ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版-   作:鈴神

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度重なる投稿遅延、申し訳ございません。
年末に向けて、多忙を極めて遅筆となってしまいました。
これが今年最後の投稿になります。
2020年も、『暁の忍』をよろしくお願いします。


第百三十九話 消失【fade-out】

 

「オーディナル・スケール、起動!」

 

恵比寿ガーデンプレイスにてウインドウショッピングを楽しんでいた明日奈、里香、珪子の三人は、施設内で最も開けた場所であり、今回の旧アインクラッドのフロアボス出現イベントの舞台でもある中央の広場へと来ていた。三人は開始時間まで残り五分程となったので、現場近くに集まって起動キーを唱え、戦闘開始に向けた準備へ入る。

 

「ユナ、今日は来てくれますかね?」

 

「だと良いんだけど……」

 

ARアイドル、ユナの登場に想いを馳せるシリカ。一方のアスナは、ユナの名前を聞いたことにより、秋葉原UDXのイベントに参加して以来、疑問に思っていたことが頭の中に蘇っていた。

 

「シリカちゃんはユナのこと、どう考えてるの?」

 

「どう、と言いますと?」

 

「アナウンスされている通りのプログラムなのか、それとも実は生身の人間なのかってこと」

 

世界初のARアイドル、ユナ。しかしその実態は、ALOをはじめとしたVRゲームにも登場しているキャラクター同様、AIである。アスナとて、頭の中ではそう理解しているものの、件のイベントで触れ合う中で、その認識に揺らぎが生じていたのだった。世間でも、表情や歌声があまりにも自然過ぎることから、生身の人間が演じているという説もある。ならば、本当に人間なのかと言えば、アスナはそれに頷けない。AIであっても、人間に非常に近しい感情を示す存在――ユイを知っているが故に、ユナの正体が何なのかを断言することができないのだ。

故に思わず口に出ていた疑問だったが、質問を投げ掛けられたシリカもまた、回答に悩んでいる様子だった。

 

「う~ん……生身ではない、と思います。けど、ただのAIでもない気が……」

 

「そうね~、あの透き通った歌声は、誰かさんのような生身の人間じゃとてもとても……」

 

茶化すような言葉を発したリズベットの脇腹に、シリカの肘鉄が入る。相当強くどつかれたのだろう、オーグマーがダメージを示していた。

 

「どうせ私の歌は透き通っていませんよ」

 

「ええー、そこまで言ってないじゃん」

 

「リズさんとはもうカラオケに行きませんからね!」

 

「ははは……ごめんごめん。この通りだからさ」

 

むくれるシリカを宥めるリズベットだったが、シリカは頬を膨らませてそっぽを向いていた。アスナはそんな二人の様子にやれやれと肩を竦めていた。

 

「そういえば、ランとマコトはどうしたのよ?今日は参加しないわけ?」

 

「一応、声は掛けてあるよ。けど、今日は空手の練習が遅くまであるから、時間に間に合うかは分からないって」

 

「く~!あの二人が参加してくれれば、絶対に勝てるっていうのに……!」

 

現実世界において、イタチこと和人と並ぶ高い身体能力を持っており、数々の凶悪犯を叩き伏せてきた空手の猛者である、ランとマコト。先日の代々木公園のボス攻略でも大活躍したと聞いていただけに、リズベットとしては是非とも参加して欲しいと思っていたのだが、現実はそう甘くはなかった。こんなことなら、メダカやララといった女友達や、アスナを通じて元血盟騎士団所属のキヨマロやイヌヤシャといった面々にも声を掛けて参戦してもらうべきだったと嘆いていたが、後の祭りである。そして、そうこうしている内にイベント開始時間が到来する。

 

「……そろそろだよ」

 

先日の秋葉原UDXや代々木公園の時と同様、時刻がイベント開始時刻である九時を過ぎるのと同時に、三人の視界に映し出された世界が大きく変化する。現代の街並みは、中世ヨーロッパ風の建築物が立ち並ぶファンタジーな世界へと変化していく。

そして、恵比寿ガーデンプレイスの広場だった場所の中心に、白い光が迸る。光が止んだその場所には、身長三メートルを優に超える巨体を持つ、上半身裸で頭から二本の角を生やした般若のような顔をした鬼人が立っていた。右手に三叉槍を持って仁王立ちするその姿は、地獄の門番を彷彿させる。

 

「想定通りであれば、あれが十七層ボスモンスター『ハンニャバル・ザ・ヘルズガーディアン』ですね」

 

「武器のリーチが厄介だけど、正面から陽動を仕掛けて、死角に回り込んで攻撃を仕掛ければダメージを与えられるって話だったわね」

 

「それから、ダメージが蓄積して追い詰められると、武器を三叉槍から両刃の薙刀に持ち替えることにも注意してね。まずは私が回避盾をやるから、二人は両サイドから攻撃してサポートを!」

 

「了解です!」

 

「任せなさい!」

 

ボスの攻略方法を聞いたリズベットとシリカが、指示通りにボスの両サイドへ別れて死角へと回り込む。アスナはボスのタゲを取るために正面に立ってレイピアを構える。

 

「あっ!」

 

そして、いよいよ戦闘が開始されようとしたその時、シリカがふと視線を上に向けたところ、上空を飛行するドローンの存在に気付いた。ドローンはシリカ達の頭上を通過すると、機体から光を放つ。その中から現れたのは、AIアイドル、ユナだった。

 

「皆、準備はいいー?さあ、さー戦闘開始だよ!ミュージックスタート!」

 

「ユナ!」

 

「おっ、やったじゃん!」

 

シリカは念願のAIアイドルに会えたことに、リズベットはボス戦に有利なバフをかけてくれる味方が現れたことに対して歓喜していた。その場に集まっていた、他のプレイヤー達の反応も同様である。

 

「ウォォオオオオオ!!」

 

「ふっ!はっ!せいっ!」

 

皆がユナとユナの歌声に魅せられている中、アスナは目の前のフロアボス、ハンニャバルに対して正面から果敢に挑んでいた。ハンニャバルが憤怒の形相で振り回し、突き出す三又の槍を紙一重で回避し、時にレイピアを滑らせて捌いていく。

VRゲームのアバターのようなステータス補正を受けることができないARゲームをプレイしているにも関わらず、ハンニャバルの攻撃はアスナに掠りもしない。アスナが速く動いているわけではない。自身に降りかかる一撃一撃に対し、最低限の動作で的確に、且つ流れるように対処しているのだ。単純に運動神経が良いだけでできるわけではないこの動きは、かつてのSAO事件において、アインクラッドの攻略最前線に身を置き、ボスの行動パターンを見切ってきたアスナだからこそできた動きだった。

 

「アスナばっかりに任せていたんじゃ、名折れね!シリカ、行くわよ!」

 

「はいっ!」

 

アスナが正面で攻撃を捌いている隙を突き、リズベットとシリカは当初に打ち合わせた通り、両サイドから回り込んで攻撃を開始する。無防備な脚へと放たれる短剣による斬撃と戦槌による打撃が、ハンニャバルのHPを少しずつながら削っていく。

 

「ウラァァアアアア!!」

 

正面に立つアスナに攻撃を繰り出していたハンニャバルだったが、リズベットとシリカが死角から繰り出す攻撃に反応し、標的を変更した。三又の槍を手元へ引き戻すと、シリカの方を振り向いた。

 

「わ、私っ!?」

 

「ウォォオオオオオッッ!!」

 

「させないわよ!」

 

「今度は私も行くわ!」

 

シリカへと襲い掛かろうとしたハンニャバルに対し、リズベットが続けて攻撃を行い、アスナも加わる。シリカに向けられていた三叉槍が突き出されることは防げたが、今度はリズベットへと狙いを定めた。

 

「俺達も負けないぜ!」

 

「皆、行くぞ!」

 

だが、そこへ他のオーディナル・スケールのプレイヤー達が合流。ボスモンスターであるハンニャバルに対して、剣や槍、重火器による攻撃が殺到する。

 

「ウォォァァアアアア!!」

 

自身に対して集団で攻撃を仕掛けて来るプレイヤー群を睨みつけたハンニャバルの行動に変化が起こる。先程まで突きを放っていた三又の槍を、横薙ぎに振るい始めたのだ。攻撃範囲が広くなったことで、プレイヤー達の多くがその猛威に晒され、少なくないダメージを受ける。般若の如き憤怒の形相で槍を振るうハンニャバルの姿にプレイヤー達が気圧されたものの、盾持ちが前に出て槍の横薙ぎを防御すべく動いたことで、態勢は徐々に立て直すことに成功する。

 

「よっしゃー!競争よ、競争!」

 

「ああっ!待ってくださいよ、リズさん!」

 

リズベットとシリカもまた、遅れてきたプレイヤー達に良い所を取られてなるものかと、再びボスへ向かって挑んでいく。壁役となるプレイヤー達が駆け付けてきてくれたお陰で、戦線は三人で戦っていた最初の時よりも安定している。この分ならば、今回も問題無く倒せるだろう。そう考えたアスナは、リズベットとシリカ以外の、今回初参加のプレイヤー達にも経験を積ませるために、自身は積極的な攻勢には出ず、サポートに回るべく動くことにした。

 

「……!」

 

ふと辺りを見回した時、アスナの視界に一人のプレイヤーの姿が入った。先日の秋葉原UDXのイベントにて共闘した強豪プレイヤー――エイジである。

 

「……あなた。KoB……血盟騎士団にいた、ノーチラス君よね?」

 

戦闘がプレイヤー優位で進んでいる今ならば、他のプレイヤー達に任せても問題は無い。そう考えたアスナは、エイジに近づいて声を掛けた。

 

「……その呼び方はやめてください、アスナさん」

 

しかし、対するエイジは不機嫌そうに返事を返してきた。カーソルを操作すると、アスナの眼前に自身のプレイヤーネームとランクが表示されたアイコンを差し出してきた。

 

「そっか。今は、エイジ君だったわね。ごめんなさい」

 

「いえ、お気になさらず」

 

「それにしても、ランク二位って凄いわよね。このゲーム、かなりやり込んでいるの?それにあの動き……何か、スポーツとかもやってたりする?」

 

せっかく得られたランク二位のプレイヤーとの対話の機会なので、アスナはエイジに以前から気になっていたことについての質問を重ねていく。その主な内容は、エイジがオーディナル・スケールをプレイする中で見せた、抜群のプレイヤーセンスと規格外の身体能力についてである。だが、エイジは「さあ?」と返してのらりくらりとアスナの質問をかわしていくばかりだった。

 

「昔とは違いますよ。あなたも随分、角が取れたようですし」

 

「……そうかしら?」

 

「ええ……もう昔とは違うんですよ」

 

そうして結局は、質問に対しては明瞭な答えは得られず、知りたかったことは何一つ分からないまま、対話は終わってしまった。一体、この青年は何を考えているのだろうと、アスナの中で疑問は増すばかりだった。

一方の、アスナとの会話とも呼べないようなやりとりを終えたエイジは、フロアボス、ハンニャバルとの戦闘の舞台となっている広場の方へ……否、戦闘が行われている場所より、少し上の角度に視線を向けていた。何を見ているのだろうと、エイジの視線の先を追うアスナ。するとそこには、イベントが開始されてからずっと歌っているユナの姿があった。今尚プレイヤーにバフを掛ける効果のある歌を熱唱していた彼女を見た時――――――

 

(……あれ?)

 

アスナの脳裏を、ふと何かが過る。それはまるで、過去にそれと同じものを見た事があるかのような……既視感に似たものだった。

 

(あの子……以前、どこかで……)

 

ユナと会うのは、オーディナル・スケールのバトルイベントを通して三度目である。しかし、それよりももっと前に、彼女を見た気がしてならない。しかし、世界初のARアイドルである筈の彼女を、オーディナル・スケールへ参加するよりも前に、一体どこで見た事があるというのか。

 

「行くわよー!!」

 

「ウォォァァアアアッッ!!」

 

自身が感じた既視感の正体を探るべく、記憶を遡ろうと試みたアスナだが、その思考はリズベットの掛け声と、それと同時に繰り出されたメイスの一撃によるボスの悲鳴に掻き消された。バトルイベントもいよいよクライマックス。そろそろ、ハンニャバルが武器を三叉槍から薙刀へと変える頃合いである。アスナは思考を切り替え、再び戦いへと身を投じていく。

そしてその背を、エイジは一人黙って見送っていた。かつての自分が、そうしたように―――――

 

 

 

 

 

「ヒロキ、現状はどうなっている?」

 

『戦闘イベントは既に始まっている。イタチ君の仲間をはじめとしたSAO生還者のプレイヤーも、かなり参加してるね。幸い、HPを全損した犠牲者はまだ出ていないみたいだけどね』

 

北の丸公園を出た和人はバイクを走らせ、移動中に合流したヒロキとともに、イベント開催場所である恵比寿ガーデンプレイスへ付近にある駐車場へと到着していた。ヒロキのナビゲーションのお陰で、渋滞や信号待ちは極力回避できたものの、イベント開始から既に四分程経過してしまっていた。

 

「すぐにイベント会場へ向かおう。あと、出現しているボスの詳細も頼む」

 

『了解。今行われているイベントに出現したボスモンスターは、十七層フロアボスの『ハンニャバル・ザ・ヘルズガーディアン』。攻撃パターンはSAOやALOの新生アインクラッドのものと同じで……』

 

ヒロキからの情報により、ボスの情報や戦況について確認しながら、和人は恵比寿ガーデンプレイスの中央広場を目指して駆け抜ける。一見すると、何の変化も見られないその顔には、焦りの色が浮かんでいた。

 

(このままイベントが続くのは拙い。早く合流しなければ……!)

 

恵比寿ガーデンプレイスのイベント会場へと急行するきっかけでもある、竜崎から齎された情報。先日の傷害事件の被害者達の身に起こったという異変を聞いた今、オーディナル・スケールを舞台に現在進行形で行われているイベントを放置することはできない。しかし、イベントを止めることはまず不可能。である以上、和人にできるのは、早急にアスナ等に合流し、戦闘を速やかに終わらせることである。

そして、頭の中で戦略を練りながら走ることしばらく。戦闘が行われている中央広場へと続く階段へと差し掛かった。

 

「オーディナル・スケール、起動!」

 

即座にオーグマーを起動し、オーディナル・スケールのプレイヤー、イタチとなった和人は、そのまま止まることなく階下の広場へと通じる階段を両サイドに備えた踊り場へと駆け出していく。階段を見てみると、そこはイベントに参加しようとしているプレイヤーや、イベントを観戦しているプレイヤーでごった返しており、とても通れそうにない。故に、イタチが選べる道は一つしかない。

 

「ヒロキ、下に人は?」

 

『誰もいないよ』

 

全速力で走っている先にある、踊り場の下に人がいないことを、ソーシャルカメラの映像を掌握しているヒロキに確認したイタチは、走った勢いを利用して塀を跳び越え、空中へと身を投げ出した。その場に集まっていた何人かのプレイヤーがそれに気付いて驚愕に目を剥く中、当のイタチは空中で体勢を整え、見事に着地してのけた。

 

『無茶するなぁ……』

 

「だが、お陰で間に合った。」

 

ヒロキが指摘したように、かなり大胆なショートカットをする羽目になったものの、犠牲者が出る前に駆け付けることには成功した。通常、二階の高さから飛び降りれば、高確率で怪我を負うが、忍の前世を持つ和人にとってはそれ程無茶な動きではない。足には着地の衝撃による負傷は無く、立ち上がってからの動きもいつも通りである。

そしてその足で、和人は目の前で繰り広げられているフロアボス戦闘イベントの渦中へと向かう。戦闘開始から然程時間は経っていない筈だが、アスナの指揮のお陰だろう。フロアボス、ハンニャバルのHPは短時間で大部分を削り取られていたらしく、武器を三叉槍から薙刀へと持ち替えたのは、イタチが参戦しようとした時だった。

戦闘イベントも大詰めとなっていることを確認したイタチは、一先ず、この場に集まったプレイヤー達を指揮しているアスナに合流するべく動くことにした。

 

「アスナさ――!」

 

戦闘に夢中だったために、イタチが現れたことに気付いていなかったアスナに声を掛けようとした、その時だった。イタチの身体を、突如として衝撃が襲った。

横合いの死角から急接近してきた何かに、しかしイタチはギリギリで反応し、両腕をクロスさせて衝撃に備え、自ら衝撃が迫ってくる方とは反対側へと跳ぶことでその勢いを殺すべく動いた。突如として空中に身を投げ出し、五メートルほどの距離を勢いよく飛んでいくその姿は、傍から見ると、まるで車に撥ねられたかのように見えるものだった。

 

「驚いたな。今の一撃に反応してみせるとは……」

 

「お前は――!」

 

受け身を取りながら地面に着地し、すぐさま起き上がったイタチの赤い双眸が捉えたのは、ランク二位のプレイヤー――エイジだった。先程までイタチが立っていた場所のあたりで、握り拳を振り抜いた姿勢のままその場に立っており、先の襲撃が彼の仕業だったことを示している。

 

「流石は『黒の忍』といったところか。この間の『高速の足』の奴よりも手強そうだ」

 

エイジの言う『高速の足』というのが誰のことを指し示しているかはすぐに分かった。既にイタチ等の中では確定していたことだったが、やはり先日の代々木公園における風林火山メンバーとナギサ、セナ襲撃事件の犯人は、目の前のエイジらしい。

だが、今問題なのはそんなことではない。

 

(今の一撃……並の人間が繰り出せるものではない……)

 

先程、イタチが間一髪で防御に成功した一撃だが、振り抜いた拳の威力と速度は、常人が出せるそれを明らかに逸脱している。空手を極めたマコトヤランならば、十分打ち出せるだろうが、それも幼少期から鍛えた――この二人に関しては、鍛え過ぎている領域である――体と、武術の才能あってのものである。一年半前まで、SAO事件に巻き込まれて寝たきりの生活を送っていた人間の体では、どう鍛えても不可能な動きなのだ。

 

「なんだ?まさか、今の一発でビビったのか?」

 

「……」

 

明らかに見下した態度で挑発してくるエイジに対し、イタチは表面上こそ冷静だったものの、内心では冷や汗をかいていた。エイジの動きは武術を嗜む人間からしてみれば、未熟もいいところだった。だが、実際のパワーとスピードは洒落にならない。先程の拳の一撃に関しても、反応と防御行動が遅れていれば、イタチの腕は間違いなく骨折で使い物にならなくなっていただろう。それも、両腕ともである。

 

「おっと。そろそろ時間だ」

 

「……?」

 

イタチがエイジと真正面から向かい合いながら、相手の戦闘能力を分析する中、エイジがふと呟いた。その言葉に反応し、イタチは視界の片隅に自身のHPと併せて表示されている、イベントの残り時間を確認する。制限時間十分間の内、既に六分以上が経過しており、あと十秒ほどで残り時間は三分を切るところだった。

その数字に、イタチは不穏な胸騒ぎを覚えた。エイジの態度を見るに、自分達を窮地に追いやる何かが起こると。そしてそれは、残り三分のカウントが切れてから然程間を置かず、現実のものとなった――――――

 

 

 

 

 

イベントの残り時間が三分を切った頃。ボスモンスターであるハンニャバルのHPも残り僅かとなり、武器を薙刀に持ち替えてバトルはクライマックスとなったその時。バトルフィールドとなっている中央広場には、ある異変が起こっていた。

 

「え、何?」

 

プレイヤー達がハンニャバルへの攻撃に夢中になっている中、それに気付いたのはシリカだった。広場上空に、円形の光る輪のようなものが発生していたのだ。

 

「また何か出て来るの……?」

 

「ちょっと、勘弁してよ!」

 

シリカに次いで、アスナとリズベットがその方向へと視線を向ける。まさか、また新たなモンスターが発生するのかと、身構えるアスナとリズベット。そして、輪の下に現れたのは……

 

 

 

「きゅるー」

 

 

 

「へっ……?」

 

「えっ……?」

 

アスナ等三人の前に現れた存在。それは、小柄で背中に翼を生やした、羽毛に包まれた蜥蜴のようなモンスターだった。

 

「ピナ!」

 

その姿はまさしく、シリカのSAO、ALOにおけるテイムモンスターである、フェザーリドラ、ピナそのものだった。てっきり新たな脅威が現れるのかと思い、身構えていたアスナとリズベットは脱力する。一方、ピナの主であるシリカだけは、目の前に現れた、ピナと思しきモンスターのもとへと嬉しそうな表情で駆け寄っていった。

 

「ピナも助けに来てくれたの?」

 

しゃがみ込み、手を差し伸べながらそう話し掛けるシリカ。だが、呼び掛けられたピナの姿をしたモンスターは、警戒心を露に唸り声を上げ始める。すると、次の瞬間、

 

「え、何……!?」

 

ピナとそっくりだったモンスターはその体から突如として激しい光を放ち始めたのだ。光はみるみる大きくなり、広場の四分の一を覆い尽くすほどとなった。そして、光が晴れたその先にいたものは、ピナとは似ても似つかない、巨大な異形だった。

 

「グルォォオオオオオ!!」

 

シリカの眼前に現れたのは、翼を広げた巨大な竜だった。毒々しい紫色の鱗に覆われており、全身から同色の体液が滴っている。爪の先端から滴った雫が地面に落ちた途端、ジュゥゥ、という音を立てて溶け出したのを見るに、猛毒であることは間違いない。

何故、ピナだと思ったモンスターがこのような姿になったかは分からない。とにかく、対策を練らねばならないと、即座に思考を巡らせるアスナだが、記憶にある七十五体のアインクラッドフロアボスモンスターの中には、目の前の竜に該当する存在はいなかった。一体、このモンスターは何なのかという疑問が浮かんだアスナだったが、その答えを出したのはユイだった。

 

『ママ!あれはアインクラッド九十二層のボスに予定されていたフロアボス、『マゼラン・ザ・ベノムドラゴン』です!』

 

「九十二層!?」

 

その情報に驚愕するアスナ。同時に、道理で記憶に無い筈だと納得する。だが、今問題なのはそこではない。未攻略のフロアボスが相手となれば、攻略法など分かるわけも無い。おまけに、先程まで相手をしていたもう一体のフロアボス、ハンニャバルはこれから攻勢が激化するところである。その片手間で、初見の強大なフロアボスを相手するなど、できるわけも無い。

 

「やったあ!ボス二体同時だぜ!」

 

「俺が倒す!」

 

「どけよ!」

 

「逃げたらペナルティになるだろ!」

 

「うるせえっ!」

 

そして、そんな危機的状況に止めを刺したのは、二体目のフロアボス出現に色めき立った、後続参加のプレイヤー達だった。ハンニャバルの出現に間に合わず、もうこのイベントには参加できないと考えていただめだろう。新たな獲物が現れたことに対し、一様に色めき立った様子だった。絶望的な戦況だが、この人数がアスナのような統率者のもとで一致団結したならば、まだ勝ち目はあっただろう。だが、広場に殺到したプレイヤー達は、残り時間が三分を切ったこともあり、全員が暴走に近い状態であり、他人の指示に耳を傾ける余裕などあす筈も無い。最早、レイドは瓦解も同然であり、アスナの力をもってしても立て直しは不可能だった。

 

「リズ!シリカちゃん!逃げるわよ!」

 

「ちょっ!待ってよ!」

 

「置いていかないでくださいー!」

 

ここまで来て、フロアボス討伐を逃すのは惜しいが、既にプレイヤー側には勝ち目はない。早々に戦況に見切りをつけたアスナは、リズベットとシリカとともに、残りおよそ三分を生き残ることに集中することにした。逃げればペナルティだが、討伐失敗ならば、損害は発生しない。

新たに現れたボスモンスター、マゼランの方は、当初はシリカを狙っていたものの、新たに参戦してきた後続プレイヤー達が集中攻撃を浴びせてくれたお陰でタゲはそちらへ移ったらしい。そうして、人ごみを回避しながら逃げに徹していた時……アスナの視界に、ある光景が映った。

 

(えっ……イタチ君!?)

 

ボスモンスターの猛攻から逃げる中でそれを見つけることができたのは、偶然だった。アスナの視線の先、広場の片隅であり、周囲のギャラリーからは死角となっている場所。そこで、イタチが何かに弾き飛ばされたかのように回転しながら地面を転がっていたのだ。一体何が起こっているのかと足を止めたアスナが次に見たのは、起き上がろうとするイタチに対して凄まじい速度で接近するランク二位の上位プレイヤー、エイジの姿。彼はそのまま、移動した勢いのままに、右足を振り抜いてイタチに対して回し蹴りを繰り出したのだ。先程の移動速度同様、目にも止まらぬ速さで繰り出された攻撃は、イタチの脇腹に命中。さらに地面を転がった。

 

「イタチ君!」

 

「ちょっ!アスナっ!?」

 

「アスナさん!」

 

イタチが一方的に攻撃を受けているその光景を見たアスナは、反射的に彼の名前を叫び、駆け出していた。リズベットとシリカが何事かと呼び掛ける声が聞こえるが、今のアスナにはそちらに構っている余裕は無い。イタチとエイジの間で何が起こっているかも分からない。だが、今のアスナには、それ以外の行動は考えられなかった。

対するイタチは、エイジの攻撃に対して、どうにか防御と受け身を取ることに成功したのだろう。膝を付きながらも起き上がっていた。また、アスナの声も聞こえていたらしく、駆け寄ってくるアスナの方へと顔を向けていた。その途端、

 

「アスナさん、避けて!!」

 

大声を上げて、そう叫んだ。常の冷静なイタチからは考えられない、切羽詰まったその呼び掛けに、一体どうしたのだろうと疑問に思ったアスナ。

 

「アスナ、危ない!」

 

「避けてください!」

 

次いで、背後からもリズベットとシリカによる同様の呼び掛けが聞こえた。そこで、ふと後ろを振り向くアスナ。

 

「ウォォォオオオオオオッッ!!」

 

「!!」

 

そこには、憤怒の形相で薙刀を振るうハンニャバルが迫っていた。いつアスナにタゲが移ったのかは分からないが、イタチの危機を目にしたことで、周囲の状況に気付かなかったらしい。

慌てて思考を切り替え、回避しようとするアスナだが、もう遅い、ハンニャバルは薙刀を上段に構え、いつでも振り下ろせる態勢だった。最早これまで……そう思い、アスナは目を瞑った。

 

「きゃっ!」

 

だが、次の瞬間。アスナの肩を、バン、と押すような感覚が走った。予想外の出来事に対応できず、アスナはそのまま地面に倒れてしまう。起き上がりながら、一体何が、と瞑っていた目を開く。するとそこには……

 

「え……?」

 

 

 

 

 

薙刀の一閃により、袈裟懸けに体を斬られた状態で立っている、イタチの姿があった――――――

 

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