ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版-   作:鈴神

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フリーマーケットの出店準備が忙しく、更新が遅れてしまいました。
『暁の忍』は、次回以降が波乱の展開になる予定です。


第百十八話 on give for my way

 

2026年1月16日

 

イタチとアスナが、デュエルをもって和解した日の翌日の放課後。和人は、ララから借り受けていたカクカクベアー君を肩に載せて、下校していた。当然のことながら、カクカクベアー君を操作しているのは、木綿季である。

 

「しかし、当初の予定通り……明日奈さんとは和解して、母親と……京子さんと和解することを決心してくれたわけだが、何故ララの家に行く必要があるんだ?」

 

『さあ?そのあたりは、ボクにも分からないや。けどララは「面白いものが見られるよ」って言ってたから、ボク的には楽しみだなんだけど』

 

「そうか……」

 

和人が現在、木綿季と共に向かっている場所は、桐ケ谷家ではない。日本におけるララの家たるデビルーク領事館だった。さらに言えば、家出した明日奈が泊っている場所でもあった。

和人が木綿季と共にこの場所へ向かっている理由は、ララに呼び出されたからである。明確な理由は告げられなかったが、とにかく来てほしいと、一方的に約束を取り付けられてしまった。夜以外は特に用事も無かった和人も木綿季も、特に断る理由も無かったため、言われた通りに学校帰りにララの家を目指していた。

 

「しかし、どうにも解せんな。何故、明日奈さんと和解した日の翌日になって、リアルで会う必要があるんだ?」

 

『まあまあ、良いじゃない。明日奈にしたって、お母さんともう一度話すって決めてくれたとはいえ、きっと心の準備とか必要だろうしさ。関わった以上は、最後までフォローしてあげようよ』

 

「それもそう、だな……」

 

どこか釈然としないが、木綿季が言っていることも尤もなので、とりあえずは納得することにした。それに、本日は一連の騒動に決着をつけるためには必要不可欠な、明日奈と京子の対話がある。二人を上手く和解させるためには、明日奈と再度話をして落ち着かせることも必要なのは確かなのだ。

 

(あとは、めだか……いや、京子さん次第か……)

 

明日奈には和人がデュエルをもって対話へ導いたように、母親の京子にはめだかが対応して対話のテーブルの席に着かせる手筈となっている。結城家に匹敵する、或いはそれ以上の名家の出身であるめだかならば、京子も話を聞くだろうと考えての分担となった。

めだかには昨日連絡を行い、京子が明日奈との対話を、こちらの指定した方法で行うことを了承したと聞いている。しかし、本当に二人が和解できるかはまだ分からない。何より、話すのは和人とめだかではなく、明日奈と京子なのだ。である以上、和人とめだかがどれだけ力を尽くしたとしても、この対話の行く末は二人以外にどうすることもできないのだ。

 

(これ以上心配しても、仕方が無いこと、か……)

 

そう結論付けた和人だったが、最低限のフォローだけはすることを心に決め、歩みを進めるのだった。そして歩くことしばらく。二人は目的地たるデビルーク領事館へと辿り着いた。

既にかお馴染みとなっている正面ゲートの守衛SPに話を通すと、内部の責任者を呼んでもらえることに。そして数分後。領事館を訪れた和人と木綿季の前に、これもまたお馴染みの人物、ザスティンが現れた。

 

「お待ちしておりました、婿殿」

 

「その呼び方はやめてください、ザスティンさん」

 

そして始まる、いつものやりとり。しかしこの時は、木綿季が一緒にいた。

 

『えっ!む、婿殿って……和人、どういうことなのさ!?』

 

「落ち着け、木綿季。お前が思っているようなことは、何も無い」

 

予想通りに食いついてきた木綿季が、カクカクベアー君のアームで和人の頭を挟み、揺らし始めた。ザスティンの婿殿呼びによって生まれたあらぬ疑いを晴らすため、頭を揺さぶられながら弁明するのだった。

そうして、木綿季の誤解を解きながら領事館の中へと入り、ララの部屋へと案内されるのだった。

 

「明日奈様は、ララ様、モモ様、ナナ様のお三方とともに、こちらのお部屋におられます」

 

「案内していただき、ありがとうございます」

 

「いえ。それでは、今後もララ様やモモ様、ナナ様を今後もよろしくお願いします。」

 

和人の案内を終えたザスティンは、領事館の業務へ戻るべくその場を後にするのだった。残された和人は、肩に載せたカクカクベアー君こと木綿季に声を掛け、部屋へとノックを行う。

 

「はいはーい!入って来て良いよー!」

 

すると、中からララの元気な声が聞こえてきた。とりあえず、入室の許可を得られた和人は、ドアのノブへと手を掛ける。扉を開いた向こうで和人を出迎えたのは、ララ、モモ、ナナのデビルーク王女三姉妹だった。部屋の中央に置かれたティーテーブルを囲んで、椅子に座っていた。

 

「先程ぶりだな、ララ。モモとナナは、この前に明日奈さんの件で来た時以来か」

 

「その節はどうも。和人さんも、たくさん苦労をなされているって聞いています」

 

「明日奈さんとはどうにか仲直りできたって聞いたけど、今日がその仕上げなんだろう?ちゃんと家に帰れるようにしてやってくれよな」

 

デビルーク領事館が明日奈の逃避先になっていた関係で、モモとナナも色々と気を揉んでいたのだろう。二人とも、この騒動が少しでも早く解決することを望んでいる様子だった。

 

「そういえば、肝心の明日奈さんはどうしたんだ?」

 

「ああ、明日奈だったら、すぐに来るよ。だから、和人もこっちに座って座って」

 

明日奈の姿が見えなかったが、どうやら部屋の外にいるらしい。とりあえずは、ララに促されるままに席に座ることにした。

そして、木綿季も交えて雑談をすることしばらく。木綿季を含めた五人がいる部屋の扉が、再びノックされた。

 

「お嬢様、お待たせいたしました。お茶をお持ちしました」

 

「……ん?」

 

どうやら、領事館に務めているメイドがお茶を持ってきたらしい。だが、その声には、何故か聞き覚えがあった。具体的には、目の前に座っている第一王女に似ていた。

 

「ありがとう!入ってきていいよ!」

 

ララの許しを得て、扉を開く。そして、扉の向こうからは、見るからに高価なティーセットを載せた、上品なデザインのワゴンと、それを押すメイドが入ってきた。

 

「本日のお茶は、ダージリンになります。本国からとても良い茶葉が入っておりますので、すぐにお、淹、れ……し……ま………………」

 

「………………」

 

紅茶を淹れようとしていたメイドと、和人の目が合った。途端、両者は凍り付いたかのように固まってしまった。互いにあまりにも衝撃的だったのか、すぐそこで笑いを堪えているララ、モモ、ナナの反応にも気づかない程だった。まるで、時が止まったかのような静寂に包まれた部屋の中で、真っ先に口を開いたのは……

 

『わあ~!明日奈、可愛いね!』

 

カクカクベアー君を通して話す、木綿季だった。その、飾らない率直な意見を耳にしたメイド……否、明日奈は顔を赤くして、

 

「いやぁぁあああ!!」

 

思わず、叫び声を上げてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「もう!和人君が来るなら、最初からそう言ってよ!」

 

「いや~だって、和人が来るって言ったら、明日奈は普段着になっちゃうじゃない?」

 

「当たり前でしょう!よりにもよって、和人君の前でこんな格好……」

 

和人と並んでお茶の席に同席している明日奈は、ララ達が仕組んだ悪戯に対し、一人頬を膨らませて怒っていた。しかしその服装は、先程和人の前に現れた時と同じ、メイド服のままである。

結城家を家出し、デビルーク領事館の世話になることになった明日奈だったが、住まいや食事を用意してもらうだけで、一方的に恩を受けることにはひどく罪悪感を覚えていた。そんな明日奈に、領事館でもできるアルバイトとしてメイドの仕事をすることを提案したのだった。明日奈の実家である結城家はアルバイトを禁止だが、家出をしている以上はそんな決め事を守る必要は無かった。何より、家族に反抗しての家出だったのだから、言いつけを破る行為は明日奈の望むところでもあった。

斯くして、明日奈のメイドとしてのアルバイトは始まったのだった。元々のスペックが高い明日奈だっただけに、メイドの仕事はすぐにマスターし、しっかりこなせるようになったのだった。

 

「けど、本当にお似合いですよ、明日奈さん」

 

「本当にな~。今日で見納めなんて、なんか勿体ない気がするんだよな~」

 

明日奈のメイド姿を絶賛するモモとナナ、そしてララだが、明日奈は不服そうに睨み付けるのだった。しかし、その態度にはどこか照れ隠しが見られるところからして、満更でもない様子だった。

 

「ねえねえ!和人と木綿季はどう思う?」

 

それまで無言だった和人と木綿季に対し、感想を求めるララ。いきなりの質問ではあったが、明日奈のメイド服を見せるために呼び出したのだから、自然な流れでもあった。

それに対し、問いを投げられた和人は、

 

「……似合っていると思いますよ、明日奈さん」

 

『ボクもそう思う!それに、ララ達のことを「お嬢様」とか言っている明日奈って、とっても新鮮!』

 

「木綿季!怒るわよ!」

 

木綿季の口にした感想に対し、口にする前怒りだす明日奈。和人の方は、とりあえず無難な感想を述べていた。しかし、明日奈にメイド服が似合っているのは、和人も木綿季も本心から思っていることだった。

 

「全くもう!メイド服なんて、絶対に二度と着ないんだから!」

 

そうは言っているが、やはり本心から嫌がっている様子は無く、メイド服が似合うと褒められたことに対して照れ隠しが見られた。

 

「それでは、メイド服をこれ以上着ないためにも、京子さんとの和解は必須ですね」

 

「……分かってるわよ。約束した通り、お母さんとはちゃんとお話しするわ」

 

冗談はここまでとして、本題を切り出す和人。それに対して、明日奈は佇まいを直し、毅然と答えた。既に、京子と話すことに迷いは無い様子だった。

 

『大丈夫だよ!明日奈なら、ちゃんと仲直りできるよ!』

 

「うん。ありがとう、木綿季。それで……お母さんは、いつ来るの?」

 

明日奈と京子が対話するためのテーブルのセッティングは、和人と木綿季が中心となって行うこととなっている。ララとめだかは、二人の要請に応えてその手伝いをしているのである。

 

「京子さんには、めだかを通して話をしています。時間については、夕方の八時の予定です」

 

「それまでは、ここでゆっくりしていってね。夕食は、和人の分も用意しているから」

 

「そういえば、そろそろ夕食の準備が整っている頃だな。和人も一緒に食堂に行こうぜ」

 

「明日奈さんの健闘を祈って、デビルーク王国のシェフが腕によりをかけて作ってくれるって言ってました。楽しみにしていてください」

 

『あ~!和人ズルい!ボクも食べたいのに~!』

 

「無茶を言うな。だが、どうしても食べたいのなら……料理スキルをコンプリートしている明日奈さんに頼んでみるんだな」

 

「ちょっと、そこで私に振るの!?」

 

そんなこんなで、話題は夕食へとシフトし、デビルーク王女三姉妹を交えた談笑とともに、一同は移動を開始するのだった。母親との対話を控え、先程までは少しばかり緊張していた明日奈だったが、皆との他愛もない会話の中でそれもかなり和らいだらしい。この分ならば、京子との対話も上手くいくかもしれない。心の中で、密かにそう思う和人だった。

 

 

 

 

 

そして、デビルーク領事館の豪勢な夕食後。和人と明日奈、ララは領事館のサロンへと集まっていた。ララが友人を招くための部屋として半ば私物化しているこの室内は、無線ランが完備しており、アミュスフィアも設置されていた。

 

「それでは、そろそろダイブするとしよう。明日奈さん、準備は良いですか?」

 

「うん、こっちは大丈夫」

 

「和人、私もいつでも良いよ!」

 

その場に集まった和人、明日奈、ララの三人は、部屋に備え付けられたアミュスフィアを各々で装着してダイブの準備は万端となっていた。アプリ起動ランチャーに入っているソフトは、当然のように、ALOこと『アルヴヘイム・オンライン』。三人はこれから、ALOへとログインしようとしていたのだった。

 

「けど、お母さんとこれから会うのに、どうしてALOにログインするの?」

 

これから和人とララ、そしてこの場にはいないめだかの三人の立ち合いのもと、明日奈は母親である京子と話をすることになっていた筈だった。それが何故か、夕食が終わって食休みが終わるなり、和人とララにサロンへと連行されて、今に至るのだった。

 

「それは、向こうに着いてから話します。それでは、行きましょう」

 

何のつもりなのかと尋ねてみても、結局はぐらかされてしまった。こうなっては仕方ないと思った明日奈は、それ以上言及することはせず、和人とララに従って自身もログインすることにした。

 

『リンク・スタート!』

 

お馴染みとなっているその言葉とともに、三人の意識は現実世界のデビルーク王国領事館から、妖精達の国たるアルヴヘイムへと旅立つのだった――――――

 

 

 

 

 

「到着しましたよ、アスナさん」

 

ALOへとログインしたアスナは、イグドラシルシティにてイタチとユウキ、ララと合流するや、そのまま二人に手を引かれ、半ば強引に世界樹から飛び立つこととなった。そして、途中出くわしたモンスターを危なげなく片付けて飛行することしばらく。ある場所へと辿り着いたのだった。

 

「ここって……イタチ君のログハウス、だよね?」

 

アスナの目の前にあるのは、かつてSAOにおいてイタチが購入したものと同一の、新生アインクラッド第二十二層の外れにあるログハウスだった。SAO事件当時は、アイテムを補完するためだけにイタチが所有していたものだったが、新生アインクラッドにおいては、帰還者学校の元攻略組を中心とした知己が集まる場所として、イタチを中心としたメンバーで資金を集めて購入していたのだった。

 

「メダカは既に到着していると連絡を受け取っています。中に入りましょう」

 

「あ、ちょっとイタチ君、待ってっ!」

 

「ほらほら、アスナも早く!」

 

「それ、レッツゴー!」

 

「もうっ!ユウキもララも押さないでよ!」

 

その後も、流されるままにイタチ、ユウキ、ララに手を引っ張られ、ログハウスの中へと連れられて行く。そして、正面玄関の扉を潜ってからすぐの場所にあるリビングルームへと入ったアスナを待っていたのは、メダカ――――――だけではなかった。

 

「えっ……!?」

 

メダカの座っているソファーの真向かいに置かれたソファーに、一人のプレイヤーが座っていた。ショートカットの髪型で、風妖精族『シルフ』特有の緑がかった髪の女性プレイヤーである。

そのシルフの女性プレイヤーを見たアスナは、驚きのあまり、思わず口に手を当てながら声を上げてしまった。だが、それは無理も無い反応だった。何故なら、目の前にいるシルフの女性プレイヤーは、アスナもよく知っている……というより、『もう一人の明日奈』とも言える存在だったのだから。

 

「どうして、エリカがここに……?」

 

『エリカ』とは、明日奈がサブアカウントを作って生成したALOにおける水妖精族『ウンディーネ』に次ぐ、もう一つのアバターである。故に、アカウントの管理は結城明日奈の名義であり、メインアカウントの『アスナ』がログインしている今、『エリカ』が活動している筈が無いのである。

そんなアスナが抱いた疑問に答えたのは、和人だった。

 

「今エリカのアバターを動かしているのは、あなたのお母さんですよ」

 

「えぇっ!?」

 

エリカのアバターを動かしている人物の正体について聞かされ、アスナは再び驚きの声を上げてしまった。いきなり仮想世界へ連れて来られて、母親がサブアカウントを使ってログインしている状況に、ますますわけが分からなくなってしまっていた。

 

「お、お母さんが、どうして……?」

 

「私がログインできるようにしました」

 

アスナの疑問に答えたのは、メダカの方から飛び立ってきたユイだった。イタチ等がログインした時に同行しておらず、別の用事で別行動していると聞かされていたアスナだったが、まさかメダカのもとにいたとは思わなかった。

そんな混乱するアスナに対し、ユイは説明を続けた。

 

「ママのサブアカウントのIDとパスワードを、勝手ながら調べさせてもらいました。それでメダカさんに、エリカのアバターでログインしていただき、このログハウスに来た状態でログアウトしてもらったんです。ママが、ママのママと仲直りするには、この場所での話し合いをセッティングしなければならないと聞きましたので」

 

ユイから聞かされた説明に、アスナは成程と得心した。MHCPでハッキングも得意なユイならば、明日奈の名義のサブアカウントについて調べるのも難しいことではない。加えて、メダカがアバターの操作に一役買っていたとなれば、最後にログアウトしたシルフ領首都『スイルベーン』から、新生アインクラッドにあるこのログハウスへアバターが移動していたのも頷ける。

 

「いけないことだとは分かっていたんですが、ママが、ママのママと仲直りするのをお手伝いしたくて……ごめんなさい」

 

「ユイを怒らないでください、アスナさん。全て、俺が頼んだことです」

 

「えっと……別に、怒ってはいないんだけど……」

 

せめて、どんな意図があって仮想世界の中で話し合いの場をセッティングしたのか、その真意を知りたい。そんなアスナの問い掛けに答えたのは、メダカだった。

 

「なに、簡単なことだ。お前達の母娘喧嘩の原因は、SAOで過ごした二年間と、それを一緒に過ごした仲間達に対する認識の相違だ。ならば、それに関してアスナが今何を思っているのか……それを伝える場所は、仮想世界を置いて他にない。だからこそ、母娘でログインする必要があったと考えたわけだ」

 

メダカの一応の筋が通った説明に、納得するアスナ。家庭内における明日奈は、母親相手にどうしても委縮してしまう。だが、ALOにおけるバーサクヒーラーの二つ名を持つ――本人は認めていない――SAO以来の屈指の強豪剣士として名を馳せたアスナとしてならば、言いたいことや伝えたいことをはっきりと言えるかもしれない。

尤も、現実世界で口にできないことを言葉にできるようになったとしても、伝えたい想いが絶対に伝わるとは限らない。余計に仲が拗れて、関係が悪化する可能性も十分にあるのだ。母親の京子と対話をする決心をしたアスナだったが、その点に関してはどうしても自信が持てなかった。

しかし、自身の家庭内の問題の解決に、ここまで協力してくれた皆の思いを無にするわけにはいかない。そう考えたアスナは、一人目を瞑って深呼吸して、改めて腹を括った。

 

「それでは、俺達はログアウトし、この場はお二人だけにさせていただきます。ここを利用している仲間達には既に連絡しておりますので、誰も訪れることはありません。ゆっくりと、お話し合いをしてください」

 

イタチがそう締め括るとともに、アスナとエリカを除くアバターは全員ログアウトした。ユイもまた、イタチのログアウトとともに姿を消した。

そして、ログハウスにはアスナとエリカの、母娘のみが残される形となった。

 

「……あの、お母さん、なんだよね?」

 

「さっきそう説明されていた筈だけれど?」

 

それまで一度も口を開かなかったエリカのアバターに投げ掛けた質問に、エリカは淡々とした口調で返した。その口調から、アスナは目の前のアバターを操っているのが、自身の母親であることを確信した。

 

「それにしても、あなたは現実世界と同じ顔なのね」

 

「うん……まあね」

 

「けど、少し本物の方が輪郭がふっくらしている気がするわ」

 

「ちょっと、それは失礼よ。現実と一緒です」

 

いきなり投げ掛けられた他愛の無い会話に戸惑いながらも返すアスナ。随分懐かしく感じる、何気ない会話だったが……その中にアスナは、何か違和感を覚えた。

 

「いつまでも立ってないで、座ったらどうかしら?」

 

「あ、うん……けど、その前にお茶を出すね。ちょっと待ってて」

 

だが、その違和感について考えるよりも前に、エリカから話し掛けられたことで、思考は中断された。改めて話し合いの席につくこととなったが、何から話せば良いかがすぐに浮かばなかったので、とりあえず落ち着くためにお茶を淹れることにした。対するエリカは、「そう」とだけ口にして、ソファーに座ったまま動かなかった。キッチンに入ったアスナは、そんなエリカの様子を見ながらも、手慣れた操作で紅茶を淹れたカップを用意し、テーブルへと持っていく。

 

「どうぞ」

 

「ありがとう」

 

短く礼を口にしたエリカは、カップとソーサーを持ち、紅茶を飲み始めた。その所作は、結城家の朝食の風景で見かけるそれと変わらないもので、目の前の人物が母親であることを、改めて実感するのだった。

 

「……この世界でも、紅茶の味は変わらないのね」

 

「えっと……うん」

 

「けど、温度と香りは、現実世界のものとは違う……違和感を感じるわ」

 

「そ、そうだね……」

 

いきなり紅茶に対するコメントを口にし始めたエリカに、アスナは曖昧な返事を返すしかできなかった。家出した娘と対話するためにここに来た筈のエリカこと京子だが、何を考えているのか、アスナには見当もつかない。

加えて、違和感の正体に気付く。喧嘩をして、母親相手に酷いことを言って家を飛び出した娘と相対しているにも関わらず、纏っている雰囲気があまりにも穏やかなのだ。普段ならば、一方的に りつけている筈なのだが、怒っている様子は全く見られない。本当に、何を考えているのか分からない。疑問ばかりが増すアスナだったが、今度は唐突にエリカの方から口を開いた。

 

「あなたと話をするには、ここに来なければならないって、黒神めだかさんに言われてね。あなたが使っているっていうこのアバターを使って、このゲームの世界に来たの」

 

「そう、なんだ……」

 

「あまり気は進まなかったけれど、こうしてここに来たの。それから……あなたがここへ来る前に……メダカさんに、色々と案内してもらったわ」

 

「……メダカさんに?」

 

てっきり、話し合いをするためだけに、この時間帯にログインしたものとばかり思っていたアスナは、意外そうな表情を浮かべた。一体、待ち合わせの時間まで何をしていたのかと疑問に感じたアスナだったが、エリカの方からそれを話してくれた。

待ち合わせ時刻の一時間ほど前にALOにログインしたエリカは、メダカに連れられてアインクラッドに十二層の市街地を散策したほか、フィールドに出て下級Mobのモンスターとの戦闘も体験していたらしい。全て、アスナと対話をするための前準備として必要なことと言われて行ったらしいが、それらの体験を話すエリカの様子から、嫌々やらされたという風には思えなかった。

ここに来て、アスナはエリカがどうしてここまで穏やかに話し合いをすることができていたのかを理解した。メダカはエリカを案内したことで、SAO事件当時のアスナの行動をトレースさせたのだ。市街地の散策やモンスターとの戦闘を経て、アスナがSAO事件当時に何を考えていたのか、それをすこしでも理解できるようにしようとしたのだ。また、恐らくはALOの世界を体験するだけでなく、事件当時の攻略組に所属していたアスナの様子について話し聞かせ、アスナに対する理解を深めさせたのだろう。そう考えれば、今のエリカの様子も説明がつく。

そんな友人達の思い遣りに溢れた配慮に、アスナは感激に涙が出そうだった。だが、そんな友人達の想いに応えるためにも、今は目の前の母親との話し合いに集中しなければならない。

 

「この世界を初めて目で見て、色々と分かったこともあったわ。あなたの言う通り……物事や人を、一つの側面のみから見て、その在り様を決めつけるのは、教師としてはあるまじき行為だったと思うわ」

 

「……うん」

 

「個人の主観で物事を判断するべきではない……改めて私は、そう考えました。だからこの世界や、例の事件のことや、彼のこと云々であなたの進路について口を出すことはやめました」

 

「えっ……!?」

 

その言葉に、アスナは目を丸くする。進路について口を出すのをやめるということは、転校の話を撤回したのと同義である。もっと説得に苦戦すると考えていたにも関わらず、こうもあっさり了承を得られるとは全く思っていなかったアスナは、心底驚いていた。

 

「あなたももう十八歳よ。明らかに間違っていたのなら、親として私やお父さんも止めるけど……基本的に自分の進路は、自分で決めなさい」

 

「えっと……分かった。ありがとう」

 

絶対に分かり合えないと思っていた母娘の問題が、イタチやメダカの機転によって、こうも簡単に解決に向かっていく現実に、アスナは実感が追い付かなかった。だが、難しいと決めつけていたのは、他でもないアスナ自身である。もしからしたら、今回の母娘喧嘩の問題は、真摯に向き合いさえすれば、簡単に解決できるものだったのではないかと、今更ながらそう思えてきた。それを分かり合えないと決めつけ、家出騒動にまで発展させたのは、アスナ自身である。現在の問題は、全て自分の勝手な認識で大きくなった。そう思うと、アスナは居た堪れない気持ちになった。

 

「ただし、大学にはきちんと行きなさい。そのためにも、三学期と来年度はこれまで以上の成績を取る必要があるわ。その覚悟は、あなたにあるの?」

 

「……勿論!」

 

そして、だからこそ、問題の解決に尽力してくれた仲間達の想いには応えなければならない。そう感じたアスナには、京子の問いに対する答えに迷いを抱くことなど、ある筈も無かった。

 

「そう……なら、頑張ることね。それじゃあ、私はもう行くわよ。明日には、私の方から迎えに行くから、家に帰るわよ。デビルーク王国の人達にも、たくさんご迷惑をかけたんだから、お礼とお詫びをしっかり忘れないことよ」

 

それだけ言うと、エリカはメニュー画面を出してログアウトボタンをスクロールする。だが、ボタンをクリックする前に、その手はアスナによって止められた。

 

「アスナ?」

 

「ごめん、お母さん。ちょっと見せたいものがあるから、一緒に来てくれる?」

 

「……五分だけよ。すぐに終わらないなら、先に帰るからね」

 

アスナのやや真剣な声色に、エリカはやれやれとばかりにすこしだけ付き合うこととした。アスナの案内のもと、二人はログハウス内の、物置に使われている小部屋へと入り、奥にある小さな窓へと案内した。

そしてアスナは窓を開け放つと、エリカに問い掛けた。

 

「どう、似てると思わない?」

 

「何に似てるって言うのよ?ただの杉林じゃ――」

 

アスナの意図が分からず、雪に覆われた針葉樹の森深い森を眺めていたエリカは――――――はっと口を覆った。

 

「思い出さない?お祖父ちゃんと、お祖母ちゃんの家を」

 

明日奈の母方の祖父母、つまり京子の両親は、宮城県の山間部に住まう農家だった。旧い木造の家は、山裾にうずくまるように建っており、縁側に座ると、見えるものは小さな庭と小川、そしてその奥の杉林だけだった。

しかし明日奈は、そんな「宮城のじいちゃんばあちゃん」の家が……そこから見える風景が、大好きだった。白い雪のなかに黒い杉の幹がどこまでも連なるさまを見ていると、心が吸い込まれそうになるのだった。

しかし、祖父と祖母は、明日奈が中学二年の時に他界した。棚田や山はすべて売却され、家も取り壊された。

イタチがこのログハウスを購入したのは偶然だったが、それでもアスナはこの光景が見れたことが非常に嬉しかった。現実世界にはもう無い、大好きなあの景色が戻って来たかのようで――――――

だから、アスナはエリカにも……京子にも、この景色を見せたかった。譬え、宮城の貧しかった実家を恥じていたとしても、この懐かしい風景を、共有したかったのだ。

 

「お祖父ちゃんが言っていたわ。お母さんも、いつかは疲れて、立ち止まりたくなる時がくるかもしれない。いつか後ろを振り返って、自分の来た道を確かめたくなるかもしれない。もし、お母さんがそんなことになった時に……支えを欲しくなったときに、帰ってこられる場所があるんだよ、って言うために、ずっと家と山を守り続けていくんだって……」

 

「………………」

 

「あの時にはよく分からなかったけど、イタチ君――和人君や、皆と関わる中で、ようやくわかってきた気がするんだ。自分のためだけじゃなくて……誰かの幸せを、自分の幸せだと思える生き方もあるんだって」

 

「………………」

 

「だから、私も周りの皆を笑顔に出来るような……そんな生き方をしたい。そんな生き方を探すために――今は、この世界を生きた皆がいる、あの学校に行きたいって、そう思っているんだ」

 

アスナの独白に、エリカこと京子はしばらくの間、黙って聞き入っていた。傍から見れば何の変化も無いように見えるエリカの表情だが、その内心には目の前に広がる景色に対する郷愁と、父母の遺した言葉に、果てしない思いが去来していることは、アスナにも分かった。その横顔は、いつも無表情なくせに、本当は誰よりも優しい思い人を思わせるものがあった。

そして、エリカもまた、そんな思いを抑えきれなくなったのだろう。心の内に止め切れなくなった思いが、瞳から頬を伝った。

 

「どうして……悲しくないのに、涙なんて……」

 

「……母さん。この世界では、涙は隠せない……泣きたくなったときは、誰も我慢できないの。私も、最初の頃はいつも泣いてた……」

 

「……不便なところね」

 

忌々しそうに口にするエリカだが、内心ではそれほど悪いとは思っていないように、アスナには思えた。溢れる想いとともに涙を流し続けるエリカの横に立ち、アスナもまた、時間など忘れてしばらくの間、目の前の風景に見入っていたのだった――――――

 

 

 

 

 

 

 

 その翌日、明日奈はデビルーク王国領事館より、迎えに来た京子に連れられ、実家帰っていった。明日奈の転入を巡る、結城家の家庭問題は全て丸く収まり、結城家は勿論、この件によって緊張感が漂っていた帰還者学校にも、穏やかな日々が戻ったのだった。

 

「アスナ、家に帰ったんだよね?」

 

「ああ、お前のお陰だ、ユウキ」

 

アインクラッド二十二層にある、明日奈・京子の母娘の話し合いの場として使われたログハウスの中。イタチとユウキはソファーに座り、二人揃って脱力していた。首尾よく、親友の問題を解決することに成功したことに、達成感と安堵を抱いていたのだった。

 

「いやいや、イタチやメダカ、ララが頑張ってくれたからでしょ」

 

「実行したのは俺達だが、お前の活躍は大きいぞ。アスナさんにデュエルを挑んで和解し、母親との対話のテーブルに着かせるだけならいざ知らず、京子さんをALOに招いてこの世界を体験させて、アスナさんの気持ちに寄り添わせようという発想は、俺だけでは思い付かなかったからな」

 

京子を、アスナのサブアカウントを使ってALOへダイブさせるための交渉は、結城家に匹敵する名家である黒神財閥の令嬢であるめだかが行ったが、そもそものアイデアを出したのはユウキだった。同じ世界に立って、同じ経験をすれば、アスナの気持ちを理解できるのではと考えての提案だったのだ。

 

「お前には、本当に助けられた。学校へ行きたいという希望は叶えたが、他にやりたいこと、やって欲しいことがあれば、言って欲しい」

 

「え~、別に良いのに……」

 

ユウキとしては、大したことをしたつもりではなかったのだが、イタチは多大な恩を感じていた。真摯な態度で、希望を叶えたいと口にするイタチに、ユウキは照れながらもしばらく思案し……やがて、口を開いた。

 

「それじゃあ、一つだけ、お願いしちゃおうかな?」

 

「可能な限り、応えよう」

 

「いや、そんなに難しいことじゃないんだけどね………………」

 

相変わらず真面目な態度のイタチに苦笑しながらも、ユウキは自身の望みを口にする。

 

「イタチに、ボク達の仲間に……『スリーピング・ナイツ』のメンバーになって欲しいんだ」

 

「分かった」

 

ユウキが照れ隠ししながら口にした願いに、しかしイタチは即答してこれを受け入れた。

一方のユウキは、こんなに簡単に聞き入れてもらえるとは思っていなかっただけに、目を丸くして驚いていた。

 

「……どうしたんだ?」

 

「いや……言い出したボクが言うのもなんなんだけど……そんなに簡単に決めちゃって、良いの?」

 

「問題ない。俺はどこのギルドにも所属していないフリーだからな」

 

「……アスナとかと、ギルドを作る予定は無かったの?」

 

「何度かそんな話もあったが、結局は結成に至らなかったな」

 

イタチを中心としたSAO帰還者達は、基本的にギルドに所属していない、フリーランスのプレイヤーが多い。特にイタチのようにSAOのベータテスターだったプレイヤーは、SAO事件当時は他のプレイヤーと上手く馴染むことができず、攻略のパーティーは組んでもギルドへの所属まではしない傾向が強かった。

無論、全員が全員無所属というわけではない。クラインは『風林火山』、メダカは『ミニチュア・ガーデン』というギルドを運営しているように、何名かは既にギルドを作っているか、所属しているのだ。故に、余程敵対的なギルドでない限りは、どこかのギルドに所属したとしても、基本的には問題にはなるものではなかった。

 

「アスナさん達には、後日報告すれば良いだろう」

 

「はぁ……まあ、それなら良いけど……」

 

イタチの言っていることは事実なのだろうが、ギルドに所属するのがイタチとなれば、仲間内に波紋が生じるのは間違いない。もっと言えば、アスナやリーファをはじめとした女性陣が黙っていないだろうとユウキは思っていた。だが、せっかくイタチが所属してくれると快く言ってくれている以上、ユウキとしてもこの機会を逃したくはなかった。

ウインドウを開くと、イタチに対してギルド勧誘のメッセージを送った。そしてイタチは、ユウキから送られてきた勧誘画面のYESボタンを、躊躇うことなくクリックしてこれを受諾した。

 

「それじゃあ、よろしくね、イタチ」

 

「ユウキ、頼む」

 

こうして『黒の忍』ことイタチは、ユウキ達のギルド『スリーピング・ナイツ』のメンバーとなったのだった。

仲間達に黙ってのギルド所属なだけに、後日揉めるだろうということは、イタチとて予感はしていた。しかし、ALOにおける知己の中には、ユウキの事情を知らないメンバーはおらず、イタチの所属も納得してくれるだろうと考えていた。

 

 

 

 

 

しかしその認識は、後日発生した想像を超えた騒動によって、甘かったということを深く痛感することになるとは、この時は思いもしなかった――――――

 

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