ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版-   作:鈴神

139 / 158
第百三十八話 先手【initiative】

『おはようございます、重村教授』

 

「む……君か」

 

いつもの通り、職場である大学の教授室にて作業を行っていた重村のもとを、一人の男が訪れる。重村がエイジと共にオーディナル・スケールを舞台に水面下で進めている計画の協力者である。

その存在の性質故に、部屋の扉を開くこともせず、音も立てることなく、オーグマー使用中に突然現れることが多々あった。そんな協力者に重村は驚くことなく、慣れた様子だった。

 

「先日はエイジ君と共に、ご苦労だったね。お陰で、計画は順調そのもの……いや、それ以上だ」

 

『ありがとうございます。しかし……少々厄介なことになったかもしれません』

 

「どういうことかね?」

 

目覚ましい成果を得られた先日の一件について労いと感謝を述べる重村だったが、男が口にした「厄介なこと」という単語に視線を鋭くする。

 

『先日の代々木公園の一件について、警察とは別口で探りを入れている連中がいます』

 

「探りを入れている連中、だと……?」

 

計画を遂行する上で、警察が介入してくることは既に予想済みであり、そのための対策も行っている。それ以外にも、多少のイレギュラー程度ならば問題無いくらいの対策は整えている筈。だが、男の態度を見る限りでは、探りを入れているという者達は、その範疇に収まらない程の相手らしい。

 

『あの一件以降、警察が捜査に乗り出すことは予想していました。故に、警察のネットワークに潜り込んで捜査状況を確認したのですが……その情報が、警察関係以外の場所へと流れていることが分かりました』

 

「警察ではない……一体、何者なのかね?」

 

『警察組織内部から流れ出た情報の行き先については、私の方でも探ってみましたが……残念ながら、行き着く先を特定することはできませんでした。しかし、大凡の見当はついています』

 

男はそう言うと、右手を翳して空中にモニターを出現させた。話の流れから予想していたが、どうやら既に探りを入れている者については目星をつけているらしかった。

 

『まずは、こちらの写真をご覧ください。先日の現場である代々木公園の監視カメラの映像データを確認した際に、ある人物の姿を見つけました。重村教授もご存知の筈ですよ』

 

「私が?……一体、だれが写っていたのかね?」

 

『御覧いただければ分かりますとも……』

 

自分も知っている人物であると言われて若干驚く重村。だが、自分達の計画に勘付いて行動を起こすような知り合いに心当たりは無い。

そして、一体何者なのかと重村が思考を巡らせる中、空中に浮かんだモニターに映像が映し出された。どうやら、監視カメラの映像らしい。それも、映像に表示された風景を見る限り、先日の一件の舞台となった代々木公園である。モニターの隅に表示されている日付と時間を確認すると、事件発生から一夜明けた翌日、つまり昨日の昼間に撮られた映像らしい。昼間の代々木公園の風景が映し出された状態で待つことおよそ十秒。ある人物が映像の中へと入って来た。

 

「彼は……!」

 

『やはりご存知でしたか』

 

監視カメラの映像の中に現れたのは、一人の少年だった。黒いジャケットに黒いジーンズを纏った、中性的な顔立ちの少年……しかし、その何気ない所作には一切の無駄や隙が見られない。辺りに視線を巡らせるその表情に変化は見られず、その内心は伺い知れないが、それが故に年相応とは呼べない冷徹さが垣間見える。

そして、そんな只者とは思えない少年のことを、協力者の男が言った通り、重村は知っていた。

 

『桐ケ谷和人……SAO生還者であり、事件を解決に導いた攻略組のトッププレイヤー。SAO開発当時から、ゲーム制作者の茅場晶彦氏とは懇意にしていたようですね。ソードスキル開発のためのモーションキャプチャーテストを行っていた頃から、仮想世界に対して非常に高い適性を示し、事件当時は『黒の忍』と呼ばれた程の実力者だったようです。その腕前は、他のVRMMOにおいても健在であり、SAO事件の延長線上で発生したALO事件と、SAO事件当時に積極的にプレイヤーキルを行っていたSAO生還者達が起こした死銃事件を解決に導いた最大の功労者です』

 

重村が呼び起こしている記憶をトレースするように、映像の中の少年――桐ケ谷和人のプロフィールが、男の口から語られる。

SAO開発に携わっていた関係で、顔を合わせる機会のあった少年である。自身の教え子にしてゲーム制作の最高責任者でもあった茅場晶彦の紹介で知り合ったモーションキャプチャーのスタッフであり、開発当時は重村も一目置く程の仮想世界への適性と優れた武芸を身につけていたことが強く印象に残っている。SAO事件が解決されたと聞いた時には、その立役者として真っ先に彼の名前を浮かべたぐらいである。

だが、今重要なのは彼のスペックではない。問題なのは、SAO事件同様に彼が解決に一役買った、SAO事件の延長線上で発生したALO事件と死銃事件において、彼をバックで支援した存在にある。

 

『監視カメラの映像を確認した結果、彼は昨日の事件現場を歩き回って何かを探す素振りを見せていました。被害者が彼の知り合いだったとはいえ、その翌日に現場に現れたのは、果たして偶然でしょうか?』

 

「成程。つまり、彼が動いているのは……」

 

『ええ。私も同じ結論に至りました。十中八九、彼は昨日の事件について何かを知っています。また、過去の事件がそうであったように……今回のケースにおいても、彼の背後には世界的名探偵“L”が控えていることでしょう』

 

「まさか、計画始動段階で発生したシステムへの侵入は……」

 

『SAO事件以後、Lは世界最高のハッカーと名高いファルコンを仲間に加えたと噂されています。件のハッキング未遂がファルコンの仕業と断定するための確証はありません。しかし、彼の姿が確認できた以上、その可能性は高いと見るべきでしょう』

 

「すると、計画が始動する前の段階から、我々の計画に勘付いていたということなのか……!?」

 

それは、重村やこの場にはいないエイジにとっては、非常に恐ろしい推測だった。極秘に水面下で進めていた計画が、始動以前の段階で外部に漏れていたことになる。しかも、嗅ぎ付けたのは世界的名探偵のLである。

 

『いえ、それは無いでしょう。計画の全容を知っているのならば、桐ケ谷和人が現場を調べる必要などありません。それに、計画開始から今日まで、向こうは常に後手に回っている状況です。現状から考えるに、彼やその背後にいるであろうLは、計画に関して断片的に何かを嗅ぎつけていると考えるのが妥当でしょう』

 

「……厄介な。計画はここまで順調に進んでいるというのに、ここにきてこのようなイレギュラーが現れるとは……!」

 

計画の全てが知られていないとはいえ、厄介な存在に目を付けられたのは間違いない。今はまだ計画そのものに致命的な打撃を与える程の危機的な状況ではないが、相手が相手なだけに無警戒ではいられない。

 

『重村教授。今回の傷害事件を通して、本命の計画の存在に気付かれた可能性は高いでしょう。しかし、それがどのような計画かまでは、流石に突き止められてはいませんし、突き止めるにもまだ時間はかかる筈です』

 

「だが、相手が相手だ。エイジ君もいるとはいえ、決して油断はできんぞ」

 

『ええ。ですので、計画を前倒しして進めるべきです。さらにそれと同時に、『プランB』を発動すべきかと思われます』

 

男が口にしたその言葉に、重村は目を見開く。『プランB』とは、全てが順調に進むことを想定して立てた『プランA』が上手く進まなくなった場合に発動させる想定で立てたものである。

 

「君が前へ出て彼等の陽動を行うつもりなのかね?」

 

『本命の計画から注意を逸らさせるのならば、それが最も有効な策です。加えて、我々の計画を嗅ぎつけているのならば、そろそろ被害者達への影響にも気付く筈です。私という脅威を前面に出した上で、被害を食い止めるための手段があると知らされれば、誘導されていることを承知の上で、こちらの思惑に必ず乗ってくれる筈です』

 

男が口にしているのは正論である。しかし、重村にとしては、『プランB』実行とは、簡単にゴーサインを出せるものではなかった。計画を嗅ぎつけた者達を、本来の目的から遠ざけさせるために立てた計画だが、『プランA』以上に派手な動きをするため、修正するための計画を逆に破綻させるリスクも少なからず孕んでいる面もあることが理由である。だが、相手に対して先手を取って主導権を握るには、これがベストであることは間違いないということは、重村も分かっていた。男もそんな重村の心中を察しているのだろう。『プランB』が認められたと判断して話を進めた。

 

『彼はどうやら、代々木公園を見回った後も、都内でフロアボスイベントが行われた場所を巡っているようです。今夜あたり、私の私兵を使って軽く襲撃してみましょう』

 

「……分かった。『プランB』の発動を認めよう。エイジ君には私から説明しておく。だが、派手な動きをすることが確定している以上、報告は逐一送ってくれたまえ。万が一にも、オーディナル・スケールの継続に関わる程の騒ぎになれば、元も子もないのだからな……」

 

『承知しておりますよ。我々の動きを探る者達の動きは、しっかり止めておきます。こちらのことは気にせず、計画の本命の方を進めてくださいますよう、お願いします』

 

若干渋った様子を見せた重村だったが、最終的には『プランB』発動の提案を承諾することにした。対する男は、その返答に満足した様子で頷くと、教授室に来た時と同様、音も立てず、ドアを開くことも無く、ノイズ音の余韻を残してその場から姿を消すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

オーグマーが再現する、都内ではまずお目に掛かれない雄大な自然が広がるAR空間の中。エイジは本を読んでいた。タイトルは例によって『SAO事件記録全集』である。クラインをはじめとした攻略ギルド、風林火山の紹介ページに記載された名前の上にバツが付けて満足そうな表情を浮かべるエイジの傍らには、ユナの姿もあった。その手の中には、キャンディのような物が入った瓶が抱えられている。

 

「昨日はけっこういっぱい集まったね」

 

「そうだな。でも、メインディッシュはまだこれからさ」

 

「へー、そうなんだ」

 

先日よりもキャンディの数が増えたことで重さを増した瓶を眺めたユナは、やがて飽きたのだろう。瓶を傍らに置くと、今度はエイジのもとへ近づいていった。

 

「……何読んでるの?」

 

「興味あるのかい、ユナ?」

 

どうやら、エイジが読んでいる本に興味を持ったらしい。読んでみるかい、と言いながら開いていたページをユナに見せるエイジ。だが、ユナは眉を寄せて八の字にすると、う~んと唸っていた。

 

「……文字ばっか。難しい本?」

 

「いや。僕の思い出の日記みたいなものさ……」

 

そう言って、ペラペラとページを捲っていくエイジ。プレイヤーの紹介ページには、『閃光のアスナ』のような攻略組を中心とした当時有名だったプレイヤーのほか、『食いしん坊少女探偵ヤコ』や、『お騒がせ発明家鍛冶師ララ』等、戦闘以外の分野でも名を知られた個性豊かなプレイヤーが紹介されていた。

 

「あ、これ見て!「俺が二本目の剣を抜けば立っていられる奴はいない」だって」

 

そんな中、ユナが興味を持ったのは『黒の忍』と呼ばれたプレイヤーに関する情報が記載されたページだった。SAO生還者とはいえ、『黒の忍』ことイタチ本人とは直接の面識の無かった人物による著書のため、その内容は些か以上に誇張されていたのだが。

 

「ああ、こいつか……」

 

「何これカッコいい!エイジ、読んで読んで!」

 

そのページを開いた途端に表情を曇らせたエイジの反応など気にせず、読んで欲しいと無邪気にせがむユナ。傍から見れば、全く乗り気に見えないエイジだったが、はしゃぐユナの姿に仕方ないとばかりに苦笑すると、そのページを読み始めるのだった。

 

 

 

重村からの計画変更・前倒しの連絡が届いたのは、それから十数分後のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

東京都渋谷区にある、恵比寿ガーデンプレイス。オフィスビル、商業施設、レストラン、集合住宅、美術館等で構成される、渋谷区と目黒区に跨る程の大型複合施設である。非常に多彩な施設を擁する故に、家族連れやカップル等の来訪者は、夕方の時間帯であっても絶える気配を見せない。

そして、そんな賑やかな施設の中を、明日奈、里香、珪子の三人は訪れていた。ちなみに、明日奈の方にはナビゲーションピクシー姿のユイが乗っている。

 

「ここで間違いないのね?」

 

「うん。今日のアインクラッドのフロアボスとの戦闘イベントは、ここで発生する可能性が高いんだって。そうだよね、ユイちゃん」

 

『はい!間違いありません』

 

「本当に、ユイちゃん様様ですね。イベントは夜中に行われますから、予め場所が分かっていないと、私達じゃ参加できませんもんね……」

 

日が暮れて辺りが暗くなった、夕方七時の時間帯に彼女等がこの場所を訪れている理由。それは、ここ最近話題になっているオーディナル・スケールの戦闘イベント……旧アインクラッドのフロアボス攻略戦に参加するためである。

三人が積極的に参加を試みているこのイベントの特徴は、SAOの旧アインクラッドのフロアボスを討伐することと、イベントクリアに際して多大なポイントが手に入ること。それ以外には、開催時刻が夜中の九時であることと、大型の商業施設や公園等で開催される以外の詳細は一切掴めていない。

問題なのは、場所の特定である。都内にはイベント向けの施設や公園は数多あり、広大な東京都の中から開催場所を特定するのは不可能に等しい。そんな問題を解決できたのは、ユイから齎された情報のお陰だった。

 

「それにしても、東京都の地形をSAOの旧アインクラッドに見立ててイベントが開催されていたなんてね」

 

「ユイちゃんじゃないと気付けませんでしたよね」

 

『私も、皆さんの役に立てて、嬉しいです』

 

ユイが見つけたという、オーディナル・スケールにおける旧アインクラッドフロアボス出現イベントの開催場所を特定する鍵。それは他でもない『アインクラッド』にあった。

一連のイベントの発生場所を探していたユイは、旧アインクラッドの階層に目を付けた。そして、これまでのイベントで出現したフロアボスが守護していた各階層の平面図を、現実世界のイベント開催場所である東京都の地図と重ねて照合した。その結果、イベントが開催された場所は、アインクラッドの全ての階層に共通して存在する、フロアボスに縁のある場所――――――『迷宮区』と重なっていることが分かったのだ。

正確には、迷宮区の場所と重なる地点に近い公園や広場といった場所なのだが、それさえ分かれば、あとは簡単。オーディナル・スケールのイベントに出現したフロアボスは、第一層から順に登場している。そのため、直近で出現したフロアボスが守護する階層の一つ上の階層の平面図を東京都の地図に照らし合わせれば、次のイベント開催場所は分かる。そうして特定された、本日のイベント開催場所である可能性が高いとされたのが、三人が今いる恵比寿ガーデンプレイスだったのだ。

 

「今まで手を拱いているしかできなかったけど、ようやく私達も参戦ね。腕が鳴るわ~!」

 

「里香さん、張り切ってますね~……」

 

珪子の言うように、フロアボスイベント参加を前にした里香は、これまで参加できなかったことが相当もどかしかったのだろう、その反動でテンションが若干ハイになっていた。大量のポイント目当てでイベント参加を決意していた里香だったが、通知は直前にならなければ来ない上、イベントが開催されるのは夜中の九時であったため、中々参加できなかった。公共交通機関は夕方になれば本数が少なくなるため、到着は間に合わない。イベント参加には、専用の足となる乗り物を調達する必要があったのだ。

尤も、足となる乗り物を用意してくれる人物には、宛てがあるにはあった。しかし……

 

「全く……クラインの奴は、一体何やってるのよ。イベントのためなら、喜んで車出すとか言ってたくせに、肝心なところで役に立たないんだから……!」

 

「確か、この前の代々木公園のイベントから、連絡がつかなくなちゃってるんですよね……」

 

この場にはいない、野武士面で頭に巻いたバンダナがトレードマークの侍プレイヤーの友人――クラインの顔を思い出しながら、「頼りにならない」とばかりに溜息を吐く里香。そんな、眉間に皺を寄せながら苛立ちを露にする彼女の姿に、珪子と明日奈は苦笑を浮かべるしかできなかった。

 

「私の方でも、何度も電話とかメールとかしてるんだけど、全然返事が無いのよ。本当にクラインさん、どうしちゃったのかしら?」

 

「そういえば、クラインさんだけじゃなくて、和人さんも今日は来ていませんよね。もしかして、何か関係があるんでしょうか?」

 

『パパは、今日は他に用事があるので、皆さんからのお誘いはパスすると言ってました』

 

「どんな用事なのって聞いたけど、結局はぐらかされちゃったんだよね」

 

「ったく……男ってのはどいつもこいつも……」

 

突然の音信不通となった男と、どこで何をしているかがまるで分からない、話そうともしない少年に対して文句を垂れる里香。イベント攻略に協力してくれないことに怒っているというのもあるが、少年――和人の方は、今までが今までだっただけに、また何か厄介事に首を突っ込んでいないかと心配している側面もあった。

 

「仕方ないよ。皆それぞれ予定があるもの。それは、ALOでも同じでしょ?」

 

「はぁ……ま、明日奈がそれでいいなら別に構わないけど。それに、ぐだぐだ言っても確かに始まらないしね」

 

「そうですよ、里香さん。そういえば明日奈さん。ポイントの方は、順調に貯まっているんですか?」

 

これ以上この場にいない人間について話しても、里香の苛立ちが募るだけだと考えた珪子が、話題の転換を試みる。明日奈は苦笑しながらオーグマーのポイント残高画面を呼び出し、数字を確認する。

 

「うん。えっと……目標のポイントまでは、あと少しかな」

 

「お金持ちの家でも、欲しいものは何でも買えるってわけでもないのね……」

 

「お小遣い以外でお金が欲しい時には、ちゃんと理由を説明しなくちゃいけないんですもんね……」

 

こうして旧アインクラッドのフロアボス討伐イベントへと積極的に参加するきっかけにもなった明日奈の家の小遣い事情に同情の視線を向ける里香と珪子。そんな二人の反応に、明日奈は内心で溜息を吐いた。

 

「それじゃあ、時間までしばらくここのショッピングモールを見て回りましょうか。ポイントなら、私達の方で持つから安心していいわよ」

 

「ええ~、それは流石に悪いよ」

 

この話題はもうこれまでとばかりに、話を切り上げると、里香は明日奈と珪子を伴ってショッピングモールの散策へと向かう。道中では、手に入れたポイントで何を買うか等の話題で盛り上がりながら、SAO生還者の少女三人は、イベント開始時刻までのひと時を過ごすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

明日奈等三人が恵比寿ガーデンプレイスを回り始めていたその頃。彼女等の誘いを断って単独行動を取っていた和人は、千代田区にある北の丸公園を訪れていた。

 

「……ここも外れか」

 

『手掛かりがプレイヤーの噂だからね。遭遇できる可能性はかなり低いと思うよ』

 

傍から見れば一人にしか見えない和人だが、正確には単独行動ではなかった。和人の隣には、今回の一件の依頼人であるヒロキがいた。ちなみに、ヒロキの姿は他のオーグマー装着者には見えないように設定されている。

竜崎や新一がビルの地下に設けられた本部にて情報の整理を行っている一方で、この二人は現場調査による情報収集を行っていた。そして現在、二人はこの一件において最も有力と思われる手掛かりを追っていた。

 

『あの代々木公園で会った女の子……一体、何者なんだろうね』

 

「分からん。だが、オーディナル・スケールで起こっている事態について、何か関わりがあるのは間違いないだろう」

 

和人とヒロキが現在探している人物――正確には、人間ではないが――とは、クライン等が襲撃を受けた翌日に代々木公園にて遭遇した、白い服にフードを被った少女だった。後から竜崎の調べで分かったことだが、件の少女は代々木公園だけでなく、都内でオーディナル・スケールをプレイしていたプレイヤーに幾度か目撃されていたらしい。ヒロキがネット上の情報をかき集めて調べたところ、目撃情報が出始めたのはオーディナル・スケールにおいて旧アインクラッドのフロアボスの出現イベントが発生し始めたのと同時期だと分かった。しかも、目撃された場所もまた、イベントが行われた場所と重なっているという。

明確な証拠があるわけではないが、和人はこの少女が自分達の捜査している一件に関わりがあるのではないかと考えていた。そこで今日は、フロアボス出現イベントが行われた、新宿区にある新宿TOHOシネマズ前、港区にある六本木ヒルズアリーナ等のポイントを虱潰しに回った。そして現在、最後のポイントである北の丸公園に至ったのだった。

 

『結局、一日中探し回ってはみたけれど、収穫は無かったね』

 

「現状、事件に関して有力と思われる手掛かりはこれ以外には無い。手掛かりと呼べるかも怪しいところだが、彼女に会えば何か掴める筈だ」

 

人工知能の開発を密かに成功させたという春川教授。

SAO開発者に携わった研究者の一人であり、和人にとっては制作スタッフだった頃からの知人でもある重村。

SAO生還者であり、オーディナル・スケールにおいてランク二位の強豪プレイヤーであるエイジこと後沢鋭二。

彼等が水面下で密かに、しかし着実に進めているであろう計画のキーパーソンが、SAOにて命を落とした重村教授の娘である重村悠那であることは想像がついている。彼女と同じ容姿を持つ、世界初のARアイドルのユナもまた、計画の要なのだろう。だが、それらを繋ぐ最後のピースが足りない。だからこそ、和人は件の少女を探しているのだ。この一件の裏に秘められた計画を解き明かすための、最後のピースを求めて……

 

「既に先手を取られている状態だ。これ以上後手に回れば、本気で取り返しのつかないことになるかもしれん」

 

『それに関しては僕も同感だよ。けど、今日はここまでにしよう。無理に探索を続けても、時間と体力を消耗するだけだからね』

 

「……そうだな。一度本部に戻って、竜崎に連絡を――――――!」

 

ヒロキの忠告を受け入れ、探索を切り上げて本部へ戻ろうとしたその時。和人はふと背後に気配を感じた。人のものではなく、猫等の動物のものでもない、何か別の気配。

和人がばっと勢いよく素早く後ろを振り向くと、そこには一人の少女の姿があった。白い服に、フードを被ったその少女は、和人が今日一日を使って探していた少女だった。

 

「ようやく会えたな」

 

「……私を捜していたの?」

 

フードの奥から若干警戒の色が混ざった視線を向ける少女の問い掛けに対し、和人は静かに首肯した。すると、今度は和人の隣に立っていたヒロキが前へ出て質問を投げ掛けた。

 

『君はただのNPCではないようだね。オーディナル・スケールのイベントに関わるNPCではないし、オーグマー使用者をアシストするために都内に配置されたNPCでもない。それに、システムのバグによって現れた存在というわけでもない。一体……何者なんだい?』

 

「………………」

 

オリジナルのノアズ・アーク程ではないが、ヒロキもその系譜に連なる存在である。故に、少女がただのNPCではないことを即座に見抜いていた。だが、対する少女は何も答えようとはしない。そんな少女に、こんどは和人が問いを投げ掛けた。

 

「俺に何かを探して欲しいのか?」

 

「……」

 

和人の質問に対して、少女は僅かに反応するも、口を開く様子は無い。そんな中、少女は踵を返して近くの橋の上へと移動すると、左手を上げて人差し指を立てた。少女が指差した先には、夜の闇が広がるばかり。少女はその姿勢のまま和人の方を振り返り、懇願するような目を向けると……その体にノイズを走らせ、その場から姿を消した。

 

「……また消えたな」

 

『それに、あの時と同じように指差していたね』

 

「代々木公園の時に指差した方角と、関係があるのかもしれんな。地図上で二方向の直線が交差する場所を確認してみてくれ」

 

『了解。それで、この後はどうするんだい?』

 

「目的は果たせたし、手掛かりらしき情報も得られた。今日はとりあえず、帰宅するか……」

 

収穫と呼べるかは分からないが、手掛かりらしきものは得ることができたので、家路に就こうとした和人。だがその時、和人の携帯電話が振動し、着信を知らせた。携帯の画面を見ると、そこには竜崎の名前が表示されていた。

 

「竜崎、俺だ」

 

『和人君、今どこにいますか?』

 

「北の丸公園だ。一日中歩き回る羽目になったが、一応の情報は得られたから、帰るところだ」

 

『そうですか……実は、先日のオーディナル・スケールのイベントに際して発生した傷害事件に遭って入院していた被害者達について、重大な事実が判明しまして……』

 

「何?」

 

代々木公園の傷害事件に巻き込まれた、オーディナル・スケールのプレイヤーにして、SAO帰還者でもある被害者達について、竜崎と新一が医療機関経由で調査した結果として判明した、衝撃の事実。それを聞いた和人は、急ぎ公園を出ると、オートバイを飛ばした。

向かう先は、今夜オーディナル・スケールにおけるアインクラッドフロアボス出現イベントが開催すると予想されている、渋谷区の恵比寿ガーデンプレイス。イベント開催時刻である九時までの残り時間は、二十分を切っていた――――――

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。