ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版-   作:鈴神

116 / 158
第百十一話 もっと先に見える希望だけ残した

イタチとユウキを筆頭としたパーティーメンバーが、先行してボス部屋の前に陣取っていたゾディアックのメンバーと切り結んでいたその頃。ゾディアックの援軍を押さえ込んでいたキヨマロ、ギンタ、マコトの三人もまた、攻撃に転じようとしていた。

 

「今度はこちらから行かせてもらうぞ!ギンタ、やれ!」

 

「任せとけ!バッボ、バージョン・2だ!」

 

ギンタが手に持つ武器に向かってそう呼び掛けると、バッボと呼ばれたハンマー型の武器は、先端がラッパのように広がった、ハンドメガホンを彷彿させる武器へと形を変えた。

 

「食らえ!バブルランチャー!!」

 

ギンタの掛け声とともに、バッボのラッパ上に広がった射出口から放たれたのは、無数の泡状のオブジェクト。一見すれば、目晦ましのためのシャボン玉にしか見えないが、これが人畜無害な物体ではないことは、すぐに分かった。

 

「んなっ!これは……っ!」

 

「ば、爆弾!?」

 

ただの虚仮脅しと決めつけたゾディアックのプレイヤー達がシャボン玉のようなオブジェクトを剣や槍で突いた瞬間――爆発が起こったのだ。

接触をトリガーに爆発する泡を放つ水属性魔法――『バブルランチャー』である。爆発の威力は中々でのもので、弾幕を張れる点から高性能と思われがちの魔法だが、実際はそうでもない。シャボン玉の形状そのままに弾速が遅く、風に流されやすい性質があるため、開けた空中が主戦場であるALOにおいては、あまり役に立たない。しかし、ここはダンジョンという一方通行の閉鎖空間の中。回避するためのスペースは限定されており、その性能を十二分に発揮できる状況にあった。

 

「畜生!詠唱も無しに魔法を発動なんて、そんなのアリかよ!?」

 

「つーか、どうなってんだ!?なんでハンマーが射撃武器に変わってんだよ!?」

 

しかし、それよりも驚くべきは、ギンタの武装たるバッボの性能だった。ハンマーから射撃武器へと変形した上、『バブルランチャー』を魔法の発動に不可欠な詠唱を抜いて放ったのだ。

 

「チィッ!変形自在の特性に加え、『マジックストーン』に込められた魔法の詠唱を省略して放つ……これが噂に聞く『バッボ』の性能か!」

 

バブルランチャーの爆風が吹き荒れる中、ガリアンが忌々し気にそう呟いた。

『マジックストーン』とは、武器に埋め込むことのよってさまざまな特性を付与できる武装強化用アイテムである。テイムモンスターでもある『リビング・ウエポン』のバッボは、搭載されたAIによって、埋め込まれたマジックストーンの特性に最適な形状を判断し、変形する機能を持っているのだ。そしてさらに、他の武器と一線を画す特性として、詠唱を省略してマジックストーンに込められた魔法を行使することができるのだ。

だが、一見便利に見えるこの機能も、決して万能ではない。プレイヤーはモンスターをテイムできるケットシーであることをはじめ、詠唱を省略できる魔法のクラスや変形できる武器の種類等、いくつもの制約が存在するのだ。そんなクセの強い武器を操ることができるのは、偏にSAOにおける戦闘経験が作用していることは言うまでもない。

 

「マコト、突撃だ!ギンタはもう一度、バブルランチャーを!」

 

「分かりました!」

 

「了解だぜ!」

 

「くっ……怯むな!態勢を立て直して迎撃するんだ!」

 

ギンタの放ったバブルランチャーによって瓦解に瀕したゾディアック援軍目掛けて、『絶拳』ことマコトが突撃を仕掛ける。さらに、援護としてギンタが再度のバブルランチャーを発射する。

 

(考えたな……絶拳もあの乱戦の中では、攻撃魔法を飛ばされたとしても、魔法破壊(スペルブラスト)による対処はできない。だが、バブルランチャーが上空を漂っていれば、迂闊に魔法を撃ち込むことはできない……!)

 

バブルランチャーは物理攻撃に限らず、魔法攻撃にも反応して誘爆する。故に、バブルランチャーが浮遊している中で魔法による援護射撃をしようものならば、味方を巻き添えにしかねない。近接戦闘において無双の実力を誇るマコトの能力を最大限に発揮できるキヨマロの戦法に、ガリアンは歯噛みしていた。ガリアンの得意魔法は、広範囲に雷属性の攻撃を行う『エレクトリックフリスビー』や『エレクトリックフェザー』である。それが、キヨマロが打ち出した戦法によって軒並み封じられたのだ。

 

「ガロン、絶拳を押さえろ!」

 

「了解した……」

 

だが、だからといってレイドメンバーがマコトの拳撃と蹴撃の嵐に見舞われている様を、手を拱いて見ているわけにはいかない。

ガリアンの指示により、ノームのプレイヤーが前へ出る。エギル以上に大柄で屈強な肉体を持つ、禿頭のプレイヤーである。両の剛腕には、マコトと同じくガントレットが嵌められている、体術主体のプレイヤーである。

 

「ウォォォオオオ!」

 

「むっ!」

 

突き出されるガロンの拳に対し、マコトは正面からこれを受け止めた。衝突時のインパクトは大きく、拳を受け止めたマコトの両足が若干ながら地面にめり込んでいた。乱戦によって自身に生じた隙を的確に突いた、非常に強力な一撃……この拳をもって、マコトは目の前のノームが他のプレイヤーのように一筋縄でいく相手ではないことを悟った。

 

「ホウ……俺の拳を受け止める、か」

 

「このパワー……肉体強化の装備と魔法の併用ですね。しかも、体術そのものもかなりの練度だ」

 

「有名な『絶拳』のお眼鏡に適うとは、光栄なものだ、な!」

 

軽口を叩き合いながらも、ガロンと呼ばれたノームの攻撃は続く。パワーとガードに特化したノームの特性と、それを後押しするための装備と魔法を駆使した打撃に対し、マコトが取った戦法は、拳撃と蹴撃の衝突を最小限に抑え、受け流すというものだった。ガロンの拳は、初撃のように正面から受け止めた場合、動きを止めなければならないというリスクが伴う。ましてや、

 

「もらったぁぁあ!」

 

「死ねやぁああっ!」

 

ガロンと相対しているマコトの隙を突いて仕掛けて来る、他のゾディアックメンバーの奇襲を捌かねばならないのだ。僅かでも動きを鈍らせれば、側面から突かれることになるため、マコトとてただでは済まない。

だが、強敵のガロンの拳を受け流しながらも、マコトは側面から迫る奇襲を悉く叩き伏せていったのだから、流石だろう。

 

「マコト、覚悟しろ!」

 

「む……!」

 

だが、いくらマコトといえども、迫りくる敵全てを薙ぎ払えるわけではない。ゾディアック程の巨大ギルドともなれば、排除し切れない手合いが存在する。ガロンの巨体を跳び越え、こうして上空の死角を突いて襲撃を仕掛けてきたガリアンなどは、その典型である。

ガリアンが発動したのは、両手剣ソードスキル『アバランシュ』による唐竹割りである。ソードスキルの中では下級技に属すものの、その分随一のスピードを誇る上、両手剣ソードスキル故に威力も侮れない。ガリアン程の実力者ならば、猶更である。ライフルの銃弾の軌道すら見抜くマコトの動体視力をもってしても、ガリアンの真上を取った攻撃への反応は間に合わない。そして、ガリアンの振るう大剣による渾身の一撃が、マコトの身に炸裂しようとした――――その時だった。

 

「させるかぁぁああ!!」

 

「なっ……!」

 

その刃を阻むべく、キヨマロが突撃をかける。発動したのは、ガリアンが発動したものと同じく両手剣ソードスキル『アバランシュ』。キヨマロとガリアンのソードスキル同士が正面から衝突に端を発した空中での鍔迫り合いは数秒程続き、ライトエフェクトと衝撃を周囲に迸らせ、マコトとガリアンも巻き込んで両方向へと弾き飛ばされた。

 

「まさか、リーダーのお前が動くとは思わなかったぞ、ガリアン」

 

「それはこちらの台詞だ、キヨマロ」

 

互いに仲間へ指示を飛ばすパーティー、或いはレイドのリーダー格でありながらも、自らも刃を手に前線へ赴くその姿は非常に似通っていた。

 

「マコト、ここは連携で行くぞ!」

 

「ああ、了解した!」

 

「ギンタ、バブルランチャーで壁を作れ!ゾディアックの援軍は、一人たりともイタチのところへ通すな!」

 

「任せとけ!」

 

どうやらキヨマロは、ギンタを後衛ポジションに固定し、自身とマコトが前へ出てガリアン率いる援軍を押さえ込むつもりらしい。ギンタはキヨマロに指示された通り、ギリギリまで後退し、通路を塞ぐようにバブルランチャーを放った。これでゾディアックのメンバーは通路を容易に通り抜けることはできなくなった。しかしそれは、同時にキヨマロとマコトの退路を塞ぐことに他ならない。

 

「成程、背水の陣というわけか。確かにこれならば、時間稼ぎはできるだろうな」

 

ゾディアックのレイドの中でもトップクラスの地位にあるガリアンは、キヨマロの目的が、コウガ率いるゾディアックの先行部隊と交戦しているイタチ等のための時間稼ぎであることを既に見抜いていた。

攻略ギルドのメンバー二十九人を相手に、全員打ち倒すのは、不可能に等しい。しかし、時間を稼ぐのみならば、キヨマロ、ギンタ、マコトの力をもってすれば、決して不可能ではない。このままいけば、ガリアン率いるレイドがキヨマロ達を倒すよりも先に、イタチ等はボス部屋へ突入できるだろう。

 

「これ程までのイレギュラーが続いた以上、今回のフロアボス攻略は諦めざるを得ん。だが、俺達を妨害した報いだけは、受けてもらおうか」

 

「上等だ。だが、俺達もただじゃやられねえぜ!」

 

先行部隊はイタチ率いるパーティーとの戦闘で大打撃を受けており、ガリアン率いる援軍も同様にかなりのダメージを受けている。この状態でのフロアボス攻略は不可能であり、仕切り直しは不可欠である。

だが、大手攻略ギルドとしては、このまま引き下がるわけにはいかない。フロアボス攻略への挑戦権を確保するためにも、イタチとスリーピング・ナイツのパーティーをここで壊滅させておく必要がある。そしてそのためには、ゾディアックの威光を知らしめる意味でも、目の前の強豪三人を排除せねばならない。

 

「態勢を立て直す!総員、配置につけ!」

 

ガリアンの指示により、ゾディアックの援軍部隊は、即座に陣形を組んでマコトに対して臨戦態勢を取る。改めて見ると、フロアボス攻略を前提としているだけあって、前衛・後衛共に武装はかなり充実しており、メンバーの練度もかなり高く見える。

これに対する戦力は、マコトとキヨマロの二人のみであり、傍から見れば圧倒的過ぎる戦力差に思われる。しかし、マコトはフロアボスを単身撃破した強豪であり、キヨマロはガリアンと伍するシルフ五傑の実力者である。戦力としては、フロアボスと同等以上と言える。

 

「前衛部隊、攻撃開始!」

 

『了解!』

 

キヨマロとマコトを相手にガリアンが敷いた陣形は、ガロンを正面の一番前に配置し、そのサイドを固める形で他の前衛メンバーを配置し、後方をメイジ隊で固めるというものだった。

 

「ガロンと前衛メンバーは引き続き絶拳を叩け!他のメンバーは、俺とともに後方から援護に回れ!」

 

ガロンがメインで攻撃を仕掛け、その側面に奇襲を仕掛けるというフォーメーションは、一見すると先程と変わらないようにしか見えない。しかし、ガロンと側方の奇襲メンバーとの連携は先程よりも非常に綿密であり、回避も防御も難易度は先程までの比ではない。しかも、先程まではバブルランチャーを警戒して使われていなかった攻撃魔法や弓矢による射撃が、後衛から放たれているのだ。

無論、バブルランチャーは今も上空を漂っている以上、攻撃範囲の広い上級魔法や爆発性の特殊矢は使えない。故に、放たれるのは単発型の水平方向に放つ攻撃に限られてくる。しかしその分、スピードと連射性に優れている上、ガロンをはじめとした前衛メンバーがその身で死角を作り出すのだ。如何にマコトとキヨマロといえども、容易く凌げるものではない。

 

「くっ……!」

 

「キヨマロ、大丈夫か!?」

 

間断無く、次々に迫る刃と矢と魔法を捌き切れず、ダメージを蓄積させてしまうキヨマロ。そんなキヨマロを気遣い、そちらへ視線を向けたそれが、大きな隙となった。

 

「よそ見をしている暇は無いぞ、絶拳!」

 

「むっ!」

 

また新手の攻撃か、とマコトが身構えた先にいたのは、リーダーであるガリアンだった。その手前には、アイテムストレージから取り出したのか、巨大な壺が置かれていた。そして、マコトがその存在を視認するのとほぼ同時に、壺の中から八本のロープが飛び出した。

 

「こんなもの……!」

 

「やめろマコト!そいつに触れるな!」

 

蛇のようにうねりながら迫る八本のロープに対し、マコトは先程までと同様、拳撃と蹴撃で迎撃しようとする。しかし、ガリアンが取り出したこのロープを相手するには、その戦法は取るべきではなかった。それを知っていたキヨマロが、慌ててマコトを止めようと制止を呼び掛けるものの、僅かに遅かった。

 

「何!?」

 

ロープを打ち払おうと、拳を突き出すマコト。しかし、触れたロープは弾き飛ばされるどころか、マコトの腕に絡み付いてきたのだ。

 

「くっ!」

 

ロープを振り払うことはできないと悟ったマコトは、今度は刃のように鋭い回し蹴りを繰り出して、腕に絡まるロープを断ち切ろうとする。しかし、今度は他のロープがマコトの足に絡み付いてその動きを止めた。

 

「ぐっ……!?これは……!」

 

マコトの体術がまるで通用しない八本のロープは、マコトの両手両足に二本ずつ絡まり、その身動きを一気に封じ込めた。手足の自由を奪う拘束を振り払うべく、力を込めて動かしてみるが、ロープはびくともしない。

 

「流石の絶拳も、拘束アイテムの『マジックロープ』の前には、文字通り手も足も出ないようだな」

 

『マジックロープ』とは、敵の動きを封じるために用いられる設置型のトラップアイテムである。ロープ一本一本は、大型のボスモンスターの動きも封じられる程の強度を持つものの、魔法やソードスキルの特殊攻撃であっさり断ち切られてしまう上、アイテムの重さ故にストレージの容量を圧迫することから、決して使い勝手の良いアイテムと言えるものではなかった。

しかし、マコトのように体術を主体として戦うパワータイプのプレイヤー相手には非常に有効なアイテムだった。マコトが『マジックロープ』の詳細を知らず、初手で体術系ソードスキルによる迎撃を選択しなかったことも、現状の危機を招いた要因になっていた。

 

「この場へ来る途中で手に入れたドロップアイテムだったが、咄嗟に使ってみたのは正解だったな。この千載一遇の好機、最大限に利用させてもらうぞ」

 

ガリアンはそれだけ言うと、後衛部隊に手振りで指示を出し、マコトに対して魔法と矢の集中砲火を浴びせかける。対するマコトは四肢を拘束され、魔法破壊(スペルブラスト)による迎撃などできる筈も無い。如何に低威力な単発攻撃といえども、無防備な状態で雨のように浴び続ければ、HPはすぐに尽きる。打つ手無しと悟ったマコトは、腕を交叉させて防御姿勢を取る。だが、そんなマコトの危機に、すぐ後方にて援護をしていたキヨマロが動き出した。

 

「させるかよ!」

 

マコトとゾディアックの間に割って入ったキヨマロは、前方方向から魔法が殺到する中で、範囲技の両手剣ソードスキル『ブラスト』を発動させた。

 

「う、ぉぉぉおおお!!」

 

「何だとっ……!」

 

ライトエフェクトを迸らせながら放たれた横薙ぎの二連撃は、マコトに向けて放たれた魔法と矢の七割以上に直撃し、システム外スキル魔法破壊が発動したことよって無効化された。放たれる魔法の中心一点に命中させなければ発動しない魔法破壊だが、攻撃範囲の広い両手剣の範囲技で、相手が直線的に放たれる魔法であれば、七割以上の確率で成功させることはできる。尤も、魔法一発一発に精密な狙いを定めて打ち消しているわけではないため、撃ち漏らしによるダメージは避けられない。現にキヨマロのHPは、落としきれなかった攻撃が命中したことによって、五割を切っていた。

 

「マコト、スイッチだ!」

 

「応!」

 

だが、そんなダメージなどお構いなしに、キヨマロは戦闘を続行する。背後に控える仲間に指示を送ると、魔法とソードスキルが衝突したことによって発生した煙を切り裂き、マコトが敵陣目掛けて飛び出していった。キヨマロの発動した『ブラスト』が、魔法諸共にマジックロープを断ち切ったことにより、その拘束から解放されたのだ。

 

「ハァァァアア!!」

 

「くっ……ガロン!」

 

「任せろ!」

 

突撃してくるマコトを止められるのは、ゾディアックの中ではガロンを置いて他にいない。ガリアンの指示に従い、マコトの前へと出たガロンは、マコトの繰り出す蹴撃を受け止めた。

 

「ぐぅっ……あれだけ暴れておいて、まだこれだけの威力の蹴りを放てるのか……!」

 

「こちらも、まさか私の蹴りを正面から受け止めるだけの体力を未だに残しているとは……正直、驚きましたよ」

 

絶拳と称される程に体術スキルを極めたマコトの打撃――特に蹴撃――は、ソードスキル抜きでもかなりの威力を持つ。まともに入ってしまえば、体重の軽いアバターならば簡単に吹き飛ばされ、ノームやサラマンダーのパワータイプのプレイヤーであっても防御姿勢を保つことは儘ならない。そんな強力な一撃を正面から受けて耐え抜いたガロンの実力に、マコトは素直に賞賛していた。

 

「しかし、残念です」

 

「何だと?」

 

「私としては、まだまだ戦いたいと思っていたのですが……今回は、依頼を受けての戦いです。よって、勝利を最優先とさせてもらいます」

 

「それは――――」

 

マコトが発した言葉の意味について問い質そうとしたガロンだったが、それよりも先にマコトは後方へと跳び退いた。そしてそのまま、その場に立っていたキヨマロと共にゾディアックの面々に背を向けて、通路の奥へと走り出したのだ。

 

「逃げる気か!?」

 

「させるかよ!」

 

マコトとキヨマロの後退を敵前逃亡と考えたゾディアックの前衛メンバー達が、その後ろ姿を追いかけ始める。ガロンもまた、二人を逃がすわけにはいかないと考え、流れのままに仲間達の追撃に加わっていた。

後退するマコトとキヨマロ、それを追い掛けるガロンをはじめとしたゾディアックの前衛メンバー達、そしてガリアンとともにレイド最後部に控えている後衛メンバー達。それらが迷宮区の通路において、“一直線に並んだ”その時だった――――

 

「んなっ!?」

 

「何だコレ?」

 

後退していたマコトとキヨマロを追っていた、ガロンを含むゾディアックのメンバー四名と、後方にて指揮を執っていたガリアンの身体に、突如バチリと火花のようなものが弾ける。ダメージを受けた様子は無いものの、奇妙な金色の光が各々の身体に宿っているのだ。

 

「まさか――――『エレクトリック・ボマー』か!」

 

雷属性の魔法に精通したガリアンだからこそ、その現象の正体を早期に見抜くことができた。

『エレクトリック・ボマー』とは、電気エネルギーの球体を放つことで、衝突した対象の内部にそのエネルギーを蓄積させる雷属性魔法である。蓄積された電気エネルギーは、雷属性の攻撃に接触することによって内部から炸裂し、対象に大ダメージを与えることができるのだ。ガリアンやガロンをはじめとした五人のプレイヤーの身体から発されている光は、『エレクトリック・ボマー』の電気エネルギーが蓄積されたことを示す発光現象だった。

 

(拙い!奴の狙いは……!)

 

何故『エレクトリック・ボマー』がこのタイミングで、しかも複数のプレイヤーを対象として、同時に発動したのか。そのトリックを追及している暇は無い。今重要なのは、五人ものプレイヤーを対象に、このタイミングで発動させた意図にある。

 

「全員、退がれぇぇえ!!」

 

『エレクトリック・ボマー』を発動させたキヨマロの狙いを的確に察知したガリアンが、それを阻むために、走り出した前衛たちへ撤退指示を出す。だが、キヨマロとマコトを追い込むことに夢中の前衛メンバーには、その声は届かない。

 

「気付いたか!?だが、もう遅い!」

 

そして、『エレクトリック・ボマー』を使用した張本人であるキヨマロは、逃走中の足を止めて反転。反撃に転じる。

 

「“連鎖のライン”は整った!」

 

両手に握る大剣『アポカリプス』を構え、迸るライトエフェクトとともに振り抜いた。キヨマロの自作であり、この戦況を覆す切り札たる両手剣OSS(オリジナルソードスキル)を、その名を叫びながら発動する――――

 

 

 

覇王・斬裂牙(バオウ・ザケルガ)

 

 

 

踏み込みと同時に繰り出された下からの斬り上げの一撃が狙うのは、先頭を走るゾディアックの追撃メンバー。そしてそのプレイヤーの身体には、『エレクトリック・ボマー』を受けたことによる光を宿していた。

 

「ぐっ…………ぎゃぁぁあああ!」

 

防御姿勢を取ろうとするも、キヨマロが両手剣によって繰り出す電光石火の一撃を前には、間に合わない。繰り出される刃の接近に呼応し、その身に宿した『エレクトリック・ボマー』光は激しくなる。そして刃が触れた途端、アバターは爆発四散するのだった。

だが、それだけでは終わらない。追撃メンバーの一人を仕留めたキヨマロは、初撃で振り上げた刃を続けざまに振り翳し、次の標的へと狙いを定める。

 

「りゃぁぁぁあああ!!」

 

「なぁっ!?」

 

「馬鹿な!」

 

だが、二撃目の標的は一人だけではない。通路に直線状に並んだメンバーの中で、先程撃破したメンバーの次点で『エレクトリック・ボマー』の光を纏ったメンバーと、キヨマロから見てその直線上に立っていたプレイヤー二名。合計三人が、キヨマロの二撃目の刃の振り下ろしによってまとめて一閃され、HPを全損とともにリメインライトの光を撒き散らす。

 

(やはり狙いは『エレクトリック・ボマー』の連鎖爆発……しかもそれを、OSSで発動するとは……!!)

 

『エレクトリック・ボマー』には、雷属性魔法の強化以外に、熟練の雷使いのプレイヤーのみが使いこなせるとされる、隠された特性が存在する。それこそが、『連鎖の爆発』である。

通常、『エレクトリック・ボマー』という魔法は、雷属性の攻撃を一発当てれば炸裂して終わるだけのサポート魔法である。しかし、電気エネルギーを蓄積した対象を複数、直線状に複数並べて放った場合には、それだけでは終わらない。放たれた攻撃が次々に電気エネルギーを蓄積した対象へと誘導され、連鎖の軌道を描き、爆発するのだ。

そして今回、キヨマロは作成時に雷属性を選択したOSS『覇王・斬裂牙』を連鎖の爆発を起こすために使用した。OSSのようなソードスキルは、強力な反面、一度発動すれば技が終わるまでその場から動くことはできない欠点が存在する。それをキヨマロは、『エレクトリック・ボマー』の連鎖爆発の特性を活かして射程を稼ぐとともに、軌道上に並ぶ敵全てを標的に入れることに成功したのだ。

 

「ぐぁぁあああっっ!」

 

「ガロン!」

 

パワーと防御に優れるガロンまでもが倒されたことで、ガリアンをはじめとしたゾディアックの後衛メンバーに動揺が走る。しかも、ガロンを屠ったキヨマロが振り抜いた両手剣『アポカリプス』の刀身は、ただのライトエフェクトではない、実体化した雷のエネルギーを纏って倍以上の長さに達していた。

 

(しかも、連鎖が繰り返される度に攻撃が強化される特性を利用して、前衛メンバーどころか、後衛に控えている俺達全員まで潰そうとしているのか……!)

 

『エレクトリック・ボマー』の連鎖の爆発は、連鎖を繰り返す度に放った雷属性の攻撃が威力を増す特性を併せ持つ。ソードスキルもその例に漏れず、連鎖を繰り返す度に威力も攻撃範囲も増強されていくのだ。

前衛の敵を連鎖のラインで仕留めて行き、連鎖を繰り返して強化した最後の一撃で、後衛を全滅に追い込む。それこそが、多勢に無勢の戦況を覆すためにキヨマロが立てた作戦だったのだ。

 

(だが、連鎖の爆発は、電気エネルギーを蓄積した対象へと向かうと、そう決まっている。ならば……!)

 

熟練の雷使いであるキヨマロが考案した作戦ならば、同格の雷使いであるガリアンがその弱点を見抜くのは、自明の理だった。電光石火の速さで迫るキヨマロを食い止めるための策も同時に思い付いたガリアンは、未だ無傷の後衛メンバーへと指示を送る。

 

「奴は最後の一撃を、正面から俺に向かって放ってくる!正面から魔法と矢の集中砲火を浴びせて食い止めろ!こちらに近づく前に、蜂の巣にするんだ!」

 

連鎖のラインの最後に設定されているのは、他でもないリーダーのガリアンである。突っ込んでくる方向が分かっているのならば、迎撃も容易い。最後の六撃目が炸裂する前に、魔法の集中砲火を浴びせてキヨマロをHP全損に追い込んでしまえば、キヨマロの作戦は失敗に終わる。

 

「放てぇぇえ!!」

 

『エレクトリック・ボマー』の電気エネルギーをその身に宿した四人と、その連鎖のライン上に立っていた前衛を全て薙ぎ倒したキヨマロが、最後の標的たるガリアンへと方向転換しようとする。その一瞬の隙を突き、ゾディアックの後衛メンバー全員による魔法と矢を撃ち放つ。前方から飛来する無数の攻撃は、ソードスキル発動中のキヨマロには到底回避できるものではない。

このまま全て命中したならば、HP全損はまず免れない。誰もがそう思った、その時だった――――

 

「何!?」

 

無数の魔法が放たれた射線上にいたキヨマロの姿が、不意に掻き消えた。結果、放たれた無数の魔法と矢は全て、空を切るのみとなった。

ソードスキル発動中で、回避行動などとれる筈が無かったキヨマロは、一体どこへ消えたのか。その答えは、キヨマロが地上にいないことを悟ったガリアンが、不意に視線を上へ向けた時に判明した。

 

「うぉぉおおお!!」

 

「まさか、上に!?」

 

ガリアンに次いで、ゾディアックの後衛部隊が上を向くと、そこには確かに、刃を振り上げ、跳躍したキヨマロの姿があった。一体、どうやってソードスキル発動中に跳躍し、魔法と矢の攻撃から逃れたのか。誰もが疑問に感じたその答えは……キヨマロが振り上げた刃の先にあった、“発光している”バブルランチャーが物語っていた。

 

(バブルランチャーにエレクトリック・ボマーを使ったのか!?……まさか、マジックロープを断ち切った時に!?)

 

ガリアンが立てた推測は、しかし適確に的を射ていた。キヨマロがマジックロープとともに魔法を打ち払った際に発生した煙で視界が遮られた瞬間を利用し、上空に浮かぶバブルランチャーへ向けて、エレクトリック・ボマーを放ったのだ。

 

(抜かった!四人目を倒した時点で連鎖のラインを見抜かれることは、キヨマロも予測していたのか……!)

 

キヨマロもガリアンも、同じ雷使いであり、その戦術を同等に熟知している。だからこそ、『エレクトリック・ボマー』の連鎖の爆発と言う、雷使いのみが対処法を知る戦術を用いて裏を掻き、上空へ跳躍して逃れるという最後の一撃を確実に繋げるための策を講じたのだ。

 

「せい、やぁぁぁああああ!!」

 

電気エネルギーを内包したバブルランチャーを一閃したことで、上空にて連鎖を繋げることに成功したキヨマロは、最後の標的であるガリアン目掛けて刃を振り下ろす。連鎖のラインによる誘導と、上空にて起こったバブルランチャーの爆発により発生した爆風を利用し、加速をつけて迫りくるキヨマロを前に、ゾディアックの誰も止めることはできなかった。

 

「ぐぅっ……がぁぁあああああっっ!!」

 

ただ一人、後衛部隊の最前列に立っていたガリアンが、その手に持っていた両手剣――『避雷剣』を前に出して防御を試みた。雷属性の攻撃を吸収する効果を持つ『避雷剣』だが、『エレクトリック・ボマー』の連鎖爆発を重ねて極限まで強化された『覇王・斬裂牙』のエネルギーを受けきることは叶わず、衝突とほぼ同時に刃が砕け散った。『覇王・斬裂牙』が放つ巨大な雷撃の本流は、そのままガリアン諸共にゾディアックの後衛部隊全員を呑み込み、その全てをHP全損に追い込み、リメインライトに変えた。

その光景は、まるで天空から降下した雷の竜が、巨大な顎を広げて、地上に立つ獲物全てを呑み込んでいるかのようだった――――

 

 

 

 

 

 

 

「どうやら、あちらも片が付いたようだな……」

 

「うひゃ~……途中から見たけど、随分派手な技だったね」

 

キヨマロの『覇王・斬裂牙』が炸裂したその頃。イタチとスリーピング・ナイツのメンバーもまた、ゾディアックの後衛メイジを一掃したことをきっかけに攻勢に転じ、先行部隊全員を殲滅し終えていた。

ちなみに、イタチが一時的に借りていた片手剣『ビジュメニア』は、持ち主であるユウキの手に戻っていた。

 

「けどあのOSSって、『エレクトリック・ボマー』っていう魔法の連鎖爆発が必要なんだよね?どうやって、気付かれないように、しかも一度に四人のプレイヤーに掛けたのかな?」

 

「『魔法符』を使ったんだ」

 

『魔法符』とは、その名の通り魔法の効果を封じ込めた札型のアイテムである。忍世界で使われていた『起爆札』に似た性質を持つことから、イタチも爆裂魔法を封じ込めたものを愛用している。そして今回キヨマロが用いたものには、『エレクトリック・ボマー』を封じ込められていたのだった。

 

「マコトに突撃させて、乱戦状態に持ち込んだ隙に、前衛メンバーに貼り付けたんだ。時限式で発動するよう設定した上でな」

 

『エレクトリック・ボマー』はサポート魔法として高性能ではあるものの、詠唱から発動の先読みされることや、魔法自体の速度が遅く、命中率が低いという弱点が存在する。キヨマロはそれをカバーするために魔法符を用いたのだ。

 

「マコトをデコイにすれば、ゾディアック前衛メンバーの足の速さも見定められる。あとは、追撃を仕掛けられた時に直線状に並ぶメンバーに貼り付け、発動タイミングに合わせて撤退すれば、連鎖のラインは完成するというわけだ」

 

「そう、だったんだ…………なんか、ほんとに、凄いね……」

 

さらっと言ってのけたイタチだが、普通のプレイヤーには到底真似できることではないと、ユウキは思った。たった三人とはいえ、仲間の能力を把握し、まとめ上げる指揮官適性は勿論のこと、戦況を見極めて作戦を成功に導くためには、高度な判断力や自分自身と仲間を信じ抜く胆力が必要となる。

仲間との信頼関係という点では、ユウキも負けていないという自負がある。しかし、これほどまでに緻密な作戦を立てられるだけの知略を持っているかと聞かれれば、否としか答えられない。そして、そんな自分が、果たしてフロアボス攻略などという大それたことを成し遂げられるのか。フロアボス攻略を直前に控え、今まで気にしていなかった不安が、ユウキの中に生まれていた。

そんな不安とプレッシャーに自信を失いかけていたユウキの内心を慮ってか、イタチがフォローするように言葉を紡ぐ。

 

「リーダーの適性は、頭の良さだけで決まるものじゃない。パーティーにとって何より重要なのは、『チームワーク』だ。どれだけ優れたパーティーメンバーと作戦を用意したとしても、全員の心が一つに纏まっていなければ、何事も為し得ない」

 

「イタチ……」

 

「その点お前は、スリーピング・ナイツのメンバー全員を信頼し、お前自身も信頼されている。立派にリーダーを務めていると俺は思う」

 

「……ありがとう、イタチ!」

 

リーダー適性を評価するイタチの言葉に、ユウキは破顔して感謝を口にしていた。イタチとしては、特に世辞を言ったつもりはなく、今日までのユウキの活躍をイタチの主観で評価したに過ぎなかったのだが、想像以上に喜ばれたことに僅かに驚いていた。それと同時に、ユウキの心からの笑顔を見られたことに、密かに嬉しく思っていた。

 

「ところでイタチ。戦いが始まる前に、絶拳の人と何話していたの?」

 

「この作戦に協力する報酬の話だ」

 

「へえ~……それで、一体どんな報酬なの?」

 

ゾディアックのような攻略ギルドとの交戦を予見して、それと張り合えるだけの戦力を呼び込んだイタチだが、一体何を報酬に設定したのか。相当な対価を要求されることが予想されるが、イタチに協力を依頼した手前、ユウキ達スリーピング・ナイツとしても、報酬の準備に協力すべきかもしれない。そう考えて問い掛けたユウキだったが、イタチの口からは思いもよらない言葉が返ってきた。

 

「キヨマロとギンタは、フロアボス攻略に成功した時に手に入るドロップアイテムの提供。マコトは、奴がこれまで戦ったことのない、強豪プレイヤーを紹介するということで、今回のフロアボス攻略に協力してもらった。」

 

「強豪プレイヤーの紹介?」

 

「ああ。絶拳ことマコトは、リアルでは高校の空手部の主将で、公式戦で四百戦無敗を誇る猛者でな。自分より強いプレイヤーを探して、このALOをプレイしていているらしい。それで今回、“十一連撃のOSSを使いこなす剣豪”を紹介してやるということで、協力を取り付けたわけだ」

 

それを聞いた瞬間、ユウキは顔の顔は真っ青に染まった。引き攣った顔のまま、イタチに確認するように再度問い掛ける。

 

「へ、へぇ~……そ、そうなんだ。それで、どこにいるのかな?その凄いプレイヤーは」

 

「ここにいる」

 

そう言って、イタチはその手をユウキの肩に置くのだった。対するユウキは、半ば予想できていたのだろう。「やっぱり」とばかりに額に手を当てて俯いてしまった。

 

「それって、ボクに戦えってことだよね!?あの絶拳と!!」

 

「そういうことだ」

 

「無理言わないでよ!!いくらなんでも、魔法を素手で叩き落とすような人に勝てるわけないでしょ!!」

 

「やってみなければ分からんぞ。今回のフロアボス攻略も、似たようなものだしな」

 

「こっちはパーティーだけど、あっちはデュエルで一対一だよね!?しかも、フロアボスより強いんだよね!?それをソロ攻略するってことだよね!?」

 

「さて、そろそろ時間だ。まずは、二十七階層フロアボス攻略を成し遂げなければならん。皆、行くぞ」

 

「ちょっと待ってよイタチ!勝手に約束取り付けておいて、スルーしないでよ!!ボクの意見はガン無視!?」

 

絶拳とのデュエルを勝手にセッティングされたことに悲鳴を上げるユウキだが、イタチは敢えてこれを黙殺するのだった。そして、リーダーであるユウキが猛抗議する中、スリーピング・ナイツのメンバーを伴ったイタチは、先程までゾディアックのメンバーによって閉ざされていた扉の前へと立つ。イタチ等による、絶拳に次ぐ、一パーティー七人によるフロアボス攻略への挑戦が幕を開けるのだった――――

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。