ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版-   作:鈴神

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第百十四話 ゴールの見えない迷路

2026年1月13日

 

年初の三連休明けの火曜日。イタチとユウキ率いるスリーピング・ナイツによる一パーティー七人によるフロアボス攻略という、絶拳によるソロ攻略に次ぐ偉業が成し遂げられてから五日後の昼下がり。イタチこと和人の姿は、SAO生還者達の通う学校の屋上にあった。その隣には、クラスメートのめだかとララ、そしてデビルーク領事館において王女の護衛として仕えているヤミの姿もあった。

 

「……それで、明日奈さんは自宅に戻る意思は無いと?」

 

「うん。私もそろそろ話をした方が良いんじゃないかって、説得してるんだけどね……」

 

「ちなみに、飲酒はあの夜以降、行っていません」

 

昼食を終えた三人が、残りの昼休みを使って話し合っているのは、一週間ほど前に発生し、今なお続いている重大な事案。即ち、明日奈の家出騒動のことだった。

 

「結城家の家庭内における問題だからな。私達も安易に深入りすることはできん」

 

「それは理解しているが……デビルーク王国の領事館にこれだけ長い期間滞在しているのは外交的に問題なんじゃないか?」

 

「私の方は、迷惑とかはしてないよ。モモとナナとも、仲が良いし。ザスティンも私が上手く言い包めてあるから」

 

「デビルーク王は、特にこの件について関知するつもりは無いようです。プリンセスの方々がこう仰られておりますので、私からは特に何もありません」

 

「問題は明日奈の母親の方だろう。一応そちらには、私から釘を刺しておいた。無闇に事を荒立てれば、デビルーク王国の不況を買って、それこそ国際問題に発展しかねない、とな」

 

めだかの説明に対し、和人は成程と納得した。

何も知らない部外者から見れば、今回の問題はデビルーク王国による拉致問題とも取れるため、明日奈を家へ帰せと訴え出れば、デビルーク王国もこれに応じる必要がある。しかしそれを行えば、日本とデビルーク王国の関係悪化に繋がりかねない。そうなれば、明日奈の両親の結城夫妻がALO事件解決後にデビルーク王国との関係改善のために奔走してきた努力全てが無に帰すのだ。故に、いくら明日奈の問題を解決するためであっても、それを台無しにするような強硬手段はまず取れない。

 

「国際問題発展のリスクを盾に取るのはどうかと思うが……この際、止むを得んな」

 

「明日奈が母親と和解して家へ戻ることが理想だが……現状では難しいだろうからな」

 

「……なんか、ごめんね。私が明日奈を誘っちゃったのが原因で、こんなことに……」

 

「確かに、デビルーク領事館の中に入れたのは迂闊だったな。だが、明日奈さんの家出騒動に関しては、話を聞く限りでは俺にも原因がある」

 

「……それこそ、あなたの所為ではないと、私は考えます」

 

ヤミの言葉に、めだかとララも同意した様子で頷く。確かに和人の言うように、明日奈とその母親である京子の諍いの原因には、和人の存在が大きい。しかし、和人自身は結城母娘や世間に対して――協力者であるLが行う非合法捜査の黙認を除いて――後ろめたいことはしていない。明日奈を激昂させるに至った京子の意見についても、和人に対する一方的な偏見による言い掛かりに等しいのだ。詰まるところ、和人に非は認められない。

 

(まあ確かに、明日奈がああなるまで結論を先延ばしして、問題を先送りにしてきたのが和人であることは間違いないのだが……)

 

見方を変えれば、確かに和人が遠因になった点はあるかもしれないと、めだかは考えていた。明日奈は和人に懸想しており、和人もそれを知っているという関係にありながら、二人とも互いにどのように向き合っていくべきかを明確にしてこなかった。友達以上、恋人未満という中途半端な関係は、和人と明日奈の関係に波風を立てることの無い、居心地の良いものだった。加えて、明日奈以外の和人に思いを寄せる少女達が折り合いを付け、表面上の平穏を維持する上でも都合が良かったのだ。

無論、和人とてこのような好都合なバランスがいつまでも続くと思っていたわけではない。周囲の少女一人一人の想いは勿論、自身の内心ともきちんと向き合い、全員が納得のいく答えを出していこうと考えていたのだ。しかし、和人の考えは理想論であり……実際のところは、非常に難しい。

しかも、和人と和人に思いを寄せる少女達は、SAO事件、ALO事件、死銃事件といった、命の危険を伴う非日常の出来事に巻き込まれた複雑な事情を抱えている。それがために、全員が少なからずトラウマを抱えており、和人の存在に著しく依存している傾向にある。誰か一人を選べば、それ以外の少女が暴発する可能性もある以上、和人はこの件についてより一層慎重に動かなければならなかったのだ。

 

(それに、和人も和人で、何やら複雑な問題を別に抱えているようだしな……)

 

それは、和人ことイタチとSAOのベータテストの頃からの知己であり、その動向を間近で見てきた人間の一人であるめだかだからこそできた推測だった。SAOやALO等のVRゲーム関連の事件に関わるよりも以前から、和人は女性に限らず周囲の人間との距離感が掴めていない様子だった。周囲との関わりを持つことに消極的なその姿勢には、和人本人のみが知る……何人たりとも踏み込むことが叶わない、深刻な問題が隠れているのではと、めだかは考えていた。

その原因が、まさか『前世』などという突拍子もない話に由来するものだとは、流石のめだかも思い付かなかった。それでも、問題の核心にかなり迫っているあたり、めだかの勘の鋭さが窺える。

 

(流石にこれは、本人に聞く以外に知る手立ては無いし、真正面から問い質しても、口を割ることはまずあるまい……)

 

友人として和人が抱える問題を解決する手助けしたいという気持ちが、めだかにも少なからずあった。しかし、SAO事件やALO事件を超える、想像を絶する問題が隠されている可能性もある以上、迂闊に手を出すべきではない。それに、明日奈や直葉といった一部の親しい人間は、その辺りの事情を知っている節がある。秘密を共有する相手がいる以上、自身が無理を押してそこへ加わる必要は無いし、すべきではないと、めだかは結論付けていた。

 

「とにかく、これ以上問題が複雑化する前に解決するために動く。明日奈さんは、俺とララで引き続き説得をするから、めだかは明日奈さんのご両親を抑えておいてくれ」

 

「了解した。しばらくは膠着状態を維持できるよう、こちらも働きかけ続けることにしよう」

 

問題解決へ向けた進展は確認できなかったが、方針はまとめることができた。これでもう用事は無いとばかりにその場を解散とする四人。ララが先に立ち去り、和人もまた踵を返して教室へ戻ろうとする。しかし、その背中をめだかが止めた。

 

「待て、和人。もう一つ、聞きたいことがある」

 

「……何だ?」

 

「ついこの間、一パーティーの七人だけでフロアボスを攻略したらしいな。単身攻略を成し遂げた絶拳には及ばないが、ALOにおいては間違いなく上位に類する快挙だ。友人として、おめでとうと言わせてもらおう」

 

「俺一人でやったことじゃない。他の六人も相応の実力を持っていたことと、全員が団結できたからこそ成し遂げられたことだ」

 

「確か、『スリーピング・ナイツ』といったか。エクスキャリバー獲得クエストの時も、そこのリーダーにかなり力を貸してもらったとか」

 

「……何が言いたい?」

 

傍から見れば、和人の近況確認にしか聞こえないこの会話。しかし、和人は既に、半ば以上めだかが何を確かめようとしているのか、その意図について確信していた。

果たして、確認のための和人からの問い掛けに対して返ってきたのは、和人の予想通りの言葉だった。

 

「一体、その新しい仲間達と何があったのだろうと思ってな」

 

「……何が、とは?」

 

何を聞かれているのか、その真意を分かっていながらも白を切る和人。それに対し、めだかはやれやれと肩を竦めて溜息を吐いた。

 

「明日奈のことも解決しない内に新たな厄介事を抱えて……しかも、それを一人でどうにかしようとするとはな」

 

「……心配しなくとも、明日奈さんの問題を放置するつもりはない。無論、俺の個人的な問題よりも優先して解決していく」

 

「お前が問題を一人で抱え込むのは、今に始まったことではない以上、最早何も言うまい。だが、明日奈の家出の方は、当事者等が落ち着くまで膠着状態を維持しなければならない今、お前も下手に身動きは取れない筈だ。ならば、どうにかできる見込みのある問題の方を先にどうにかする方が効率的ではないかと思うのだがな……」

 

「………………」

 

「それに、急がば回れとも言う。遠回りした方が、解決への道筋が思わぬ形で見つかるかもしれんぞ」

 

「…………参考にさせてもらおう」

 

めだかのアドバイスに対し、和人はそれだけ答えると、屋上を後にした。以前ならば、関係無いとばかりに他者の言葉を切り捨てていた和人が、不器用ながらも他人の助言を受け入れられるようになったことを、めだかは嬉しく思っていた。

問題を一人で抱え込む癖のある和人をどうにかするのは、容易ではないし、問題に介入するのも難しい場合がある。そういった場合、めだかをはじめ周囲の人間にできることは、先程のように、介入できる範疇の問題の解決に努め、和人個人の問題に集中させて、負担を軽くすることだった。

 

(あいつもやはり、変わったものだな。そうとなれば、私もあいつや明日奈のために、精一杯のことをしてやらなくてはな)

 

そして、力になることを約束した以上は、めだかもそれ相応の働きをしなくてはならない。まずは目下の問題たる、明日奈の家出騒動をどのように解決に落着させるべきか、その手段を模索すべく、めだかは思考を走らせるのだった。

 

 

 

 

 

 

昼休みにめだかとララを交えた、明日奈の家出騒動の問題について話し合ったその日の放課後。五日前に仮想世界で起こった出来事を思い出しながら、和人は自身の所属する剣道部の活動場所である、剣道場へと向かっていた。

 

(ユウキ……)

 

その道中で思い浮かべるのは、フロアボス攻略を七人だけで成し遂げたその日以降、連絡の途絶えている少女のことだった。ユウキやその仲間達が抱えている問題について、ある程度察していた和人だったが、部外者としてその事情に関わることはせず、変わらぬ友人としての付き合いを続けていくことを決めていた。そして、ユウキが望むのならば、互いの関係を断ち切ることも受け入れようとも考えていたのだ。

 

(…………だが、「俺のため」と言われてもな)

 

それは、ユウキが姿を消してから三日目に再会した、シウネーの口から聞かされた言葉だった。ALOにログインしていたイタチにメッセージを送り、顔合わせや宴会を行った思い出の宿屋で再会した彼女に対し、何の音沙汰も無かったユウキのことについて、イタチは尋ねた。だが、シウネーから返ってきた答えは自身や他の仲間達も知らないということだった。それどころか、こう言い放ったのだ。

 

 

 

イタチさん。多分、ユウキは再会を望んでいないと思います。誰でもない、あなたのために――――

 

 

 

あくまでシウネーの私見と前置きされていたが、イタチにはユウキの本心を正確に代弁しているように感じられた。スリーピング・ナイツのメンバーの中では、誰よりもユウキのことを理解しているであろう彼女の言であるのだから、間違いないだろう。対するイタチは、一方的に関わりを断たれた形となったが、ある程度予想できた言葉だっただけに、特に驚きはしなかった。ただ一言、「そうか」とだけ返し、それ以上詮索することも、不快そうな表情を見せることもしなかった。

そんなイタチに対し、シウネーは心底申し訳ないと思った様子で、頭を下げて謝罪を口にした。そして、報酬とお詫びを兼ねて、先日のフロアボス攻略で得たドロップアイテムとスリーピング・ナイツのメンバーが所持していたアイテム全てを渡すと言ってきた。だが、イタチはそんなものが欲しかったわけでもなく、シウネーが差し出したアイテムの受け取りを断った。そんなイタチの内心を察したシウネーも、それ以上無理強いをすることはなく、最後に重ねて謝罪し、逃げるようにログアウトしたのだった。

それ以来、スリーピング・ナイツのメンバーがイタチの前に現れることは無かったのだった――――

 

(ユウキが会いたくないのならば、これ以上深入りするべきではない…………)

 

如何に親しい間柄にある仲間といえども、踏み込むことの許されない一線というものは存在する。和人自身も、家族にすら安易に打ち明けることができない、『前世』という秘密を抱えている。数人の人間には、自身が転生者であることを打ち明けているが、前世が忍だったこと以外の事情については詳しく話していない。他人に話すことが憚られる、凄惨な過去だったということもそうだが、和人自身が触れてほしくないと願っている部分も大きい。

そんな気持ちが分かる和人だからこそ、ユウキが自身との繋がりを断とうとする気持ちもある程度理解できていた。あの日、涙を流しながら姿を消したユウキのことは、今でも気がかりではある。だが、他でもない本人が再会を望まないと言うならば、手を引くのが本当の思い遣りなのではないか…………

 

(……いずれにせよ、ユウキやその仲間であるシウネー達とのALOにおける繋がりが断たれた以上、会いに行くのは不可能だ……)

 

和人自身、何をすべきなのか、何がしたいのか……納得のいく答えは浮かばなかった。故に和人は自身の迷いを棚に上げ、ユウキに会いに行くための手段が無いことを理由として前面に出し、思考を中断することとした。

心当たりが全く無いわけではないが、ユウキの現実世界の名前が分からなければ意味が無い。和人の協力者である名探偵のLにでも頼めば、ユウキに会いに行くことも十分可能だが、ユウキ相手にそこまでするのは気が引ける。故に、ユウキとの再会は和人の意思とは無関係に不可能であると判断することとした。

そして、無理矢理に結論付けたために晴れないままの思考を抱えたまま歩くことしばらく。目的地たる剣道部の部室の前へと辿り着くのだった。そして、スライド式の扉へと手を掛けた、その時だった。

 

「何でもないって言ってんだろ!!」

 

剣道場の中から、誰かの怒鳴り声が聞こえてきた。いきなりの出来事に、僅かに目を見開き、手を止めてしまった和人だったが一先ず扉を開けることにした。靴を下駄箱へ入れ、剣道場の中へと足を踏み入れると、声の主である剣道部員とその仲間達がすぐに目に入った。

 

「一護にアレン、葉。どうしたんだ?」

 

既に道着に着替えていた三人のもとへ近づきながら、和人はSAO以来のお馴染みとなっている三人組、一護、アレン、葉の三人に何があったのかと問い掛ける。それに対し、アレンと葉は苦笑を浮かべ、怒鳴り声を上げた張本人である一護は、気まずそうに眼を逸らした。

 

「別に……なんでもねえよ」

 

「僕がちょっと、一護に詰め寄り過ぎちゃってね……」

 

「アレンも、悪気があったわけじゃないんよ。一護のことを心配していたんよ」

 

三人の反応から、和人は大凡の事情を察した。原因は分からないが、何らかの理由で虫の居所の悪かった一護に、アレンと葉が気遣って声を掛けたのだが、放っておいて欲しいと願っていた一護には、それが煩わしく感じてしまい、つい怒鳴ってしまったのだろう。

一護の様子を見るに、二人には悪いことをしたと本気で感じているようだし、アレンと葉もあまり気を悪くした様子も無い。怒鳴ったこと自体については特に蟠り等は無さそうだが、何やら抱え込んでいる一護を放置しておけば、部活動にも支障が出るかもしれない。自分の問題も解決できていない身だが、剣道部の部長としてそのメンタルをフォローすべきだろうと、和人は思った。

 

「一護、何があったんだ?」

 

「別に……本当になんでもねえよ」

 

とりあえず、一護が抱えている悩みのようなものについて聞いてみようと考えた和人だったが、予想通りの返答だった。そこで、今度は視線をアレンと葉の方へ向けてみると、二人は事情を話してくれた。

 

「四限目の途中くらいからかな?一護、何か嫌なことでも思い出したのか、イライラした様子だったからさ。どうかしたのかと思って声を掛けたら……ね?」

 

「四限目……保健の授業だったな」

 

「そうなんよ。うーん……確か、性行為の話から転じて、感染症の話が出てきたあたりから、不機嫌そうになっていたっけ?」

 

「………………」

 

何も言わない一護だが、眉間に皺を寄せて不機嫌さが増した様子を見るに、アレンと葉の言うことに間違いは無いらしい。同じクラスで授業を受けていた和人だったが、今現在抱えている明日奈の問題をどうするかについて考えていたあまり、一護の変化には気付けなかったらしい。

しかし、一護を不機嫌にしたものとは一体何なのか。まず、授業の内容……性感染症に関するものであることは間違いない。では、あの授業の中で具体的に取り上げられていた感染症の種類は何だったかと、和人は思考を走らせる。

 

「HIVウイルス……『エイズ』の話、だったか?」

 

「……っ!」

 

相変わらず黙ったままだが、反応からして図星なのは間違いなさそうだ。では、『エイズ』に関して一体どのような経緯があったのだろうか。一護のメンタルをケアするためにも、和人はここでさらに一歩、踏み込んでみることにした。

 

「エイズに悪い思い出があるようだが……知り合いに患者がいるのか?」

 

「………………」

 

「一護、和人も心配しているんですから、話してみてはどうですか?」

 

「まあ、無理に聞こうとは思わねえけど……少しくらいは、気が晴れるかもしれないしよ?」

 

三人に詰め寄られる形となった一護は、それでもしばらく黙ったままだった。しかし、これ以上皆に迷惑を掛けたくないと思ったのか、遂に観念したように口を開いた。

 

「……小学生の頃の話だけどよ。俺の学校に、いたんだよ。その、エイズのウイルスに罹っていた奴等がよ」

 

一護が言うには、HIVウイルスのキャリアだったというのは、三つ下の学年の姉妹だったらしい。生まれた頃の輸血が原因で、家族ぐるみで感染していたが、その事実は学校や保護者には伏せたまま暮らしていたという。だがある日、その姉妹がキャリアであることが一部の保護者へ知られ……瞬く間に学校中に知られてしまった。結果、その姉妹はウイルスの感染を理由に悪質な苛めを受け、姉妹の通学に反対する申し立てや、電話、手紙、メールによる嫌がらせの数々が始まった。そしてその果てに……姉妹は転校し、一家は転居を余儀なくされたという。

余程忌々しい思い出だったのだろう。昔のことを語る一護の表情は、終始不愉快そうに見えた。

 

「それで、その時一護はどうしていたんだい?」

 

「俺の実家は診療所だからよ……親父はその姉妹と両親を助けようとしていたんだ。それで、俺や俺の妹達にも、学校で助けてやれって、言われてな……」

 

「一護のことだ。きっと、その姉妹が苛められているところに駆けつけて、助けてやったんだろ?」

 

葉が常の一護に対する印象をもとに、何気なく口にしたその言葉に……しかし一護の表情は、より一層不機嫌さを増した。

 

「……確かに、俺もその二人を助けようとしていた。竜貴っていう、空手の仲間もいたからな。そいつと一緒になって、他の生徒に苛められているところに駆けつけては、苛めをしていたそいつらをぶん殴って追っ払ってやった。けどな……本当の意味じゃ、俺はあの二人に何もできやしなかったんだよ!」

 

突然声を荒げた一護に、葉とアレンはビクリと驚く。和人は、一護が感情的になる、ここから先の話こそが重要な部分なのだろうと予感していた。

 

「後から分かったことだが、その姉妹は俺や俺のように味方する奴がいないところで、酷い苛めを受けていたらしい。けど、そんなことあの二人は一言も俺達に言わなかった……あいつらは、自分達のために俺達が喧嘩するのを、本当は望んじゃいなかったんだよ!けど俺は、空手をやってて腕っ節が強かったことに調子に乗って、あいつらをしっかり守ってやれてると思い上がって……結果的には、苦しめただけだったんだよ!守っていたと思っていた、他でもないあいつらを!」

 

良かれと思ってやったことが、実は助けようとしていた対象を誰よりも傷付けていたという事実。それが、一護の心に今なお罪の棘として突き刺さっているのだろう。

一護から事情を聞いた三人は、一様に沈痛な表情を浮かべていた。特に和人は、うちはイタチとして生きた前世において同様の失敗をしでかしているだけに、他人事とは思えなかった。

 

「そんなことがあったんですね……ごめんなさい、そんなことを話させてしまって……」

 

「良いんだよ。お前等に話せって言わせたのは、俺自身みたいなもんだ」

 

「それで、その姉妹は今どうしているんだ?」

 

「分からねえ……引っ越し先がどこかは、俺達には話してくれなかったからな……」

 

「一護にとって、その二人のことは何年も経った今でも、心残りなんですね。それなら、いっそ会いに行ってみてはどうでしょうか?」

 

「いや、だから居場所が分からないって……」

 

「今の情報化社会において、人を探すのはそれほど難しいことではない筈です。それに、うちの学校には、頼りになる名探偵が二人もいるじゃないですか」

 

アレンの提案に、成程と頷き始める一護と葉。アレンの言う頼りになる名探偵――即ち、工藤新一と金田一一に頼み込めば、人探しの依頼くらいは引き受けてくれるだろう。それに、このSAO帰還者学校には、あらゆる情報にアクセスできる天才ハッカーや、多方面にコネクションを持つ有名財閥の令嬢・御曹司もいるのだ。人一人探すくらいは簡単にできるだろう。

 

「アレンの意見には、俺も賛成だ。気がかりならば、会いに行くといい」

 

「和人……」

 

一人悩みを抱えている一護の背中を押す和人だったが、その内心では「どの口が言う」と自分自身に突っ込んでいた。だが、和人の場合はユウキの方から拒絶の意を示されたのだから、話は別である。常々言い訳がましいと思いつつも、和人はそう考えて自分自身を納得させた。

 

「決まりですね。一護が気になっている、その子達に会いに行きましょう」

 

「べ、別に気になってるわけじゃねえよ……」

 

「落ち着け、一護。それより、その姉妹の名前は何というんだ?」

 

常の不愛想で不良然とした態度を崩し、照れ臭さを滲ませた動揺を見せる一護に対し、からかうような笑みを浮かべるアレンと葉。和人に促されて落ち着くと、これから探さねばならない少女の名前を口にした。

 

「……紺野藍子(こんのあいこ)と、紺野木綿季(こんのゆうき)だ。藍子が姉で、木綿季が妹の、双子の姉妹だ」

 

「…………!」

 

その名前を聞いた途端、和人の目が驚愕に見開かれた。そして、先程一護から聞かされた姉妹の情報を思い返し……自身が会いに行くべきかと迷っていた少女が抱えているであろう事情と合致する部分があることに、今更ながら気づかされた。妹の名前が被っているのは、偶然かもしれない。しかし、姉である『藍子』という名前も、もし考えている通りの漢字を書くものだったならば、全て納得がいく。

 

(まさか…………)

 

偶然にしてはいくら何でも出来過ぎている。だが、似たような名前や境遇の人間など、日本国内だけでも数多くいる。やはり偶然ではないかと、そう考えた時だった。

 

「紺野藍子に紺野木綿季って……もしかして、横浜の保土ヶ谷区に住んでいませんでしたか!?」

 

「知ってるのか、アレン!」

 

アレンが発した予想外の発言に、再度目を見開く和人。半ば混乱に陥る和人だったが、話は進んでいく。

 

「はい。昔、保土ヶ谷のカトリック教会で、神父さんのお手伝いをしていたことがありまして……その時に、お母さんと一緒に毎週お祈りにほぼ欠かさずに来ていた姉妹がいたんです。その子達は、木綿季ちゃんと藍子ちゃんと呼ばれていました……」

 

「それは本当か、アレン!」

 

アレンから齎された情報に驚愕する一護。その一方で、和人はそれとは別の……『カトリック教会』という言葉に、衝撃を受けて硬直していた。思い出すのは、ALOでユウキと出会ってしばらく経った頃のこと。ユウキのOSSの『マザーズ・ロザリオ』を目視によってコピーした際、その技の名前について尋ねたことがあった。その時の彼女の言葉が、和人の脳裏に蘇る――

 

 

 

『マザーズ・ロザリオ』っていうのは、カトリック教会で聖母マリア様へのお祈りを捧げるときに使うものなんだ。小さな珠が十個、大きな珠が一個の、全部で十一個の珠で作られているんだ――――

 

 

 

それが、十字架を描く十一連撃ソードスキルの名前の由来だと、ユウキは言っていた。そのような名前をOSSに使う以上、ユウキもしくはユウキの親族がクリスチャンであることは、ほぼ間違いない。

 

(ユウキ……お前、なのか…………)

 

最早、偶然で片付けることなどできはしない。会いに行くべきかと悩んでいた少女に会うために必要だった情報が、探す前に自身のもとへ転がり込んできた。あまりにも出来過ぎな巡り合わせに驚いていた和人だったが……その一方で、この展開にどこか喜んでいる自分がいることに気付いた。

 

(全く、呆れ果てたものだ……)

 

相手は再会を望まず、会いに行く手がかりも無いのだからと理屈をこねて断念していたにも関わらず、会いに行く理由と手段が揃ったことで、迷う必要が無くなった。一々理由を付けなければ動くことができず、自身がどう動くべきかを回りの人間や状況の変化に委ねている自分自身に、和人は呆れた。しかもそれは、前世の頃から変わらない悪癖なのだから、猶更に。

 

(しかしそれでも、全てを成り行きに任せて、流れのままに動くだけというのは、許されまい……本当に今更だが、な……)

 

一護の悩みを解決するという大義名分のお陰で迷いを抱く必要が無くなった和人だったが、それに便乗する気にはなれなかった。

自身の迷いに対して、改めて決意が固まった和人は、一護の古い友人である紺野姉妹とどうすれば会えるのかについて目の前で話し込んでいる三人に向き直った。

 

「一護、アレン、葉。俺は今日、剣道部は欠席する。あとのことは、明日奈さんやめだかに頼んだと伝えておいてくれ」

 

「はっ!?ちょ、ちょっと待てよ、和人!」

 

「いきなりどうしたんですか!?」

 

突然の和人の行動に戸惑う三人だったが、和人はその静止も聞かずに、元来た扉へと振り返って歩き始めた。その途中、ふと足を止め、再び口を開いた。

 

「一護、少し待っていろ。紺野姉妹の……少なくとも妹の方には、すぐに会わせてやる」

 

「和人……それって、どういう…………」

 

和人の言葉の意味が分からず、混乱する一護等三人を余所に、和人はそのまま剣道場を後にし、学校を出た。

 

 

 

目指すべ先に居るのは、その剣技と同様に力強くも儚く、美しい少女。もしかしたら、本人は再会を望んでなどいないかもしれない……それでも、和人は会いに行くと決めたのだ。

その足取りには、先程までの迷いは一切無かった――――

 


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