ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版-   作:鈴神

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『暁の忍』は、今月で6年目!
今話から『オーディナル・スケール』に突入です。
社会人として時間が上手く取れず、『ゲゲマス』との並行執筆で正直ギリギリですが、今後も頑張っていきます!


オーディナル・スケール
プロローグ 始動【launch】


――2022年11月6日。フルダイブ型仮想現実ゲーム機『ナーヴギア』のソフトにして、世界初のVRMMORPG『ソードアート・オンライン』の正式サービスが開始された。多くのゲーマーが心待ちにしていた、VRゲーム新時代の幕開けとも呼べる、喜ぶべきだったであろうこの日は……ログインしたユーザー一万人にとっての、苦難と絶望の日々の幕開けへと一変した。

開発者・茅場晶彦の手により、ソードアート・オンラインはログアウト不能の監獄と化し、閉じ込められたプレイヤー達は、『ゲームオーバー』が『現実の死』に直結する、過酷なデスゲームを強要されることとなった。

圧倒的な絶望が渦巻く中、ゲームクリアを目指して立ち上がった者達がいた。しかしその一方では、現実を受け入れられず自殺を図る者、恐怖のあまり街に引き篭もる者、狂気に駆られてプレイヤーさえもいた。

後に『攻略組』と呼ばれるようになったプレイヤー達は、二年にも亘る壮絶な激闘の末――2024年11月7日、ある一人のプレイヤーが、攻略組に紛れていた黒幕たる茅場晶彦の正体を看破し、一騎討ちの末に打ち破り、ゲームはクリアされ……生き残った人々は解放された。

 

 

 

「最終的には、2 二千人もの人々が犠牲となり、首謀者である茅場晶彦の死でその事件は幕を閉じた……」

 

窓が一切存在しない、外界からは完全に隔離された、無機質で広大な部屋の中。電灯の無い、暗闇に包まれたこの部屋を微かに照らすのは、部屋の最奥に鎮座しながら、「ゴウン、ゴウン」と鈍い機械音を響かせながら稼働している、人の身の丈以上の大きさを持つ、サーバーマシンから放たれる青白い光だった。

 

「生き残ったプレイヤー達は、SAO帰還者(サバイバー)と呼ばれ、今は現実世界で普通の生活を取り戻している――――――か」

 

そんな薄暗い部屋の中に置かれたサーバーマシンの前には、一人の白衣を纏った初老の男が立っていた。その手には一冊の本を持っており、彼はその中に書かれていた内容を読み上げていたのだった。

男は本に書かれていた内容をひとしきり読み上げると、本を静かに閉じた。そして、今尚目の前で稼働し続けているマシンを見上げ、感慨に耽るような表情を浮かべていた。

 

「ここにいましたか、重村教授」

 

そんなサーバールームの中でに一人佇む男--重村に対し、声を掛ける人物がいた。後ろを振り向いた先にいたのは、重村と同じく白衣を纏った男性。重村同様、電灯も点けずにここへ入ってきたのだろう。その顔立ちは確認できなかったが、サーバーマシンから漏れる微かな光により、その線の細いシルエットだけは確認できた。

 

「……君か」

 

だが、顔など見なくとも、重村にはこの人物が誰かは分かっていた。そもそもこの場所に出入りできるのは、重村自身と目の前に立つ者のみなのだから。

 

「失礼しました。教授が席を外されてから、三十分程が経過していましたので、何かあったのではないかと思い、ここへ……」

 

「それはすまないことをした。勝手に抜け出して、迷惑をかけてしまった」

 

「いえ、お気になさらず。お気持ちは私にも……少しは分かるつもりですので」

 

一人になりたいからと言って席を外してこの場所へ来て、感慨に耽っていた重村だが、時間の感覚を失った状態で居座ってしまったらしい。目の前の協力者に対し、重村は素直に詫びた。

本来ならば、このような場所へ来て、傷心に耽っている暇は無いのだ。協力者たる彼と密かに組み立てた計画は、最終段階に差し掛かっているのだから……

 

「すぐにラボへ戻ろう。君の方は、今のところどうかね?」

 

「予定通りです。既にプログラムの完成度は八割を超えています。あと一週間もあれば、起動準備は整います」

 

「そうか……ならば私も、急がねばな」

 

予想以上のペースで仕事を進めている協力者たる男の言葉に、もたもたしていられないと決意を新たにした重村は、サーバールームを後にした。

 

「例の学校へのガジェットの無料配布については、既に根回しは済ませている。恐らくは、あの生徒達が今回の計画の要になるだろう……」

 

「それは私も同感です。計画を確実に進められるよう、“彼”にはターゲットの顔と名前の資料を渡しておきましょう」

 

「そうしてくれ。そういえば、君の作った薬は、上手く作用しているかね?」

 

「問題はありません。重村教授に提供していただきました装置も併せて、十二分に使いこなせています。今の彼ならば、黒の英雄相手でも引けは取らないでしょう」

 

ラボへ向かう道中、互いに協力して進めている計画の、詳細な進捗状況について確認し合う。計画実行に向けたタイムリミットが迫る中ではあるが、万事上手く進んでいることは間違いなかった。

 

「私の方も、政府への根回しは既に終えている。これならば、多少のイレギュラーが発生したとしても、計画を進行させる上で障害にはならないだろう」

 

「あとは、重村教授の計画が、上手くいくことを祈るばかりですね」

 

「必ず成功させる。それより……君は、本当に良いのかね?」

 

ラボへ向かって進めていた歩を唐突に止めた重村は、すぐ後ろを歩いていた男へと振り向いた。その表情には、真剣そのものである。

 

「私の望みと君の望みは、確かに同じ手段をもって叶えることができる。しかし、君の場合は、君自身の命を代償とすることが前提だ」

 

「心配してくださるのですか?これから自分の計画のために、大勢の人を犠牲にしようとしているあなたが……」

 

「……我ながら、非常に烏滸がましいとは思っているよ。だが、君の場合は条件が非常に厳しい。君の命を犠牲にしたとしても、絶対に叶えられる保証は、何一つ無い。それでも君は、やると言うのかね?」

 

男が言うように、重村がこれから行おうとしている計画は、大勢の人間の犠牲を伴うものである。それでも重村は、この男に問い掛けずにはいられなかった。人としての良心をかなぐり捨てて計画に臨んでいる重村にとって、唯一の理解者であり、同志であるこの男の行く末を……

対する男は、重村から突き付けられた現実に対し、フッと笑みを浮かべた後、口を開いた。

 

「必ず成功させます。私は絶対に、失敗しません」

 

「その保証は、何一つ無いと言った筈だが?」

 

「ええ。しかし、確信はあります。私の望みを叶えられるのは、私自身をおいて他にいないのだと」

 

そう言い放つ男の言葉と瞳からは、絶対的な自信と確信、決意があった。科学者としての矜持もあるのだろうが、それだけではない……その心の奥底には、重村が持っているものと似通った、強い意思を感じた。

 

「そうか……君の覚悟を疑ったようで、悪かった」

 

「いえ、お気になさらず。それに、譬え私の命が喪われたとしても、私の“意思”を遺す方法は、既に確立できています。万事抜かりはありませんよ」

 

薄らと笑みを浮かべた男は、懐からスマートフォンを取り出し、電源を入れるとその画面を重村へと見せた。そこには、アルファベット三文字が重なった、不可思議な文字が浮かんでいた。

 

「既に完成させていたのか……!」

 

「私の専門分野にして研究テーマでしたからね。尤も、これは彼の天才少年の猿真似にすぎませんよ。しかも、完成に費やした期間は私の半分だったそうですよ」

 

驚きの表情を浮かべる重村に対し、男は自嘲しながらスマートフォンを懐にしまった。

 

「皮肉なものです。生きた人間ならば、こうしていくらでも複製が利くというのに……この世にいない人間に限っては、どうしようもない」

 

「だからこその計画だろう。譬え人の道を外れたとしても……どれだけの犠牲を払ったとしても、取り戻したいものがある。君も私も、そのために立ち上がったのだ」

 

「仰る通りです」

 

「お互いに後に退くつもりが無いのならば、やることは一つだ。何が起こっても、我々は意思を貫くのみだ」

 

これ以上、足踏みをする必要は無いと断じた重村は、それ以降、ラボに戻るまで男と互いに言葉を交わすことは無かった。一切後ろを振り向かずに歩く二人の姿は、まるで後戻りできない地獄の扉を開ける禁忌を犯そうとする、罪人を彷彿とさせるものだった――――――

 

 

 

 

 

 

 

2026年4月15日

 

東京都文京区千石にある、都営地下鉄三田線の駅である『千石駅』。六義園や旧古河庭園といった観光スポットの最寄り駅として知られるこの駅の前には、片側三車線の幅の広い道路がある。都内だけに、普段は車通りが激しく、夜中の八時から九時頃にかけても、行き交う車の数はあまり減らなかった。

だが、この日だけは違っていた。道路は両車線ともに封鎖され、ちょっとした広場と化していた。そんな、空白地帯となった道路の中に、三十人近い数の人間が集まっていた。比率としては、男性が多いその中で、全員に共通しているのは、動きやすい服装をしていることと――顔に同じ規格の、とある“装置”を装着していることだった。

そんな中で特に目を引いたのは、白髪の小柄な少年、オレンジ髪の大柄な少年、ヘッドホンを首に提げた黒髪の少年の三人組――アレン、一護、葉だった。

 

「イベントの場所は、ここで間違いないんだな、アレン」

 

「その筈ですよ、カズゴ。現にこうして、車線封鎖もされています」

 

「それにしても、直前の告知だったのに、よく集まれたよな~、オイラ達」

 

SAO事件から生還した学生を主として受け入れている帰還者学校に通っているこの三人は、攻略組結成以来の仲だった。そんな彼等は、今日はとあるイベントへ参加するためにこの場所へと集まっていた。

 

「それにしても、和人も来りゃあ良かったのにな……」

 

「仕方ありませんよ。彼の実家は埼玉で、遠過ぎます。僕達三人が集まれただけでも、かなりラッキーだったんですから」

 

「まあ、良いじゃねえか。SAOでもALOでも、何だかんだ言ってこの三人で行動することは多かったんだからな」

 

カズゴ達のようなベータテスターは、SAO事件当時においては、他者の犠牲を厭わず、情報を独占する自己中心的なプレイヤーとして、正式サービス開始日にログインしたプレイヤー達から目の敵にされていた。特に、カズゴ、アレン、ヨウの三人は、SAO攻略組の中でも指折りの実力者であり、多くのプレイヤーにとっては嫉妬の対象とされていた。故に、他のプレイヤーとの衝突を避けるために、SAO事件発生当初からグループで行動するようになっていた。

しかし、三人一緒にいるとはいっても、ギルドを作っているわけではなく……ただ都合が良いからという理由から始まった集団だった。しかし、互いの相性は良く、SAO攻略組として場数を踏む内に仲間としての意識が芽生え、現在に至るまで行動を共にする程だった。

 

「……まあ、そうだな。俺達なら、多少の強敵も問題じゃねえな」

 

「一護も素直じゃないですね。友達として、和人にも来てもらいたかったんでしょう?」

 

「べ、別にそんなんじゃねえよ。強力な助っ人なら、何人いても良いってだけだよ。特にアイツなら、戦場がこっちだろうと、間違いなく最強だろうしな」

 

「あ、それはオイラも同感だな。和人って、ゲームと同じくらい、リアルも強いからな~」

 

「和人だけじゃありませんって。明日奈や直葉、めだかだって、十分強いです」

 

「蘭と真もな。……つーか、あの二人の強さは本当に人間なのかって疑いたくなるくらい半端ねーぞ」

 

「あと、あの人がいますよ!この前、剣道部に外部講師として来てくださった、結城京子さん!」

 

「明日奈の母ちゃんだったよな。まあ……流石母娘というか、あの人も凄ぇ強かったわな」

 

「和人相手に、二刀流勝負ができる奴なんて、初めて見たよな……」

 

そうして、三人でこの場にはいない仲間達の、規格外の強さをネタに談笑することしばらく。遂にその時は訪れる。

 

「もう九時ですね」

 

「来るか……それじゃあ、起動するか」

 

「まあ、何とかなるさ」

 

先程までの和やかなムードから一転。三人は気を引き締めると、各々ポケットからタッチペンを取り出して構える。そして――

 

『オーディナル・スケール、起動!』

 

その言葉と共に、三人の視界に映る世界は変わっていく。先程までの、道路沿いに展開していた建物群は、中世西洋風の建築物へと姿を変え、三人の立っていたアスファルトの道路もまた、石畳の地面へと変わっていた。

 

『やっほー!みんな集まってくれてありがとー!』

 

そんな中、一護達を囲んでいた、元は三階建ての雑居ビルの屋上に、一人の少女が現れた。長い銀髪を靡かせたその少女が纏うのは、黒と紫を基調とした近未来的なワンピース。その傍らには白い円盤状のマスコットらしきものが飛んでいた。

 

「あれ、『ユナ』じゃないですか!?」

 

「ほぉ……あれが噂の、世界初のARアイドルか」

 

「う~ん……確かに、SAOのNPCとはちょっと違う気がするんか?」

 

驚き、関心、疑問と、三者三様の反応を示す三人。周りに立っていた人々は、気付けば歓声に湧き立っていた。

 

『準備はいいかな?それじゃー戦闘開始!』

 

少女――ユナがそう言い放つとともに、一護達が立っていた場所を中心として、空間が陽炎のように歪んだ。SAO帰還者であるカズゴ等にとっては、見知った光景――ボスモンスターのPoPである。やがて、揺らいだ空間の中から巨大な黒い影が滲みだし……二メートルは優に超える巨体を現した。

 

「なっ!?」

 

「こいつは……!」

 

目の前に現れた、巨大なモンスター。その姿を見た一護達は、顔を驚愕に染めた。モンスターの出現に驚いたわけではない。問題は、そのモンスターの正体だった。

 

「まさか、これって……!」

 

「アインクラッド第一層フロアボス――『イルファング・ザ・コボルドロード』だ!!」

 

未だ驚愕に硬直して声が上手く出せなかったアレンの言葉を継いで、一護がその正体を叫んだ。

 

「グルルラァァアアア!!」

 

そんな唖然とした様子で動けずにいるアレン達目掛けて、赤色の獣人の王は、その手に持った巨大な斧を咆哮とともに振り上げた。

 

「くっ!迷っている場合じゃねえ!アレン、ヨウ、行くぞ!!」

 

「は、はい!!」

 

「まあ、何とかなるさ……!」

 

攻撃を受ける直前になって正気を取り戻した三人は、タッチペンから変化した各々の得物――大剣、長剣、刀をそれぞれ構え、激闘の中へと身を投じていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「……あれが、かつてのSAO攻略組――カズゴ、アレン、ヨウの力か」

 

『中々の動きだね。仮想世界程ではないにせよ、人並み以上の身体能力の持ち主らしい』

 

一護達が戦闘を開始した、仙谷駅前の道路の交差点。その場所からほど近い場所にあるビルの屋上より、戦闘の様子を俯瞰する、一人の男の影があった。男の手には、A4用紙程のサイズのタブレット端末があり、備え付けのカメラが起動していた。この男とは別の、もう一人の人物の声は、端末のスピーカーから出ていたものだった。

 

「だが、今の僕にとっては敵じゃない……計画のためにも、今すぐこの場で……!」

 

『まあ、待ちたまえ。この開けた戦場で事を起こせば、多くの目撃者が出てしまう。いくら私がいるとはいえ、揉み消すのは容易ではない』

 

タブレット端末からの声に窘められ、男は逸る気持ちを抑えてその場に踏み止まった。男にとっての悲願たる計画の始動は、まだこれからなのだ。十分な準備をしているとはいえ、事が事だけに慎重に動かねばならないのも事実だった。

 

『今日は、彼等の戦闘能力を確認することが目的だ。ここで十分なデータを採取できれば、より簡単に事を進められる』

 

「……分かったよ。今日のところは我慢しよう」

 

溜息を吐きながら答えた男の言葉に対し、タブレット端末からはやれやれとばかりに苦笑が漏れていた。

 

『そんなに焦らなくとも、君の出番はもうじき来る。そうなれば、嫌と言う程働いてもらうことになるさ』

 

「目的を果たすまでは、そんな弱音を言うつもりは無い。どんな手を使ってでも、僕は彼女を取り戻すと誓ったんだ……!」

 

『フフ……そう熱くなるべきではない。今のは言葉の綾に過ぎないのだからな』

 

「………………」

 

タブレット端末から聞こえる、茶化すような言葉に、男はジト目を向けながら閉口した。その後は、取り乱して無理に動こうとすることなどは無く、ただ眼下で繰り広げられる戦闘――特に自分達がマークしていた三人――に対してのみ、意識を集中させるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2026年4月16日

 

VRMMORPG『アルヴヘイム・オンライン』。一昨年に発生した『ALO事件』において、SAO帰還者を大量に拉致するための隠れ蓑として利用されたことで、一度はサービス廃止に追いやられたゲームだったが、一定の条件さえ揃えばだれもが仮想世界を作り出すことができるプログラム・パッケージ『ザ・シード』の流通により、元通りに復活を遂げていた。さらには、SAOの舞台として知られた浮遊城『アインクラッド』を実装化したことにより、ゲーム内は事件発生前以上に賑やかになっていた。

だが、そんなALOの今は………………

 

「……なんだ、イタチだけしかいないのか」

 

「む……コナンか」

 

新生アインクラッドの第二十二層の森の中にある、イタチ所有の別荘――現在は、所属ギルドであるスリーピングナイツのホーム同然になっている――の玄関を潜り、コナンが中へと入ってきた。ソファーに座ってゲーム内の情報誌を呼んでいたイタチは、コナンの姿を見ると立ち上がり、キッチンへ向かうと、棚からカップを取り出した。アスナ等がクエストで手に入れたという、『タップするだけで九十九種類の味のお茶がランダムに湧き出す』魔法のマグカップである。イタチはそれを持って、先程まで座っていたソファーへと向かい、向かい側に座っていたコナンへと差し出した。

 

「ランは一緒じゃないのか?」

 

カップをタップし、中に入っているお茶を口に運んで飲み始めたコナンに対し、イタチが問い掛けた。

現実の時間は、夕方七時過ぎ。いつもならば、コナン以外にもランは勿論、他のメンバーがもっとログインしてくる筈である。

 

「いや、今日は空手部の稽古が遅くなるって話だから、ログインできる時間は遅くなるそうだ」

 

「そうか……」

 

それだけ言うと、イタチもまた、手元に置いていた同種のカップへと手を伸ばし、中の液体に口を付けた。

 

「もしかして、“例のゲーム”に参加しているとでも思ってたのか?」

 

「否定はしない。ランやマコトあたりならば、本気を出せば、かなり上の……トップ10は狙えるだろうからな」

 

「ハハ……だろうな。俺も同じこと思ってたよ」

 

奇しくも同じ学校に通う、SAO帰還者の仲間達と同じことを考えていたイタチとコナンだった。イタチは「それに」と付け加えて続けた。

 

「ここ最近はALOにダイブするプレイヤーの数はかなり減っている。あちらのゲームに流れて行ったと考えるのが妥当だろう」

 

「やっぱお前もそう思うよな。やっぱり、あの機械が出てから、プレイヤーは皆そっちに行っちまったよな~」

 

苦笑するコナンの言葉に、しかしイタチは何も答えずに、マグカップの中の茶を啜るのみだった。

イタチはこのログハウスに来る三十分程前に、現在アインクラッドが浮遊している、アルヴヘイムのサラマンダー領を覗いてきたのだ。猛炎の将・ユージーン将軍と、その兄である稀代の謀略家・モーディマーの台頭により、九つの種族の中でも最強と呼ばれていたサラマンダー領は……しかし今は、狩場にも首都にも、プレイヤーの姿はあまり見られず、閑散としていた。アルヴヘイムの中でも最も栄えている筈のサラマンダー領ですらこれなのだから、他の種族の領土はゴーストタウンの様相を呈しているのかもしれない。

ともあれ、ALOというゲームは現在、ログインするプレイヤーの数が著しく減っていることは確かだった。

 

「ログインするプレイヤーが減っているのは、ALOだけじゃない。GGOやアスカ・エンパイアも、同じようなことになっているらしい」

 

「古いゲームが廃れていくのは、宿命ってワケか……」

 

そう言いながら、コナンは椅子に深く腰掛け、身体をだらりと弛緩させた。対するイタチも、これ以上話していても空しくなるだけだと思ったのだろう。先程まで読んでいた情報誌を手に茶を啜るのみで、それ以上口を開くことは無かった。

ログインしているにも拘わらず、狩りに行くことも、クエストを探しに行くこともせず、ただただ、ホームで無為に過ごすだけの時間。個性が強いメンバーが揃っているが故に、騒々しさに満ちた日々を送っているスリーピングナイツにしては、珍しい光景だった。

 

 

 

だが、そんな珍しい時間も、長くは続かなかった――――――

 

 

 

「お、メッセージだ」

 

「俺の方にも届いたぞ」

 

コナンとイタチの視界の端に、メッセージの受信を知らせるアイコンが現れた。二人は同時に同じ操作でウインドウを操作すると、メッセージの確認を行った。

 

「運営からのイベント通知か?」

 

「可能性はあるな。ただでさえログインするプレイヤーが減っているんだ。人集めの起爆剤として、その手のイベントを企画してもおかしくない」

 

「まあ、良いじゃねえか。暇なのは間違いないんだし。少人数でもできるクエストとかだったら、俺達だけで行ってみようぜ」

 

そんな軽口を叩きながら、二人してメッセージ画面を開いた。宛先を確認すると……そこには、覚えの無い差出人の名前が記載されていた。

 

「『N.A.』……覚えの無い名前だな」

 

「俺のメッセージの差出人も同じ名前だ」

 

「つまり、同一人物ということだな」

 

聞き覚えの無いプレイヤーの名前を訝るイタチとコナン。正体不明の差出人からのメッセージとなると、ウイルスメールの可能性もある。

実際、昨年には『イマジェネレイター・ウイルス』と呼ばれるアミュスフィア専用のメールソフトを利用した、悪質なウイルスメールが横行したこともあった。映像や音楽だけでなく、触感までをも伝えることができる性能を利用し、明らかに十八歳未満には閲覧禁止な、これでもかと言う程に猥褻もしくは猟奇的なテーマを積載したメールがばら撒かれ、至る場所で強制的にプレビューされるという騒動が起こっていた。

一時期はかなりの大騒動になったが、名探偵Lの右腕である、『F』こと『ファルコン』によって修正ファイルがアップされるとともに、騒動を起こした主犯と便乗犯が全員、特定・逮捕されて事件は収束したのだった。

ともあれ、そのような前例があるだけに、このメールを迂闊に開封して良いものかと、イタチとコナンは考えていた。しかし、イタチもコナンもALOにおいては交友関係が広い。フレンド登録しているメンバーは、SAO帰還者を中心として三桁に及ぼうとしている程であり、一度会ったきりというプレイヤーも少なくないのだ。

 

「う~ん……もしウイルスメールじゃないとしたら、一体、誰なんだろうな?」

 

「分かっていることは、俺とコナンに関わりのある人物ということだな」

 

「『N.A.』って……こんなプレイヤーネームなのか、イニシャルなのか分からない名前で、俺達に共通の知り合いなんて――――――!!」

 

『イニシャル』――そう口にした時、コナンははっとなった。イタチに目を向けると、同じ考えに至っていたのだろう。その赤い瞳を見開いていた。

 

「おい、まさか……!」

 

「可能性はあるな。……とりあえず、メッセージを読んでみよう」

 

手紙の差出人に、ある知り合いを想起したイタチとコナンは、ウイルスメールの可能性を承知の上で、メッセージを読むことを決めた。

イタチにとっては一年以上前に会ったきりの、コナンにとってはおよそ十年前に会ったきりの友人。それ以降は二人に対して音信不通だったにも拘わらず、何故今になって連絡など寄越したのか。その意図は、中身を読むまでは分からない。

だが、身を隠している筈の“彼”が二人に接触を図るということは、ただ事ではないことだけは確かである。そしてそれは、仮想世界に関連した、恐ろしい何かであると……そのような確信が、二人にはあった。

そんな思考の中、イタチとコナンは、自分達が大きな流れに呑まれようとしていることを感じながら……後戻りできないことを覚悟の上で、メッセージを表示した――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二年もの月日をかけ、二千人以上の犠牲の上で、その幕を閉じた死のゲーム『ソードアート・オンライン』。全世界を震撼させた、前代未聞のVRゲームを舞台とした大量殺人事件が解決してから一年以上の時が過ぎた今……人々は事件によって齎された『喪失』から立ち直ると同時に、『仮想世界』の新たな可能性の追求を始めていた。

だが、人と言うものは、喪失が大きければ大きい程……そして、その理由が理不尽であればある程、あらゆる手段を模索して、その喪失を取り戻そうとするもの。そして、『仮想世界』には、その可能性があった。喪失を齎したのが仮想世界ならば、それを埋めることができるのも仮想世界であると……そんな、考えを持つ者達が現れるのは、必然だった。

そんな喪失を味わった者達が企てた、仮想世界のみならず、現実世界をも巻き込んだ、恐ろしくも悲しい、巨大な陰謀。それに立ち向かうことを己自身の贖罪として科した『暁の忍』は、己が持つ全てを擲つことを決意し、今再び、壮絶な戦いに身を投じていく――――――

 




今話から開始の『オーディナル・スケール』ですが、かなりの難産でした。
最大の問題は、和人ことイタチと、重村教授サイドとの戦力差。
自業自得以外の何物でもないのですが、パロキャラ戦力が充実し過ぎていて、正直、話にならないレベルです。
一度は執筆を諦め、『アリシゼーション』に飛ぶか、休載することも考えてしまいました。

そんな中、執筆への決意が固めてくれたのは、やはりパロキャラでした。
重村教授サイドに投入するパロキャラの条件としては……

・エイジを、イタチ憑依の和人と互角に戦えるくらいに強化できる。
・毛利蘭、京極真といった最強キャラを押さえられるだけの戦力を用意できる。
・ファルコンのハッキングをブロックできる、ITチートが使える。
・重村教授の理論を理解できる明晰な頭脳と、計画に賛同してもおかしくないような過去の持ち主。(できれば、原作でも同様の計画を実行していることが望ましい)

こんな都合の良いパロキャラなんて、いる筈が無いと思っていましたが……



実は、いました。



ちなみに、その存在を思い出したのは、投稿一週間前でした。
ヒントは、オーディナルスケールのタイトルです。
10年以上前の作品なので、分からない方も多いと思いますが……

こんな杜撰な執筆計画で申し訳ありませんが、今後も『暁の忍』をよろしくお願いします。

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