せて!」

 

パーティーメンバーに短い指示を告げると、イタチは持ち前の敏捷を活かして前へ出て先行する。途中、右手に緑色に毒々しく光る短剣を持ち、進行方向に立つモンスター目掛けて一気に突っ込んだ。

 

「ギギャッ!」

 

「ガウゥッ!」

 

モンスター達がイタチの接近に反応するよりも早く、緑色の閃光が迸る。ただし、それはソードスキルの光ではなく、イタチが持つ、短剣が放つ残光である。そして、イタチがすれ違ったモンスター達は、途端にバタバタと倒れていった。

 

「うひゃぁ……イタチの用意した毒って、凄い威力だね」

 

「こんな高威力な毒、見たことないよ……」

 

イタチに言われた通りに、通路を真っ直ぐ駆け抜けていったユウキ達は、地に伏して動かなくなったモンスター達の姿に顔を引き攣らせていた。

イタチが使用した短剣に塗られていたのは、迷宮区最奥部にあるボス部屋へ辿り着くまでに現れるモンスターの動きを封じるために用意したという麻痺毒だった。予め極めて強力な毒であることは聞かされていたユウキ達だったが、HPの一パーセントにも満たない微かなダメージで瞬時に動けなくなる効果を目の当たりにすると、戦慄を禁じ得ない。しかも、モンスター達にダメージを与えるイタチは、目にもとまらぬ速さでモンスター達を麻痺させていくのだ。傍から見れば、まるで流行り病に侵されて倒れているかのような、中々にホラーな光景だった。

 

「それにしても、イタチさんはどこであのような毒を手に入れたのでしょうか?」

 

「確か、久しぶりに会ってきたっていう、イタチの旧知の仲間に急遽頼んで作ってもらったらしいけど……」

 

「なんか、相当な報酬を要求されたらしいよ。毒のことを聞いたとき、かなり疲れた様子だったから」

 

「単純に実力が高いだけでなく、様々なコネクションもお持ちのようですね……」

 

迷宮区を駆け抜けていくスリーピング・ナイツのメンバーは、そんな会話とともにイタチの規格外ぶりに驚かされている様子だった。その反応は、かつてのSAO事件において攻略当初にイタチの実力を目の当たりにしたアスナ達攻略組のメンバーに通じるものがあったのだが、この場でそれを知るのはイタチ本人のみだった。

そして、行く手を塞ぐモンスターが現れる度に、イタチが前へ出て麻痺毒で行動不能にし、他のメンバーがその脇をスルーして進むことを繰り返すことしばらく。遂にイタチとスリーピング・ナイツのパーティーは、二十七層迷宮区のフロアボスが待ち構える部屋へと通じる扉へと続く回廊へと至った。

 

「どうやら、懸念していた通り……先客が来ているようだな」

 

しかし、そこにはおよそ二十名のプレイヤー達が集まっていた。種族はバラバラだが、各々のカーソルの横にギルドのエンブレムは、イタチに見覚えのあるものだった。

 

「ねえ、イタチ。あの人たちって……」

 

「盾の上に馬の横顔……いや、チェスのナイトの紋章だな。間違いない。アインクラッドの攻略最前線で最近幅を利かせているという大規模ギルド『ゾディアック』だ」

 

「それじゃあ、もしかして……!」

 

「目的はフロアボス攻略、だろうな」

 

攻略ギルドがフロアボスの部屋の前に集結する理由といえば、それ以外には考えられない。だが、集まっているメンバーを見た限りでは、その数は四十九人の七パーティーにより構成されるフルレイドの半数にも満たない。恐らく今は、攻略に必要な人数が集まるのを待っており、召集をかけたメンバーが揃ってからフロアボスに挑む算段なのだろう。

 

「そんな……けど、前のフロアボス攻略からそんなに経っていないのに、どうしてこんなに早く……」

 

「恐らく、『絶拳』の影響だろうな。いきなり現れた無名のソロプレイヤーに先を越されたことで、攻略に躍起になっているんだろう」

 

「ああ、成程……っていうか、そういう意味ではボク達も似たようなもの、なのかな?」

 

ふと、ユウキがそのような疑問をこぼしたが、イタチをはじめ他のメンバーにそんなことを気にしている余裕はない。問題なのは、アインクラッド攻略ギルドがフロアボス挑戦のためにメンバーを召集しているこのタイミングで、自分達に挑戦権を先取することができるかである。

 

「ここで立ち尽くしていても仕方あるまい。行くぞ」

 

「う、うん…………」

 

考え込んでいても、現状が変わるわけでもない。今自分達にとって重要な事項である挑戦権の行方を確かめるべく、フロアボスの部屋へ続く扉の前へ向かった。途中、通路に集まっていたゾディアックのメンバー達から、この場に集まるメンバー以外のパーティーが現れたことに対する奇異の視線が注がれたものの、イタチはそれを気にも留めず、歩みを進める。

そして、フロアボスの扉の前の、一際大きく開けた場所へと到着すると、そのまま扉を目指そうとする。しかし、イタチとそのパーティーメンバーであるスリーピング・ナイツによるフロアボスへの挑戦は、間に割って入った大柄で厳つい顔をしたノームのプレイヤーによって遮られた。装備の種類を確認するに、レイドのリーダーもしくはそれに準ずる地位のプレイヤーのようだった。

 

「悪いな、今ここは閉鎖中だ」

 

「……閉鎖とは?」

 

ノームの男の口から放たれた言葉は、イタチにとってはある程度予想の範疇の内容だった。後ろで不満を顔に出しているスリーピング・ナイツの面々を手で制しつつ、自分達の行方を遮るその真意を問い質す。

 

「これからうちのギルドがボスに挑戦するんだよ。今はその準備の最中ってわけだ。しばらくそこで待ってな」

 

「しばらく、とは?」

 

「ボスに挑戦する時間を含めれば……ま、一時間ってとこだな」

 

その言葉を聞いたイタチは一人得心するとともに、「やっぱり」とばかりに呆れた表情を浮かべた。彼等はフロアボス攻略を確実に行うために、自分達以外に挑戦するパーティーを扉の前でブロックしているのだ。恐らくこれは、ここ最近問題視されているという一部の高レベルギルドによる狩場の占領と同一のものなのだろう。

 

「しかし、フロアボス攻略ならば、まだしばらくは下見による行動パターンの解析等が必要な筈。先に行かせてもらっても問題は無いのではありませんか?」

 

「まあ、確かにそうだわな。けど、ウチは前の階層の攻略にも失敗してっから、今度ばかりは絶対にやり遂げたいのよ。誰かに先を越されないためにも、な」

 

前回のフロアボス攻略から一週間程度しか経過していない現在では、攻略を確実に行うために必須の情報収集はほとんど行われていないというのがイタチの見立てだった。果たしてそれは、ノームの回答によって肯定され、今これから行おうとしている攻略が、かなりの無理を押してのものであるという結論に至った。

彼等がここまでフロアボス攻略に執念を燃やすのは、やはり『絶拳』の出現が影響しているのだろう。ソロでのフロアボス攻略という、不可能に等しい偉業を成し遂げたプレイヤーが現れたことで、焦燥に駆られているのだ。故に、多少の準備不足を覚悟で攻略を急ぐことはもとより、攻略を成し遂げる可能性が僅かでもあるプレイヤーに対する徹底的なブロックまで行い、フロアボス攻略をあらゆる面から確実にしようとしているのだ。

 

(こうなると、あちらは梃子でも動きそうにないな……)

 

このままでは、フロアボスへの挑戦権を奪われてしまう。本来、中立地帯における力や数にものを言わせた占領行為はマナー違反である。ALO運営に訴えれば、今後このような行為を起こさないよう自粛させることも不可能ではないだろうが、そんな時間はない。

 

(やはり、最終手段しかないか……)

 

レイドリーダーのノームと相対しながら、イタチは後ろの通路へちらりと視線をやる。しかし、そこには先程見かけたゾディアックのレイドメンバーが屯しているだけで、その奥深くには迷宮区の暗闇が続いているのみだった。

フロアボス挑戦に当たり、ゾディアックのような攻略ギルドの妨害も、イタチにとっては予想の範疇だった。そして当然、これを排除する手立ても考えてある。ただし、それを実行に移すにはまだ早い。幸い、レイドメンバーはまだ全員集まり切っていない。この状況ならば、もうしばらく押し問答を続けて時間稼ぎをするのみ不可能ではない。そう考え、イタチが再び詰め寄ろうとしたところ、思わぬ人物が前に出た。

 

「ね、君」

 

いつもと変わらない、明るい口調でレイドリーダーのノームへ声を掛けたのは、スリーピング・ナイツのリーダーであるユウキだった。恐らく、イタチが交渉に難儀していることに焦れたのだろう。

 

「ユウキ、ちょっと待て……」

 

「つまり、ボク達がどうお願いしても、先を譲ってくれる気は無いんだね?」

 

「……ま、まあ、そういうことだな」

 

交渉を自分にまかせて後ろへ下がるように言おうとしたイタチだが、それより速くユウキは言葉を重ねる。ここでユウキに出られると、話が拗れて事態が厄介な方向に流れかねない。そう考え、内心で冷や汗を掻いているイタチを余所に、ユウキはとうとう爆弾を投下した。

 

「そっか。じゃあ、仕方ないね。戦おうか」

 

「……は?」

 

「ユウキ…………」

 

あっけらかんとした調子でユウキから放たれた言葉に、ノームの男は流石に予想外だったのだろう、口を開いて唖然とした様子で硬直していた。一方イタチは、「言っちまったよ、こいつ」とばかりに額に手を当てていた。ユウキの性格を知っている故に、何を言い出すかは半ば予想していたものの、自分が交渉に当たっている場へ進み出てこんな真似をすることは完全に予想外だった。

 

「ユウキの言う通りだね!」

 

「いっちょやるか!」

 

そして、そんなイタチの気苦労など知らないのは、ユウキだけではなかった。ユウキに同調し、割と乗り気で各々の武器を手に取り、戦闘準備を開始するスリーピング・ナイツのメンバーに、イタチはますます頭が痛くなる思いだった。

ALOはPK推奨型のハードなVRMMOであり、「全てのプレイヤーには不満を剣に訴える権利がある」という文言もヘルプ内に記載されている。しかし、ゾディアックのような大規模ギルドに喧嘩を売るような真似をした場合、後日、ゲームの内外を問わず何らかの報復が待ち受けている可能性が高い。故に、実際に行動に移すプレイヤーはほとんどいない。尤も、ユウキ達のフロアボス攻略に懸ける情熱と覚悟を鑑みれば、そんなものは問題にはならないだろう。万一、スリーピング・ナイツにゾディアックが因縁を付けようものならば、メダカの『ミニチュア・ガーデン』やクラインの『風林火山』、シバトラの『聖竜連合』までをも後ろ盾にして、理不尽な手出しができないようにするつもりなのだが。

ともあれ、ユウキが戦闘宣言をしてしまった以上は、時間稼ぎに徹するという策は使えない。イタチも覚悟を決め、渋々ながらも他のメンバー同様に得物に手を掛けることにした。そして、いざ戦闘が開始されようとしていた時。イタチの苦悩を察したのか、ユウキがイタチの方へ振り返って真剣な面持ちで口を開いた。

 

「イタチ。ぶつからなきゃ伝わらないことだってあるよ。自分がどれくらい真剣なのかってこともそうだよ」

 

「!」

 

「言葉だけじゃ伝わらないこともあるし、逆に行動だけでも無理なこともある。自分にできること全部をやって……きっと、それで初めて分かって貰えるんじゃないかな?」

 

ユウキが口にした言葉は、彼女の行動に振り回され呆れるばかりだったイタチの心中に大きな波紋を齎した。ユウキは決して、「戦いたいから」や「邪魔な相手を排除したいから」といった自分本位な理由だけで戦いに臨んでいるわけではないのだ。力業で自分達の意思を通そうとするその行動選択の中には、相手に自分達が抱く想いの強さを伝えようとする意志が少なからず込められていたのだ。

絶対に譲れないもの、曲げられない誓いといったものは、誰もが持ち得るものである。それは、フロアボス攻略を成功させようとしているゾディアックも同じこと。そして、それらが折り合いを付けられないというならば、剣で訴えかけるほかに手段は無い。後先のことを考えれば、このような手段は決して賢明とは言えない。実質上、ゾディアックとやっていることは同じとも言える。しかし、それでも必要なのだ。結果はどうあれ、自分の意思を貫き通すには、言葉と行動の両方をはじめ、自分の持てる全てをもって訴えかけねばならない。

 

 

 

そしてそれは、仮想世界でも、現実世界でも…………そして、かつての忍世界においても変わらないことなのだ――――――

 

 

 

「さあ、武器を取って」

 

「なっ……お、お前……!」

 

「封鎖している君達だって、覚悟はしている筈だよね?最後の一人になっても、この場を守り切るつもりなんでしょ?」

 

「こ、この野郎……少し痛い目に……!」

 

ユウキの言動を挑発と考えたのであろうノームもまた、応戦するように武器を手に取る。左手には、盾にもなるのであろう刃先が五方に伸びた大型チャクラム、右手にはムカデを彷彿させるような太い多節棍を持っている。元より巨漢で、顔も凶悪そのものであり、武装した姿は強い威圧感を放っていた。並みのプレイヤーならば、委縮してしまうようなその姿に……しかし、ユウキは全く怯んだ様子を見せなかった。

 

「それじゃ、行くよ!」

 

「は?……うごぉぉぉおおお!?」

 

ノームの武装を戦闘の了承と見たユウキは、一瞬にしてその視界から姿を消した。そして次の瞬間には、強い衝撃がノームの腹部を襲う。戦闘開始から一気に懐へ飛び込んだユウキが放った、水平方向に斬撃を放つソードスキル『ホリゾンタル』が炸裂したのだ。

まさか本当に攻撃を仕掛けて来るとは思わなかったノームは、完全に反応が遅れていた。ユウキはその隙を見逃さず、続けざまにソードスキルを放つ。スピード重視だった初撃とは打って変わって、今度は垂直四連撃『バーチカル・スクエア』を叩き込む。

 

「な、めるなぁぁぁああ!」

 

しかし、ノームもただではやられない。ユウキのバーチカル・スクエアの三撃目以降は防御行動に移ったのだ。三撃目を右手に持った多節棍で弾き、四撃目は左手のチャクラムを盾にして受け止められた。

 

「オラァァア!」

 

「わぁっ!」

 

技後硬直で動けないユウキに対してカウンターとして繰り出されたのは、多節棍による横薙ぎ。ソードスキルではないものの、ノームのパワーで繰り出される一撃をまともに食らえば、大ダメージは免れない。そして、ユウキに対して容赦の無い不可避の一撃が叩き込まれようとした、その時だった。

 

「間一髪、だったな」

 

「はわゎっ……イタチ!?」

 

ノームが繰り出したカウンターは、ユウキを打ちのめすことは無かった。棍が接触しようとしたその瞬間、イタチがユウキの首根っこを掴んで後ろに引っ張り、攻撃範囲からユウキを逃がしたのだ。そして、回避に成功したのと同時に、イタチはユウキを連れて素早く後ろへ退っていた。

 

「焦って一人で前に出過ぎだ。もっと落ち着け」

 

「ご、ごめん……」

 

「構わん。それより、あちらも本腰を入れてきたぞ」

 

イタチが視線を向けた先には、ユウキの連撃から早くも立ち直ったノームが憤怒の形相で立っていた。そしてその血走った目は、ユウキに向けられている。

 

「この野郎……もう女だからって容赦しねえ!このゾディアックの幹部であるコウガ様に喧嘩を売った以上、生きて帰れると思うなよ!!」

 

コウガと名乗ったノームの指示により、周囲で傍観していたゾディアックのメンバーもまた、各々の得物を手に取り臨戦態勢を取る。フルレイドではないとはいえ、今この場には二十名以上のメンバーが揃っている。その全てが、イタチとユウキをはじめとした七人パーティーへ矛を向けているのだ。

 

「こうなった以上は仕方がない。強行突破するぞ」

 

「えっと……今更なんだけど、大丈夫かな?」

 

互いに譲れない以上、戦って道を切り拓く以外に無いという結論のもと、戦闘開始を宣言したユウキだったが、いざ二十名以上のプレイヤーを相手することとなり、流石に不安が過ったのだろう。行動選択を後悔した様子は無いが、いざこれを実行して成功できるかどうかは別の話である。そんなユウキに、イタチはやれやれとばかりに呆れた視線を向けながら口を開いた。

 

「……本当に今更だな。“ぶつからなきゃ伝わらないことだってある”と言ったのはお前だろう」

 

「うぅ……そうだけどさ」

 

「それに、戦闘による強行突破は俺も考えていた手段だ。これをやったことについては愚かだとは思わない。ただ…………少しばかり、早すぎたな」

 

「えっ……?」

 

何やら隠しているらしいイタチの言い方に疑問を抱いたユウキだったが、その意味を問うことはできなかった。何故ならば、イタチ等が相対しているゾディアックのメンバーが展開している咆哮とは真反対、後方から近付いて来る多数の足音が聞こえてきたからである。

振り向くと、通路の向こうには二十名以上のプレイヤーの姿があった。種族はバラバラだが、その装備にはゾディアックの『盾の上にナイトの駒』の紋章が刻まれている。その集団を見たコウガは、口の端を釣り上げて勝ち誇ったような顔で言い放つ。

 

「ハッ!どうやらこっちの残りメンバーも到着したみてえだな!これでお前等もこれで終わりだ!」

 

コウガの言葉に、スリーピング・ナイツの面々は一様に浮足立った様子で前後に視線を向ける。如何にスリーピング・ナイツとイタチが腕の立つ実力者だとしても、圧倒的な数で前後から挟み撃ちにされれば、勝ち目は無い。よしんば勝てたとしても、消耗した状態でフロアボスを攻略などできる筈も無い。

 

「ここまでか……!」

 

「イタチのお陰で、今度こそ上手く行けると思ったのに!」

 

悲願だったフロアボス攻略を断念せざるを得ない窮地に立たされ、悔しそうに歯噛みする一同。あのユウキの表情にすら、絶望の色が浮かんでいた。

 

「諦めるには、まだ早いぞ。」

 

「……そうだね、イタチ。この階層のボスは無理そうだけど、次の階層こそは、皆で絶対に成功させよう」

 

パーティーメンバーの誰もが悲願達成を諦める中、イタチだけは全く動じず、絶望を欠片も感じさせない態度で臨んでいた。ユウキ達はそれを、イタチなりの励ましであり、次の機会こそは必ずものにしてみせるという意味で言った言葉だと考えていた。

しかしイタチは、ユウキの言葉に対して首を横に振って否定の意を唱えた。

 

「この攻略自体を諦めるには早いと言っているんだ。まだ、失敗したわけではない」

 

「そうは言いますが、流石にこれでは……」

 

「気休めは嬉しいですが、現実は受け止めなければなりませんからね……」

 

シウネーとタルケンが厳しい表情で言った通り、希望を見出すには絶望的に過ぎる状況なのは間違いない。どう考えても、現状を打破することなどできはしない。誰もがそんな結論に至る頃には、イタチやユウキ等のパーティーは、前後から完全に包囲されていた。

 

「コウガ、こいつは一体どういうことだ!?」

 

「ガリアンか!俺達ゾディアックに盾突いてきやがった身の程知らず共だ!向こうから攻撃を仕掛けてきやがったから、遠慮は無用だ!フロアボス攻略前に血祭りに上げちまえ!」

 

コウガの言葉により、駆け付けてきた増援部隊のメンバーは一様に武器を手に取る。ガリアンと呼ばれた、額に青い布を巻いた長髪のシルフの男性プレイヤーもまた、引き連れていたメンバーに続く形で背中に吊っていた大剣を抜き、その刃をイタチ等へ向ける。装備の質からして、この男性プレイヤーもまたコウガと同じくゾディアックの幹部なのだろう。

 

「多勢に無勢で攻め潰すのは俺の主義に反するが、ギルドの目的を阻む以上は、排除させてもらうぞ」

 

扉を守るコウガもそうだが、駆け付けてきたガリアンもまた、身のこなしからして相当な実力者であることが分かる。取り巻きのプレイヤー達についてもそれは同様で、装備の質も武器を構える姿もかなり洗練されている。数のみならず、メンバー一人一人の実力もかなり高い。挟撃されれば、一巻の終わりなのは、火を見るよりも明らかである。

しかしそれでも、イタチは勿論、ユウキをはじめとしたスリーピング・ナイツの面々は一切怯まない。自分達の意思を貫くために、最後の一人になってでも戦い抜く決意を胸に、今この戦いに臨んでいるのだ。そして、今にも戦いが始まりそうな、一触即発の空気の中――――新たな異変が起こった。

 

「あれは何だ!?」

 

「こっちに来るぞ……!」

 

それに最初に気付いて声を上げたのは、ボス部屋の前に展開していたゾディアックのメンバーだった。増援が来た反対側の通路より、新たな“二筋”の風が舞い込んできたのだ。迷宮区通路の両側に左右対称に展開した二つの影は、湾曲した壁面に張り付くように駆け抜ける。それは、ゾディアックの増援部隊を瞬く間に追い越したのだ。

 

「あれって、『壁走り(ウォールラン)』!?」

 

「けど、あんな速さであの距離を渡るなんて……!」

 

そのノームの男に次いで現れた謎の影に気付いたノリとユウキが、驚きの声を上げる。軽量級妖精の共通スキルである『壁走り(ウォールラン)』は、普通のプレイヤーでは十メートルがいいところ。だが、目の前で発動されているそれは、二十メートル超の距離を駆け抜けているのだ。

やがて二人目・三人目の乱入者の影は、一人目の乱入者であるノームの男の両側へと着地し、その姿をその場にいた全員の目の前に晒した。新たに現れたのは、シルフとケットシーの二人組の男性プレイヤー。いずれも若い少年のアバターで、シルフの少年は長剣、ケットシーの少年はハンマーを装備していた。そして、いずれのプレイヤーも、ゾディアックやスリーピング・ナイツのメンバーに勝るとも劣らない、歴戦の戦士のような雰囲気を纏っていた。

 

「えっ……何なの、この人たち」

 

「もしかして……味方、なんでしょうか?」

 

スリーピング・ナイツが絶体絶命の状況に置かれている中に飛び込んできたことと、ゾディアックのメンバーに武器を向けていることから、自分達に味方しているのではと、ジュンとタルケンが考え始める。しかし、一体どのような事情、或いは思惑があって、圧倒的に不利なスリーピング・ナイツに味方しようとしているのか、誰もが疑問に感じていた。とにかく、話をしてみないことには何も分からない。そう考え、タルケンが駆け付けてきたシルフとケットシーの二人組へ声を掛けようとした――――その時だった。

 

「ぐぎゃっ!」

 

「ごぼぉっ!」

 

「うぐぁっ!」

 

ガリアン率いる増援部隊の後方から、打撃音と呻き声が突如発生したのだ。音と声の発生源へと視線を向けてみれば、後方に控えていたプレイヤー達が次々と宙を舞っている。無論、彼等が自ら飛んでいるわけではない。何かに弾き飛ばされ、空中に放り出されているのだ。この仮想世界において、現実世界の人間と大差ない質量に設定されている筈のアバターが、羽のように、である。

 

「こ、今度は何だ!?」

 

「あの向こう……何かいるのか!?」

 

立て続けに発生した異変に、スリーピング・ナイツのメンバーのみならず、ゾディアックのレイドメンバーすらもが浮足立った様子だった。分かっていることは、先程シルフとケットシーの二人が駆け付けてきたのと同じ方向の通路、その奥からやってきた“何か”に、ガリアン率いる増援メンバー達が襲われているということ。襲撃を受けている増援部隊のみならず、その場にいたプレイヤー全員が、迷宮区の通路から強襲を仕掛けてきた何かに対して身構えた。そんな中――――

 

「時間通りだな。まあ、こちらが先に始めてしまった誤算があったが」

 

「え?」

 

ただ一人、イタチだけは冷静に、しかも得心したかのような言葉を口にしていた。その呟いた言葉を耳にしたユウキは、その意味について問い掛けようとした。だが、その口を開いて言葉を紡ぐよりも先に、事態は進む。

 

「この野郎っ!」

 

「死ね!」

 

「オラァッ!」

 

ガリアンの率いていたパーティーメンバー三名が、全員同じ個所に向けて刃を振り下ろす。三方から一斉に仕掛ける逃げ場の無い、しかもソードスキルによる攻撃である。一般のプレイヤーならば、HP全損は免れない。だが、三筋の光芒は、襲い掛かってきた何かをその刃に捕らえることはかなわなかった。

 

「何!?」

 

「えぇっ!」

 

「ジャンプして躱した!?」

 

ソードスキルを垂直に跳躍して回避し、通路の空中に舞い上がる大きな影。それは、発動したプレイヤー三名の頭上を通過すると、イタチ等の傍へと降り立った。

姿を現したのは、百八十センチメートルはあろう長身に、鍛え上げられた逞しい体つきをした、精悍な顔立ちの色黒のプレイヤー――ノームである。ノーム特有の長方形の形をしたタトゥーは、左目の上に付いており、絆創膏を彷彿させる。身に纏うのは道着を彷彿させる白色の服で、鎧の類は最小限。武器は持っておらず、両手にフィンガーレスグローブを嵌めているのみだった。

 

「おい、まさか……」

 

「あれって……」

 

「マジかよ……」

 

剣も杖も持っていない、両手にグローブを嵌めただけの、丸腰の筈のプレイヤーに、ゾディアックの面々は驚愕に目を剥いていた。だが、それは目の前に現れたノームの男性が放つ、幾千もの戦いを勝ち抜いた武術家のような威圧感に対してだけではない。その容姿が、ここ最近噂になっているある強豪プレイヤーと驚く程合致するものだったからだ。

 

「間違いねえ……情報屋から送られてきた写真と、全くと言って良い程同じ格好だ!」

 

「ってことは、やっぱりアイツは……」

 

 

 

――――絶拳!

 

 

 

誰かが呟いたその言葉を皮切りに、スリーピング・ナイツも、ゾディアックも関係なく、誰もが混乱に陥った。特にゾディアックの面々は、ユウキによる宣戦布告に始まり、次々発生する予想不可能な事態の発生に、誰もが思考をフリーズさせていた。

 

(増援は間に合った。これで後門は問題無し。俺達は、前門の障害を突破する……!)

 

そんな中ただ一人、イタチだけは、冷静の目の前の状況を分析していた。その心中で巡らせているのは、自身に課せられた依頼を果たすために、微塵の隙も無い程に緻密に練られた策略の数々……

 

 

 

木の葉隠れの里の抜け忍としての前世を持つ少年が立案した、任務達成へと向けた作戦が今、始まろうとしていた。

 


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