ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版-   作:鈴神

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第百二十話 頬を落ちる涙、強さになるから

後妻討ちデュエル開催当日。ユウキ率いる後妻パーティー(仮称)は、今から約一時間後のデュエルに備え、連携の最終確認を行うために集まっていた。

集合場所に指定した、新生アインクラッド二十二層のイタチ所有のログハウスには、当事者であるイタチとユウキ以外に、今回のデュエルに参加するメンバーもまた、集まっていた。スリーピングナイツ所属メンバーのシウネーとノリの二人と、イタチの友人であり、今回助っ人として駆け付けてきたメダカ、シェリー、ララの三人もいた。そして、今日この日まで姿を隠していた、七人目のメンバーも……

 

「はじめまして、スリーピングナイツの皆さん」

 

「……何をしているんですか、あなたは」

 

後妻パーティー(仮称)七人が初めて集まる今日この日。メダカの紹介で加わることとなった七人目のメンバーが、朗らかな笑顔で行った挨拶に対し、イタチが口にした第一声がそれだった。

対する七人目のパーティーメンバー……若草色のショートヘアをした、シルフの少女――エリカは、その笑顔を崩すことなく、首を傾げるのだった。

『エリカ』は『アスナ』同様、現実世界における結城明日奈が所有するサブアカウントにて管理されているアバターである。しかし、アスナは前妻パーティー(仮称)のリーダーであり、今回の後妻討ちデュエルにおいてユウキ率いる後妻パーティー(仮称)の敵である。である以上、今目の前にいる『エリカ』を操っているのは、『アスナ』と同一人物ではない。ならば、誰が操っているのか……

 

「何のことでしょう?私は、メダカさんの友人である、ユウキさんに協力するために、この場に来たんですよ?」

 

「……このデュエルが何のために行われるのか、本当に分かって言っているんですか?エリカさん……いえ、京子さん」

 

ネチケットを前面に出し、イタチの追及をのらりくらりと躱そうとしたエリカ。しかし、イタチはその逃げ道を封じるために、この世界における禁忌を犯すことを承知で、相手のリアルの情報を口にした。

そんなイタチの対応に、エリカこと京子は、若干驚いたように目を見開く。しかし、エリカのアバターを危うる自身のリアルを知られることは、恐らくこうして姿を見せる前から予測していたのだろう。すぐにその顔は先程と同じの……否、先程よりも、かなり不敵な笑みを浮かべていた。

 

「あら……どうして分かったのかしら?」

 

「エリカのアカウントを保有しているのは、アスナさんです。そして、アスナさんがアカウントを貸し出す人物は、母親であるあなた以外には無いでしょう」

 

ついこの間も、明日奈の家出騒動を解決するに当たって京子を仮想世界へ招き入れるために、ユイの手伝いを借りて、エリカのアバターを使ったこともあるのだ。恐らくあれ以来、明日奈からアカウントを借りて頻繁にログインしていたのだろうと、イタチは推理していた。

加えて、イタチには前世の忍時代に培った観察眼と直感がある。変化した敵国の忍を割り出すために鍛えたそれらによって、目の前のアバターを操る人物が京子であると見破ることができたのだ。

 

「まあ、そうでしょうね……」

 

「そんなことはどうでもいいんです。それよりあなたは、これから行われるデュエルがどういうものなのか、ご存知なのですか?」

 

エリカを操る京子に対し、重要なことであるが故に、繰り返し同じ問いを投げ掛けるイタチ。対するエリカは、不敵な笑みを崩さずに答える。

そんな意地の悪い笑みを浮かべて応対するエリカを見て、イタチは本当にあの京子なのかと、心底疑問に思う。イタチの知る京子は、「冷徹な女教授」という表現がよく似合う人物だった。決して、このような愉快犯的な真似をするような人物には思えなかった。

 

「アスナをはじめとした女性達に対して不義理を働いたあなたを懲らしめるための、『後妻討ちデュエル』だって聞いているわ」

 

「……それが分かっていながら、本気で参加するのですか?」

 

「何かおかしいことがあるかしら?」

 

「……どこの世界に、娘の後妻討ちに、敵方として参加する親がいるんですか?」

 

「親とか娘とか、そんなことはこの世界で関係あるのかしら?それに、今の私は『エリカ』よ。現実の話を持ち込むのはマナー違反じゃないかしら?」

 

「………………」

 

エリカの屁理屈にも等しい言い分に、イタチは頭痛を感じ、沈黙してしまった。オンラインゲームの世界において、リアルの事情を話すことは、確かにマナー違反である。しかし、娘の色恋沙汰――それも仮想世界とはいえ刀傷沙汰――に親が参加という形で介入するのは、明らかに非常識である。

尤も、『後妻討ち』自体が非常に古い風習であるため、当時は親が参戦することがあったかは定かではない。それに、後妻討ちにおいて母娘が激突するとなれば、大きな話題になることは必定であり……結果として、イタチにさらなる恥をかかせることとなる。である以上、エリカこと京子の参戦も、全く非常識と言えなくもない。

 

「それに、アスナがこんなことをしでかしたのも、私のせいだしね……」

 

「……どういうことですか?」

 

「『後妻討ち』のことよ。あれは、五日くらい前のことだったかしら。あの子が時間になっても夕食の席に来ないから、部屋まで迎えに行ったの。そしたらあの子、部屋で机に突っ伏して泣いていたの。どうしたのかと事情を聞けば、懸想してる男の子に想いを伝えていたにも関わらず、浮気をされたとか。しかもその男の子、あの子以外にもいろんな子にも不義理を働いていたなんていうんですもの……。流石の私も、呆然としてしまったわ。あまりにも呆然とし過ぎて、日本の古文化の講義で使う予定だった、『後妻討ち』に関する書籍をリビングに置いてきちゃった程にね……」

 

「……アスナさんは、それを読んで『後妻討ち』をやろうなどと言い出してきたんですか……」

 

エリカの口から語られた、壮絶な皮肉とともに語られた裏事情に、イタチは眩暈を覚えた。一体どこから仕入れたのかと常々疑問だった、『後妻討ち』の知識の出所だったが、まさかまさかの母親からの教唆である。後妻討ちのことが書かれていた本を置いてきてしまったことについて、エリカは過失だと言っているが、こうなることを見越した、作為的な意思があったことは明らかである。

京子がこのような所業に及んだのは、娘の明日奈を泣かせたイタチこと和人に対する怒りが理由であることは明らかだった。散々イタチのリアルたる和人のことを非難し、明日奈との仲を引き裂こうとしていたにも関わらず、この怒りはあまりに理不尽である。しかし、なんだかんだ言っても、京子も母親である。そして、母親が娘の味方をするのは当然のこと。明日奈に対する厳しい態度も、全ては明日奈のためを思ってのこと。この『後妻討ちデュエル』も、ある意味では親馬鹿を拗らせた故の結果なのだ。

手段はどうあれ、京子が明日奈を母親として大切に思っていることは間違いない。

 

「まあ、良いじゃないか、イタチ。アスナ達を相手するのに必須の、七人目が確保が間に合わないのだから、背に腹は代えられないだろう?」

 

「そうそう!これも大事な母娘のコミュニケーションだよ!」

 

「日本には、『喧嘩する程仲が良い』っていう言葉もあるし、こういうのもアリなんじゃない?」

 

「メダカ……七人目の紹介をデュエル当日まで遅らせたのは、お前だろうが。そしてララにシェリー、母娘のコミュニケーションなら、もっと穏便な方法を模索するべきだろう……」

 

エリカのパーティー加入を強く推すメダカとララの意見に、イタチは頭痛を堪えるようにして額に手を当てた。

ララは『後妻討ちデュエル』において剣を交えることを、本気で母娘のコミュニケーションの一環だと思っているらしい。一方のメダカは、パーティーが抱える現状の問題について述べ、尤もらしい意見を述べているようだが、その顔には非常に意地の悪そうな笑みを浮かべていた。

そもそも、エリカを七人目として最初に推したのは、メダカである。パーティーへの加入自体は、エリカ本人が提案したらしいが、逃げ道を塞ぐために、ギリギリまでその正体を隠していたのはメダカである。イタチも、後妻討ちの教唆は勿論のこと、エリカのアバターを借りて京子が参戦するとは予想することができず、メダカが推す人物を当てにしてしまったのだが。

 

「……このことは、アスナさんは知っているんですか?」

 

「既に私の方から連絡していおいたわ。あの子も、流石に予想できなかったみたいでかなり驚いていたけど、了承は得られたわ」

 

「そう、ですか……」

 

まさか、母親であるエリカ自ら娘に知らせているとは思わなかった。アスナに後妻討ちを嗾けたことといい、自ら後妻討ちへの参加表明をしたことといい、イタチこと和人の知る京子のイメージからかけ離れ過ぎた行動の連続に、本当に本人なのかと疑問に思ってしまう。VRゲームをプレイする中で、仮想世界と現実世界とで、性格が乖離するという話はイタチも聞いたことはあるが……恐らくこの、ドSでアグレッシブで親馬鹿な姿こそが、京子の本性なのだろう。

ともあれ、対決する当事者達が承知しているのならば、パーティーメンバーではないイタチに反論の余地は無い。ならば他のメンバーはどうかと、ユウキ、シウネー、ノリの方へと視線を向ける。だが、ユウキは面白そうと言わんばかりの笑み、シウネーとノリは苦笑を浮かべており、三人とも不満は無い様子だった。

だが、問題は他にもある。

 

「……それで、仮に参加するとして、戦力になるのか?相手がアスナさんやリーファ、シノンとなれば、並のプレイヤーでは戦いにならんぞ」

 

「その心配も無用だ。アスナと話をするために最初にダイブした時、イグドラシルシティ周辺を少しばかり案内した際に、モンスターとの戦闘を少しばかり行ったが、かなりのセンスだ。アスナ達相手でも、互角に戦えることは保証する」

 

根本的な懸念事項である、プレイヤーとしての戦闘能力。ALOを初めて一月と経っていない以上、新人の域を出ない筈なのだが……信じられないことに、メダカは問題が無いという。エリカの実力はイタチにとって未知数だが、SAO以来の戦友であるメダカの目利きは信用できる。流石のイタチも冗談かと疑ったが、その不敵な笑みを見て事実であると思い知らされる。

 

「……それで全員、異論が無いのならば、俺からは何も言うことは無い。良いんだな、ユウキ?」

 

「うん!アスナのお母さんも加えてデュエルするなんて、ますます面白そうだね!」

 

後妻討ちというだけでなく、母娘対決という要素まで加わってカオス極まるデュエルであろうと純粋に楽しめるユウキの姿勢には、ある意味敬意すら抱かされる。ともあれ、エリカが七人目のメンバーになることについては、メンバー全員に了承された。

 

「それじゃあ、デュエル本番に向けた連携について最終確認を行うぞ」

 

ひと悶着あったものの、話を戻し、この場に集まった主目的である最終確認を開始するイタチとユウキ率いる後妻パーティー(仮称)。イタチの口から説明される作戦は、アスナ率いる強豪パーティーを相手に、メンバーの能力を最大限に活かして戦う上で、非の打ちどころの無いものだった。このデュエルにおいて辱められる対象たるとなっているイタチだが、アスナ達にはそれなりに負い目を感じていたのだろう。考案された作戦からは、手抜かりというものが全く感じられない、完璧なものだった。

 

 

 

 

 

 

 

そして、ユウキ率いる後妻パーティー(仮称)にエリカが合流してからおよそ一時間後。イタチ所有のログハウスの前では、ユウキ率いる後妻パーティー(仮称)と、アスナ率いる前妻パーティー(仮称)が向かい合っていた。両サイドのメンバーは全員フル装備であり、アスナ側のメンバーは、事前に通知されていた、非常に強力な武器を各々手に持っていた。対するユウキ達もまた、伝説級武器こそ無いものの、ALOにおいてはかなり上級な武装で固めている。

そしてその中心には審判役の情報屋、鼠のアルゴが立っており、周囲にはALO中から集まった名だたるプレイヤー達で構成されたギャラリーが犇めいていた。

 

「ヨ~シ!それじゃあ、皆集まったことだし、始めようカ?」

 

デュエルを行うパーティーが互いに準備完了したことを確認したアルゴは、いよいよ開戦の宣言をしようとする。それと同時に、向かい合うメンバーに緊張が走り、周囲のプレイヤー達は期待に胸を膨らませて湧き立つ。

 

「お集りの皆サン!それじゃあお待ちかネ!『黒の忍』ことイタっちを巡る、前代未聞のALO最強女剣士のパーティーが繰り広げる激しい戦い!『後妻討ちデュエル』、始まるヨ~!!」

 

ワァァァァアアアアアア!!

 

ギャラリーがハイになって上げる歓声の中、イタチやアスナを知る一部の観客から冷ややかな視線を注がれながら、ただ茫然と立ち尽くすことしかできなかった。そんなイタチに対し、カズゴやアレン、ヨウといった知人の男性陣は、呆れと同情の籠った目を向けているのだった。

そして、そうこうしている間にも、『後妻討ちデュエル』は始まる。

 

「それにしても、アスナもユウキもフル装備じゃねえか。伝説級武器まで持ち出して……ガチじゃねえか」

 

「改めて見ると、凄い面子ですよね。それにあの気迫……双方とも、形だけの騒動で終わらせる気は絶対に無いんでしょうね」

 

本来、『後妻討ち』というものは、前妻が前の夫に自身の存在を刻み付け、周囲に不義理を喧伝するための、形だけの騒動でしかない。故に、必要以上に物を破壊せず、死人は勿論、怪我人も極力を出さないように配慮するものである。しかし、これからアスナ達が行おうとしているのは、『後妻討ち』という形式の仮想世界におけるデュエルであり、実際に死傷者が出る恐れは無い。加えて、前妻を立てて後妻は負けなければならないというルールを除外することも予め決めているので、アスナもユウキも、その仲間達も、一切の容赦をすることなく、互いに殺す気で全力でぶつかり合おうとしているのだ。

 

「女の恨みは恐ろしいっていうけど、マジで笑えねえな……」

 

「ハハ、違えねぇ……」

 

これから幕を開ける、壮絶な女同士の殺し合いを想像し、イタチは勿論、その仲間達もまた、背筋が凍るような想いだった。

そして、ALOにおいて最強の女性プレイヤーで構成されたパーティー同士の、かつてない程に壮絶な戦いが幕を開けるのだった。

 

「ユウキのパーティーメンバーの配置は……まあまあ妥当だな」

 

ユウキ率いる後妻パーティー(仮称)のメンバーは一は、前衛三人に後衛四人に分かれていた。各メンバーに割り当てられた役割も、それぞれの種族とビルド、適性に即したものだった。

 

「ユウキとノリ、メダカの三人が前衛で、残りの四人は後衛か」

 

「シウネーとエリカが回復役、ララとシェリーがサポート系魔法と特殊アイテムによる援護ってところか」

 

絶剣ことユウキを筆頭に、前衛は武器を用いた近接戦闘に優れたプレイヤー三人。いずれもALO乃至SAOにおいて名を馳せた強豪である。

後衛も、回復魔法に優れる水妖精族『ウンディーネ』のシウネーと風妖精族『シルフ』のエリカ、サポート魔法とアイテム作成に優れた鍛冶妖精族『レプラコーン』のララと状態異常魔法を得意とする影妖精族『スプリガン』のシェリーという、援護に優れるメンバーで固められている。

 

「で、アスナのパーティーは……これまた、かなり極端な配置だな」

 

「まあ、適材適所といえばそうだが……」

 

アスナ率いる前妻パーティー(仮称)は、前後衛のバランスが取れていたユウキの後妻パーティーとは異なり、前衛の近接戦に戦力を集中させたものだった。

前衛は、SAO時代の『閃光』にしてALOの『バーサクヒーラー』であるアスナを筆頭として、リーファ、ラン、リズベット、シリカの五人。後衛はシノンとサチの二人のみとなっていた。

剣の世界を生き残ったSAO生還者と、現実世界で武術を嗜んでいるプレイヤーが主体となっているパーティーであるが故に、前衛の近接戦に適性を持つプレイヤーが多いのは確かだが、これではあまりに攻めに傾倒し過ぎている。

本来ならば、序盤はアスナを回復役(ヒーラー)として温存し、ここぞというときに狂戦士(バーサク)として前に出すべきなのだ。にも関わらず、前衛を補佐する後衛は、弓矢による援護射撃を得意とするシノンと、水妖精族『ウンディーネ』でありながら、回復よりも攻撃魔法に傾倒したビルドのサチの二人のみ。これでは、前衛がダメージを負った場合のリカバリーができない。

 

「アスナの奴、かなり無茶な配置してやがるな……」

 

「攻め切る姿勢あるのみって感じだな。あれじゃあ、守りが疎かだ」

 

「恐らく、ユウキのパーティーが後衛に人数を多く割り振ることを見越していたんだろう。近接戦が得意な面々を序盤から前面に出して、早々に決着をつけるつもりなんだろう」

 

それが、イタチの推測だった。近接戦闘に優れるアスナ、リズベット、シリカ、リーファ、ランの五人を前衛に投入することで、人数の有利を活かしてユウキのパーティーの前衛を速攻で倒すか、前衛の隙を突いて後衛へと斬り込むつもりなのだろう。前者の戦術の場合、『絶剣』ことユウキと闇妖精族『インプ』の猛者にして領主たるメダカを相手しなければならず、簡単には倒せない。となれば、後者の前衛を突破しての後衛撃破の可能性が高い。装備アイテムが魔法杖の状態で、前衛職のプレイヤーに懐に入り込まれれば、対応することは不可能である。特にアスナのように、『閃光』と呼べる剣戟が相手ならば、瞬く間に全滅してしまう。

 

「それじゃあ前妻サン、後妻サン……レッツ・ファイト!!」

 

前妻に相当するアスナから、後妻に相当するユウキへとデュエル申請が行われ、ユウキがこれを了承する。そして、両者は各々の得物を構える。開始のカウントダウンがゼロになるのと同時に行われたアルゴのデュエルの開始宣言と同時に、両者は激突するのだった。

戦力差は互角だが、勝負自体は早々に決着するかもしれない。それは、自分が原因で仲間達が殺し合う様を見たくないイタチの、希望的観測でもあった。しかしこの時、イタチは女達の怨念というものを侮っており……早々に決着するなどという考えの甘さを、心の底から痛感することとなるのだった………………

 

 

 

 

 

アスナ率いる前妻パーティー(仮称)の前衛メンバー五人と、ユウキ率いる後妻パーティー(仮称)の前衛メンバー三人が向かい合う。一触即発の雰囲気の中、アルゴによるデュエルの開始と同時に、双方の前衛が互いに突撃する。だが、前妻パーティー(仮称)のリーダーであるアスナは、突撃と同時に後衛に指示を飛ばす。

 

「サチ!詠唱を開始して!!」

 

「了解!」

 

「えぇっ……!?」

 

開戦早々、敵にも聞こえる声量で後衛のサチへと送られたアスナの指示は、魔法詠唱の開始だった。敵前衛とこれから切り結ぶというのに、何を考えているのか。その意表を突いた行動に、ユウキは動揺を隠せない。しかし、その狙いについて思考を割く暇も無く、ユウキはアスナと剣を交えることとなった。他のメンバーについては、メダカに対してリーファとラン、ノリに対してリズベットとシリカが向かっていた。ユウキ以外は、一人に対して二人掛かりで斬りかかっている形となる。

そして、問題のアスナ側の後衛たるサチの詠唱が始まる……

 

(まさか、あれって……!)

 

アスナと切り結ぶ中で聞こえたサチの詠唱魔法。まだ数節目だが、その特徴的な詠唱故に、魔法の正体はすぐに分かった。そしてそれは、ユウキ達にとって信じられない、最悪のものだった。

 

「あれって、もしかして……!」

 

「拙いわね。『ニブルヘイム』で間違いないわ」

 

『ニブルヘイム』は、水属性魔法の広範囲攻撃魔法である。水属性魔法スキルを九百以上まで高めておかなければ習得できない最上級魔法である。数あるALOの魔法の中でも、威力、効果範囲共に群を抜いて強力な魔法であることから、新生アインクラッド導入以前から、多くのボス戦、レイド戦において重宝されていた。その高過ぎる性能故に、アップデートの度にリミットレギュレーションがかけられ、当初は十五節だった詠唱が三十節に増やされ、パーティー及びレイドで一度に発動できるプレイヤーは一名のみ、発動後は十分間のインターバルを要するといった制約が課される程だった。それでも、今尚これを主力とするパーティーやレイドは存在しており、未だにALOにおいて猛威を振るっていた。

そして今、アスナの前妻パーティー(仮称)は、そんな強力な魔法を、たった七人のプレイヤーを相手にするデュエルで、しかも序盤でいきなり放とうとしているのだ。

 

(今日のアスナは、何をやらかすか分からないって、イタチからも言われていたけど、まさかこんな真似をするなんて……!)

 

(前衛の斬り込み役にパーティーメンバーの大部分を投入したのは、速攻で決着をつけるための、攻撃に傾倒したフォーメーションではなく、その逆……前衛全員を足止めするための壁役か!)

 

『ニブルヘイム』を発動できたのならば、前衛のユウキ等三人は勿論、後衛メンバーにまで被害が及び、数人が即死する可能性もある。しかし、詠唱者のサチがダメージを受ければ、即座に魔法は台無し。それを防ぐために、アスナはパーティーの戦力の大部分を前衛に投入し、ユウキ、メダカ、ノリの三人を確実に足止めすることを選んだのだ。

 

「成程。かなり強引な作戦だが、これで私達は動けない。だが、後衛を攻撃できるのは、前衛だけではないぞ!」

 

リーファとランの剣戟と拳を捌きながら、メダカは不敵に笑う。それと同時に、ユウキ率いる後妻パーティー(仮称)の後衛メンバーであるシェリーとララが詠唱を開始する。発動数魔法は、闇属性億劇魔法の『ダーク・スフィア』と火属性攻撃魔法の『ファイア・ボール』である。標的は言うまでもなく、アスナの後衛再度で詠唱をしているサチである。互いのパーティーの前衛が切り結んでいる戦場の頭上を越えて魔法を放ち、サチの詠唱を止めようとしているのである。二人ともサポート魔法が専門なので、攻撃魔法は大した威力を持たないが、どこかしらに命中すれば、超長文詠唱の魔法を食い止めるくらいは簡単にできる。

アスナの前線メンバーは、ユウキの等を食い止めること集中しているので、後ろにまでは手が回らない。

 

「しののん、お願い!」

 

「任せて」

 

だが、アスナとてこの程度の事態は予測済みである。

サチとともに後衛に控えていたシノンが、伝説武器の光弓『シェキナー』矢を番え、飛来する魔法に狙いを定める。初撃には聖属性を付与したの特殊矢『聖矢』、二撃目には水属性を付与した『氷矢』である。『聖矢』は『ダーク・スフィア』、『氷矢』は『ファイア・ボール』に命中してそれぞれの魔法を相殺した。

 

「シノンをサチの守りに使ってくるか……!」

 

「魔法を弓矢で落とすって……まあ、アリなのかな?」

 

ソードスキルによって魔法を消滅させる『魔法破壊(スペルブラスト)』が実在するのだ。相反した属性を付加した矢を魔法に当てれば、これを命中させることは理論上は可能である。イタチやマコトといったトンデモプレイヤーを見てきた故に、ユウキも然程驚きはしなかったが、弓矢による『魔法破壊(スペルブラスト)』も生半可な技術で再現できるスキルではない。イタチとその周囲のプレイヤー達が、常識の通用しない、並外れた集団であることを改めて思い知らされ、ユウキ、シウネー、ノリの三人は戦慄していた。

 

「シウネーとエリカも手伝って!連射するわよ!何としても止めて!」

 

後衛のリーダーであるシェリーの指示により、次々に魔法が放たれる。しかし、対するシノンは慌てた様子を見せず、放たれる魔法一つ一つを見極め、それに相反する属性の特殊矢を番えて一発残らず魔法を撃ち落としていく。

両陣営の前衛が戦いを繰り広げる場所の真上で、次々にライトエフェクトを撒き散らしながら魔法が消滅するその様は、さながら花火大会とも呼べるものだった。その幻想的な光景に、周囲のギャラリーの大部分が目を奪われていた。そして、フィナーレとも呼べる最大の花火が炸裂しようとしていた。

 

「ニブルヘイムが発動するわ!皆、退いて!」

 

詠唱が二十五節目に突入したところで、最早止めることは不可能と悟った後妻パーティー(仮称)の後衛メンバーが、効果範囲から離脱するべく、全力で後退する。白兵戦をしていた前衛のユウキ等も、アスナ達を引き離して各々に散らばって距離を取ろうとする。

そんな彼女等に、無慈悲な一撃が下された。

 

「祈るがいい……せめて命があることを」

 

次の瞬間、戦場に冷気が……否、凍気が迸る。魔法を発動したサチの目の前に移る光景全てが凍り付き、辺り一面が氷河期と化した。その威力は凄まじく、ユウキ達後妻パーティー(仮称)のみならず、ギャラリー達すらをも巻き込み、大ダメージを与える程だった。中には、HP全損に陥ってリメインライトと化したプレイヤーも何人かいた。

そして、この魔法の標的に定められていた、ユウキ達後妻パーティー(仮称)は………………

 

「くぅうっ……何とか、持ち堪えられたか……!」

 

「ギリギリ、だがな……」

 

『ニブルヘイム』が作り出した銀世界の中、効果範囲から逃れきれず、HPを全損したノリのリメインライトが揺らめいていた。しかし、ユウキとメダカは強烈な寒さに身を震わせながらも、息を切らしながら、手に剣を握った状態でその場に立っていた。HPはごっそり削り取られていたが、全損には至っておらず、メダカ本人の言う通り、ギリギリで踏み止まっていた。

前衛で戦っていた二人は、効果範囲から逃れきれなかった。まともに食らえば即死の大魔法がすぐそこまで迫っている中、二人が取った手段は、「ソードスキルによる防御」だった。『ニブルヘイム』の凍気が迫る方向目掛けてソードスキルを発動することで、『魔法破壊(スペルブラスト)』が一部発動し、その威力を幾分か抑え込んだのだ。しかし、フィールド全体を攻撃するタイプの魔法だったため、通常の『魔法破壊(スペルブラスト)』のように完全に消滅させることはできず、大ダメージを被ったのだった。

 

「早く態勢を立て直さねば……」

 

「そうはさせないわよ」

 

「なっ!」

 

序盤からの『ニブルヘイム』発動によって崩された態勢を整えるべく、立ち上がろうとしたメダカの眼前に、アスナが迫る。

そのあまりに速過ぎる動きに驚愕し、反応が遅れたメダカ目掛けて、アスナは自身の持つ細剣OSS『スターリィ・ティアー』を発動。星の頂点を突くように、五連撃の刺突を見舞う。綺麗に全撃決まったそれは、メダカの残り少ないHP全てを食らい尽くした。

 

「そう、か……!」

 

HPを全損し、その身がリメインライトへと変わる中、メダカはアスナがどうやって懐に入り込んだのかを悟った。アスナは『ニブルヘイム』発動時、後退することなく、その場に留まり……そして、魔法が発動し終えると同時にメダカへ目掛けて追撃を敢行したのだ。

改めてアスナの装備を見て分かったが、凍剣『ザドキエル』をはじめとして、指輪や腕輪等は全て、装備者の氷属性魔法への耐性を強化するアイテムで固められていた。それこそ、氷属性の最上級攻撃魔法をまともに受けたとしても、HPを全損することなく、持ち堪えることができるだろうと思える程に。

 

(相変わらず、無茶をする……)

 

メダカの内心の呟きは、言葉になることはなかった。メダカの言う通り、大魔法を囮に自身もまた危険に身を投じて敵へと奇襲を仕掛けたアスナの行為は、無茶以外の何物でもない。

普通のプレイヤーならば考えない……考えても実行に移せないであろう危険極まりないこの作戦。それを実行し、それを成功させることができたのは、一重にアスナの執念が為せる業だった。そしてその執念は、この後妻討ちデュエルに参加している前妻パーティー(仮称)のメンバーのほとんどが共有しているものでもあった。

 

「これで二人……皆、一気に行くよ!」

 

『おう!!』

 

「はわゎっ……!」

 

『開幕ニブルヘイム』とも呼ぶべき作戦により、三人の前衛の内、二人を早くも仕留め、前妻パーティー(仮称)の士気は上がっていた。後妻パーティー(仮称)のメンバーの内、前衛として戦えるのはユウキ、メダカ、ノリの三人のみ。後衛に控えている残りの四人も、前衛が全くできないということもないが、どちらかと言えば後衛向きのビルドである。故に、これで事実上、後妻パーティー(仮称)の前衛はユウキ一人であり、彼女一人で前妻パーティー(仮称)の五人を相手にしなければならないのだ。並みの実力者で構成されたパーティーが相手ならば、『絶剣』ユウキ一人でも十分蹴散らせるだろう。だが、今回は相手が悪い。アスナやリーファを筆頭としたメンバーが相手では、流石にユウキといえども、一人では荷が重すぎる。しかも、前妻パーティーの後衛が健在ならば、猶更である。

結論として、メダカとノリの二人が倒された時点で、形勢は前妻パーティー(仮称)の圧倒的有利……もとい、前妻パーティー(仮称)の勝利確定なのだ。ユウキやシェリーといった面々も、それを理解している故に顔色は悪く、動揺を隠せなかった。まさに絶体絶命の窮地。早くも決着はついたかと、誰もがそう思った、その時だった。

 

「私が出るしかないわね」

 

後妻パーティー(仮称)の後衛メンバーの一人、風妖精族『シルフ』のエリカが、前線へと一歩を踏み出した。

 


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