ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版-   作:鈴神

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第十二話 暗躍者

2022年12月4日

 

ソードアート・オンラインというゲームには、そのタイトル通りの剣というジャンルの武器に止まらず、多彩な武器が存在する。主だったものは、槍、杖、斧、槌といったものが挙げられる。これがゲームである内ならば、様々な武器を試してみることもできただろうが、今はもうそうはいかない。ソードアート・オンラインがデスゲームと化したその日から、武器はプレイヤーの生死を分ける重要な鍵の一つと化した。故にプレイヤー達は、現実世界では振り回すことなどない、数多の武器の中から慎重に自身に合ったものを選ばねばならない。

話は変わるが、イタチが前世にいた忍の世界において、忍の武器である忍具に対する概念は、使い捨てが基本である。手裏剣やクナイは訓練ならいざ知らず、実戦で回収することは、まず不可能だからだ。しかも、忍の戦いは忍術の使用が基本であり、そのためには印を結ぶことが必至。故に、最低でも片手を空けるために、両手持ちの大型武器の使用は忌避されがちである。数少ない例外は、霧隠れの里に君臨した「忍刀七人衆」だろう。霧隠れに伝わる七つの忍刀を使いこなした実力者達であり、手に持つ武器は基本的に両手持ち。それで忍術まで自在に使いこなしたのだ。過去の忍界大戦においては霧以外の里全てにとって脅威の的とされ、第四次忍界大戦においては穢土転生で蘇らされたほどだった。

そんな忍の世界を生きた前世を持つイタチが選んだ武器は、片手用直剣だった。この選択したのは、前世の忍としての戦闘スタイルと、SAOというゲームの規格に適応したと判断してのことである。忍者としての戦闘スタイルを重視するならば、スピードを上げるために軽量武器の選択が必須。生前に使い慣れた武器に合わせるならば、刀が好ましいが、初期で獲得できる武器スキルには無く、特定の条件を満たすことで出現するエクストラスキルであると考えられる。モーションキャプチャーテストに協力したイタチも、エクストラスキルの入手方法までは知らされていない。予想では、曲刀スキルから派生すると考えられるが、それに賭ける猶予は無い。また、可能ならばゲームの完全クリアまでは同一の種類の武器を使うこと、そして手数たるソードスキルは多い武器が好ましい。よって、文字通り片手で扱える、ゲーム内で種類・技の両方において最もバラエティに富む片手用直剣が相応しいと結論付けたのだった。

そして現在、そんなイタチの剣を買い取りたいと言うプレイヤーが現れたのだった。

 

「例の依頼の件なんだけどナー…依頼人は、今日中なら三万九千八百コル出すって言いだしたヨ。」

 

「………アルゴ、何かの詐欺じゃないのか?現状で武器強化をするなら、三万五千コルあれば十分だ。そのあたりのことは説明したのか?」

 

「アア、オイラも重々説明したサ。でも、聞かなかったんだヨ。」

 

ソードアート・オンラインの武器には、五つの強化パラメータが存在する。

鋭さ――Sharpness

速さ――Quickness

正確さ――Accuracy

重さ――Heaviness

丈夫さ――Durability

イタチが現在持っている片手用直剣、「アニールブレード+6」は、既に六回分の強化が施されている。内訳の(+6)は、3S3D――つまり、鋭さと丈夫さに3つずつ割り振られているのだ。

常人離れした、――前世の写輪眼程ではないが――動体視力を持つイタチの剣線は、システムアシスト無しでも十分な正確さをもつ。また、イタチはスピードタイプのプレイヤーであるため、剣の重量を必要以上に増やすことを好まない。故に、イタチは武器強化において重視するのは、「鋭さ」・「速さ」・「丈夫さ」に絞られるのだ。全てが数値化される世界において、敵に与えるダメージと武器の耐久値ばかりは、プレイヤーの技能ばかりではどうにもならない。故にイタチが、普段使う武器強化パラメータに選んだのが「鋭さ」と「丈夫さ」だった。

閑話休題。ともあれ今は、アルゴが仲介している取引についてどうするかを考えるべきである。

 

(第一層攻略戦は明日。今頃新たな武器を手にしたところで、すぐに扱える筈がない。そこまで頭が回っていないのか…いや、武器の入手が目的ならば、普通に強化して余りある金がある以上、本来この取引は成立しない。となると狙いは…)

 

アルゴに買い取りの仲介を依頼したプレイヤーの意図について考えを巡らせる中、一つの推測にいきついた。この考えが正しければ、自分の武器を買いたがる理由も説明がつく。

 

「どうする、イタっち。今回も、取引は不成立ってことにするカ?」

 

「いや、取引に応じよう。」

 

イタチの思わぬ返答に、さしもの情報屋アルゴは目を丸くする。相場が一万五千のアニールブレードを、三万九千八百コルで売るというのは確かにお得な取引ではある。だが、それは自らの武器を手放すことと同義であり、極端な話ではあるが、この世界における生命線を切ることにも等しい。

 

「…正気カ?今の武器を手放せば、明日のボス戦で命取りになるかもしれないゾ?」

 

「分かっている。明日の攻略戦には参加するし、武器も用意する。とにかく、依頼人には取引に応じた旨を伝えてくれ。」

 

「…分かっタ。」

 

正気の沙汰かと疑ったアルゴだが、イタチの表情はいつもと同じ無表情で冷徹そのもの。落ち着いて見れば、取引に応じるという選択肢には何か考えがあってのことだと察しはついた。尤も、それが何なのかは流石に分からなかったが。

 

「依頼人も了承したヨ。武器を受け取って、すぐに持ってこいってサ。金の受け渡しはそこでやるそうダ。」

 

「分かった。」

 

アルゴの言葉にイタチは頷くと、メニューウインドウを操作して自身の武器であるアニールブレード(+6)をオブジェクト化する。丈夫さにパラメータを振ったため、通常のものより若干重みのあるそれを、アルゴは若干危なげに受け取ってストレージに納める。

 

「それじゃ、行ってくるヨ。」

 

「ああ。だが、俺はこれから少し用事があって出かける。取引で受け取った金は、明日の朝届けてくれるか?」

 

「分かっタ。それと、もう一つ言い忘れてたヨ。」

 

何だろう、とイタチは疑問に思いながらもアルゴに向き合う。アルゴは若干真面目な表情になると、こう言い放った。

 

「アーちゃんを押し倒すなら、今夜がチャンスだヨ。」

 

「知らん。」

 

真顔で何を言いだすかと思えばこれである。アルゴの性格は分かっているつもりだったが、死闘を明日に控えているこの時に、何故そんなことを考えねばならないのか。もっと他にかける言葉があるのではないかと、イタチは思ってしまう。ちなみにアスナだが、昨日からイタチが取っている部屋に泊まっており、今は既に就寝していた。

仮想世界ではあり得ない頭痛を感じて額に手を当てるイタチを余所に、アルゴは足早にその場を後にした。

 

「………」

 

額に手を当てる指の隙間から、イタチはアルゴの背中をじっと見つめる。本人は自分をからかって満足しているのか、ご機嫌な足取りで街の中心区へと駆けて行く。後ろを確認する素振りがないことを確認したイタチは、

 

「行くか…」

 

小さくなるアルゴの背中を視線の先に捉えつつ、その後を追うべく駆け出すのだった。

 

 

 

アルゴを追って辿り着いたのは、人気の全くない裏路地だった。途中、街中でメールでのやりとりを何度か行い、場所を設定した上で来たのがここである。現在、イタチは裏通りに面する建物の屋根の上に身を潜めていた。

 

(あれが依頼人…か。)

 

アルゴに気付かれないよう、隠蔽スキルを発動してその様子を監視する。気配を遮断しての尾行は、前世の忍世界においては基本的なスキルである。全てが数値化されるデジタルデータの世界におけるイタチの動きは、習得度を50以上底上げして余りある。高レベルの索敵スキルを習得しているプレイヤーでも、イタチを捉えることは不可能に等しい。尾行されているアルゴも気付く気配もない。裏路地を歩き続けるうちに、遂に依頼人らしき男が姿を見せた。

 

(あれは、キバオウか。)

 

じゃらじゃらというスケイルメイル特有の音と共に影から姿を見せた人物には、イタチも見覚えがあった。攻略会議で大暴れした、サボテン頭の関西人プレイヤー。名前の通り会議進行中に噛み付いてきた上、ベータテスターに対しての賠償・謝罪を要求した人物でもある。

 

(成程…道理で俺から武器を取り上げたがるわけだ。)

 

ベータテスター排斥派の筆頭たるキバオウならば、攻略戦に参加するベータテスターから武器を取り上げて戦力を殺ぎたがるのも分かる。だが、問題は彼が、イタチがベータテスターであることを知っていることにある。

 

(アルゴから漏れた可能性は無い…筈だ。)

 

自分のステータスすら売り物にするアルゴだが、ベータテストのことに関する情報は絶対に売らない。デスゲームと化した現在、ベータテスターの個人情報がビギナーの、とりわけキバオウのような排斥派の手に渡れば、確実に吊るし上げを食らうのは目に見えている。唯一の例外が、テスター同士でのやり取りであり、イタチも、生き残っているベータテスターの現状について調べてもらったが、生存者の情報については本人の了承を得た上でやり取りしている。ともあれ、今でさえ危ういビギナーとテスターの関係を悪化させないためにも、ベータテスターの情報が排斥派プレイヤーに露見するのは何としても防がなければならないのだ。にも関わらず、イタチがベータテスターであることがキバオウに知られている。最初の攻略会議の時に自分のところで視線が止まったのは偶然ではなかったのだ。

 

(…他に情報を売った奴がいるのか?)

 

アルゴ以外のベータテスター、そこから情報が漏れた可能性がある。だが、どうにも解せない。イタチがテスターであることを知っていたのならば、あの会議の際に名指しして吊るし上げることもできた筈だ。それをしなかったのは…あるいはできなかったのには、何か事情があるのではないか?

 

(追いかけるか…)

 

イタチが考えを巡らせる間に取引を終えてアルゴとキバオウは背を向けて各々別の方向へと歩き出す。イタチは路地裏を歩くキバオウを見降ろしながら、追跡対象を変えて屋根の上を移動する。

恐らく、今回の買い取りも自分を名指し出来ない理由に絡んでいるものと考えられる。となれば、ここでキバオウを尾行すれば手掛かりを掴める可能性がある。半ば直感に近いが、攻略を明日に控えている以上、この疑問はできることならば解消しておきたい。

イタチは夜闇に紛れながら、キバオウを追う。それはまるで、前世の忍へと戻ったかのように―――

 

 

 

 

 

2022年12月5日

 

ソードアート・オンラインがデスゲームと化してからおよそ一カ月。虜囚と化したプレイヤー達は、遂にこの仮想世界脱出への大きな一歩を踏み出すこととなる。即ち、第一層攻略。迷宮区を二十階まで踏破し、ベータテスト時代のボスの情報公開を皮切りに、満を持して攻略へと踏み切ったのだ。攻略参加メンバーは四十四人。前回の会議から一人も欠けていなかった。

そして攻略組は現在、トールバーナを出て迷宮区へと続く森を行進していた。イタチとアスナは、その最後尾に付いている。

 

「全く…完全に味噌っかすじゃない。これじゃあ、攻略に参加している意味もまるで無いわよ…そう思わない、イタチ君?」

 

「…そうですね。」

 

攻略を前にした前日の会議において、四十四人が七人組のパーティーを続々組む中、イタチとアスナの二人は見事にあぶれてしまった。尤も、イタチの場合はもとよりボス戦への参加に関しては基本的に後方に控え、他のメンバーの援護に徹するつもりだったので、意図的にあぶれたと言っていい。このボス戦で得られる経験値は勿論、ドロップアイテムは相当な戦力になる。イタチは既に安全マージンを倍以上取っているので、経験値もアイテムも他のプレイヤーが多く得られるよう立ちまわるつもりだった。

予想外だったのは、アスナの存在だった。あぶれるのを覚悟でパーティーが組まれるのを傍から見ていたのだが、まさかアスナが残るとは思わなかった。だが、彼女からすると親しい人間のいない中、女性一人というのはあまりにも心細い。リアルで面識のあるイタチと組みたがるのは必然と言えた。

 

「そんなに嫌なら、他のパーティーと組めば良かったじゃないですか?」

 

「仕方ないじゃない。周りがみんなお仲間同士だったんだもん…」

 

二人だけのパーティーとしてイタチとアスナが割り当てられた仕事は、ボスの取り巻きの相手をするE隊の援護だった。ボス戦の邪魔にならないように立ちまわるよう要請されたアスナは、街を出て以降不機嫌に愚痴を口にしていた。それを聞くイタチはやれやれと思いながらも、思考は別のところへ回していた。それは、昨夜のキバオウを尾行した結果として行きついた人物。

 

(恐らく、キバオウに買い取りを依頼したあの人の真意は、ラストアタック・ボーナスの獲得…)

 

アインクラッドの各フロアを守護するボスを倒した時に手に入るドロップアイテムは、大概がその場のみで手に入るユニークアイテムであり、故に性能も一般で手に入るアイテムとは段違いに高い。手に入れたプレイヤーは、必然的にトップクラスに名を連ねることになる。

ベータテスト時代に強豪プレイヤーとして知名度の高かったイタチから主力武器を買い取ることで戦力を殺ぎ、攻略最前線に出られなくすることが目的だったのだろう。そして、イタチを排した最前線でボスを討ち取り、そのドロップアイテムを手に今後の攻略組を引っ張って行く。それが狙いなのだと、イタチは推測する。

だが、イタチにはそんなつもりは毛頭ない。既に情報はもとより、ステータスやスキルにおいても一般のベータテスターを遥かに上回るアドバンテージを手に入れている。ボスドロップに目が眩むようなことはあり得ない。だが、そんな彼に疑惑を向ける人間は他にもいた。

 

「ええか?ジブンらは大人しく、わいらが狩り漏らした雑魚コボルドの相手だけしとれよ。出しゃばった真似など、するんやないで!」

 

前を歩くE隊のリーダーことキバオウがイタチとアスナにそう食ってかかる。最後の方は特に強調し、前線への介入禁止に関して釘をさす。その苛立ち混じりの視線は、主にイタチの、その背に装備されている剣を射ぬいているようだった。それもその筈。現在、攻略に向かうイタチの背には片手用直剣「アニールブレード(+6)」が装備されているのだ。

そう、イタチが持っているアニールブレードは、一本だけではなかったのだ。この世界の生命線たる武器の危機管理に関しては、イタチは非常に慎重に動いている。また、万が一の事態に備えて装備を予め複数用意するのは、生前の忍時代から当然の心得でもあった。そのため、イタチは現在、アニールブレードという武器を五本以上常備しているのだ。

 

アニールブレード獲得クエストにおいて、入手を要するアイテム、それをドロップするモンスター、「花つき」のリトルネペントの出現率は数パーセントに満たないとされているが、実は入手率を四十パーセント近くまで上げる抜け道が存在するのだ。それは、花つきより若干高確率で出現する「実つき」のリトルネペントを攻撃することである。実つきが頭頂に付けている実を攻撃すると、破裂して周囲のリトルネペントを呼び集める煙を発するのだ。ソロで捌ききれない、パーティーを組んでいても全滅必至の数の敵が集まることになるが、同時に花つきのリトルネペントも現れやすくなる。ハイリスクな方法だが、イタチはこれを、プレイヤーの少なくなり、尚且つポップが増える深夜の狩りで行い、五日たらずで引き換えアイテムである「リトルネペントの胚珠」を七つ手に入れることに成功したのだ。壮絶な戦いを経験した忍としての前世を持つイタチだからこそできる文字通りの荒技だった。

そういうわけで、イタチの背には昨日売却したものと同じ強化が施された武器が吊り下げられているのだ。大枚はたいて殺いだ筈の戦力がそこにあるのだから、キバオウが苛立つのも無理はない。

 

「何よ…感じ悪いわね…」

 

「………」

 

キバオウの横柄な態度に、事情を知らないアスナの表情が一層不機嫌なものとなる。イタチはそれ以降も愚痴を垂れるアスナの話を黙って聞き続け、その間に遂に迷宮区最上階へと到達するのだった。

フロアボスの部屋へと通じる扉を前に、レイドパーティーは最終調整に入る。所持アイテム量や、武器の耐久値の確認、当初より予定していた連携の再確認を行っていく。一通り攻略メンバーの準備が完了すると同時に、リーダー・ディアベルが扉を背に皆に向き直る。

 

「聞いてくれみんな。俺から言うことはたった一つだ。」

 

右手の拳を握り、高らかにその言葉を口にする。

 

「勝とうぜ!」

 

その言葉に、レイドを構成する四十三人は一斉に頷いて返す。いよいよ百層あるうちの第一層、攻略の第一歩たるフロアボス攻略戦が始まる。各々のプレイヤーが緊張を胸に、これから始まるボス戦に身構える。イタチもまた、背に吊った武器に手をかけて扉が開かれるのを待っていた。

やがてリーダーであるディアベルの手でフロアボスの待つ部屋への扉が開かれる。それと同時に、六つのパーティーと二人の殿が部屋へと突入する。全員がボスの部屋へと足を踏み入れてからしばらく経ち、部屋の奥にある玉座に座した巨大な影が動きだす。

 

「グルルラァァアアアア!!!」

 

空中で一回転して着地したのは、一目でボスと分かる威圧感を放つ巨大な亜人型モンスター。赤金色の隻眼に、二メートルは優に超える真っ赤な全身。青灰色の毛皮を纏い、右手に骨を削って作った斧、左手には革を張り合わせたバックラーを携えている。その見た目は、何もかもがベータテストのまま。第一層の扉を守護するボスモンスター、「イルファング・ザ・コボルドロード」である。

 

「攻撃、開始!!」

 

ディアベルの掛け声と共に、プレイヤー達は雄叫びを上げてボスの元へと突撃していく。

第一層攻略戦の火蓋が、切って落とされた―――

 


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