ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版- 作:鈴神
「マザーズ・ロザリオ」も、いよいよ佳境です。
そして、「マザーズ・ロザリオ」完結後は、劇場版「オーディナル・スケール」を予定したいと考えております。
また、暁の忍とは別に、4月から新たなSSの執筆にも挑戦することといたしました。
詳しくは、後日活動報告にてお知らせします。
また、例年3月は14日と28日に投稿しておりましたが、今月末は資格試験のため、お休みさえていただきます。
次の更新は4月28日の予定となります。
どうか今後も、暁の忍をよろしくお願いします!
横浜のとある大型病院――横浜甲北総合病院の最上階にある、立ち入り制限が厳しい、一般の病室とは一線を画す区画の奥にある『第一種特殊計測機器室』という名の病室の中。一人の入院患者と一人の見舞客が向かい合っていた。
「久しぶりだな、ユウキ」
『…………イタチ、なんだね』
ALOにおいて友人となった二人は、互いのリアルの顔や情報を知らない。にも関わらず、初対面の筈の二人の会話は、ごく自然な……慣れ親しんだ幼馴染、或いは兄妹のようだった。ALOにおいても、出会ってからった数カ月しか経っておらず、一緒に行動することもそう多くはなかった二人である。それでも二人は、互いが誰かを一目で理解することができた。それは、短い時間ならがも冒険の中で互いの動きを意識するとともに、無意識下で寄り添い合おうとしていたからだろう。そして何より、互いが再会を待ち望んでいたことが、何より大きかったのだろう。
「リアルで会うのは初めてだったな。改めて自己紹介しよう。桐ケ谷和人だ」
『……なら、ボクも自己紹介しなきゃね。改めまして、ユウキこと、紺野木綿季です』
挨拶を交わし合う二人だが、和人の視線の向こう――ガラスの向こう側にいる入院患者のユウキは、一切口を開いていない。それどころか、和人が来てからも、指一本動かしてはいなかった。音声が聞こえてくるのは、和人のいる部屋に設置されたスピーカーからだった。
和人が見つめるガラスを隔てた先にある無菌室には、無数の機械が設置されており、その中央には一台のジェルベッドが置かれていた。そして、この部屋の入院患者である木綿季は、その上に横たわっていた。痛々しい程に痩せ細った身体を青いジェルの上に沈ませ、喉元や両腕には様々なチューブが繋がり、周囲の機械へと伸びていた。そして何より目を引くのは、頭部のほとんどを覆っている、ベッドと一体化した白い直方体型の装置だった。装置の側面に埋め込まれたモニタパネルには様々な色のデータが目まぐるしく表示されており、その中には『User Talking』と表示されているものもあった。そして、モニタの上部には簡素なロゴで『Medicuboid』と記されているのが見えた。
『イタチ、ごめんね。こんな格好見せちゃって……』
「気にしていない。お前がこういう状況にあることは、最初から分かっていたことだったからな」
『……全部、聞いたんだね』
「ああ。さっき、倉橋先生から、お前のことについて色々と聞いた。お前の病気のことも……その装置『メディキュボイド』のこともな」
『メディキュボイド』とは、現在国レベルで開発を急がれている、世界初の医療用フルダイブ機器である。直方体の形状をしたこのフルダイブ機器は、アミュスフィアの出力を強化し、パルス発生素子を数倍の密度に増やし、処理速度を引き上げられたものだった。また、今ユウキが使用しているように、脳から脊髄をカバーできるようにベッドと一体化していた。
医療用に開発されたこの機器が脳に送り込む映像や音声の情報は、アミューズメント仕様のアミュスフィアやその前身であるナーヴギアとは比べ物にならない程のクオリティであり、神経障害等で外界とのコミュニケーションに支障を来す『ロックトイン状態』を十分にカバーできる、現実世界同様の五感を再現することができるのだ。
また、体感覚キャンセル機能によって一時的に神経を麻痺させ、全身麻酔を再現することができるのだ。まだ実現には至っていないが、仮に実用化されれば、麻酔はほとんどの手術で不要となり、医療は劇的に変化する。
そして、メディキュボイドが最も期待されている分野の一つに、『ターミナル・ケア』――『終末期医療』と呼ばれるものが含まれている。即ち、今まさに木綿季が受けているものである。
『けど、驚かないんだね、イタチは。ボクの病気のことも、こんな機械を使わなきゃ、話もできないような状態なのに』
「こういう状態になっていることは、随分前から予想していたことだったからな」
『ちなみに、いつから気付いていたの?』
「最初から……ALOで初めて会って、デュエルをした頃からだ」
『えっと……どうして分かったのか、教えてくれるかな?』
まさか、出会ったその時から自身の抱える問題を見抜かれていたとは思わなかった木綿季は、再度和人に問い掛けた。和人の方は、最早隠し立てするつもりは無いのか、淡々と答えを口にし始めた。
「デュエルでお前と初めて剣を交わした時にお前が見せた反応速度は、明らかに普通のプレイヤーのそれではなかった。SAO生還者でもあそこまでの動きはできないものだ。アミュスフィアを凌ぐ処理速度を持つフルダイブマシンを使っていることは、すぐに想像がついた」
『……今更で自分のことなんだけど、ボクってそんなに凄い動きしてたの?』
「見る人間が見れば、仮想世界への適性が高いだけの話で済まない動きだと分かるものだったな。俺以外にも、気付いた奴はいたかもな」
『は、はは……そう、かな……?』
イタチが言うからには、間違いないのだろう。同じ境遇の仲間であるシウネー達とともに、今まで数々のVRMMOを渡り歩いてきたが、それらのタイトルにおいても自分達はイタチが言うように並みのプレイヤーには見えなかったのだろうか。純粋にVRMMOを楽しむためにプレイしてきたが、調子に乗り過ぎていたかもしれないと、今更ながら考えてしまう。
そんなユウキの心中を察した和人が、そこまで気にする必要は無いとフォローを口にする。
「まあ、飽く迄気付いたとしても、お前の動きが並外れているということくらいだ。フルダイブマシン云々の事情まで探り当てられる奴は、俺くらいだ」
『えっと……ありがとう。そういえば、イタチはボクがメディキュボイドを使っていることと、病気のことも気付いていたみたいだけど……一体、どこで知ったの?』
「偶然だが、俺の知り合いに、お前のことを知っている奴がいてな。そいつからお前の本名を知ったということだ。黒崎一護というのだが……覚えているか?」
『一護君が!?もしかして……ボクのこと、覚えていてくれていたの!?』
「ああ」
一護の名前を聞いたユウキは、驚きこそしたものの、そこに嫌悪の色は感じられなかった。一護本人は、良かれと思ってやったことが原因で、逆につらい目に遭わせてしまったことを後悔していたが、ユウキはそのことについて、少なくとも一護を恨んでいる様子は無かった。
「あいつはお前のことを、今でも気にかけていたぞ。昔、お前と同じ学校にいた時、お前達を助けようとして、色々と派手に立ち回っていたらしいが……それが逆に、お前等を追い詰めてしまったとな」
『そう、だったんだ……』
一護について聞かされたユウキのスピーカー越しの声からは、嬉しさと悲しみを綯い交ぜにしたような、複雑な心境が伺えた。
『ボクもお姉ちゃんも、一護君のことを恨んでなんていないのに……むしろ、ボク達のことを知っても、友達でいてくれた……それだけで、十分だったんだよ』
「それは本人に言ってやれ。今度ここへ連れて来る予定だからな」
『えっ!?……でも、それって……』
「あいつなら、この程度のことは気にしないだろう。それからもう一人……アレンという同級生も一緒だ。お前が小さいころに通っていた保土ヶ谷の教会で手伝いをしていたという、白髪の外国人だ。覚えているか?」
『アレン君もいるの!?』
当時、一緒の学校に通っていた一護のみならず、教会で顔見知りになったアレンとまで知り合いだという和人の言葉に、ユウキは心底驚いていた。
「ALOのユウキが、紺野木綿季であると確信したのは、一護とアレンの話を聞いたからだ。現実世界における紺野木綿季の名前と、エイズという病気。そして、OSS――『マザーズ・ロザリオ』の名前の由来から、お前がこの病院でメディキュボイドで治療を受けていると推理した」
『……偶然、なんだよね?』
「俺自身も信じられないほどに出来過ぎた話だが、全て偶然の積み重ねによるものだ」
まるで、目には見えない何かの力が働き、二人を巡り合わせようとしているかのようだと、二人には思えた。
「本当なら、一護やアレンも一緒に連れて来るべきだったが……便乗して会いに行く気にはなれなくてな」
「イタチ…………」
「お前がメディキュボイドを使っていることには、もっと前から気付いていた。だが、色々と理由をこじつけて、会いに行くことを拒み続けてきた」
『………………』
「会いに行くべきなのか……会ったところで、一体何を話せば良いのか、何ができるのか……そんなことばかり考えていた。結局のところ、俺はお前から逃げ続けてきたんだ」
前世でサスケにそうしていたようにな、と心中で付け加えながら、独白を口にする和人。その後も自嘲するように、今日この日に見舞いに来た経緯を話した。
「一護が未だにお前のことを気にかけているという話をして、アレンもお前のことを知っていると言っていた。二人やその友人達も、お前の行方を探すことに協力的だったからな……ことここに至って、覚悟を決めるほかに無いと理解した。だが、状況に流されるままにお前に会いに行くべきではないと考えて、先んじてきたということだ。本当に、今更だがな……」
状況に流されるままに木綿季のもとへ行くのではなく、自分の意思で会いに行くことを選んだ和人だが、自身が何をすべきか、その答えが未だはっきりしていない。
(いや、違う……重要なのは、自分が何をしたいのか、だ……)
自分が“すべき”ではなく、“したい”こと。義務や責任、利害といったものを一切排し、和人自身が木綿季に対して何を求めているかが問題なのだ。そして、それを伝えない限りは、状況は何も変わらず……先には進めない。
現実世界で再会を果たした二人だが、その先をどうすれば良いのか分からず、和人も木綿季も、二人揃って黙り込んでしまった。
「桐ケ谷君も、木綿季君も、このまま向かい合うのもなんですから、一度向こう側で話をしてみてはいかがでしょうか?」
気まずい沈黙が場を支配する中、この場にいたもう一人の人物……倉橋医師がそのように提案をしてきた。
「向こう側、とは?」
「そちらのドアの奥には、私がいつも面談に使っているフルダイブ用シートとアミュスフィアが設置されています。アプリ起動ランチャーには、ALOが入っています。向こう側の世界でもう一度……ユウキ君と、イタチ君として会ってみた方が、話せることもあると思いましてね」
倉橋医師から齎された、ALOの中で話してみてはどうかという提案に、和人は成程と得心する。ガラスを隔てて向かい合い、機械を通さなければ会話ができない現実世界よりも、アバターとはいえ面と向かって話し合える仮想世界の方が話しやすいのは間違いない。
加えて、和人も木綿季も経緯は違えど仮想世界には馴染みが深い。現実世界における柵を気にすることなく、常よりもありのままの自分でいられる場所と言える。尤も、和人の場合はありのままの自分というよりも、前世の自分に戻れる場所と呼ぶ方が適切かもしれない。
『倉橋先生、それ名案だよ!』
ともあれ、木綿季も和人がALOに来ることには賛成らしい。和人も頷き、ALOの中で話をすることについて了承の意を示すと、倉橋医師が説明を続けた。
「部屋の鍵は中からかけられますが、時間はに十分ほどでお願いします。色々と手続きが必要なところを、省いていますので……」
「分かりました」
医師として、それを承知で和人にアミュスフィアの使用を許可したのも、木綿季と話をさせることの意味の大きさを、主治医として理解しているからこそなのだろう。和人もそのあたりの事情を察して了承すると、奥のドアへと向かうのだった。
『イタチ、ボクはアルンの展望台にいるからね!ログインしたら、そこで会おう!』
「ああ、少し待っていろ」
早く会いたいとばかりに待ち合わせ場所を指定する木綿季に、和人は短く答える。やはり彼女にとっては、仮想世界で会うのと現実世界でこのような形で会うのとでは、違うのだと思っているのだろう。そんなことを考えながらも、和人はドアをくぐり、そこに置かれた二脚あるリクライニングシートの片方に身体を横たえると、ヘッドレス部分に掛けられたアミュスフィアを装着し、ALOへとダイブしていくのだった。
「待たせたな」
和人と木綿季の現実世界の病室における再会から、モニタルーム奥のアミュスフィアを用いてダイブしてから五分後。アルヴヘイムの中心にある世界樹の頂上にある空中都市、イグドラシル・シティの展望台にて、二人のアバターである猫妖精族のイタチと、闇妖精族であるユウキが向かい合っていた。
「ここで会うのも久しぶりだね、イタチ。けど、意外に早く到着できたね」
「幸いなことに、イグドラシル・シティに宿を取っていたからな。すぐにここに来ることができた」
ユウキがイタチの前から姿を消して以来、イタチはイグドラシル・シティを拠点として活動していた。リズベットやマンタといった生産職プレイヤーの仲間達の多くが店を構えている街であるということもあったが、新生アインクラッドの攻略最前線から距離を置き、やるべきクエストも、他にやりたいことも無かったイタチの足は、無意識の内にこの場所へ向いていたのだ。或いは、ユウキとこうして再会する機会を無意識の内に望んでいたのかもしれない。
「お前こそ、いつの間にイグドラシル・シティに移動していたんだ?」
「えっと…………実は、平日の日中にログインして、アインクラッドの黒鉄宮から移動してたから……」
視線を泳がせ、苦笑いを浮かべながら移動の経緯を話すユウキ。対して、それを聞いたイタチは、ユウキに非難の視線を送っていた。
「……入院中とはいえ、お前も一応中学・高校の学習カリキュラムを受けていると聞いているぞ」
「うぅ……き、きちんと受けてるよ!ALOには、ちょっと休み時間にログインしたぐらいで……」
「アインクラッドとイグドラシル・シティとでは、かなりの距離があると思うがな」
アルヴヘイム上空を移動しているアインクラッドは、周回している地点にもよるが、世界樹の頂点に存在するイグドラシル・シティに到達するには、単純な飛行時間だけでも二十分はかかる。途中で遭遇するモンスターとの戦闘も加味すれば、時間はさらにかかる。
「そ、そうだ!昼休みに移動したんだよ!」
「…………」
「ほ、本当だよ!」
かなり必死になって言い訳をするユウキだが、誰がどう見てもバレバレである。イタチも当然それを分かっているため、ユウキに対して変わらぬ冷ややかな視線を送っていた。
「……いけないことだっていうのは分かってたけどさ。皆と顔を合わせる勇気が持てなくて……けどもう一度、イタチに会いたくて、ここに来たんだ」
「…………そうか」
申し訳なさそうに密かにこの場へ移動した経緯を話すユウキに、イタチはそれ以上咎めるような真似はしなかった。一方的に仲間達との繋がりを断ち切ったユウキだったが、ユウキなりにその行為を後悔していたのだ。平日の日中にログインしたと言っていたが、譬え時間帯をずらしても知人と遭遇する可能性は皆無ではない。イタチと初めて出会ったこの場所へ来るだけでも、心の準備ができていなかったユウキには精一杯の行為だったのだろう。
「……結局、考えることは同じということか」
「えっ!それって、もしかしてイタチも……」
「……まあ、そういうことだ」
それだけで、イタチの言わんとしたこと……その内心を理解できたのだろう。ユウキの表情が、若干明るくなった。
「それより、時間も限られているんだ。色々と話しておくことがあるんじゃないか?」
「そ、そうだった……ね」
仮想世界に来て距離が近くなったことで、互いにある程度緊張がほぐれ、話しやすくなったとはいえ、改めて現実世界で話せなかったことを話すとなると、何を話せば良いのか分からなくなる。このままでは、また互いに黙り込んだまま時間を無為に過ごしてしまう。それだけは避けなければと考えたユウキが、今度は先に口を開いた。
「イタチは、ボクや家族のことも、一護君や倉橋先生から聞いて結構知ってるみたいだけど……どこまで聞いたの?」
「全て聞いた」
確認するように問い掛けたユウキに対し、イタチはただ短くそう答えた。
「お前がHIVウイルスに感染した経緯……お前と、お前の姉である藍子が生まれた時の帝王切開のことに始まり……その後、一護と同じ学校に通っていた時にキャリアであることが知られて転校を余儀なくされたこと……そして、発病に至ったこともな」
そしてその後、ユウキの両親に続き、姉である藍子までもが亡くなった。それは、イタチもここに来る前にある程度予想していたことであり、先程の倉橋医師との話の際に確認したことだった。しかし、イタチは敢えてそれを口にはしなかった。イタチがユウキの事情を全て知っていることは既に伝えているのだから、わざわざ身内の不幸まで口にすることはないと考えたからだ。
「……やっぱり凄いね、イタチは」
「ユウキ……」
「出会った時から、ボクの事情についても、全部お見通しだったんだもん。けど、それを知っていたのに、ボクを遠ざけようとも、同情しようともせずに、普通に接してくれて……友達のままでいてくれた。イタチみたいな人、シウネー達以外では、一護君以来……今まで会ったことなかったよ」
「同じ境遇の人間同士なら、話は別か?」
「あっ……やっぱり、シウネー達のことも知ってたの?」
「お前のことが分かれば、仲間であるシウネー達も同様の立場にあるであろうことは容易に想像できる。何より、アインクラッドの一パーティーによるフロアボス攻略に懸ける情熱もお前と同じだけのものを感じたからな」
「……本当に、何もかもお見通しなんだね」
イタチを前に隠し事など、一切出来はしないのだと理解したユウキは、観念した様子で全てを話すことにした。
「イタチももう察しがついていると思うけど、ボク達スリーピング・ナイツは、もうすぐ解散するんだ。余命が、長くてもあと三か月って告知されているメンバーが二人いてね……だから、どうしても最後の思い出を残すために、あのフロアボス攻略を成し遂げたかったんだ」
「あの黒鉄宮にある剣士の碑……そこに刻まれた名前を、お前達が生きた証にしようと思ったということか」
依頼を受けた時から、ユウキ達がどんな思いでこれに挑戦していたのかが、イタチには分かっていたのだろう。それはユウキも同じであり、イタチに真意を当てられたことに驚くこともなく、首肯した。
「あの大きなモニュメントに、ボクたちがここにいたよ、っていう証を残したかったんだ。でも、ボク達だけでやろうとすると、思った以上に上手くいかなくて……それで、誰かに手伝ってもらおうっていうことになったんだ」
「反対は無かったのか?」
「勿論、あったよ。もしボク達のことをその人に知られたら、きっとその人に迷惑を掛けちゃうし……嫌な思いもさせちゃうからね」
ユウキやスリーピング・ナイツのメンバーの内心には、事情を知った相手を不愉快にしてしまう可能性だけでなく、自分達の事情を知られてしまうことに対する恐れもあったのだろうと、イタチは思った。特にユウキに関しては、病気を理由に迫害された末に、転校を余儀なくされたのだ。他の面々も同じような目に遭っているとすれば、仮想世界の中とはいえ安易に繋がりを持つことも儘ならなかった筈だ。
そういう意味では、ユウキ達はイタチのことを心から信頼してくれていたのだろう。だからこそ、イタチはユウキが先程口にした言葉を否定しなければならないと感じた。
「俺はお前達のことを不快に思ったことも、迷惑だと感じたことも、一切無い。でなければ、進んで会いに来たいなどとは思わない」
「イタチ……」
「尤も、剣士の碑の前で、涙を流しながら一方的に姿を消された時のことについては、こちらとしても思うところがあるがな」
「うぅ……っ」
イタチにジト目で睨まれ、涙目で委縮するユウキ。隠し事を非難するつもりは毛頭無いが、あんな形で姿を消して心配を掛けるような真似はしないで欲しいというのが、イタチの主張だった。尤も、仲間に黙って散々無茶をしでかして、死にかけたことすらあったイタチである。ユウキのことを言えた義理ではなく……イタチを知る者が聞けば、激しく突っ込みを入れたことだろう。
「だが、お前もお前なりに思うところがあり、反省もしているようだからな。俺としてはこれ以上、このことについて理由を詮索するつもりは無い」
「……心配かけさせてごめんね、イタチ。けど、もう全部話すよ」
ユウキの抱える事情を知るに至ったとはいえ、その内心にまで踏み込むことは躊躇われるとイタチは考えていた。しかしユウキは、今まで深入りされることを忌避していた……誰にも触れさせることの無かった内心を、自分から明かすと言ってきた。
「良いのか?」
「うん。イタチには全部知ってもらいたいんだ。ボクが、君と一緒にいる中で、何を思っていたのかも……」
これまでイタチに語ることの無かった、ユウキが秘めてきた本心。恐らくは、スリーピング・ナイツのメンバーであるシウネー達にすら明かしたことは無いだろうそれを、自分から話してくれるという。イタチに心配を掛けてしまったことに対する詫びも兼ねているのだろうが、イタチのことを心から信頼しているからこそだろう。
ここから先は、覚悟が無ければ聞いてはいけない。そう考えたイタチは、佇まいを直して向き直った。
「イタチと初めて会った時、デュエルをしたよね。その時ね……実はボク、本当に驚いたんだ」
「メディキュボイドを長期間使っているお前と対等に戦えるプレイヤーは、かなり少なかっただろうからな」
「そうだね。ALOは始めたばっかりで、そんなにたくさんのプレイヤーの人達と戦ったことは少なかったけど、他のVRゲームでは、大概強い方だったからね、ボク達は。けれど、スリーピング・ナイツのメンバーの中では、ボクより強かったのは一人だけ……姉ちゃんだけだったからさ」
「藍子……いや、ランか……」
「姉ちゃんのプレイヤーネームも知ってたんだね」
「先程、倉橋先生から聞かされた。だが、同じ名前のプレイヤーに、伝説級武器をプレゼントしたあたりから、予想はしていた」
「あ、やっぱりバレてたんだ……」
イタチが言っているのは、エクスキャリバー獲得クエストにおいて、ユウキが雷神トールより入手した雷拳『ヤールングレイプル』を、メンバーとして加わっていた、リーファの親友にしてコナンの幼馴染である、ランに譲渡した時のことである。当時のパーティーメンバーや、スリーピング・ナイツのメンバーの中で、体術主体の戦闘スタイルだったのがラン一人だけだったからという理由もあったのだろうが、『ラン』という名前に何か思うところがあったのだろうと、イタチは考えていたのだ。
「半ば勘に近いものだったがな」
「いや、鋭すぎると思うよ、イタチの勘は。まあ、イタチ相手に隠し事はできないってことかな。ボクがここにいたことも、すぐに突き止めちゃったしね。それに……ボクが本当に姉ちゃんだって思っている人のことも、分かっているんじゃないかな?」
そこまで言われて、ユウキが自分に対して何を思っていたのか、イタチは確信した。ユウキもまた、それを確信したのだろう。やや気まずそうに苦笑いを浮かべながら、話を続けた。
「もう分かっていると思うけど……イタチと一緒に過ごす内に、姉ちゃんのことを思い出してね。最初は、凄く強いプレイヤーっていう印象しかなかったんだ。見た目も性格も、特に姉ちゃんに似ていたっていうわけじゃなかったしね……」
「………………」
「けれど、何度か会っていく内に、姉ちゃんとどことなく似ているって気がしてきてね。ボクより強いだけじゃなくって……物静かだけど、とても優しくて……いつも、遠くからボクのことを見ていてくれるところとか。けど、決定的だったのは、あの時……イタチが、『マザーズ・ロザリオ』を使った時だったな」
イタチが思い出すのは、ユウキの使った『マザーズ・ロザリオ』を新規のOSSとして登録した時のこと。他人のOSSを幾度かコピーした経験があると言った際に、ものは試しとユウキのOSSである『マザーズ・ロザリオ』を披露してもらい、それを完璧に再現して見せたのだ。今思い出してみれば、あの時のユウキの反応は、自身のOSSを再現されたことに対する驚きだけでなく――――――何かを懐古し、喜色を浮かべていたように思われる。
「あの時ね……ボク、本当に嬉しかったんだ。ボクよりも強い……それも、姉ちゃんにどことなく似ているって思っていたイタチが、姉ちゃんの技を使ってくれたから……」
「……『マザーズ・ロザリオ』は、藍子が考案した技だったのか?」
「うん。本当なら、あの技は姉ちゃんが使う筈のものだったんだ。けれど、OSSが実装化する前に、姉ちゃんはいなくなっちゃって……」
藍子の話をするユウキの表情は若干曇っていた。話すと決めたとはいえ、唯一の肉親だった姉を失った過去を打ち明けるのは、やはり辛いものがあるのだろう。無理をするなと言って話を終わらせることもできるが、それはユウキの覚悟を無にすることに他ならない。イタチは口を挟むこともなく、真剣な表情のまま、ユウキの話を聞いていた。
「だから、OSSが実装化された時には、必死で『マザーズ・ロザリオ』を完成させようと頑張ったんだ。あの技は、ボクと姉ちゃんの思い出で……姉ちゃんがいたっていう、確かな証だったからさ」
「お前達が剣士の碑に刻み込んだ名前と同じ、ということか」
「……そういうことだね」
藍子にとっての『マザーズ・ロザリオ』然り。ユウキとスリーピング・ナイツにとっての『剣士の碑』然り。自分や自分にとって親しい人間がいなくなろうとした時には、何らかの形で生きた証をこの世に残したいと考えるものである。
桐ケ谷和人の前世であるうちはイタチにしても、それは同じこと。自分自身をはじめ、家族と一族といった多くを犠牲にしてでも、弟であるサスケを生き残らせようとした。尤も、イタチにとってのサスケは、自身が生きた証としてではなく、偏に家族として愛していたからこそ守ろうとしたのだ。その点では、事情は異なるのだが……それでも、死に直面した時に、自分に何ができるか、或いはするべきかについて必死になって考える姿勢は、イタチにも理解できるものだった。
「こんなに楽しい時間を過ごせたのは、久しぶりだったよ。スリーピング・ナイツの皆と……それに、姉ちゃんと一緒にいるみたいで……本当に、楽しかった」
儚げな笑みを浮かべながら話すユウキの目には、薄っすらと涙が浮かんでいた。今彼女の脳裏には、様々な思い出が蘇っていることだろう。
イタチや、イタチの仲間であるアスナ達と過ごしたエクスキャリバー獲得クエストのこと――――――
イタチを七人目のメンバーとして加えたスリーピング・ナイツの一パーティーで成し遂げた、アインクラッドフロアボス攻略のこと――――――
そして、姉である藍子ことランと数多のVRワールドを旅してきたこと――――――
そして、それはユウキだけではなく、イタチの心中にも、彼女が想起している光景が浮かび上がっていた。流石にユウキと出会う以前の、スリーピング・ナイツのメンバーとの思い出までは分からない。だが、彼女と出会い、短い間ながらも共に冒険をしてきた思い出は鮮明に残っていた。何故ならば、一緒にいられて楽しかったと感じたのはユウキだけでなく……イタチもまた、同じ思いだったからだ。
イタチ自身、明確に意識したことは無かったが、ユウキのことを仲間として大切に思っていたのだ。でなければ、病院まで会いに来ようなどとは思わない。ことここに至って、今更ながらイタチはそのことを自覚した。
「イタチ……」
ふと、感慨に耽っていたイタチのもとへと歩み寄ったユウキが、その胴に腕を回して抱き着いた。自身より身長の高いイタチの胸に顔を埋め、強くその身体を抱きしめた。
「いけないことだって、本当は分かってた……けど、イタチと一緒にいて思い出すのは、姉ちゃんのことだった……」
「………………」
涙ながらに話すユウキは、震えていた。それを感じたイタチもまた、ユウキの背中に手を回して、そっと抱きしめ返した。
「姉ちゃんのこと、大好きだった。けど、姉ちゃんはどこにもいなくて……でも、イタチは姉ちゃんじゃなくて……」
その後にユウキの口から紡がれた言葉は、言葉にならなかった。しかし、断片的ながらもイタチにはその意味が分かった。
先程ユウキが口にしていた、余命三カ月を宣告されたメンバーの一人は、ユウキだったのだ。そして、残り少ない人生を精一杯、仲間達と楽しく生きて、自分達の生きた証と思い出を残そうとしていた。だが、ユウキとてまだ十五歳の少女である。死ぬことが恐ろしくない筈が無いし、残された時間をどう使えば良いのかもまるで分からず、仲間達にも打ち明けられない不安を抱え続けていたのだ。そして、自身にとって大きな支えであった姉の藍子を失った頃から、ユウキの精神も限界が近づいていた。
そんな中で出会ったのが、イタチだったのだ。自分を支えてくれる存在に渇望していたユウキは、藍子のように強く、本来ならば彼女が習得する筈だった『マザーズ・ロザリオ』を会得して見せたイタチに、姉の面影を強く意識した。
だが、それは許されざることである。イタチは藍子――ランではないのだ。不安に押し潰されそうな自分の心を支えてくれる拠り所が欲しいと言う、自分勝手なりそうをイタチに押し付けることはできないし、それはイタチと藍子の二人に対する侮辱である。譬えイタチ当人や、もうこの世にはいない藍子が許したとしても、ユウキ自身が許せない。
「ユウキ……もう、良い」
泣きじゃくるユウキの頭を撫でながら、イタチはそう呼び掛けた。その心中には、忸怩たる思いがあった。これ程までに苦しんでいたユウキに対し、自身は何故もっと早く救いの手を差し伸べようとしなかったのかと。ユウキが誰にも打ち明けられない何かを抱えていたことには、現実世界の事情をある程度察知していた自分ならば、いくらでも気付くきっかけはあったのだ。にも関わらず、ユウキが助けを求めないのならばと、必要以上に干渉することには消極的だった。そしてその結果が、これである。これでは、仲間などとは言えない。ならばせめて、今からでも自分にできることを……やらねばならないと思うことをしようと、イタチは決めた。
「お前が俺をどう思っていたとしても、俺はそれを気にするつもりは無い。尤も、どんなに努力したとしても……お前の姉の、藍子のようにはなれないだろうがな」
どう思われていても構わないというイタチの言葉に、腕の中のユウキの身体から僅かながら緊張が抜けたように思えた。そしてそのまま、イタチは言葉を重ねていく。
「だが、喜びだけでなく……不安を分かち合うのも、仲間だ。助けて欲しいと……支えて欲しいと言うのなら、いくらでも助けるし、支えてやる。だから、一人で背負い込むな。俺やシウネー達スリーピングナイツのメンバーを……仲間を忘れるな」
「イタチ……イタチぃっ……!!」
前世においては、勃発した忍界大戦の中で一人突っ走ろうとするナルトにも掛けた言葉である。そしてそれは、今のユウキの心にも確かに届いたらしく……イタチの胸に顔を埋めたまま、大声を上げて泣きだした。心の中に溜め込んだ不安を全て吐き出すように泣き続けるユウキを、イタチはそっと優しく抱き留めていたのだった――――――
「イタチ、ありがと……」
「気にするな」
それからしばらく、イタチに胸を借りて泣き続けたユウキも、ようやく落ち着いたらしい。イタチに対する感謝を口にするとともに、ゆっくりと離れていった。その顔は、泣きはらした所為と、子供のように泣いてしまったことによる羞恥で赤く染まっていたが。
「けど、少し気が楽になったよ。正直、イタチのことも、姉ちゃんのことも、整理がついていないけど……でも、なんとなく、大丈夫な気がしてきたよ」
「そうか」
何が大丈夫なのかは分からないが、ユウキの心を蝕んでいた重圧を少しは取り除けたことは確からしい。イタチに向けるその笑みには、最初に出会った時のような明るさが戻っていた。
「イタチだけじゃなくて、シウネーとか、いろんな人に心配をかけちゃったよね……後でメールで連絡をして、その後ALOで謝るよ」
「そうしておけ。それと、『絶拳』ことマコトが、お前に会いたがっていたぞ。早くデュエルをしてやれ」
「うげぇ……それ、本当にやらなきゃ駄目?」
「駄目だ」
そんな他愛の無い会話を通して、イタチはユウキの精神がある程度まで立ち直っていることを確認し、内心で微笑ましく感じているのだった。
そして、それと同時に改めて決意する。自身が抱える事情と内心について、包み隠さず話してくれたユウキに、自分も応えることを――――――
「ユウキ、俺からも、お前に話したいことがある」
「イタチ……?」
真剣な表情で向き直るイタチに、ユウキは一体何なのだろうと、不思議そうな表情を浮かべる。一方のイタチは、傍から見た限りではいつもと変わらない佇まいだが、内心では若干緊張していた。桐ケ谷和人に転生してから、自身の真実を話すのは四度目になるとはいえ、やはり慣れないものなのだ。
「俺には、桐ケ谷和人としての記憶以外に、もう一つの……前世の記憶がある。木の葉隠れの忍、うちはイタチ……それが、前世の俺の名前だ」
そしてこの日、うちはイタチの転生者、桐ケ谷和人の真実を知る仲間が、また一人増えたのだった――――――