ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版-   作:鈴神

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第百三十三話 計画【scheme】

「ボスモンスター攻略おめでとー!」

 

アインクラッド第十一層フロアボス『エネル・ザ・サンダーロード』の討伐成功を成し遂げた勇者達に対して祝福の言葉を贈るのは、連絡橋の上に立っていたユナだった。

 

「ポイントサービスしておいたよ!」

 

「やったー!」

 

「ユナー!」

 

「よっし!」

 

人気沸騰中のVRアイドルからの賞賛に加え、その言葉通りに通常のボス戦では得られないようなポイントが齎され、プレイヤー達はボスを倒した時以上に湧き立った。

 

「………………」

 

しかし、アスナやクラインも含むプレイヤー達が歓喜する中にあって、ただ一人、イタチだけは浮かない表情をしていた。その理由は、ボス攻略を成し遂げて得られた報酬に対する不満でも、思う通りに動くことのできなかった、ARゲームとVRゲームの差異でもない。戦闘開始中盤で現れ、いつの間にかいなくなっていた、ランク第二位のプレイヤーの青年のことだった。

 

(あの男……ただのプレイヤーではないな)

 

ランク第二位という、オーディナル・スケール最強クラスの実力を持っている時点で只者ではないのだが……あの男には、単純に身体能力が高いという範疇では収まらない何かがあると、イタチは直感していた。

そして、ボス戦に際して見せた身体能力の高さにしても、常人のそれを逸脱したものだった。恐らく、オリンピックに出場する体操選手であっても、あれ程の動きはまずできないだろう。

自分と前世を同じくする忍者なのではないかという考えが浮かんだイタチだったが、その考えは即座に破棄した。この世界ではチャクラを使うことはできず、忍術の行使は勿論、身体強化すらできないこともあるが……青年の見せた動きが、イタチの知る忍者のそれではなかったからだ。

 

(型に嵌めた剣術のそれではない。VRゲームプレイヤーが戦闘の中で作り上げた、独自の戦闘スタイルだ)

 

それが、イタチの出した結論だった。VRゲームにおける戦闘スタイルには確立されたものが無く、各々のプレイヤー、或いはギルドのようなグループが、独自に作り上げていくものだった。ソードスキルが実装されていたSAOや、新たに実装された新生ALOでは、これを発動するために最適な型をプレイヤーは開発していた。しかし、それらも型に嵌めたものではない、我流であることに変わりなかった。

 

(VRゲームプレイヤーであることは間違いなく……SAO生還者である可能性も高い。あとは、あの身体能力か……)

 

その動きから、イタチはランク二位の青年の正体が、VRゲームプレイヤーであると同時に、その完成度からSAO生還者である可能性が高いと考えていた。

残る問題は、現実世界における彼の身体能力の高さ。トレーニングによって鍛えたというだけでは説明がつかないあの動きには、秘密がある筈である。薬物によるドーピングが真っ先に浮かぶものの、今はまだ断定はできない。

いずれにしても、もっと情報は必要なことは間違いない。そこまで考えたイタチは、オーグマーの通話機能を起動すると、ある人物へと繋げた。

 

「竜崎、俺だ。今かかわっている件に関連して、至急、調べて欲しいことがある。今日のボス攻略イベントに参加したプレイヤーについてだが……」

 

その場でできる最小限の報告等のやりとりを済ませたイタチは、通信を切ると、アスナやクラインがいる場所へと合流するべく踵を返して動き出した。

 

「アスナさん、どうしたんですか?」

 

「あっ……!い、イタチ、君……!」

 

イタチに声を掛けられたアスナは、頬を仄かに赤く染めた状態で、若干挙動不審になっていた。横から説明に入ったクラインによると、イタチが第二位のプレイヤーについて思考を走らせ、連絡を行っている最中に、本日のボス戦において特に活躍してラストアタックを決めたアスナをMVPと称し、ユナがご褒美と称して大量のポイントと共に頬にキスをしたらしい。アスナが妙にどぎまぎしていたのは、それが原因だという。

そのことを聞かされたイタチの反応は、「そうか」と口にするだけの非常に淡白なものだった。それが、アスナには気に食わなかったのだろう。それ以降は、頬を膨らませ、明らかに怒っていますと言わんばかりの態度でイタチに接していた。

しかし、不機嫌であっても帰りのバイクの二人乗りを断ることはしなかった。但し、行きに乗った時よりも、腰に手を回して抱きしめる力を強くして、胸を背中に押し当てるようにしていた。しかし、そんなことをしても、イタチが動じることはなく……アスナの奮戦空しく、イタチは最後までその冷静な態度を崩すことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

『ご苦労だったね、エイジ君。実に見事な初戦闘だったよ』

 

イタチ等がオーディナル・スケールにて激闘を繰り広げた秋葉原UDXから少し離れた場所。先のボスイベントの立役者たるランク第二位の青年――エイジは、秋葉原電気街の人気の無い路地に移動して、一人の男と会っていた。長身痩躯のワイシャツ姿をした、酷く冷たい雰囲気を纏うこの男は、エイジにとっては――心の底では信用しきれていない部分があるが――重村に並ぶ数少ない協力者だった。

 

「世辞は良い。それより、収穫は?」

 

『十人といったところだ。フロアボスの中でも強力な部類のものをぶつけたんだが……流石は『閃光』、そして『黒の忍』といったところだろう。当初の予定の半分以下の犠牲でボス攻略を成し遂げてしまうとは』

 

全く予想外だったと言って笑う男に、エイジは内心で舌打ちする。計画通りに事が進んでいないというのに、何がおかしいというのか。

 

『そう苛立つことはない。予定とは違う結果になったとはいえ、計画の大勢に影響は無い。それに、データを得るという意味では、今回の戦闘は非常に意味のあるものだった』

 

「なら、ぜひともその成果を見せてもらいたいものだな。少なくとも、計画の遅れを取り戻せるくらいのものを、な」

 

重村から計画を遂行する上で重用されているのだから、それぐらいはできるだろう、という嫌味のニュアンスを籠めたエイジの言葉に、しかし男は不敵に笑った。

 

『ああ、構わないとも。ちょうど君も、体力が有り余っているようだからね。これから、狩りにでも行くといい』

 

相変わらずの薄ら笑いを浮かべながら、男は右手を振ってモニターを起動した。そして、目当てのデータを揃えると、エイジの目の前に移動させた。そこには、ある人物のプロファイルと、その人物が道を歩いて移動している映像、そして移動状況を示しているであろう地図が表示されていた。

 

「これは……」

 

『現在、先程のイベントに参加していたメンバーの中で、我々のターゲットとしている面子の動きを監視している。その中で一人、徒歩で帰宅しようとしている人間がいた。どうやら、オーディナル・スケールを起動してアイテム探しをしているようだ』

 

先程のイベントにおいて、目的であるデータ収集を行うだけでなく、イベント終了と同時にターゲットの監視を開始していたこの男の周到さには目を見張るものがあるが、エイジの関心は別のことに向いていた。それは、男がエイジに提示した画面に映し出されていた人物だった。

 

『地図のこのポイントにアイテムを設置して、人気の無いポイントへと誘導しておこう。後は、君の好きにするといい。君にとって、譲れないターゲットの一人だろうからね』

 

「……成程。中々の成果だ。一人とはいえ、計画の遅れを取り戻すことはできる。それから……この相手を選んでおいてくれたことには、一応感謝しておこう」

 

『なに、気にすることはない。そのターゲットが単独行動を開始したのは、全くの偶然だ。それに、お互いに溜飲を下げることができたようで何よりだ』

 

「違いない」

 

フッと笑みを浮かべながら返したエイジは、男の言葉に短く返すと、目の前に表示された地図に示された場所を確認すると、男に背を向けてその場所を目指そうとする。

 

『私は重村教授のもとへ一度戻るとしよう。計画の進捗も気になるところだが、先日侵入を試みた者の正体もまだ分かっていない。片手間になってしまうが、護りは固めておくに越したことは無いからね』

 

男はエイジに対してそれだけ言うと、その体にアナログテレビに現れるスノーノイズのようなものが全身を覆うように発生し……その姿はかき消えてしまった。エイジはその様子を横目で見つつも、目的地を目指して動き出すのだった。

 

 

 

 

 

「というわけだったのよ。初めてのボス戦は」

 

秋葉原UDXにて行われた、オーディナル・スケールのボス戦を終えたアスナは、イタチにバイクに乗せてもらって自宅への帰宅した後、ALOへとダイブしていた。そして、集合場所となっていたログハウスにて、いつもの面々を相手に本日の激戦についての報告をしていたのだった。

 

「アスナさんいいな~。イタチさんだけじゃなくって、ユナと一緒にボス戦できたなんて……」

 

「本当にラッキーじゃないですかぁ……」

 

ボス戦の話を聞かされたシリカとリーファが、アスナに対して羨望の眼差しを向ける。ちなみに今回のボス戦、話を聞いたリーファも後から参戦を希望したのだが、既にアスナで決まってしまったからと、今回の参戦は取り下げられた。イタチ随伴のオーディナル・スケールのボス戦は、次回から参加する予定である。

 

「俺は生で見れて大満足だったぜ。何せ、ライブのチケット応募しそびれちまったからなァ……」

 

そんな二人に対して追い打ちをかけるように、クラインがふんぞり返って自慢していた。シリカとリーファは、そんな女好きでミーハーな髭面の山賊風侍に対して、恨めし気な視線を向けていたのだが。

 

「あ。そういえばあたし、OSの登録キャンペーンでペアチケット当たってた」

 

「それなら俺も当たったぞ」

 

『うそぉ~~~~!!』

 

ふと思い出したように呟いたシノンとエギルのその言葉に、今度はリーファとともに、クラインまでもが羨望の視線を二人へと向けた。

 

「い~なぁ~……」

 

「ううぅぅ……っ」

 

二人揃って物欲しそうな――実際、欲しがっている――顔で、エギルとシノンにそれぞれ詰め寄ろうとするその姿には、憐れみすら感じさせるものだった。ボス戦の参加枠に入ることすらできなかったリーファはともかく、クラインについても落ち込み度合いも凄まじい。そんな二人に泣きつかれている状態のシノンとエギルは、溜息をひとつ吐くと、救いの手を差し伸べることにした。

 

「……分かったよ。一枚はお前にやるよ」

 

「あたしもリーファにあげるわよ」

 

それを聞いたリーファとクラインは、揃って花が咲いたかのような笑顔――クラインのそれは可憐とはいえない――を浮かべ、それぞれ救いの手を差し伸べてくれた恩人へと抱きついた。

 

「ありがとう、シノンさん!!」

 

「エギル~!心の友よ~!!」

 

自分に抱き着くリーファを仕方のない子だとばかりに受け止めるシノン。一方エギルは、気持ち悪いと言わんばかりの表情でクラインを引き剥がそうとしていた。

 

「……あ」

 

だが、リーファの歓喜だけは、長くは続かなかった。何かを思い出すと、顔を俯けて絞り出すように言った。

 

「しまった……私来週、剣道部の合宿があるんだった……」

 

オーディナル・スケールのボス戦参加を逃し、ユナのライブにも行けないという不運に、リーファは半泣きの状態だった。抱きつかれているシノンは、よしよしと頭を撫でてやり、周囲の面々は気の毒過ぎるリーファの境遇に心の底から同情していた。

 

「それにしても……本当にアインクラッドのフロアボスがねぇ……」

 

「本当にって……情報持ってきたの、リズじゃない」

 

「カズゴさん達の情報でしたが、今一つ信じられませんでしたしね」

 

落ち込んでばかりいるリーファを見ていると気が滅入ってしまうために、リズベットが話題転換を図る。そんなリズベットが発した言葉に、アスナは呆れた様子だった。大量のポイントが手に入ると言って誰よりも意気揚々としていた彼女だが、本心では疑っている面もあったらしい。そんなリズベットに、シリカや他の面々も同意見だったらしく、一様に首肯していた。

ちなみに、本日ログインしている面々の中には、シウネーやノリといったスリーピングナイツ結成初期のメンバーは、検査のためにログインしていなかった。現在この場にいるスリーピングナイツのメンバーは、アスナ、リズベット、シリカ、リーファ、シノン、ランの六人。それに加えて、クラインとエギルがいた。

 

「けど、今までに二回も経験したフロアボス攻略なのに、アスナの話を聞く限りじゃ、イタチも結構苦戦してたみたいじゃない。やっぱり、ARは違うのね~」

 

「リズ、イタチ君に辛辣過ぎない?それにリズだって、実際にやってみると、あんまり動けないと思うよ」

 

「むしろ、リアルであんだけ動けるイタチが異常だよなァ……」

 

思い通りに動けないと口にしていた割に、戦闘フィールドとなっていた道路の上を縦横無尽に動き回っていたイタチの姿を思い出したクラインが、遠い目をしながら呟く。しかも、アスナと並んで周囲のプレイヤー達に適確に指示を送って連携をとっていたのだ。あのような真似ができるプレイヤーなど、そうそういないだろう。

 

「そうそう!異常っていったら、あの第二位のプレイヤーの野郎もとんでもねェ動きだったよな!」

 

「確か……エイジさん、でしたよね」

 

アスナとクラインの話の中に出てきたことで、オーディナル・スケールのランキングから調べたその名前を口にしたシリカに対し、アスナは静かに頷いた。

 

「俺も目を疑っちまったぜ。まさか現実世界で、あれだけ派手に動ける人間がいたなんてよ」

 

「足の速さやジャンプ力だけじゃなくて、ボスの電撃攻撃に的確に対応していたあの反応の速さ……はっきり言って、イタチ君よりも上かもしれませんしね」

 

「……あんた達の話を聞いていると、私は耳を疑いたくなるんだけど?」

 

リズベットの言葉は、その場にいた全員の総意だった。イタチですら想像を絶するような身体能力の高さだというのに、その上を行く人間がいるというのは、俄かには信じられない。アスナの話に出てきたエイジのことを聞いて、何の冗談だと本気で思った程だった。

そんな一同を代表して、クラインが一つの可能性を提唱した。

 

「そのプレイヤーだけ、生身のプレイヤーじゃなくて、アバターだったってオチじゃねえのか?」

 

「私もそれを考えなかったわけじゃないけど……イタチ君が言うには、間違いなく実体のある人間だったらしいわ」

 

「お兄ちゃんが言うなら、間違いないんでしょうね……」

 

イタチが言うことならば間違いないというリーファの意見には、皆同意していた。特にアスナとシノンは、リーファ同様にイタチの前世を知るだけに、他の面々以上に信憑性を感じていた。

 

「そういえば、当のイタチ君はどうしたのかしら?」

 

「言われてみれば妙ね。アイツ、まだログインしてないのかしら」

 

常識外れな身体能力を持つプレイヤーの出現したことに沸いていた一同だったが、比較対象になっているイタチ当人が不在だったことに気付く。そこで一同が目を向けたのは、イタチと同じ家に暮らしているリーファとシノンだった。

 

「イタチ君、私を家に送り届けてくれてから、帰ってないの?」

 

「確か、急な用事で友達と会うことになるから、夕飯は要らないって言ってたけど……」

 

「誰に会うとかは、聞いてなかったわね……」

 

アスナに問い掛けられたリーファとシノンだったが、二人もまた疑問符を浮かべて答えた。そして、二人から齎された情報に、その場に集まったメンバーは一様に訝る。既に時刻は十一時を回っている。こんな夜遅くに一体どんな用事で、誰に会っているというのか。

 

(何でもなければ良いんだけど……)

 

SAO事件にALO事件、死銃事件と、仮想世界絡みの事件に巻き込まれやすいだけでなく、自ら積極的に関わろうとするイタチだけに、今回も何かあるのではないかと勘繰ってしまう。確証があるわけではなく、あくまでも直感である。しかし、今までが今までだっただけに、またイタチが一人で突っ走り、どこか遠くの……自分達の手が届かない場所へ行ってしまうのではと、アスナとリーファ、シノンは不安を覚えていた。

 

 

 

 

 

 

 

「和人君、お疲れさまでした」

 

「こっちこそ悪いな。夜遅くに訪ねさせてもらって」

 

秋葉原UDXのボス戦を終え、アスナを家へ送ったイタチこと和人は、都内某所のビルに設けられた地下施設を訪れていた。イタチを出迎えたのは、この施設の管理者である、竜崎こと名探偵Lだった。

 

「気にしないでください。私は元々、あまり寝ない性質ですので。それより、和人君は大丈夫ですか?帰りがかなり遅くなってしまいますが」

 

「既に家には連絡した。その点については気にするな。何より、依頼に関わることだからな……」

 

ALO事件に際して初めて訪れ、死銃事件においては捜査本部として出入りしていたこの施設。事件解決以降、滅多に近寄ることのなかったこの場所を、和人はここ最近、かつての二件と同じ理由で訪れていた。

 

「それで……問題の人物については特定できたか?」

 

「はい。既に詳細は調べています」

 

そう言うと、竜崎は手元のタブレット端末を操作すると、それを和人へと差し出した。そこには、つい先程のUDXで行われたオーディナル・スケールのボス戦に参加していたランク第二位のプレイヤーの顔写真とプロフィールが表示されていた。

 

「エイジ……本名、後沢鋭二。年齢は二十歳で、大学生か。そして……」

 

「はい。私や和人君と同じく、“SAO生還者”です」

 

「やはりそうか」

 

竜崎が付け加えた言葉に、和人は険しい表情を浮かべる。単に運動能力にものを言わせただけではない、ボスの行動パターンを熟知したかのような動きから、イタチも既に予想していたことではあった。しかし、同時に解せないこともある。

 

「あれだけの動きができるプレイヤーならば、攻略組でも十分に通用した筈……だが、SAO事件当時の攻略組のメンバーの中で、あの男の顔は記憶に無い」

 

ALO程ではないが、SAOにおいてもゲーム内の能力が現実世界の運動能力に左右される面がある。前世の忍としての経験と、現世における剣道の経験を持つ和人は言わずもがな。現実世界で剣道を嗜んでいるめだかや葉、空手を習っていた一護、サッカーをしていたコナンもこの例に該当するだろう。よって、現実世界で常人離れした動きを見せたエイジがSAO生還者だったならば、攻略組に入っていた可能性が高いと和人は推測していたのだった。

 

「私としても、同意見です。和人君に送ってもらった映像を見た限り、SAOをプレイしていたならば、間違いなく攻略組に入れるだけの実力はあった筈です」

 

「攻略最前線に出られなかったのは、仮想世界への適性の問題が考えられる。問題は、あの身体能力だ。お前の方で調べてみて、何か特殊な経歴は見つかったか?」

 

「いいえ。SAO事件以前は、成績優秀ではありましたが、それ以外は平凡な高校生です。何らかのスポーツの種目において、全国大会優勝を果たした等の記録はありません。また、裏社会の組織に通じてドーピング系の違法薬物を入手した可能性についても追究しましたが、その形跡も一切見つかりませんでした」

 

和人の依頼により、鋭二の常人離れした――和人ですら敵わないかもしれない――身体能力について調査をしていた竜崎だったが、結果は芳しくなかった。

 

「そうか……だが、やはりあの身体能力は異常だ。手段は分からんが、いずれにしてもSAO事件後に身につけたことだけは間違いないだろう」

 

「間違いないでしょう。それに、あの身体能力は数年程度で身につけられるものではありません。真っ当なやり方で鍛えたということは、まず無いでしょう。ドーピングの類ではないにしても、間違いなくチートの類です」

 

竜崎の見立てに、和人は首肯した。現場で見た者と、映像で見た者とで得られた情報に差異はあるが、エイジがただの強豪プレイヤーというだけでは説明できない異常性を持っているという認識は、二人とも共通していた。

 

「彼の異常性については、私も十分に理解できました。ところで、和人君が彼に注目しているのは……やはり、例の“依頼”に関係していると考えてのことですか?」

 

「勿論だ」

 

竜崎の問いに対し、和人は即答する。さらに、竜崎の口から出た“依頼”という言葉に反応し、和人の目が鋭くなっていた。

 

「あの反則(チート)としか形容できない異常なまでの運動能力を備えたプレイヤーが、オーディナル・スケールの上位プレイヤーとなれば、簡単には無関係と断じることはできん。SAO生還者というならば、猶更だ」

 

「私も同じことを考えていました。このゲーム……オーディナル・スケールが、件の人物達の計画の舞台であるならば、実働役として有力な手駒を投入している筈です」

 

それは、和人と竜崎の私見による憶測の話だった。明確な証拠があるわけではなく、二人の創造によって肉付けされた部分の多い、穴だらけの理論である。だが、そんな見当違いかもしれない可能性であろうと、二人は決して看過しない。

 

「後沢鋭二……この男が、お前の言う有力な手駒というわけか」

 

「現時点では、まだ確証はありません。確率としては、十パーセントといったところでしょうか?」

 

「手掛かりが少ない現状では、調べる価値は十分にある可能性だ。早速だが、身辺調査をしてみてもらえるか?」

 

「分かりました。SAO事件前・事件後の彼の交友関係を調べるとともに、事件当時の所属ギルド等についても詳しく調べ、依頼内容にあった二人との接触が無かったかを確認してみます」

 

「それから、今日のボス戦をはじめとした、オーディナル・スケールにおける足取りについても併せて頼む。特に、アインクラッドのフロアボスが出始めた頃からを重点的に探ってくれ」

 

「そちらについてはFへ依頼しましょう。彼の交友関係と併せて、明日中に調べ上げておきます」

 

「分かった。何か分かり次第、情報は共有させてくれ。それから、新一にも報告を頼む」

 

その後、和人と竜崎はこれからの行動についていくつかの取り決めを行った上で解散した。ワタリを呼んで和人を車で家まで送った後、竜崎は自身にとってもう一人のパートナーである、Fこと天才ハッカー・ファルコンへと連絡を取って依頼をするとともに、自身もまたパソコンに向かって調べ物をしていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

『ほほう……これはこれは……』

 

都内のとある路地裏に、肉声ではない、電子機器のスピーカー越しのような感嘆の声を漏らす男がいた。その体には、ところどころノイズのようなものが走っており、声のみならず、肉体も実体が伴っていないことが分かる。

そんな男の足元には、成人男性が一人、高校生くらいの年齢の少年が三人、地に伏して倒れていた。そしてその先に、一人の青年が立っている。

 

『帰りが遅いと思って様子を見に来たのだが……まさか、予定していたターゲットに加えて、三人も仕留めてしまっていたとはね』

 

「別に、狙っていたわけじゃない。本当はそいつ一人にしておくつもりだったところに、そこの三人が割って入って来たんだ」

 

フン、と鼻を鳴らしてそっぽを向き、不機嫌そうな態度をとる青年――エイジ。しかし内心では、拙いことをしてしまったかもしれないという考えもあった。当初予定していた標的である男性一人に加え、不可抗力とはいえそれ以外の三人も巻き込んでしまったのだ。計画は秘密裏に進める必要がある以上、もっと慎重に行動する必要があったかもしれないのだ。考え過ぎかもしれないが、この件が原因で計画に何らかの綻びが生じるとも限らない。

しかし、幸いというべきか、乱入してきた三人は、いずれも今後の標的として狙う予定の者達である。結果的には手間を三人分一度に省くことができたことになっていた。

 

『予想外の事態ではあるが、計画の大勢に影響は無いだろう。それで、肝心の“収集”はできたのかね?』

 

「問題は無い。四人とも僕がある程度痛めつけた上で、あいつが止めを刺した」

 

そう言ってエイジが顎で指したのは、路地裏の真上――空だった。ところどころに星が瞬く漆黒の夜闇に包まれたその空間の中を、眩い程の輝きを放ちながら旋回飛行する、巨大な異形がいた。水晶や氷を彷彿させる、透明な体をして、両側に巨大な翼を広げて飛ぶそれは、紛うことなき“鳥”だった。しかし、その翼を広げたその横幅は、十メートルにも及ぶ巨体である。

現実には存在する筈のない、幻想的な美しさを放つこの鳥の正体は、デジタルデータによって作り出された存在である。モンスターの名は、『クザン・ザ・フロストフィーザント』。アインクラッドの第十三層フロアボスである。

 

『よろしい。ならば、ここは私に任せたまえ。ここで起こった出来事については、君の足跡とともに完全に抹消しておこう。君は予定通り、重村教授のもとへ向かい、今後の計画についての確認を行ってもらいたい』

 

「了解した。それじゃあ、僕は先に逝かせてもらう」

 

四人が地面に倒れ伏した、傷害事件が発生したことが誰の目から見ても明らかな現場を、目の前の協力者に任せたエイジは、踵を返して早歩きで立ち去っていった。尤も、先に行くとは言ったものの、エイジと協力者の男とでは、移動の手段も速度も文字通り全く異なる。故に、先に重村教授のもとへ到着することは確実だった。

 

(しかし、SAOの攻略組プレイヤーも、ARではこの程度か……)

 

道中、先の戦闘における成果に内心で満足していたエイジは、懐から一冊の本を取り出し、開いた。ほんのタイトルは『SAO事件記録全集』。その名の通り、SAO事件において公表されている詳細の全てが記載されている書籍だった。エイジが開いたページの項目は、『SAOギルド・プレイヤーインデックス』。最初に開いたのは、クライン率いる攻略ギルド『風林火山』のメンバーが紹介されているページだった。エイジはその中の一人の名前の上に『×』を書いた。次に攻略組のソロプレイヤーのページを開いた。

 

(待っているがいい、『黒の忍』。すぐにお前も、叩き伏せてやる。SAOには無かった……この僕の、“真の力”で!!)

 

復讐を誓うかのような強い意思を宿しながら、エイジは先程と同様、そのページに記載された三名のプレイヤー名……『カズゴ』、『アレン』、『ヨウ』の部分に『×』を書いていく。まるで、ブラックリストに記載された者に、死を意味する印を付けていくかのように……

 


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