ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版-   作:鈴神

133 / 158
第百三十二話 性能【performance】

 

東京都千代田区の秋葉原駅に隣接す場所にある複合施設、秋葉原クロスフィールド。その中核施設の高層ビル、秋葉原UDXと、隣接する秋葉原ダイビルに挟まれる形で走る三車線道路に面した歩道の上に、屯している人々がいた。時刻は夜の九時十分前。日は既に落ち、空が夜の暗闇に覆われているにも拘わらず、三十人以上の若者達が集まっていた。そんな彼等彼女等に共通しているのは、頭部にオーグマーを装着しているということ。それもその筈。この場にいる人々は皆、同じ目的のもと集まっていたのだから。

 

「おう!遅いぞ、イタチ!」

 

「クラインさん!」

 

「……」

 

そんな続々人が集まってくるこの場所へ、新たに二人の男女が加わった。明日奈と和人である。二人は待ち合わせの相手である、SAO時代からの友人であるクライン、そして彼のギルドメンバーである風林火山の面々のいる場所へと向かっていった。

 

「おろ?アスナも一緒なんか?」

 

「はい。イタチ君にバイクの後ろに乗せてきてもらいました。あと、じゃんけんにも勝てましたので」

 

後半の意味は分からないが、和人が移動の足として駆り出されたことは分かった。ちなみに、オーディナル・スケールのボス戦参加を希望していた里香と圭子については、じゃんけんに負けたことで今回は参加を見合わせることとなった。

 

「ほほう……成程なあ」

 

「……何が言いたいんだ、クライン?」

 

「いやぁ、大したことじゃねえんだ。お前がここんところ、オーディナル・スケールのボスモンスターについての情報を、俺らやエギルの伝手を使って調べていた理由が分かったもんでな~」

 

「……ハァ」

 

ニヤニヤと腹の立つような笑みを浮かべるクラインと風林火山の面々の顔を見て、溜息を吐く和人。クライン達が何を考えているかはイタチにも察しがついた。恐らく、明日奈をはじめとした美少女を侍らせて、良い所を見せたいがために、アインクラッドのフロアボスを探していたとでも思っているのだろう。

実のところ、その推測は誤りであるのだが、否定したところで信じはしないだろう。誤解を解こうとしても、徒労に終わるのは目に見えているので、和人は敢えて反論をしなかった。

 

「っと、そろそろ時間だな。皆、今日はアスナにいいとこ見せてやろうぜ!」

 

『おーっ!!』

 

リーダーであるクラインの宣言に、風林火山のメンバー全員が拳を上げて気合を入れる。その様子を見た和人は肩を竦め、明日奈は苦笑していた。

 

「けど、イタチ君が付き合ってくれるなんて、思わなかったよ」

 

「礼には及びませんよ。オーディナル・スケールについては、俺も興味がありましたから」

 

「あ、そうだったんだ。それじゃあ、クラインさんが言ってた、オーディナル・スケールのボスについての情報を集めていたっていうのも?」

 

「……ええ、そういうことです」

 

リアル忍者として高い運動能力で知られる和人だが、ララと藤丸が悪乗りして引き起こしたパルクール動画配信の件以降、人前で忍としての動きを披露することに対して消極的になっていた。そのため、明日奈等のオーディナル・スケールの協力要請に対し、あっさりと承諾してくれたことは勿論、ARゲームに興味を持つとは意外だった。或いは、アインクラッドのフロアボスモンスターが現れると聞いたことによって、興味が湧いたのかもしれない。

 

(けど……和人君、何かおかしいような気がする……のかな?)

 

しかし、明日奈はそんな和人に違和感を覚えていた。和人がARゲームのオーディナル・スケールに興味を持っていたなどと言う話は、今初めて聞いたことであり、ましてやアインクラッドのフロアボスが出現することまで知って、自ら調べていたとは思ってもみなかった。和人自身、あまり多くを語らないタイプのため、単に明日奈達が気付かなかっただけ、という可能性もあるが……明日奈には、和人がそのことを“隠していた”かのように思えてならなかったのだ。勿論、何か確証があるわけではない。ただ、和人ことイタチとの付き合いが長い明日奈には、和人がオーディナル・スケールをプレイすることには、何か裏があるのではと……そう思えてしまうのだ。

 

「明日奈さん、そろそろ時間です」

 

「!……そうだね」

 

だが、和人の行動に対して巡らせていた思考は、ゲームイベント開始時間の到来によって中断された。オーグマーの調子を確認すると、オーグマー付属のタッチペンを手に取り、臨戦態勢を整える。クライン達も準備を済ませたことを確認した和人と明日奈は、同時に起動キーを唱えた。

 

『オーディナル・スケール起動!』

 

そのキーワードとともに、二人の意識は現実世界でありながら現実世界ではない……仮想現実の世界へと飛ばされる。

まず変化したのは、服装だった。先程までの私服をデジタルデータが覆い、SFチックなデザインのバトルスーツへと変化させていった。二人の持つタッチペンも、先端から刃が伸長し、武器へと変化を遂げる。和人ことイタチは片手剣、明日奈ことアスナは細剣と、SAO及びALOにおいて愛用してきた武器が、二人の手には握られていた。

そして、午後九時というイベント開始時刻が来たことによって、今度は街に変化が起こった。秋葉原UDXが、秋葉原ダイビルが、高架橋が、ガードレールが、道路が……全てがそれまでの秋葉原の夜の光景とは異なる、まさしく異世界のSF映画を彷彿させるものとなっていた。

 

「これが……」

 

「スゲェな……!」

 

その光景に、オーディナル・スケールを初めてプレイする和人はおろか、既に経験のあるクラインですら感嘆の声を漏らしていた。周囲の光景は、SAOやALOの仮想世界で見たものと同等以上のクオリティを――現実世界な分、リアリティはこちらが上かもしれない――感じさせるものだった。

だが、感心ばかりしていられない。今回のイベントは、詳細こそ知らされてはいないものの、バトルイベントであることは確定しているのだから。

 

「来るぞ!」

 

誰かが気付き、声を上げた。異変が起こったのは、道路の中央。尤も開けたその場所から、ブワッと謎の光が噴出していたのだ。光の奔流はどんどん大きくなり、地上から十メートル以上の高さにまで達する程になっていた。

そして、その中から黒い影が現れる――――――

 

「イタチ君!」

 

「……間違いありませんね」

 

三メートル以上はあろう白色の巨躯に、二本の角がついた鬼のような異形。その背中には、円を描くように太鼓が連なっている。両手には、背中の太鼓を叩くためのものなのか、或いは武器として扱うのか、撥のような先端の膨らんだ棒状の武器を持っていた。

まさしく『雷神』と呼ぶのがしっくりくるその威容に……イタチとアスナは、確かに覚えがあった。

 

「アインクラッド第十一層フロアボス、『エネル・ザ・サンダーロード』!」

 

三度目の邂逅――最初はSAO事件当時のアインクラッドフロアボスの攻略戦、二度目はALOの新生アインクラッド攻略組――となる、見紛うことなきアインクラッド第十一層フロアボスを前にイタチとアスナは気を引き締める。このフロアボスが、姿形だけでなく、能力まで記憶にあるフロアボスそのままであるとするならば、一筋縄ではいかないのだから。

 

「……?」

 

だが、戦闘が開始されようとしたその時。ボスの動きを注視していたイタチが、頭上を飛ぶドローンを視界に捉えた。恐らく、オーディナル・スケールのイベントに際して飛ばされているものだろう。ドローンはビル同士を結ぶ橋の上に滞空すると空撮カメラが取り付けられている箇所から光が発せられ、その中から一人の少女が姿を現した。

 

「みんな頑張ってるー?さー戦闘開始だよ!」

 

「成程……あれがオーディナル・スケールのイメージキャラクターの『ユナ』ですか」

 

「……イタチ君も、知ってたんだね」

 

「オーディナル・スケールをプレイするにあたり、必要な知識でしたから」

 

世界初の『ARアイドル』としても知られているユナのことを知っていたイタチをジト目で見るアスナ。だが、当のイタチは軽く流すのみだった。

 

「ミュージックスタート!」

 

そして始まる、ユナの歌。歌声がフィールドに響き渡ると同時に、キラキラと光るライトエフェクトが宙を舞い、プレイヤー達に降り注ぐ。それを浴びたプレイヤー達には、攻撃力増強等のバフアイコンが点滅する。

 

「バフを得られるのはありがたいですね。ゲームを始めてから間が無いので、この手のアイテムは持ち合わせていませんから」

 

「あ、そっち……」

 

どうやらイタチは、ユナのアイドルとしての魅力ではなく、イベントに際してプレイヤー達に与えてくれるバフの恩恵の方に興味があったらしい。相変わらずブレないことに安心するアスナだが、女性に性的な意味での関心が本当にあるのかと勘繰ってしまうような態度が多いことに、不安を覚えてしまう。

そして、そうこうしている間に、十分間のタイムリミットを示す表示が動き出し、戦闘が開始される。

 

「よし!ユナが歌い始めた!」

 

「ボーナス付きのスペシャルステージだぜ!」

 

ユナから供給されるバフを受けたプレイヤー達が、我先にとばかりにボス目掛けて走る四名ほどのグループがいた。だが、イタチが……

 

「皆、散らばれ!一カ所に固まるな!」

 

戦闘が開始されるや否や、その場に集まったプレイヤー全員に大声で警告する。クライン達、風林火山のメンバーをはじめとしたプレイヤー達は、イタチに言われた通りに全員散開して等間隔に距離を取っていた。しかし、アインクラッドフロアボスに関する情報を持ち合わせていないプレイヤー達は、一体何事かと棒立ちになるのみだった。

 

『ウォォオオオオ!!』

 

再度、散らばるようにと警告を送ろうとしたイタチだったが、それよりも早くボスモンスター――エネルが先に動いた。先程の四名ほどのグループを標的と見なすと、両手に持った撥を振り回し、背中に配置された太鼓を激しく叩き始めた。空気を震わすような振動が仮想の感覚として伝わり、エネルの周囲にバチバチと電光が走り始めた。そして――

 

「んなぁ……っ!」

 

「えっ……?」

 

「わっ……!」

 

「ひっ……!」

 

四人分の疑問詞とも悲鳴ともつかない声。それらが、突如として迸った白い閃光と、次いでやってきた轟音によって掻き消された。轟音と共に発生した煙のエフェクトが晴れた先にあったのは、バトルスーツが解除された四人のプレイヤーだった。

 

「な、何っ!?」

 

「嘘だろ……!?」

 

自身のHPが全損となり、ランクが下がったことに呆然となるプレイヤー達。フロアボスのことを知らない者が見えれば、何が起こったかは分からなかっただろう。

状況を理解できたのは、SAO生還者であり、攻略組としての戦闘経験故にその恐るべき能力をよく知るイタチ等のみだった。

 

(やはり、あの初見殺しとも言える“雷”もあの時と同じままか……)

 

アインクラッド第十一層フロアボス『エネル・ザ・サンダーロード』は、その名前と外見の通り、雷を操るモンスターである。背中の太鼓を叩くことで雷を発生させるが、その中でも特に脅威とされていたものが、先程の落雷である。二人以上の集団で行動するパーティーを目標として落とされる落雷は、現実世界のそれと変わらない不可避に等しいスピードで繰り出されることに加え、その威力は即死に等しいことから、初見殺しの必殺技として当時の攻略組からは恐れられていた。

 

(散開してヒットアンドアウェイを繰り返し、タゲを分散させてダメージを与えていくのが有効なのだろうが……)

 

SAO事件当時の攻略法で倒せないかと思案を巡らせるイタチだが、事はそう簡単には運びそうにない。アインクラッドの攻略時には、ボスが出現するよりも先に、出現位置である部屋の中央を包囲する形でレイドを展開していた。だが、今回は初手から見方は全員正面に固まっている。故に、四方から取り囲むという戦法は使えないのだ。

速くもアインクラッド攻略時の経験が通用しない事態に直面する羽目になったイタチだが、すぐさま現状を打破すべく動き出した。

 

「アスナさん、正面から突破して、フロアボスの背後を取りますので、協力をお願いします」

 

「分かったわ」

 

「クライン。俺達が背後へ回り込んだら、ボスを両側から挟撃するぞ。攻撃パターンが同じなら、あとはアインクラッドの時と同じやり方でいける筈だ」

 

「オッシャ!任せとけ!」

 

SAO攻略組として付き合いの長い、信頼の置けるアスナとクラインにそれだけ指示をすると、イタチはアスナを伴ってボスモンスターたる雷神・エネルへ向かって駆け出した。

 

『ウォォオオオオッッ!!』

 

正面から突撃を敢行してくるイタチを捉えたエネルは、再び撥を手に背中の太鼓を叩き始めた。すると、太鼓はバチバチと電気を帯電し始めた。そして、イタチがエネルとの距離を五メートル程まで詰めたところで、電撃が迸った。

 

「ふっ……!」

 

太鼓から放たれた電撃に対し、危なげなく反応して回避するイタチ。だが、それだけでは終わらない。エネルの背中に円を描くように配置された太鼓から、次から次へと電撃が放たれるのだ。

現実世界の稲妻と同等の速度で、しかも連射される形で放たれる電撃は、一人のプレイヤーが回避盾として前へ出て躱しきれるものではない。だが、イタチは止まらない。次々に放たれる電撃を紙一重で回避しながら、エネルへと接近していき……遂に懐へと潜り込んだ。

 

『ウオッ!?』

 

「足元ががら空きだ」

 

足を広げて仁王立ちするエネルの股を潜ったイタチは、すれ違いざまに剣を振り抜き、右足を切り裂いた。

 

『ウォォオッ……!』

 

足を攻撃され、地面に膝を付くエネル。だが、イタチ等の攻勢はこれで終わらない。

 

「アスナさん!」

 

「任せて!」

 

イタチにスイッチする形で、アスナが細剣を構えてボスへと飛び掛かる。狙いはエネルが膝を付いたことで位置が低くなった、喉元。SAOやALOで見せたものに迫るような、正確無比の一撃が、エネルの急所を穿つ。

 

『ウ、ゴォオオオッ……!』

 

被ダメージ量の多い首から上へと攻撃を受けたことで、苦悶の声を上げるエネル。その隙にアスナは離脱し、イタチのいる背後へと回り込んだ。

 

「流石です、アスナさん。現実世界でも、切っ先がほとんどブレていない」

 

「そういうイタチ君こそ、VRと全然変わらない動きじゃない」

 

「いえ。思うように動けているとは言い難いですね。目で見て反応できても、手足の動きが追い付かないことがままあります」

 

「全然そんな風に見えないけど……」

 

明らかに普通の人間ができる動きではないのに、イタチとしては万全とは言い難いらしい。そんなイタチの発言に、一体どれだけ規格外に動けば満足なんだと言いたげな顔で、アスナは呆れていた。

そんな二人を余所に、戦闘は進む。背後に回り込んだイタチとアスナの方を振り向こうとしたエネルに対し、今度はクライン等がスイッチして背後への攻撃を仕掛ける。

 

「うおりゃぁあああ!」

 

「そらぁあああ!」

 

『ウォォオオッッ!!』

 

「アスナさん、俺達も追撃に動きましょう」

 

「ええ!」

 

イタチとアスナが先陣を切ってダメージを与えたことをきっかけに、クライン率いる風林火山をはじめとしたプレイヤーが、次々にエネルへと攻撃を仕掛けていく。初手で放たれた落雷攻撃に及び腰になっていたプレイヤーも多かったが、今は全員がイタチとアスナの指揮のもと、適確に攻撃を当てていた。

複数人で行動するプレイヤーに対して一撃必殺級の落雷が放たれる関係上、多くのプレイヤーは互いの援護や攻撃のタイミングを見計らうことに難儀していた。しかしそこは、経験豊富なイタチとアスナ、クラインが一同を牽引する形で動くことで難点を補っていた。

 

『ウオオオオ!!』

 

「範囲攻撃よ!皆、距離を取って!」

 

エネルの背中の太鼓全てに電光が走ったことを見逃さなかったアスナが、素早く皆に退避指示を飛ばす。それに対し、プレイヤー達はすぐさま動き、エネルを中心として半径五メートル前後の距離へと放射状の電撃が放たれた時には、全員がダメージ範囲圏外へと脱していた。

 

「ボスの行動パターンが変化した!ここから先は……」

 

「よっしゃあ!俺達の出番だ!」

 

「狙い撃ちだぜ!」

 

ボスの行動パターンの変化に応じ、戦法を変える必要が生じたと判断したイタチが指示を飛ばそうとする。だが、それよりも先に動き出したプレイヤー達がいた。ビル二階部分のテラスで待機していた、銃器使いのプレイヤー達である。同士討ちを避けるために、今までチャンスを伺って身を潜めていたのだが、エネルが範囲攻撃をしてきたことで、近接戦を仕掛けていたイタチ等が退避したことを、好機と勘違いしたらしい。皆、一斉に手持ちの銃器をエネルへと向け、乱射していく。

 

『ウォォオオオ!!』

 

「全然効いてなくねえか!?」

 

「怯むな!とにかく撃ちまくれ!」

 

オーディナル・スケールにおいて、武器によって与えるダメージ量は、遠隔の銃器よりも近接の剣の類の方が格段に大きい。故に、急所を狙いでもしない限り、碌にHPを削ることなどできないのだ。現に、今銃器を乱射しているプレイヤー達の攻撃に対し、エネルは全く怯んだ様子が無かった。

 

「やめなさい!それ以上撃ったら……」

 

そんな銃器使い達に対し、攻撃を止めるように勧告するアスナだが、本人たちは攻撃するのに夢中で碌に話を聞いていない。そして、そうこうしている内に、エネルは狙いをイタチ等から銃器使いの面々へと変更していた。

 

『ウルゥゥァアアア!!』

 

再び背中の太鼓を叩き始めるエネル。そして、先程の範囲攻撃と同様、背中の太鼓全てが電光を帯びる。銃器使い達は、また近距離の敵を攻撃するための範囲攻撃かと高を括っていた。だが、実際に放たれた攻撃は……

 

『ウゥゥォォオオオッッ!!』

 

「え――?」

 

エネルの太鼓から放たれたのは、周囲に対する放射状の電撃による範囲攻撃ではなく……球状の電撃を放つ、遠隔攻撃だった。想定外の出来事に、銃器使い達は得物を構えた状態のまま、呆気にとられてしまった。次の瞬間には、雷球は銃器持ち達のいたテラスを直撃。その場にいた全員をHP全損に至らしめた。

 

「………………」

 

その惨状に、イタチ等とともに近接攻撃を仕掛けていたプレイヤー達もまた、呆然としてしまっていた。そんな一同に対し、アスナが大声で叱咤する。

 

「しっかりしなさい!今の攻撃は、距離を取り過ぎなければ来ないわ!範囲攻撃に注意して、一定の距離を取りながら攻撃していくわよ!」

 

「わ、分かりました!」

 

その場にいたプレイヤー達は、本日初対面のアスナのことを既にリーダーとして認識しており、指示通りに動くことに対する抵抗は皆無だった。アスナの指示に従い、態勢を立て直そうとするプレイヤー達。だがその中には、例外もいた。

 

 

「オラ、どいたどいたぁー!」

 

アスナ達からそう遠く離れていない位置にいた、虎型のアバターのプレイヤー。銃器使いとして相当ランクが高いのだろう。高威力のバズーカ砲型の重火器を持っていた。射線上に誰も無いことを確認するや、エネルの頭部に照準を合わせて、引き金を引いた。だが……

 

「あっ!」

 

「む!」

 

「ヤベッ!」

 

エネルは頭部に迫る弾頭をひょいと首を動かすだけで回避する。目標を見失った弾頭は、エネルの後ろの彼方へと飛んでいった。その先にいたのは、イベントに参加しているプレイヤー達に対し、歌によるバフをかけていたユナだった。

ユナが立っているのは、誰もいない連絡橋の上である。銃器使いは先程全滅したため、弾頭を撃ち落とすことのできるプレイヤーはいない。如何にイタチでも、高架橋の上へと先回りすることもできない。このままでは、ユナに直撃してしまい、そのアバターは粉々にくだかれてしまうと、誰もが確信した、その時――――――

 

「――!」

 

「……え?」

 

戦場を、一陣の風が駆け抜けた。誰もがユナに向かって飛来する弾頭に釘付けになっている中、気付けたのはイタチとアスナの二人のみ。タンッという足音が聞こえなければ、本当に風が吹いただけとさえ感じてしまう程の速度で横を通り過ぎて行ったそれは……しかし、風などではなかった。突然の出来事に、即座に捕捉しきれなかったイタチだが、凄まじい速さで動いた黒色のそれが、紛れもない人間であることだけは分かった。

風の如く駆け抜けた黒い影は、ユナに飛来する弾頭へと追い付くと、道路の横に設置されていた街灯を、その勢いのまま駆け上がった。さらに、ユナが立つ連絡橋と同程度の高さまで到達すると、街灯を勢いよく蹴り、弾頭の前へと躍り出た。

 

「はっ!」

 

ユナに迫る弾頭へと先回りするという離れ業を見せた何者かは、今度は手に持っていた武器を振るった。そして、弾頭を飛来した方向へとそのまま弾き返すという、更なる常識外れの技をやってのけた。

 

『ウグォォオッ……!?』

 

弾き返された弾頭は、そのまま背中を向けていたエネルの背中へと着弾し、派手な爆発を起こした。相当強力な重火器だったのだろう。イタチとアスナの攻撃がクリーンヒットした時と同等の、苦悶の声を上げていた。

そして、エネルが苦悶の叫びを上げていたその後ろで、ダンッという音とともに、一連の離れ業をやってのけた当人がコンクリートの地面へと着地し、その容姿が露になる。性別は男性で、年齢はイタチやアスナよりも少し年上の、二十歳前後に見える若い青年だった。オーグマーを顔に付け、オーディナル・スケールのバトルスーツに身を包んでいることから分かるように、彼もまたこのイベントに参加するプレイヤーの一人である。そして何より目を惹くには、彼の頭部に表示されている、ランクナンバーだった。

 

「ランク2位!?凄い……!」

 

「ええ、そうですね……」

 

プレイヤーのレベルをランクによって表すオーディナル・スケールにおいて、最強に等しい力を持つことを示すその数字に興奮するアスナだが、イタチは一方で別のことに思考を走らせていた。

 

(速い……それに、あの動きは――!)

 

常人離れしたすさまじい速度と反応速度によって為されるその動きに、警戒心を抱くイタチ。一瞬、自分のいた前世の忍世界から渡って来た同類なのではという考えが過った程だった。

 

(いや……忍者、ではないか……)

 

常識を逸した動きに翻弄されそうになったイタチだったが、すぐさまいつもの冷静な思考に戻り、その考えを否定した。冷静になって振り返ってみると、二位の青年が見せた先程の動きは、確かに凄まじい速さではあったが、イタチの知る忍者のそれとは明らかに違っていたからだ。そもそも、この世界は前世の忍世界とは違い、忍術を使うことはできないのだ。

だが、油断はできない。忍術が使えないこの世界において、先程見せたあの動きは明らかに異常なのだから。

 

『ウゥゥ……ゥウオォォオオオオ!!』

 

目の前に現れた第二の脅威に対し、イタチが思考を走らせていた一方で、最初に対峙していた第一の脅威たるエネルは、ダメージから復活したらしく、撥を両手に持って仁王立ちしていた。そのまま後ろを振り返ると、連絡橋の下に立っていた二位のプレイヤーを睨みつけた。どうやら、タゲは彼へと移ったらしい。

 

『ウゥゥゥォォォォオオオオッッ!!』

 

「ヤバい!遠隔攻撃だ!」

 

「早く援護を……!」

 

エネルと二位のプレイヤーとの距離は、かなり離れている。そのため、エネルは先程の銃器持ち達を一掃した雷球の連射攻撃をするつもりなのだろう。早くタゲを分散させなければと動こうとするアスナ達だったが、エネルはそれよりも早く太鼓を叩き始めた。

 

「くっ……近づけないっ!」

 

エネルは太鼓を叩いている際には、電気エネルギーを辺りに撒き散らし、障壁とする特性を持っている。そのため、接近するプレイヤーは攻撃が通らないどころか、ダメージを負わされてしまうのだ。エネルの攻略においては、太鼓を叩かれる前に攻撃して行動を阻止するのがセオリーだったが、今回はそれが間に合わなかった。そして、エネルによって勢いよく叩かれた太鼓は、みるみる内に電気エネルギーを溜め込んでいった。

 

『ウルォォオオオ!!』

 

そして、再び発射される無数の雷球。ビルの二階テラス全体を攻撃する程の有効範囲と、一発一発が下手をすればプレイヤーを即死させる程の威力を持った攻撃が、一人のプレイヤーに殺到していた。譬え二位という超高ランクプレイヤーといえども、このような危機を脱することはできない筈。その光景を見た誰もがそう考え、彼のHP全損を疑わなかった。

だが、そんな危機的状況の中で、当人は――――――

 

「フッ――」

 

不敵な笑みを浮かべていた。その笑みは、諦めや自棄からくるものではなく……この状況を、大したこととは考えていないと、そう感じさせるものだった。

 

(こいつ……まさか!)

 

そして彼の表情を見たイタチは、確信する。この青年は、強がりや妄信でこのような態度が取れるのではないのだと。即ち、この状況自体、当人にとっては危機の範疇に入らない、何ということも無いものなのだ。そしてその確信は、迫りくる無数の雷球の中で、青年が取った行動が……その動きが、証明した。

雷球が次々に迫る中、青年が取った行動は、後ろに退くことでも、横に避けることでもなかった。ただ真っ直ぐ、雷球が迫ってくる前方目掛けて突っ込んでいくというものだった。

その自殺行為も同然な行動に、他のプレイヤー達は全員が目を剥く。ボスモンスターが繰り出す必殺級の攻撃の中へと向かっていくなど、正気の沙汰ではない。如何に第二位のプレイヤーといえども、瞬殺であると、誰もが信じて疑わなかった。だが、実際には……

 

「ふっ!はっ!せいっ!」

 

先程ユナを助けた時に見せた、常人離れした速度をもって走り出した青年は、迫りくる雷球を右に左にと、まるでダンスのステップを踏むかのような、軽やか且つ一切の無駄が無い動きでそれらを回避してみせたのだ。

 

「嘘……!」

 

「マジ、かよ……!」

 

アスナとクラインが信じられないとばかりに漏らした言葉は、その場にいたプレイヤー全員の総意だった。ただ一人、イタチを除いては。

 

(あの動き……単純に身体能力が高いだけでできるものではない。先程の弾頭を撃ち落とした時もそうだったが……迫りくる攻撃全ての軌道を完全に捉え、どうすれば最小限の動きで避けられるかが、全て分かっていたからこそできるものだ)

 

頭の中で、青年が見せた動きに対してそのように分析していたイタチではあるが……自身が出した結論でありながら、俄かには信じられずにいた。迫りくる攻撃全ての軌道を呼んで、最小限の動きで避けるなど……イタチでも簡単にはできない、困難極まる離れ業なのだ。VRワールドのアバターや、前世のうちはイタチならば話は別だが、写輪眼も無しに、そのような荒業をこなすことは、桐ケ谷和人に転生したイタチにはできるものではない。

 

(だが、あの男は実際にそれを為している。忍者でもなく、あの動きができるのは……)

 

明らかに只者ではないと――改めてイタチはそう結論付けた。どのような仕掛けかはまだ分からないが、あの身体能力向上と、未来予知に近い精度での攻撃予測の裏には、何か秘密がある。

エネルの雷球攻撃をよけながら接近し、懐へ入り込んで横薙ぎの斬撃を繰り出した青年の姿を見ながら、イタチはそう確信していた。

 

「私達も行きましょう!」

 

「おう!行くぞおめえら!」

 

青年がエネルに大ダメージを与えた今を好機と見たアスナが、クライン達とともに、再びエネルに攻撃を仕掛けていく。イタチもまた、その戦列に加わるべく、駆け出していった。

青年が加わってからの攻防は、プレイヤー側に軍配が上がっていた。イタチとアスナが出す的確な指揮に加え、ランク二位という強力な助っ人の登場によって、全員の士気は向上していた。そして、堅実な戦法のもとで戦闘は進み、残り時間は一分を切った。

 

『ウォォオオオオッ!!』

 

「畜生!こんなところで範囲攻撃かよ!」

 

「駄目だ!皆、離れろォッ!」

 

最期の足掻きとばかりに、背中の太鼓を叩いて雷撃を繰り出そうとするエネル。周囲を囲む敵に範囲攻撃の雷を、遠距離の敵に対しては雷球を繰り出すその行動に、プレイヤー達は皆一様に距離を取る。体力は残り僅かなのに、残り時間が足りない。最早ここまでなのかと、誰もが歯痒い思いを抱いていた。

 

「フン……」

 

そんな中でただ一人、ランク二位の、あの青年だけは違った。皆がエネルから距離を取る中、彼だけは一人突撃していったのだ。その危険行為に、「やめろ!」「死ぬぞ!?」と止めようとするプレイヤー達がいたが、彼はお構いなしとばかりに、足を緩めずエネルへと向かっていった。

 

『ウゥゥォオオオッッ!!』

 

そして、繰り出される雷撃。それに対して青年が取った行動は、手に持った剣を横に薙ぐというものだった。まさか、それで雷を引き裂こうというのか。いくら何でも、あり得ないだろうと、誰もが思ったその予測を――――――しかし青年は、またしても裏切ってみせた。

青年が真一文字に振るった剣は、エネルを中心に放射状に放たれた雷撃を、青年に降り注いだ分だけ切り裂き、消滅させたのだ。さらに青年は、範囲攻撃を無効化するや、エネルの懐へと飛び込み、連撃を繰り出した。

 

『グゥウウッ……ォオオオオッッ……!』

 

「よおし!今なら!!」

 

立て続けのダメージにエネルが膝を付いた瞬間をチャンスと見たアスナが、常識外れの光景に呆然としているプレイヤー達を置いて、止めを刺すべく駆け出して行った。その途中、エネルに決定的な打撃を与えた、ランク二位の青年の横を通り過ぎた――その時。

 

「スイッチ」

 

青年が、アスナに送る合図のように、そう呟いた。その声に、その言葉に懐かしい記憶が蘇りそうになったアスナだったが……その思考は、すぐさま目の前のボスを倒すことへと戻した。

 

「はァッ!!」

 

『グゥウウォオッ……ォ、ォオオッ……!!』

 

駆け出した勢いのままに繰り出された細剣の切っ先は、エネルの腹部を貫いた。そして、これが決定打となったのだろう。エネルは苦悶の声を上げ、その体を無数のポリゴン片へと変えて爆散させた。

こうして、イタチとアスナのオーディナル・スケール初参加イベントとなった、秋葉原UDXに出現したアインクラッド第十一層フロアボス『エネル・ザ・サンダーロード』の討伐は、プレイヤー達の勝利で幕を下ろしたのだった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。