ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版-   作:鈴神

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第百二十三話 ずっと近くに君を感じてるから

 

ALOにおいて前代未聞の、伝説武器持ちの名だたる強豪プレイヤーを大勢集めて行われた、『後妻討ちデュエル』が終息してから、およそ一カ月もの時が経った。この長いようで短い期間の間に、ユウキこと木綿季と、イタチこと和人の周りでは、ALO、リアルを問わず多くのイベントや変化があった。

 

 

 

 

 

 

 

まず第一に紹介すべきは、後妻討ちデュエル後に行われたオフ会だろう。出席したメンバーは、前妻・後妻パーティー(仮)の十四人に加え、審判役として立ち会ったアルゴやSAO時代の知己のみならず、イタチ等と交友のあるサクヤやアリシャ・ルー、ユージーン将軍等までもが集まったのだった。

そして、後妻討ちデュエルの開催場所でもある、イタチ所有のログハウスに集まった一同は、アスナが作った手料理を肴に歓談を始めた。だが、肴がアスナの手料理だったのは、最初の十数分のみ。その後の肴は、アスナやリーファが齎す、SAO事件当時や現実世界の幼少期のイタチ乃至和人に関する話題だった。

場の空気で酔った彼女等の――些か以上に大袈裟に表現された――思い出話を聞かされた一同は、今回の後妻討ちデュエル勃発によって芽生えたイタチに対する『ヘタレ』、『女誑し』といったイメージをより強くし、イタチに向ける視線はより冷ややかになっていった。当人たるイタチは、そんな中にあって、部屋の片隅で身を縮めてちびちびとワインを飲みながら、黙ってやり過ごすのみだった。

そうしてイタチをいびるという目的のもと行われたオフ会が順調に進み、宴もたけなわとなった頃。サチ以外のアスナをはじめとした前妻パーティー(仮称)のメンバーが、ある表明を行った。それは……

 

 

 

「私達前妻パーティー(仮称)のメンバー六人は、スリーピングナイツへの加入を希望します!!」

 

 

 

後妻討ちにおいて、前妻の立場であったアスナ等が、後妻の立場であったユウキのギルドへ加入するという。何ともおかしな、衝撃的な展開に、オフ会の出席者達は一様に呆けた顔をしてしまった。

何故、アスナ等がこのような行動に及んだのか。その答えは、至極単純。要するにイタチに想いを寄せる彼女等は、イタチのことを諦めてはいなかったのだ。イタチの知らぬ間に『NTR同盟』なるものを結成したアスナを中心としたメンバーは、難攻不落のイタチを攻略するために、スリーピングナイツへ所属する意思を表明したのだ。リズベットやランは、その支援役である。不純な動機ではあるものの、アスナ等はユウキのことを仲間としても恋敵としてもきちんと認めているし、ギルドメンバーになることの意味はきちんと理解している。故に、ギルドメンバーとしての活動には真剣に取り組む所存である。

そして、そんなアスナ等の思惑も知らないスリーピングナイツのリーダーたるユウキの返答はというと……

 

 

 

「勿論、皆を歓迎するよ!!」

 

 

 

こうして、スリーピングナイツにアスナ、リーファ、シノン、リズベット、シリカ、ランの六人が新たにスリーピングナイツへ迎えられることとなったのだった。

しかも、加入者はこの六人だけではなかった。ユウキと小学校時代の知己であるカズゴとその仲間であるアレンとヨウ、マンタ、ランの幼馴染であり親友――周囲は恋人どころか夫婦と見なしている――コナンが加入を希望。

さらにそれに追随する形で、後妻パーティー(仮称)のメンバーからも、ララとシェリー……そして、アスナの母親であるエリカまでもが加入を表明したのだ。さらに後日、カズゴとユウキの幼馴染であるタツキとオリヒメ、妹のカリンとユズまでもが加入することとなった。

ともあれ、スリーピングナイツのメンバーは一気に増加し、一パーティーにも満たない小規模ギルドから、総数二十人超の中規模――それも百戦錬磨の豪傑揃いの――ギルドへ成長したのだった。そしてこの日、メンバーの大量加入でハイになったテンションに任せ、オフ会参加者全員でアインクラッドの攻略最前線へ殴り込みを敢行。フロアボスを一発で攻略し、さらにその名前を広めることとなるのだった。

 

 

 

ちなみにエリカだが、後妻討ちデュエル以降、アカウントの所有権が明日奈から京子へと移り、翌月から料金の引き落としも京子口座へと変更になったという。サブアカウントを取られた明日奈だが、母親が同じ趣味を持ってくれたことの方が嬉しかったらしく、特に異議申し立てを行うことはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

二月中旬には、スリーピングナイツのメンバー全員で、統一デュエル・トーナメントへと出場した。ALO中の名だたる猛者を集めて行われたこの戦いは、スリーピングナイツのメンバーが上位をほぼ総なめする結果となった。決勝戦は、東ブロックを勝ち抜いたイタチと、西ブロックを勝ち抜いたユウキが激突した。

両者が繰り出す魔法と剣技による壮絶かつ流麗な応酬は、会場全体を震わせ、観客全員を魅了した。そして、OSSにスキルコネクト、魔法破壊(スペルブラスト)と、並のプレイヤーではまず真似できないシステム外スキルのオンパレードの果てに――――――激闘を制したのは、ユウキだった。

ユウキとのデュエルを、十分程度の制限時間では決着がつかないと最初から見越していたイタチは、制限時間ギリギリまでユウキをHP残量で優位に立たせた状態で戦いを進め、最後の衝突で、受けたことも気付かないような非常に僅かなダメージを与え、僅差で勝利することを考えていた。そうして、HP残量が僅差のまま、終始互角に見えていたデュエルは、その実全てがイタチの手の平の上だった。詰めを誤ったのは、最後の衝突の時……『マザーズ・ロザリオ』同士のぶつかり合いとなった時だった。

イタチの計略では、度重なる衝突で神経を擦り減らしたユウキが目測を見誤り、最後の一撃を上手く相殺できずに掠めてダメージを負い、僅差で勝利する筈だった。だが、イタチの予想に反し……ユウキはマザーズ・ロザリオの十一連撃全てを見事に相殺してみせた。結果、HP残量が逆転することがないまま制限時間を迎え、ユウキの勝利で終わったのだった。時間無制限で戦っていれば、イタチが逆転する可能性も十分にあったが、それも詮無きことである。

そして、ALOにおいて最強と目されていたイタチを倒し、四代目チャンピオンの座に就いたユウキは、絶対無敵の剣士――『絶剣』としての名を轟かせ、ザ・シード連結体に広く知れ渡ったのだった。

 

 

 

尚、このデュエル・トーナメントには、『絶拳』ことマコトも参加していたが、西ブロックでユウキと決勝戦もかくやという激闘の末に敗れ、三位となった。その後は、ユウキに対するリベンジとさらなる強さを追い求めるために、彼の恋人を名乗る『ソノコ』というプレイヤーと共にスリーピングナイツへと新たに加入することとなったのだが、それはまた別の話。

 

 

 

 

 

 

 

三月の大きなイベントとしては、現実世界でスリーピングナイツのメンバーを中心としたグループで向かった、京都旅行が挙げられる。当初の計画としては、入院しているユウキ等をプローブで連れ出し、イタチやアスナをはじめとしたスリーピングナイツのメンバーのみで向かう予定だった。しかし、ユウキたっての希望により、ALOの友人の中で現実世界において面識のあるメンバー全員で向かうこととなったのだ。本人達曰く、「友人達と一緒に修学旅行に行くことが夢だった」らしい。ユウキの望みを聞き入れたイタチやアスナは、帰還者学校のみならず、クラインやエギル、シバトラといった社会人勢からも旅行参加者を募った。結果、旅行参加者は総勢五十名にまで膨れ上がったのだった。ちなみに引率役として参加したメンバーの中には、クラインやエギル、シバトラの他にも、エリカこと京子もいた。

こうして、修学旅行さながらの大所帯で向かうこととなったスリーピングナイツを主体とした一行は、京都旅行を存分に満喫した。グループ分けと称して五人から六人で一組のグループを複数作り、各々で作ったコースで京都の観光地を回った。そして、夕方には宿泊先へと戻り、各々に撮影した写真を見せ合って和気藹々と思い出話に花を咲かせていた。

ちなみに、この修学旅行並みの規模となったスリーピングナイツのメンバー主体の京都旅行の際に使った宿泊先は、黒神財閥や小山田グループが懇意にしている高級ホテルであり、メダカとマンタの親の口利きにより、かなりリーズナブルな料金に押さえられていた。

ちなみに後日、ホテルの夕食に出てきた京懐石に舌鼓を打っていた皆を羨んだユウキ等の希望により、ALOでもその味を再現するためにイタチは奔走することとなるのだった。

 

 

 

 

 

何の気兼ねも遠慮も無く話せる仲間達の存在と、彼らと共に過ごす時間。どこにでもある、誰もが日々送っている、ごくありふれた……それでいて、とても尊い日常。そんな時間は、日々は、ユウキにとってこれ以上無い程の幸せだった。ユウキ自身、正直に言えば、こんな時間を再び過ごせるようになるとは、夢にも思わなかっただけのその喜びも一入だった。

そして、そんな日々を過ごす中。ユウキの心境には、ある変化が起こっていた。それは………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2016年3月20日

 

「ユウキ」

 

「おはよう、イタチ」

 

ユウキをはじめとしたスリーピングナイツ関係のイベントの中でも、最大級のものだった京都旅行が無事に終わり、三月も終わりに差し掛かろうとしていた頃。イタチこと和人は、早朝にユウキからの呼び出しを受け、ALOへとログインしていた。

待ち合わせの場所に指定されたのは、後妻討ちデュエル以降、スリーピングナイツのギルドホームと化したイタチ所有のログハウス……ではなく、イタチとユウキが初めて出会ったイグドラシルシティの展望テラスだった。

 

「ごめんね、こんなに朝早く……」

 

「構わない。それで、一体どうしたんだ?」

 

朝早く呼び出されたことについて思うところが無いわけではないが、ユウキが自身をこのような時間に呼び出した理由の方が、イタチには気がかりだった。単刀直入に呼び出しの理由について尋ねたイタチに対し、ユウキは視線を逸らし、少しの間逡巡した後、恐る恐るといった風に口を開いた。

 

「えっとね……実は、イタチに相談したいことがあって……」

 

「相談?」

 

「うん………………」

 

それだけ言うと、ユウキは再び黙り込んでしまった。その様子から察するに、相談内容は余程話し辛いことなのだろうとイタチは思った。加えて、早朝に呼び出したことからして、急を要する要件なのだと思われる。

話さなければいけないのに、いざ話すとなるとどうしても躊躇ってしまう。そんな状態では、無理に聞き出しても要領を得ないと考えたイタチは、ユウキの方から話してくれるのを待つことにした。

そして、向かい合うこと数分……意を決したように、ユウキが口を開いた。

 

「実はね……ボク、アメリカへ行こうと思ってるんだ」

 

「アメリカへ……?」

 

ユウキが真剣な表情とともに切り出した話は、イタチが予想だにしなかったものだった。そんな若干驚いた様子のイタチに対し、ユウキは経緯を話した。

 

「倉橋先生にね……教えてもらったんだ。アメリカの方に、エイズの先進医療を行っている病院があるって。そこでなら、もしかしたらボクの病気も治せるかもしれないんだって……」

 

「成程……そのためのアメリカ行きか」

 

「うん……けれど、本当に治せるかも分からないし……もしかしたら、その前に“時間”が来ちゃうかもしれないんだ。というより、その可能性の方が高いってさ……」

 

「そうか……」

 

ユウキの言う“時間”が何を意味しているかは、イタチにも分かる。余命三カ月と宣告されているユウキである。今、この時において存命できていること自体が奇跡に近いのだ。今からアメリカへ渡航し、治療を受けようとした場合、先に命を落とす方が先となる可能性が高い。

しかし、ユウキはそれを承知でアメリカ行きを決行しようとしているのだ。つい先日までは、残り少ない時間を、悔いの無いように精一杯生きることを心に決めていた筈の彼女が、一体どのような心境の変化があったのか。ふと疑問に思ったイタチだったが、それに答えるようにユウキはその内心を語りだした。

 

「あのね……ボク、イタチや皆と一緒にいられて……本当に幸せで、嬉しかったんだ。皆でALOだけじゃなくて、現実世界でもいろんな場所に行って、いろんなことをして……こんな日がまた来るなんて、夢にも思わなかったんだ。それで、思ったんだ……」

 

 

 

もっと、皆と一緒にいたいって――――――

 

 

 

やや恥ずかしそうに、しかしユウキははっきりと、確かにそう口にした。

 

「本当は、分かってるんだよ。こんな、治る保障も無い無謀なことなんてしたって、意味が無いっていうことも……。ボク自身も、こんなことしてないで、皆と一緒の時間を過ごした方が良いんじゃないかって、今も迷ってるんだ」

 

その言葉の通り、ユウキの表情には迷いがあった。しかし、「けどね」と言ってその先の言葉を紡ぐユウキの表情には、強い意思が感じ取れた。

 

「こんなにはっきりと強く、「死にたくない」って……「生きていたい」って思えたのは、初めてなんだ」

 

「……」

 

「おかしいよね?何を与えることも、生み出すこともできない……たくさんの薬や機械を無駄遣いするだけのボクなんかに、生きている価値なんて、何も無いっていう風にしか思えなかったのに……」

 

「……」

 

「こんなに皆に良くしてもらって、楽しくて、幸せな時間を送れるようになったっていうのに……そんな皆を放って、ボク一人どこかへ行こうなんて、虫の良い話だよね?」

 

「……」

 

ユウキの自嘲交じりの独白を、イタチはただ黙って聞いていた。

難しいことは無い。要するに、彼女はただ「生きていたい」と願っているというだけなのだ。不治の病に侵され、その病で家族や仲間を次々に失った彼女には、そんな願いすら抱くことができなかったのだ。そんな諦めかけていた願いが、イタチ等と過ごす中で蘇り……いつ死んでも良いようにという決意を揺らいだのだ。

そこには、生きている意味云々などは関係なく……命ある人間全てが願うことを許される……否、願うべきことなのだ。

 

「今この瞬間にも、消えて無くなりたいって……そんな風にすら思っていたボクが、手の平を返して生きたいなんて願って……皆には、幻滅されても仕方ないって、覚悟してる。それでも、生きることを諦めたくないんだ。生きて、生きて……本当の意味で、皆の隣にいたいって思っているんだ」

 

「……しかしそれは、今お前が言ったように非常に難しい願いだ。はっきり言って、叶わない可能性の方が高い。全て徒労に終わり……最後は、誰にも看取られずに終わることも考えられる」

 

「分かってる。けど、諦めたくないんだ。一度は諦めていたボクの夢……皆と一緒の時間を、同じ世界で過ごせるようになりたいっていう気持ちに嘘は吐けないし……何より、ボク自信が諦めたくないんだ」

 

「……!」

 

諦めたくない――そう口にしたユウキの瞳には、今までに無い強い意思が宿っていた。そこには、自身に迫る死期に恐怖する病人の姿は無かった。自分の行く手を阻む絶望的な運命に正面から立ち向かう者が、そこにはいた。

そして、そんな瞳を持つ者を……“忍”を、イタチは知っていた。

 

(ナルト……!)

 

その鋼のように強い意思に、イタチは最愛の弟であるサスケの行く末を託した少年――うずまきナルトの姿を重ねた。

忍者とは、“忍び耐える者”。それは、ナルトの師匠である自来也の言葉である。しかし、ナルトはそれを見事に体現し、忍の才能で一番大切なものである、『諦めないド根性』をもって数々の困難を打破してきた。見届けることは叶わなかったが、サスケのことも救ってみせたと確信していた。

そして、目の前のユウキもまた、同じである。自身へ降りかかる数々の不幸に忍び耐え、諦めないという不屈の決意を胸に、絶望的な運命へと立ち向かう。その姿は、ナルトやサスケ、かつてのイタチと同じ……“忍”そのものだった。

 

(……ならば、俺がすべきことはただ一つだ)

 

ユウキが生きていたいと強く思わせたのは、他でもないイタチである。故にイタチは、ユウキの決断に少なからず責任を感じていた。背中を押すべきか、引き留めるべきか……どちらがユウキのためになるかと考えを巡らせていたが、今のユウキの姿を見たことで、迷いは消えた。

 

「行ってこい、ユウキ」

 

「イタチ……」

 

「必ず帰ってこい。俺は……俺達は、待っている」

 

それが、イタチの出した答えだった。ユウキの願いが無謀なことは、イタチとて十分に分かっている。「帰ってこい」などと偉そうなことを言いながらも、本心ではそれが極めて難しい……不可能に等しいと思っている。

それでもイタチは、「諦めない」と口にしたユウキの背中を押すことにした。ユウキ自身の望みであるということもあるが、何よりかつてのイタチが取ることのできなかった選択をするユウキを応援したかったのだ。

聞き様によっては、自己満足ととられるかもしれない。しかし、イタチとてユウキには生きていて欲しいと思っている。ユウキが旅立つのなら、その帰りをいつまでも待っているというのも本心からの言葉である。

 

「ありがとう、イタチ!ボク、頑張るよ!!」

 

そんなイタチの言葉に対し、ユウキは満面の笑みで答えた。その顔からは、先程までの迷いは完全に無くなっており、より一層強くなった「生きる」という意思が感じられた。

ユウキの力強い姿を見たことで、イタチの胸中からは、彼女の行く末に対する心配が完全に消えた。きっと今のユウキならば、どんな困難であっても乗り越えられると、そう信じられたのだから――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2026年3月27日

 

ユウキがアメリカへと旅立つこととなったのは、イタチとの対話から一週間後のことだった。イタチに背中を押されて決意を固めたユウキは、他のスリーピングナイツの仲間達にも事情を説明した。いきなりのアメリカ行きの話に、ギルドメンバーをはじめとした面々は困惑した様子だった。しかし、最終的にはユウキの想いを尊重し、全員揃って快く送り出すと言ってくれた。何より、ユウキには生きていてほしいと、誰もが願っていたのだ。

そしてその後は、ユウキの送別会ならぬ激励会と称したパーティーが催され、その勢いでまたしてもフロアボス攻略を敢行する等して、皆でしばしの別れを惜しんだ。イタチへ相談するよりも前に、既にアメリカ行きの準備は整えていたらしく、一週間が経ったこの日……遂に、ユウキがアメリカへと旅立つ日が来た。

 

『いよいよ今日で皆ともしばらくお別れか~……やっぱりちょっと、寂しいね』

 

「今更だろう。それに……そう思っているのは、皆同じだろう」

 

カクカクベアー君を通した木綿季の呟きに対し、いつもの調子で淡々と返す和人。しかし、「皆同じ」と言っているのはつまり……案に自分も同じ気持ちであると認めているも同義である。常日頃は、ALO、リアルを問わず表情からも口調からも本心を表さない和人が口にした素直な気持ちに、木綿季をはじめ、周囲にいたスリーピングナイツのメンバーは少しばかり驚いた様子だった。

ユウキこと木綿季が入院しているこの場所、横浜港北総合病院には、イタチこと和人やアスナこと明日奈といったスリーピングナイツのメンバー――入院中のシウネー等初期メンバーは除く――をはじめ、現在六十名以上の人間が木綿季の見送りに集まっていた。その大部分は、関東圏内在住のALOプレイヤーである。見送りの人数は今尚増え続けており、三桁に及ぶ勢いであり、院内の受付フロアに入りきらないメンバーは外で待機している程だった。ちなみに、関東圏外のプレイヤー達からも、木綿季に向けられた応援メッセージが数百通届いていた。

 

『……それにしても皆、平日なのに学校とか仕事とかは良いの?』

 

「休学・休職して来ている奴がほとんどだろうな。だが、事前に届出を行えば、大した問題にはならん。それに、この後学校や仕事場に戻れば良い話だ」

 

「そういう問題じゃ、ないんじゃないかな……?」

 

しれっと答えた和人の言葉に、明日奈と木綿季は苦笑した。確かに、一日或いは半日程度ならば休学・休職しても大した問題にはならないだろうが、人数が人数である。事前の届け出だけで大丈夫だろうと安易に構えるのは明らかに間違いである。

特に和人等の通っている帰還者学校は、和人のクラスメートは全員この場に集まっており、それ以外のクラスも大部分のメンバーがこちらに流れており、学級閉鎖もかくやという規模だった。事情が事情なため、教職員は生徒達の見送りを認めてくれたらしいが、自分の見送りのために他人に迷惑をかけていることは否めず、ユウキは皆の気持ちを嬉しく思う反面、少々心苦しくもあった。

 

『……なんか、凄いよね。ボクなんかのために、こんなにたくさんの人が集まってくれるなんて』

 

「スリーピングナイツのリーダーの旅立ちなのだから、メンバー全員が集まるのは当然だ。それに、『絶剣』たるお前を見送りたいと思う者は、山ほどいる」

 

『そんなもんかなぁ……?』

 

「もうっ……何でもっとストレートに言えないかなぁ?皆、木綿季のことが大好きだから、こうして集まってくれるんだよ!」

 

「いやいや、それは難しいですよ明日奈さん。前に比べれば丸くなったけど、やっぱりそういう直球な表現はお兄ちゃんにはまだできませんって」

 

「直葉の言う通りね。そんなに簡単に気持ちを言葉にして表してくれるなら、私達だって苦労しなかったでしょう?」

 

和人のコメントに対し、言いたい放題の明日奈、直葉、詩乃。和人とて、端的に言えば明日奈と同じ考えである。しかし、人への好意というものは、自分自身は勿論、他人の気持ちを伝えることには未だに慣れなかった。

 

『まあまあ。和人だって、きっと皆と同じ気持ちだよ。改めて口に出して言われるとちょっと恥ずかしいけど……やっぱり嬉しいよ。だから、ありがとうね、明日奈』

 

「……お礼を言いたいのは、私の方よ。私がお母さんや友達に、こんな風に思ったことを面と向かって素直に言えるようになったのも、ユウキのお陰じゃない」

 

『いやいや。それは和人が明日奈とデュエルをした結果じゃ……』

 

「和人君をその気にさせてくれたのは、木綿季でしょ?」

 

明日奈からの思わぬ指摘に、驚いた様子で黙り込む木綿季。動作を停止して硬直したカクカクベアー君の様子に、明日奈はしてやったりと笑みを浮かべた。

 

『えっと……知ってたの?』

 

「和人君だけでそんな決意を固められるとは思えなかったからね。木綿季が和人君を動かしてくれたのはすぐに分かったわ」

 

思い返してみれば、イタチとアスナのデュエルの場には、ユウキも立ち会ったのだ。そのような結論には、簡単にたどり着けるというものである。

 

「分からないと思ってたみたいだけど、甘かったわね。これでも元血盟騎士団の副団長ですからね。仲間のことは、ちゃんと見ているんだからね」

 

『ハハ、ハ……』

 

「………………」

 

別に隠していたわけではないのだが、あの件がきっかけでイタチのスリーピングナイツ加入が確定したのだ。その結果、二人が急接近した――周囲に恋人同士になったと誤解されているだけ――のだから、明日奈にとっては面白い筈が無い。木綿季は苦笑を浮かべ、和人は只管に沈黙を貫くしかできなかった。

 

「だから、今言わせてもらうわ。和人君と一緒に、私の悩みに真剣に向き合ってくれてありがとう、木綿季」

 

『明日奈……』

 

「けど、和人君のことは、私達も絶対に諦めないからね!」

 

「明日奈さん……」

 

木綿季に対し、和人を巡る蟠りを抱いていた明日奈だが、それ以上に感謝していた。故に、長い別れとなるこの日までに、その気持ちを伝えたかったのだ。

そしてもう一つの、和人を巡る戦いは終わらせないという宣戦布告。それに対し、明日奈の横に立っていた直葉と詩乃は深く頷き、和人は頭痛を感じて頭を抱えた。そして、木綿季は……

 

『望むところだよ!ボクが戻ってきたら、決着をつけるからね!!』

 

「……!」

 

受けて立つというまさかの宣言が、カクカクベアー君に内蔵されたスピーカーから放たれた。それを聞いた和人は、額に当てていた手を放し、思わず顔を上げて目を見開いた。その宣言が、どのような意味を持つかが分からない和人ではない。

そして、一方の明日奈等三人はといえば……なんと、不敵な笑みを浮かべて木綿季の宣言に頷いていた。つまり、“気付いていた”ということである。

 

「ほら、あなた達。そろそろ時間みたいよ」

 

木綿季の宣言に硬直する和人だったが、それについて詮索する間も無く、時間が来てしまったらしい。ここ最近、スリーピングナイツのリアルにおける集団行動における引率役が板についた京子が、倉橋医師を連れてこの場へやってきた。

 

「木綿季君の移送の準備が整いました。あとは、メディキュボイドの電源を切り、無菌室にいる木綿季君の体を搬送用の専用無菌カプセルへと移し、患者搬送車で空港まで移送すれば、完了です」

 

「倉橋先生……この度は、木綿季の頼みを聞いてくださり、ありがとうございます。まさか、海外の病院まで探してくださるとは……」

 

「いえいえ。私はただ、担当患者である木綿季君の意志を尊重しただけです。木綿季君の願いを叶えることができなかったことは、担当医師として心残りではありますが……」

 

「木綿季が今日この日まで生きて来られたのは、倉橋先生が真剣に向き合ってくれたからです。木綿季の担当医として、倉橋先生は果たすべき責任を十分に全うされていますよ」

 

「そうですか……そう言ってもらえれば幸いです。それより、もうすぐ移送です。そろそろメディキュボイドの電源を切らなければならない以上、もうそろそろ皆さんとお話しすることもできなくなりますよ」

 

「分かりました。ではその前に、木綿季には皆に最後の挨拶をしてもらいます」

 

『えぇっ!?ちょ、和人!?』

 

聞いてないよ、という木綿季の言葉は無視して、和人はバタバタと暴れるカクカクベアー君を小脇に抱えたまま、病院の外へと向かって移動を開始する。

 

「これを最後に、しばらく皆には会えないんだから、ちゃんと挨拶しないと駄目だよ、木綿季」

 

『う~ん……そう言われれば、しょうがないかなぁ……』

 

明日奈に窘められ、諦めた様子で何を言おうかと思案を始めた木綿季。そんな彼女を、和人や明日奈をはじめとした面々は、苦笑しながら見守っていた。

 

(木綿季……)

 

誰もが木綿季の旅立ちを温かく見守ろうとしていた中、これから暫しの別れを告げようとする木綿季を――正確には木綿季が操る人形――を見ながら、明日奈は願う。絶対に、ここに帰って来てほしいと――――――

 

 

 

 

 

『え~っと……今日は、ボクのために集まってくれて、皆ありがとう!!』

 

和人等により、見送りに集まったスリーピングナイツのメンバーをはじめとした、面々に別れの挨拶をすることになった木綿季。総勢百人にも及ぶ人数を前に、和人に抱えられた状態のカクカクベアー君のスピーカーから発せられた声は、緊張している様子だった。

 

『別れの挨拶ってことになってるけど……正直、何を話せばいいのか、ボクも分からないんだけど……とりあえず、皆に今の内に言いたいことだけ言っておくね』

 

カクカクベアー君の右手を操作し、頭を掻くような仕草をして口にした木綿季の素の言葉に、最前列にいるスリーピングナイツのメンバーの数人が苦笑した。

そして、木綿季は改めて目の前に集まった面々を見渡し、再び話し始めた。

 

『小さい頃に病気になって……お母さんもお父さんも、姉ちゃんもいなくなっちゃって……ボク自身、もう長くは生きていられないんだなって、諦めてたんだ。それは、シウネー達も同じでね。アインクラッドのフロアボスを倒して、ボク等の名前を……ボク等が存在した証を刻み込もうって思ったのも、残り短い時間を目一杯楽しんでやるっていう気持ちからだったんだ。でもそれも、イタチや皆のお陰で叶えることができた。これでもう思い残すことなんて無いって……この前までそう思っていたんだ』

 

儚げに自身の想いを語る木綿季は、そこで「けどね、」と区切ると、それまでとは一転して、強い意思を感じさせる声色で続けた。

 

『シウネー達だけじゃなくて、和人や明日奈、皆と一緒にいられる時間が凄く楽しくって……生きているっていうことが、こんなに素晴らしいことなんだって、初めて思ったんだ。だから、旅立つ前に、言わせてもらうね。皆、本当にありがとう』

 

木綿季の言葉に、明日奈や深幸等は優し気な笑みを浮かべ、クラインこと:壺井遼太郎をはじめとした風林火山の面々等は得意げに微笑み、一護のような不良然とした面子は照れ臭そうに目を背けて仄かに顔を赤くしていた。和人については、表情にはあまり変化は見られなかったが、親しい間柄の人間に分かる程度の、ほんの微かな笑みが、口元に浮かんでいた。

皆の反応はそれぞれ異なっていたが、生きることが楽しいと言ってくれた木綿季の言葉を非常に嬉しく思っていることは共通していた。

 

『ずっと考えていたんだ。死ぬためだけに生まれてきたようなボクが……この世界に存在する意味なんて、あるのかなって。たくさんの薬や機械を無駄遣いして、たくさんの人に迷惑をかけて……ボクは、生きていちゃいけないんじゃないかって、思ったこともあった。

けれど、和人達は、そんなボクと友達になってくれた。スリーピングナイツのメンバー以外でも、たくさんの仲間ができた。皆はボクに……確かな居場所をくれた。生きていて良いって、思わせてくれたんだ』

 

そこまで話したところで、スピーカーから聞こえる木綿季の声に、涙によるノイズが混じり始めた。それに釣られるように木綿季の話を聞いていた何人かも目に涙を浮かべ始める。

 

『皆に優しくしてもらう中で……生きているのに、意味なんてなくても良いのかもしれないって思った。けど、僕は探してみたいんだ。ボクが生まれてきた理由を……ボクに何ができるか、その答えを、皆と一緒に見つけたいんだ。だからボクは……』

 

 

 

 

 

頑張って、生きてみることにしたんだ――――――

 

 

 

 

 

『だから、皆には笑顔で見送ってほしい。ボクがまた、皆のところに帰ってこれるって、信じていてほしい。それが、ボクから皆への、お願いだから……』

 

そう懇願する木綿季だが、「笑顔で送り出してほしい」と言っている本人が既に泣いていることを隠せない程の涙声である。そして、そんな木綿季の感情は、それを聞いていた一同にも伝播していった。皆が涙を浮かべ、すすり泣くこえがあちこちから聞こえていた。

 

「すみません、皆さん!もうすぐ木綿季さんを搬送しなければなりません。それに伴い、メディキュボイドの電源も切ることとなりますので、皆さんが木綿季さんと話せる時間はあと少しです!」

 

だが、皆が落ち着くのを待っている時間は無い。木綿季の搬送は、もうすぐ行われるのだ。猶予は無いと判断した倉橋医師が、搬送の予定時刻が迫っていることを知らせるために前へと出た。

 

「皆!木綿季が笑顔で送り出してって言っているんだから、笑わないと!和人君も、笑ってよっ……!」

 

「……はい」

 

それを聞いた明日奈が、全員に笑いかけろと声を上げる。しかし、それを言っている明日奈本人も涙を隠せていないのだが。しかし、明日奈の声は皆へと確かに届いていた。木綿季の困難で険しい旅立ちを見送るのだから、最後くらいは笑顔でいなければ。そう考えた一同は、思い思いに笑顔と声援を送った。

 

「木綿季!帰ってこなかったら、承知しないんだからね!!」

 

「約束したんだから、絶対に帰ってきなさいよ!!」

 

「帰ってこないと、明日奈が和人を取っちゃうんだからね!!」

 

「また皆で、冒険に行きましょう!!」

 

「俺達『風林火山』も、君のことを応援してるぜ!!」

 

「我が生徒会、そして攻略ギルド『ミニチュアガーデン』は、いつでも君を歓迎するぞ!!」

 

「藍子の敵討ちするつもりで、気合入れて戦ってこい!!」

 

「また戦いましょう!そして今度は、私が勝ちます!園子さんのためにも!!」

 

百人もの仲間達からの笑顔の激励に、木綿季はスピーカーから、「ありがとう、ありがとう」と、只管に感謝を口にしていた。

 

「木綿季、私も和人君も、あなたを信じてる。絶対に病気に勝って、ここに帰って来てくれるって。それまでは、私達があなたの居場所を守るわ」

 

『明日奈……ありがとう』

 

「私も一応、あなたのギルドのメンバーだから、助けてあげないこともないわ」

 

木綿季の居場所を守ることを誓う明日奈と、素っ気ない態度ながらもそれを手伝うと口にした京子。彼女等の間には、以前のような冷え切った空気は無く、母娘としての確かな絆ができていた。それを取り戻す手助けをできたことを、木綿季は心から誇りに思えた。

 

「ほら、和人君も何か言って」

 

「……木綿季。お前は多くの仲間に認められ、支えられている。それを忘れるな」

 

『和人……』

 

「ここから先は、お前一人の戦いだが、お前は孤独じゃない。お前を信じている皆を信じ……そして、皆に信じられているお前自身を信じろ。己自身を認めてやることができるのならば、絶対に失敗しない」

 

それは、和人の前世たるうちはイタチとして歩んだ人生から学んだことだった。一人ではできないことがあることを……己自身の不完全性を認めることができず、何でも一人でやろうとして、結果失敗した。

だが、木綿季は違う。木綿季に信頼を寄せる者が大勢いて、木綿季も皆に心を開き、信じて頼ることもできるようになった。かつてのイタチが持っていなかったものを、木綿季は確かに持っているのだ。

だから、和人は断じた。今の木綿季ならば、絶対に失敗はしないと――――――

 

「行ってこい、木綿季」

 

そして、和人が信頼を籠めて最後に放ったその一言で、木綿季の決心はさらに強くなった。

 

「行ってくるね、和人!皆!!」

 

 

 

 

 

 

 

こうしてこの日、『絶剣』ユウキこと紺野木綿季は、新たな挑戦に旅立った。無謀で達成できる見込みの無い、非常に分の悪い治療の賭け。しかし、木綿季の心に迷いは無かった。もう皆に会えないのではないかという不安も無かった。

何故なら、木綿季の胸の中には、木綿季を信じてくれた和人をはじめとした皆がくれた、ALOにおけるユウキの二つ名に相応しい、ずっと仲間達の存在を近くに感じられる、“絆”という名の『絶対無敵の剣』があるのだから――――――

 


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