ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版-   作:鈴神

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第百十七話 繋いだその手が、いつか離れそうでも

 

「………………っはぁぁああああ!!」

 

先に仕掛けたのは、アスナだった。持ち前の敏捷を最大限に発揮し、一気に最大速度に達し、イタチの懐へと飛び込む。その速度、まさしく『閃光』の如し。イタチに剣が届く距離に入るや、ソードスキル発動の構えをとり、二連撃細剣ソードスキル『パラレル・スティング』を繰り出す。

対するイタチは、アスナが開始早々に距離を詰めて来ることを予想していたのだろう。動じることなく迎撃態勢をとり、片手剣を構える。そして、アスナが『パラレル・スティング』を発動したのとほぼ同じタイミングで片手剣ソードスキル『ホリゾンタル』を発動。正面からほぼ同時に繰り出される二発の刺突を横薙ぎの一撃でいずれも弾いた。

 

「くっ……!」

 

ソードスキル同士の衝突によるノックバックで、アスナの態勢が崩れかける。イタチのことだから、このくらいの攻撃は容易くいなすだろうと予想はしていたが、回避でなくまさかの迎撃に出るとは思わなかった。しかも、全速力で放ったソードスキルがこうも簡単に弾かれるとは、完全に予想外だった。

イタチでも反応し切れない速度で攻撃を仕掛け、回避された場合には即座に離脱できるようにと下位ソードスキルを発動したのだが、それは無意味だったと言わざるを得ない。

 

「え………………っ!」

 

しかも、アスナにとっての予想外の展開はまだ続く。ソードスキルを弾かれたことで、一度距離を開けようと考えたその時――――――アスナの視界が“黒”で埋め尽くされた。

 

「ぐぅっ……!」

 

突然の事態に反応が遅れたアスナを襲う、頭部の衝撃。ぐらりと視界が揺れる中、正面へと視線を向けると、そこにはイタチの姿があった。その背中には、翅が展開されている。

 

(まさか、翅をそんな手段に使うなんて……)

 

それを見たことで、先程イタチが仕掛けた攻撃の正体もすぐに分かった。イタチはソードスキルの衝突後、技後硬直が発生するまえに翅を広げ、ノックバックによってよろめいていたアスナへと加速をつけて突撃し、頭突きを食らわせたのだ。スピードに定評のあるアスナへ攻撃を当てるのに適した、想定外の方法による奇襲。頭部への衝撃のあまり、手放しそうになる細剣の柄を強く握り直し、イタチ目掛けて反撃を仕掛けようとする。だが……

 

「なっ……!」

 

アスナの目の前には、五人のイタチの姿があった。アスナがそれを視認するや、五人のイタチは一斉にアスナへ向けて剣を手に襲い掛かった。

 

「くっ……!」

 

次々に迫るイタチの刃を防御しようとするが、最初の二人の件はアスナの細剣をすり抜けた。そして、先の二人の剣を防御しようとしたことで反応が遅れた、三人目のイタチが繰り出した刃が、アスナの脇腹を斬り付けた。

イタチがスプリガンの『サスケ』を操っていた頃から愛用している、幻属性の分身魔法『シャドー・フェイク』である。下位魔法のため、影妖精族のスプリガンでなくても使用可能な魔法で、詠唱も短いため、イタチが普段から好んで使っている魔法だった。恐らくは、先程アスナが頭突きを受けてよろめいた隙に詠唱を完了させたのだろう。

作り出された四人分の幻影は実体を持たないため、ダメージを与えることはできない。しかし、表面上は本体と全く変わらないので、すぐには見分けがつかない。しかも、分身が死角を作り出すので、分身越しに不可避な攻撃を仕掛けることも可能なのだ。

ましてやイタチの前世は、幻術のスペシャリストたるうちはイタチである。前世の戦いでこの手の幻術に使い慣れているイタチの猛攻は凄まじく、不可避なタイミングで急所を適確に狙い、カウンターも狙えない程の速度で離脱するのだ。

頭突きによる奇襲に始まり、隙を見逃さず幻影魔法を発動し、容赦なく畳みかける。常に相手の心理の裏を掻き、不意を突く戦術。それはまるで、“忍者”のようだった。

 

(成程……これが、“忍”の戦い方ってことね)

 

アスナは知らなかったが、SAO事件当時のPvPにおいて、イタチがこのような戦法を取らず、正攻法の戦いで臨んでいたのには、理由があった。それは、自身の力を誇示するためではなく、攻略組として十分な能力を持っていると周囲に認識させるためである。ビーターの悪名を背負う関係上、敵の多かったイタチは、攻略組の中でその存在を認めさせるためには、純粋に“剣士”として強いことを示す必要があったのだ。イタチが手段を選ばない、一切の容赦をしない“忍”として戦闘に臨んでいた相手は、レッドプレイヤーだけだった。

そして今回、イタチはアスナを相手に“忍”として戦いに臨んでいる。それは、アスナに是が非でも勝とうとしているからに他ならず……イタチがアスナに対して真剣に向き合い、母娘の問題の解決に尽力しようとしていることの証左でもあった。

 

(けど……私だって!)

 

イタチがあらゆる意味で本気でぶつかってきている以上、アスナとて負けるつもりは無かった。半ば流される形で臨んだこのデュエル。イタチが相手では勝敗など最初から分かり切っていたつもりだが……今のアスナにとって、そんなことは些末事と化していた。

容赦の無い猛攻を繰り広げるイタチに対し、反撃に転じるべく、細剣による防御をしながら呪文の詠唱を開始する。そして、詠唱が完了するのとほぼ同時に――――翅を広げて空中へと飛び上がった。

 

(ここ!)

 

地上に立っている、イタチ全ての位置を把握するのと同時に、魔法を発動させる。すると、アスナが地上に向けて翳した左手の手の平から粘着質な液体が放たれ、地面に命中し、半径十メートルほどの空間に、一気に広がった。水妖精族のウンディーネが得意とする水属性魔法『スティッキー・プール』である。

発動地点から半径十メートルの区域の地面に粘着質な水たまりを発生させ、敵の動きを封じる捕縛魔法であり、地上で活動する敏捷性に優れたモンスターやプレイヤーに対して多大な効果を発揮する。アスナが発動したそれは、イタチを効果範囲に捉えることに成功したらしく、本体・分身を含めた五人のイタチはその動きを完全に停止させた。それと同時に、『シャドー・フェイク』の効果時間も切れたのだろう。五人いる内、四人のイタチの姿がかき消えた。

 

「そこっ!」

 

イタチの本体を捉えることができたことで、一気に攻めに転じようとするアスナ。幸いなことに、今のイタチは身動きがとれない状態にあり、強力な攻撃を当てるチャンスでもある。一撃で止めを刺すべく、細剣の上位ソードスキル『フラッシング・ペネトレイター』を発動しようとする。

そして地上目掛けて急降下しようとした……その時だった。アスナが標的として捉えていた地上のイタチが、「ポンッ」という音と共に煙を上げ、その場から姿を消したのだ。

 

「えっ……!?」

 

正確には、消えたわけではなかった。イタチが煙を上げて姿を消したその後には、一匹のアナグマのような姿のモンスターがいた。一体、何がどうなっているのか……しかし、そんなことを考えている暇は、アスナには与えられなかった

 

「はっ……!!」

 

背後から迫る強烈な殺気に、アスナは身を翻す。背後を見てみても、そこには何の姿も確認できなかった。しかし次の瞬間、先程まで自身のいた場所を、ソードスキルのライトエフェクトと同じ、青い閃光が凄まじい速度で横切った。

 

「ぐぅっ!」

 

直撃は避けられたものの、完全には避け切れず、閃光が掠めたのであろう腹部には、赤いダメージエフェクトが浮かんでいた。

一体、何が起こったのかと、先行が通り過ぎた場所を見てみると、そこには先程まで姿が見えなかった筈のイタチが地面に着地していた。

 

(成程……そういうこと、なのね……)

 

予想外の出来事の連続ではあったものの、自身の身に何が起こったのか、アスナにはすぐに理解できた。

『シャドー・フェイク』の分身による陽動でアスナの注意を逸らしている間に、イタチはテイムを得手とするケットシーのスキルを使って、先程のアナグマのようなモンスターを呼び出したのだろう。そして自身の姿を模して化けさせ、それを分身の中に紛れ込ませることで、本体の囮として使ったのだ。

さらにイタチは、アスナが『スティッキー・プール』を使うことを予見して、不可視化の幻属性魔法を自身にかけて先に空中へと退避。予想通りに続けて上空に飛び上がったアスナの背後を取り、片手剣上位ソードスキル『ヴォーパル・ストライク』を発動したのだ。

 

(今のは危なかったわ……けど、外したのが運の尽きよ、イタチ君!)

 

『ヴォーパル・ストライク』を外したイタチは、先程アスナが唱えた『スティッキー・プール』の効果範囲に着地しており、身動きが取れない状態にあり……上空にいるアスナからしてみれば、恰好の的だった。アスナを仕留める好機を逃したイタチは、今度は一気に窮地へ立たされたのだ。

 

「これで、終わりよ!」

 

そう宣言し、地上で身動きがとれずにいるイタチ目掛けて、先程発動に失敗した『フラッシング・ペネトレイター』を再度見舞おうとする。今度こそ勝ったと思ったアスナが発動しようとした必殺の一撃は………………しかし、またしても失敗に終わった。

 

「きゃぁぁああっ!」

 

突如として、アスナが浮遊している空中に、電光と雷鳴が迸った。それらは、ただのライトエフェクトやサウンドエフェクトではなく、電光に触れたアスナのアバターに赤いダメージエフェクトを刻み、HPを著しく削っていた。電光には麻痺効果もあったらしく、身体の自由が利かなくなったアスナは、そのまま地上へと不時着した。

今度は何だと、先程まで自身が浮遊していた空中へと視線を向ける。するとそこには、黒い雲のような姿をしたモンスターが空中に漂っていた。その身体からは、バチバチと音を立てながら電光を放っていた。

 

(まさか……あれもテイムモンスター!?イタチ君は、ここまでの展開すら予想していたっていうの!?)

 

テイムに優れた猫妖精族のケットシーが習得できるスキルの中には、『式神』と呼ばれる下級モンスターを召喚して短時間ながら使役する能力がある。イタチはこのスキルを使用して、先程の自身の姿をもして化けさせていたアナグマ型モンスターのほかに、雷雲型のモンスターを召喚していたのだ。

先程のように、アスナが『ヴォーパル・ストライク』の直撃を回避した場合には、今度はイタチが窮地に立たされることとなる。その展開を予見していたイタチは、アスナが空中に止まってイタチに止めを刺そうとするタイミングで電撃を放つように命令を出していたのだ。結果、イタチに集中していたアスナは雷雲型モンスターの電撃が背中を直撃し、ダメージに加えて麻痺に陥ったのだった。

 

(まずい……!)

 

イタチの動きを封じている『スティッキー・プール』の持続時間は、もうじき切れる。対してアスナは、電撃による麻痺を受けたばかりである。麻痺した姿を晒せば、どうぞ攻撃してくださいと言うことと同義である以上、早急に麻痺から復帰しなければならない。

「早く解けろ」と身体を必死に動かそうとするアスナだが、麻痺は未だに継続している。水妖精族であるウンディーネは、雷属性の魔法やソードスキルには弱いのだから、ダメージ量やそれに伴う麻痺の持続時間は他の種族よりも多い。

しかし、そうこうしている内に『スティッキー・プール』の効果は切れ、地面に張り巡らされた粘着性のトラップは、全て消えていた。

 

(動け!動け!動けっ!!)

 

『スティッキー・プール』が解けると同時に立ち上がり、アスナの方へと振り向くイタチ。一方のアスナは、未だに電撃による麻痺が残っているために、動きが取れずにいた。このままでは、敗北は必定。しかし、イタチには麻痺よ早く抜けろと心の中で唱えるしかできなかった。

だが、アスナの麻痺が抜けるよりも、イタチの動きの方が早かった。ここで勝負を決めるつもりなのだろう。片手剣ソードスキル『ソニックリープ』を発動し、システムアシストの力を借りた拘束の突進とともに、上段から剣を振り下ろす。狙いはアスナの頭であり、直撃すればHP全損は免れない角度だった。

 

「っ……は、あぁぁああっ!!」

 

「!」

 

イタチの刃がアスナ前髪に触れるのではという距離にせまったその時――――――アスナの動きを封じていた麻痺が、解けた。

視界端に映る自身のHPバーに付いた麻痺のアイコンが消滅したことを確認したアスナは、瞬時にソードスキル『リニア―』を発動させた。細剣の基本スキルだが、アスナ程の使い手が放つとなれば、速度も威力も桁違いである。

そして、アスナが放った『リニアー』は、イタチの『ソニックリープ』を正面から間一髪で弾き返すことに成功するのだった。

 

「う、ぉぉおおお!!」

 

イタチが発動したソードスキルの防衛に成功したアスナは、即座に攻勢に移った。幻属性魔法と使い魔を駆使して戦うイタチを相手するには、距離を詰めて魔法やアイテムを使用する暇を与えない猛攻を仕掛けるほかない。

そう考えたアスナは、『閃光』の名に恥じない、目にも止まらぬ苛烈な刺突・斬撃を繰り出していく。しかし、作戦に失敗したイタチは、それを引きずる様子など全く無く、常の冷静な表情のまま、紙一重でそれらを回避していく。

ソードスキルを発動すれば、システムアシストによって速度と威力が上乗せされた攻撃ができる。しかし、ソードスキル制作に携わったイタチが相手では、致命的な隙を作りかねない。勝ちに行くのならば、その意表を突くような、妙手と呼べる攻撃を繰り出さねばならない。そう、かつてSAO事件の最後の戦いにおいて、イタチがヒースクリフこと茅場晶彦相手に繰り出したような……

 

(そうだ……あの攻撃なら!)

 

ふと、アスナの頭にある考えが浮かんだ。かつてのSAO事件の最終決戦においてイタチが相手の隙を作り出すために使ったあの技ならば、イタチに届くかもしれない。

どの道、このままでは戦況は膠着したまま動かず、いずれはこちらが窮地に立たされる展開が見えている。ならばこの場で、一か八かの賭けに出た方が、まだ勝ち目はあるというもの。そう考えたアスナに、もはや躊躇いは無かった。

 

「やぁぁぁあああ!!」

 

「!!」

 

ソードスキル抜きの剣技を繰り出していたアスナの握る細剣に、青いライトエフェクトが宿る。いきなりのソードスキル発動に、イタチも僅かに目を見開く。

 

(よし、このタイミングで……!)

 

イタチの反応に、アスナは不意を突くことに成功したことを確信する。イタチが相手では、恐らくはこれが最後のチャンス。そう考えたアスナは、思い付いた作戦の通り、自作のOSS『スターリィ・ティアー』を発動する。

対するイタチもまた、アスナの攻撃に対処すべく片手剣ソードスキル『ファントム・レイブ』を発動し、繰り出される刺突を迎え撃つ。

正面から切り結ぶ、アスナとイタチが繰り出す細剣の刺突と、片手剣の斬撃。ソードスキル同士の衝突は、周囲の空気を震わせる程の激しい余波を発生させた。しかも、ぶつかり合っているのは、OSSと上位ソードスキルであるだけに、衝撃の大きさも一入だった。

しかし、互角に思えるソードスキルのぶつかり合いは、しかしイタチに分があった。何故なら、アスナの『スターリィ・ティアー』が五連撃なのに対し、イタチの『ファントム・レイブ』は六連撃。アスナの初動モーションだけで発動する技の正体を見切ったイタチは、それ以上のそれ以上の連撃のソードスキルを発動していたのだ。互いに繰り出す攻撃が互角のままでは、アスナには六連撃目を防ぐ手立てが無い。

 

「終わりです」

 

そして、五連撃目の刺突・斬撃が相殺された時。イタチの宣言と共に、六連撃目がアスナへと振り下ろされた。至近距離で袈裟懸けに斬り下ろされる一撃はアスナのHPを全損に追い込むには十分であり、技後のアスナには回避する手立てが無い。

イタチの言った通り、最早これまで……その場にいた誰もがそう思った、その時だった。

 

「てい、やぁあああっ!」

 

「な……っ!」

 

「「!!」」

 

イタチですら予想できなかった事態が、再び発生する。気合の籠った掛け声と共に、アスナの“左手”に光が迸ったのだ。それは、ソードスキル発動のライトエフェクトに他ならない。

イタチが振り下ろした刃目掛けて、アスナの手刀による刺突が――体術系ソードスキル『エンブレイサー』が放たれた。

 

「ぐっ……!」

 

「くぅうっ……!」

 

ソードスキル同士の衝突で発生した衝撃が、イタチとアスナの両方へと発生する。イタチは片手剣を弾かれたのみだったが、アスナは左手の中指から小指にかけての部分が消失してしまっていた。

 

(一か八かの賭けだったけど……上手くいったわ!)

 

五連撃OSS『スターリィ・ティアー』に続けて、体術スキル『エンブレイサー』をシステム外スキル『スキルコネクト』によって放つ。これこそが、アスナの真の狙いだった。

イタチの十八番であるスキルコネクトは、SAO時代からアスナをはじめとした一部の攻略組も習得を試みていた。しかし、実戦で使用できるレベルまで習得できた攻略組のプレイヤーは、五人にも満たなかった。アスナもまた、練習の中で幾度か成功させることはできていたが、実戦で使用できるレベルに達することができなかったプレイヤーの一人だった。故に、この場で発動できるかはアスナ本人にとってすら未知数の賭けであり、成功したのはある意味奇跡でもあった。

 

(けど、私の本当の狙い、ここから……!)

 

イタチの『ファントム・レイブ』を全て防ぎ切ったアスナだが、守るだけでは終わらない。千載一遇とも呼べるこのチャンスを活かして勝利をもぎ取るべく、最後の一手の発動を試みた。

 

「はぁぁあああ!!」

 

「まさか……!」

 

イタチの赤い双眸が、さらなる驚愕に見開かれる。アスナの右手に握る細剣から、“再び”光が迸ったのだ。それは、ソードスキル発動に伴うライトエフェクトに他ならない。細剣上位ソードスキル――『スター・スプラッシュ』の発動である。

そう、アスナの最後の賭けとは、スキルコネクトによる三つ目のソードスキルの発動だった。ただでさえ成功率の低いスキルコネクトを、一度でも難しいところを、二度も成功させたのだ。それは最早、奇跡にも等しい確率だった。

ともあれ、これで形成は逆転した。イタチが持っている武器は、右手に握る片手剣のみ。左手でスキルコネクトを発動させたとしても、体術系ソードスキルは単発から二連撃の技がほとんどである。八連撃の『スター・スプラッシュ』を相殺するには足りない。体術から片手剣へのスキルコネクトを発動させたとしても、スキルコネクトを行う際には僅かにタイムラグが生じる。ほんの僅かな隙ではあるが……『閃光』の二つ名を冠するアスナが相手では、迎撃するよりも先にアスナの刺突が届く方が速い。

 

「こ、れ、で……最後だぁぁああ!!」

 

イタチを相手に非常に分の悪い賭けに臨んだ末、見事に掴んだ千載一遇……否、万載一遇のこの好機を逃さずに発動した、アスナ必殺の連撃が、イタチに向けて放たれる。

対するイタチは、技後硬直で回避行動がとれず、スキルコネクトによる迎撃以外に選択肢が無かった。しかもそのスキルコネクトですら、アスナの連撃を食い止めるには足りない。

万事休す……最早、イタチの敗北は揺るぎないものとなってしまった。デュエルを観戦していたユウキとララも、それを確信して疑わなかった。だが、イタチは……

 

「いえ、まだです」

 

先のアスナの言葉に対し、否定の意を示した。そして、アスナの『スター・スプラッシュ』を前にしてとった対応とは……

 

(体術ソードスキルを発動していない……いや、あれは……!)

 

迫りくるアスナの細剣に対して、左手の平を構えるというものだった。その手には、ソードスキルのライトエフェクトは灯っていなかったが……札上のアイテムが、人差し指と中指の間に挟まっていた。

そして次の瞬間、イタチは札を押さえている指を放し、宙へと札を放った。すると、札が光を放ち、その場に巨大なアイテムが出現した。イタチの上半身を丸々隠せる程の、重戦士用の盾である。

 

(まさか……『武装符』!?)

 

『武装符』とは、その名の通り、武器を呼び出すための札型のアイテムである。札を持って空中に投げることで、ストレージに収納されている武器を瞬時に取り出すことができるのだ。通常ならば、武器の耐久値が尽きて破損した際に、即座にスペアの武器を取り出せるようにするための補助アイテムとして用いられるのだが、今回イタチは土壇場の防御策としてこれを利用したのだった。

 

(けど、今更止まれない……!)

 

ソードスキルの発動は既に始まっており、今更中断することはできない。ことここに至っては、イタチには盾の上からダメージを与えるほかに無い。

イタチをHP全損に至らしめることは不可能だろうが、態勢を立て直せる望みは十分にある。それは、イタチが盾の機能を十全に発揮するための『盾スキル』を習得していないであろうこと。盾スキルはSAO・ALO共に立派なスキルとして設定されており、盾の能力を十全に発揮してダメージを防ぐには、相当な熟練度が必要となる。しかし、SAO同様、スピードタイプの剣士としてのビルドで、魔法スキルの習熟にも注力しているイタチのスキルスロットには、『盾スキル』などというものを入れる余裕は無い。

故に、相手の裏を掻くための緊急時の防御策として用いた盾なのだろうが、実用性は高くはないと推測できる。スキルを習熟していないイタチでは上手く扱えず、ダメージと衝撃によるノックバックは殺しきれないのは必定なのだ。故に、アスナがソードスキル発動後に技後硬直に陥ったとしても、即座にカウンターを受けることは無い。上手くいけば、イタチよりも先に技後硬直から抜け出し、逆転の一手を打つこともできるかもしれない。

 

「はぁぁあああ!!」

 

希望的観測が過ぎるかもしれないが、現実問題としてアスナが取れる選択肢はこれしかないのだ。故にアスナは、自身の思い浮かべた勝利への道筋を確かなものにするべく、ソードスキルの発動にのみ集中することにした。

そして、アスナ渾身の細剣上位ソードスキル『スター・スプラッシュ』が炸裂する。中断突き三回、切り払い攻撃の往復、斜め切り上げ、上段突き二回の、合計八連撃が、イタチの持つ盾へと決まった。対するイタチは、相当なノックバックを受けたのだろう。態勢を大きく崩し、よろめいていた。

互いに激しい攻防の後、アスナは技後硬直、イタチは無理を押した防御の影響で、互いに動けない状態となった。そして、その場に流れるしばしの膠着……それを先に断ち切ったのは――――――

 

「終わりよ、イタチ君!」

 

イタチより僅差で技後硬直から抜けたアスナが、細剣片手に踏み込む。発動するのは、細剣最上位ソードスキル『フラッシング・ペネトレイター』である。

直線的なソードスキルとはいえ、回避するには距離が近過ぎる上に、アスナが相手では遅過ぎる。盾で防御しようにも、イタチの持っている盾は新生アインクラッドの攻略組のタンクが装備しているもの程の耐久力は無い。先程アスナが発動した『スター・スプラッシュ』を受け切ったことで、既に限界を迎えており、この上『フラッシング・ペネトレイター』など受けようものならば、間違いなく砕け散る。結論として、回避も防御も不可能なイタチは、アスナの言うように詰んでいる状態なのだ。

しかし、対するイタチは――――――

 

「残念でしたね、アスナさん」

 

「………………え?」

 

ほんの少し表情を変えて不敵な笑みを浮かべ……そう口にした。しかし、アスナにはその言葉の意味を考える暇など無く……その視界は、突如としてオレンジ色の光に包まれた。一体、自身に何が起こったのか、全く理解できなかったアスナだったが、ただ一つだけ、視界端に存在する自身の二割ほど残っていたHPバーが、一気に消失し……デュエルが決着したことだけは、分かった。

 

 

 

 

 

 

 

「あ~もう!悔しい!」

 

HP全損してリメインライトと化した状態から、ララの蘇生魔法によって蘇ったアスナの第一声が、それだった。イタチとのデュエルは、相当に堪えたのだろう。蘇生後は地面に転がった状態で、しばらくは起き上がる様子が無かった。

 

「しかし、驚きましたよ。まさか、アスナさんがスキルコネクトを二度も発動させるとは……」

 

「私の方こそ驚いてるわよ。まさか、イタチ君があんな手を使ってくるなんて……」

 

イタチとアスナのデュエルの結果は、イタチの勝利に終わった。デュエルの最後の攻防において、アスナは無防備に等しいイタチ目掛けて『フラッシング・ペネトレイター』による止めの一撃を放つ筈だった。しかし、必勝を期して放たれた決め手の一撃は……イタチが隠していた奥の手の前に不発に終わったのだった。

 

「まさか、私の身体に爆裂魔法が込められた『魔法符』を貼り付けておいて……あの場で発動して決着なんて、あんまりよ」

 

イタチがアスナとのデュエルにおける決め手として用いた一手とは、土壇場の戦況において、予めアスナの身体に貼り付けておいた魔法系アイテム『魔法符』を発動。爆裂魔法で残存HPを全損に至らしめるというものだった。

有効と言えば有効な戦略だが、互いの信念を賭した真剣勝負の決め手として利用するには、アスナの言うようにあんまりである。剣士同士が心を通わせるための激突ならば、ソードスキルとソードスキルで切り結ぶことで語り合うべきである。

不意打ち、騙し討ちに近い爆裂魔法で決着をつける方法は、剣士としてはナンセンスとしか言いようが無い。

 

「あなたを確実に倒すには、あれぐらいの手段を講じねばならないと思いましたので。それに、俺はこのデュエルには『忍』として臨むと言いました」

 

「はいはい、分かりました。……納得できないところもあるけど、手段を選ばないぐらいに本気にならないと、勝てなかったってことでしょ?」

 

アスナとしては、思うところが無いわけでもないようだが、イタチの忍としての戦い方をフルに引き出さなければならないだけの戦いができたのだ。勝利を掴むことはできなかったが、イタチの本気を引き出すことができた点には満足している様子だった。

 

「それにしても、いつの間にアスナの身体に貼り付けていたのさ?」

 

「最初の攻防で、俺が頭突きを食らわせた時だ」

 

イタチが言っているのは、アスナの『パラレル・スティング』をイタチが『ホリゾンタル』で防ぎ、その後に懐へ飛び込んだ時のことである。あの時、イタチは頭突きを繰り出すと同時に左手に持っていた『魔法符』をアスナの身体に貼り付けていたのだ。

 

「全く……最初からこの展開を見越して仕込みまでしていたなんて……」

 

「アスナさんは、戦いが長引いて追い詰められて窮地に立たされる程に、限界以上の能力を発揮する人だと分かっていました。だからこそ、発動タイミングは、デュエルの終盤を想定して設定していたのです。しかし、アスナさんが予想以上の実力を発揮したお陰で、『魔法符』の発動もギリギリでした。お陰で、距離を取る暇も無く……爆発によって盾諸共に左腕を持っていかれて、HP残量もギリギリでした」

 

しみじみとそう呟いたイタチには、左腕の二の腕から先が消失していた。アスナに貼り付けた『魔法符』の爆発に伴い、防御した盾と、それを持っていた左腕を失う羽目になったのだ。お陰でイタチのHP残量も、残り一割弱にまで削られていた。

最初からイタチの思惑通りにすすんでいたように思えるデュエルだが、実際のところは薄氷を渡るような駆け引きによってもぎ取った勝利だったのだ。

 

「そこまでして、私にお母さんと話をさせたかったの?」

 

「無論です」

 

倒れた状態から起き上がりながら、呆れ交じりに口にしたアスナの問い。それに対し、イタチは真剣な声色で即答した。

 

「互いに腹を割って話す余地があるのならば、それに越したことはありませんよ」

 

「……けど、向こうは私の話なんて、全然聞いてくれなかったよ?それでも、イタチ君は話をしろっていうの?」

 

「ええ。何度でも言いますよ。アスナさん、あなたはお母さんと、もっと話をするべきです」

 

今まで以上に強く母親との対話を進言するイタチの気迫に、アスナは若干気圧されていた。さらにイタチは、「それに……」と口にしてからその先を話しだした。

 

「話さなければ、きっと後悔します。問題を拗らせたまま関係を断ってしまえば……取り返しのつかない事態になってしまいます。アスナさん達は、まだ言葉で通じ合える筈です。今すぐにでも、話し合ってください」

 

「イタチ君………………」

 

アスナに母親との和解を促すイタチの言葉には、ただの説教ではない、反論を許さない程の確かな“重み”を感じさせた。だが、その重みの正体には、すぐに気付けた。イタチは先程、アスナと母親の京子の仲を「“まだ”言葉で通じ合える」と言っていた。つまり、手遅れとなった仲の家族を知っている……否、身をもって知っているのだ。恐らくは、イタチが話したがらない、前世のうちはイタチに由来する話なのだろう。追及することは躊躇われたが、アスナにはなんとなくそんな気がした。そして、だからこそ、これ以上イタチの要求を撥ね退けることもできなかった。何より、デュエルに負けた身でこれ以上の駄々を捏ねるような真似はできなかった。

 

「……分かったわ。イタチ君の言う通り、お母さんともう一度会って話をするわ」

 

「ありがとうございます」

 

「お礼を言われることじゃないわ。だって、そういう約束だもの。それに……感謝したいのは、私の方だもの」

 

アスナの言葉はイタチにとって予想外の言葉だったのか、それを聞いてほんの少しだけ意外そうな顔をしていた。本当に、ほんの僅かな表情の変化だったのだが、付き合いの長いアスナには分かったのだろう。苦笑しながら、続けた。

 

「本当言うとね……勢いのままに家を飛び出してきたけど……その後のことは、全然考えてなかったの。自分が何をするべきなのかも……自分が何をしたいのかも」

 

「………………」

 

「家出騒動のためにララやデビルーク王国の人達まで巻き込んで……挙句の果てには、お酒なんて飲んで、イタチ君に酷いこと言って……」

 

自身がしでかしたことを深く後悔した様子で続けるアスナの独白を、イタチやアスナ、ララは一様に黙ったまま聞いていた。

 

「意地になって皆に迷惑かけて、心配かけて……改めて思い返してみると、我ながら本当に馬鹿なことばかりしていたと、今では思うわ」

 

自嘲気味に苦笑を漏らすアスナの言葉には、明らかな後悔の念が感じられた。今になって自分の行いを後悔している様子だったが、恐らくはそれよりも前……家出をしたあの日から、本当は分かっていたのだろう。自分のやっていることが、どれだけ無意味なものなのかを……

 

「正直に言うと、お母さんに啖呵を切って家を出て、イタチ君にあんなこと言っちゃって……引っ込みがつかなくなってたんだ。あのまま家に帰らずにいられるわけがないことも、いずれはお母さんと話をしなきゃならないことも、本当は全部分かってた筈なのにね。だから、虫の良い話だって分かっているんだけど……イタチ君のお陰で、決心がついたの。だから……本当にありがとう。それから、たくさん心配かけて、迷惑かけて……酷いこと言って、ごめんなさい」

 

イタチに対し、母親ともう一度対話するためのきっかけを作ってくれたことへの感謝を口にしたアスナは、それに続いてこれまで散々犯してきた過ちについての謝罪とともに頭を下げた。

それに対し、イタチは……

 

「頭を上げてください、アスナさん」

 

「イタチ君……」

 

「今回の件は、俺にも非があります。それに俺も、あなたの想いに対する答えをまだ出せていません。迷惑をかけたという点は、お互い様です」

 

イタチの言葉を聞いたアスナは、堰を切ったようにあふれ出て来る涙を止められなくなってしまった。周囲の様々な人々に迷惑をかけた今回の騒動だが、イタチに対してやったことは、簡単に許されて良いものではなかった。それを大して怒りもせず、咎めもせずに受け止め、許してくれるその優しさが、アスナにとっては却って辛かった。これだけ優しい人に、自分はあんな酷いことをしてしまったのだということを、強く意識させられてしまうために……

一方のイタチは、アスナに泣かれたことに動揺した様子だった。アスナ自身も、このまま泣き続けていても、イタチを困らせてしまうことは分かっていたのだが……それでも、涙を止めることはできなかった。

やがて、しばし思案したイタチは、何かを思いついたらしく、アスナの肩に手を置いて泣き止むように促した。

 

「……アスナさん。それでは、最後にお願いをしてもよろしいでしょうか?」

 

「……お願い?」

 

「このデュエルをもって、俺とアスナさんは“和解”しました。そうですよね?」

 

「えっと……うん」

 

「ですので、その“印”をいただきたいと思います」

 

「何を、すれば良いのかな……?」

 

一体、イタチが自分に何をさせようと考えているのか、アスナには見当もつかなかった。イタチの言うように、デュエルを通して互いに和解はしたが、それをどうやって表すと言うのか。

そんな疑問を胸に抱いていたアスナに、イタチが再度口を開いた。

 

「左手を、人差し指と中指を揃えて伸ばした状態で、このように出してください」

 

「えっと……こう、かな……?」

 

イタチは残された右手を差し出し、人差し指と中指を伸ばし、薬指と小指を折り曲げ、親指で折り曲げた指二本を包むように抑えた。アスナはイタチにレクチャーされた通りに、左手の形を作ってみせた。

それを確認したイタチは、自身の右手をアスナの左手へと伸ばした。イタチとアスナ、両者の人差し指と中指が、折り曲げられ、互いに絡み合う。それはまるで、握手のように――――――

 

「“和解の印”……互いを認め合った忍同士は、こうして片手で作った印と印を結び合わせることで、仲間としての意思を示します」

 

「イタチ君……」

 

 

 

イタチの右手とアスナの右手……互いの指が結んだ『和解の印』を通して伝わる、仮想のものではない確かな“熱”。それは、互いが和解したことと……それを確信させてくれる、確かな絆が存在していることを、イタチとアスナの両者に感じさせてくれていた。

 


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