ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版-   作:鈴神

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第十三話 獣人の王

アインクラッド第一層迷宮区最上階にある、フロアボスが守護する巨大な部屋の中。そこでは現在、四十四人のプレイヤー達による攻略戦が熾烈を極めていた。

 

「A隊、C隊、スイッチ!」

 

最前列でボスたるイルファング・ザ・コボルドロードに対峙しながら、レイドのリーダーであるディアベルが指示を飛ばす。

 

「来るぞ!B隊、ブロック!」

 

ボスが繰り出す猛攻に、しかしディアベルの指示通りに動いて対処するプレイヤー達には、開戦当初ほどの焦りは見られない。パーティーメンバーは皆、自分に与えられた役割をこなしながら、ボスのHPを確実に削っていた。

 

「C隊、ガードしつつスイッチの準備…今だ!後退しつつ側面を突く用意!D、E、F隊、センチネルを近づけるな!」

 

最前線でディアベル率いる数パーティーがボスの相手をする中、イタチとアスナが属する後方支援部隊は、取り巻きであるルインコボルド・センチネルの相手をしていた。

 

「キシャァアアッ!!」

 

「ふんっ!」

 

センチネルの一匹がイタチの長斧を振りかざしてイタチへ飛びかかる。だが、イタチは全く動じる素振りを見せず、長斧を回避しつつソードスキル・スラントを発動し、センチネルの鎧へ叩き込む。

 

「アスナさん、スイッチ!」

 

弾き飛ばされるほどの勢いで攻撃を受けたとはいえ、センチネルのHPは未だ全損していない。止めを刺すべく、自分とパーティーを組んでいる相方へと合図を送る。

 

「…ハァッ!!」

 

迷宮区で出会った時に見た物と変わらない、流星の如き剣閃、細剣ソードスキル・リニアーがセンチネルの喉元に炸裂する。急所を穿たれたセンチネルは、今度こそHPを全損し、ポリゴン片を撒き散らして爆散する。

 

(見事な動きだ…)

 

アスナのことは迷宮区で見かけてから、強豪プレイヤーに足る素質を持っていると感じていたが、こうしてパーティーを組んで戦闘をする中で、改めてその能力の高さを実感する。発動するソードスキルには一切の無駄がなく、システムアシストに意図的な身体の動きを加えることで威力・速度を底上げする技術を無意識に身に付けている。アスナとはリアルで面識があるものの、この手の武術に精通しているという話は聞かない。秘めたる戦闘センスは非常に高いとイタチは考えている。

 

(今後の攻略において高い戦力になることは間違いない。だが…)

 

迷宮区で出会った頃から、アスナの精神には危うさも感じていた。ゲーム攻略に挑む意志力はあるものの、この世界で生きることに対して諦観めいたものが見え隠れしている。最初に出会った時に倒れたのも、この世界を脱出するという目標があったわけではなく、ただただ己が燃え尽きるまで戦い続けるという意思によって無茶を重ねた結果だとイタチは考えている。今はリアルで面識のある自分が近くにいるから精神的に安定しているのだろうが、心の支えとなる存在がなければ、彼女は確実に破滅に向かう。

だが、自分は彼女の傍にいることはできない。何故なら、イタチは―――

 

「アテが外れたやろ。ええ気味や。」

 

そこまで考えを巡らせたところで、ふと近くから声がかかる。人を威圧する濁声の関西弁。取り巻きを相手するE隊のリーダー、キバオウである。

 

「…何のことだ?」

 

「ヘタな芝居すなや。こっちはもう知っとんのや。ジブンがこのボス攻略部隊に潜り込んだ動機っちゅうやつをな。」

 

何のことを言っているのかは大体察しがつく。恐らくキバオウは、イタチがボスのLA――ラストアタック目当てでこの攻略に参加していると考えているのだろう。昨夜のアルゴとの交渉に出ていた点から見て、キバオウはイタチがベータテスターであることを知っている。ここで弁明などしても、テスター排斥思考の彼には焼け石に水と分かっていたので、イタチは反論しなかった。

 

「わいは知っとんのや。ちゃーんと聞かされとんのやで…あんたが昔、汚い立ち回りでボスのLA取りまくっとったことをな!」

 

「………」

 

酷い言われ様である。確かにイタチは、ベータテスト時代にフロアボス攻略でどうしても決め手に欠ける場面でラストアタックを仕掛ける役回りを引き受けていたが、攻略は基本的に他のプレイヤーに委ねるスタンスだった。ドロップアイテムに関しても、自分の装備として不必要と判断したものに関してはタダ同然の値段で売り払っていた。少なくともキバオウの言うような汚い立ち回りばかりして他のプレイヤーの顰蹙を買う真似はしていなかった筈だ。

 

(…まあ、目的を考えれば妥当か。)

 

ボスのLAを狙う以上、目的の障害になり得る自分のようなプレイヤーはできる限り前線から遠ざけておきたい。そのためには、キバオウのような排斥派プレイヤーに脚色した情報を流すのは当然のことである。

キバオウの恨み事を背に、イタチはこれ以上の問答に意味は無いと判断し、自分が今パーティーを組んでいるアスナのもとへと駆け寄った。

 

「何を話してたの?」

 

「いえ、特に大したことでは。それよりも、次の敵がきます。そちらへの対処が最優先です。」

 

「…そうね。」

 

街を出発してから自分達に対して非友好的な態度を示していたキバオウとの会話だったので、遠目から様子を見ていたアスナは気になったらしい。イタチは表情には出さずに、大したことはないと言い繕い、次の敵への対処を促した。

 

(ディアベル…)

 

先程と同様、センチネルを相手にソードスキルを繰り出し、武器破壊にて弾き飛ばしながらも、イタチは最前線でコボルド王と戦っているディアベルに視線を移す。昨夜、アルゴと交渉したキバオウを尾行して行き着いた人物――それこそが、現在攻略レイドのリーダーを務めている青髪の騎士こと、ディアベルだったのだ。名前も容姿もベータテスト時代のものではなかったので、当初こそ気付かなかったが、その口調や剣技には覚えがある。彼は間違いなくベータテスターだとイタチは確信した。

そして、ベータテスターだからこそ、攻略最前線に立つ身としてプレイヤー達をまとめ上げ、リーダーとしての戦力に足るアイテムを手に入れようとしていたのだろう。イタチがソロで未踏のエリアに赴き、プレイヤー達に安全に攻略するための情報収集をしていたように、彼はプレイヤー達を統べる者として戦ってきたのだろう。その姿勢は称賛に値するとイタチも認める。だが、だからこそ、その考えが今回の攻略において、同時に命取りになりかねないと、直感していた。

センチネルの相手をする傍らで向けていた視線の先で、コボルド王が両手に装備していた武器を投げ捨てた。腰に装備していた武器の柄に手を掛け、ぼろ布に巻かれた刃を抜き放とうとする。そしてそれと同時に、遂に青髪の騎士が動きだした。

 

「下がれ!俺が出る!」

 

コボルド王を包囲するのは、ディアベル率いるC隊。そして、武器の持ち替えに入るコボルド王の正面に、ディアベルが躍り出る。武器が湾刀ならば、威力は大きくても冷静になれば回避は容易い。ベータテストで一度見ているならば尚更だ。だが、それは飽く迄“湾刀ならば”の話である。抜き放たれた刃は、かつてのベータテストでコボルド王が握っていた湾刀ではなかった。

 

(やはり…か!)

 

ぼろ布が解けて露になった刃を見るや、イタチは目の前で相手をしていたセンチネルを吹き飛ばして、前線パーティーとコボルド王が戦っている場所まで敏捷度を極限までゲインして駆け出す。それと同時に、右手の指を縦に振り、メニューウインドウを呼び出し、あるアイコンをクリックする。

 

 

 

全速力でイタチが向かう先では、コボルド王がベータ版では持たなかった武器を手に、自身を囲むディアベルはじめC隊のパーティーに逆襲を仕掛けていた。

 

「ウグルォォオッ!!」

 

「ぐぁぁああっ!!」

 

武器の持ち替えと共に垂直に飛び上がったコボルド王。空中で身体を逸らし、着地と共にそのエネルギーを周囲に放出するかの如く刃を振るう。水平に三百六十度、コボルド王を取り囲んでいたプレイヤー達を、竜巻の如き剣閃が襲う。発動したのは、カタナ専用ソードスキル、「旋車」―――コボルド王が持ち替えた武器は、「野太刀」だった。

 

「くぅっ…ぁあっ!」

 

当初の攻略の予定ではあり得なかった、コボルド王のイレギュラーな攻撃に、前線で戦っていたパーティー全員に絶対零度の緊張が走る。無理もない。攻略本でも知らされていなかったソードスキルが発動し、あまつさえレイドのリーダーがその攻撃に倒れているのだから。旋車の効果は、周囲への重攻撃に止まらない。受けた相手を十秒程度のスタン状態に陥れるのだ。

 

「ウグルゥゥァァアッッ!!」

 

そして、コボルド王の連撃は続く。標的になっているのは、コボルド王のLAを取るべく真正面に躍り出ていたディアベル。その行為が仇となり、コボルド王の刃が捌け口となったのだ。

 

(くっ…拙い!!)

 

ベータテストに参加していたディアベルは、コボルド王が繰り出そうとしている技を知っていた。アインクラッド第十層の迷宮区を守護するサムライ型モンスターが使っていたソードスキル。コンボ開始技である、斬り上げて相手を宙に浮かせる「浮舟」、そしてそれに続いて繰り出される三連撃の「緋扇」。今の状態で初撃から食らえば、HP全損は免れない。スタンしている状態では回避も儘ならない。ディアベルは自身の死を直感し静かに目を閉じようとした………その時だった。

 

「えっ…?」

 

突然、ドンッと横から自分の身体が押し退けられる衝撃が走る。ボスのカタナは未だ自分を直撃していないし、そもそも衝撃の出元は真横だ。何が起こったのか、それを考える前に、ディアベルの身体は地面を転がり、浮舟の軌道を外れた。代わりに先程までディアベルがいた場所に立っていたのは、黒髪に黒服の少年――イタチだった。

 

「はぁっ!!」

 

イタチが持つ片手剣、アニールブレードが光を放つ。発動せんとするソードスキルは、垂直斬りのバーチカル。やや腰をおとした前傾姿勢で繰り出されたソードスキルは、コボルド王が放った浮舟と衝突、派手な火花を散らした。

 

「イタチ君!」

 

咄嗟にディアベルは、自分を庇ってボスの攻撃を受けた少年の名前を叫んだ。イタチはソードスキル同士の衝撃でダメージはなかったものの、宙に放り出されてしまっていた。

 

「ウグルァアッ!!」

 

そして、コボルド王の連撃は続く。上下三連撃、緋扇の発動である。空中にいる相手は避ける術は無く、まともに食らえばHP全損は免れない。だが、イタチは身動きのとれない空中でそんな技を前にしても、全く動じた様子を見せなかった。

 

「せいっ!!」

 

一撃目、コボルド王が上から振り下ろす野太刀がイタチに迫る。イタチは空中で身を反らし、飛ばされた勢いに乗せて右手に握った剣を振るう。すると、イタチの振るうアニールブレードがライトエフェクトを放ちながらコボルド王の野太刀と激突、再び激しい火花を散らしながらイタチの身体が飛ばされる。

 

「ウグルォォオッ!!」

 

「はっ!!」

 

二撃目。今度は野太刀が下段からイタチに迫る。初撃の上段斬り同様、眼にも止まらぬ速さのそれを、しかしまたしてもイタチは飛ばされた勢いに任せて身体を回転させ、ライトエフェクトを伴う斬撃をもって対抗する。二度目の激突を経て、イタチの身体は再び宙を舞う。

 

「ウグルォォオオッッ!!」

 

「…ふっ!!」

 

三撃目。野太刀から放たれるソードスキル、緋扇における最後の一振り。イタチの正面目掛けて繰り出される斬撃を、イタチは先の攻撃によって生じた衝撃を利用して空中で体勢を整え、一・二撃目同様にライトエフェクトが走る刃をもって野太刀を防ぎきる。

 

(上手くいったか…)

 

コボルド王が発動したソードスキルを防ぐのにイタチが使ったのは、ソードスキル。初撃の浮舟を垂直斬りのバーチカル、緋扇の一撃目を斜め斬りのスラント、二撃目を水平斬りのホリゾンタル、三撃目を一撃目同様スラントで迎撃したのだ。ソードアート・オンライン――SAOにおいて、ソードスキルは必殺技として設定されている強力な攻撃であり、それ故に発動後には身動きができなくなる冷却時間というものが生じる。技によってその長さは異なるが、単発型のソードスキルでも硬直が解けるのには数秒を要する。だが、このソードスキルにおける硬直を一時的に無効化する、抜け道ならぬ「裏技」をイタチは見つけ出したのだ。

それは、ソードスキルの「上書き」――一つのソードスキルを発動した後、続けざまに別のソードスキルのモーションに入り、それを発動することで、前に発動したソードスキルの硬直を一時的に無効化することができるのだ。ソードスキルの技後硬直は発動後すぐに訪れるので、通常この裏技は使用不能とされているが、イタチは今回、「空中」に飛ばされていたのだ。地面から足が離れ、尚且つコボルド王との技のぶつかり合いで凄まじい衝撃が走っていたその状況を、イタチは利用した。衝撃による勢いを借りて僅かばかり手足を動かすことで、硬直寸前の身体の体勢を整えてソードスキルのプレモーションを形成し、これを発動。コボルド王が振るう野太刀の迎撃に成功したのだ。

言うのは簡単だが、常人には決して真似できる技ではない。空中でのソードスキル発動は、動きが不安定になるためシステムが開始モーションを認識できないことが多いのだ。それに、衝撃で弾き飛ばされた状態から体勢を整え、発動するソードスキルが目標に命中するよう調整することなど、アクロバットを得意とする曲芸師や体操選手でも不可能に近い。忍者として激戦に身を投じた前世を持つイタチだからこそできる、文字通りの離れ業なのだ。

 

「イタチ君!」

 

「大丈夫か!?」

 

二十メートル近く吹き飛ばされながらも、地面をスライディングしながら着地に成功したイタチ。そこへ、イタチの現パーティーメンバーのアスナや、先日の攻略会議でキバオウに意見申し立てた斧戦士エギル率いるパーティーが駆け寄ってくる。イタチの援護のために来たのであろう彼等を、しかしイタチは

 

「来るな!!」

 

その一言で制する。イタチの鋭い一声に、援護に駆けつけようとしていたパーティーメンバーが立ち止まる。呆気に取られるパーティーに、しかしイタチは振り返らずに言葉を続ける。

 

「ボスは後ろまで囲むと全方位攻撃がくる!!奴の相手は、タゲを取っている俺がやる!」

 

未だコボルド王は、仕留め切れなかったイタチを睨みつけている。タゲはまだ移動しておらず、今後まだイタチを狙い続けるのだろう。イタチはコボルド王の様子を確認しながら、援護しようとしていたメンバーに指示を飛ばす。

 

「俺は一人で大丈夫だ!みんなは、さっきの攻撃で瓦解したC隊メンバーの救援に向かってくれ!」

 

イタチの言葉に、コボルド王の後ろ側でボスから受けた攻撃に未だ浮足立っていた、ディアベルはじめとしたC隊メンバーに視線を移す一同。確かに、先程の広範囲攻撃でダメージを負っている者が多く、回復が必要であろうことが窺える。

 

「イタチ君!で、でも…」

 

他のメンバーがボスたるコボルド王を避けながら、C隊の救援に駆けつける中、アスナだけはこのままイタチを置いて行っていいのかと逡巡していた。先程の攻撃は見事防いでみせたが、情報にない野太刀を手に持ったコボルド王をイタチだけに相手させるのは不安だった。

 

「お嬢ちゃん、ここはアイツに任せよう。」

 

「あっ…イ、イタチ君!」

 

イタチの援護を行うべきかと迷うアスナを、斧戦士エギルが腕を引いて連れて行く。ボスが情報にない野太刀という武器を抜き放ち、さらにその武器で発動したソードスキルによって、レイドのリーダーを務めるディアベル率いるC隊がボスの攻撃に倒れてしまった今、攻略に参加しているプレイヤーのほとんどがどう動くべきかと戸惑っている。まともに動けているのは壁役だったエギルのパーティー程度で、味噌っかす扱いだったアスナの手も借りたいほどなのだろう。残りのパーティーは援護するべきか待機するべきかと迷っている様子だった。

 

(やはり、ここは俺がやるしかないか…)

 

本当ならば、ボスのLAを取るつもりなどなかった。しかし、予想外の事態に直面したプレイヤー達は撤退か戦闘続行かという事態に混乱している。ディアベルが立ち上がれば、レイドの体勢を立て直してボスを倒すところまで持ちこめるかもしれないが、それを待っている余裕はない。今回のボス攻略に失敗すれば、次にレイドが組めるのはいつになるか分からない。ディアベルの意向次第だが、レイドメンバーのメンタルを考慮して撤退を選択する可能性もあり得る。第一層ですら一カ月かかったのだ。このままでは、アインクラッド完全攻略は遠のくばかりだ。

 

(これはまだ始まりに過ぎない。ならば…戦う以外に選択肢はない!)

 

手に持つアニールブレードに力を入れるイタチ。第一層のフロアボス、獣人の王ことイルファング・ザ・コボルドロードとの一対一による決戦が、幕を開ける。

 


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