ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版-   作:鈴神

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第百二十二話 伝えきれない思いが胸の中に溢れてく

辺り一面に、毒鱗粉を含む白い霧が立ち込める中、リーファはその向こう側に立つ強敵――エリカの動きが掴めず、立ち往生していた。空を飛んで探そうにも、下手に上空に姿を晒せば、先程のように毒の鞭や魔法の攻撃に晒され、地上へ戻らざるを得なくなることは間違いない。

 

(上空に使い魔を飛ばさないのは、私達に飛ぶように誘っているってこと……今飛べば、間違いなく危険だわ!)

 

地上にいたリーファやランの位置を掴むために、『式神符』で呼び出した使い魔『オーガフライ』を上空へ飛ばしていたエリカだが、シノンがこれを撃ち落として以降は、新たな使い魔は放たれていない。故にリーファは、エリカが自分達に空を飛ぶように誘いをかけているのだと推測していた。

実際には、所持数上限が定められている『式神符』をエリカが全て使い切ってしまったことで、新たな使い魔を呼び出すことができないのだ。しかし、課金アイテムである『式神符』のことを詳しく知らないリーファは、そのように誤認してしまったのだった。

しかし、仮に『式神符』の所持数上限等についての事前知識があったとしても、リーファは飛行という選択肢を取らなかっただろう。課金アイテム頼りとはいえ、手練れであるリーファ等五人を相手に互角に渡り合い、内二人を撃破したのだ。アイテムが減った程度のことでは、戦況を覆せる程の優位を得られるとは思えない。むしろ、アイテムを使い切ったことで油断を誘う作戦だと考えただろう。

 

「リーファ!」

 

「ようやく見つけたわよ!」

 

「シリカ!それにリズさんも!」

 

打つべき手が見つからず、攻めあぐねいていたリーファのもとへ、シリカとリズベットが合流する。どうやら二人も、エリカへの対処法が思い付かず、リーファ同様に逃げ惑っていたらしい。

 

「全く……何がALO初心者よ!アスナが言ってた話と大分違うわよ!」

 

「流石はアスナのお母さん、って感じですよね……」

 

エリカが見せた、理不尽なまでに規格外の強さに、リーファのみならずシリカもリズベットも完全に参っていた。しかし、彼女等にもSAOとALOで数々の激闘を制してきたベテランプレイヤーとしての意地がある。このまま黙ってやられるつもりは微塵も無かった。

 

「それで、どうやって攻める?相変わらず、辺りは毒の霧で覆われているみたいだけど」

 

「効果は永続的じゃないと思いますけど……それでも、いつ晴れるかは分かりません。それに、このまま放っておいたら、エリカさんが今度は何をしてくるかと思うと……」

 

「やっぱり、こっちから攻めるしかないか……!」

 

エリカはこの後妻討ちデュエルが始まってから、予想を裏切る戦法を連発することで、前妻パーティー(仮称)追い込んできた。シリカの言う通り、放置して時間を与えれば、何をしでかすか分からないのだ。である以上、エリカが次の策を講じるよりも前に、畳みかけねばならない。

 

「けど、普通に仕掛けただけじゃ、あたし達三人が束になっても絶対に敵わないわよ?」

 

「ソードスキルも魔法も、多分通用しないでしょうからね……」

 

最初に切り結んだ際のエリカの反応速度からして、ソードスキルによる正攻法は、まず通用しない。魔法に至っても同様であり、追尾性能のある魔法や範囲攻撃型の魔法でない限り、容易に回避されてしまうだろう。それに、『スキルコネクト』をやってのける程の腕前なのだから、『魔法破壊(スペルブラスト)』を使えたとしても不思議ではない。結論として、魔法もほぼ通用しないと考えるべきだろう。

連携プレーで攻撃しようにも、リーファ、ラン、リズベット、シリカの四人による攻撃を苦も無く捌いて見せたエリカである。今更三人の連携で仕留められるとは、到底思えない。

 

「こっちも何か……こう、エリカの意表を突くような攻撃をしないと……!」

 

「けど、ソードスキルも魔法もまともな方法じゃ、まず通用しないんですよ!?」

 

「何か、弱点がある筈よ……それさえ分かれば、隙を作れれるんだけど……」

 

如何にエリカが並外れた戦闘センスを持つプレイヤーだと言っても、ALOのプレイ時間と戦闘経験はリーファ達の方が上である。であるならば、才能やセンスだけではカバーし切れない、リーファ達が優位に立ち、このデュエルにおいて勝機を見出せる何かがある筈。それを見出すべく、リーファは頭を回転させる。

 

(大丈夫……エリカは確かに強いけど、お兄ちゃんの方が断然強い!それにお兄ちゃんだって、ALOを始めた時から強かったわけじゃ……………!!)

 

エリカという強者を前に、リーファが知る限りで最強のプレイヤーである、自身の兄であるイタチのことを思い出すリーファ。だが、そこではっとする。

 

「そうだ……お兄ちゃんだ……!」

 

「え……リーファ?」

 

思い出すのは、イタチがALOを始めた頃のこと。ログイン時に偶然にも遭遇し、その後パーティーを組んで行動してきた時のこと。世界樹を目指す中で、無双と呼ぶに相応しい実力を発揮して苦難を乗り越えてきたイタチだったが、徹頭徹尾楽勝な展開ではなく、窮地に立たされたこともあった。

 

「あの戦い方なら、勝てるかもしれない……!」

 

「ちょっ……リーファ!?」

 

「本当なの!?」

 

いきなり勝機があると言い出したリーファに驚き、声を上げるシリカとリズベット。そんな二人を余所に、リーファはさらに思考を走らせる。

 

(優位に立てる戦い方はあるけど、それだけじゃ決定打に欠ける……)

 

あと一歩、エリカを倒すために必要な一撃を与えるための、致命的な隙が欲しい。それこそ、このデュエルの中で幾度もエリカがやってのけたような、相手の度肝を抜くような、予想不可能で意外性のある一手が……

 

「きゅる……?」

 

ふと気が付くと、リーファの視界の端に、ふわふわとした羽毛を纏った小さな竜――シリカのテイムモンスターである、ピナの姿が映った。その瞬間――

 

「そうだ!」

 

ある作戦が、思い浮かんだ。エリカを自身等が優位に立てる戦場へ誘い出し、尚且つ決定的な隙を作り出すための作戦が。

 

「リズさん、シリカ!これなら、エリカを倒せるかもしれない!」

 

頭の中に描き出された、強敵・エリカを確実に倒すための秘策を、リズベットとシリカに話すリーファ。それを聞いたリズベットとシリカは、驚きの表情を浮かべたが……最終的には、作戦の決行に賛同し、反撃のために動き出すのだった――――――

 

 

 

 

 

 

 

「さて……そろそろかしらね?」

 

自身が『式神符』によって呼び出したモンスター二体が作り出した、毒鱗粉を含んだ白い霧に囲まれながら、エリカは頃合いを見計らっていた。霧を発生させている『アビスフローター』と、毒鱗粉を発生させている『ポイズンゲール』を留めておける時間は、残り僅か。毒霧が晴れれば、エリカ自ら戦いに出なければならないのだ。

 

(前衛一人と、一人しかいなかった後衛を排除できたから、まあまあ上出来な戦果ね。こっちも後衛二人をやられて、向こうの残り三人もそこそこの手練れだけれど……まあ、勝てるでしょう)

 

自身の置かれた状況と、相手の残存戦力を確認しながら、エリカはこれからの戦いについて思考を走らせる。後衛から前衛へとシフトして以降、式神による毒霧、毒霧の死角から繰り出す毒鞭、矢を跳ね返す石像型モンスターと、課金アイテムを駆使したトリッキーな戦術を次々繰り出し、前妻パーティー(仮称)のメンバーを翻弄し、内二人を倒したエリカだが、少なからず追い詰められている面もあった。

『式神符』は、所持上限六枚を全て使い切っており、手持ちの使い捨ての課金アイテムは、高位の魔法を籠めた『魔法符』のみ。所持上限は『式神符』ほど厳しくはないものの、強力な魔法がしようできるが故に、発動時にはその場から動けないデメリットがある。複数の、しかもそれなりに手練れのプレイヤー達を相手にする際には、隙を作らないためにも無闇な連射は避けねばならない。よって、エリカはこれからリーファ等三人を、課金アイテムにほとんど頼ることなく、自力で相手しなければならないのだ。

しかし、エリカにとってそれは特別悲観する程の事態ではない。前衛へシフトした当初は、後衛の助け無しで前妻パーティー(仮称)の前衛四人を一人で相手したのだ。唯一の後衛であるシノンと、前衛の中でもトップクラスの戦闘能力を持つランを排除することに成功したこの状況ならば、三人を相手に正面戦闘に及んだとしても、勝算は十分にある。

 

(霧が晴れ次第、まずはシルフの子から倒すべきね。次に、レプラコーンの子、最後にケットシーの子ってところかしら)

 

残り三人の内、最も厄介なのは、一番の手練れであるリーファである。残り二人は腕はそれなりだが、エリカが後れを取る相手ではない。故にエリカは仕留める相手をそのように決めた。

互いに動くことをしない、膠着状態が続くことしばらく。『式神符』の効果が切れ、召喚された『アイスフローター』と『ポイズンゲール』が消滅し、それに伴って二体が作り出していた毒霧もまた晴れていった。そして、霧が晴れた向こう側に、エリカは第一の標的に定めたリーファの姿を捉えた。

 

「そこ!」

 

奇襲をかけるならば今だろう。そう判断したエリカは、片手剣上位ソードスキル『ヴォーパルストライク』を発動しようとする。

眼前に広がる霧は、完全には晴れていない。しかし、だからこそ不意を突くチャンスでもある。触れれば麻痺に陥る毒霧が晴れていない状況ならば、危険な行為はしないだろうと考えるであろう敵の不意を突けば、確実に標的を仕留めることができる。一歩間違えば、自身が毒霧にやられて自滅する危険な策だが、エリカに躊躇いは無かった。

そして、いざリーファに向けて必殺の一撃を放とうとした――――――その時だった。

 

「やぁぁあああ!!」

 

「!!」

 

リーファがいる場所とは別方向の、しかしそれほど離れていない場所から響く、裂帛の気合。僅かに視線を逸らすと、晴れつつある霧の向こうから、ソードスキルのライトエフェクトが迸っていた。

 

(あの声は、確かレプラコーンの子。得物は片手棍……まさか!)

 

ソードスキルのライトエフェクトは、垂直に伸びていた。即ち、振り下ろすタイプのソードスキルである。リズベットにとって、この場における唯一の敵であり、標的であるエリカは、離れた場所にいる。少なくとも、得物が届く距離にはいない。となれば、狙いは……

 

「くっ……!」

 

霧の向こうから仕掛けて来る敵の攻撃の意図を悟ったエリカは、すぐさま翅を広げて飛翔、地面から離脱した。途端、地面には電撃が迸り、無数の亀裂が入った。咄嗟に地面から離れたため、エリカには感じ取れなかったが強烈な衝撃も走っていたことだろう。

 

(戦槌系なのは確かだけど、ただのソードスキルじゃないわね……何らかの特殊効果を付与したのは間違いないわ)

 

エリカの見立ては間違っていない。リズベットが発動したのは、戦槌系ソードスキル『パワー・ストライク』である。但し、攻撃の威力と範囲を強化する雷属性の強化魔法付きである。リズベットはこれを地面に叩きつけることで、ソードスキルとの相乗効果で強力な電撃と衝撃波を、エリカが立っていた一帯に迸らせたのだ。

 

「そこね――」

 

「ぐっ……!」

 

上空へと飛び上がったのと同時に、手持ちの『魔法符』を発動。火属性上級魔法『インフェルノ』を発動し、リズベットがいる一帯を焼き払う。紅蓮の業火の中に揺らめく、異色のリメインライトを確認すると、今度は……

 

「やぁぁああ!!」

 

リズベットがいた方向を向いているエリカの背後を狙い、シリカが短剣ソードスキル『サイド・バイト』を放つ。体を回転させながら放つ、斬撃属性このソードスキルは、命中率が高いことが特長とされる。さらに、シリカが持つ短剣には、強力な麻痺毒が塗られている。少しでも掠らせれば、一発逆転を狙えるその一撃は……

 

「やっぱりね」

 

「きゃぁぁああっ……!」

 

しかし、エリカに命中することは無かった。まるで、背中に目でも付いているかのように、身を翻してシリカの攻撃を回避したエリカは、片手剣を手に水平四連撃ソードスキル『ホリゾンタル・スクエア』をカウンターとして発動。上空に描かれた正方形の中心にいたシリカは、HPを全損して地面に向けて、悲鳴とともに落下していく。

 

(妙ね……あんな掛け声なんて出したら、奇襲にはならないのに)

 

シリカの悲鳴を聞き流しながら、エリカは一連の襲撃について即座に思考を走らせる。ダメージを与えたいのならば、リズベットもシリカも、あのように声を上げべきではなかった。「これから攻撃します」と知らせるのも同然な真似をするのでは、奇襲を重ねた意味が無い。しかし、先の二人のことを、一目でそれなりに戦い慣れていると見抜いたエリカには、これがどうしても油断によるものとは思えなかった。

リズベットがエリカを空へと退避させるための囮であり、シリカが空中攻撃によって隙を作り出すための囮と考えた場合、最後に来るのは……

 

「やぁぁあああっ!!」

 

「やっぱりね」

 

果たしてエリカの予想通り、最後の一撃は、エリカよりも上空に飛び上がっていたリーファによる一撃だった。真上の死角から凄まじいスピードと共に急降下することによって威力を上乗せした片手剣上位ソードスキル『ヴォーパルストライク』による強力な一突きを、エリカに向けて繰り出そうとしているのだ。

 

(やるわね……私が苦手な空中戦に持ち込むなんて……)

 

リーファ等五人を相手に無双に近い実力を見せつけてきたエリカだが、戦闘開始から今まで、地上戦に徹していた。理由は単純。エリカは空中戦に慣れていないのだ。

かつてイタチが、ALO事件の際にサスケのアバターでアルヴヘイムを旅した中で戦うこととなった、サラマンダーのユージーン将軍相手に劣勢を強いられていたのも、プレイ時間の短さ故に飛行戦闘に対応し切れなかったことが要因である。故にリーファは、ALOのプレイ時間がものを言う空中戦に持ち込み、エリカに対して優位に立とうとしたのだった。

 

(着眼点は間違っていないわね。けど、直撃は貰わないわよ)

 

空中戦闘に不慣れとはいえ、既に随意飛行をマスターしているエリカである。シリカを迎撃した虚をつく形で繰り出される、高速で迫るリーファの一撃に完璧に対応し、回避し切ることは不可能だが、急所への直撃を外すことは十分可能である。

加えて言えば、カウンターとして水平斬りソードスキル『ホリゾンタル』を叩き込んで翅を切り落とすことも可能である。そうすれば、バランスを崩して地面に叩きつけられ、リーファのHP全損は確定である。

追い詰められた状況にありながら、即座に反撃の術を導き出したエリカは、そのまま身を翻してリーファのヴォーパルストライクの直撃コースから外れようと動く。

 

「きゅる~っ!!」

 

「なっ!?」

 

だが、エリカが回避行動のために振り向いたその先の視界に、全く予想外の存在が飛び込んだ。水色の羽毛に包まれた、竜の姿をした小型モンスターのフェザーリドラ……シリカのテイムモンスター、ピナである。

 

「きゅるる!」

 

「むもふっ!?」

 

いきなり死角から現れたかと思えば、エリカの顔面目掛けて飛び掛かるピナ。その予想外過ぎる行動に虚を突かれたエリカは反応が遅れ、接近を許してしまう。そしてピナは、驚愕するエリカの顔へとしがみ付いた。

羽毛のモフモフとした感触とともに視界を塞がれたエリカは、空いている左手でピナを引き剥がそうとするが、その小さな体に似合わない力でエリカの頭に掴まったまま放さない。そして、そうこうしている内に……

 

「てい、やぁあああ!!」

 

「ぐふっ……!!」

 

ソードスキル発動とともに急降下していたリーファが接近。ヴォーパルストライクが、エリカの腹部へとクリーンヒットした。リーファの握る嵐剣『ラファエル』はエリカの胴体を貫き、そのまま猛スピードで落下していき……地面へと激突した。その途中、落下スピードに耐えられなかったピナはエリカの顔面から離れていた。

 

「くっ……まさか、テイムモンスターがあんな動きを見せるなんて……やるわね」

 

「モンスターを使うのは、あなたの専売特許じゃないってことよ」

 

激突の勢いで霧が晴れた戦場のど真ん中で、剣で腹部を貫かれて地面に縫い付けられたエリカと、エリカに突き刺さった剣を握って放さないリーファが至近距離で向かい合う。

これこそが、リーファがエリカを倒すために立てた作戦である。リズベットとシリカの二段奇襲によって、地面から飛び上がらせた上で隙を作り、さらにピナまでもを使ってエリカの視界を塞いだ上で、リーファが止めを刺すというものである。空中戦が苦手なエリカを飛び上がらせるだけでは優位を獲得できないと確信していたリーファは、テイムモンスターであるピナで致命的な隙を作り出すことを思い付いたのだ。果たしてその作戦は功を奏し、単調なアルゴリズムでしか動かない筈のテイムモンスターであるピナが見せた予想外の動きは、エリカの虚を見事に突くことに成功し、こうして致命的なダメージを与えるに至ったのだった。

 

「一時はどうなることかと思ったけど、これで終わりよ」

 

「そうね……流石にもう無理ね」

 

ヴォーパルストライクの直撃がエリカに齎した莫大なダメージは、エリカの残存HPは全損へ向けて急激に減少させていた。HP全損は確定的だった。

 

「けど、タダじゃ死なないわよ」

 

「え……?」

 

唐突にエリカが呟いた意味深な言葉に、疑問符を浮かべるリーファ。一体、この状況で何を考えているのかと問い掛けようとしたが……すぐにその言葉の意味を知ることになった。

エリカが片手剣を握る右手とは反対側の、握っていた左手を解く。開いた手の平には、一枚の札型のアイテム――『魔法符』が握られていた。

 

「んなっ……!?」

 

「これで終わりね」

 

HP全損によって、エリカのアバターがリメインライトと化しようとした直前。魔法符に魔法発動のライトエフェクトが迸ったのと同時に、魔法符に籠められた爆裂魔法が発動。エリカとリーファの二人を猛烈な衝撃と爆炎が襲った。既にHP全損寸前だったエリカは勿論のこと、リーファもまた、爆発に呑まれてHP全損へと追い込まれた。

爆裂魔法が収まったその跡には、同色のリメインライトが二つ、揺らめいているのみだった。

 

 

 

 

 

「どうやら、向こうは決着がついたみたいね」

 

「そうだね。まさか、エリカがあそこまで戦えるなんてね~……」

 

ヒーラーを伴い、前妻パーティー(仮称)五人とエリカの戦場から距離を取っていたアスナとユウキは、自分達のすぐ近くで繰り広げられていた壮絶な戦闘の顛末を目にして、感心したような声を漏らした。

リーダー同士で邪魔が入らない場所で一騎打ちをするべく離れていた二人だったが、エリカが召喚したモンスターによって放たれた毒霧の余波から避けるためにさらに距離を取って以降は、その戦いに半ば釘付けになっていた。

 

「それじゃあ、ボク等も決着つけよっか?」

 

「そうね……生き残っているのは、お互いに私達だけだしね」

 

アスナがユウキの言葉に同意するとともに、両者は再び剣を手に取る。ここに至るまで、激しい攻防を繰り広げてきた二人だったが、これ以上戦闘を長引かせるつもりは無かった。

 

「サチ。ここから先は、ユウキと一騎打ちで戦いたいの。ヒーラーとしてついてきてもらって悪いんだけれど、デュエルの勝敗は、これで決めたいの」

 

「シウネーもお願いね。これが最後の戦いになるだろうから、ボク等だけで決着をつけたいんだ。悪いけれど、見ていて欲しいんだ」

 

あくまで一対一の正面対決で決着をつけるというアスナとユウキの言葉に、サチとシウネーはやれやれと少しばかり呆れた様子で苦笑し、この戦いから手を引くことを了承した。

後衛二人が後ろへと退いたことを確認したアスナとユウキは、改めて互いに剣を構える。

 

「『後妻討ち』って、後妻が前妻を立てて負けるものだって聞いているけど、果たし状に書いてあった通り、本気で行かせてもらうよ」

 

「ぜひそうしてちょうだい。私もこの勝負、わざと負けてほしいなんて微塵も思ってないから。全力のあなたを倒して……それで、イタチ君に私達がどれだけ本気だったのかっていうのを分かってもらいたいからね」

 

そう言って凍剣『ザドキエル』の切っ先を向けるアスナの表情は、常の彼女からは考えられないような気迫に満ちた、真剣なものだった。SAO事件当時、攻略組として轡を並べて幾多の戦場を駆け巡ったイタチ等でも見た事の無いような本気のその姿に、誰もが息を呑む。

彼女にとってこのデュエルは、言葉だけでは伝わり切らなかったイタチへの想いを体現するための戦いであり、命を懸けていると言っても過言ではない、どこまでも譲れないものなのだ。譬え相手が『絶剣』の名を冠する、イタチに匹敵する強豪であろうと、後れを取るつもりは全く無かった。

そしてそれは、ユウキも同じである。

 

「ボクだって、負けないよ!剣士としては勿論だけど……イタチの隣にいたいって思っているのは、同じだからね」

 

「っ!……そう。なら、私もますます負けられなくなったわね!!」

 

ユウキの宣言に対し、驚きに目を見開くアスナだったが、不敵な笑みを浮かべるとともに、すぐに冷静にな表情へと戻った。ユウキが口にした言葉の意味も、そこに込められた真剣さも、アスナにはすぐに分かったからだ。

これ以上の言葉は不要。ここから先は、全力の剣技をもって語るのみである。

 

「「――ッ!!」」

 

そして両者は、正面から激突した。二人の影が目にも止まらぬ速度で戦場を駆け回り、交錯する度に刃による斬撃、切っ先による刺突、無手の片手や足による打撃が響き渡る。形勢は、両者全くの互角。技量が拮抗しているが故に、純粋な剣技のみで勝負している限り、優位はいずれにも傾かない。

永遠にも感じられた、しかし実際には二十秒程度しか経っていない両者の交錯は、唐突に終わった。その短時間の中で、三桁に相当する回数の交錯を経た両者は、このままでは決着がつかないという同じ結論に至った。故に、

この均衡を崩すための勝負に出ることにした。即ち、“ソードスキルの正面衝突”である。

 

「はぁぁああああっ!!」

 

「う、おぉぉおおお!!」

 

双方の剣の刀身から、ソードスキル発動を示す強烈な光が、奔流となって溢れ出す。両者ともに発動するソードスキルは、刺突系の上位ソードスキルによる連撃である。

ユウキが発動するのは、彼女を『絶剣』たらしめる奥義こと十一連撃OSS『マザーズ・ロザリオ』。

アスナが発動するのは、八連撃の細剣系ソードスキルの『スター・スプラッシュ』。

片手剣と細剣の刺突が正面から激突する。閃光が迸り、衝撃が空気を震わせる。極めて小さい点と点のぶつかり合いは、僅かのズレや力加減の誤りによる防御ミスが、即座に均衡を崩す致命傷……命取りとなる。イタチの前世の、写輪眼を持つ忍同士の戦いもかくやというユウキとアスナの、互いの神経を擦り減らしながらの壮絶な鎬の削り合いは……しかし、長くは続かなかった。

 

「これで、終わり……だね!!」

 

ユウキの『マザーズ・ロザリオ』は十一連撃であり、アスナの『スター・スプラッシュ』は八連撃である。相殺するには、三撃分足りない。もしもアスナが、ユウキと同様に『マザーズ・ロザリオ』を……又は、それに相当する同数連撃のソードスキルを使えたのならば、完全に相殺できただろう。だが、ソードスキルが繰り出す連撃の数という壁が、アスナの行く手を阻む。

勝利を確信したユウキの宣言通り、八撃目が相殺されたところで、アスナの握る細剣からソードスキルのライトエフェクトが消えた。そして、未だに健在の光を宿したユウキの握る片手剣から、九、十、十一撃目の刺突が、無防備なアスナ目掛けて繰り出されようとしていた。

 

「それはどうかしら?」

 

しかし、この危機的な状況にあっても、アスナは不敵な笑みを浮かべていた。その表情には絶望の色は全く無く……むしろ、勝利を確信しているかのようだった。

一体、何を考えているのか……どうやってこの危機を抜け出そうと考えているのかと、怪訝に思うユウキ。その答えは、アスナの“左手”にあった。

 

「はぁああっっ!!」

 

「なぁあっ!?」

 

凍剣『ザドキエル』を握る右手とは反対側の、アスナの左手。そこから、青白い閃光が迸っていた。しかも、無手ではない。今まで右手が繰り出す剣技に対して細心の注意を払っていたために気付かなかったが、アスナの左手にはもう一本の細剣が握られていた。

 

(クイックチェンジで……いつの間に!?)

 

武器を取り出したかからくりについては、すぐに分かった。片手持ちの武器であれば、ほぼ確実に取得できるModスキルの『クイックチェンジ』である。ソードスキル無しで切り結んでいた時には握っていなかったことから、恐らくはソードスキル発動の直前か、発動の最中にこれを利用し、左手に武器を手に取ったのだろう。

僅かなミスも許されないソードスキル同士の衝突の中で、そのような真似をやってのけたことにも驚きだが、問題は左手に取った細剣から“光が迸っている”ことである。それ即ち、ソードスキル発動のライトエフェクトである。

 

「スキルコネクト……!?」

 

「正解」

 

思わず漏れたユウキの言葉に、アスナは不敵な笑みを浮かべて肯定した。まさかのスキルコネクト発動に、さしものユウキも驚愕を隠せない。確かに以前、アスナはイタチとデュエルをした際に、スキルコネクトを発動していた。しかしそれは、勝つか負けるかの瀬戸際において、満身創痍の中で偶発的に発動したに過ぎなかった。それをまさか、自在に使いこなせるレベルまで使いこなせるものだとは、予想していなかった。

 

「行く……わよ!!」

 

「くっ……!」

 

アスナがスキルコネクトを発動したとしても、今更後には退けない。ユウキにできるのは、残り三撃をもって、アスナが続けて発動するソードスキルを迎撃するのみである。アスナの動きに集中し、次に発動されるソードスキルの正体を見抜こうとする。

 

(踏み込みから発動するソードスキル……重攻撃技の、『アクセル・スタブ』だね)

 

『アクセル・スタブ』は、踏み込みと同時に三連撃の刺突攻撃見舞う細剣系ソードスキルである。習得に必要なスキル習熟度の割に攻撃回数が少ないソードスキルだが、その分一撃一撃の重さが違う。『マザーズ・ロザリオ』であっても、その威力を殺しきれる保証は無い。

 

(それでも……止めてみせる!!)

 

ことここに至っては逃げ道は無いのだから、やることは変わらない。迫る強力な三連撃に対し、ユウキは剣を握る手の力を強め、神経を研ぎ澄ませながら迎え撃つ。

 

「やぁぁあああ!!」

 

「はぁぁあああ!!」

 

一瞬の交錯。コンマ一秒以下の時間の中で、両者の切っ先は三度衝突した。相殺する度に走る衝撃は、最初の八連撃の時の比ではない。振動で手が痺れ、気を抜けば発動中のソードスキルがキャンセルされかねない。そんな極めて危険な攻防を……しかしユウキは耐え切ることに成功した。

 

「やった……!」

 

アスナとのソードスキル同士のぶつかり合いを制したことによる達成感に、思わず歓喜の言葉が口から出るユウキ。ノックバックとソードスキル発動による技後硬直により、すぐには動けそうにないが、それはアスナも同じ……否、それ以上である。アスナの場合は、ソードスキルに種類を組み合わせての十一連撃だったため、技後硬直はユウキよりも長い。硬直が解けるまでのタイムラグを狙えば、確実にアスナを倒せる。

今度こそ勝利は確実だと、ユウキはそう考えていた。ところが――――――

 

「せぇぇえええい!!」

 

「へ……嘘ぉっ!?」

 

アスナが右手に握る伝説武器から蒼い閃光が迸る。即ち、スキルコネクトの発動である。イタチのような並外れた実力者ならばともかく、スキルコネクトは一度発動できれば十分以上に上出来である。それを二度以上……しかも連続技で発動するとなれば、とんでもない離れ業である。

 

(まさか……このためのアクセル・スタブだったの!?)

 

思い返してみれば、八連撃のスター・スプラッシュに続いて、三連撃のアクセル・スタブを放った時点で不自然だった。ユウキにダメージを与えるのならば、四連撃以上のソードスキルを放つ筈。にも関わらず、アクセル・スタブを選択した理由……それは、“ユウキがスキルコネクトを発動する可能性”を潰すためだったのだ。

マザーズ・ロザリオの最後の三連撃を重攻撃技で相殺すれば、そのノックバックで自由に動くことは儘ならない。少なくとも、スキルコネクトの発動は不可能である。ユウキの実力を自分以上に見積もった上で立てた作戦を、この極限状態の戦闘中にやってのけたアスナに対し、ユウキは本日何度目になるか分からない驚愕を覚えさせられた。

 

(ああ……やっぱり、母娘なんだなぁ……)

 

次いで、そんなアスナに対して抱いた感想が、それだった。

ALOのプレイ時間が短いにも関わらず、飛び入り参加で無双と呼ぶに相応しい力を発揮し、五人の手練れを屠ったエリカ。彼女の強さを、娘として色濃く継いだのならば、アスナの強さも十分に納得できる。

 

(それに、イタチのこと……本当に大好きなんだね……)

 

次に思ったことが、それだった。

彼女が元々持っている強さもそうだが、それを十二分に発揮できたのは、この勝負に臨んだ理由……即ち、イタチへの想いの強さ故なのだろう。ユウキ自身も、このデュエルには面白半分だけで臨んだわけではなく……アスナやその仲間達と同じ想いを胸に秘めていた筈だった。それでも負けてしまったのは、やはり想いの差だったのだろうか。

 

(羨ましい、なぁ……)

 

アスナがスキルコネクトにて放つ五連撃OSS『スターリィ・ティアー』の直撃を受けながら、最後に思ったことがそれだった。

母娘で喧嘩をしても、互いを強く想い合えているアスナとエリカの家族愛が、羨ましかった。

イタチのことを、誰よりも強く愛し、それを力にできるだけの想いを胸に抱いているアスナのことが、羨ましかった。

そして何より……

 

 

 

こんな大切な時間を、タイムリミットのある自分よりも長く、仲間や家族と共有できるイタチやアスナ達が、羨ましかった――――――

 

 

 

それを最後の思考として、HPを全損したユウキのアバターは、リメインライトと化した。

 

 

 

 

 

 

 

「そこまで!!勝者は、アーちゃん率いる前妻チーム(仮称)だヨ!!」

 

アルゴの勝利宣言により、観客達は湧き立つ。ALOにおいて前代未聞の後妻討ちデュエルは、参加者が札付きの強者揃いだったことに加え、予想を裏切る展開の連続に観客達の興奮も一入だった。

そんな中、後妻討ちデュエルが発生した原因たる当事者のイタチはというと……

 

「ようやく終わったか……」

 

自身が原因で勃発した女達の壮絶な戦いが終息したことに、心の底からの安堵の溜息を吐いていた。そしてそれは、イタチの周囲で戦いを見守っていた仲間達も同様だった。

 

「長かったな……」

 

「ええ、本当に……」

 

カズゴとアレンが、イタチと同様にようやく緊張から解放されたとばかりに脱力した様子で言葉を漏らした。開幕早々にサチがかましたニブルヘイムに始まり、エリカの式神が放った毒霧と、周囲の観客達まで巻き込む大規模攻撃の連続には、当事者のイタチだけでなく、その場を訪れた観客全員が気が抜けない展開だった。うっかり気を抜けば、巻き添えでHP全損することもあるのだから。

 

「それにしても、イタチも隅に置けねえよなぁ……」

 

「だよなぁ……あんな一途な奴等から好かれてんだから、本当に果報モンだぜ」

 

「それを袖にして泣かせちゃうんだから、イタチ君も酷い人だよね……」

 

「………………」

 

ヨウが口にした意見に、コナン、シバトラの二人が同意する。他の面子も、イタチのことを「女泣かせ」だというその言葉に深く頷いている。そんな誰一人味方のいない状況の中、イタチは沈黙するしかなかった。自業自得とはいえ、実際に自分が原因で泣いた女性がいるからこそ、これ程までに壮絶な戦いが繰り広げられたのだから、否定のしようが無かった。

 

「全くです。パパは、もっとママを大事にするべきです」

 

「きゅる~」

 

アスナを追い詰めたことに対し、すぐそばを飛んでいたユイまでもが非難を浴びせる。デュエルの最中に吹き飛ばされ、イタチに保護されてその腕の中に抱かれていたピナまでもが、同意するように鳴いていた。

そうして後妻討ちデュエルが決着してしばらくすると、今までデュエルに熱中していた観客の視線が、イタチへとシフトしていった。イタチのことを知る者、知らないを問わず、あらゆるプレイヤーから侮蔑や同情、好奇の視線が寄せられ、非常に居心地の悪い空気が漂い始めた。

そんな周囲の視線が集中する中、イタチが取った行動。それは、踵を返してその場を後にするというものだった。

 

「おい、逃げるのかよ?」

 

「……ユウキ達を迎えに行くんだ。セーブポイントは主街区の転移門に設定しているから、そこに全員集まっている筈だ」

 

コナンの問い掛けに、イタチはにべもなくそう答えた。尤も、この場からいなくなりたいという気持ちは確かにあったので、その点については否定しなかったが。

そんなイタチの背中に、審判役だったアルゴが声を掛ける。

 

「イタっち!後でアーちゃん達が、前妻パーティー(仮称)と後妻パーティー(仮称)の皆を集めてオフ会やるって言ってるから、絶対に来るんだヨ~!」

 

「駄目ですよ!サボったりなんてしちゃ!!」

 

「きゅるきゅる!」

 

「……分かった」

 

アルゴに次いで、ユイとピナがオフ会参加を一方的に強制する。周囲の面々も、うんうんと頷いて同意している。譬えALOからログアウトしてリアルへ逃げたとしても、仲間達は決して逃がしてくれないだろう。

本音を言えば、非常に参加したくないが、当事者であるイタチには放棄することの許されない参加義務がある。恐らく延々と語られるであろう不満の捌け口にされるのだろうが、イタチにはこれを甘んじて受け入れなければならない。

ただでさえ重かった足取りが、さらに重くなるのを感じながら、自身の迎えを待っているであろうユウキのもとへ行くべく、イタチはその場を後にするのだった。


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